下弦の陰陽師

北 伊理奈

第九話 文化祭 前編

       下弦の陰陽師

第九話 文化祭 前編


 謎のイタリア人留学生、クレイシス・ウァティカヌスが裏陰陽師宗家である月島全弥の自宅に現れてから、数週間が経った。

 意味深な言葉を残したクレイであったが、その後は何もなかったかのように平然と学園生活を送っていた。

 そして秋になり、文化祭の時期となる。




 『ということで、クラスの出し物はハロウィンパーティーみたいなお化け屋敷に決定しました。』
 
 学級委員長が黒板の前に立ち、クラス全員に発表する。

 『だせぇネーミングだな。』

 飄が周りに聞こえるように小言を言う。

 『じゃあ、飄はだっさいねずみ男の仮装で良いんじゃないの?』
 
 飄の前の席にいた藤堂かなで(とうどうかなで)が冗談ぽく提案をする。

 クラスはどっと笑いに包まれた。

 『クレイは吸血鬼とか?ヴァンパイアの仮装、絶対に似合うよ~!』

 『面白そうだネェ!』

 クレイは日本の文化祭が楽しみのようで、終始笑顔でクラスメイト達の話を聞いていた。




 こいつ…一体、何なんだ? 
 
 あれからというもの、裏陰陽師の話をしようと声をかけてもスルーされる。はぐらかされてしまうのだ。


 全弥は不信な顔でクレイを見る。

 クレイは全弥の視線に気がつき、ニコッと微笑みかける。

 謎だ…



 
 文化祭は午前と午後の部に分かれ、二つのグループが順番にお化け屋敷を担当することとなった。
 自分たちの出番以外は自由行動となる。

 

 『じゃあ、俺は受付しまーす!』

 『全弥!自分だけ楽な役回りなんてズルイぞ!』

 こういう時は先に言ったもの勝ちだ。

 俺は藤堂かなでと受付をすることになった。

 明日からはクラス全員が文化祭の準備に大忙しだ。



 
 キーンコーンカーン
 下校の時間になる。

 
 『月島君。帰り時間ある?一緒に文化祭用の買い出しに行かない?』

 藤堂かなでが声をかける。

 『僕も一緒に良いカナ?』

 全弥の隣の席のクレイが、興味深けに二人にお願いをする。

 

 飄を交じえて四人で買い出しに行くことになり、買い物リストを手に藤堂かなでが先頭を歩く。その隣に全弥。

 藤堂かなでは勝ち気な部分もあるが、真面目で素直な優等生であり、クラスの人気者だ。

 

 
 『ごめんね。買い出しに付き合ってもらっちゃって。』

 店に着くと、手分けして必要な物を探す為に、飄とクレイは他の売場に行くことにした。
 全弥と藤堂かなでは二人きりになる。

 
 『別に。俺もたまにはクラスに貢献しないとな。藤堂は偉いよ。いつも誰かの手助けしてるじゃん。』

 藤堂かなでは少し恥ずかしそうに、嬉しさが表情に表れるが何か悩んでいるようだった。

 『私ね…犬飼先生が好きなんだ。』

 え?何故それを俺に言うんだ?

 『皆に親切にしてたら先生からの印象も良くなるかな…なんて。私ってズルいよね。』


 
 藤堂かなでが言うには、犬飼が俺の兄が亡くなったことを知っていて、気にかけてくれているらしい。 
 弓道部に所属していて、顧問は犬飼だったのだ。
 二人の接点は部活と俺自身だった。

 『私も小さい時にお姉ちゃんを亡くしてて…犬飼先生も妹さんを亡くしてるんだって。』

 犬飼先生には妹がいたのか。何歳だったのだろう。

 『私ね。文化祭が終わったら告白しようと思ってるの。』

 教師と生徒…禁断じゃないか。

 『そっか…』
 
 全弥はこういう手の話しには疎い。どうアドバイスして良いかも分からずに、相づちを打つしかない。

 『だから!協力して欲しいのっ。』

 藤堂かなでは拝むように手のひらをパンっと合わせた。

 えぇ…面倒くせぇ…

 


 『何の話?』

 飄とクレイが戻ってきた。

 藤堂かなでは話をはぐらかし、この話しは内緒にして欲しいと小声で全弥にお願いする。

 飄は全く気にしてない素振りだったが、クレイは何か勘づいているようだった。
 恋愛の経験値や免疫力とでも言うのだろうか。

 『ふ~ん?何かアヤシイねぇ。』





 四人はじゃあまた学校でと挨拶をし、それぞれ帰宅の途に着く。

 全弥は自室のベッドにごろんと横たわり、少し休みながら考えていた。

 

 犬飼先生…あまり話したことはないが、俺を気にかけてくれていたのか。意外だな。
 
 『明日にでも少し話してみるか。』




 
 翌日。
 久しぶりの雨が降っていた。
 外はどんより曇り、肌寒さを感じる。

 
 『天気はイマイチだけど、文化祭の準備を進めて行こう!』

 学級委員長と文化祭の実行委員がクラスメイト達を奮起させる。
 早朝や休み時間、放課後に作業をする。中には自宅に持ち帰って、文化祭の成功に向けて意気込む生徒もいた。

 

 『思ってたより衣装は早く出来上がりそうだね。問題は…教室の装飾と迷路の組み立てかぁ。』

 藤堂かなでと実行委員が話をしていた。
 
 犬飼先生が進み具合を確認しに、教室に入ってくる。

 ドキッとし、顔を赤らめる藤堂かなで。


 
 全弥はその様子を遠目で見ていた。

 その全弥を訝しげに見るクレイ。

 

 協力して欲しいと言われたものの、何か行動を起こさねばと考えてみたが、特に思いつかない。

 
 クレイは全弥に近寄って、耳元で囁く。

 『かなでは犬飼先生が好きなんダネ?』

 え!?と驚く。

 『それで、全弥はキャーピッドを任された?』

 何故分かったんだ…イタリア人恐るべし。

 『…そう思うならクレイも手伝えよ。恋愛とか俺は全然良く分かんないし。』

 ニヤッと僕に任せてとばかりの表情。

 『日本人は奥手だからね。』



 
 教室を出た犬飼先生に声をかけた全弥。

 『先生!ちょっと聞きたいことがあるんだけど。』

 『どうしましたか?』

 穏やかな口調はどんな生徒にも安心感を与える。

 兄の満が亡くなったことを気にかけてくれていたこと。
 藤堂かなでが教えてくれたことなどを話してみた。

 『先生も…妹さんを亡くしたんだって?』

 一瞬、犬飼の表情が曇る。

 訊いてはいけなかったのだろうか?

 

 『大切な存在だったので…思い出すのは辛いですね。世界で一番、愛していましたよ。』

 妹を愛していた?

 普通はそんな言い方しないんじゃ…

 
 
 寂しそうに哀しそうに窓の外を眺める犬飼。

 朝から降っていた雨は降り止まないまま、地面の土をグチャグチャにし、数えきれないほどの水溜まりが出来ていた。

 窓には幾千もの涙の後のように、雨が滴れていた。


 
 
 『あの日も…雨が降っていたんです。』

 
 犬飼の妹は16歳で自ら命を絶ってしまっていた。
 その理由までは訊けなかったが、二人の間に何かが起こったようだった。

 
 
 全弥は藤堂かなでの為にもはっきりとした答えが欲しかった。
 よくよく考えて振り絞った次の言葉の重さは、本人にすら分かっていない。
 
 
 


 『先生は…今は他に大切な人はいるんですか?』

 優しい眼差しは、まるで未来に希望がないように哀しそうだ。

 

 
 『…いいえ。』




 
 二人の間を切り裂くようにヒュッと何かが飛んできた。

 バリーン!!!

 窓に何かが当たり、ガラスが飛び散る。

 咄嗟に全弥を庇い、頬に傷ができる犬飼。


 
 
 『今の何の音!?どうしたの!?』
 
 音に驚いた生徒が、教室から数名出てくる。




 『大丈夫ですよ。強風で何かが窓に当たったみたいです。』

 驚いて腰を抜かした全弥は犬飼の顔を見て、ようやく状況を理解した。

 『先生!怪我したのか!?』

 心配しないで良いと伝え、廊下に出てきた生徒にガラスで怪我をしないようにと指示する。

 気を利かせた生徒がブルーシートを持ってきて、割れた窓に被せようとする。

 『ありがとう。後は私がしますから。皆は作業に戻って下さい。』




 
 気が動転していた全弥は、廊下のガラス片を箒で掃除しながら、少しずつ冷静になってきていた。

 

 あの瞬間…何か邪気のようなものを感じた。

 何だったんだろう。



 まるで、それ以上は話してはいけないと言われているようだった。





 
 掃除を終えて保健室に行く二人。

 
 『びっくりさせてすみません。たまにこういうことが起こるんですよ。』

 保健室には他に誰もおらず、代わりに全弥が手当てをする。
 
 『たまにって…ヤバイっすよ。』



 
 『今日は特に怒ってましたね…困ったもんだ。』

 怒っていた?一体何が?


 犬飼はゆっくりと理由を話し出した。

 

 

 

 『私は犬神憑きなんです。月島君のお家柄だと…聞いたことはあると思いますよ。』

 

 犬神だと!?

 それに俺の家柄って…裏陰陽師を知っていたのか?


 

 『先生…詳しく訊かせて下さい。』

 犬飼は淡々と、そして教師らしく、しっかりとした口調で話を始めた。

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