獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第28話

聞いたことがある。天邪鬼とは昔話や伝説に登場してくる悪者であった。民話『瓜子姫』によると小鬼のような姿で人に悪戯をする妖怪で、今日では性質が素直ではなく、人に逆らう者を称して通常用いられる。

また天邪鬼は神や人に対して反抗心が強く、それでいて意地も悪い。更に人の心中を察することが出来るから余計にたちが悪いのだ。閻魔大王によればもともとは地獄の獄卒として働いていたが浮世に赴いてはありとあらゆる悪事を働いたため地獄を追放されたあと人間の煩悩を表す象徴として執金剛神に踏みつけられ、本来の力を封印されたという。

「ここにしようぞ」

二代目が宴会場として選んだ料理店は、私たち以外の客はいなかった。こじんまりした部屋に似合わない天井にぶら下がったシャンデリアの光が窓ガラスに申し訳なさそうに映えている。

私がテーブルについて待っていると、二代目が厠から戻ってきて、正面の席ドカッと腰をおろした。

やる気のなさそうな店員が運んできた生ビールは泡と泡以外の比率がでたらめで一言文句を言ってやろうと立ち上がったが、乾杯と勘違いした二代目が私の手に持ったグラスに勢いよくグラスをぶつけ強制的に宴が始まった。

「今宵はおごりであるからして、呑め呑め」

そう言って二代目は喉を鳴らし一気にアルコールを胃の中に収めていく。

「どんどんもってこい」

やる気のなさそうな店員は二代目の飲みっぷりに慌てふためき、厨房に走ると頼んでもないビールを余計に運んできて乱暴にテーブルに置いた。あまりの呑みっぷりに厨房で焼き飯を作っていた料理人が飛び出してきて異国の言葉で驚きの声を漏らしていた。まさか自分の店に地獄の鬼が来店していることなど夢にも思わないだろう。

「つまり我々は天邪鬼の声真似にまんまと騙されたわけか、お主の声そっくりであった」

「よくへらへらしてられる。二代目は奴にゆでだこにされたんだぞ」

「そうであったな、しかしそのおかげで入浴料が免除になった。不幸中の幸いである」

「なにが幸いだ、妖なんぞに騙されて地獄の鬼神が聞いて呆れる」

「ワハハハハ、そう怒るな、しかし天邪鬼にしてやられるとは油断したな」

テーブルを挟んで暴飲暴食に明け暮れる二代目を見ていると、その能天気さにふつふつ怒りが湧いてきた。あまつさえ地獄の鬼が二人そろって妖などに出し抜かれるとは愚の骨頂であるのに、二代目は己の私腹を肥やすためだけに手と口を動かし、時々見せる高笑いは失態を犯した者の態度ではない。

「呑気に飯を食っている場合ですか、二代目」

「いいではないか、腹が空いてはなんとやらというだろう」

「冗談じゃない、大切な鬼のパンツを奪われたのだぞ、奴が私の姿で洛中を徘徊していると考えただけで虫唾が走る」

私がそう言うと、二代目は手をいったん止め眉間に深皺をよせて鉄を捻じ曲げるような笑みを浮かべた。

「それはちと困ったことになった」

窓の外を一度眺める。テーブルの上の料理が反射しておぼろげに瞳に映っていた。私は二代目の次の言葉を待って口を閉ざす。店に入ってから初めての沈黙に私は背筋をのばした。

「御仁、そろそろ日本酒を頼もう」

明るい声でオーダーするとやる気のなさそうな店員は覇気のない返事をした後、空のグラスを下げた。

「ちょっと二代目!」

私がずっこけると、高らかな笑い声が店内に響いた。

「笑ってる場合ですか!?」

「いやぁすまん、すまん」

二代目は半分残った焼き飯を勢いよく口に運び、おちょこに日本酒を注いで私に渡した。再びの乾杯のために高々と右手を上げ「我ら兄弟の絆が永久に続くことを……」と手短に高説を述べて、一気に呑みほした。

「くはぁぁ、五臓六腑にしみるのぉ」

「しみるのぉじゃなくてですね」

「ワハハハハ、そう焦るではない策はある手前に任せろ」

「本当ですか?」

私は首を傾げる。

「腐っても私は閻魔大王の息子であるぞ」

そう言って二代目は私に笑いかけた。「どーんと任せておけばいいのだ」

私は二代目の根拠のない自信に呆気に取られ、「信じてますよ」とひとまず頷くしか出来なかった。


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