下弦の陰陽師

北 伊理奈

第六話 哀しみの海 後編

       下弦の陰陽師

第六話 哀しみの海 後編

 

 『ほむら!これって本番ってことだよな!?』

 『そうよ!稽古じゃなくて本番!失敗したら許さないからね!』

 ほむらとの修行の成果を発揮する時が来た。
 
 俺はすぐに陣を作った。

 
 『出でよ!青龍!』

 ドンッと雷が鳴り、雨を降らした。

 ざーっと降った雨は辺りを水浸しにし、足元に気をつけなければ海に足を掬われそうなほどだ。

 『人魚は蛇だとか龍の仲間だろ?青龍に比べたら力の差は歴然だろうけどな!』
 
 『くっ!青龍を呼べるのか!?』

 海月の腹部から流れていた血は止まり、開いた傷口はもう塞がっていた。
 
 どういうことだ?人ならざるものは回復が早いのか?

 『ふっ…お前は力はあっても何も知らないようだな。人魚は不老不死。そして人魚の肉を食った人間も不老不死になるのさ。』

 何!?

 『お前達の一族にもいるのだろう?人魚の肉を食った奴が。』

 何を言っているんだ?誰のことを言っている?

 

 『全員、殺してやる!!!』

 海月が攻撃をしようと両手を広げた。

 

 (海月!もうやめてくれ。私が一緒になるから。)

 煉の口調がおかしい。誰かに乗り移られたような。雰囲気も全く違う。

 


 (私は戀治郎。お前をずっと待っていた。)

 
 『戀治郎さん…?どうしてここに…?』

 (私は生涯、お前しか愛していない。永遠に添い遂げる筈が、別れることになってしまった。私はお前が死んでしまってから、しばらくして流行り病を患い、死んでしまったんだよ。誰とも結婚せずに。)



 戀治郎とは八百屋の息子ではなく、身請け先の旗本の次男坊だった。
 戀治郎は海月の死を知り、泣き崩れた。仕事も手につかず、誰が声をかけても反応しなかった。寝食も忘れ、ずっと上の空で、心を病み始めた頃、流行り病にかかってしまった。

 (お前を幸せにできずにすまなかった。
生まれ変わったら一緒になりたかったが、お前は罰として人魚にさせられてしまった。ようやく私は生まれ変わって、やっと会いに来たんだよ。)

 

 『煉!しっかりしてよ!このままじゃ煉が連れていかれちゃう!全弥、お願い…煉を助けて!』

 でも、どうしたら?俺に何ができるって言うんだ。
 思い出せ。今までの修行のこと。攻撃するだけじゃダメだ。相手は不老不死。何か…何か手はないのか!?



 
 
 『浄化するしかない。』

 え?この声は…

 後ろに立っていたのは、水の家系の和泉志 流だった。
 流は裏宗家の護衛をする立場の為、危険を察知し駆け付けてくれていた。 

 『浄化!?全弥はまだできないのよ?』

 ほむらの表情はどんどん青冷めていく。
 弟の身を案じてなのか、闘うことへの恐怖か。その不安は痛いほどに感じた。

 

 『大丈夫。僕が手助けするよ。』

 煉の正気が戻っていた。

 『僕の身体を依り代に使えば、浄化できる。』

 流はふっと笑みを溢した。
 
 『さすがは、火の家系の最強者だな。この数時間でもう力を制御できるようになったのか。』

 煉の表情が睨みを込めたような笑みに変わる。

 『全弥!よくわかんねぇけど、さっさとやっちまえよ!あの化け物を!』

 海月が飄の方を鋭い眼光で睨み付けた。


 『化け物だと!!?陰陽師ごときに私が祓えるものか!!』

 

 
 ザァッ!!!風と共に大きな波が全員を呑み込もうとする。

 また攻撃が来る!



 
 (海月。私だけを見なさい。)

 攻撃の手が止まる。

 『戀治郎さん。あの時、あなたを選ばずにごめんなさい。あなたを裏切った私を許して。』

 戀治郎は横に首をふる。

 (最初から許していたよ。お前が私から逃げたことも。お前が他の男を好きでいたことも。全て許していた。)

 (私は海の神の遣い。海蛇だよ。私の神が怒ってしまった。婚姻を拒み、二人を呪い殺したお前に罰を与えてしまった。もうお前は十分に苦しんだだろう?すまなかった。私の神を許してあげておくれ。)

 
 『そんな…あなたの神様が?』

 

 (私と一緒になってくれるかい?)

 
 『ええ。なります。あなたと一生、添い遂げることを誓います。』

 

 海月は涙を流した。
 
 その表情はとても穏やかで、生前の美しさを取り戻したかのようで、周りの全てを明るくさせるような素晴らしい輝きを放っていた。 

 ようやく真実の愛を知ったのだ。

 
 


 『さようなら。海月。どうか幸せに。』

 煉が元に戻り、優しい別れの言葉をかけた。

 
 海は夜に向けて、だんだんと暗闇が増していった。さざ波がこれからの発展と不安を暗示する。



 
 
 『無事に終わったな。帰ってご当主に報告だ。それともう一つ。お前達にも報告だ。』

 『報告?』
 
 一同は顔を見合わせた。

 『表の金の家系の跡継ぎがお生まれになった。』

 『本当に!?良かったぁ。』
 
 ほむらの顔がほころぶ。

 『だが…』

 流の表情はすっと暗くなった。

 『美鈴様がお亡くなりになったんだ。』

 ほむらは口を手で覆い、声が出ないほど驚いていた。

 『詳しくは戻ってからだ。明日の夕方までには本家に顔を出すように。』

 
 
 
 
 俺達はその夜、ペンションに泊まった。

 
 ほむらと煉は二人部屋。煉の横でほむらは静かに泣いていた。
 以前、鏡矢に赤ちゃんが産まれたら見に行くと話していたらしい。
 会える時には美鈴さんの母としての誇らしげな顔を想像していたのだろう。

 俺と飄も二人部屋だった。
 いつもは賑やかでよく話す飄でさえ、何も語らず、おとなしくしていた。

 

 生まれる命もあれば消えていく命もある。

 何て儚いものなのだろう。



 部屋の窓から見える海に浮かぶ月を眺め、俺は思った。

 月が満ちては欠けるように時は一刻一刻と変わっていく。

 世界の均衡を保つ為に。


 光と影があるように。
 
 表と裏があるように。

 陰と陽があるように。

 

 
 『今夜は満月なんだな。』

 
 満月に願いをこめる。

 
 消えた命に

 どうか安らかに眠って下さい。

 生まれた新しい命に

 どうか幸せに生きてください。

 

 
 浄化の術を覚えたその説目の日は、俺にとって忘れられない日となった。
 

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