世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど

水無

第6話 はっ倒すゾ☆裏切りの男


「魔法少女……って、あのフリフリの衣装を着て、得体のしれない棒なんか振り回してる……あの魔法少女ですよね?」


 ちょっと待った。
 何を真面目な顔で質問を返しているんだ、この私は。
 大の大人が殺人者《私》の面会に来て、〝魔法少女〟だなんだとファンキーな単語を口にするはずがない。はずがないのだ。
 きっと私の聞き間違いなんだ。そうに違いあるまい。


「す、すみません、空耳ですよね。やっぱり今のは聞かなかったことに──」

「フリフリではなくヒラヒラです」

「はい?」

「あと、棒ではなく魔法のステッキです」

「魔法のステッキですか」

「はい」

「あー……あの、えーっと……ふ、フリフリもヒラヒラも一緒でしょうが!」


 思わず飛び出すツッコミ。
 しかし場は温まるどころか、冷たくなっていく。


「……いや、このツッコミは違いますよね……あはは……は……」

「そうですね。鈴木さん、貴女が飲食店でプリンを注文して、ゼリーが出てきたらどうしますか?」

「店員さんに言って、取り替えてもらいますけど……」

「つまりそういう事です」

「はあ?」

「例え話ですよ」

「何を何に例えたんですか? ……て、そうじゃなくて、玄間さんさっき魔法少女って言いませんでした?」

「はい」

「んもぁ、魔法少女ォ……」


 急に頭が重くなったような錯覚に陥り、頭を抱えてしまう。痛い、痛い痛い痛い。何だこの頭痛は。玄間さんの言葉を理解できないし、理解したくない。


「申し訳ありません。ですが、これが僕の仕事なのです。これが、フリフリではなくヒラヒラである理由なのです」


 玄間さんはキッパリと、まっすぐ私に言い放った。
 なんて真っ直ぐな目なんだ。言っていることは相変わらず意味が解らないけど、どうやら目の前にいるこの奇人変人にも、自身の生業に矜持があるようだ。
 職業に貴賤なし。
 どのような仕事をしていても、どのような会社に勤めていても、人は等しく平等であり、それらは尊ばれるべきものなのだ。それがたとえ、私のようなくたびれたOLを魔法少女に魔改造しようとしている職業でも。

 ──とにかく、いまは話を続けよう。この頭痛もまだ我慢できる。


「あ、あの、改めてお尋ねしたいんですけど、玄間さんの職業をお尋ねしてもよろしいでしょうか? もしかして、芸能関係の方では──」

「──マスコットです」


 本日二度目。
 脳が思考停止する。
 マスコット……?
 マスコットって……ほら、あれだ。


「あ、ああ~……はいはい、あの緑色のブドウですよね。なんだ、玄間さんってブドウ農家の方だったんですね」


 食らいつく。
 食らいついた。
 すんでの所で。
 もはや首から下の胴体は切り離されているかもしれないが、それでもこれは千載一遇の好機チャンス
 これを逃せばまたいつ、留置場ここから出られるかわからない。いつ償いの機会が巡って来るかわからない。少なくとも、ここに居ても何も出来ないのだから、まずはここから出なければならないのだ。

 強引に話を合わせていけ、さくら。
 必要とあらば鬼にも修羅にも、魔法少女にもなる覚悟は……今はないかもしれないけど、とにかく今は情報だ。情報を集めるんだ。


「──鈴木さん、マスカットではなくマスコットです」


 玄間さんの冷静なツッコミが、アクリル板に開いた穴からニュルリと飛んでくる。そのツッコミは的確に私の顎を打ち抜くと、グラグラと脳を揺さぶってきた。


「うぐ……ぐぬぬぬ……負けるな私、うーんうーん、えーっと……わ、ワインとか造ってたりとか……?」

「僕が所属している団体のシンボル、その意味でのマスコットです」

「だ、ダメだ……もう、ついてけない……」


 こんなの、どう考えたってバカにされているとしか思えない。玄間さんの話をなんとか好意的に解釈しようとしてるけど、ここらへんが限界だ。頭がおかしくなる。


「……鈴木さん?」

「玄間さん、これ以上私を混乱させるの、やめてくれませんか? なんなんですか、魔法少女とかマスカットとか、やっぱりブドウじゃないとか、ワインを造ってるとか」

「そのような事は言ってませんが……」

「さっきから私をバカにしてるんですか?」

「いえ、そのようなつもりは」

「それとも……も、もしかして、そうやって私にドッキリを仕掛けて、反応を楽しんでるんですね? あとでその動画を動画投稿サイトにアップロードして、広告費やらで儲けようとしているのでしょう? その手には乗りませんよ。カメラはどこですか? 世界が崩壊したとかいうのも全部嘘ですね? それになにより、女である私が、素手で男性二人を相手に勝てるわけがないじゃないですか。まったく、こんなドッキリで何日も拘束してくれちゃって、こっちはたまったもんじゃないですよ」

「……困りましたね」

「こ、困ってるのはこっちです! さ、こんな茶番はおしまいにして、私をここから出してください。この手錠を外してください!」

「わかりました」

「うぇ?」


 あまりの物分かりのよさに、変な声が口から漏れる。


「当初僕が考えていたプランとはすこし異なってしまいますが、それで鈴木さんが話を聞いていただけるのであれば」

「ほ、本当に出してくれるんですか?」

「はい。元よりそのつもりと言ったはずです。ただ、僕が直接そちらへ行って手錠を外す事は出来ません。ですのでどうぞ、その手錠を、ご自身の力で破壊してみてください」

「……え?」

「百聞は一見に如かずと申します。それに、その気になれば、貴女は手錠を破壊することなど造作もないはず。それを目の当たりにすれば、多少は僕の言っている言葉も理解していただけると思います」

「いや、でもこれ……鉄、ですよね? ひんやり冷たいんですけど……」

「その手錠が鉄製だろうと鋼製だろうと、今の〝鈴木さくら〟さんにはなんら問題はありません」

「問題……しかないと思うんですけど……」

「そうですね……。もし万が一、手錠が壊れないのであれば、貴女はただの残虐で狡猾で、唾棄すべき凶悪犯だったというだけの事。その時点で、誠に勝手ではありますが、この話を打ち切らせていただきます」

「そ、そんなこと言ったって……」

「さあ、鈴木さくらさん。手錠を破壊してください」


 玄間さんに急かされ、私は改めて自分の手元を見た。
 無機質な鉄製の輪っかが二つ。私の両手首を素知らぬ顔で拘束している。そしてそれらは鎖によってガッチリ繋がれていて、私の手の稼働領域を著しく限定していた。
 これを破壊する……?
 そんな芸当が、この私に可能なのだろうか。

 ──ちら。
 私は玄間さんの顔色を窺うように、その顔を一瞥する。
 無表情。
 ここへ来てからというもの、玄間さんは表情を変えるどころか、口元以外動かしてすらいない。これほどまでに〝鉄面皮〟という言葉が似合う男性もいないだろう。だからこそ、この人が何を考えているかわからない。

 手錠を破壊できる力。
 男性二人を一瞬で屠る力。
 魔法少女。
 マスカット。

 どれもこれも胡散臭い話のはずなのに、今はなぜかこの手錠が頼りなく、ひどく脆く見えてしまう。

 ──試しにやってみよう。
 その上で目の前の男に『やーい。引っかかったー。やーいやーい』と嘲笑されてもいいじゃないか。〝まずは何事もやってみろ〟田舎のじっちゃんがよく言っていた言葉だ。
 私は覚悟を決めると、両手に力を込め──

 メキッ……メリリ……メリィ……ッ。

 金属が、何か物凄い力でひしゃげられるような音。見ると、私の手を拘束していた手錠が、高温で溶かされた飴細工のように、無残に変形していた。
 なんだこれ。もしかして、オモチャだったの?
 いや、たとえオモチャだったとしても、ここまで曲げたり潰したりすることは不可能だ。
 これは──そうか!
 この力を発揮したのは、今が初めてじゃない!


「……くっ!?」


 ──ズキン!
 頭を木刀で殴られたような痛みに襲われ、思わず顔をしかめる。
 記憶が、あの夜の記憶が、洪水のように記憶が溢れてくる。

 ただ、今はそんな事よりもこの手錠だ。私は助けを求めるようと玄間さんを見た。
 ──が、玄間さんは口に手を当て、発声する準備をしていた。
 そして──


「──すみませーん、看守さーん! この人、手錠を破壊してここから出ようとしてまーす!」

「ええっ!?」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品