世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど

水無

第35話 オタク系魔法少女☆白鞘之紅姫


 ブラウン管のテレビやら事務机があった部屋から出て、階段を降りてビル地下へ行き、厳重な金属扉を開け、業務用の十人は乗れる大きなエレベーターで、地下の100階まで降りた所にある、だだっ広い、白く、丸い空間に、私と霧須手さんがいた。
 もうなにがなんだか。
 業務用のエレベーターに乗る前、厳重な金属扉が、〝ガシャンガシャン〟という音をたてながら開き始めたころから、すでに思考が停止していたけど、なんだこれ。
この国に、こんな場所があったなんて……いや、まあ、ここが対インベーダーの最終防衛ラインだと考えたら、ここまでするのは当たり前なのかも。
 それにしても、数か月でここまで造れるものなのだろうか。


「デュフフ……わかる。わかりますぞ、その気持ち。拙者もここに初めて来た時、興奮しすぎて、空いた鼻腔が塞がらなかったでごんす」

「び、鼻腔って……」


 今も十分興奮して開いてるんだけど、て言っちゃだめだよね。さすがに。
 それよりも、今は霧須手さんが手に持っている、白鞘の刀ぽい・・ものが気になる。


「デュフフ……、こ、これ、気になりますよね……?」


 そう言って、霧須手さんが刀の中心を持って、掲げて見せた。


「気になるって言われれば……ううん、言われなくても普通に気になるけど、それ、刀だよね?」

「デュフフ、さすがはキューブロ師範」

「いや、師範って……」

「この白鞘から発せられる、並々ならぬ妖気を感じ取ったみたいでござるな。この刀は妖刀紅紫ベニムラサキセカンドエディション」

「やっぱり刀なんだ。……でも、セカンドエディション?」

「さ、左様。初代紅紫はわた……拙者の度重なる酷使に耐えられず、ぽっきり逝ってしまわれたのです。お、惜しい刀を亡くし申した」

「そうなんだ。でも、それくらいインベーダーと戦ったって事だよね? 歴戦の戦士ぽくてかっこいいね」

「ののの、ノーでござる」

「脳?」

「料理中に折れちまったんでござるぅ……」

「いや料理って……、ていうか、何作ろうとしたの?」

「か、かつおぶしの刺身をば少々……」

「……正気でござるか?」

「もしかすると、冗談なのかもしれないですな。……デュフフ、それに、キューブロ殿も、わ、我が口癖が移り申したな。これは僥倖。我が仲間を増やす好機とお見受けした。デュフ、デュフフフフ……」

「いや、もうどうでもいいけど、今からやるのって模擬戦だよね……さすがにポン刀振り回すのって危なくない?」

「ぽ、ポン刀……?」

「あ、ご、ごめん。わからないよね。真剣って意味ね。この言い方なのは気にしないで」

「おk。……そ、そこらへんは、くく、クロマ殿から説明を受けてないのでござるな。拙者が力を込めなければ、この刀で魔法少女は切れないんでガスよ」

「そ、そうなの?」

「た、たしかに、ちょっと信じられないかもしれませんな……」


 霧須手さんはそう言うと、白鞘からすらりと刀を抜き出した。
 空間上部から放たれる電灯の光が、新雪のように白く、輝く刀身に反射されて艶めかしく光る。
 霧須手さんは刃の部分を首の横、頸動脈の辺りにあてると──


「──え、ちょっと、霧須手さん!? 何やって──」


 私の制止を待たず、霧須手さんは手に力を込め、刀を押したり引いたりした。
 しかし──


「き、切れてない……の?」


 私は霧須手さんのすぐ近くまで駆け寄ると、すこし身を屈め、首を触って確かめた。
 出血どころか、あんなに強く押しあてていたのに、すこししか痕がついていない。


「ひゃう……! く、くすぐったいでござる。キューブロ殿」


 執拗に撫でまわし過ぎたのか、霧須手さんはくすぐったそうに首を引っ込めた。


「ああ、ごめん。……でも、結構力込めてたよね、どうなってるの? 見た感じ、ちゃんと刃も研いであるし、普通に切れるよね?」

「然り。我々魔法少女は半インベーダー。それ故、インベーダーほどじゃないけど、この世界の物の影響を受けにくいんですぜ。……ここ、テストに出ます」

「そ、そうなんだ。テスト? ……じゃあ、霧須手さんの能力は剣士って事になるの?」

「デュフフフフ。さすがの慧眼。拙者、霧須手朱里改め、魔法少女〝白鞘之紅姫しらさやのべにひめ〟と申すますです」

「し、しらさやの……? は? え? なにそれ?」


 ちょっと、かっこよすぎない?
 私の名前と天と地ほどの差があるんだけど、どういう事、これ?
 刀を使うから、和名ぽい名前がしっくりくるし、得物由来の名前に姫ってつけるのもかっこいい。


「い、如何し申した、キューブロ殿。ぽかんと口を開けて……」

「うん。そう。私、キューティブロッサムって言うんだけど」

「え、い……今更?」

「……ひどくない? キューティブロッサムって何? ヤバいでしょ。しかもこの歳でキューティって」

「え、あ、あの……わ、わかりやすくて、可愛らしい名前だと思いますけど……」

「いやいや、白鞘之紅姫のほうが百倍もカッコいいでしょ!? 道行く通行人に〝キューティブロッサム(笑)〟と〝白鞘之紅姫〟どっちがカッコいいですか? って訊いたら、百人中百人が白鞘之紅姫って答えるでしょ!」

「そ、そうですかね……? 魔法少女という括りなら、キューティブロッサムも可愛いと思いますし、おすし──」


 その瞬間、脳裏に悪寒が走る。
 悪意とも呼べる、狂気を孕んだ指先が、私の脳天から背中を伝い、尻の割れ目に滑り落ちる感覚に陥る。
 私は震える口で、目の前の霧須手さんに尋ねた。


「……あの、ごめん。ちょっと訊いていい?」

「な、なんでしょう……?」

「ツカサ……芝桑司の魔法少女名って何?」

「え? えっと、〝ラ・マギ・フラウ〟ですけど……」

「ら、らまぎふらう……? なにそのシャレオツな名前?」

「たしか、仏蘭西フランスのほうの言葉で〝花の魔法〟という意味だったんじゃないかなって……」


 私は、おそらくこのやりとりを見ているであろう、クロマさんに語り掛けた。


「変えてください!! 私の芸名!!」

『勘弁してください……!』


 返ってきたのは肯定でも否定でもなく、勘弁してくれという答えだった。抑揚も、感情もない言葉だったが、なぜかその内にある熱意だけは伝わってきた。
 故に、私は黙ってしまう。二の句が継げない。
 勘弁してくれって、なんだよ!
 私が言いてぇよ!


『誰も彼も、僕の提案した名前を却下しました。鈴木さんだけだったのです。ちゃんとした、魔法少女らしい名前を受け入れてくれたのは……!』

「いや、私べつに受け入れてないんですけど……」

『鈴木さくらさん、いえ、キューティブロッサム……! 貴女は、貴女だけは、〝キューティ〟の意思を絶やさないでください……ッ!』

「あの、でも、その、私……もう二十代も後半で……」

『お願いします……!』


 何という熱量だ。
 肉声ではない、スピーカーを通した機械音だけど、その迫力は伝わってくる。おそらく、マイクの前で土下座でもしてるんじゃないか、と思ってしまう。
 なんというか。
 すごく。
 気持ちが悪い。
 今すぐ何か反論したいけど、なぜか聞こえないはずのクロマさんの慟哭が、嗚咽が、聞こえてくる気がした。
 私はトボトボと白鞘之紅姫から距離をとると、元の位置に戻り、模擬戦開始の合図を待った。


「……もう、いいです。さっさと始めてください」

「あ、あのぅ……、キューブロ殿から負のオーラが溢れてるんですけど、私、ここ、殺され……ませんか……ね?」

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