下弦の陰陽師

北 伊理奈

第一話 始まりの血

       下弦の陰陽師

第一話 始まりの血
 
 兄が死んだ。
 
 陰陽師宗家の家系であり、跡継ぎである兄、満が。
 宗家と言っても世間が知る表の陰陽師ではなく『陰』や『裏』と呼ばれ、存在すら隠されている俺達。
 『表』に対処できない問題や病気、死による跡継ぎ不在の際には『裏』から人選される。要は数合わせであり、誰かの代わりを任される立場。
  そして、代わりが必要ない時は存在さえも ないような扱いを受けている。
  それが俺達にとっては平和なのだが。

  その平和は兄の死によって暗い影を落とし、静かに新たな始まりを告げた。
 
 『失礼します。』
 
  月島 全弥は部屋に入る前から感じていた重苦しい雰囲気を鋭い刃物で切るかのようにスッと襖を開けた。

  その場にいた全員が全弥を睨み付ける。
 
  上座には裏宗家28代目の父、兼光。
 
  時計回りに木の家系、桐山 木蓮(20)。

  火の家系、灯台寺 ほむら(15)。
 
  土の家系、土屋 塁(27)。

  金の家系、 金築 鏡矢(31)

  そして俺が一番苦手で顔も合わせたくない
 
 水の家系、和泉志 流(22)

  『兼光様、私はやはり納得がいきません。』

 案の定、流が開口一番に不満を漏らした。

 『同感だ。こんな奴に当主が務まるわけがない。』鏡矢が言う。

 『私も納得はいかないけど、仕方のないことでしょう?』木蓮は場を落ち着かせようとした。
 
 塁は普段から無口で何も発言してこない。

 唯一の味方のほむらは最年少である為か発言を躊躇っていた。普段は黙れと言いたくなるほどのおしゃべりなのに。

 『私は…全弥を手助けしたいです。』
 
 はぁと深い溜め息をしたのは父、兼光だった。
 
 そりゃそうだ。俺に務まるわけがない。
兄は優秀で未来の当主として修業をし、英才教育を受けていた。俺は何故か子どもの頃から自由に育てられ、それらしいことは教わっていない。
見込みがないと思われていたのだろう。
 
 中学に上がる頃には不良の一歩手前、警察沙汰まではいかなくともギリギリのライン、グレーゾーン。いわゆる悪ガキだ。
 高校に上がってもサボりや金の無駄遣い、成績は赤点を採らない程度しか勉強しない主義。
 習い事も続かない。唯一、中二までしていた弓道も賞を取れたのは数回だ。

 『今日はこれまで。表とも協議をせねばならん。』
 
 やっと終わった。たった数分の会合でさえ苦痛なのに、これから会合の度に何度も顔を出さなきゃいけない。
 
 兄が生きていたら俺は自由だったのに。
 
 兄の死を悲しむどころではない。というより未だに信じられないのだ。

 大学の卒業旅行で中国へ行き、交通事故に捲き込まれ、引火した炎に焼かれたと言うのだ。
 死体の損傷は激しく、身元はDNA鑑定や防犯カメラの映像から照合したらしい。
 
 水の家系である流は兄の満の守護もしていた。日頃から行動を供にしていたが、その事故の時だけ離れてしまっていた。
 
 『申し訳ありませんでした!!』
 
 兄の遺体が灰になってようやく戻ってきた時は父に土下座をしてまで謝っていた。
 血が滲むほど畳に額を押し付けて…目には涙を溜めながら、自責の念を込めながら…
 
 あんな流を見たのはあの時が初めてだった。
 
 どれほど兄を想っていたのか、守るべきものを守れなかった悔しさは俺にも分かる。

 
 
 俺にも守れなかった人がいる。


 

 『全弥、大丈夫?』
 
 縁側に座り、うつむいていた俺を心配そうにほむらが顔を覗き込む。
 
 ほむらは俺より一つ下の学年で幼馴染みだ。妹のような存在でもあり、時には姉のように口うるさい時もある。
 
 こんなに明るく可憐に見えるが火の家系である為、戦闘能力は五家の中でも最強。
敵に回せば呪われる。呪術は最強で最恐(凶)なのだ。

 『皆の前ではああ言ったけど…今後どうなることやら、心配だわ。あ、二人とも食べる?』
木蓮がお菓子を食べながら近づいてきた。

 どうやら台所からせしめてきたらしい。
 
 俺の家だけど、五家にとっては親戚の家で、どこに何があるかはお見通しだ。

 『占ってあげようか?』

 『金取るんだろ?どうせ』
  
 木の家系の木蓮は占術や結界を得意とする。破られない結界なら木蓮だ。

 小遣い稼ぎに知り合いに占いをしては手に入
れた金を服や靴、アクセサリーに換えているらしい。女は着飾るのが好きだよな。
 
 『とにかく!今日はもう帰れよ。俺、疲れたから寝るわ。』

 大したことはやってないけど、あの会合の威圧感と自分に向けられる憎悪。お前を認めないという否定と拒絶の態度。心底疲れた。

 

『俺が一番、俺を認めていないよ。』

 

 月島 全弥は自分を落ちこぼれだと思っていた。優秀な兄、周りに必要とされている兄。
それなのに自分は…
 自由でありながらも孤独を抱え、誰かに必要とされたいと思っていたのに。
 兄の死によってその自由は奪われ、影の宗家として君臨するまでの過酷な闘いはまだ始まったばかり。

 彼はまだ知らない。己の存在価値を。

 今まで自由を与えられていた理由を。

 どれほどの苦痛と悲しみが待っているかを。

 彼はまだ知る由もない。
 


 

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