闇を統べる者

吉岡我龍

波風を立てずに -裁く者、裁かれる者-

 大軍を用いる国と少数精鋭を掲げる国ではその用兵術には大きな違いがある。中でも有名なのは昔、少数精鋭を唱え始めた将軍の話だろう。
彼は自身の部隊に過酷な訓練を課し、ほとんどが脱落していったという。だがそれらを乗り越えた兵士達は強靭な心身を得られた。と、ここまでなら取り上げる程の話でもない。

問題は少数精鋭の為に何を成し得たかだ。

彼は練兵以外にも兵士1人1人の名前に家族構成、好きな食べ物から住所に年齢とあらゆる情報を網羅していただけでなく、その過酷な訓練を全て一緒にこなしてきた。
言うは易く行うは難し。百聞は一見に如かずともいう。将軍は自らが矢面に立ち勇猛果敢に戦う姿を見せ、彼らと苦難を乗り越える事でより結束を強めた。
そして傷ついたものには自らが治療を施し、飢える者には自身の糧食を与える事で上下関係以上の絆を大切に積み上げ、力に変えていった。兵士達も大恩のある将軍の為に命懸けで戦果を挙げたのだ。

対して大軍はどうか。

彼らは規律のみによって行動を決定づけられる。そこに私情を挟む余地はなく訓練も用兵も杓子定規の範囲内でしか力を振るえない。しかし大半の国家はこれが普通なのだ。
大軍を擁する国は前提として兵士は使い捨てであり消耗品だと割り切っている。ここに少数精鋭との大きな違いが生まれてくる訳だ。

現在世界で最も大きな国で将軍を務めるラカン。

物量で周辺を制圧してきた『リングストン』の用兵術は間違いなく後者だが彼の場合少し状況が違っていた。
それは『緑緋』という異能の力を持っていた事、それにより『緋色の真眼隊』という少数精鋭部隊を率いていた事に起因する。
つまり彼は大軍としての常識だけでなく、自身でも気が付かない内に少数精鋭の用い方も理解していたのだ。



独裁国家で生きて来たにも関わらず特別な境遇を得ていたラカンだからこそ冬を超えるのすら難しい国民の情勢は見るに忍びなかった。

故に思考を巡らす。大王には剣を振るうなと言われていたので何か他に方法はないかと考える。そこで思いついたのは取引先を抑える事だった。
「これはこれは。まさかラカン様と直接会談出来る日が来るとは思いもしませんでした。」
この日は『ナーグウェイ領』を離れ、『シャリーゼ』の王都があった付近までやってくると小さな館の一室で国王モレストと話し合いの席に着いていた。
「こちらもだ。本来こういった役割は文官が担う者なのだがどうしても譲れない理由があってな。」
今まで武将としての人生を歩んできた為彼は世間話などの寄り道や探り合いはせず、一直線に今回の要件を持ち出す。

「モレスト王。現在我が国から様々な物資を買い漁っているようだが、それを今後一切やめて貰いたい。」

こうして彼が猜疑を掛けられる会談は幕を開き、モレストを始め『シャリーゼ』の臣下達は意外過ぎる内容にただただ目を白黒させていた。





 長い。あまりにも長い間にラカンは若干の苛立ちを覚え始めた。なので聞き取りにくかった可能性を考慮して再び口を開こうとした時、やっとモレストが反応を示す。
「えー・・・まずラカン様。此度の会談につきましてはネヴラディン様の代理、と受け取ってもよろしいでしょうか?」
「・・・いいや。今回は私の独断だ。」
すると『シャリーゼ』側が騒めき出した。特にモレストは側近らしい2人と小声で意見を交わすと双眸に僅かな猜疑を浮かべて再び質問をしてくる。
「でしたらこちらからは何もお約束出来ませんね。そもそも武官である貴方が政務に口を挟むなど越権行為が過ぎませんか?」
「耳が痛いな。しかしそれを理解して尚私はこれを通さねばならんのだ。」
「何故ですか?そちらには十分な対価を支払っていますし・・・ああ。もしや貴方の取り分が不服だとか?そういったお話ですか?」
これには同席させていた『緋色の真眼隊員』が怒りを露にするがすぐに手で制したラカンもその考えに理解を示しつつ首を振る。

「いいや、現在の『リングストン』には他国へ流せるほどの物品が存在しない。それだけの話だ。」

自国の困窮などを告白する訳にもいかないので言葉を選んで説明し終えるとまたも『シャリーゼ』の臣下達がひそひそと騒めき立つ。
「でしたら我々も取引は控えましょう。ところで・・・こういった場合私達からの提案も飲んで頂かねば釣り合いが取れない事は理解して頂けますか?」
「確かに・・・こちらからの一方的な要求を押し付けてはいらぬ遺恨が芽生えるだろうな。」
今までのラカンであれば世界でもっとも偉大な国家である『リングストン』とその他という上下をはっきりとさせた考えしかもっていなかった。
だが黒威の剣と新たな力を手に入れた事、再び『緋色の真眼隊』を率いる立場に戻れた喜びで彼の心に大きな慈愛が生まれていた為モレストの話に耳を傾ける姿勢を向けたのだ。
「今までも形だけは安全保障を謡っていましたが今回改めて、その条約を締結するというのはいかがでしょう?」
「ふむ・・・よかろ・・・ふむ?」
それくらいなら問題ないと即答しかけた所に『緋色の真眼隊』側近の1人がラカンの太腿をつんつんとつついて合図を送って来た。聡明な彼女が『待った』をかけて来たという事は何かあるのか。
彼はそちらに顔を向けた後発言の許可を下すと彼女は静かに頭を下げた後口を開く。

「モレスト様。流石に国家間の取り決めとなると将軍お1人の一存では決定致しかねます。今回の嘆願も『ナーグウェイ領民』を思っての行動なのです。出来ればラカン様個人、もしくは『緋色の真眼隊』までの範囲で出来る約束事に収めて頂けませんか?」

言われてみればもっともだろう。この会談もラカンの独断で行っており、これ以上大王の機嫌を損ねては彼とて命が危うくなるかもしれない。頼りになる側近の助言に深く頷いて感謝を抱きつつラカンは他の提案を尋ねてみる。

「ふ~む・・・ラカン様、我らが今最も求めているのは物資、その次に労働力です。先程お付きの方が仰られた個人、及び部隊間での取引をというご希望なのであればどうでしょう?貴方とその隊員様に復興の作業を手伝って頂くというのは?」

「貴っ様ぁっ?!我らが偉大な大将軍にそのような雑務をこなせと申すかっ?!」
「よせファニード。よかろう。我らも大仰な位を貰ってはいても兵士だからな。その程度の手伝いで聞き入れてくれるのであれば引き受けよう。」
こちらも側近の1人だが聡明なシーカと違い武勇を頼って傍に置いている人物なのでこうして激高する場面が多い。それでもラカンが静かに了承すると彼も驚いた様子で口を噤む。
「おお、言ってみるものですな。まさか快諾して頂けるとは。では後日王都『シャリーゼ』へお越しください。後は条件ですが・・・我々が物資の調達を止めている間手を貸して頂くという形でどうでしょう?」
「ふむ。わかりやすくて良いな。では早速今日から頼むとしよう。」
『緋色の真眼隊』から見ればこの提案は決して快く受け入れられるものではなかった。だが新生して戻って来たラカンに今まで以上の忠誠を誓っている為側近らもこれに口出しする事は無い。
何よりラカンは腐敗し過ぎている『ナーグウェイ領』に戻りたくなかったのだ。大王の威光が届く事無く、かといって自身の力ではどうする事も出来ない汚れた地に。

こうして彼らはモレストと共に移動し、未だ復興半ばといった湖畔の地へ赴くと早速その力を如何なく発揮して周囲を驚かせるのだった。





 「むんっ。」
元々戦いに身を置いてきたラカンは考えるよりも体を動かす方が好きなのだ。故に余計な考えを捨てて加工された小部屋ほどもある巨大な大岩を一人で担ぐ。
「ラ、ラカン様!!そのような無理をされては御体に障ります!!」
「大丈夫だ。今の私は力に満ち溢れているからな。」
側近が言いたかったのはそういう意味ではなく、『リングストン』の偉大な将軍が下っ端の仕事をすべきではないと暗に伝えたかっただけなのだ。
しかし己の身分すら忘れて迅速に働き続ける姿を見せつけられると『緋色の真眼隊』も負けじと必死で動く。すると今まで遅延していた復興作業が嘘のように進んでいく。
シャリーゼ人も潜在的な敵対国家だと認識はしているもののその働きを前に段々と打ち解けていき、『闇の王』の戦禍も届く事無く1月の終わり頃には王城と城下の基礎工事は完成を迎えていた。

「いやぁ。まさかラカン様がこれ程まで前向きに手伝って下さるとは・・・人の噂とは宛てになりませんなぁ。」

一日の仕事を終えた後、同じく国王自ら復興作業に勤しむモレストが質素な夕食を囲み嬉しそうに告げるとラカンは軽く首を振った。
「いいえ、私の本性は噂通りで間違いないでしょう。今はただ気まぐれ、そう。気まぐれで動いているだけですよ。」
『リングストン』で生まれ育ったラカンは人より強い力をネヴラディンの協力で更に高める事が出来た。そこからは愛国心と忠誠心、次に己の強さを誇示する為に戦っていく。
ところが近年では『ネ=ウィン』の兵卒もどきに後れを取ったりヴァッツという得体の知れない少年に叩きのめされたり、最後には力を奪われて老いた体と恥だけが残り人生に挫折してしまった。
それでももう一度あの栄光と誇りを取り戻したくて大王の実験に身を投じ、苦痛と共に過ごした日々。最後にはセイドという青年から授かった黒威の剣と力を手に入れたのだが同時に絶対的な威圧感や自信は鳴りを潜める。
これは今までと格の違う力を手に入れた事で心に余裕が生まれたからだろう。ラカンのゆとりのある言動を感じ取って周囲が勝手に都合よく解釈しているだけなのだが今後を考えるとそれも悪くないのかもしれない。
「しかしもう3か月近く『シャリーゼ』に留まってもらっているが良いのですか?我々としては大助かりなのですが。」
「なぁに、そちらさえ良ければ目処が付くまで作業を手伝いますよ。」
彼は『ナーグウェイ領』から物資が流出するのを抑え、更に新たな自分を試すように毎日仕事をこなしているのだ。故にラカンの言葉は本心だった為またも不必要な名声を高めてしまう。本国からいらぬ疑いをかけられているとも知らずに。



そんな『ジャリーゼ』の王都について知り尽くしてしまう程復興作業に従事していたある日。遂に『リングストン』が動いた。

内容は裏切り者であるラカンを討伐せよという通達だった。送られてくる人物の名はヴァッツにネヴラティークと大王の本気が窺える。
「・・・ラカン様。これは・・・」
「ふむ。何かの間違いでしょう。」
モレストが心配そうにこちらの様子を伺ってくるが悟られてはならない。何せ本人ですら青天の霹靂なのだ。
確かに今の自分は『リングストン』への直接的な貢献はしていない。だが以前もネヴラディンには内情を説明してある。現在の『ナーグウェイ領』における汚職と搾取の数々を。
大王は聡明な人物なので必ずわかってくれていると思っていた。それがまさかこんな事態を招く事になるとは。報告を受けたラカンは少しだけ思案を巡らすとモレストに告げる。
「・・・しかし誤解は解く必要がありますな。モレスト様、我々は一度『ナーグウェイ領』へ戻ります。」
「そ、そうですか・・・そうですね。ヴァッツ様ならすぐにわかっていただけると思います。」
モレストも彼と面識があるのか、そういって笑顔で答えてくれたがこちらは奴に全てを奪われたのだから穏やかではない。

(ヴァッツ・・・もしかすると今の力があれば・・・)

何故全てを失っても人生を諦めなかったか。何故セイドという怪しい青年の口車に乗ったのか。その答えを出す時が近づいてきている。
再び芽生えた憎悪を隠し、悟られないよう笑顔で『シャリーゼ』の人々に別れを告げたラカンは『緋色の真眼隊』に命ずると振り向く事無く復興半ばの王都を後にした。





 「・・・ラカン殿、よくのこのこと戻られましたなぁ?」

副王ヤッターポのいる居城に戻ると早速わかりやすい嫌味が飛んで来る。彼の反応を見るにどうやら『シャリーゼ』への物資流出はしっかり阻止出来ていたようだ。
「うむ。何やら大王が誤解をされているようなのでな。それを説いたらまた離れるさ。」
ラカンも彼の醜い姿を視界に入れたくない為顔を背けて言い放つと歯ぎしりの音が聞こえて来た。さて、後は奴らをどう迎え撃つかを考えねば。
ヴァッツの方は戦うとして問題はネヴラティークだ。彼は第一王子であり正式な後継者でもある。今はまだ父が健在の為存在感は薄いが後ほど必ず重要人物として台頭するのは目に見えている。
であれば彼を説得してヴァッツと戦い決着をつけるのが好ましいだろう。問題はそのような方法があるかどうかだが。

「もしよろしければ私から接触してみましょう。」

側近のシーカが提案してきたのでその内容を聞いてみるに何の事は無い。女性という利点を生かして油断を誘うだけのものらしい。
だが相手も現在14歳。無類の力と純粋さに身を任せば情欲に流される可能性も無くはないはずだ。それにラカン自身が向き合うのを少し躊躇している部分はある。
「ふむ。では任せてみるか。」
話し合いの末まず最初にネヴラティークと面会し後からヴァッツ、ないしはヴァッツとネヴラティーク同時にシーカが対応するという流れでまとまったがヤッターポの横槍にだけは注意せねばならない。
何せこの数か月で随分と恨みを買ってしまったのだ。現在の『ナーグウェイ領』内や彼の性格を知るネヴラディンが判断を誤る筈もないだろうが念の為と頭の片隅に置いておく。

こうして様々な思惑を胸にヴァッツと王子の到着を待ち構えていると遂にその日がやって来る。

『リングストン』が用意した大型の豪華な馬車を挟む様に前後にも装甲仕様の馬車が1台ずつ、計三台というあまりの少なさは中に乗っている人物の強さと信頼を物語っているのだろう。
城壁塔から静かに観察していたラカンは中から降りてくるヴァッツにハルカ、リリーまでは認識していたものの他2人はうろ覚えだった。
しかし輝く銀髪に幼さこそ残るが目を奪われるほどの美しさをもつ少女は『トリスト』の第一王女で間違いないだろう。あとは地味な黒髪に着用している衣服から従者と言った所か。そして存在感が薄いと揶揄されるネヴラティーク。
「・・・これで役者は揃った訳だ。」
それにしても一年以上見ない間にヴァッツも随分成長したらしい。少年らしさこそ残ってはいたものの背丈と体格からは下手な将軍以上の雰囲気を醸し出している。

不意にラカンの両手には震えが走った。これは過去の恐怖から来るものだろうか。それとも未だ彼にはかなう筈もないと本能が訴えかけているのか。

「任せたぞシーカ。」
それでも『緋色の真眼隊』に余計な心配をさせまいと平静を装ってその場を後にする。これから自身はどうなるのだろう?
絶対的な現実を前に恨みよりも恐ろしさを痛感したラカンはより強い力を得たからこそ感じる絶望感に打ちひしがれながら彼女の仕事に強く期待するのであった。







そんなラカンに任された側近のシーカは現在32歳。美しさと強さから『緋色の真眼隊』側近に抜擢された優秀な戦士だ。
(・・・必ずラカン様のご期待に添えねば。)
ネヴラディンからの命令が真実だとすればこちらに残された時間は少ない。故に彼らの姿を確認した後すぐ行動に出た。
「ヴァッツ様にアルヴィーヌ様、そしてネヴラティーク様、大変な長旅お疲れ様でした。」
先回りして来賓用の部屋の前で待ち構え、姿が見えると深く頭を垂れて声を掛ける。そこから失礼を承知の上で話をする時間が欲しいと懇願したのだ。
「うん。いいよ!」
ここで断られた場合その命を以て償う覚悟をしていた為安堵以上に拍子抜けだったが、ヴァッツの噂は以前から耳にしていたので認識を深く脳裏に刻み込むと早速部屋の中で話題を切り出した。

「この度ネヴラティーク様とヴァッツ様がこちらに参られた理由は我が主ラカンを討つ為、という件で間違いございませんか?」

「オレは討つつもりはないよ?ネヴラディンも連れて帰って来て欲しいって言ってたし。」
「え~?生死は問わずとも言われたでしょ?私はこの機会にしっかり討ち取った方がいいと思うわよ?これ従者としての助言ね。」
「うんうん。私もそれでいいと思う。ラカンってリリーとハルカに酷い事をしたんでしょ?本当は私がやっつけたいけど・・・駄目なんだよね?」
「はい。此度の任務はヴァッツ様だけしか干渉しないよう父からも厳命されておりますので。」
周囲から雑音が聞こえてはきたもののヴァッツ本人にその意思はないらしい。であればまだ挽回の余地はあるか?
「貴女方のご意見は尤もです。ですが我らは敵対関係にありました。故に多少強引な手段を取らざるを得なかった事情にも理解を示して頂けると幸いです。」
すると少女2人が顔を見合わせている。どうやらヴァッツ以外もわりと話のわかる連中らしい。

「・・・そうでしょうか?私は深い理由もなく襲われただけですし・・・シーカ様はラカンの代わりに言い訳をしているようにしか聞こえません。」

だがヴァッツの許嫁でもある美しい少女がやや困惑した表情を浮かべてそう告げると地味な従者や小さき少女ら、それにネヴラティークも残念そうな表情でこちらに視線を向けて来た。
「確かに君がラカンの肩を持つのもわかる。だがこれは決定事項なのだ。軍人が私情を挟むにも限度があると思うが?」
王子自らそう断言されると言葉が出てこない。いや、まだまだ言い訳したいが本心をが踏みとどらせたのだ。

「えっと。ラカンを連れて帰るだけなのにそんなに嫌?」

最後は何も理解していないヴァッツが小首を傾げて尋ねて来たのでここでシーカは迷わず最終手段を行使した。





 「・・・ヴァッツ様。ネヴラディン様のご命令に従えば我が主ラカンは間違いなく処刑されるでしょう。」
震える声に大粒の涙を零し、更に俯いて悲壮感を漂わせれば説得力に凄みが増す。彼女は何度かこの弱さを演じて有利な交渉を成立させてきた。
ラカンもシーカのここに期待して任せてくれたのだが果たして上手く行くだろうか。
「え?!そうなの?!それは・・・う~ん。」
(よし!思った通りだ!)
ヴァッツの発言から彼が決してラカンの死を望んでいない事は十分読み取れたし純粋さも想像以上だ。であれば後は情に訴えればいい。
既に成果を確信したシーカは目元を赤く染め上げながら悲痛な表情で彼を見つめる。これこそ三十年以上もの経験を重ねて来た女の真骨頂である。

「ヴァッツ様。語弊を恐れずに申し上げますが騙されてはいけません。彼女は度々こうやって『泣き落とし』という手段で説得を成し遂げて来た猛者なのです。」

(・・・・・しまった。奴を忘れていたか。)
存在感の薄さ故に内情を良く知る王子をすっかり失念していたシーカは心の中に焦りを隠す。そして演技だとばれないように静かに涙を拭くと再びヴァッツに熱い視線を向けた。
「・・・ではせめて我が主ラカンが『シャリーゼ』に赴いていたのかをご説明させて下さい。」
下手な言い訳は余計に心証を悪くするだろう。故にシーカは感情を廃し、言葉を選びながら事実に基づいてこれまでの経緯を説明する。

2年程前に『ナーグウェイ領』で大規模な内乱が起こった事、それにより領内が荒廃した事、領主が私腹を肥やす事に力を注ぎ、復興に力を入れず領民が苦しい生活を強いられている事を。

「この状況を見かねたラカン様は『ナーグウェイ領』から物資が流出するのを防ぐ為に交換条件として『シャリーゼ』に人質として囚われていたのです。」
やや誇張してしまったが間違いではないはずだ。しかし今度は本心から目頭に涙を浮かべるとネヴラティークも口を挟む事は無い。
「そうなんだ。じゃあネヴラディンが言ってた裏切りっていうのは勘違いかな?」
「そうですそうです!そうなのです!」
欲しかった言葉を引き出せてつい興奮してしまったがここまで来ればもう大丈夫だろう。そう、大王は勘違いしているだけでラカンは祖国を裏切るつもりもないし、むしろ今までずっと祖国を思って行動されてきた。
なのに誤解から処断されるなど側近として見過ごせるはずがない。特にラカンは力を取り戻してからより深い優しさを見せるようになったのだ。そんな主の命を救い、誤解を解く為であれば何でもしようと考えるのも側近として当然だろう。

「ヴァッツ様。再び口を挟みますがラカンは『シャリーゼ』にて復興作業を手伝い相当な数の人心を掌握したとも聞いております。本来人質とは人目から遠ざけられ隔離されるもの。ここにもまた彼女の話と食い違いが生じていますね。」

(こいつ・・・いや、情に流されない部分はネヴラディン様の血筋だと感心すべきか。)
流石に3か月以上も『シャリーゼ』で暮らしていれば内情は全てバレてしまっているか。存在感が薄かった故にその人物を知らないシーカは心の中でより注意すべきだと修正していく。
「うん?だったらいいんじゃない?きっと皆喜んでくれたでしょ?」
「はい!それはもう!!」
それに引き換えヴァッツの何と純粋な事か。伝えたい事を全て受け止めてくれる素直さはこちらにとって都合が良すぎる。なので知らず知らずの内にその心に中てられたのかシーカも目を輝かせて何度も頷くとまたも邪魔者が口を挟んできた。

「例え『リングストン』の民を考えていたとしても隣国に塩を送るような真似はすべきではなかった、と私は考えます。」

正論というより嫌味に聞こえるのは知らず知らずの内にヴァッツと対比していたからだろう。思考では理解しつつも憎悪にも似た感情を芽生えさせたシーカは尽力と達成感を胸に王子らに深く頭を下げた後静かに退室した。





 それからすぐに歓待の宴が開かれるとヤッターポとその側近がラカンの悪態を付き始める。それらは決して聞き捨てならない内容だったが主からも騒ぎを起こさぬよう厳命を受けていたのでシーカは遠くから殺意を向けるに留めていた。
「そういえばラカンは?」
「あの男はヴァッツ様に恐れをなして逃げ回っております。本当にみっともない男ですなぁ!」
「うむうむ!散々国益を損ねたのですから最後くらい潔く首を差し出せば良いものを!あんな男が元大将軍とは、聞いて呆れますなぁ!」
大丈夫だとは思うがヴァッツが彼らの意見に染まらないかが心配だ。というか周囲もあのような下衆な連中はさっさと引きはがせばいいのに何をやっているのだろう。

「失礼します。ヴァッツ様、ラカン様が折り入ってお話があるそうです。」

するともう一人の側近、ファニードが鎧姿のまま現れると突然彼らにそう告げる。
「うん?わかった。」
「お~遂に対決か、よし、行こう!」
「そうはならないと思うんだけど・・・ま、いいわ。私達も一緒に行きましょ。」
「「・・・・・」」
この流れは聞かされていなかったので驚いたがファニードがこちらに向かって軽く目配せした事で何かしらの事情は読み取った。
それからヴァッツを含めた5人は彼に連れられて会場を後にする。ただヤッターポ等のラカンを憎む連中もその最後を見届けようとするがそこは『緋色の真眼隊』に止められた。
「ご安心を。ラカン様はただお話をされるだけです。」
『リングストン』でも精鋭中の精鋭である彼らにそう告げられると並の人間では無理に押し通す事も出来ない。副王らは諦めて残ったネヴラティークと今後の展開について話に華を咲かせ始めると突如他の『緋色の真眼隊』が突入してきた。

同時に宴の場には鮮血が舞い散る。

連中が酔っぱらっているのもあるだろうがそれは一方的過ぎる虐殺だった。要人全てを処した後ゆっくりラカンが姿を現したのでシーカも急いで近づき跪く。
彼らに同情する余地はないがこの行動は取り返しがつかない。首を垂れたまま不安に圧し潰されそうだった為その真意を尋ねる事も出来ず、むしろ全てが夢であって欲しいと願っていると1人だけ無傷だった男がラカンに近づいてきた。

「いよいよ後がなくなったね。どうするんだい?ラカン。」

それは第一王子のネヴラティークだ。流石に彼を手にかけたとなれば最も残酷な死は免れない。かといって今更口止めなどと考えている訳でもないだろう。
「はい。既に覚悟は出来ております。」
「ラカン様っ?!」
てっきりこれも全てが計画の内かと思っていたのに意外過ぎる発言を受けてシーカ以下、全ての『緋色の真眼隊員』が悲痛な声で名を呼んだ。

「良い。大王が貧困と混沌に喘ぐ『ナーグウェイ領』に何の対処もせずヴァッツを送って来た。恐らく前々から計画されていたのだろう。」

「そうだね。父はもはやお前の力を必要としていない。むしろヴァッツ様との仲をより深める為の餌くらいにしか考えていないよ。」

「なっ?!」
ネヴラティークの放った言葉に驚愕と恐怖から思わず声が漏れる。ラカンは30年近くこの『リングストン』と大王の為に尽くしてきたのだ。
なのに突如台頭してきた少年と天秤にかけられて、そして捨てられるというのか?これはシーカがヴァッツの力を直に見て感じていないのも理由の一つだろうが、それでも彼ほどの男を簡単に切り捨てる選択は納得がいくはずもない。
「でしょうな。そこで最後の嘆願を聞き届けてはくれませぬか?」
「何だい?私の出来る範囲でよければ聞き届けるよ?」
「まず私の配下である『緋色の真眼隊』。彼らを罪に問う事無く、これまで以上に重く用いて頂きたい。」
「構わない。むしろ私も強い部隊を手に入れられるのだったら喜んで受け入れるよ。」
何故だ?一つも納得がいかない中2人の話はどんどんと進んでいく。シーカは口を挟みたいのに感情が邪魔をして言葉にならない。

「ありがとうございます。そしてもう1つ。私は今からヴァッツに立ち向かいます。それを見届けてはくれませぬか?」

既にラカンの中では全てに整理がついているのだろう。最後の戦いに赴く覚悟には一分の迷いも感じられない。しかし気が気ではないのは残された『緋色の真眼隊』だ。
やっと、やっと偉大な将軍が自分達の前に戻ってきてくれたというのにまた別れの時が近づいているというのか。いや、今のラカンであればどれだけ強大な敵であろうとも討ち倒してくれるだろうという期待もある。
「いいよ。新たな力を得た君の最後の戦い、是非楽しませてもらおう。」
王子が表情を一切崩す事無く了承するとラカンは深く一礼して2人は静かに会場を去っていく。それからすぐに『緋色の真眼隊』も使命感のみで体を動かすと彼らの後を追った。





 「待たせたな。」

城外の草原に案内していたらしくヴァッツらは日の暮れた暗闇の中、僅かな星と月明りの射す冬の寒空で待たされていたらしい。
「あ!久しぶり!あれ?随分逞しくなってるね?」
焚火を熾し、暖を作ってはいたみたいだが少女らは少し寒そうにしている所を見るとシーカはこれも作戦か?とも考えた。
ただネヴラディンを始め、あらゆる人物が破格だと謡うヴァッツがこの程度の小細工で実力を発揮できないなど有り得るだろうか。
シーカも直接その力に触れた訳ではないが『ビ=ダータ』侵攻時に突如地面がせり上がってラカンと物理的に隔離された経験はある。後ほどそれがヴァッツの力だとも聞いていたが普通に考えてそんな事は不可能だろうと結論付けてもいた。
「うむ。良い機会に恵まれてな。前以上の力を手に入れる事が出来たのだ。」
詳しくは知らないが『緋色の真眼隊』の中でもやはり黒い剣を手に入れたからでは、と噂されていた。だからこそ空すら飛べる力を身に着けたのだとも。
「そうなんだ!・・・・・でも、それを使ってまた戦おうとしてる?」

「当然だ。これは戦う為の力なのだからな。ヴァッツよ、今夜はお前の首を頂くぞ?」

ラカンがそう言い終えると黒い剣を抜き、闘志と殺意を全開放する。するとこちらの心臓も握りつぶされそうな威圧感に呼吸が止まりかけた。
(こ、これが今のラカン様・・・す、凄い!)
『緑緋』というだけでも相当人間離れした動きを見せていたが今は至高の武器まで手にしているせいか、景色が歪むほどの力が彼の周囲に渦巻いているのがわかる。
『緋色の真眼隊』はもちろん、世界を見渡しても彼に敵う者はいないと確信できる。多少の猛者相手なら戦うどころか生き残るのさえ難しいはずだ。

「う~ん・・・でもそれじゃ・・・う~~ん・・・」

それにしてもこれ程の威圧感を前に彼の様子は全く変わらない。腕を組み何かを思案しているようだが一体何を考えている?
「どうしたの?戦うのが嫌なら私がやろっか?」
「アルヴィーヌ様、今回だけは御控え下さい。」
こちらも平然としているアルヴィーヌがあっけらかんと提案するがこれはネヴラティークに止められた。今回はヴァッツに功績を与える為の茶番なのだから他者が介入する訳にはいかないのだ。
「怖気づいたか?だが私が剣を納める事は無いぞ?」

「う~~~ん・・・・・仕方ないなぁ。」

それを了承と受け取ったラカンは周囲を巻き込む事など考えずに全力で踏み込んだ。すると大地は激しく揺れ、木々から数多の生物が逃げ出し、石造りの居城が多少の倒壊を見せた。
更に風圧でシーカも吹き飛びそうになる。まだ討ち込む前だというのにこれだけの力を発しているのだからそれを放った時、ヴァッツはどうなってしまうのだろう?

彼女は期待していた。

周りが過剰に持ち上げて恐れ戦くヴァッツが散る事を。自身の主であるラカンがこんな少年に後れを取る筈がないと。ところが渾身だったはずの一撃は左手の人差し指と親指で摘ままれたまま止まっている。
そこから全く動かないところを見るにラカンの黒い剣はそれ程強い力で抑えられているというのか。

「ラカン。オレが命を助けた理由は考えた事ある?」

緊迫した戦いの中突如生まれた静寂と落ち着いた声に皆が心を奪われる。しばらくして答えが出てこないのを悟ったのか、ヴァッツはその状態から再び口を開き始めた。





 「・・・助けただと?この私の、命を?」
「うん。だってハルカと戦ってた時、全てを消し去る事だって出来たんだよ?何故それをしなかったと思う?」
言っている意味はわからない。それはラカンもだろう。確かに王城で『暗闇夜天』に襲撃された話は聞かされていたし、その時に力を失った事も何となく勘づいていた。

「それはね、ラカンが力に振り回されていたから。だからそれをとっちゃえば周りも不幸にならないし、ラカン自身も幸せになれるんじゃないかなって。」

益々意味が分からない。いつの間にかシーカは動きの見せない2人の戦いよりも彼の次の言葉に集中し始める。

「でもあれからリリーを襲ったりするし。今もまた誰かから貰った力で得意げになってるでしょ?いい加減気付こうよ?ラカンは力を持つべき存在でもないしその資格もないんだよ。」

「そ、そんな事は無いっ!!断じてっ!!」
感情が溢れ出たシーカは知らず知らずの内に叫んでいた。そうだ、ラカンは間違いなく強くて優秀で誇らしくて我ら『緋色の真眼隊』を導いてくれた偉大な将軍なのだ。 
なのにこんな訳の分からない少年に好き放題言われっぱなしでなるものか。魂の叫びに他の隊員達も続けて声を上げ始めるがヴァッツの様子は変わらない。

「・・・だとしてもこれが私なのだ。私が私である事を変えられるはずがないだろう!」

逆にラカンの方は摘ままれている黒い剣に力を込めたようだ。何としてでもその憎き存在を斬り伏せようという大きな覚悟はシーカ達の心を大きく揺さぶってくる。



『「だよね。だから今度は容赦しないよ?」』



がくんっ・・・

一瞬だった。一瞬だけ少年から絶望に近い何かを感じるとラカンは膝から崩れ落ち、黒い剣を手放している。そしてヴァッツの方はそれをまるで落ち葉を扱うかのように掌でくしゃくしゃと音を立てて丸めると黒い球体に整えて懐に仕舞った。

「オレが命を取る事はしないしネヴラディンにも殺さないと約束させる。でももう二度と、身の丈以上の欲望は持たせないから。」

その言葉が全てだったのだろう。あれ程猛っていたラカンが一瞬で闘気を消した後は表情からも威厳や誇りは失われ、シーカ達が肩を貸しても立つのがやっとの状態だ。
「お見事です。流石は父が見初めた大将軍、貴方さえいれば国家は安泰ですね。」
決死の覚悟だったはずだ。ラカンは『リングストン』の未来を考えてヤッターポらを始末し、最後は己の命を賭して戦いを選んだ。なのにそれを発揮させる事すら許されず、今度は力だけでなく感情さえも奪われたというのか。
「今更貴方の力をどうこう言うつもりはないけど・・・欲望まで消しちゃったの?それって凄く怖いわ・・・」
「え?そう?でもこれのせいでリリーが酷い目にあったし・・・じゃ戻す?」
ハルカの言う通りだ。何よりそんな簡単に奪ったり戻したりできるのであればとても恐ろしい。今までヴァッツの話と言えば耳を疑うような強大すぎる力の逸話ばかりだったがそれだけではないとこの日思い知らされた。

「・・・私の完敗だ。」

最後にシーカとファニードに抱えられたラカンがそう漏らすとこの勝負は完全に幕が下りる。『緋色の真眼隊』は徹夜で遺体の片付けを命じられる中、翌朝ラカンはヴァッツ達と共に王都へ向かって出発する事となった。
どれほどの欲望を奪われたのか、非常に物静かなラカンを見届けたシーカはその恐ろしさとは別に彼の純粋さに縋る。ヴァッツは『命を取る事はしないしネヴラディンにも殺させない』と約束してくれた。ならばラカンとは別の形で再会出来るだろうと強く願っていた。
密かに慕っていた女心はその時にでも打ち明ければいいだろう。といっても戦場では何度も体を重ねて来たので今更かもしれない。
(・・・そうよ。また会えるんだから・・・)

しかし王都に戻った後、ラカンは誰かが仕込んだ毒によってあっけなく命を失うと彼女の心には大きな憎悪が渦巻く事となる。

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