獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第11話

酩酊状態の恵美子をそのままにしておくわけにもいかず、説明書をひろげ、見よう見まねで、スマートフォンのマイク機能を使って訊ねてみた。どうやらこういった時はタクシーを呼べばいいらしい。

私はこのお店を統括していそうな人間を捕まえタクシーの召喚方法を尋ねると、人間は親切にも店先にタクシーを召喚してくれた。

恵美子をタクシーに乗せた後で、私は夜のアーケード街を興味深く歩いた。暗闇が支配する街並みを煌びやかな光たちが彩りスーツを着た人間はみな家路を急いでいる。

ふと大量の書物が並んでいる商店を見つけた。そういえば、私がまだ角が生えたての小鬼だった頃、二代目と浮世に出向き人間の子や妖の子とよく遊んだものだった。

私は二代目と仲が良かった人間の絵師に書かせた書物があるのではないかと溢れる好奇心を一度お腹に飲みこみ、我が物顔で入店を決意する。

夜の八時を過ぎた店内には、まばらであっても人間がいた。片っ端から書物をあさり、お目当てがないと分かるとするりと棚を通り過ぎ次の棚に向かう。私は私が書かれた書物を探すことに初めは躍起になっていたがやがて地獄にいた空白の百年分の詳しい歴史を学ぶことに心を奪われていた。

「すみません、あのすみません」

女の声がする。しかしそこには幾ばくかの緊張が読み取れた。私は自分に向けられている言葉だと理解したがそれよりも優先すべきことがあるのだ。だから無視してやった。

「ちょっと聞いてますか? あなたですよあなた。さっきから本を乱暴に扱って可哀そうじゃないですか」

「すまない、しかしこちらもそれどころではなく、あとにしてくれないか」

「迷惑なんですよ、本は手にとったら元の場所に戻すのがルールです」

「ルールは破られるためにあると父に教えられて育ったから、ちと分かりかねる」

「もうしりません、店員さんを呼びますから」

彼女はとうとう諦めたようだ。笑みを浮かべ次のページをめくろうとしたその時だ。なにかが勢いよく私の横っ腹を強打した。突然のことで思いっきり喰らってしまった私は唸りながら膝をついた。

何事かと周囲を見回すとさきほどの女が異変に気が付き私の元へ駆けてきた。

「大丈夫ですか?」

心配そうに声をかけてきた彼女の背中には、大きな白い翼が伸びていて、不安そうな表情と連動してばっさばっさとはためかせている。

「お前は人間ではないな」

私がそう指摘する彼女はぎょっと口をつぼみ、すぐさま私との距離を測った。

「もしかして、あなたは悪魔ですか?」

顔をしかめながらの素っ頓狂な問いに私は首を振りお腹を抑えながら立ち上がり言った。

「私は地獄の鬼である。忌々しい天の使いめ」

彼女にとっても私という存在はかなりのイレギュラーだったらしく緊張感がある表情から一瞬困惑の表情に変わった。

「鬼? どうして地獄の鬼がこんなところで受験勉強しているですか?」

「受験勉強?」

彼女は私が手にしていたものを指さして言った。

「どうして地獄の鬼が勉強などやらなくちゃいかん、それに真っ赤にそまったこの書物には様々な歴史の成り立ちが記されているんだ。この世の理を示したものに違いない」

「なにを言ってるのか分かりませんが、あなたが持っているそれは赤本といって現代の若者が大学に入学するために使う本ですよ」

暫しの沈黙が流れる。落ち着いて本の表紙をみればたしかになんたら大学と書かれた大学入試対策本だということが明確に記されている。

「あぁ」

情けない声をあげる私を憐れむように彼女は微笑み頭を下げた。

「現世の視察というわけでもなさそうですね」

「うむ、しかし、閻魔大王の使いで百年ぶりに浮世に舞い戻った。」

「はぁ」

彼女は、少し困ったように私が散らかした本を元の棚に戻し始めた。なんだか興奮も覚めてしまって手にとった書物を閉じた。

「鬼も本好きなんですね」

「そうかもしれないでもきっと貴殿ほどじゃないよ」

「いえ、そういうわけでもなくですね。天使はそもそも本が好きなのです」

私は曖昧な返事をした。勝手な解釈ではあるが彼女は天使になって日が浅いのかもしれない。以前出会った天使の一人が教えてくれたのは「天使は世の中の動向を静かに見守る傍観者であり、まして人ならざる者との接触は天界以外で許されていない」といったものだった。

「地獄の鬼さん、差し支えなければあなたのお名前を教えてくれませんか?」

天界の関係者に名前を言うのははばかれるが彼女からは天界で働く天使特有の高圧的な感じの悪さを感じない。

「冷徹斎貫徹という」

「貫徹様ですか、とても勇ましいお名前」

確信した、彼女は天使になったばかりの新人だ。冷徹斎ときいて嫌悪感を現さないのがなによりの証拠であった。父の悪名は天界中にとどろき、名前を口にするだけで嫌気がさすと言わしめていたほどだ。

「貴殿は?」

そう言って私は彼女に顎を向けた。

「セラと申します」

「まぁここであったのも何かの縁だよろしく」

「はい、よろしくお願いします。よかった実はひとりぼっちの下界で心細くて」

「奇遇だな、実は私も今日百年ぶりに浮世に参上して非常に寂しい思いをしていた」

そう言うと彼女は私の手をとった。屈託のない笑顔はぱっと光るように魅力的で、思わず腰が引けた。

「こんな偶然あるのでしょうか、きっと神のご加護ですね」

「どうだろうか?」

「そうに決まってますよ。セラと貫徹様はいい友達になりそうです」

「あぁ」

セラの翼が小刻みにはためいている。どうやら感情のバロメータらしい。



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