世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど
第10話 やばくない?☆紅の空
〝恐怖心〟というものが私の中で薄れてきている気がする。
それが一体いつからなのかはハッキリとわからないけど、あの夜──あの暴漢二人組に襲われた時はまだあった。あの時の私は、目の前にいる得体のしれない男二人に恐怖してたし、ナイフに恐怖してたし、痛みに恐怖してたし、動かなくなっていく体に恐怖してた。
しかし、今はどうだろう。
私は今から、人類の脅威と呼ばれている侵略者なるモノと戦おうとしている。
これは、それらとは比べ物にならないくらい、怖い事柄……つまり、恐怖心を抱くべき事柄なのではないだろうか。
たしかに魔法少女という立場からくる強い責任感で、恐怖心を塗りつぶしている節はあるが、それを抜きにしても、果たして私はこの状況を怖いと思っていたのだろうか。
私という個の喪失。自意識の消滅。生命が無へと還る。
──言い方を変えても抱く感情は変わらない。
あえて言うなら凪。凪なのだ。
風も吹かず、波も立たず。ただ海上をプカプカと浮いているような心持ち。
これは未だインベーダーの姿形を見たことがない、無知からくる余裕の表れか、はたまた〝力〟を手に入れた驕りからくる万能感か……。
もしくは、この世界を現実だと受け入れてないのか……。
「空、赤いなぁ……」
私はため息ついでに、言葉も吐いた。
豊永南小学校。そのグラウンド。私はそこで、ポツンとひとり佇んでいた。マスコットは今、どこかに身を隠しているらしい。
『ザザ……ザー……もしもし、聞こえて……ザー……るきゃと……か?』
不快な雑音と、途切れ途切れに発せられる男の声が、私の鼓膜を勝手に揺らす。
玄間から渡され、言われるがまま耳につけた小型のインカムだ。耳に引っかける形でくっついていて、軽く頭を揺らしてもずれない。
『聞こえてザー……たら……ザザザ……左手をゆっくりと……挙げ……きゃと……』
私はマスコットに言われた通り、左手をゆっくりと挙げた。
それにしてもすごいノイズ。さっき別れたばかりだから、そこまで離れたところに隠れていないと思うんだけど……安物なのだろうか。こういう所にはあまりお金はかけないのかな。
「……あの、これインカムだからこっちの声も聞こえてるはずですよね。わざわざ手を挙げる必要なかったんじゃ……」
『きゃときゃときゃときゃと(笑)。お恥ずかしい。映画で見て、一度このやりとりをやってみたかったんだきゃと』
「めんどくさっ。そもそもなんで私に……他の魔法少女さんたちとも組んでお仕事してたんですよね? ならもう十分じゃないですか」
『みんなブロッサムみたいにノリが良くなかったんだきゃと……こんな事しても大抵は無視されるか、罵られるだけだったのきゃと』
「なんて殺伐とした魔法少女たちなんだ……て、アレ? いまこの会話にノイズは入ってないですね? また場所を移動したんですか?」
『ザザザー……あとで……ザー……また連絡入れる……きゃと……』
ブツ──
一方的に通信を切られた。インカムを取り外して色々といじってみるが、こちらからは通信できないみたいだ。
「はぁ……」
ため息をつき、インカムを耳にかける。
たぶん……いや、好意的に解釈すると、私の緊張をほぐそうとしてくれたんだろうけど、これ、普通に考えて大事な戦闘の前にする会話じゃないよね。
それにしてもあのマスコット、キャラが変わり過ぎじゃないだろうか。案外、あの鉄面皮の素の性格はこんな感じだったり……はないか。あの男が笑っている姿なんて想像が出来ない。だとすれば、あれも仕事のために作っている仮人格みたいなものなのかな。
そこまでする必要があるのかどうかは甚だ疑問だけど、あそこまで性格を切り替えられるってすごいな。精神への負担が凄そう。
そういう事を考えると、やっぱりお金を稼ぐって大変なんだなって思いました。……あれ? 日記?
──ふと、私はもう一度空を仰ぐ。
「……何度見ても赤い」
あの青い空はどこへやら。まるで透明の水槽の中に、一滴の濃ゆい赤絵具を垂らして二、三回ゆっくりかき混ぜたようだ。
この赤い空はインベーダーが出現するとこうなるとのことらしい。どうしてこうなるのか、何が原因なのかはわかっていない。
あの日、世界が滅びかけた日からずっとこうなんだとか。日常生活や作物なんかには影響がないとは言われてるけど、やっぱりこういう色の空を見せられると気が滅入ってしまうとかいうか、精神衛生上よろしくないのだろう、犯罪率もかなり上がってきているらしい。
だからその分、警察に人たちも大変なようで、私がさっきまで居たあの留置場の看守も、今は別部署からの要請で外に駆り出されているらしい。ただでさえインベーダーやら、世界崩壊するやらしないやらで忙しいというのに、こうやって秩序を守ってくれている警察には頭が上がらない。……まあ、私もその警察みたいなものらしいから、これからは馬車馬の如く働かさせるんだろうけど……。
『ザザ……ザー……』
再びインカムから雑音が聞こえてくる。
『……キューティブロッサム……キューティブロッサム、応答せよ。聞こえて……きゃとか……』
「もうその小芝居いいですって」
『あ、そう? じゃあ普通にするきゃと』
「できればそのうざったい口調もやめて……くれないんですよね。はぁ……、なんでもないです。それで? 今度は何の用なんですか?」
『もうすぐそちらにインベーダーが到着するみたいきゃと。準備はいいきゃとか?』
「準備って言われても、初めてだからどう準備していいかなんとも……でも、今回現れるのってそこまで強敵じゃないんですよね?」
『強敵きゃと』
「はい? 話が違いませんか?」
『心配ないきゃと。強敵ではあるきゃとが、戦ったりはしないと思うきゃと』
「どういう事ですか?」
『今そこに向かっているのは、下位インベーダーたちに命令を下している、上位インベーダー……魔法少女ぽく言うと、悪の幹部みたいな感じの敵きゃと』
「幹部!? 魔法少女になって早々、いきなり過ぎませんか!?」
『だから心配ないきゃと。たぶん戦闘にはならないきゃとから』
「戦闘にならない……くらい強いんですか?」
『そういう意味じゃないきゃと。これはあとで説明しようと思ってたんきゃとが、もうすでに我々人類は、インベーダーの侵略を阻止しているんきゃと。例えは悪いきゃとが、戦争で言えば戦勝国。インベーダー側が敗戦国。現在も時々現れて悪い事をしているのはインベーダー側の残党きゃと。ちなみに今の魔法少女の仕事は、主にこれきゃと』
「なるほど。ということは、今回現れたその幹部っていうのも残党なんですよね。……あれ? だったらその幹部はなんのために……?」
『それが……わからないんきゃと』
「わからない……?」
『今回現れたインベーダーの名称は〝ミス・ストレンジ・シィムレス〟。生物学的には雌。人語を解し、コミュニケーションをとることは可能。幹部の中では圧倒的な戦闘力を誇り、数多の魔法少女たちを手にかけてきた上位インベーダー』
「ヤバいヤツじゃないですか」
『──なのきゃとが、ミス・ストレンジ・シィムレスがこれまでに殺害した人間、および魔法少女はゼロ。死傷者や重傷者も出していないきゃと。それらの理由から否殺のインベーダーと呼ばれているきゃと。要するに、ちょっかいをかけてきて、満足したら勝手に帰る感じのインベーダーきゃと』
「なんてはた迷惑なインベーダーなんですか」
『まあ、迷惑極まりないインベーダーきゃとが、他の無差別に人間を殺めるインベーダーと比べると断然無害きゃと。だからこそ、新人であるキューティブロッサムに白羽の矢が立ったのきゃと。死傷される心配も、殺される心配もない分、思う存分経験を積むことが出来るきゃと。初戦だし、せいぜい胸を借りるきゃと』
「インベーダーに胸を借りるってのも変な話で──」
「──オーッホッホッホ!!」
甲高い女性の声がグラウンドに響く。
見ると、私と同じくらいの身長の女性が、口に手を当て、フィクションでしか聞いたことの無いような高笑いをあげていた。
「貴女が今回、あたくしと遊んでくださる魔法少女ね?」
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