下弦の陰陽師

北 伊理奈

第七話 かぎりあるもの

       下弦の陰陽師

第七話 かぎりあるもの

 
 俺達が本家に帰ったのは、夏らしい夕方のまだ暑く明るい時間だった。

 美鈴さんのお通夜が行われる本家では、忙しなく働くお手伝いさん数名が準備に追われていた。

 『お帰りなさいませ。皆様。』

 お手伝いの中でも一番若い女性で29歳の間宮玲子(まみやれいこ)は、人数分の冷えた麦茶を持って、部屋に入ってきた。
 18歳からこの陰陽師宗家に仕えていて、真面目でしっかりとした女性だ。
 父親が酒屋を経営していて、宗家や親族の家に酒を卸している繋がりから、高校を卒業してすぐに家政婦として雇われている。

『私達はお通夜にもお葬式にも出席できないんでしょう?』

 ほむらが寂しそうに玲子に聞く。

『ええ。残念ですけど。しきたりですので。』

 裏の陰陽師は表の陰陽師の緊急事態に力を貸す以外は極力、接触を控えるようにしている。
 お通夜でもお葬式でも、外部に顔や素性を知られてはいけないのだ。
 親族の中でも一部しか面識はない。

『ですので、お通夜が始まる前に美鈴様のお顔を見ていらして下さい。いまのうちですよ。』

 玲子は裏の陰陽師に否定的な他の親族に比べ、とても好意的な態度で接してくれる。
 普段から冷たく、殺伐としているこの家の中では、癒しの様な存在だった。

『いつもありがとう。玲子さん。』

 俺達より先に着いていた流が玲子にお礼を言う。
 玲子は頬を赤らめる。



 
 通された部屋に入ると、亡くなった美鈴が綺麗に化粧を施され、布団に横たわっていた。
 その表情はただ眠っているだけのような穏やかな笑みを浮かべている。

 ほむらが静かに泣き出す。



『綺麗だろ。本当に幸せそうな顔だよ。』

 金の家系の金築 鏡矢は美鈴の傍に座っていた。
 生まれた赤ん坊は病院にいるらしい。



『鏡矢、大丈夫か?昨日から一睡もしてないって聞いたぞ。』

 流が鏡矢の肩に手を当てる。その肩は少し震えていた。目元も赤くなっている。今にも零れ落ちそうな涙を我慢しているようだった。
 愛する者の死の悲しみに耐えながらも、別れを決意したかのような眼差しをしている。

『俺は当分の間は代理で、表の金の家系を手助けをする。だからお通夜もお葬式も出席する許可が出たんだ。』

『そんなの当たり前だろ!?だって美鈴さんのパートナーだし、産まれた子の父親なんだから!』
  
 俺は柄にもなく、熱くなってしまった。

 もし理不尽な理由で愛する人の別れにも付き添えないことになったら、酷すぎる。
 今回の許可が出たのはそれほど重大な危機だと言うことだ。



『大丈夫だ。代理の期間は針爾(しんじ)様がイギリスから戻るまでだ。』

『え?あの人が次の…?』

 眉間にシワを寄せ怪訝そうな流。

 

 金筑 針爾(かねづきしんじ)は鏡矢の従兄弟で、イギリスの大学で遺伝子の研究をしている33歳だ。
 金の家系は医療に携わる者ばかりで構成されている。
 この家の中で起こった怪我や病気、死などを外部に漏らさない為でもある。不安材料になる情報は操作したり、揉み消せるということだ。

 鏡矢と針爾は昔から仲が悪かった。理由は知らないが…

『まだ本人は承諾してないようだがな。当主になるより研究の方が合ってるんだろう。あいつ変態だったからな。』

 え?そんな理由?

『二人は美鈴さんの取り合いしてたんだって。』

 ほむらが俺に耳打ちをした。

 なるほど。二人は一人の女性を取り合うライバルだったのか。

 

 
 その時、部屋の襖が静かに開いて、玲子が声をかける。
 
『皆様。そろそろご親族の方々がお見えになるそうです。』

 全弥とほむら、煉は部屋を出る。

 流は鏡矢に話があると言って部屋に残った。





『やはり宿命は変えられないのか?』
 
 流は鏡矢の目を真剣に見つめる。

『そうみたいだな。跡継ぎや強力な力を宿した子を産む母親は短命になるらしい。』

 代々、陰陽師の家系では短命な女性が存在する。それは遺伝なのか、呪いなのか不明だか、共通するのは元々病弱か、または後継者や陰陽師としての力が強い者を産むと短命になるのだ。

 
『ほむらの母親は煉を産んで数年で亡くなった。じゃあ…俺の妹も…子を産めば死ぬのか?』

 流の妹は和泉志 清香(いずみしきよか)という名前で、小学校6年生。生まれつき体が弱かった。未就学児の時はよく入退院を繰り返していたが、成長と共に最近は体力がついてきたのか、たまに学校を休む程度に快復している。
 
『その可能性はある。だから、力の強い煉と清香を結婚させようと考えているんだろう?お前が煉を可愛がっているのは知っている。』

『可愛がっているつもりはないが、見込みがあると思って気にかけているんだ。あいつは頼みの綱、混血のハイブリットだからな。』

 

 混血のハイブリットとは陰陽五行である木火土金水の中では相反するもの、例えば火と水のようなお互いを効果を相殺してしまう力を両方備えている遺伝子のこと。

 五行相生は影響を強める関係。
 木は火で燃えて土になり、土は金となり、水に。水は木を成長させる。
 五行相剋とは相手の影響を弱める。もしくは滅する。
 金(刃物)は木を切る。水は火を消す。火は金を溶かす。土は水の流れを止める。
 相生と相剋はお互いの力を消してしまうこともあれば、作用を高めることもできる組み合わせだ。

 ゆえに、バランスを保つのが非常に困難だと言われている。
 煉が力の制御に苦悩していたのはそれが原因だった。

 後継者不足の場合に備えて、より強い遺伝子であり双方や全方位を補える、マルチなパワー、完璧な遺伝子の陰陽師を誕生させる為の手段だ。

 ただし、表の陰陽師は混血を忌み嫌い、純血を維持している。
 裏陰陽師から養子を入れたりと例外はあるが、親族婚を推奨していて、ほぼ純血である。



 『清香は病弱で陰陽師にはなれない。裏の水の家系には俺の他に跡継ぎがいないんだ。』

『それで煉を婿養子にでもして跡継ぎに?』

 流は自分の発言を恥じて口をつむった。しかし、決意は変わらない。

『ほむらには申し訳ないけど。それが最善だと思った。清香が子を産めなくとも煉がいれば…それに、ほむらが自分で火の家系の跡継ぎを産めばどうにか…』



『…お前には話した方が良いな。』

 鏡矢は少し考えてから流の目を捉えて、視線を逸らさないようにしっかりと見つめた。





『ほむらは子どもが産めない体だ。』


『え?どういうことだ?』

 鏡矢は次に発する言葉を躊躇した。



『ほむらは…半陰陽。両性具有だ。インターセックスを知っているか?』

 流は動揺しつつも、信じられずにいた。
 
『体の機能が男も女もあるってことだよな?』

 半陰陽の場合、自然妊娠は難しいと言われている。その人物の状態は様々である為、出生時に分かる場合もあれば思春期で発覚したり、周りも本人ですら気がつかない場合もある。

『ほむらは…理解しているのか?』

『あいつはまだ知らないはずだ。だが、思春期になっても、変化がない体に違和感は抱いている。』

 


 鏡矢は医者で、陰陽師やその親族に至るまで、定期的な健康診断も受け持っている。
それぞれの家庭の事情から医学的な分野は全て把握しているのだ。

 陰陽師の家系では、子を産まなかった女性は長生きをする。そして病気や死が訪れるまで、もしくは後継者が見つかるまでは生涯現役。引退はできない。




 『だから、すいな様も長生きだっただろう?』

 すいなとは流の祖母の姉であり、流の師匠であった。裏の水の家系の先代である。





 玲子が声をかける。

『お話し中、申し訳ございません。流様。お時間が…』

『あっ!すみません。すぐに帰ります。鏡矢…話はまた後日にでも。』

 流は親族に会わないよう隠れるように、いそいそと裏口から出ることにした。

 


『鏡矢様…大丈夫ですか?』

 心配そうに鏡矢を気づかう玲子。

『俺は大丈夫。それより玲子さん。今後、ほむらや流のことを頼むよ。力になってやってくれ。この本家で信頼できるのは君だけだ。』

 力強く頷く玲子。



『ここはもう安全な場所ではなくなってしまった…早く手を打たなければ。』





 
 裏の陰陽師の中では鏡矢だけが気づいていた。本家に出入りするようになり、その違和感は確信になっていく。





『表陰陽師の血が弱くなっている。これじゃ陰陽師は滅びるぞ…』

 

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