宇宙の就活生
第7話 選ばれたんや
ヘイジは辺りを見回したが、スマホのライトだけでなにも見えなかった。
「おう、ありがとな。じゃあ頑張ってな」
人ならざる者の影が二人を横目に立ち上がりどこかに消え去っていく。だが物音一つしなかった。
「お前誰にお礼を言ったんだ?」
「昔の同僚や、よく一緒に銀河の星々を調査してたときのな」
「お前何者だ?」
「なんでもええやん、カシューナッツだべや」
アクタガワはポケットに手を入れて、探していたものを引っ張り出した。
ヘイジは身動きし、なにごとかとぶつぶつつぶやいていた。
「何をぶつくさいってんねん食えや」
アクタガワは、袋の中身を振り出した。言われるがままに袋の封を破って中身を取り出すと身体が欲していたかのように無意識に口に運んでいた。
スマホの明かりが消えたと同時に「あかんもう電池切れた」アクタガワの声も聞こえてくる。
「暗い」ヘイジは言った。
「まぁな、それより体は大丈夫か? テレポート光線を浴びて一度分子レベルまで分解してまたもとに戻ったはずやから、塩分とタンパク質が不足がちになってんで。アルコールは再構築の衝撃を弱めたはずやけど」
「どうだっていいよ、暗いのはおれの未来だけにしてくれ」
アクタガワはかねがね不思議に思っていたことを思い出していた。明白な事実を口に出して尋ねたり、どう反応してほしいのか分からない自虐表現をするのだろうか。例えば今日はひどい雨ですねとか、声が高くて可愛いねとか、後者でもっとも分かりやすい例はこうだ。小学校の道徳の時間で、二十代後半の女性教師が(クラスの人気者に限る話でもあるが)「人間の命は実際の金額にするといくらになるか」という質問を投げかけたとする。
すると、一人の大人びたクラスの利口者が「サラリーマンの平均的な生涯財産は」と続けるだろう。その答えを聞いて女性教師は苦笑いを浮かべ頷きながら「じゃあもし悪魔があなたの寿命を買いとるとしたらいくらくらいの価値をつけてくれると思いますか」という小学生には無理難題な議論を押し付けた。クラスのみんなが真剣に話し合っている中、すっと立ち上がったクラスの道化者が「俺の残りの人生をお前らが買いとれる権利を得たって一銭も払わないよな」と言って明らかに自分の人生の価値がクラスの連中よりもずっと高いことを自覚した上で、白々しく自虐的な表現で笑いをとろうとする。
なんだかんだ言っても彼ら地球人はもとい日本人は悪い種族ではなかったし、またそれがゆえに彼らがあまりに無知なことにアクタガワはひどく気がかりだった。
「暗いな、お前の未来も」
「ぶっとばすぞ」
「うん」
「明かりが欲しい」
「今の気分は?」
「心と体が離れている感じ」
「幽体離脱みたいやな」
暗がりの中で、ようやく目が慣れてきたヘイジは、怪訝そうにアクタガワを見つめた。
「なぁここはどこかってお前に尋ねたらおれは絶望から立ち直れないのか?」ヘイジは弱々しく言った。
「なんくるなる、なんくるなる」
アクタガワは立ち上がった。
「ここは安全地帯や」
「あっそう」
「ここは狭い用具室やねん。ドリーム銀河団の船のな」
「はいはい」とヘイジ。
「それって安全っていえんのかよ」
アクタガワは壁に手をあてながら暗闇を動き回っていた。ヘイジはさっきから聞こえてくる不気味な機械音と重苦しい空気にに苛まされ上手く物事を整理できてないでいる。
「どうやって乗ったんだよ」
「友達にのせて言うたんや」
「友達ってさっきの暗闇の怪物か?」
「そや、あいつは一日五秒間だけ自分の意志で時間を止められるからもうこの部屋にはいないけどな」
「じゃあなにか、突っ立てたら突然凶悪な宇宙人の友達が宇宙船の窓から顔を出して『よう久しぶりどうだいこれからドライブでも』って言ったってことか!」
「まぁ、そんな感じやな、あいつは凶悪ではないけど転職して今はただの用具係の宇宙人やから間違ってはないわ」
「わかったよ、で、俺はいつ夢から覚めて部屋に戻れるんだ?」
「戻れへんよ」
アクタガワは照明のスイッチを見つけた。すぐさまスイッチを入れたのでヘイジの目は視界を合わせるのに数秒の時間がかかった。
「ちなみに夢でもないで」
「じゃあ」ヘイジは言った。「ここは本当にさっきのでかい物体の中なのか?」
アクタガワとヘイジは周囲を見まわした。
「で、今の感想なんかある?」
「とりあえずこの部屋はきたない、おれの部屋より散らかってるぞ」
ヘイジは顔をしかめた。不潔な毛布、一度も洗っていないであろうカップ、いいようのない異臭を放つ布の塊。そんなものが心狭しと船室に放り込まれている。
「しゃないやろ、作業用の船やし。そもそもドリーム銀河団に所属しているドナホース人に整理整頓は無理や」
「ドナホース人?」
「うん」
「そいつらが乗せてくれたのか?」
「ちゃうちゃう、これはドナホース人の船やけど、乗せてくれたんは、おれの友達」
「訳がわからん、お前の友達も宇宙人でお前も宇宙人なんだよな」
「何言ってんねん、ヘイジやっておれから見れば宇宙人やで」
「だめだ、理解できない」
「ちょっとまってろ」
アクタガワはそこにかけてあった毛布を床に敷いて腰をおろした。ヘイジは躊躇していたが、いい加減イライラしていたアクタガワにげんこつをもらうのがいやで恐るおそる腰を降ろす。
アクタガワは平治となりに置いてあった就活バックのファスナーを開けると乱雑に詰め込まれた資料の中からしまい込んでいた一冊の本を取り出して大きくしたのちヘイジに手渡した。
「なんだこれは? どうして俺のバックからでできたんだ」
「『就活生による銀河の歩き方』。まぁ日本で言うSPIや業種別対策本やな。宇宙の星々を就活で訪れるために必要な情報が全部そこの電子的な本に入ってんねん。学生、中途、フリーター。全ての就活生が就職先でミスマッチを起こして異世界に行かんように作られた素晴らしい本やねんで」
ヘイジはおっかなびっくりそれをひっくり返した。
「こんな本買った覚えはないけど」ヘイジは言った。裏のカバーに浮き上がってきた文字には日本語でこう書いてあった。「『ありのままに』か。たしかに就活セミナーや、就職課の職員にそう言われたっけ、面接で着飾るなとか、よく見せようとするなとか、まったくこっちは内定が欲しくてそんな余裕ないってのによ」
ヘイジは一社からも内定がもらえずに夏休みを迎えた日のことを思い出していた。こんなはずじゃないもっと頑張らないと。と自分を奮い立たせて傷ついた心を掴むようにしっかりその本を握りしめている。
「今から、その本の使い方教えるで」
アクタガワはヘイジから本をひったくってカバーから本体を引っ張り出した。
「ほらここのボタンを押すと、スイッチが入って画面が明るくなる。グーグルみたいに牽引がでてくんねん」
12インチの画面がぱっと明るくなり、文字が点滅し始めた。
「ドナホース人のことが知りたいなら、ここに入力すればええ」
指でさらに文字をタップする。
「ドナホース人。就職活動を行うにあたってその会社にドナホース人が上司にいる場合どうするか――諦めよう。銀河が呆れるほど広いと言えども、ドナホース人ほど不愉快で陰湿な種族は珍しい。正真正銘の悪党ではないが、癇癪もちで差しでがましくひどく鈍感な生き物である。仮にあなたが仕事でなにか大きな成果を成し遂げたとしても彼らはびた一文の報酬も出さないし、褒められることもない。あなたが何か失敗した時には、生き生きと説教を垂れ流し、人格否定から血族の不良を疑わられる。ドナホース人と酒を飲みに行き、居酒屋でフライドポテトなどを頼んだ日には終電がなくなるまで文句を言われるに違いない。何でも好きなものを食べろと言われても言葉通りに受け取ってはいけないのだ。ドナホース人を怒らせたいならば彼らより権力がある種族と友達になることである。どんなことがあっても彼らと労働契約を取り交わしてはならない」
ヘイジは目をぱちくりさせた。
「変な本だな、だけどこの本の通りの奴ならどうして今俺たちはこの船に乗れたんだ?」
「それは、この本を作るために現地を調査してる転職した俺の友達のおかげやな」
「友達ってさっきの化け物みたいなやつか?」
ヘイジの顔につらそうな表情が浮かぶ。
「お前の友達っていったい何なんだよ」
「大した奴やで」
とアクタガワ。
「新規開拓ができない、惑星一つ満足に創れなかったけど、心の優しい奴やったな。袂を別れてからも仲良くしていてよかったで、まぁ最大の理由はドナホース人の親方にうんざりしてその腹いせやけどな」
ヘイジは途方にくれた顔をした。
「なんだろう、宇宙人も働いてるんだな」
そう言って顔をしかめる。
「オレは今ほぼ無職やけどな」
「仕事は?」
「銀河の有権者相手にオーダーメイドの惑星を提供する会社のエージェントや。俺の仕事は一億年に一度行われる採用試験のために銀河から優秀な人材をかき集めること」
「よくわかんないけど、そもそもどうやって地球にきたんだよ?」
「簡単やで、金持ちのお嬢さんを捕まえてここまで案内してもらった」
「お嬢さん?」
「そや、宇宙をあちこちまわって未知なる星を見つけてはバズるんや」
「なんだその、インスタみたいな言い方」
ヘイジの胸に疑惑が広がっていった。もしかしたらアクタガワは人をからかって喜んでいるだけではないのか。
「そうそうインスタや。つまり、あんまり人けのない辺鄙な場所を見つけてはいきなり気の毒な奴のところへ現れるんや、頭に変な触覚つけてその星の言葉で『わ・れ・わ・れ・は・う・ちゅ・う・じ・ん・だ』っていうて反応見て喜ぶんや」
アクタガワは頭の後ろに手を組んで寝転がり、満足そうに笑っていた。
「アクタガワ」
ヘイジは尋ねた。
「今更だがオレはなんでこんなとこにいるんだ?」
「わからへんかな、お前は俺に選ばれたんやだから特別に救ったんよ」
「あぁ感謝してるさ、それで地球は?」
「破壊されたやん」
「破壊」
ヘイジは感情を殺して言った。
「そや、蒸発した」
「あのさ」
「なんやって」
「ちょっとショックだわ、うんあくまでちょっとだけ」
ヘイジは目に涙を浮かべて鼻をならしていた。アクタガワの言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
「どんまい」
そう言って肩を組んだ。
「ドンマイだって!」
ヘイジはわめいた。
「ドンマイだって!」
ヘイジは立ち上がった。
「この本をみろ」
アクタガワは言った。
「なんで?」
「ありのままでと書いてあるやん、自然体や錯乱してはあかん」
「錯乱してない!」
「しとるで」
「わかったわかった、だけどこんな状況でオレはどうすればいいんだ!」
「就活すればええやん、どうせ内定もらえへんかったんやろ、だったら心機一転して新しい職場を捜せばええやん。とりあえずこの種を口にいれろ」
「どういう意味かお聞かせ願いますか?」
ヘイジは尋ねた。おれってわりと落ち着いてるなと思いながら。
突然騒々しい不協和音が平治の耳に響き渡っていた。四方八方から襲い掛かる爆音に恐怖を覚える。学校中の黒板を一斉にドラゴンのかぎ爪で引き裂いたようにも聞こえる。
「な、なんだこの音、さっきのやつとそっくりだ」
「黙らんかい、何か言うてるやろ」
「何かってなに?」
「ドナホース人の親方が今喋ってんねん」
「ドナホース人の言語はいかれてんのか?」
「聞けや、俺は聞いとんねん!」
「無茶だ、俺はもう発狂しそうだ!」
「これでも飲んどけや」
アクタガワは有無も言わさず平治の口に得体の知れない豆を放り込んだ。あまりの勢いにごくりと飲み込んで平治はすぐに頭を抑えた。胃の中に収めた豆が器官、組織にしみ込んで血液の中を流れ脳みそをがんじがらめにする感覚だ。
「頭が割れそうだ」
「うるさいわ!」
頭が痛い、平治は猛烈にバファリンを飲みたくなった。
今だって聞こえてくるのは黒板の引き裂くような不協和音だし、そのことは変わりがないのだが、なぜかだんだんと分かりやすい日本語で耳に入ってくる。
言語化するならこんな風に聞こえた。
「おう、ありがとな。じゃあ頑張ってな」
人ならざる者の影が二人を横目に立ち上がりどこかに消え去っていく。だが物音一つしなかった。
「お前誰にお礼を言ったんだ?」
「昔の同僚や、よく一緒に銀河の星々を調査してたときのな」
「お前何者だ?」
「なんでもええやん、カシューナッツだべや」
アクタガワはポケットに手を入れて、探していたものを引っ張り出した。
ヘイジは身動きし、なにごとかとぶつぶつつぶやいていた。
「何をぶつくさいってんねん食えや」
アクタガワは、袋の中身を振り出した。言われるがままに袋の封を破って中身を取り出すと身体が欲していたかのように無意識に口に運んでいた。
スマホの明かりが消えたと同時に「あかんもう電池切れた」アクタガワの声も聞こえてくる。
「暗い」ヘイジは言った。
「まぁな、それより体は大丈夫か? テレポート光線を浴びて一度分子レベルまで分解してまたもとに戻ったはずやから、塩分とタンパク質が不足がちになってんで。アルコールは再構築の衝撃を弱めたはずやけど」
「どうだっていいよ、暗いのはおれの未来だけにしてくれ」
アクタガワはかねがね不思議に思っていたことを思い出していた。明白な事実を口に出して尋ねたり、どう反応してほしいのか分からない自虐表現をするのだろうか。例えば今日はひどい雨ですねとか、声が高くて可愛いねとか、後者でもっとも分かりやすい例はこうだ。小学校の道徳の時間で、二十代後半の女性教師が(クラスの人気者に限る話でもあるが)「人間の命は実際の金額にするといくらになるか」という質問を投げかけたとする。
すると、一人の大人びたクラスの利口者が「サラリーマンの平均的な生涯財産は」と続けるだろう。その答えを聞いて女性教師は苦笑いを浮かべ頷きながら「じゃあもし悪魔があなたの寿命を買いとるとしたらいくらくらいの価値をつけてくれると思いますか」という小学生には無理難題な議論を押し付けた。クラスのみんなが真剣に話し合っている中、すっと立ち上がったクラスの道化者が「俺の残りの人生をお前らが買いとれる権利を得たって一銭も払わないよな」と言って明らかに自分の人生の価値がクラスの連中よりもずっと高いことを自覚した上で、白々しく自虐的な表現で笑いをとろうとする。
なんだかんだ言っても彼ら地球人はもとい日本人は悪い種族ではなかったし、またそれがゆえに彼らがあまりに無知なことにアクタガワはひどく気がかりだった。
「暗いな、お前の未来も」
「ぶっとばすぞ」
「うん」
「明かりが欲しい」
「今の気分は?」
「心と体が離れている感じ」
「幽体離脱みたいやな」
暗がりの中で、ようやく目が慣れてきたヘイジは、怪訝そうにアクタガワを見つめた。
「なぁここはどこかってお前に尋ねたらおれは絶望から立ち直れないのか?」ヘイジは弱々しく言った。
「なんくるなる、なんくるなる」
アクタガワは立ち上がった。
「ここは安全地帯や」
「あっそう」
「ここは狭い用具室やねん。ドリーム銀河団の船のな」
「はいはい」とヘイジ。
「それって安全っていえんのかよ」
アクタガワは壁に手をあてながら暗闇を動き回っていた。ヘイジはさっきから聞こえてくる不気味な機械音と重苦しい空気にに苛まされ上手く物事を整理できてないでいる。
「どうやって乗ったんだよ」
「友達にのせて言うたんや」
「友達ってさっきの暗闇の怪物か?」
「そや、あいつは一日五秒間だけ自分の意志で時間を止められるからもうこの部屋にはいないけどな」
「じゃあなにか、突っ立てたら突然凶悪な宇宙人の友達が宇宙船の窓から顔を出して『よう久しぶりどうだいこれからドライブでも』って言ったってことか!」
「まぁ、そんな感じやな、あいつは凶悪ではないけど転職して今はただの用具係の宇宙人やから間違ってはないわ」
「わかったよ、で、俺はいつ夢から覚めて部屋に戻れるんだ?」
「戻れへんよ」
アクタガワは照明のスイッチを見つけた。すぐさまスイッチを入れたのでヘイジの目は視界を合わせるのに数秒の時間がかかった。
「ちなみに夢でもないで」
「じゃあ」ヘイジは言った。「ここは本当にさっきのでかい物体の中なのか?」
アクタガワとヘイジは周囲を見まわした。
「で、今の感想なんかある?」
「とりあえずこの部屋はきたない、おれの部屋より散らかってるぞ」
ヘイジは顔をしかめた。不潔な毛布、一度も洗っていないであろうカップ、いいようのない異臭を放つ布の塊。そんなものが心狭しと船室に放り込まれている。
「しゃないやろ、作業用の船やし。そもそもドリーム銀河団に所属しているドナホース人に整理整頓は無理や」
「ドナホース人?」
「うん」
「そいつらが乗せてくれたのか?」
「ちゃうちゃう、これはドナホース人の船やけど、乗せてくれたんは、おれの友達」
「訳がわからん、お前の友達も宇宙人でお前も宇宙人なんだよな」
「何言ってんねん、ヘイジやっておれから見れば宇宙人やで」
「だめだ、理解できない」
「ちょっとまってろ」
アクタガワはそこにかけてあった毛布を床に敷いて腰をおろした。ヘイジは躊躇していたが、いい加減イライラしていたアクタガワにげんこつをもらうのがいやで恐るおそる腰を降ろす。
アクタガワは平治となりに置いてあった就活バックのファスナーを開けると乱雑に詰め込まれた資料の中からしまい込んでいた一冊の本を取り出して大きくしたのちヘイジに手渡した。
「なんだこれは? どうして俺のバックからでできたんだ」
「『就活生による銀河の歩き方』。まぁ日本で言うSPIや業種別対策本やな。宇宙の星々を就活で訪れるために必要な情報が全部そこの電子的な本に入ってんねん。学生、中途、フリーター。全ての就活生が就職先でミスマッチを起こして異世界に行かんように作られた素晴らしい本やねんで」
ヘイジはおっかなびっくりそれをひっくり返した。
「こんな本買った覚えはないけど」ヘイジは言った。裏のカバーに浮き上がってきた文字には日本語でこう書いてあった。「『ありのままに』か。たしかに就活セミナーや、就職課の職員にそう言われたっけ、面接で着飾るなとか、よく見せようとするなとか、まったくこっちは内定が欲しくてそんな余裕ないってのによ」
ヘイジは一社からも内定がもらえずに夏休みを迎えた日のことを思い出していた。こんなはずじゃないもっと頑張らないと。と自分を奮い立たせて傷ついた心を掴むようにしっかりその本を握りしめている。
「今から、その本の使い方教えるで」
アクタガワはヘイジから本をひったくってカバーから本体を引っ張り出した。
「ほらここのボタンを押すと、スイッチが入って画面が明るくなる。グーグルみたいに牽引がでてくんねん」
12インチの画面がぱっと明るくなり、文字が点滅し始めた。
「ドナホース人のことが知りたいなら、ここに入力すればええ」
指でさらに文字をタップする。
「ドナホース人。就職活動を行うにあたってその会社にドナホース人が上司にいる場合どうするか――諦めよう。銀河が呆れるほど広いと言えども、ドナホース人ほど不愉快で陰湿な種族は珍しい。正真正銘の悪党ではないが、癇癪もちで差しでがましくひどく鈍感な生き物である。仮にあなたが仕事でなにか大きな成果を成し遂げたとしても彼らはびた一文の報酬も出さないし、褒められることもない。あなたが何か失敗した時には、生き生きと説教を垂れ流し、人格否定から血族の不良を疑わられる。ドナホース人と酒を飲みに行き、居酒屋でフライドポテトなどを頼んだ日には終電がなくなるまで文句を言われるに違いない。何でも好きなものを食べろと言われても言葉通りに受け取ってはいけないのだ。ドナホース人を怒らせたいならば彼らより権力がある種族と友達になることである。どんなことがあっても彼らと労働契約を取り交わしてはならない」
ヘイジは目をぱちくりさせた。
「変な本だな、だけどこの本の通りの奴ならどうして今俺たちはこの船に乗れたんだ?」
「それは、この本を作るために現地を調査してる転職した俺の友達のおかげやな」
「友達ってさっきの化け物みたいなやつか?」
ヘイジの顔につらそうな表情が浮かぶ。
「お前の友達っていったい何なんだよ」
「大した奴やで」
とアクタガワ。
「新規開拓ができない、惑星一つ満足に創れなかったけど、心の優しい奴やったな。袂を別れてからも仲良くしていてよかったで、まぁ最大の理由はドナホース人の親方にうんざりしてその腹いせやけどな」
ヘイジは途方にくれた顔をした。
「なんだろう、宇宙人も働いてるんだな」
そう言って顔をしかめる。
「オレは今ほぼ無職やけどな」
「仕事は?」
「銀河の有権者相手にオーダーメイドの惑星を提供する会社のエージェントや。俺の仕事は一億年に一度行われる採用試験のために銀河から優秀な人材をかき集めること」
「よくわかんないけど、そもそもどうやって地球にきたんだよ?」
「簡単やで、金持ちのお嬢さんを捕まえてここまで案内してもらった」
「お嬢さん?」
「そや、宇宙をあちこちまわって未知なる星を見つけてはバズるんや」
「なんだその、インスタみたいな言い方」
ヘイジの胸に疑惑が広がっていった。もしかしたらアクタガワは人をからかって喜んでいるだけではないのか。
「そうそうインスタや。つまり、あんまり人けのない辺鄙な場所を見つけてはいきなり気の毒な奴のところへ現れるんや、頭に変な触覚つけてその星の言葉で『わ・れ・わ・れ・は・う・ちゅ・う・じ・ん・だ』っていうて反応見て喜ぶんや」
アクタガワは頭の後ろに手を組んで寝転がり、満足そうに笑っていた。
「アクタガワ」
ヘイジは尋ねた。
「今更だがオレはなんでこんなとこにいるんだ?」
「わからへんかな、お前は俺に選ばれたんやだから特別に救ったんよ」
「あぁ感謝してるさ、それで地球は?」
「破壊されたやん」
「破壊」
ヘイジは感情を殺して言った。
「そや、蒸発した」
「あのさ」
「なんやって」
「ちょっとショックだわ、うんあくまでちょっとだけ」
ヘイジは目に涙を浮かべて鼻をならしていた。アクタガワの言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
「どんまい」
そう言って肩を組んだ。
「ドンマイだって!」
ヘイジはわめいた。
「ドンマイだって!」
ヘイジは立ち上がった。
「この本をみろ」
アクタガワは言った。
「なんで?」
「ありのままでと書いてあるやん、自然体や錯乱してはあかん」
「錯乱してない!」
「しとるで」
「わかったわかった、だけどこんな状況でオレはどうすればいいんだ!」
「就活すればええやん、どうせ内定もらえへんかったんやろ、だったら心機一転して新しい職場を捜せばええやん。とりあえずこの種を口にいれろ」
「どういう意味かお聞かせ願いますか?」
ヘイジは尋ねた。おれってわりと落ち着いてるなと思いながら。
突然騒々しい不協和音が平治の耳に響き渡っていた。四方八方から襲い掛かる爆音に恐怖を覚える。学校中の黒板を一斉にドラゴンのかぎ爪で引き裂いたようにも聞こえる。
「な、なんだこの音、さっきのやつとそっくりだ」
「黙らんかい、何か言うてるやろ」
「何かってなに?」
「ドナホース人の親方が今喋ってんねん」
「ドナホース人の言語はいかれてんのか?」
「聞けや、俺は聞いとんねん!」
「無茶だ、俺はもう発狂しそうだ!」
「これでも飲んどけや」
アクタガワは有無も言わさず平治の口に得体の知れない豆を放り込んだ。あまりの勢いにごくりと飲み込んで平治はすぐに頭を抑えた。胃の中に収めた豆が器官、組織にしみ込んで血液の中を流れ脳みそをがんじがらめにする感覚だ。
「頭が割れそうだ」
「うるさいわ!」
頭が痛い、平治は猛烈にバファリンを飲みたくなった。
今だって聞こえてくるのは黒板の引き裂くような不協和音だし、そのことは変わりがないのだが、なぜかだんだんと分かりやすい日本語で耳に入ってくる。
言語化するならこんな風に聞こえた。
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