下弦の陰陽師

北 伊理奈

第十二話 異国からの救い

       下弦の陰陽師

第十二話 異国からの救い


 文化祭は終盤に起こった停電により、大成功とは言えない幕切れになってしまった。
 しかし、怪我人も出ずに無事に終えることができたのは、不幸中の幸いだった。

 中止となった美女、イケメンコンテストのことで、がっかりしていたイタリア人留学生、クレイシス・ウァティカヌスは絶対に自分がグランプリのはずだったと残念がっていた。




『文化祭、終わっちゃったネー。不完全燃焼だよ。いつのまにか、かなでのキューピッドも終わってしまったし。』

 クレイは頬を膨らませ、ぷーという顔をしている。

『仕方ないだろう。展開が急だったんだから。』

 月島全弥はあの日の出来事を誤魔化し、取り繕うのに必死だった。



 
 犬飼と藤堂かなでは告白前よりも距離が縮まったかのように、肩を寄せ合い、お互いを見つめながら会話している。



『ひとまず、解決かな?』

 全弥は安心したかのように、ふーと溜め息をつく。
 
 陰陽師は本来、帝の守護を目的とし、魔物を祓い、都の安全を守っていたのだが、中には貴族などの恋愛相談も受けていたという。
 恋愛の悩みというのは、現代にも通ずるものがあるのだろう。


 
 クレイは全弥の行動を監視していた。

 監視と言っても見守る要素が強いようだが、何かを探っている。  

 実は犬神の件も、クレイは知っていた。

 文化祭の日に何が起こったかも全てを把握して、誰かに報告していた。その相手とは一体?





『今日、全弥の家に行っても良い?』

 急に話を振られ、驚く全弥。

『は!?どうして家に?』

『学校より、全弥の家で話したいことがあってネ。』

 何なんだ?怪しい…

 



 下校の時間になり、帰ろうとする全弥とクレイ。いつも一緒に帰っていた飄が、何故かいない。

 飄はクレイにトイレで眠らされていた。
 クレイは飄がいては話の邪魔だと判断したらしい。




『月島君。今日はクレイシスと下校するんですか?』

 飄がいないことを心配した犬飼が、声をかける。犬飼はクレイのことを警戒していたのだが、全弥に危害を加えないことは理解していた為、それ以上は止めに入らなかった。

 

『うん。先生。さようなら。』

 全弥はクレイより数歩前を歩いていた。教室を出る時にクレイは犬飼の肩に手を置き、耳元で囁く。

『…犬神は興味深いです。あなたがもし、狼男ならすぐにでも私の出番だったんですケド。』

 犬飼は全身の血の気が引いたような感覚になる。

『クレイシス…君は一体…』





 

 全弥の家に着いた。

 二人はほぼ無言のまま、道を歩いてきた。独特で、妙な緊張感は全弥だけが感じていた。
 クレイは全てを知っているかのような、見透かした視線を送り、語る時がようやくやってきたと腹をくくり、何か決意を胸に秘めていた。



 
『おかえり。飄から連絡があったぞ。留学生にトイレで気を失わされたってな。』
 
 裏陰陽師の宗家、月島兼光は息子の帰りを玄関で腕を組んで、仁王立ちで待っていた。

 
 
 兼光を見た瞬間、クレイはさっと片膝をつく。
 まるで、異国の要人に失礼にならないよう、敬うかのように。



『ご無礼をお許し下さい。我が主の命により、任務を遂行する為に、日本に参りました。』

 
 兼光は、その紳士的な態度を取る異国の者を招き入れた。



 

 奥の客間に通される二人。


『さぁ、話してくれ。ここまでしても果たしたかった君の目的を。』

 
 クレイは普段のくだけた日本語ではなく、まるで刷り込まれた言葉のように、一字一句間違えずに話始めた。
 厳しい訓練を受け、完璧に任務を遂行させる為に、叩き込まれたような態度と言葉だった。

 失敗は許されない、過酷な環境で育ったようだ。




『私はバチカンのエクソシスト見習いです。日本の未来に…いえ、世界の未来に関わる重要な事態が、この日本で起こっていると。調査するように主に命ぜられました。』


 イタリアのバチカンは、カトリック教会の総本山。悪魔祓いであるエクソシストも在籍している。
 
 エクソシスト見習いということは、陰陽師見習いの全弥と同じような立場。
 クレイシスがこの若さで、重要な任務を任されるとは、相当のエリートではないのか。ただ単に、身辺調査をするにあたって、違和感がないよう年齢が近い者が選ばれただけかもしれない。


『私の他にも調査をしていた者がいます。私の妹で、マリアと言います。灯台寺ほむらの調査と監視をしていました。』


 以前、ほむらのクラスにも留学生が来ていると、飄の彼女である大伴雪菜から聞いていたが、クレイシスの妹だったのか。



『どうしてほむらを?』

 疑問に思う全弥と兼光。

『灯台寺ほむらは、表陰陽師宗家の土御門在(つちみかどざい)と接触していました。』


 土御門在は現当主で、22歳という若さを感じさせないほどの実力と人望を兼ね備えていた。しかし、金の家系の金城美鈴が亡くなったあたりからは、表の陰陽師達の様子がおかしくなっており、不審に思っていた。


『なぜ接触していたかは分かりません。しかし、不穏な状況です。』

 
 一体、ほむらの身に何が起こっているのか。


『何らかの情報を流していたスパイかもしれません。』

『何言ってるんだよ!ほむらがそんなことするわけないだろう!』

 不安と怒りで声を荒げる。


 

 ほむらは俺の幼馴染みで、妹のような存在。小さい頃から遊ぶ時も勉強する時も俺にべったりで、裏切るようなことをするとは考えられないし、そんなこと信じられない。



『俺が確かめてくる!』

 全弥は意を決して立ち上がり、足早に部屋を出ていった。
 




『全く、うちの息子は落ち着きがなくてまいったもんだよ。席を外したこと、申し訳ない。』

『いいえ。あの真っ直ぐさと純粋さに救われることもおありでしょう。』

 
 兼光の表情がふっと柔らかくなり、子どもを褒められた父親のように、嬉しさで口元が緩む。



『実の子ではないんですよね?全弥は満様とは違って。』


 はっと驚きで目が開く。

『何故それを…どこで調べたというだ!?』


『ある方から、バチカンへ頼みの手紙を頂きました。』



 
 そのある方とは名前も住所も分からない、素性も何も全く分からない者からの手紙であった。
 
 その手紙の内容には過去のある陰陽師が、バチカンとの接触により、破門にされ、命を落とし、後継者が途絶えてしまったというものだった。
 どうにかその嘆きと悲しみを、今世で晴らして欲しいというものだった。
 そして、この異常事態とも言える局面を乗り越える為に、力を貸してほしいと。


 

 クレイシスは動揺している兼光に、真実を打ち明けた。





『満様は生きています。私達が保護し、安全な場所で匿っています。』

 
 あまりの衝撃に声を失い、両手で顔を覆う。
 こんな奇跡が起こるとは。 
 
 顔を上げた兼光の目には、溢れんばかりの涙が頬をつたっていた。


『ああ…何てことだ。』


『ただ、交換条件があります。』

 クレイシスはこれが本題だと言うように、条件を突きつけてきた。





『不老不死の根源。もしくしはその呪術を教えて頂きたい。』

 
 兼光は耳を疑った。
 先ほどまでの光に満ちた希望が溢れる雰囲気ではなく、一気に部屋がドス暗くなるかのような言葉だった。

 不老不死は世界各国の金持ちが欲しがると言われているものだ。
 どれほどの価値があり、莫大な金が動くのか。
 とても危険で、口には出せないほどの内容だった。




『…わかった。私が知る限りのことを話しましょう。満の命と引き換えに。』


 クレイシスはスッと口角が上がる。

『私達もお約束します。全力であなた方の力になり、共に闘うことを。そして…過去の過ちも我らの代で晴らすことを。』



 彼等はきつく握手をした。

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