獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第3話

鳴り止むことのない阿鼻叫喚に鬼たちは耳を傾けて一日を終える。私はそんな毎日に憤りを感じていた。どんなに苦しい拷問を受けても千年、二千年のうちには亡者は慣れてしまう。いまも苦しそうに叫んでいるのは落ちたばかりの新入りばかりであった。こんなメリハリのない拷問ではいずれ地獄は廃れてしまう。

「おーいぽんつくぅ、昼休憩の時間だから食堂行くぞぉ」

独り言のように持論を展開していると針山の下にいた美女? がこちらに手をふった。私は鬼神タバコの煙を吹きながら、一つ上の階層にある黒縄地獄に向かって立ち上る紫煙をぼんやり眺めていた。

「おーい、まさか耳までおかしくなったのかしら」

「うるさいなぁ、いま行くから先に行っててくれ」

彼女の名前は我孫子。私の同期で衆合地獄で働く獄卒だ。

「全くあのおてんばめ、でかい声で言いやがって」

私はタバコを地面に投げ捨てる。この針山から周囲を見渡せば鉄杵を持った同胞たちが燃えさかる鉄臼に亡者を放り込み一心不乱に引いてゆく。何度も何度も引き回された亡者たちの膿血が鉄臼から一遍にあふれだし、やがて粉状になった骨だけが残っていた。しかし哀れな地獄の亡者たちの命が尽きることがない。

「助けて……くれ」

一人の亡者が空から降ってきて私の目の前にある針に突き刺しになった。肢体を引き裂かれぼろ雑巾のようになった亡者がこちらをじっとみながらかすれた声をあげる。

「おいおい、勘弁してほしいな」

「もう十分だ、もう罪は償った。た……のむ許してくれ……」

「それを決めるのはお前でも私でもない閻魔大王様だ」

私は骨格を変化させ大鬼の姿になると、亡者の減らず口を引き裂いた。周囲に飛び散った血肉を眺めながら大あくびをして答えた。

「それにお前たちがいないと我々の仕事がなくなっちゃうだろ」

衆合地獄はもともと女性が落ちる地獄だったが我が父、冷徹斎宗徹が人口増加の影響を示唆し男性も落ちるよう規則を変えた。その名残からここで働く獄卒は、女性の鬼が多い。特に亡者を誘惑する仕事は花形で容姿が良くなければ就くことができない。男の私が代わりを務めたのはつまりそういうことだ。
血でできた霧の道を歩き沿道に横たわって動かなくなった亡者に「活きよ、活きよ」と声をかけると復活してまたとぼとぼ歩き始める。

自分の管轄外では基本的に与えられた役割以外余計なことはしてはいけないがこれも職業柄仕方のないことだと諦めている。

大量受苦脳処の横にある食堂に着いた頃には我孫子はもうメニューを注文し終わっ
た後だった。私の分も頼んであると言ったので何を頼んだか問うとラーメンと答えたのでため息まじりに昨日食べたと伝えた。

「あなたが昨日何食べたかなんて知らない。私が食べたいから頼んだ」

「強引だなぁ。だったらひとりで食べればいいのに」

「ひとりで食べても美味しくないだろ」

こうなるとお互いに退かないから今回はまことに不服であるが私が退くことにした。午後からの仕事に差し支えることは避けたい。

「そういえばこの前浮世に行ったらしいな」

「えぇ浮世は桜花絢爛たる春だったわ」

「二代目を捜しに行かなかったのか?」

「若様? なぜ?」

「お前は昔から二代目にぞっこんだっただろう」

「バカみたいなこと言わないでくれる?」

我孫子はつまらなそうにそう言うと不貞腐れたようにそっぽを向いた。私はまともな会話ができないことを理由にため息をついた。

二代目は閻魔大王様の実の息子であり、地獄では等活地獄で働く鬼たちを統括する鬼神であった。

二代目は閻魔大王様の血を受け継ぐ者だけあって幼少期からその膂力をいかんなく発揮し、地獄の霊力によって変化する女人姿は衆合地獄で働く乙女鬼よりも可憐で、亡者を完膚なきまでに撲殺する腕っぷしは他の鬼からも恐れられていた。それでいて、私や我孫子といった新米の鬼たちによく構ってくれる兄貴のような存在であった。しかしその実は私の父、冷徹歳宗徹の教えをまっすぐに受けた変わり者で勉強のためと偽りよく私を浮世に連れ出してくれた。宗徹なきあとの一件をなにも知らない鬼たちは現在の二代目の所在を突き止めることは難しいだろう。無論私にも分からないのだ。


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