闇を統べる者

吉岡我龍

波風を立てずに -王城にて-

 「ご苦労だったな。」

ラカンを送還してからヴァッツ達も少しだけ滞在した後『トリスト』へと戻っていった。それからすぐに彼が死んだのだがこれは仕方のない事だ。
「いいえ、私もヴァッツ様の御力を間近で感じる事が出来たのでとても有意義な旅でした。あの御方さえいれば『リングストン』の繁栄は約束されたも同然ですね。」
ネヴラティークは家族での食事中、報告がてら父にその話をするが肝心な部分は決して口にしない。
「ふっふっふ。そうだろうそうだろう。奴の力には底がないからな。しかし今度こそ定住してもらう為にしっかり策を立てねば・・・豪華な住居に美食で駄目だとすれば他に何がある?」
ネヴラディンもただ雑用を命ずる為に彼を呼びつけている訳ではない。その都度様々な恩賞を与えては懐柔を計っているのだ。
「・・・難しいですね。定石であれば女が一番効果的だと思うのですがそれは既に足りているようですし。」
重臣達との接触を許しているのも度量を示す為だけではない。彼らの中にヴァッツを引き留める仲が築ければと考えているのだ。物品や情と多方面から切り崩しにかかってはいるものの彼は純粋故に一番大事な心がぶれない。
「しかし博愛主義的な部分も見られるからな。次はその線でも攻めてみよう。」
美味しそうに杯の葡萄酒を飲み干した父は久しぶりに上機嫌だ。それもそのはず、今回の件で邪魔だったナーグウェイ副王も大いに利用した挙句排除に成功、ヴァッツもラカンを生きて王都に送還した話は内外でも噂で持ち切りだ。
唯一の懸念があるとすれば独裁国家において元大将軍が謀反を起こしたという事実くらいか。だがそれも日が経つにつれて忘れ去られていくだろう。

後はヴァッツの力を口外させない為に自身が掌握した『緋色の真眼隊』を静かに処理していく。

武力だけでなく感情すら消し去れるあの力はネヴラティークの欲望に大火を熾していた。あれは必ず役に立つ。ならばこそ絶対に秘密にせねばならない。
もちろん『トリスト』内では情報が共有されるかもしれないがそれもごく一部の人物間だけに収まるだろうと彼は推測していた。
何故ならあまりにも強力過ぎるから。こんな実情が世に知れ渡ればヴァッツを崇めるどころか誰も近づかなくなるだろう。

(奴の力を使えば私が大王になる日も近いか。)

故に父にだけはバレる訳にはいかない。そう心に留めつつ存在感の薄いネヴラティークは今日もその能力を如何なく発揮し、裏では鋭い牙を静かに研ぎ澄ませていた。







ヴァッツ達が『リングストン』へ赴いている中、カズキは新たな将軍クレイスと共に訓練場にいた。
「えっと、それじゃまず皆さんの力を知りたいので僕に火球を撃ってくれますか?」
そして迷う事無くクレイスが自身の部隊にそう告げたので周囲は驚きながら顔を見合わせる。これは彼なりに実力を計る為なのだろうとすぐにわかったが同時に懐かしさも込み上げてくる。
「そういや最初もザラール様から強烈なのを貰ったよな。」
思えば魔術の入門としてはかなり無茶だったなぁとお互いが笑い合うも今の実力差を感じると素直に喜んでばかりもいられない。

「はいどうぞ~。うん、速さ5、威力3。はい次~。」

何故なら一年間でクレイスの魔術は見違える程強くなっていたのだ。兵士一人一人から大きかったり速かったりする火球を掌で受けると涼しい顔で評価を告げ、隣では副将ノーヴァラットがそれを黙々と書き記している。まずは部隊内の力量をしっかり調べた後隊列や訓練に取り組むという流れなのだろうが。
「お前、そんなにばんばん喰らって痛くないのか?」
「え?そうだね、あんまり感じないかな・・・あ!そ、そんな事ないです!皆さんとても強力な魔術ですよ!!」
素で答えた所をみるとクレイスと彼らの差はとんでもなく広いらしい。慌てて取り繕っても兵士達からは乾いた笑い声が返って来る。
「あの頃は互角だと思ってたんだがなぁ・・・」
火球はおろか未だに空を飛べないカズキはしみじみと浸りつつ、その才能には羨ましさを通り越して舌を巻くしかない。
「あ。だったらカズキも一緒に訓練する?」
「・・・んじゃお言葉に甘えてみるか。言っとくが俺の魔術は全然成長してないぜ?」
その内容にとてもついていけないとはわかっていたが彼とこうして訓練するのも一年ぶりなのだ。であればこの誘いは喜んで乗ろう。
ところが魔力を未だに上手く引き出せないカズキはクレイスから助言と手解きを受けると不意に気を失いかけた。これは魔力を注ぎ込んだのが原因らしい。

「て、てめぇ?!よくもやりやがったな?!」

悪気がないのはわかっている。だがそれを攻撃だと本能で感じたカズキはそのまま立ち合い稽古へ発展させると2人は楽しそうに訓練場を駆け回るのだった。





 カズキは『ジグラト』戦争後、スラヴォフィルの命により長期の休息期間に入っていた。思えば去年はずっと戦いっぱなしだった気がする。
それでもぼーっと空を見上げる場所が訓練場なのは本能が足を運ばせたのか、一年ぶりに帰還した友人が見違える程強く成長していたので焦りを感じているのか。

「うん。左翼はもうちょっと速く飛ぼう。じゃないと陣形が崩れて火球の着弾にかなりズレが生まれてる。」

上空にいる部隊から自身目掛けて直接攻撃させるというやり方はクレイスらしいといえばクレイスらしい。初めて任されたのが飛空部隊なのも理由だろうが期待に答えようとする強い姿勢が窺える。
そしてカズキとは違う目的で訓練を眺める人物が以前より遥かに増えていた。これは一年前からも見られた光景でクレイスは外見が相当整っているのが原因らしい。
「クレイス様~!あまりご無理をなさらずに~!」
更に声援まで送る始末だ。だが生物としてより優れた異性を求めるのは本能だろうしカズキの訓練中にも同じような光景が周りに広がって・・・・・広がって・・・いない。

「おいお前ら。何で俺が訓練してる時は集まって来ないんだ?」

今までそんな経験は一度もない。不思議と若干の不快感から少し強めに声を掛けると召使い達は顔を見合わせた後、堂々と胸を張って答える。
「だってカズキ様は見目麗しくないし。無骨っていうか怖い印象しかないし。」
「うんうん。見てて心がときめかないのよね。強いんでしょうけど華がないわ。」
「でも大丈夫。きっとカズキ様を好まれる方もおられるわよ。恐らく。多分。」
暴言とまでは言わないがとても強烈な言葉の数々に軽く眩暈がした。そうか、自分とクレイスにはそれほどの差があるのか。
「華・・・華?戦いにそんなのいらないだろ?!」
だが言われっぱなしでは心が滅入る。自分から尋ねておいて何だがつい売り言葉に買い言葉で返すと彼女らは再び顔を見合わせて口を開いた。
「そういう所よ!」
「うんうん。本人達には関係ないかもしれないけど見る側には重要なのよ。華。」
「でも大丈夫。最後は本質的な部分が重要になると私も思います。そう考えると本質的な強さも持つクレイス様って神々しさすら感じるわ・・・」
どうやら春はまだまだ遠いらしい。彼女達の忌憚なき意見を受け取ったカズキは開いた口が塞がらないままクレイスの方に向き直すと彼は元気よく部隊と空を飛び回っていた。



(別に女に飢えてるとかそんなんじゃない・・・うむ。)
かといって嫉妬している訳でもない。カズキは祖父の女癖の悪さをよく知っているからこそ、むしろ、あえて遠ざけているまである。
そう言い聞かせながら訓練場を後にした彼は廊下を歩いていると意外な姿を目撃する。
「あれ?ルーじゃん。一般人が城内に入り込んで何してるんだ?」
「あ、カズキ君。今はお姉ちゃんもハルカちゃんもいないからってお城で寝泊まりしてるの。」
人目を引く翡翠色の髪に整った容姿は装飾のついた衣装を身に纏う事で更なる美しさを引き立てている。彼女も今年11歳という事だが既に姉に迫る片鱗を見せていた。
「・・・なぁルー。お前もクレイスみたいな容姿の男が好みか?」
「いきなりどうしたの?!」
「いや。まぁ大したことじゃないんだけど実はさっきさ・・・」
ルルーはリリーとはまた違った方向であっさりとしている性格だ。故にカズキはせめてもう少し自分の納得がいく答えを求めて尋ねてみたのだが彼女の表情からは驚愕、思案の次に笑顔が零れる。

「あ~そういう事ね!確かにクレイス君てば綺麗な顔してるしね~好きか嫌いかって聞かれたら好きかもしれないけど、そこは人それぞれじゃないかな?」

事情を説明してから彼女らしい本音で答えてくれるとカズキも何度か頷く。そうだ、今までも万人に好かれるような生き方などしてこなかったのだから自分はこのままでいいはずだ。
「だよな。うんうん。俺が複雑に考えすぎてたんだよな。ところでルーから見て俺に魅力は感じるか?」
「うん!でも恋愛対象にはならないわよ?」
「そ、そうか・・・」
これまたあっさりと答えられるとカズキの心境はより複雑なものへと変化する。どうやら自身は祖父のようなすけこましにはなれそうにないらしい。
(・・・・・いやいや!あんなんになったら駄目だからな!!)
少なくとも3人の女性と関係を持ち、子を残した行為だけ見れば別段咎めるつもりもない。問題はその責任を放棄して終生遊びまわっていた事だ。
自分は絶対ああはならない。そう強く心に誓ってはいたものの今のままでは伴侶を見つける事すら苦労しそうだ。
(・・・・・ま、いいか。)
先程深く考えすぎたと反省したばかりなのだ。ルルーが心なしかとても嬉しそうに去っていくのを眺めつつ気持ちを切り替えると彼はその場を後にした。





 「ショウ君、いる~?」
姉とハルカが遠征に同行した後、ルルーはハイジヴラムとレドラという強大な護衛を傍に置きながらアルヴィーヌの部屋で寝泊まりしていた。そして毎日のように彼の下へ訪れていたのだ。
「おや、また来られたのですか。」
「うん!お邪魔しま~す!」
相変わらず書類の山だらけで他の文官達も仕事に追われていたがショウだけは涼しい顔で仕事を素早く終えていく。それを前に座って眺めるのがここの所ルルーの日課となっていた。

「ねぇ、この前の話はちゃんと考えてくれた?」

そして目的を達成すべく今日も切り出すと周囲から聞こえていた作業音が一斉に鳴りやむ。これは皆がその声を盗み聞きしている為だがルルーもショウも一切気にする事無く話を続けた。
「その話は何度されてもお断りです。私にはサーマという心に決めた女性がいますから。」
「え~?でも彼女はもう亡くなってるんでしょ?だったら私に振り向いてくれてもいいんじゃないの?」
「・・・亡くなったからといって私の心が変わっていなければ生きているも同然なのです。ルルーも私なんかに構うだけ時間の無駄ですよ?速やかに気持ちを切り替えて他を当たって下さい。」
ルルーは前からショウが気になっていた。理由としては彼がある程度の医術に精通していたからなのだが『緑紅』の治癒を扱う彼女にとってこれはかなりの好条件なのだ。

まず治癒は自身に使えない事、そしてその力で完治をさせるのが不可能な事、一回の治癒で回復させる範囲が限られている事がある。

これらを考えた時、傍で支えてくれる存在がいいという結論に達した。そこから自分と年が近く、姉妹との交流があって彼女らも大切にしてくれる異性であり、最後に治癒能力の秘密を知っている者と絞っていくと彼に行き着いた訳だ。
やはり姉妹なのだろう。2人して似たような思考から導き出した答えに疑いなど持つ余地はない。アルヴィーヌの召使いに頼んで少しだけ着飾ったりしているのも全て彼を捕まえる為なのだ。
「う~ん・・・やっぱり私の魅力不足なのかな?」
既にその美しさは姉と比肩するとも言われている彼女が僅かに落ち込んだ様子でそう漏らすと周囲からは音も無く驚愕の空気に満たされ、ショウは軽く溜息を漏らした。
「いいえ、貴女はとても美しく成長されています。ですので自身に問題がある等と思わないで下さい。」
「そう?!じゃあ私とお試しでいいから付き合ってみてよ?!言っておくけど私お姉ちゃんに似てるから尽くすわよ~?」
「そうなのですか?まぁリリーも面倒見は相当良いですからね。」
決してこちらに辛く当たらず、それでいて遠巻きに断っている所から少しは脈はあるはずなのだ。なので明るくあっさりとした性格のルルーは決して諦めず、後ろ向きに考える事は無い。

「料理だって得意なんだよ~?何を作っても美味しく仕上げちゃうんだから!!」

「ほほう?それはまた豪語されましたね?言っておきますが私の味覚はクレイスによって相当高められています。後で後悔されないよう今の発言は取り消しておく事をお勧めしますよ?」
確かに彼は数年前まで料理一筋の人生を送っていたので実際強敵と呼べるのかもしれない。だが異性が好敵手になるとは思えないし思いたくはなかった。
何より自身を売り込む為の発言が買い言葉とも呼べない代物で返されたのだから流石のルルーも苦笑いしか浮かばない。

「・・・それは実際確かめてみてよ。今夜でもどう?ご招待するから!」

それでも最後にはこちらが主導権を握ろうと誘ってみるも彼が首を縦に振る事は無く、その夜もまたハイジヴラムとレドラに慰められながら過ごす事となった。





 ヴァッツが『リングストン』へ赴いて以降、ルルーは毎日ショウの職場へ突撃してきてはあれやこれやと話を展開してくる。
最近では軽い雑用すら手伝ってくれるようになったので他の文官は大層喜んでいたがこちらは気が気ではない。
「ルルー、貴女は賓客扱いなのですから余計な事はなさらないで下さい。」
言葉足らずな発言に若干の罪悪感を感じつつ強く諫めたのには理由がある。そういった立場の人間を働かせるという負い目があったから、だがこれを口にする訳にはいかなかった。
故にほんの少しだけとても悲しそうな表情を浮かべたルルーが視界に入るとショウも思考を切り替える為に軽く溜息をついた。

「・・・わかりました。では一時的にですが正式な文官として雇いましょう。もちろん賃金も発生するのでしっかり働いてください。」

「うんっ!」
きちんと手順を踏み、その上で仕事を手伝ってもらうのであればこちらも後ろめたさはない。それにこの採用を誰よりも喜んだのは他でもない兄のロランだ。
「ぉぉ・・・妹と同じ職場で働けるなんて、お兄ちゃん幸せだなぁ・・・」
彼は優秀が故に様々な仕事を重ねて押し付けられている為、普段から疲労困憊な状態だったが可愛い妹と共に働ける喜びから力のない笑顔を浮かべている。
「うん!でも私ショウ君の為に働くんだからあまり当てにはしないでね?」
過去の環境にかなりの差があるはずなのにやはり姉妹か。兄への対応はどちらも塩のようにしょっぱいがそれでもロランは何度も頷いていた。



「・・・早く帰って来てくれないかな・・・」

今までヴァッツを頼る場面は何度もあったが今回ばかりは本心からそう願ったせいか、仕事をひと段落させたショウは訓練場の中で注目を浴びるクレイスを眺めながら独り言が漏れてしまう。
こっそり抜け出して来たはいいものの彼女はこちらを探し回っているかもしれない。そう考えると妙に落ち着かなくなる気持ちが生まれるのもまた嫌なのだ。
「ショウではないか。珍しいな、息抜きか?」
そこに声を掛けられて隣にずっしりと腰を下ろして来たのは国王スラヴォフィルだった。
「あ、はい。少し考えごとをしていたものですから。」
いつの間にか器用に空を飛び回れるようになり、帰還早々将軍に命じられたクレイスは元気が有り余っている様子だ。逆に隊員達が疲労の色を見せている所から彼の魔力と魔術がどれほど優れているかが窺える。
しかし周囲から熱い視線を送る彼女達にとってそれらは些細な付加価値に過ぎないのだろう。皆が注目しているのは中性的な整った容姿を持つ彼の見目麗しい立ち居振る舞いだけだ。
「ふむ。わしでよければ話を聞くぞ?一応は国王だからな。」
普段仕事一辺倒のショウを知るからこその提言だった。恐らく政務に関わる困難について悩んでいると思われたに違いない。
だからこそショウはクレイスが楽しそうに訓練している姿を眺めながらぽつりと尋ねた。

「スラヴォフィル様、その後セヴァ様とのご関係はいかがですか?」

「むぅっ?!・・・むむ・・・お主の悩みはそういう方面か?」
少し気恥ずかしそうな声を上げた後、まさかショウがそんな野次馬的好奇心から口にするはずはないと考えを改めたのだろう。再び確認を取って来ると少しだけ2人の思考にずれが生じる。
「そうですね・・・そうかもしれません。私自身に未だはっきりした感情が芽生えてないからこそ、より悩みが大きくなっている部分はあります。」
お互いが愛していた者を失ったものの、その経緯や過ごして来た時間には大きな差がある。
特にショウはサーマを愛していたと断言は出来るものの、その愛とやらがいまいちよくわかっていないのだ。
「・・・・・ふむ?」
自身とセヴァについての言及ではないと悟ったスラヴォフィルはあやふやな返事を返すに留めると2人は見違える程に成長したクレイスの姿をしばらく眺め続ける。
それから軽い咳払いをした後彼は一瞬だけ間を置いて静かに口を開いた。

「・・・亡くなってしまった者には許しを請う事すら出来んからな。生きている者の存在は強い。わしは改めてそう痛感しておる。」

もしかするとこれはスラヴォフィル自身に言い聞かせているのかもしれない。だがすとんと腑に落ちたショウはその言葉を密かに胸の奥へ仕舞うと執務室へと戻っていった。





 セヴァが『トリスト』へ入国して以来、スラォフィルとの関係を進展させようとザラールは全ての任務を一手に引き受ける。
だが元々国王自ら政務を行う事は無かったので内容は今までとほとんど変わらない。たった1つを除いては。

「ねぇザラール。『天界』に行く方法って知ってる?」

事の発端は去年ヴァッツが尋ねた内容が起因する。確かに聞いた事はある言葉で王女姉妹の出身地だというのも認識していたがそこへ赴くという発想は持ち合わせていなかった。
「『天界』ですか。ふむ・・・・・スラヴォフィルの話では遥か上空に位置すると聞いておりますが。」
「それほんと?昨日私がずっと真上に飛んだけど何もなかったよ?」
疲れが残っている様子はないが単純に嫌気が指しているのだろう。いつも一緒にいるアルヴィーヌが少しげんなりした表情を浮かべていたのはその為か。
「確かに正確な方法や場所は存じ上げませんな。しかし何故また『天界』へ?」

「うん。ちょっとここの所変な力を持ってる人達が多い気がしてさ。その原因が上にある気がするんだよね。」

「ほほう?」
ヴァッツは純粋なだけでなく計り知れない力を持っているのはザラールも大いに認める所だ。そんな彼が根源を追求し、解決を望むのであればこちらも全力で助力すべきだろう。
「だから行き方を調べて?もう無駄足は嫌なの。」
彼女もまた純粋故に本気で嫌がっている。というか父や妹の言う事さえほとんど聞き入れないアルヴィーヌがよくヴァッツの為に動いたものだ。
「わかりました。」
安請け合いしたのにはそういった理由も含まれていた。他には『魔界』へ行く方法を聞き及んでいた事も大きい。
ならば『天界』へ赴くにも何かしら特殊な方法が必ずあるはずだ。そう考えて特別班を創設し、世界中の文献を集めては調べを進める。

急かされた訳でもないが彼の直感を信じるのであれば早い方がいいだろう。もしかすると『来たるべき災難』の正体が『天界』にある可能性を示唆されているのだから。



しかし年が明けても調査は一向に進まず、これといった有力な情報がないままヴァッツが『ナーグウェイ領内乱』を無事に収めたという報告が耳に届くと流石のザラールも焦りが生じ始めた。
せめて何か『迷わせの森』みたいにわかりやすい場所や伝承があればと何度も思ったがないものねだりをしても話は進まない。
仕方なくスラヴォフィルに遠回しで探ってみたりもしたが彼もセイラムから全てを与えられただけでそれ以上の情報は持ち合わせていなかった。
天族である王女姉妹も当時は赤子だった為知識どころか記憶すらないのだから完全に行き詰まる。
「・・・・・う~む・・・・・う~~~む・・・」
最終的には自身が直接文献や報告書に目を通して手がかりを掴もうとする始末だ。自然と漏れる唸り声にも深い意味はなく、純粋な落胆と困惑が入り混じっていただけなのだがこれは配下達の気持ちにも焦りを伝播してしまったらしい。
彼らも必死に小さな情報を拾い上げ、あれやこれやと考察をしては現場に赴いたりと大変な日々が続く。

それでも一向に何も掴めない日々が続く中、彼らの欲していた情報は意外な場所から見つかる事となる。





 ヴァッツ達が『ナーグウェイ領』での任務を終え、帰路への中継地点『ボラムス』に辿り着いた頃には既に3月も半ばへと入っていた。

「おうヴァッツ、お疲れさん!しっかしいつまで『リングストン』に良いように使われるつもりだ?」

久しぶりの再会という事でガゼルは自ら出迎えるとヴァッツも喜んで抱き着いてきた。そして大いに驚く。
「うん!でもオレ『リングストン』でも大将軍って呼ばれてるからそれがなくなるまでじゃない?」
声は若干低くなって顔つきが青年へと変化しつつあるが何よりその体躯だ。ガゼルも背は高い方ではないがそれでもいつの間にか同じ目線になっている上に逞しい筋肉は少し触れただけでも読み取れる。
息子のように可愛がっていた少年の成長期に思わず満面の笑みが零れるがすぐにヴァッツの腕を掴んで離さない存在に気が付いた。
「お?アルヴィーヌも随分大きくなったなぁ。今年で11歳か?」
「うん。そろそろヴァッツと挙式する予定。」
そういえば風の噂でそんな話も聞いていた。しかも『トリスト』関係者もこの話を前向きに考えているらしい。
「そうかそうか。まぁ積もる話は中で聞こうや。」
だが2人ともまだまだ幼い部分が目立つ。なので彼女の発言を笑って聞き流すとガゼルは早速5人を城内へと案内した。

彼らにも十分な休息は必要だろうが自身も積もる話をしたいし聞きたい。

そんな理由にガゼルがあまり見栄を張らない性格なのも幸いして晩餐会はとても小規模ながらも賑やかな雰囲気を生み出す。
食卓に並ぶ料理に高級食材と呼ばれるものはなく、地元で獲れた食材に郷土料理が殆どだ。
「へ~。『リングストン』の時より落ち着くわ。元山賊なのになかなかやるじゃない?」
相変わらずの上から目線だが実際ハルカは『暗闇夜天族』の元頭領なのだから仕方はないのだろう。ただ彼女も心身が成長しているのか以前の鋭い刃みたいな印象は大分薄れていた。
「あの国とは土俵が違うからな。比べられるもんでもないとは思うが素直に褒められたと受け取っておくぜ。」
ともかくあまり大きくない部屋に小さめの食卓、そこに11人もの人数が集まると早速晩餐会が開かれたのだが相変わらず彼の言動は誰もが驚きを隠せない。

「こんばんは!オレヴァッツ!君の名前を聞いてもいい?」

落ち着いて食事が出来るよう椅子も用意したにも関わらずヴァッツが早速立ち上がると何故かシーヴァルの伴侶であるカーディアンの方へ小走りで近づいて行ったのだ。
一瞬「そいつは人妻だぜ?」とか「何だ何だ?年上が好みか?」という如何にも親父臭いヤジが脳裏を過ったが彼に限ってそんな事を考えているとは思えない。
「・・・カーディアン。」

「カーディアンか!よろしくね!ところで君って天族だよね?もしかして『天界』への行き方とか知ってる?」

どうやらそれが聞きたくて接近したらしい。というかこの言動には傍からくっ付いて離れないアルヴィーヌも目を丸くして驚いていた。
「え?この人が天族?」
「うん。何かそういう力を感じるから。あれ・・・?これってユリアンの力?」
その名前はガゼルもよく知っているし何なら直接見たこともある。
妙な力を使い死体までを操り、怪しい力で奇跡を披露しては群集心理を掴んできた。故に今では根絶されてカーディアンも自身が最後の信者とまで言っていたはずだ。
「ヴァッツ様。確かにカーディアンは元『ユリアン教』信者です。しかしその力を感じられるというのは?」
シーヴァルやカーディアンが口を開く前に先手を打ったのはファイケルヴィだ。加えて彼女を元信者と宣言したのは2人を思っての行動だろう。

「貴方は私の中にあるユリアン様の御力を感じ取れるの?」

しかし本人が目を輝かせて答えると彼の気遣いも無に帰した。普段はほとんどしゃべらない為にその声すら忘れていたというのに彼とのやり取りではとてもはきはきと受け答えするではないか。
(こりゃ改心までは遠そうだなぁ。)
隣で座るシーヴァルから何とも言えない哀愁を感じるがそこは後回しでいい。
「ヴァッツ。『天界』への行き方って言ったな?ちょっと皆にも分かるように説明してくれるか?」
まずは彼の真意を確かめるべくガゼルが軽く酒を飲み干した後そう尋ねると彼は腕にしがみつくアルヴィーヌと一緒に席へ戻るり、その経緯を話し始めた。





 「えっとね。最近オレが戦った相手から妙な力を感じてたんだけど、その原因が『天界』にあるかも?って思ったんだよね。だからちょっと行って確かめたいなって。」

「ほう?」
久しぶりの再会を祝う宴のはずだったが話の内容はなかり大きなものへと変化していきそうだ。ファイケルヴィも静かに衛兵へ指示を出すとすぐに書記官が現れて記録を作り始める。
「でも私がずーっと真上に飛んでても何もなかった。だから行き方を探してたの。ね?」
「うん。アルヴィーヌやイルフォシア、じいちゃんも知らないから誰か知ってる人がいればなぁって。そしたらカーディアンに出会えたんだよ。」
「ちょ、ちょっと待つっす!ヴァッツ君、カーディアンは普通の人間で天族ではないっす!」
シーヴァルが横槍を入れたのは否定よりもそう信じたかったのが理由かもしれない。まず現在知る中で確たる天族はアルヴィーヌとイルフォシアしかいない。そしてその2人は人間以上の強さを保有している。
対してカーディアンにはそんな力など微塵も無く、元『ユリアン教』信者以外に特筆すべき点は存在しない。その気になればガゼルですら一刀で勝てると思える程には普通である筈だ。

「そうね。私はただの一信者に過ぎないわ。でも最後の最後でユリアン様の御力によって命を救われた。あれ以降会話は出来ていないけど貴方がユリアン様の御力を感じるというのであれば・・・まだ神は生きておられるのね?」

しかしこの女、口を開けば危険な言葉しか出てこない。これなら無口な方がずっとましだ。いや、本質が変わらないのであればどちらでも同じか?
「うん?そうなの?んじゃ力だけを残した感じなのかな?ちょっとユリアンの記憶とか見せて貰っていい?」
相変わらず自分達の想像を軽く超えた提案に周囲は皆がきょとんとする。それでも彼は軽く右手をかざした後、周りと同じようにきょとんとしてから重ねて提案してきた。

「うーん。ここってどこかわかる?」



するとガゼルの脳裏には誰かの記憶だろうか?突然見慣れぬ景色が飛び込んでくると驚いて杯を落としてしまった。だがこれは自分だけではなくこの場にいる全員に起きた現象らしい。

そこは青く澄んだ空の下で上だけを見ていればまさに青天、とても居心地が良い風と光が当たる場所だった。しかし視線を落とせば大地に植物はほとんど生えておらず血と肉塊、体の四肢から破壊された頭部までが至る所に散見したのだ。

次に視界の主は徐に目の前の大きな湖へ飛び込むとどんどん深部へと潜っていく。これは記憶の追体験をしているに過ぎないのだがあまりにも現実感があった為ガゼル自身も息を止めてた程だ。
水位が深くなっていくと光も届かなくなり真っ暗に近い中を更に泳いでいくとやっと湖底に辿り着いた。だが彼は更に何かを探し続ける。
正直視界が悪すぎて目的がさっぱり理解出来なかったがどこかの洞窟に身を投じたらしい。すると今度は本当の闇に包まれる。
しばらくその状態が続き、やがて薄暗い場所へと移り変わった事でそこから脱したのは理解出来た。視界の主もそれは喜ばしい事だったらしい。泳ぐ速度が上がると見る見る水面へと浮上していく。
そして顔を出した時には先程と違う景色が飛び込んできた。辺りを見回すと少し離れた場所に陸地が見える。それから彼は迷わずそちらに向かって泳ぎ出したのだ。

だが以降はどんどんと映像から色や情報が抜けていく。最後は全てが闇に飲み込まれるとガゼル達は現実に戻って来た。



「・・・・・これが、ヴァッツ様の御力ですか?」
またもファイケルヴィが皆の代弁者として口を開くが彼は些細な問題だと言わんばかりに軽い相槌だけ返すとすぐに質問を投げかけて来た。
「それよりもどう?この場所わかる?多分どっかの水の底と繋がってるみたいなんだけどオレには全然わからなくて。」
全員が同じ記憶を覗いたのであれば情報の共有は完璧だろう。ガゼルが許可を出すと書記官や衛兵も含めて全員が考察を始める。
「それにしても情報が少ないな。これじゃヴァッツがお手上げなのも無理ないぜ。」
見て来た記憶で一番印象的だったのが無残な死体がいくつも転がっている部分なのだ。後は水中を泳いでいる部分が大半を占めているので特定は難航するだろうと誰もが予想した時。

「・・・間違っているかもしれませんが最後に見えたのは恐らく西の大陸。更に特徴的な山影は『ジャヴァルヴィ』の可能性があります。」

頼りになる将軍ワミールがその経験と知識から発言すると『天界』への扉が一気に近づくのだった。

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