下弦の陰陽師

北 伊理奈

第十一話 文化祭 後編

       下弦の陰陽師

第十一話 文化祭 後編


 文化祭は校内全てが停電となり、一時騒然となった。

 体育館での催しを見学していた裏陰陽師の血筋である三人。月島全弥、和泉志流、土屋塁は異様な気配に気がつき、見学者達を避難させた後に、体育館の中に結界を張ることにした。



『妙だぞ。停電の瞬間に急に空気が変わった。』

 結界の中には裏陰陽師の三人と教師である犬飼だけが残っていた。


『犬飼先生…?』

 犬飼の様子がおかしい。先ほどまでの皆を避難させていた教師らしい行動からは、想像ができないほどの形相だ。

 体は震え、うーという唸り声も聞こえる。


『…加那(かな)、やめてくれ。』

 犬飼の口から加那という名前が。加那とは誰のことだ?もしかしてあの亡くなったという妹?


 犬飼はふーふーと荒い息をし、肩を震わせ平常心を保とうとしていた。その光景は、自らの体内から出てこようとしている何かを抑え込もうとしているようだ。


『…犬神が二体憑いているんだ。』

 塁が口を開いた。

『なんだって!?二体!?』

 流が驚きを隠せないほど、動揺している。

 

 本来、犬神というのは一人に一体しか憑かない。二体憑くことは異常であり、強力な能力を要する。犬飼に何故、そんな力があるのか?何故、二体の犬神が憑いているのか?
 そして、加那とは?



『よくわかんねぇけど、先生を助けるにはどうしたら良い!?』

『闘うしかないだろう!!!』

 流は式神を召喚する為に、陣を作った。



『黒き北の守護神、出でよ玄武!』



 ブワッと床一面が渦を巻くかのように風が起こり、漆黒の亀の甲羅と蛇の尻尾を持つ玄武が現れた。亀は不老不死を表し、蛇は生殖と繁殖の意味を持つ。


『…玄武か。お前は水の家系の末裔か?憎き、あの水の家系の!』

 
 犬飼から発せられた声は犬飼の本来の声ではない。怨みを込めた少女のような、まるで泣き叫び、声が潰れたような悲しい声だ。


 
 
 ドドンッ!!!
 玄武は蛇の形の長い尻尾を犬飼に叩きつける。


『そんな攻撃なんて効かない!!お前はまだ半人前の陰陽師のようだなぁ!前の陰陽師はもっと残虐だったぞ!』

『くっ!!』

 

 流れは焦りの表情を見せた。

 流が半人前?そんなだったら俺はどうなるんだ?

 全弥は何もできず、その場に立ちすくむ。



『前の陰陽師…名前はたしか…スイだったな。』

 スイ。それは裏陰陽師、水の家系の前当主であり、流のおばの名前だった。


『お前は…何なんだ?俺のおばに、一度祓われたということか?』



 
 数十年前。
 犬飼は一つ下の妹、加那がいた。二人は実の兄妹でありながら、お互いに恋愛感情を持っていた。犬神憑きによく起こる現象に近親相姦がある。
 二人は愛し合いながらも、自分達の異常さに気がついていたし、かろうじて一線は越えてはいなかった。
 純粋にお互いを尊重して、距離を保っていたのだ。

 しかし、その淡い恋心も終わりを告げる。
加那が思春期になると、父親は加那を性的に虐待するようになる。
 母親はよそで新しい男を作って、出ていったしまっていた。

 母親の代わりに家事も、父親の相手もさせられて、加那は次第に精神を崩壊させていく。

 犬神が牙をむきはじめる。

 自分に起こった不幸を我慢していた加那は、何も考えられなくなり、無気力になっていく。明らかに様子がおかしくなった妹を問いただす兄。

『あのクソ親父!ぶっ殺してやる!』

 真実を知った兄は父親に包丁を突きつけた。



 そこに現れたのが、裏陰陽師水の家系、スイだった。
 スイは家を出ていった母親から家庭の相談を持ちかけられていた。夫の暴力に悩み、子ども達にも被害が及ばないように、お祓いをして欲しいと依頼していた。

 そして、失敗してしまう。




『あの女は私を祓えなかった。兄の代わりに父を殺したのは私。』

 父親殺し。何てことだ。

 でも何故、犬飼には妹の犬神も憑いているのだろうか?



『…それからのことは私が説明します。』

 一瞬、冷静さを取り戻した犬飼が、はあはあと辛そうな呼吸をしながら話し始める。




 スイが祓い損ねた加那は、部屋を逃げ出した。
 逃げた先は兄妹で習い事をしていた書道教室。そこには土屋有(つちやゆう)という男性講師がいた。
 土屋には霊感があり、以前からこの兄妹達を心配していたのだが、決定的なことがない限りは何も行動を起こせなかった。
 そんな時に加那が助けを求めてきた。

『加那ちゃん。心配しなくて大丈夫。僕がなんとかするから。』

 土屋は息も絶え絶えだった加那を介抱していた。


『有先生!加那を助けて。』
 
 加那の後を追ってきた兄は信頼していた講師に嘆願する。



『…わかった。だけど、今からすることは誰にも話してはいけない。二人を一つにしてあげるよ。』

『二人を一つに?』

『二人はずっと、一緒になりたかったんだよね。』

 

 土屋有は只者ではなかった。陰陽師の呪術を使える人間だったのだ。
 そして、妹の加那の魂と犬神は兄へと移った。





『だから、私には犬神が二体憑いているんだ。』

 犬神を二体も憑依させられるほどの呪術者?そんな人間がいるなんて信じられない。それほどの能力を持つもの…歴代の陰陽師にいただろうか?


『でも何故、今頃になって暴走し始めたんだ?』

『きっと…月島君に出会ってから、陰陽師に祓われるんじゃないかと加那が怯えていたんだ。私達二人をバラバラにされるんじゃないかって。』



 ふと、犬飼は全弥と流の後ろにいる塁に目をやる。どこかで見たことのある風貌。

『え…?有先生?』

 有と塁は全く同じ顔だと言う。

『犬飼先生。こいつは塁って言って、俺の親戚。27歳なんだ。』

『27歳…もし有先生だとしたら50代だろうから、人違いか…』


 塁は否定も肯定もせず、優しく微笑んだ。



 
 
 徐々に凶暴化していた加那の犬神が落ち着き始めた。

『加那…俺達は君を祓わない。約束するよ。』

『本当に…?』

 加那は泣きながら笑顔を見せた。安心したような表情だ。
 加那の魂と犬神が兄の犬飼の頭におでこをつけ、すがりつくように消えていった。



 

 闘いが終わり、結界を解く流。


『犬飼先生、大丈夫?』

 全弥はうずくまって座っていた犬飼の顔を、覗き込む。

『不思議な感覚だよ。今までで一番気分が良いんだ。』


 その感覚は浄化の一種だった。

 加那の犬神は祓われたが、加那の魂は祓わずに残していたのだ。
 暴走していたのは犬神であり、加那の本心ではない。加那自身も犬神の影響から不安定になっていた為、原因であるものだけを祓ったということだ。


 しかし、それは月島全弥でも和泉志流でもなく、土屋塁の力によるものだった。
 
 全弥は塁に訊きたいことが山ほどあったが、口をつぐんだ。何故か訊いてはいけない気がしたのだ。これ以上、足を踏み入れてはいけない領域があると感じた。

 
 
 
 流と塁は停電が復旧してから、皆の安全を確認してから学校を去った。

 
 そうだ!俺にはまだやることがあったんだった。
 藤堂かなでと犬飼先生を引き合わせなきゃいけなかった。
 全弥は犬飼に弓道場に来て欲しいと頼んだ。もちろん理由は伏せてだ。




 

 弓道場
 ガラガラとドアが開く。


『あれ?藤堂さん?月島君に呼ばれて来たんですが…』

 そこには藤堂かなでが立っていた。
 かなでは緊張で心臓が飛び出るほどの高鳴りを感じていた。

『はい。私がお願いしたんです。犬飼先生に伝えたいことがあって。』

 かなでは犬飼に出会ってから今までのこと、好きになった理由、隠したままではなく、思いを告げたくなったことを告白した。




『先生…好きです。』

『…ありがとう。でも、気持ちには応えられません。私は教師ですし、ずっと…心に想っている人がいるんです。』

 かなでは悲しかったが、泣き出したい気持ちを抑えて笑顔を見せる。

『わかってます。その人が一番なんですよね?』

 犬飼は頷く。

 

 かなではその場の雰囲気を変えようと違う話を始めた。犬飼が来る前に、渡り廊下で不思議な犬を見たことを話した。

 黒と灰色の混じった狼のような毛並みをした、凛々しくも可愛いらしい大きな犬が校内にいて、かなでに近寄ってきて、頬を舐めたらしい。
 
『気のせいかもしれないんですけど…お兄ちゃんをよろしくねって言われたような…』
 

 
 
 犬飼ははっとして、その場で口を抑え、泣き崩れる。嗚咽を抑えるのが必死だった。

 きっと妹の加那が寄越した犬神だと確信した。



『先生…大丈夫?』
 
『はは…恥ずかしいですね。取り乱した姿を見せてしまうなんて…教師失格です。』

 ふふっと二人は顔を近づけ笑い合う。



『先生…下の名前で呼んでも良い?』

『はい。良いですよ。』




『守那(もりな)先生。これからも生徒としてよろしくお願いします。』

 二人は恥ずかしそうに握手をして、それぞれ弓道場を出た。

 
 

 守那という名は犬飼にとって特別だった。
 妹の加那は普段はお兄ちゃんと呼ぶのに、二人の時は守那と下の名前を呼び捨てにしていた。それは二人が兄妹以上の関係であるという二人だけの秘密で暗黙の了解だった。






『あ!いたいた!犬飼先生!』  

 受け持つクラスの生徒が犬飼を探して回っていた。
 担任教師と記念写真を撮るために、息を切らして走ってきた。教師としては嬉しい。顔がほころぶ。

『皆、待ってるよ!行こう!』

 

 
 
 
 犬飼は過去を思い出していた。

 
 有先生。私はあなたのような人間になりたかったんです。
 あなたは私の周りの酷い大人達とは違い、尊敬する唯一の大人でした。
 
 いつか、また再会できたら言いたいです。

 ありがとう。

 助けてくれて、守ってくれて。

 ありがとうございます。先生。





 

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