世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど
第5話 キャルルン☆魔法少女になろう
この世界は崩壊した。
突如空を裂き、ビル群を押し潰すようにして現れた〝インベーダー〟と呼ばれる異形の軍勢により。
この世界は崩壊した。
山をも消し飛ばす〝魔法〟という兵器を操りし、人の形をした者たちにより。
我々人間が脈々と古来より受け継がれ、紡がれ、積み重ねてきた歴史は一瞬にして塵となり、その上にインベーダーが新たな歴史を築き上げ──る事に失敗してから、早数か月──
私は、留置場の畳の上で芋ジャージを着て体育座りをしていた。
白い壁、白い鉄格子に囲まれた完全個室。プライベートを完全無視した点を除外したら、私が現在住んでいる賃貸マンションよりも住みやすいかもしれない。
もっとも、そのマンションも先のゴタゴタで倒壊してしまったと聞く。
ちなみに私は先のゴタゴタというのはよく知らない。なぜかここ最近の記憶が曖昧なのだ。私がさっき言っていた〝世界が崩壊した~〟とかいうのも、看守の人から聞いただけの情報で、ただの受け売りだ。
〝な~んかヤバいんじゃないの~? 世界ィ~〟という、おぼろげな情報だけが手元にある。そして、それはどうやら、甚大な被害を被りながらも解決したという情報も。
『どうヤバくて、どう解決したんだよ! それと、何で語り口調が若干詩的なんだよ! 浸ってんのか?!』
……と看守さんの胸倉を掴み、ゆっさゆさと前後に揺らして問い詰めたい気持ちはあるが、そんな事ができる筈がなく、私はただひとり、こうして部屋の真ん中で畳の目を数えていた。
「部屋番号1ノ1さん、面会です。出てください」
警官服を着た男性が、よく通る声で私の名前を呼ぶ。ちなみに1ノ1とは、部屋の番号とその部屋にいる人間に割り振られる番号らしい。この留置場には私以外の誰も留置されていないから、私が1ノ1ということになるのだそうだ。どうでもいいわ。
私は心の中でそう吐き捨てると、看守の誘導に従って、面会室まで歩いて向かった。
◇
場所は変わって留置場の面会室。
部屋の真ん中には大きく透明な仕切りが設置されており、その仕切りには円状にぽつぽつと小さな穴が開いている。刑事ドラマなどでよく見るアレだ。
私は看守に言われるがまま、その仕切りの前に置いてあった簡素なパイプ椅子に腰かけた。看守は私が椅子に座ったのを確認すると、そのまま部屋から出て行った。
ややあって、眼鏡をかけたスーツ姿の男が現れた。髪は黒の七三分け、目つきはとても鋭く、笑った顔が想像できないほど。
男は私の顔を見るなり、大きなため息をつくと、仕切りの向こう側にあった椅子に腰かけ、足を組んで見せた。
「なんて嫌なヤツなのだろう。それが、私がこの男に抱いた第一印象だった」
男が突然口を開いた。
「……な、なんなんですか、あなたはいきなり……」
「はじめまして。僕は玄間 邦彦。お友達からは〝クロマク〟と略称で呼ばれております。ですので気軽にクロマクとお呼びください」
「あの……」
「以後、お見知りおきを」
「いや、そうじゃなくて……なんですか、さっきの……」
「ああ、さきほどのは貴女の気持ちを代弁しただけです。僕には人の心を読む力があるので」
「そ、そうなんですか……でもべつに、私、そんなこと思ってなかったんですけど」
「ほう。ではこの僕が嘘をついていると?」
「はい」
「なるほど。これはこれは。なかなかにはっきりと口にされるお方だ。申し訳ない、嘘をつきました」
「嘘って……」
何を言っているんだ、この人は。
「嘘というのはもちろん、人の心を読む力のくだりです。友達はいるので」
玄間さんはそう言うと、人差し指で眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。
『そんな事訊いてないのに、なんて変なヤツなのだろう。あと、絶対友達いない』
それが、私がこの男に抱いた第一印象だった。
「ところで……あの、私に何のご用でしょうか?」
わざわざ留置場にいる私を訪ねてくるスーツ姿の男。
大方、弁護士か何かだろうが、そもそも私は、自分がなんでこんな所にいるのかもよくわかっていない。弁護してもらうよりも前に、ここは色々と私について訊いたほうがいいのかもしれない。
「僕はあなたをここからお連れする、そのお手伝いをしにやってきた者です」
なぜこんな回りくどい話し方をするんだ、この人は。……まあ、いいや。いちいちツッコんでたらキリがない。
「お手伝い……ということは、弁護士の先生ですよね?」
「いえ、弁護士ではありません」
玄間がそう言って、ゆっくりと首を横に振る。
「弁護士じゃない……? それじゃあ玄間さんは一体……?」
「クロマクで結構ですよ、僕の事は」
「エンリョしておきます」
私がきっぱりと言うと、玄間さんはほんのすこしだけ悲しそうな眼をした。
「そうですか……。では、僕の事をお話しする前にひとつ、話を整理しておきたいのですが……、鈴木さくらさん」
「あ、はい。鈴木さくらです」
「なぜ貴女がここへ留置されているか……、鈴木さくらさんは、ご自身の現状について、どの程度理解されていますか?」
「あ、えっと……変な話なんですけど、じつは私、よくわかってなくて……会社から帰っていたのは、なんとなく覚えているんですけど……なんでここにいるのかは全然わからないんです……」
「たしか、ここに来る前は病院にいたのですよね?」
「あ、はい。気を失って、目が覚めると病院のベッドの上でした。それに私、何か月もそこで寝てたみたいで──」
「話を中断して申し訳ない。……鈴木さくらさん、現在の体調のほうはいかがですか?」
「体調ですか? べつにこれといって悪いところはないと思います。何か月も寝てたら筋肉とか色々衰えたりするって聞いたことはあるんですけど、むしろ今は倒れる前より気分がいいっていうか……」
「そうですか。……続けてください」
「あ、はい。その間についても色々と病院の方に質問しようとしたら、特に説明もないまま、さっきも言ったんですけど、健康体だからって理由でここに連れてこられて……それっきりなんです」
「それも仕方がないと思います。病院は現在、負傷者や精神を病んでしまった方で溢れ返っています。病床を確保するためならば、たとえ目を覚ましたばかりの患者でも追い出されるでしょうね。あまり気を悪くしないでください」
「それは別にいいんですけど、あの、これってやっぱり、〝世界が滅びかけた〟事と何か関係があるのでしょうか?」
「……おや、その件についてはご存知でしたか」
「は、はい。でも、そのほかに具体的な事は何も……。あの、世界が滅びかけたってどういう事なんですか……? インベーダーや魔法って一体……?」
「なるほど、貴女はご自身の現状について何も理解していない……という事ですね?」
「は、はい……」
「ああいえ、別に貴女を責めているわけではありませんよ。貴女の境遇を考えれば、一時的に記憶がおかしくなっているのも頷けます」
「境遇……ですか?」
「そうですね、まずはそこから話しておきましょうか。鈴木さくらさん」
「お、お願いします」
「前置きは無しでいきます。……あなたは現在、殺人の容疑でここに留置されています」
「さ、殺人……ですか!? 私が!?」
玄間さんは何も言わず、眉すら動かさずにゆっくり頷いた。
あまりに突飛。非現実的。
──だめだ。頭がくらくらしてきた。
殺人?
あの、人を殺めると書いて……殺人?
私が?
歩道を自転車で走ってたからとか、道端に落ちてた五十円を着服したからとか、そういうのだと思ってた。
よりによって殺人!?
まさか、自転車に乗ってる時、歩行者とぶつかって運悪く……みたいな感じなのだろうか? たしかにそれだと、私の記憶の一部が欠落しているのも頷ける。
「鈴木さくらさん」
「は、はい」
「顔色が優れないようですが……話を続けても大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃ、ないのかもしれません……。あ、あの……質問していいですか?」
「どうぞ」
「さっきも言ったんですけど、私、ここに来る前の事は何も……それでいきなり殺人なんて言われても……」
「心神喪失の主張ですか」
「そ、そんなつもりは……! 私はただ、事件の内容を知りたいというか……」
「二人です」
「……はい?」
「鈴木さくらさん、貴女が殺害した人数です」
「ふ、ふたりも……!? どど、どんな非常識な速度で突っ込んだですか! 私は!」
「速度……? なにをおっしゃっているのです」
「え? あの……自転車での事故……ですよね?」
「やれやれ……誰がそんな事を言ったんですか」
「え!? ち、違うんですか?」
「……曽戸路仁也、睾丸破裂および複数の内臓破裂で死亡。鹿島毅、頭部を強く打ち、そのまま失血して死亡。すべて……鈴木さくらさん、貴女による犯行です」
え、えぐい。えぐすぎる。
それ全部、本当に私がやった事なのだろうか。それに──
「と、頭部を強く打ちって……あの、ニュースとかでもよく使われる表現のアレですよね?」
「ああ、すみません。たしかにすこし伝わりづらかったですね。被害者鹿島毅の場合、原形を留めないほど損傷しているというよりも、頭部がまるごとなくなっておりました」
「げ。……う、嘘ですよね……?」
「残念ながら、今申し上げた事は本当の事です。当時の被害者の写真もここに持ってきているのですが──」
「だ、ダメです! そういうのほんと……耐性ないのでしまっててください!」
「……わかりました」
「なんですこし残念そうなんですか! あー! 遺族の方々にどうやってお詫びしたら……いや、お詫びで済むはずがないですよね……もう私の命で償うしか……いや、こんなくたびれた人間の命で償えるはずが……いやいや、でもでも、ほんとに私がこんな……?」
「混乱しておられるようですね、鈴木さくらさん。この数分で少し老けましたか?」
「な、何を能天気に……! そ、それで、あの……玄間さん、私はその方たちをどうやって……?」
「はい。貴女はこれらの犯行を凶器の一切を用いず、すべて素手で行っています」
「す、素手……? 素手って……この……え? は?」
「いえ、素手……というよりも徒手空拳。要するに、さきほども申し上げましたが、凶器の類を一切使用せずに、その身一つで被害者男性二名を死に至らしめています」
冷たい手錠で繋がれた自分の手を見る。いつも見ている……というか、いつも使っている、なんの変哲もない、誰のものでもない、私の手だ。私の手……のはずだ。
──でも、なんだろう。
なにか……どこか……、違和感を感じる。
頭の中に霞がかったような……まるで急いで家を出る時、何か忘れ物をしているんじゃないか、という感覚。思い出したいけど、思い出せない。そんなもどかしい感覚が、たしかに私の中にはある。
その証拠に、さきほどから玄間さんが語っている荒唐無稽で、浮世離れしたしているように思える妄言も、なぜか強く否定することが出来ない。
「どうですか鈴木さくらさん、何か思い出しましたか?」
「いえ……あと、その、人をフルネームで呼ぶのやめてください。身構えちゃうので……」
「そうですか。では、Sさん」
「すみません、出来れば苗字でお願いします」
「鈴木ィ!!」
「なんでそうなるの?」
「……鈴木さん、本題に入りましょう。僕の目的はさきほどお話しした通り、貴女をここからお連れする事です。その点について、貴女が不利になる事はないと思いますが……その為にはひとつ、僕が提示する条件を呑んでもらう必要があります」
「じょ、条件……ですか」
「世俗的に申し上げると、これは〝取引〟という事になりますね」
「なぜわざわざ世俗的に言い直す必要が……? でも、取引と言われても、私に出来る事なんて何も……それに私、人間を二人殺してるんですよね? そんな人間、世に出さないほうがいいんじゃ……というか、不可能でしょ!」
「可能です」
「え」
「可能です」
「ご、ごくり……」
あまりの即答におもわず『ごくり』と発音してしまう。一体何者なんだ、この人は。
「あ、あの……ちなみに、その条件って……玄間さんは私なんかに何を要求するつもりなんですか……?」
「鈴木さんには──魔法少女になっていただきます」
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