世界崩壊を機にブラック会社を退職し魔法少女になりました~前の会社でパワハラセクハラしてきた上司や、虐めを行ってきた同期が助けを求めてきてももう遅い。……まあ助けますけど

水無

第2話 ボコボコ☆鉄拳制裁


 ──パッチーン!
 私は課長の手を叩き落とした時以上の力で、その頭頂部に平手打ちをかました。
 課長は〝何が起こったのかわからない〟という様子で頭を押さえ、その場に縮こまっていたが、やがて犯人が私であるとわかったら、驚きと恐怖の入り混じった視線を私に投げかけてきた。

 それにしても長年、外気に晒され続けただけあって、スカッと爽やかな良い音が響くじゃあないか。
 ふと、私が課長の薄汚れた頭皮に視線を落としてみると、じんじんと赤く、私の手の形になっていくのがわかった。ざまあない。これが私を怒らせた罰だ。


『な……!? な、なにをするんだね!? さくらくん!?』

『〝さくらくん〟だあ~!? 馴れ馴れしいにも程があンだろ、課長さんよォ……』


 私は課長の頭をペしぺしと叩きながら続けた。


『普通、名前じゃなくて苗字のほうを呼ぶんじゃアねえのかあ? ああ? 苗字のほうをよォ! 部下との距離の詰め方が根本的にどこかおかしンだよ! さっきもそうだ! 長い間同じ部署にいるならまだしも、私らまだ知り合って半年も経ってねぇだろ!』

『そ、それは……鈴木という名前がありふれているからで……』

『おやおや? たしか弊社には〝鈴木〟という苗字の人間は、私以外にはいなかったはずですが、課長は既にその年でボケておられるのですか? 大変ですねエ! だとしたら先刻の私に対する仕打ちも、痴呆からくる寂しさの裏返しだったんか、コラ!』


 私は課長の耳を思いっきりひねると、強引にその場に立たせた。


『ひ、ひぃいい!?』

『うだうだネチネチ、ネチネチうだうだと、しょうもない事ばっか言ってきやがって! ここに詰まってるのはなんだ? 脳みそじゃない事は確かだな! ひょっとして、いやらしい事を考えすぎて、頭ン中にまで精〇が詰まってんのか?』


 私は人差し指をクの字に曲げると、ドアをノックするみたいに課長の頭をコンコンと叩いた。


『ったく、常に金〇みたいな頭ぶら下げやがって! 恥ずかしくねェのかよ! そもそも課長の行動、言動は前時代的すぎるんだよ! いまどき、こんなあからさまにパワハラセクハラを公然とやってくるやつなんていねーよ! 第一に、私の仕上げた書類、見てすらなかっただろ!? つか、見てなかったって言ってたもんな! 答えんかい!』

『そ、それは……』

『どうなんだっつってンだよ!』

『み、みてましぇん……』

『ケッ! ……んだよパッションって! んだよハートって!! 笑わせんじゃねえ! そういう時だけ、無駄に世代を合わそうとしてくるんじゃねーよ! 小細工を弄そうとしてんじゃねーよ!』

『いや、でも私はそうやって、世の中の理不尽さを教えてあげようと──』

『理不尽もなにも、おまえはただ〝上司〟という立場にかこつけて、私の乳を触りたかっただけだろうが! この歩くセクシャルハラスメントが! 猛省しろ! それでなくても頭を垂れて、せめて申し訳なさそうにしろ!』

『ひ、ひィ……!?』

『はぁ……、あのですね課長、私がもっと容赦なかったら、課長なんてとっくに捕まってますからね? もう人生終わってますからね? 本当に、もうこんなバカなことはやめてください。ただでさえ最近は、この世の中、色々と不寛容になって来てるんですから、課長だってもっと自覚をもって──』

『──い、いや、べつに……』

『……はい? 何か言いました?』

『胸は別に……だってさくらくん、あんまり胸ないし……しょぼいし……』


 ──ぷっちィーん!
 その一言で、私の堪忍袋の緒が切れた。
 私は課長の腕を私の肩に回すと、課長の懐に入り込み、腰のベルトをがっしりと掴んだ。


『お、おいおい……きみ……一体何をおおおおおおぉぉぉ!?』

『ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!』


 動揺し、慌てふためいている課長を無視し、私は渾身の力で課長の体を垂直に持ち上げ──


『あの世で後悔してろ! こンの、ハラスメント野郎ォー!!』


 勢いよく後ろへ倒れ込んで、渾身のブレーンバスターをキメた。
 やってやった。
 おそらく課長は泡吹いて、白目を剥いて気絶しているはず。私はポケットからスマホを取り出すと、課長の無様な姿をカメラに収めるべく──収めるべく──


 ◇


「──あれ……?」


 気が付くと私はオフィスの天井を見上げていた。
 バチバチと、まるで私を嘲笑うかのように明滅を繰り返している、電灯の光が目に染みる。

 ──夢か。

 この惨状を見るに、どうやら私は椅子に座ったまま居眠りして、背中からオフィスの床にダイブしてしまったようだ。
 たしかに夢の中の私、だいぶはっちゃけてたからなぁ……それよりも──


「ここの電灯が切れかかってるって、明日連絡しなきゃ……」


 私はうわ言のように呟くと、のそのそと立ち上がり、椅子を戻し、デスクについた。


「──あれ、スマホは……」


 ポケットに入れていたはずのスマートフォンが消えている。私はキョロキョロと周りを見回すと、床の上に転がっているスマホを発見した。
 おそらく、さっきこけた拍子にポケットから滑り落ちたのだろう。スマホを手に取り、画面を見ると時刻は午前三時を過ぎていた。


『あ、ちなみにそれ、今日中だからね』


 脳内に課長の声が響く。結構片づけたと思っていたのに、まだまだ終わりが見えない。というかそもそも、ひとりでやるような内容でも、量でもない。だってペナルティだもの。


「ふぅ、どうしよっかな……」


 私は五秒くらい考えると、両の頬を叩いて気合を入れ直した。
「よし、帰ろう」
 私はそのまま椅子から立ち上がると、帰宅の準備に取り掛かった。

 そもそもこの仕事って課長のだし、何か言われたらシラを切り通せばいいし。
 もしあれだったら明日、今度こそ課長の脳天をカチ割って黙らせてやればいい。

 ──ああ、ダメだ。
 完全に思考がおかしくなってきてる。頭が回っていない。どのみちこの状況じゃ朝になっても終わらないだろう。この状態じゃ効率も何もない。


「もういい。もう知らん」


 私はそう吐き捨てると、書類の山を課長のデスクに戻し、そのまま会社を後にした。


 しかし時刻は既に午前三時過ぎ。
 女性一人が出歩くには、かなり危険な時間帯だった。

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