世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど

水無

第8話 ドキドキ☆はじめてのおきがえ


 ナメていた。〝魔法少女〟というものを。

 いや、そうじゃない。こう・・なる前に、私は散々、玄間さんに脅されていたはずだ。『決して楽とは言えない』や『最悪の場合、命を落としてしまう』みたいな事を。
 しかし、それでもなお、心のどこかで〝なんとかなる〟や〝どうにかなる〟と甘い事を考えていた。
 そして、その結果がコレ・・か……。

 鈴木さくら27歳。
 まさかこの歳にもなって、フリフリで、ヒラヒラで、フェミニンで、ガーリッシュな衣装に身を包むことになろうとは思いもしなかった。
 全身ピンクのワンピースでスカート丈は膝よりすこし上。普段は人前に晒す事すら躊躇ためらわれる、少し年季の入った膝小僧……いや、膝少女《・・》がそこから顔を覗かせている。
 脚には今まで見た事がないくらいの純白のハイソックスを装備し、これまたピンクの可愛らしいストラップ付パンプスを履いている。そして極めつけは、桃色のツインテールのかつらwigときたもんだ。
 本来なら碧色のカラコンも入れる予定だったが、さすがに怖かったから拒否した。

 ──見よ、この醜態を!
 インベーダーとやらに殺される前に、羞恥に殺されてしまいそうだ! むしろ死にたい! こんな格好で人前に出なくちゃならないのか!


「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 あまりの羞恥で頭がおかしくなったのか、明朗快活で豪快な笑い声が私の口からほとばしった。両手で固く握り拳を作り、仁王立ちしながら横隔膜を震わせている様相はまさに地獄。
 仮に私がこの光景を見ていたら気を失っていただろう。


「よく似合っているきゃと・・・よ、鈴木さん。……いや、〝キューティブロッサム〟」


 不意に、背後から玄間さんの声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこには白い猫のような怪物の着ぐるみに身を包んだ、名状し難い変態玄間が立っていた。
 もしかして、あれほどしつこく言ってたマスコットってこういう……。


「あの、玄間さん……ですか?」


 おそるおそる私がそう尋ねると、抑揚のない声から一転、まるで男性アイドルのような声色で「いいえ、プリン・ア・ラ・モードきゃと」と否定してきた。
 私はこれを掘り下げないといけないのだろうか。


「……おや、泣いているのきゃとか? キューティブロッサム」


 そう指摘され、慌てて自身の頬を拭う。手の甲に水滴がついているのを見る限り、私はどうやら泣いていたようだ。


「な、泣いてません! それより、キューティブロッサムって……?」

「キミの名前きゃと。S.A.M.T.ではそれぞれの隊員にコードネームがつけられるきゃと。キミの場合はキューティブロッサム。〝さくら〟という名前から着想を飛ばしてみたきゃと」

「せめてもうふたつ、みっつ着想を飛ばしてくれてもよかったので──ハ!? もしかして、さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに〝きゃときゃと〟言ってるのって……〝キャット〟からですか!?」

「はいきゃと」

「うっわあ……じゃあ、玄間さんがさっき言ってたプリンプリンとかいうのって……」

「だから玄間ではなく、プリン・ア・ラ・モードきゃと。この形態フォルムの時の僕の事は〝プリン・ア・ラ・モード〟と呼称するきゃと」

「名称については死ぬほどどうでもいいんですけど、なぜ着ぐるみを……」

「キューティブロッサム、魔法少女モノを見たことがありますか?」

「急に素のテンションに戻らないでくださいよ! ビックリするわ! ……しかも、魔法少女〝モノ〟って……なんですか、〝モノ〟って! いかがわしいビデオじゃないんですから……」

「……そこに引っかかるのは、キューティブロッサムだけでは?」

「な!? そ、そんなことないです! ○○モノなんて表現されたら、普通はそっちを連想しますって! 私ひとりがスケベみたいな言い方しないでください!」

「それで、ご覧になったことは?」

「……いちおう訊きますけど、健全なやつですよね?」

「やれやれ、何を言っているのですか。この会話の流れからして、それ以外ないでしょう」

「その言い方ムカつくなぁ……まあ、当然、見たことはありますよ。魔法少女。でも、子どもの時ですよ? そんなに鮮明には覚えてないっていうか……」

「では、その魔法少女の傍らには何がいましたか?」

「傍ら? 何がって……うーん、小動物みたいな変な生き物……?」

「つまり、僕がそういう存在きゃと。S.A.M.T.においての使い魔マスコットなのきゃとね! 魔法少女といえばマスコット! マスコットといえば魔法少女! つまりマスコットとは、魔法少女たちが集まる組織を運営するにあたって、どうしても外せない存在なのきゃとよ!」

「ほえー……」


 この問題はこれ以上ほじくらないでおこう。頭がおかしくなる。


「そ、それで、この衣装は一体なんなんですか……? 渡されたから思わず着ちゃったんですけど、これ新しい拷問か何かですか?」

「魔法少女の戦闘服きゃと」

「……でしょうね。でも、それならもっと動きやすい服装のほうが良くないですか? ジャージとか……」

「ジャージで戦う魔法少女って……いていいワケがないきゃと」

「なんでよ!? それがイヤなら、あとは特殊部隊を名乗ってるんですから、警察の特殊部隊の方たちが着てる、あの仰々しい黒いアーマー? とかのほうが絶対防御力高いでしょ。こっちは命かけて戦ってるんですよ?」

「ふっふっふ、じつはこっちのほうが防御力は高いんきゃと」

「へ?」

「服の繊維には超高分子量強化ポリエチレン繊維とガラス繊維を使用していて、銃弾も効かないし、燃えにくいのきゃと。そんじょそこらの軍服や防弾チョッキなんかとは比べ物にならないくらい頑丈きゃと。その頭のウィッグもヘルメットと同じ役割で頭部を守ってくれるんきゃと」

「ほえー……もしかして、この靴とかタイツにも隠された秘密が?」

「それは上の人間の趣味きゃと」

「脱いでいいですか?」

「素足生脚で戦う魔法少女も案外……だ、ダメダメ! 可愛く繕うのにも、魔法少女なのにも、ちゃんと理由はあるきゃと! 勝手な事はあまりしないでほしいきゃと! ……今回はカラコンは見逃してあげるけど、次までにはちゃんとつける練習しておくきゃとよ」

「理由って、なんなんですか?」

「それは……また後で教えてあげるきゃと。もう、今の無駄な言い合いのせいで、かなり時間が押してるきゃと」

「……ところで、私たちは一体、これから何を……?」


 あの後──留置場を出た後、私は玄間・・に連れられ、近くにあった衣料品店の試着室にいた。豊永市の住民の人たちはインベーダーが出たという事もあって、すでに豊永市の外へと避難していた。したがって、現在豊永市には私とプリ……玄間だけしかいないという事になっている。


「着替えも終わったし、これから僕たちは急ぎ、ここへ向かのきゃと」


 そう言ってプリン・ア・ラ・モードは店内で地図を広げて、ある地点を指さした。が──


「……すみません、どこですか?」


 着ぐるみを着ているのせいで、どこを指しているのか全く分からない。白くモフモフの太い指が、地図上をプルプルと右往左往している。


「同じく豊永市内で、ここからすこし南下したところにある豊永南小学校。そこで我々はインベーダーを迎え撃つんきゃと!」

「わ、わかりました。じゃあ、そこに応援の人も来てくれるんですね?」

「応援が来るなら、わざわざ魔法少女になったばかりのペーペーを実践投入しないきゃと」

「その言い方ムカつく……。じゃあ、なんでわざわざ小学校で迎え撃つんですか?」

「ここはインベーダーは通り道だからきゃとね」

「通り道……ですか」

「たとえば、周囲を破壊しながら移動しているのなら、すぐにインベーダーの元へ向かって対処したほうがいいきゃとが……どうにも今回現れたインベーダーにその様子はないきゃと。町の建造物を破壊する素振りもないし、だったらわざわざ市街地での戦闘を行うより、広いグラウンドのある小学校で戦ったほうがいいという結論がなされたのきゃと」

「な、なるほどですね。そこは意外とちゃんとしてるんだ」

「きゃーときゃときゃときゃときゃときゃと!」

「それ、笑い声ですか……? というか、本当に私一人でインベーダーの対処にあたる方針なんですか!?」

「それについては、すまないと思ってるきゃと。本来、初めての任務はベテランの魔法少女と一緒に任務にあたって、経験を積んでもらうのがセオリーなのきゃとが……」


 どうでもいいけど、ベテランの魔法少女ってすごく力のある単語だな……。もしかして私よりも年上で、こんな格好をしてる方もいるのだろうか。……不安になってきた。


「生憎、どの魔法少女も今は有給をとってていないんだきゃと……」

「ゆ、有給!? ずいぶんホワイトな職場ですね?!」

「それも致し方ないきゃと……彼女たちは力が目覚めてから、ずっと頑張ってもらっていたから……体をゆっくり癒す時間もなかったんだきゃと」

「だからあの時、玄間さん……プリン・ア・ラ・モードは緊急事態って言ってたんですね」

「あの時キューティブロッサムと話してたのは玄間だから、そこは玄間で良いきゃと」

「めんどくせーな」

「そう。人員不足だからこそ、キューティブロッサムにはこれからキリキリ働いてもらうきゃとよ」

「それは……精一杯やらせてもらいますけど、そもそも私にも勝てるような相手なんでしょうか? インベーダーって?」

「……ま、死にはしないきゃと」

「すっごい不安」

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