下弦の陰陽師

北 伊理奈

第十話 文化祭 中編

       下弦の陰陽師

第十話 文化祭 中編

 
 犬神憑きとは呪術の一種で、犬を生き埋めにし、目の前に食べ物を置き、餓死寸前になると首を切り落とす。すると、犬の頭だけが飛び、食べ物に食らいつく。
 その頭を焼いて骨にして壺などに入れて家に持ち帰ると、相手の願いを何でも叶えてくれるという。
 中には悪さをして、人に害をもたらす者もいた。

 犬飼の先祖は呪われていたということか。


『犬神憑きは陰陽師にとっては、排除すべき存在です。一族の中には陰陽師に祓われてしまった者もいる。仕方のないことですが…私達は相容れない仲なんですよ。』

 相容れない仲だというのに、裏陰陽師の血筋である月島全弥と関わろうとしたのは何故なのか。

『先生…俺はまだ未熟で…陰陽師と名乗れるほどの力もないんだ。』

 善弥の顔を穏やかな表情で見つめる犬飼。


 
『…知ってますよ。だから君に近づいた。』

『それって…どういう?』



 ガラガラ
 保健室のドアが開く。入り口から、飄とクレイが声をかける。

『大丈夫かー?』

 
 全弥は犬飼から話の続きを聞きたかったが、咄嗟に口ごもる。


『大丈夫ですよ。心配させてすみません。』

 犬飼はニコッと微笑み、保健室を出ていこうとする。振り返り、全弥の耳元で囁く。



『…私以外にもあなたの存在を認知している者がいます。今の君に対抗するのは、赤子の手をひねるくらいに簡単ですから。』


 え?それって…俺を消したいと思ってるということか?


『良かった!全弥は怪我してないんだな?』
 
 飄がほっと安堵している。



 入り口にいたクレイを警戒する犬飼。
 お互いに、腹の探り合いをしているような視線。

『…犬飼先生。無事で何ヨリ。』

『ありがとう。お陰さまで。』



 不審な二人の様子を見て、考え込む全弥。


 
 どういうことだ?
 犬飼先生は俺の命を狙ってる?復讐するため?じゃあ、どうしてさっきはかばってくれたんだ。それに、他にも俺の存在を知ってる奴って…身近な人間ならクレイシス・ウァティカヌスじゃないか。



『どうした?顔色が悪いぞ。全弥。』

『あ…いや。大丈夫だ。』

 
 分からない…誰が敵で誰が味方なのか。



 
 一連のできこどにより、月島全弥は疑心暗鬼になっていた。
 未熟で弱い自分自身に対する苛立ち。
 自分を狙っている何かに怯える巨大な恐怖感。



 窓ガラスが割れるという事故に巻き込まれ、全弥は文化祭の準備をしていた他の生徒より、先に帰ることにした。



 
 玄関を開けると、話し声が聞こえた。当主の兼光と誰かがお茶を飲んで、会話をしている。家には水の家系である和泉志流が来ていた。

『え?どうして流が?』

『こういう時の為に、俺が必要なんだよ。学校で何があった?』

 流は裏宗家跡取りである全弥の守護の為、何かを察知し、家を訪れていた。

 全弥は学校で起こっていることを話した。





『犬神憑き…そいつは犬神憑きであり、犬神筋だろうな。』

 兼光が腕を組み、眉間にシワを寄せ、犬神の危険さを語りだした。

 犬神憑きは呪術で呪われた側なのだが、犬神筋は呪術を施した側の血筋。犬飼は呪術者の家系でありながら、呪われた犬神憑きであった。

『全弥を…陰陽師たちを狙っているのでしょうか?過去に祓ったことによる、怨恨のような…』

 考え込む兼光。

『…陰陽師は祓う側の人間だ。私達も…私達の先祖もそうやって生きてきた。理不尽にも恨まれることはあるだろう。それでも、祓うしかないのだよ。』

 黙って、自分達の置かれた環境を改めて実感する全弥と流。

『犬飼先生も…祓わなきゃいけないのか?』

 不安げに口を開いた全弥。

『何か害を及ぼすようならな。』

 下を向いて愕然とする。




 そんな…あんなに良い教師なのに?
 
 陰陽師って…そんなに恨まれる存在なのか?



『全弥。文化祭の当日は俺もその教師に会ってみる。関係者以外で学校に入れる機会なんて滅多にないからな。』

『うん…』

 流は呆れたように、世話が焼けるなと言いたげなような表情を浮かべる。

『あんまり、他人に感情移入するなよ。そんなだから狙われる。』

 ムカッとする言葉をかけられ、反発したくなるが、未熟な自分を棚に上げて言い返すことはできない。

『ごめん…』

『やけに素直だな。キモいぞ。』

 くそー!流のこういう性格が気に食わないんだよな。とは言え、海の時も今回も流の助言があってこそ助かった。

 やはり水の家系とは切っても切れない関係なのか。




 

 数週間が経ち、ついに文化祭当日となった。

 犬飼もあの事故以来、全弥に近づくこともなかった。
 クレイは相変わらず全弥に付きまとうように懐いていたが、全くと言っていいほど危険な様子はなく、警戒心は薄れていた。


 文化祭のクラスの出し物もクラスメイトの協力により、立派なお化け屋敷が出来上がった。



 
 実行委員の藤堂かなでが受付にいた全弥に話しかける。

『月島君。文化祭のフィナーレの時に犬飼先生を呼び出してくれない?』

 すっかり忘れていた!二人の仲を取り持つことになっていた。

『うっ、うん!何とかやってみるわ。』

 ヤベー。大丈夫かな。俺。犬飼先生と関わらないようにしていたのに。



『なー。これってやっぱ俺に対する嫌がらせだよな?』

 ねずみ男の格好で、顔に髭のペイントをした飄が不満げに衣装を見せに来た。

 ぶっ!吹き出すクラスメイト達。

『似合ってるよ!これから客引きよろしくな!』

 笑いを堪えながら、飄を励ます男子生徒。

『くっそー!後で何か奢れよな!』

 クレイはヴァンパイアの衣装に、尖った牙をつけ、颯爽と登場した。

『クレイ~!格好良い~!!』

 女子生徒が黄色い歓声をあげる。他のクラスからも見学者が来ていた。

『ヴァンパイアよりヴァン・ヘルシングの方が好きなんだけどネー。似合ってるなら良かった。』

 ヴァン・ヘルシングとはヴァンパイアや狼男などのモンスターハンターのことである。

『モンスターハンターか。俺達も妖怪退治をしてるようなものだよなぁ。』

『え?何のこと?』

 全弥の独り言を聞いていた藤堂かなでが聞き返す。

『いや!何でもない!』

 陰陽師の血筋であることは知られてはいけない。身の危険に繋がるからだ。

 二人の掛け合いを見ていたクレイは犬飼の話を振ることにした。

『で?僕はかなでの為に何をすれば良い?』

『え?月島君、クレイに話してたの?』

『あ…何か勘づかれちゃってさ…』
 



『クレイー!そろそろスタンバイ!』

 クラスの男子生徒がお化け屋敷のオープン前のチェックをしていた。

『OK!…じゃあ詳しいことはまた後でネ。』




 昼過ぎになり、役割り交替の時間となった。午前中のお客の入りはまずまずといった所で、クラス全員が興奮し、盛り上がっていた。

『お疲れ!午後は俺達に任せろ!どんどん客を驚かすぞぉ~!』

 午後の担当者達は午前中に文化祭を満喫した為に、やる気もみなぎっていた。美味しいものも食べ尽くしたらしい。
 


『お疲れ様。受付、代わるよ。』

『おう!よろしく!』

『月島君にお客さんみたいだよ。』

 

『よぉ。』

 流!?そっか…来る予定だったよな。

 その隣には…土の家系の土屋塁が立っていた。

『塁がこんな所に来るなんて、珍しいな。』

『…うん。何か懐かしいなと思って。』


 驚きだった。あの大人しくて、他人に興味がなさそうな塁なのに、文化祭に来るなんて。犬飼先生のことは流が説明しているはずだし、知ってるはずだよな。

 合流した三人は文化祭を見学しながら、犬飼を探していた。

 ねずみ男の格好からようやく解放された飄も加わる。

『まさか、二人が来るなんてなー。塁さんなんて何十年ぶりかに会いますよね。小学生の時以来かも。』

『…うん。飄君は相変わらず…なんかこう…元気だね。』

 はははっと飄も流も笑う。飄は小さい頃から中身が変わってないということだ。




 
 一通り校内を回って、ようやく犬飼を見つけることができた。声をかける前に壁に隠れて、遠くから様子を伺う。

『あれが犬神憑きか…それほど邪悪な気は感じないけどなぁ。』

 犬飼は体育館で催される劇やダンス、美女イケメンコンテストの案内と見張りをしていた。
コンテストでは全クラスから男女一名ずつ選ばれて、当日に投票され、クイーンとキングが決まる。
 全弥のクラスでは藤堂かなでとクレイシス・ウァティカヌスが選ばれていた。
 藤堂かなではコンテストが終わるまでには、受付の当番を他の生徒に任せて、ステージに立つ予定だった。

 

 
 
 バチン!

 劇が行われていたその瞬間、急に全ての電気が消えて、真っ暗になり、体育館が闇に包まれた。

『ブレーカーが落ちた!』

『キャー!!』

 女子生徒が叫ぶ。

 犬飼は教師として、場を静めようと大声で説明した。

『皆さん!原因を突き止めますので、その場から動かないで下さい。今から非常口に案内します。足下が暗いので後ろの席の方からこちらへ!』
 
 周囲が慌ただしくなる。



『犬飼先生には…こういうことがよく起こるって言ってた。』

『それって…犬神の仕業ってことか?』

『分からないけど…そうなのかもしれない。』

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