TH eFLATLAND

リンねりん

003:カオス IN THE 巡る世界

自分が王女であると聞いての第一声。

「は? へ?」
自分でも照れるほど変な声が出た。変な顔もしている、という自覚を持つミコ。

――王女? 王女ぉ? オコジョとかじゃなくて!? とかくだらないことも頭を過るが……
繰り返されるのはグリッスルが言ったロザリアという世界の王女という言葉。

ロザリア、セカイ、王女。
ミコの目はグルグル回る。世界が回る。巡る世界。

セカイって……なんだ!?
ただ、今はグリッスルの不敵な笑みが恐ろしいだけだ。


「いいやいやいやいやいや! え? 王女? ろざりあ……? え?」
完全な動転状態。凍りついたような空気を熱湯で溶かすような勢いで言葉を放つ。

いきなりこんな異世界感全開の空間で王女だと言われても……。
ん? 異世界感?
異世界!?

「そう、君が生きてきた世界から見れば……異なる世界。つまり異世界になるね。でもね……」
口あんぐりのミコを尻目にグリッスルは構わず続ける。
いつの間にか手元には輪っかが戻っていた。

「このチキュウ……いや、八華のある世界、僕たちはフラットランドと呼んでる世界。
それも含めて数多ある世界、そんな多元界のその上位にあるのが……ロザリアだよ。
フラットランドやその他大勢みたいな世界と同じように考えてもらっちゃ困る」
少し得意げに顎を上げて下目使いになるグリッスル。


「その上位の世界の、君は王女、王族にあたる。と言ってる僕も王族だ。その世界の第一王子だからね。つまり……」
「そ、それって」
「そう、君と僕は兄と妹ってわけだよ。わかったかい? 我が愛しの妹よ」

思考が爆発して停止しそうなのを押し戻して、
「い、いや、でも私両親いるし! お父さんサラリーマンだし! 普通のニッポン人……」
「それは君の両親という役を演じている王族の手の者達だよ。ロザリア人だね」
「あ……え? でもずっと育てられて……」
「言っただろう? その記憶は本当の記憶じゃあないんだよ。まあ確かに育てられたのはそうだけどね。
彼らもそれが仕事だったからさ。ねっ? 我が妹」
そう言って輪っかをミコに投げつけた。

それを片手でうまくキャッチして見つめるミコ。よく見ると黒をベースにした輪っかに、
グリーンの何やらウネウネしたような紋様が生きているかのように蠢いている。
そしてそれら動く度に鈍く光を放つ。

「王冠にしたければすればいいし、ブレスレット、アンクレット、首輪でも構わないよ。
キーホルダーにしてもいい。うまく形を変えればスマホケースにもなる」
グリッスルがゆっくりと指を挿す。

投げた輪っかのことを言っている。


「さて……。我が妹。君の意志は消えそのチカラは僕への恭順と共にある。
あと……そうだね、30分程かな。君の祝福すべき誕生日だ。
君はそこで君独自のチカラにも目覚めるだろう。それが合図。そこで君のすべては僕のモノになる」

「な、なんで……私が……」

「戦争を終わらせたいんだ……」
ふっと視線を落としたグリッスル。少し憂いのため息をつく。悲しげな目をミコに向けた。
途端に風景が変わる。
白い光に包まれた空間が一瞬で地獄のような業火に襲われる。
赤黒くトグロを巻く空気。

遠くの方で爆炎と爆音。
ふと上を見上がると無数の人影や円盤が飛び交う。そして煙をあげて揺らめく。
人影が蚊取り線香にやられた蚊のようにヒラヒラと落ちていく。
叫び声。
煤で汚れた少女が涙で目を腫らしている。
その目とミコの目が交錯。
憎悪と怒りと、悲しみに満ちた瞳に射抜かれた。
少女の周りに少年、青年、たくさんの大人、老人……無数の人々が現れる。
一様に少女と同じ目をしている。
その目がミコを見ていた。みんな見ている。
心が砕け散りそうになる。なんだろう、この感情の衝突は。
そして、その人々は次の瞬間、巨大な炎に飲まれすべて焼き尽くされていった。
悲痛な声が耳に残っている。
崩れ落ちていく建物、空高く上がる黒煙。

地獄の景色。


その向こうに巨大なきのこ雲が立ち上る。赤色と中にオレンジ、そして青白い渦が回転しているきのこ雲。
どんどんと大きくなる。その雲は無数の人影を飲み込みそれでもまだ巨大化する。
勢いが増す。
竜巻のように舞い上がる黄色い炎。紫色の液体が降り注ぐ。その後にワインレッドの液体も。
それが混ざり合い、ただ、ただ、流れていく。
感覚でわかる。多くのヒトがそこで炎に焼かれているんだ。
また混ざり合う、混ざり合う、混ざり合う。
かき混ぜて出来上がる混沌。

叫びそうになりながらも声が出ないミコ。ガクガクと震えている。
カオス、カオス、カオスの真っ只中。

「こ、こ、こ……」

「そう、こんな戦争を終わらせたいんだ」
再度同じことを口にするグリッスル。

景色は一変した。また白く光に包まれた空間だ。


「い、いまのは……」

「異世界同士を巻き込んだ……多元界の戦争……。
そのヴィジョンだよ。やがて訪れる未来でもある。
このヴィジョンを僕は……僕達はハッキリと見た。
マルチヴァースと呼ばれる世界の連なりとも共有している。
このまま、何もしなければこのヴィジョンは現実のものとなる。
君が感じた恐怖もね……。

だからこそ、僕はここにいる。
僕に委ねればいいんだから。大丈夫。怖がることはない。僕が戦争を終わらせるから。
さあ、おいで。一緒に終わらせよう。
この馬鹿馬鹿しくて忌々しい戦いを一緒に終わらせよう」
グリッスルは相変わらずの微笑みで手を伸ばした。
掴み取れ、と言わんばかりにミコの目の前に差し出す。

そこでけたたましい爆音にも似た警告音が鳴り響いた。
ぼんやりと意識が宙に浮いていたミコが我に返る。
まだ椅子に縛られたままだ。

「なんだい? 騒がしいね」
グリッスルがため息交じりに少し苛立つ。


『奴です。ヒコがこちらに接近しています』
どこから声が出てるのかわからないが部屋の中で反響している。

「……あんなゴミクズ、君達で処理できるでしょ? こっちは今いいとこなんだから。消し去っちゃいなよ」
冷たい言葉が空間を漂う。

ヒコ? さっき現れた自分を助け出した男?
ミコは頭の中でその姿を思い出す。


「気になるかい? 君に纏わりつく愚かな奴のことを。この男だろ?」
グリッスルがそう言うと目の前の空間に急に映像が現れる。先程の業火と同じようにリアルで鮮明なヴィジョン。
その中を駆け抜けていく男の姿。青い髪、しなやかな手足。
縁石を飛び越えている。
そこに白ずくめの集団が押し寄せている。
それに見入るミコ。



ヒコは報告通り近づいていた。
ミコが捕らえられているインペリアルホテルに。
八華都市の中では老舗に位置する由緒正しいホテル。
それに合わせて街並みも小奇麗な並木があったりシックな雰囲気のカフェがあったりとヒコみたいなチンピラ、PUNK風情が全力疾走してる光景は、まあ似つかわしくない。
さらに似つかわしくない光景は続く。
ヒコが飛びあがりそのまま目の前の白づくめの男に膝蹴り。見事に顎にキマる。
血が軽く吹き出しそのまま転がる白。

インペリアルホテルの手前でひと呼吸。
勢いよく真っ白なバンが2台、ヒコを挟んで停車。
ブレーキ音がかな切り声に似ていた。

バンのドアが同時に開いてまた白ずくめの男達が飛び出してくる。

ヒコはニヤリと少し笑い足を伸ばしてその場で回転する。かなりの高速、流れるような動きに合わせて美しく足払いがキマり2人転がる。
白ずくめの攻勢。中には日本刀のようなものを持ってる者もいる。刃まで真っ白だけど。


「なかなか大胆に来るやん。先にうんこしといてよかったわ」
ヒコは呟きその刀を受け流す。少しだけ腕をかすめたが傷はない。
すかさず突きを白ずくめに浴びせて5メートル程吹き飛ばした。
そして後ろに立つ男に回し蹴り。無駄なく攻撃。
そのままヒコは前宙して相手の蹴りをかわして着地と共にまた蹴り。相手の顔面にキマり白が赤く染まる。



そんな光景をまるでアクション映画でも観ているようにただ見つめるミコ。動けないままだし今はそれを見てるしかない。
これは一体なんなんだろう。なにが起こっているんだろう。

グリッスルが言った言葉が気になる。
戦争ーー

「せ、戦争って……」
「我が妹、それを君が気にする事はないよ。僕が終わらせるんだから」
ずいっと手がさらにミコに近づく。
いつの間にか拘束が解かれ自由になっている。
フラフワと浮いたような感覚がミコにはまだあるが。
おそるおそるその手を掴み取ろうとゆっくりと腕を上げ始めるミコ。

「さあ、おいで。僕の手を掴むんだ。共に行こう」
「……」
『掴むなっ』
「我が妹。共に安寧の世界を築こう」
「……」
『おい! 戻ってこい!』
「我がいもぅ」
「え?」
『そいつイケメンのふりしてド変態だぞっ!』

ミコの目が見開く。さっきから違う声がカットインしてくる。
聞き覚えのあるような……懐かしいような。でもどこか刺激的な。


もう少しでグリッスルとミコの手が触れそうな時、まるで照明が落ちるように白い光は消え失せた。
その直後、その空間は爆炎に包まれる。
さっき見た地獄のような光景にも似ている。が、熱さを感じる。咄嗟に顔を覆うミコ。
投げ出された身体が壁にぶつかって転がる。
煙を吸い込んでしまいむせる。
すべてがリアルだ。目に染みている。

ミコは涙ながらにゆっくり目を開ける。

拘束されていた部屋……だ。天井が崩れているけど。


「なにド変態のイケメンにコロッと靡きそうになってんだよ」

声のする方を振り返るミコ。
ソファの上に仁王立ちするように……ヒコだ。
路地裏に突然現れたオトコ。
さっきまで戦っていたそのヒコが立っていた。

上がる噴煙をバックに不敵な笑み。
この笑みは天使? 悪魔? もうどっちでもいい。
早く帰って夢から醒めたいだけ。

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