闇を統べる者

吉岡我龍

波風を立てずに -新生-

 最近ではすっかり国外へ赴く事が少なくなったリリーはこの夜も2人の妹と一緒に暇を持て余している従者2人も呼んで晩御飯の最中だった。
「いつも我々のような穀潰しに良くして頂いて本当に感謝です。」
普段から紳士然としたレドラに対して本当に腰の低い大柄なハイジヴラムは心底畏まっている。ただルルーも彼らにはとても気を許しているし楽しい食卓は大歓迎なのだ。むしろ現在はハルカの心配事について若干利用させてもらっている形となっている為リリーの方が心苦しいまである。
「あら?それを言ったら私が一番の穀潰しだっていう自信があるわ。何せ暗殺業から足は洗ったし従者としての務めも果たしてないし。」
「・・・おい。自覚があるならせめて週に一回くらいはお城に顔を出したらどうなんだ?」
少し前、暗闇夜天の里でいざこざがあって以降もハルカに目立った違和感はなかった。ただ彼女は高名な暗殺集団の元頭領であり歳の割には感情を隠す術に長けている。
故に自分以上に些細な変化を見抜けるであろう猛者の2人になるべく近くで観察してもらえないかを裏で頼み込んでいたのだ。
「お姉ちゃん。言っておくけど週に一回でも少なすぎるんだからね?この国に私を襲ってくる人なんていないんだし2人とももっとしっかり仕事してね?」
自身を基準に咎めるとその非常識っぷりにルルーから駄目出しを受けた。このぐうの音も出ない正論に2人が顔を見合わせていると突如彼らは現れたのだ。

「ルーいる?」

「あっ?!アルちゃん!と、ヴァッツ君も?どうした・・・ああ!イルちゃん?!」
食卓の影からいきなり姿を現した3人をみてルルーの声は喜色から驚愕の声へと変化した。見ればイルフォシアだけが随分深い傷を負っているようだ。
「こ、これはっ・・・ルルー様、今すぐにイルフォシア様の御手当をっ!!」
察したハイジヴラムが遠慮なく懇願すると彼女も速やかに対応してくれる。お蔭で5分とかからずに彼女の傷はほぼ完治したのだが消耗が激しいらしくイルフォシアが目を覚ます事は無かった。
一先ず自身の寝具に寝かせたリリーは2人も招いて再び食卓を囲むとその詳細を聞き始める。

端的に整理すると彼らは『魔界』から呼び戻された後すぐに『ジグラト』戦争へと参加したらしい。それにはイルフォシアやクレイスも加わっていたらしく、彼女だけが深い手傷を負ったという事だそうだ。

「全く。あの子は弱いんだから無理に戦わなくてもいいのに。」
「ぇぇぇぇ・・・イルは相当強いわよ?アルがちょっと異常なだけで。」
アルヴィーヌの発言に耳を疑ったハルカが白い眼で咎めると彼女は珍しく少し拗ねたような表情を浮かべてヴァッツの肩に頭を乗せた。
「兎も角、お三方がこちらに戻られたという事は戦いは終わったのですね?」
「うん。バラムとブリーラ=バンメアはオレが逃がしたんだけど・・・あ、い、今の内緒ね?!」
「あ~やっぱりそうなんだ~ヴァッツは甘い。」
レドラの問いかけについぽろりと全てを漏らしてしまうのは彼の純粋さと執事を信頼している証とも呼べる。バラムという人物に心当たりはないが元凶に近いブリーラ=バンメアを逃す判断は聞いていたリリーも少し引っかかった。
それでもアルヴィーヌがいつものように頭を肩にこすり付けている姿を見るとさほど大した問題ではないのだろう。

「お疲れ様でした。」

『闇の王』との戦いに決着がついたのだからまずは感謝を伝えるべきだと言葉に表す。そして彼も優しい笑みを返してくれたのでリリーは本能でそれを喜んでいた。





 「そういえばイルって元気になったらまた家出するのかな?」
再開された賑やかな食事の最中、ハルカが宙ぶらりんだった問題を提起するとレドラとハイジヴラムは顔を見合わせた後それに答える。
「今回の『ジグラト』戦争は周囲に『トリスト』とクレイス様の御力を示す意味も多分に含まれています。ですので終戦した後は彼と一緒にお戻りになられるのではないでしょうか。」
「「「「へー」」」」
詳しい事情を知らなかったリリーはヴァッツやルルーと同じように感心していたがそれにレドラが待ったをかけた。
「ほう?ハルカ様もご存じありませんでしたか?暗闇夜天との決別は耳にしておりましたがまさかこのような浅い情報さえ掴まれておられないとは。」
「え?!い、いや・・・うん。あれから側近も全部おじいちゃま・・・御爺様にお返ししたし今私の一番知っている事はネギの育て方と市場で値切る方法くらいよ。」
それを聞いて内心とてもほっとする。掟に厳しい『暗闇夜天族』から抜けた後は本当に普通の女の子として人生を送っているらしい。だったら自分も彼女に安息の地を提供すべくより一層励まねばならないだろう。
戦いから身を退いて毎日を平穏に過ごすだけなのだが気持ちを新たにしたリリーは自然とヴァッツを見つめていた。



翌朝元気になったイルフォシアに引っ越ししてきたお隣さんや家出していた間の出来事を話すと彼女は顔色を目まぐるしく変化させながら驚く。
「そ、そうだったのですか・・・カーチフ様が・・・それにブリーラ=バンメアを許すだなんて・・・いえ、それこそヴァッツ様らしい、のかもしれませんね。」
再会の喜びと訃報に悲報を聞かされて自身でも感情がよくわかっていないらしい。ただ久しぶりに姉妹で並ぶ姿はとても可愛らしくお互いから歓喜の様子が見て取れる。
「・・・ねぇイルちゃん。この一年で何かこう、凄く変わったね?」
「えっ?そうですか?」
「うん。前はアルちゃんと同じって感じだったけど何だろう。凄く綺麗になった。」
「え?それって私が綺麗じゃ無くなったって事?・・・がーーーん。」
ルルーは時折誰よりも鋭い感性で本質を見抜く為リリー達もその顔をまじまじと見つめるが正直よくわからない。ただアルヴィーヌが曲解した受け取り方をして面白い表情をしていたのだけは声を出して笑ってしまった。
「アルってわりとお洒落っていうか容姿に拘るもんね。」
ハルカも笑いながら慰めているが確かにそうだ。彼女も綺麗だとか可愛いには興味があるらしく、昨晩も銀髪を維持する為とはいえヴァッツと一緒に眠ったりとやや常軌を逸している部分は窺える。
「むぅ。だって可愛い方がいいでしょ?それよりルー、私とイルってそんなに違う?」
「うん?うーん・・・何だろう?元々大人びてたイルちゃんが本当に大人の魅力を手に入れたっぽい感じ?」
何とも抽象的な表現にリリーは小首を傾げていたが本人は少しだけ頬を赤らめて俯き、ハルカも何かしらを感じ取ったのか薄笑いを浮かべていた。

こうして姦しい朝食を終えた後リリーも少し窮屈になった桃色の鎧に身を包むとヴァッツと王女姉妹に自身の妹2人も連れて登城する。

既に王城内では2人の帰還が通達されていたのか皆がある程度弁えて彼女への挨拶を交わす中、廊下の向こうからイルフォシア以上に見違える程成長した少年が小走りで駆け寄って来た。
「イルフォシアッ!!大丈夫だった?!」
「はい!クレイス様こそご無事で・・・」
周囲の目を気にせず堂々と抱きしめ合って喜ぶ姿から2人の仲は相当進展しているようだ。それにしてもクレイスは本当に逞しくなった。
一年前の兵士時代も少しずつ少女っぽさは抜けて男へと変化を遂げつつあったが今はあの頃の可愛くも美しい容姿を気品に変え、このまま成長すれば数多の異性を引き付ける存在になるのは間違いないだろう。
「あ、ずるい!私も私も!」
「あ、あぁぁ・・・じゃあ私も!!」
というか既にその片鱗は垣間見えている。こちらも久しぶりに見たウンディーネはいつの間に脚が生えたのか。普段と違う衣装に身を包んで2人の外側から抱き着いている。
更に初めて見る紅く短い髪の少女も若干遠慮気味ではあったが同じように抱き着いていた。おかしい。つい先日まで国外追放されていた身とは思えない程充実しているではないか。
「ほらほら。公衆の面前ではしたないわよ。ヴァッツ様、昨日は行き過ぎた諫言、誠に失礼致しました。もしお気に召さないのであればいつでもこの命を消し去って下さい。」
唯一大人びた女性だけは弁えている・・・のか?頭を深々と下げる所作や言動こそ真面目さを感じたがその露出が多い衣装と自身にも似た胸の大きさはむしろ危険な雰囲気しか感じない。
「はははっ!クレイスは人気者だねぇ!」
「い、いや。どうだろう?でも、うん。嫌われるよりはいいのか、な?いたたた?!」
ところが決して鼻の下を伸ばした訳でもないのにその発言が気に食わなかったのか、イルフォシアがクレイスの頬をみょ~んと伸ばすと整った顔が絶妙に崩れたのでリリーは思わず吹き出してしまった。





 『闇の王』を討伐した『トリスト』はあれからナルサス率いる『ネ=ウィン』と対立しかけたが残存戦力の差により彼らは真っ直ぐに退却したらしい。
結果として『ジグラト』の国土を手中に収めた訳だがその状態は想像を絶していたという。何せ国民が一人も生き残っていないのだ。これは『闇の王』が邪香を使い、全ての人間を兵士として徴用したのが原因だった。
そうなると無傷で残っていた町や村も意味を成しえなくなる。例え立派な城下が残っていようとも豪奢な武具があろうとも人がいなければ何の役にも立たないのだから。
「あ、でも『闇の王』・・・じゃなくてバラムさんだっけ?とティムニール様の戦いで王都は跡形もなく消えちゃったんだけどね。」
割とあっさり告げられたのだが都市が1つ消し飛ぶ戦いとは一体?数年前に『シャリーゼ』でもそういった事件はあったがあの時は廃墟という形だった。つまり今回はその上をいく被害が出ているという事か。

ちなみに今はヴァッツの部屋であの旅の仲間達に新しい顔ぶれも交えて再会を祝う御茶会の真っ最中だ。

(それにしても皆随分と大きくなったなぁ。)
初めて出会った時は自分よりも背丈が低く、本当に少年といった感じだった4人も気が付けば全員がリリーより大きくなっていた。
更に今回の帰還と復権によってクレイスは将軍の位を与えられるらしい。見た目からは想像出来ないが彼もこの一年で相当強くなったという話だ。
「ああ。そういえばクレイスの任命式が終わってからでいいのでヴァッツは『リングストン』へ赴いて頂けますか?」
「『リングストン』?いいよ!」
「おいおい、またあいつらに体よく使われるのか?いい加減びしっと断ったらどうだ?」
「そういう訳にもいきません。相手はクレイスの復権条件にそれを提示してきたのですから。」
「う。そうなんだ・・・皆ごめんね。」
相変わらずあの国は何でも利用するなぁとリリーは呆れて聞いていたが以前よりも憎悪は感じない。これはラカンを完全に無力化した事やヴァッツという絶対的な安らぎが近くにあるからだろう。
「・・・・・」
「リリー?ヴァッツの顔に何かついてる?」
「えっ?!い、いや、何も?!」
意識している訳ではないが最近気が付けば彼の事を見ている気がする。これはいけない。友人である時雨の手前もあるし、何よりアルヴィーヌは御飯事的ではあるが婚約の話を持ち出しているのだ。
そう、自分にそんな気持ちはない。もし芽生えたとしても形にしてはいけないし誤解を招く行動も慎むべきだろう。

「・・・よしっ!クレイス、久しぶりに立ち合い稽古でもしようか!」

「えっ?!い、今ですか?!」
突然の団らんをぶち壊す言動はアルヴィーヌに引けを取らない。周囲が唖然とする中、それでもこの話を持ち出したのは気持ちを切り替えたかったからだ。
「・・・わかりました!僕も以前とは違う所を見てもらわないと!」
彼女の心境を読み取ったわけではないが彼もすぐに応えてくれると2人は勇む心を内に訓練場へ、一部の人間は興味津々なのを隠そうともせず後から続いて来る。
これでいい。弟のような彼と汗を流せば余計な事を考えずに済む。リリーは久しぶりの立ち合い稽古に過度の期待を持ちつつ間合いを取って向き合うがその甘い考えはすぐに一蹴される。

後から考えてみればこれは当然の結果だった。登城の制限を緩和され、妹達と普通の町娘として生活してきた彼女は稽古をサボって、というより全く稽古していなかった為リリーの体は真逆の意味で見違える程衰えていたのだ。

元々身の丈に近い大剣は『緑紅』の力を上乗せする事でその威力が発揮される。それでも以前は能力なしである程度立ち回れていたはずなのに今は振り回すのすら一苦労だ。
対してクレイスは伸びた手足に相当な筋力を蓄えているだけでなく、大盾を手放した事で俊敏さにも磨きがかかっていて全く追い付けない。故に昔の血が騒いだリリーは悩むことなく『緑紅』を発動するとルルーからお叱りの言葉が飛んできた。

がっががっがっ!!

やっと渡り合える場に持って行けたのは異能の力ならではだろう。ただクレイスも素のままでは厳しいと判断したのか魔術を展開してくる。
そして大いに驚かされた。まずこちらが本気で放っていた大剣の一撃が突如現れる竜巻によって阻まれるのだ。無理矢理押し通そうとするも風力とほぼ相殺されるとリリーの動きは緩慢なものになる。
その隙を突いてクレイスはこちらの鎧の上から長剣で軽く触れて来るのだ。稽古だからよかったもののお互いが命を賭した戦いだとこの数撃でリリーは絶命していたかもしれない。
しかし認められない。認める訳にはいかない。一年前まであんなひよっ子だったクレイスにここまで差を見せつけられて黙っていては『緑紅』の名が廃る。
まだ能力の効果も続いていた為リリーも必死で応戦するが突如足元に大き目の岩が生えてきたり水を尖らせた槍みたいなものが鎧の上から打ち付けられたり散々な結果に終わるとレドラが試合を止めに入った。
「お見事です。それにしてもクレイス様のその動き・・・どこかで見たような気がします。もしやワーディライと接触されましたか?」
「あっ!その通りです!流石レドラ様ですね。あまり多くの時間は学べませんでしたがあの御方から直接指導してもらっていたんです。」
「何ぃっ?!お前、いつの間にそんな狡い関係を・・・くっそー俺も後で行ってこようかな?」
名前こそ聞いていたがまさか『孤高』の1人に稽古をつけて貰っていたとは・・・そう考えるとこの敗戦にも納得がいく。
相変わらず戦闘第一に考えるカズキの発言はともかく、勝手に弟分だと思っている彼の成長も素直に認めると彼も変わらぬ笑顔で応えてくれた。ただ・・・

「・・・リリーってば最近全っ然動いてないからね。体もどんどん丸くなってきてるし、まぁ仕方ないんじゃない?」

アルヴィーヌから歯に衣着せぬ物言いで真理を告げられると稽古に負けた事よりも深く深く傷ついたリリーはその場で膝から崩れ落ちてしまった。





 前々から鎧が度々きつく感じていたのは成長している証だと言い聞かせて来た。半面それとは別に体が筋肉以外で太ってきているのも見て見ぬふりをしてきた。
それが今日堰を切ったかのようにリリーの心中で大爆発を起こしたのだ。
「ど、どうしたのリリー?!どっか怪我でもした?!」
怪我というか致命傷というか。無垢故の精神攻撃を受けて未だ立てずにいたリリーを見かねてヴァッツが駆け寄ってきてくれるので慌てて取り繕いながら立ち上がる。
「だ、大丈夫です!いやクレイス、魔術って凄いんだな!」
思わず口を開いたものの負け惜しみみたいになってしまってより自己嫌悪に陥っていく。今日の自分はあまりにもみっともないと。
そんな痛々しい様子から女性陣はアルヴィーヌを除いて何とも言えない表情と視線を向けてくる。やめて。本当にやめて。

だが人生経験が最も豊富なレドラがヴァッツに何か耳打ちすると彼も目を輝かせて納得した様子を浮かべた。

「え?!そう?リリー、全然太ってないし気にしなくていいよ?」

もしこれが彼以外の口から発せられた言葉なら『慰め』としか受け取れなかっただろう。しかし彼はアルヴィーヌに負けず劣らず純粋なのだ。
故にその言葉はリリーの心を温かく包み込む。流石は時雨が恋に落ちた異性なんだと深く感謝し、納得する。
「そ、そうですよね?!私もまだまだ成長の最中ですから勘違いしただけですよね?!」
「リリー。前向きなのと現実逃避は違いますよ?まぁあなたがそれでいいのなら私からも特に言う事はありませんが。」
そして最後はその友人から鋭い言葉の刃を胸に受けるとリリーは再び放心状態に陥り、天を仰ぐのであった。



あれから三日後に任命式が行われるとクレイスは『トリスト』でも8人しか選出されない将軍の1人に、そして妙に色香のある元4将が副将軍という形で迎え入れられる。
最初こそ少女と間違われる見た目と貧弱さから勘違いしていたが彼は芽が出るにつれて真っ直ぐに強く育っていった。その結果が実を結ぶ形となった訳だ。
(本当に皆大きくなっていくな・・・私も体だけは大きくなってるんだけど・・・何か違うんだよな。)
式典用の礼服に身を包んだリリーは窮屈な胸や腰回りを意識しながらそんな事を考える。

ヴァッツと『リングストン』へ赴き、共に過ごしている間リリーの傷心はすぐに完治した。それでも彼の真心を断るのが申し訳なく、また完治した自覚もなかった為抱擁を受け続けたのだがそれが良くなかったのかもしれない。

何せ今の彼女は絵にかいたような骨抜きなのだ。町娘の生活が当たり前となり登城も訓練も怠っていたがそれでも周囲はリリーを咎める事が無かった。
故に現実を思い出すと驚愕に落胆を重ねて感じる。この弛んだお腹は何だ?太すぎる脚はどうした?と。
(昔のあたしはもっと尖っていたはずなのに・・・いや、でも・・・そうか。今はもう戦う理由がないから・・・)
恐怖に染まっていた心はそれを脱却する為に体を動かしていた。人質となっていた妹を救うために必死で戦ってきた。スラヴォフィルに助けられた後も恩義から戦う道を選んできたがヴァッツという絶対的な存在を知り、恐怖を取り除き、近しい関係になるとその必要が無くなったのだ。
『緑紅の民』として闘争本能は他よりも高いのは間違いない。ただ彼女も年頃になり、安息の地を手に入れた今は別の本能が上回ってきている。

誰かと番になり、子を設けて家族を作るという本能が。

これは生物である以上避けて通れないものであり、失えばその種族は絶滅するしかなくなるほど重要なものだ。ただこの点を深く考えていくとどうにも求める異性が見当たらない。
外見にそれほどこだわりがある訳ではなく、かといって体は脂肪の少ない方が好みな気はする。これは自身が脂肪の多い体へと成長している故のないものねだりか、それこそ本能で強い男を求めているからか。
後はやはり姉妹を大切に思う人が良い。自分を大切にしてくれるのは当然として親族にも優しく接してくれる人が最低条件だろう。他だとお互いに気兼ねなく接しあえる仲が好ましいか?

(・・・・・いるにはいるのか。よし・・・いっちょ当たってみるか。)

こうして妹達とは比べ物にならない程鈍感なリリーは式典が終わった後クレイスに祝福の声を掛けつつ共に大窓から露台の上に移動すると早速素直な気持ちを打ち明けてみた。





 「なぁクレイス。もしよかったら私と婚約してくれないか?」

「・・・・・ぇへへぇっ?!?!」
短い時間だが今後について真剣に考えた結果行き着いたのが彼だ。弟のように接してきたクレイス相手なら気兼ねなど必要なく、ハルカに襲われた事を許す度量も持ち合わせている。
ルルーとの仲も良好で唯一の懸念点は身分の差だけだがリリーもそこは深く考えていない。この先家族を、子を授かれるのであれば正妻でなくとも構わないと割り切っている。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。探さずとも近くに目的の人物がいると。それがまさしく彼だったのだ。
「駄目かな?確かにクレイスは王子だし将来は国王になるんだろうけど、あたしは傍に置いてくれるだけで充分だからさ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って?!リリーさん?!一体何がどうしてそんな考えに?!」
そんなに驚く事だろうか?普段からクレイスやヴァッツは妻を何人貰ってもおかしくないみたいな話はショウだけでなくハルカやルルーですらしていたのだ。
ならばその端に加えてくれるだけでいい。リリーのさっぱりした思考はすでにその方向で勝手に話を進めていた為彼の驚愕が全くわからなかった。
「うん?そんなにおかしな話か?ただ気兼ねなく接する事が出来て強くて、あたしの知ってる中だとクレイスが一番旦那にしたいかなって。」
「・・・・・ぇぇぇ・・・・・ぃゃ、確かにリリーさんらしいけど・・・・・ぇぇぇぇ?」
おかしい。自身では説得力しかない内容だと信じて疑っていなかったが肝心のクレイスは時々妹達が見せるひきつった表情を浮かべているではないか。
また何か間違えたのか?不思議で仕方のないリリーは小首を傾げているとクレイスは辺りをきょろきょろと見回した後軽く咳払いをしてからその答えを述べ始めた。

「えっとね。まず僕はイルフォシアに永遠の愛を誓っているから今は彼女以外と向き合うつもりはないんだ。あと婚約でしょ?だったらもう少しよく考えた方がいいんじゃないかな?」

「おいおいクレイス?!あたしがこれだけ深く考えた結論が浅いっていうのか?!」
「いや深くはないでしょ?!今の内容だと他の人でも良くない?!」
意外な反論を受けてリリーは言葉に詰まる。彼女の考え方はその性格に沿ったものであるがクレイスはこちらに大切な事を伝えようとしているのだ。
「ねぇリリーさん。婚約って色んな理由があるとは思うよ?でも今のリリーさんには気持ちがない気がする。もっとこう、大切な人と一緒にいたいっていうさ?」
「大切・・・いやいや!あたしはクレイスも大切だぞ?!それこそ弟みたいに感じてるんだからな?!」
「だよね?!僕もリリーさんは姉みたいな存在だと思ってた!!だから違うんだよ?!」
「?!」

「結婚は兄妹でするんじゃないよ?ちゃんと特別な人を見つけて、それで結ばれないといけないって僕は思う。」

何という事だ。初めて出会った頃のクレイスはもはや面影くらいしか残っておらず、その強さと心はリリーの想像を遥かに超えるものへと成長しているらしい。
「・・・・・特別・・・・・」
その言葉を聞いてすぐにヴァッツの姿が思い浮かんだので顔を思い切り横へぶんぶんと振り乱す。駄目だ。彼だけは絶対に駄目なのだ。
「・・・もしかしてリリーさんならとっくに見つけてるんじゃない?特別な人を。」
「い、いやいやいや?い、いい、いないよ?!そんな人?!」
誰から見ても彼が特別な存在なのは言うまでもない。だからこそリリーは否定するしかない。彼に想いを寄せる友人の為に。

「・・・う~ん。でも本当、条件さえ満たせば、みたいな考え方はやめてね?僕はリリーさんにも大きな幸せを掴んで欲しいから。」

「ぅ・・・ぅん。」
まるでルルーやハルカに諭されるような形でこの話は終わりを迎えたのだが彼の真っ直ぐ過ぎる言葉は後々リリーの本心を大いに揺さぶる事となる。





 翌日にはヴァッツが『リングストン』へ出立する旨を受け、せめて見送るくらいはと考えていたのだがこの認識は誤りだったらしい。
「ほらほらお姉さま!!早くしないと馬車に乗り遅れるわよ?!」
早朝からハルカがこちらを忙しなくまくし立てて来るので寝ぼけたリリーも言われるがままに準備を整えると3姉妹は揃って登城する。
そしてルルー達に見送られる中、ヴァッツ達と共に飛空馬車へ押し込められると一行はいつも通りまずは地上の拠点へと降り立った。

「・・・あれ?今回あたしも行く・・・のですか?」

見れば正装に身を包み、『ボラムス』で乗り換えを済ませてから気が付いたリリーはハルカに何とも言えない表情で答えをもらった。
「だってついこの間ルーに「ちゃんと働いて!」って言われたとこでしょ?だったらこういう楽な仕事について行くのが良いと思うのよ!」
「ハルカ、普段から従者として全く働いていない態度も問題ですが今の発言は後できちんと報告しますからね?」
時雨が本気で怒っているのを横目にリリーもその意味はすぐにわかる。週一でしか登城しておらず稽古もさぼり気味で従者としての働きも全くこなせていなかった。
であればこの機会に汚名返上とまではいかなくとも、妹に働いている姿を見せる事で姉としての威厳が取り戻せ・・・

「いや駄目だろ?!そんな理由でついていっても邪魔になるだけだし?!」

やはりハルカの思考は侮れない。
恐らくどのような問題であろうとヴァッツが一人であっという間に片づけてしまうのは計算の内のはずだ。故に今までの不労問題を遠征期間で埋め合わせようという魂胆か。
「え?でも私は皆と旅が出来て楽しい。」
「だね!リリーとは前に『リングストン』に行ったきりだし。あ、あれから辛いのは大丈夫?」
「は、はい。」
ただ2人が望んでいるのであれば話は変わって来る。満足に仕事を出来ていなかった分も含めて本当の意味でしっかりと任務をこなすべきだ。

「よし!やってやりましょう!ところで今回『リングストン』へ向かう理由って何ですか?」

気合いを入れ直したリリーは早速本題を尋ねてみると呆れた表情の時雨から『ナーグウェイ領』であのラカンが再び蜂起したという話を聞いて若干の悪寒を感じていた。



あれから旅の道中に時雨やハルカと立ち合い稽古を続けて少しずつ戦いの勘を取り戻す中、ヴァッツがこちらをじっと見つめて来ていたのは気になっていた。
「あ、あの、ヴァッツ様?私の顔に何かついて、ますか?」
「え?うううん。何もないよ。ただリリーってまだ戦うのかなって。」
「えっ?!」
なので尋ねてみると意外な問いが投げかけられたので返答に戸惑う。まだ戦う・・・まだ戦う?
「ちょっとヴァッツ!これにはお姉さまの乙女心が関わってるんだから余計な事は言わないの!」
「・・・無理に痩せようとする必要はないと思いますけどね。」
2人は大いなる勘違いをしていたが言われてみてそういう効果も期待出来るか?と考えを改める。ただ戦う・・・まだ戦う。戦う理由とは何だ?
大切な妹はこの世で最も安全な場所で暮らしているしヴァッツを始め周りは猛者達に護られている。自身も町娘を立派にこなしているしこの先自らが戦う事などあるのだろうか?

「・・・・・そうですね。でも、やっぱり戦う力を保っておかないと不安、なのだと思います。」

自分は国に仕える者だからとか従者だからとか言い訳はいくらでもある。ただ妹同様彼らの庇護下に置かれているのであれば既に必要はない術なのかもしれない。

「そうなの?んじゃまた毎晩一緒に寝ようね?」

「・・・「「毎晩?」」」
明確な答えが見つからないのがいけなかったのか不安と口走ったのが原因か。漠然と受け答えした後ヴァッツから驚愕の事実を知らされた者達から様々な声が漏れて来たがリリーの思考はその答えを求めて深く落ちて行った。





 今回もまずは『リングストン』王都へ向かいネヴラディンと謁見する。それから詳しい事情を聞いた後に西へと向かう予定だ。
「ようこそお越しくださいました。というのは少々畏まり過ぎですかな?何せヴァッツ様は我が国の大将軍でも在らせられますからな。」
非常にご機嫌な大王ネヴラディンは堅苦しい挨拶を早々に終えると早速宴への準備を促す。リリーからすれば久しぶりといった気持ちしか浮かばなかったが初めて歓待を受ける時雨とハルカはその規模と豪華さに唖然としたようだ。
「うわ~・・・祝祭って訳でもないのにお金かけすぎじゃない?流石独さ・・・『リングストン』ねぇ。」
言葉を選んだハルカが口を開けて高い天井の装飾やら豪勢な料理やら楽団やらを見渡していると早速恒例の面会時間がやってくる。
「これはこれはヴァッツ様にリリー様、遠方での任務、大変お疲れ様でございます。」
2人が『リングストン』の人物だという扱いの為このような言い回しになるがこれは建前に過ぎない。結局のところ彼らは破格の力を持つヴァッツとより強固な繋がりを持ちたいだけなのだ。
ただ最初こそ透けて見える下心に反吐が出そうだったが慣れて来たせいか、今では彼らの気持ちもある程度理解出来る。
特にここはネヴラディンの匙加減で全てが決定する国なのだから保身に走ったとしてもリリーは責め立てるような真似をするつもりもない。
「うん!でも疲れるような事は何もしてないよ?」
そしてヴァッツは普段通りの受け答えを続け、リリーは以前の記憶をそのままに許嫁として立ち回っていると他の少女らから今まで受けた事の無い視線が注がれているのに気が付いた。
「うん?皆どうしたんだ?あたしの顔に何かついてる?」
「いいえ、その、お姉さまってやれば出来るんだなって。」
「うんうん。何かリリーの動きがとってもお上品。淑女みたい。」
「・・・容姿だけは最上ですからね。そこに礼儀作法を覚えればと前々から思ってはいましたがこれはこれで恐ろしい存在に・・・」
自分はただ『リングストン』では許嫁を演じなければ怪しまれるという固定観念を元にそれらしい行動をしていただけなのだが大層感心されるようなものらしい。
だが今回は『トリスト』の第一王女もこの場にいる。彼女は立ち居振る舞いこそハルカに多少教え込まれていたものの口を開けば普段通りなのだ。

「ああ、そっか。リリーは許嫁なのよね?んで、私もヴァッツと結婚するから・・・私達は2人ともお嫁さんなのか。」

なのでアルヴィーヌとも繋がりを持とうと挨拶に来ていた『リングストン』の面々は彼女らしい一撃を受けて色んな意味で固まってしまった。



夜には大王主体の正式な晩餐会が開かれるとネヴラディンも先程の真偽に興味を持ったのか早速話題に持ち出した。
「ところで、アルヴィーヌ様もヴァッツ様とご結婚される話は誠ですか?」
「うん。もう口づけもしたし、実際夫婦みたいなもの。」
「へっ?!」
その事実は周囲に知らされていなかった為初めて聞いたリリーは思わず声を漏らす。ちなみに確認しようと時雨に視線を送ったら顔を背けられた。
「ちょっとアル、あなた達叔母と甥でしょ?そんな近しい親族間で結婚なんて出来るの?」
「ショウは大丈夫って言ってた。私達血の繋がりはないんだし。」
「ほほう?」
計らずとも過ぎた情報を『リングストン』に渡してしまった事でリリーは内心焦りを感じたが、冷静になってみるといくら独裁国家である彼らもこの程度の情報で何かを企むとは思えない。

「もしや従者の方々に女性が多いのはその為ですか?ヴァッツ様程の御方であれば子孫を沢山残す事は後の繁栄に大きく繋がりますからな。」

むしろ考えた事の無い発想が返って来るとリリーは苦笑いを浮かべて感心した。確かに彼の血を引く子は確実に強い者へと成長するだろう。そしてそれらを後世へと繋いでいく事はその国の安寧に繋がる。
「子・・・赤ちゃん。そうだね。ヴァッツ、私達もそろそろ赤ちゃんが欲しいね?」
「え?赤ちゃん?欲しいの?」
先程からこの2人はきちんと内容を理解して喋っているのだろうか?夫婦の意味すらわかってなさそうな、且つアルヴィーヌはまだ若すぎるような話題にリリーは呆れかえる。
「でしたら今夜はきちんと伝達しておきましょう。召使いは部屋の外で待機させておきますので『ナーグウェイ領』の事など忘れてお楽しみください。」

「うん?よくわかんないけどじゃあ今夜はゆっくり休もうね!」

しかしその真意を全く分かっていないヴァッツが彼らしい言葉で締めくくるとリリーはほっと安堵を覚えつつ大食堂を後にした。





 自分にそこまで恐れ多い欲望はなくヴァッツの左側をアルヴィーヌに、右側を時雨に譲り、ハルカとリリーは離れた寝具で休もうと話が決まっていた。
なのに朝起きると5人が並んで眠っていたのは何故だ?一応隣は時雨だった為罪悪感はほとんどなかったものの自身の意思でここに入ったのか呼ばれたのか全く記憶にない。
「おはよー!んじゃ皆すっきりと目覚めたみたいだし、今日は西?へ向かおうか!」
しかしそれを聞くのも怖くて元気な彼の号令に従いつつ朝食を済ませた一行は当日になってネヴラディンから直接任務の内容を聞かされる。

「『ナーグウェイ領』ではラカンが『シャリーゼ』との併合、独立を企てております。生死は問いませんので彼の身柄を拘束してきて下さい。」

恐らくヴァッツが無駄な殺生をしない事を考慮してこういう形になったのだろう。
「皆様、よろしくお願い致します。」
そして今回は彼の長子、つまり第一王子であるネヴラティークという青年が検分役として同行する事になった。というか王子がそのような使われ方でいいのだろうか?
「よろしくネヴラティーク!」
「ふむ。やっぱりお父さんに似てるね。でもちょっと頼りないかな?」
相変わらず純粋ゆえの容赦ない発言に時雨が慌てて口を押さえていたがこれにはリリーも同意見だ。そもそも以前この国に赴いた時にも出会っていたかどうか記憶が定かでない。
それくらい存在感が薄く見た目に特徴もない。アルヴィーヌがネヴラディンに似てると口に出さなければ気が付けなかった程だ。
「ははは。父が偉大すぎるだけですよ。」
声や話す内容すら凡庸ですぐに忘れそうだなぁと感じたのは流石に失礼が過ぎるか?そんな6人はヴァッツを挟んでアルヴィーヌと時雨が、ネヴラティークを挟んでリリーとハルカが向かい合って座ると西へ向けて出立した。



「それにしてもラカンってば力を奪われて老人みたいになってたでしょ?あんな姿で謀反なんて出来るの?」

馬車が走り出して間もなく誰もが気になっていた疑問をハルカが尋ねるとネヴラティークは少し考え込んでから答える。
「それがですね。私も詳しい事情はわからないのですが彼は全盛期の頃を彷彿とさせるような姿に戻ってまして、しかも今は空すら飛べるそうです。」
「それは・・・少し気になりますね。」
時雨が唸るような相槌を打っていたがリリーも耳を疑った。奴が干からびた姿も覚えているし何よりヴァッツの手によって全てを奪われたはずだ。話が本当ならそれらを覆したという事になるが・・・
「ふむ。だったら今度は私がやっつけちゃおうか?」
アルヴィーヌが軽く提案すると内心それもありかな?と考えたがどうやらそれは駄目らしい。
「いいえ。今回はヴァッツ様に武功を立てて頂く意味合いもあります。故に他の方は決して介入しないようお願いいたします。」
なるほど。『リングストン』内でヴァッツの地位をより確実なものへとする為の実績が欲しいのか。ならばクレイスの復権と引き換えにわざわざ呼びつけた理由も納得がいく。
「あら?王子の貴方がそんな事口走っちゃっていいの?言っとくけどアルやヴァッツは口が軽いわよ~?」
「えっ?!オレそんなに軽い?!」
「ちょっと心外。言っておくけど私は結構いくつもの秘密を護っている。」
ハルカの言う通り確かにこれは国家の思惑が大きく関わっているようだ。そして純粋さ故に嘘や隠し事が苦手だと捉えられている2人は指摘を受けてやや驚いていた。

「ははは。大丈夫です。父も私にはさほど期待はしていないようなので。」

何というか、存在感が薄いのもあってか本人の口からそういう話を聞くとやや同情が生まれてしまう。
「そうなの?じゃあ私と一緒だね。」
周囲が反応に困る中、唯一彼の自虐に対応出来る存在はさらりと告げると彼も一瞬驚いた様子だったがそれを優しさと捉えたのか。薄い微笑みをアルヴィーヌへ返していた。

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