下弦の陰陽師

北 伊理奈

第五話 哀しみの海 中編

       下弦の陰陽師

第五話 哀しみの海 中編


 『煉君がいなくなった!?それは大変だ!ここはもう良いから、早く探しに行きなさい。』

 雪菜の叔父は夕方の店じまいの準備をしていた。
 日が傾き始め、夕日が顔を出して、海は茜色に染まっていく。海辺には人がちらほらしかいない。昼間の騒々しさが嘘のようだ。

 煉…どこにいるんだ?あいつが何も言わずにいなくなるなんて、ありえない。

 
 きっと、何かが起こったんだ。

 早く、早く見つけなければ。

 もし、また力が暴走したら…

 
 ほむらはペンション周辺を探している。雪菜は買い出しに行っていた街の方を探していた。俺と飄は海辺を探し始める。大きな声で煉の名前を何度も呼んだ。
 
 
 すると、スマホに雪菜から連絡が入る。

 
 『見つけた。でも…何かヤバいのと一緒にいる。あれは…』

 

 海辺で合流した四人。

 『煉!見つけた!…何してるの?』

 ほむらが海辺の防波堤に立っている煉に声をかける。煉は一人ではなかった。

 

 『あれは…人じゃない。』

 飄の表情は青ざめていた。
 
 そうだ。あの目、あの雰囲気、俺を見ていたあの視線。

 
 あいつだ。

 
 そこに立っていた…いや、横に寝そべっていたそいつの足はなく、魚の様な鱗に被われていた。 

 髪は漆黒で、長く、濡れていた。

 

 『あれが人魚…?』
 
 
 俺は初めて見る、その人ではないものが何かを感じ取った。
 陰陽師の修行を初めてから感覚が敏感になり、鋭くなってきていたのだ。
 ただの人魚ではない、とても邪悪で、嫉妬に駆られ、自我を忘れたような醜態。

 
 『あなた達にも見えるのね?この私が。』

 『煉。そいつから離れろ。』

 『私から奪えると思う?この子は自ら、私のもとへ来てくれた。そんなのたった一人だけ。私を裏切った男とは違う。』

 その人魚は海月(うみつき)と名乗った。
 
 江戸の時代、遊郭で名を馳せた遊女だったと言う。
 捨て子だった海月は13歳で育ての親に売られてしまった。
 見た目も器量も良く、たいそう可愛がられた。しかし、遊郭は海月にとっては天国であり、地獄。
 衣食住が保証される生活や、芸の稽古は苦痛ではなかったが、客に抱かれるのは屈辱だった。
 どんなに優しくされ、丁寧に扱われたとしても、海月は心を閉ざし、表面上だけは最高の女を演じていた。
 そんな時に出会った男は店に出入りしていた八百屋の息子だった。
 二人は歳も近く、気が合った。
 初恋のような、純粋な恋だった。
 
 そんな他愛もない幸せな時間は数年で終わりを告げる。
 海月に身請けの話が舞い込んだのだ。
 相手は旗本の次男坊で、海月のご贔屓だった。
 
 条件の良い身請けだったが、海月には想い人がいる。しかし、断ることはできない。

 『二人で逃げよう。』

 二人で入水自殺をし、情死の道を選んだのだ。
 
 そんな愛を誓った二人に不幸が訪れる。
 
 八百屋の息子は死にきれず息を吹き返したが、海月は死んでしまった。

 八百屋の息子は遊女を連れ去った罰を受けることになるし、このままでは実家に帰れない。
 
 そのまま逃げることにした。

 ようやくたどり着いた村で、ある女性を助けた。
その女性は裕福な育ちだった。親に気に入られ、その商家で働き始め、すぐに結婚してしまった。

 
 海月は怨んだ。
 
 生まれ変わっても一緒になろうと誓ったのに。
 私は死んで、お前だけ生きて幸せになってるなんて。
 
 私を忘れるなんて。

 
 許せない。
 
 
 
 そして、海月は悪霊になり、その二人を呪い殺した。

 その罰として海月は成仏もできず、神に人魚にさせられてしまった。

 何百年が過ぎて、ようやく復讐の時が巡ってきた。

 八百屋の息子の生まれ変わりがこの夏の海にやってくる。



 
 『だからって、人の命を奪って良いことはないだろう。いなくなった三人はお前の仕業だな?』

 『あいつらは違った。あいつらには他の女がいた。だから殺したんだよ。』

 行方不明者は海に引きずり込まれて殺されていた。

 『ちょっと待って。じゃあ、その生まれ変わりって…』
 
 

 
 
 『僕だよ。』
 
 今まで黙りこくっていた煉が口を開いた。
 様子がおかしい。

 『煉!そっちに行ったらダメ!』

 『煉!しっかりしろ!』
 
 『僕はいつも一人だった。好きな子もいない。だけど…いつか会えるのを待ってた気がするんだ。君に。』

  ダメだ!このままじゃ煉も海に引きずり込まれてしまう。
 どうしたら…

 

 
 ザバーン!!! 
 
 急に波が高くなり、俺達に襲いかかる。

 『もう誰にも邪魔させない!!!私達に近付かないで!!!』

 

 攻撃される!俺の力では防げない!

 身動きができずに、たじろぐ。



 シュン!

 何かが飛んできた。手裏剣?にしては形が違うな。

 『ぎゃぁ!』

 海月の腹部に命中した。

 


 『どうだ!?痛いか?それはひょう刀って言ってな。俺の武器だ。』

 え?飄?どうしたんだよ。

 『お前…何でそんな凶器持ってんだよ?』

 飄がはぁと溜め息を漏らす。

 『小学生の頃から一緒にいて気がつかないもんなんだな。自分が守られてるってさ。マジで能天気な坊っちゃんだよ。』

 守る?俺を?

 『俺は忍者の家系。代々、月島家に仕えてる。お前が跡取り候補になっちまったせいで、身元を明かさないといけなくなったんだよ。マジでイイ迷惑!』

 何だって?忍者?現代にもいたのか!?

 てか、ずっと気がつかなかった俺って…

 


 『さぁ。どうする?人魚さんよぉ。こっちは陰陽師と忍者だぜ。一筋縄ではいかないことくらい分かるよな?』

 『くっ!陰陽師だと!?』

 『じゃあ、次は三枚おろしにでもしてやろうか!』

 ほむらと俺はすかさず結界を張り、闘いに挑むことにした。

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