闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -ブリーラ=バンメア-

 ブリーラ=バンメアが夫サーディウォンに若い女を宛がったのは嫉妬と気晴らしを求めてだ。行為の後、不貞を理由に甚振ればそれらが満たされると信じて。
だが何十人何百人を殺しても一向に気分は良くならない。というか元々感情の起伏が浅い為最後の方ではどうでも良くなっていた。そこに空すら覆う程の御香が王都内に充満すると国王にも異変が生じてくる。
「ブリーラ・・・女はまだかな?私は腹が減ってしまって・・・」

びしっ!!

相変わらず牢獄に閉じ込められていたサーディウォンは異様な目つきで恐妻に遠慮しながら催促するとブリーラ=バンメアが見えない何かで床を鋭く叩く音が響いた。
「今日の分は先程与えたでしょう?それよりも敵国が迫っているの。ここは貴方自らがそれを蹴散らすべきじゃないかしら?」
「ひぃっ!そ、そうだね・・・じゃ、じゃあ休戦協定でも結ぼうか?」
「あら?それは勿体ないわね?今攻めて来てる中には上質な女達もいるのよ?食べたくない?」
鉄格子越しに夫婦とは思えない会話が続く中、それを聞いたサーディウォンの表情が人ではなくなっていく。
「た、食べたい!で、でも君をまた怒らせるのは良くない、よね?」
「あらあら?最近だと私が処分するまでもなく全てを美味しく頂いているのに今更遠慮?」
元々嗜虐性が存在しないブリーラ=バンメアが妾をわざと残虐に殺していたのは王妃としての立場を考えての行動だった。しかし感情に乏しい彼女はそれも飽きてしまったので最後はラスファルに全てを任せてしまう。
するとある日からそれらがきれいさっぱりいなくなるようになる。宛がった妾は翌朝いつの間にか姿を消すという報告を続けて受けたのだ。
ブリーラ=バンメアの非人道的な行いをサーディウォンが知っていれば密かに逃がしたという捉え方も可能だろうが既にこの王都からはまともな人間がいなくなっている。
故にラスファルもブリーラ=バンメアも、そして国王自らも自身の変異に気が付く事は無く、それでも事なかれ主義の性根が形骸化した王族の関係を演じ続けているのだ。
「ほ、本当にい、いいのかい?わ、私が若い女と・・・その、一夜を共にしても?」
「サーディウォン、私は慈悲深い王妃なの。だから全てを許すわ。」

そう言って彼女は鉄格子の鍵を開けると夫に出てくるよう促す。こうして彼らは万全の体勢を整えると餌が来るのをまだかまだかと待ちわびるのだった。







東西の軍が王城へ攻め入る中、最初に到着したのはクレイスだった。
彼自身は初めて来る場所だったので一瞬迷うんじゃないかと心配していたが何故かウンディーネが一度登城したと聞いていたので安心して案内を頼む。
「確かこっちに玉座があるの。」
それにしても普通の城というのは廊下や部屋の天井が低く移動しにくい。いや、本来空を飛ぶという行動は考えられていない為、ほとんどの城内はこういった造りなのだろう。
ウンディーネを先頭に縦に伸びるような形でそこへ到着した一行はまず後方でプラープを中心にしっかりと陣形を取る。ちなみにクレイスはそれを全て彼に任せてあるので一人、ないしはウンディーネと手を組んで戦うつもり満々だ。

「おや?随分可愛らしい坊やだこと。それとそっちの青い女も可愛いじゃない?ねぇあなた?」

話には聞いていたが何故か玉座には王妃が足を組んで堂々と座っており、国王・・・国王か?目は黒く朧気でそれは髑髏にも似たような表情の男はこちらを獣のような表情で見つめてくる。
「う、うふふふふ。いいじゃないか・・・とても美味しそうだ。」
王城の最奥にいた彼らとの戦いは避けられないのだろう。それを悟ったクレイスは素早く長剣を抜くと魔術を刀身に施し、まずは挨拶代わりにと水刃を三振り程放っていた。





 この国の状況などを考える余裕はない。何故なら相対する敵の全てが人間からかけ離れていたからだ。
そして今、国王も例外なく人の形を打ち破って一気に体を変化させるとこちらの攻撃を無視して反撃を放って来る。
(?!)
自分だけなら身を躱せたかもしれないが後方にはプラープや『トリスト』の精鋭部隊がいるのだ。これを失えば国家の損失だと何となく理解していたクレイスは防御と更なる反撃を狙って眼前に大水竜巻を展開した。

ばきゃきゃきゃきゃっ!!!!

その威力は未だに理解していなかったが少なくとも王城を形成する石材の天井や床を簡単に吹き飛ばせるものらしい。
「皆っ!!上へ飛んでっ!!!」
既に人間の域を超える魔術を手に入れていた事には気が付かずクレイスが叫ぶと訓練を重ねていた彼らもすぐ呼応して全員が外へ飛び出す事に成功する。だが半壊した王城からサーディウォンが姿を現すと皆が言葉を失った。
「な、何あれ・・・?」
ウンディーネが嫌悪を隠そうともせず言葉を漏らした先には本当にサーディウォンなのか?数多の女の体がまるで溶けあっていて蜘蛛のような形で蠢いているではないか。

「お、おんなぁ・・・私の、モノに、なれぇええぇえ!!」

既に人ではなくなっているのは間違いない。声こそ彼のものだがその悍ましい巨体は下手な大部屋くらいに大きく、女達の細い悲鳴は非業な最後を体現しているようだ。
そんな人体の塊であっても空は飛べるらしい。そして彼の目的はウンディーネらしく、捕まえようと女性達の体で出来た前足を伸ばしてきた。
彼女も速やかに魔術を展開して撃ち払おうとするが敵の質量が相当ある為怯ませる事すら難しい。なのでクレイスは再び水竜巻を展開するとそれを思い切り叩きつける。

ずどしゃしゃしゃっ!!!

その水流は兵士換算で数百を一気に吹き飛ばすだけの威力を持つので異形と化したサーディウォンといえど大きく体は傾いた。しかしそれだけでは駄目なのだ。
クレイスはつい先日『骨を重ねし者』と戦った時のように水竜巻の先端に敵を捕らえたまま大きくうねらせると大地へ向かって叩きつける。
「皆さん!追撃をっ!!」
そして号令と共に自身の水刃に合わせて周囲も一斉に火球を放つ。それが終わると間髪入れずに鋭い矢が雨のように落とされるのだから流石は『トリスト』の部隊だ。

ずうぉぉっ・・・

しかし地上を覆っていた黒煙から再び姿を見せて上昇してくる姿に目立った傷は見られない。クレイスももう少し追撃を入れたかったが今後の展開を考えると魔力の消耗が気になって攻めきれずにいたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・お、オんなだ・・・ワ、わたしはおんナガほしイ・・・」
それにしてもこの国王、侵攻してきた部隊を駆逐する目的などハナから無く、ただただウンディーネを襲いたい風にしか見えない。お蔭でこちらの被害も抑えられそうだが狙われている本人は堪ったものではないらしい。
「ク、クレイスッ!!早くその気持ち悪いのをどうにかして欲しいのっ!!」
と言われてもこちらの攻撃は有限なのだ。空を飛ぶ都合も考えるとどうしても魔力の消費を抑えるものになってしまう。
「・・・あ、そうか。」
そこでクレイスは更に消費を抑える為に長剣の魔術も解いた。少し心配な部分もあるがこれで直接斬りかかれば相当な節制になるだろう。

ずしゃっ!!!

ところが突然サーディウォンの体に深く大きな刀傷が走ると初めて彼の悲鳴が鳴り響く。驚いた皆が顔を向けるとそこには昔イルフォシアにちょっかいを出していた男の姿があった。





 「また随分な化け物だな。全く、『ジグラト』という国はどうなっているのだ?」
聞きたくもない声と容姿に思わず顔を背けたくなったが黒い剣を持つ彼の攻撃が国王に大きな傷を与えた事実は揺るがない。というか奴は何時の間にあれを手に入れたのだ?
国外追放中の事情を全く知らないクレイスは内心とても驚いていたが今は『ジグラト』の対処が最優先だろう。

「ああ!ナ、ナルサス様ぁ!丁度いい所に!あの気味悪いのが私を狙ってくるんです!どうかお力を貸して下さい!!」

それでもここからは国家の謀略が関わって来るので彼に助力を頼むつもりなど一切なかったのにウンディーネが見せた事の無い甘えた声で懇願したので『トリスト』の兵士達も呆れていた。
「お前はあの時の・・・そうか。お前も人ではなかったのか。ならばこの件を片付けた後に処してやる。」
「ひぇっ?!ク、クレイス!!この人見た目通りに冷酷な差別主義者なのっ!!」
そしてすぐに素を見せてこちらに帰って来た。後から聞いた話だとウンディーネはリリーやヴァッツ、ショウ、アルヴィーヌらと一緒に『ジグラト』へ入った時ナルサスとも出会っていたらしい。
当然その時は正体を隠す為に長い腰巻をしていたそうだが今の彼女に足はなく、魚の尾をぴちぴちと動かしている。
「まぁ・・・初めて見たら誰だって驚くと思うよ?それよりナルサス様、その化け物はこの国の国王サーディウォン様です。討ち取る価値はあると思いますよ?」
だがウンディーネの行動は逆に利用できるかもしれない。そう感じたクレイスはその正体を明かして遠巻きに彼も加担させるよう画策してみる。
ザラールからも聞いていたが今回の首謀者はブリーラ=バンメアと『闇の王』なので例え国王といえどその価値は数段落ちると踏んだのだ。
故に障害となる彼を討たせている間に、こちらはブリーラ=バンメアを獲りに行けばいい。といっても彼女もどのように変貌するのかは想像もつかない為、その時は全力で戦わねばならないだろう。

「ほう?一介の放浪者が私に意見するとは。やはり無礼千万な『トリスト』の連中から始末すべきか。」

これは腹を立てたという意思表示か、本心からそう思っているのか。ウンディーネも言った通り性根が冷酷な為非常にわかりにくかったがここでお互いが戦っても得られる利などほとんど無いくらいは理解しているはずだ。
「オ、おんナぁ・・・あっ?!お、おんながふえたぁぁあああ?!」
仕方なく切り替えたクレイスが再び闘志を放ち始めると件の怪物は別の標的を見つけたて悦んでいた。何が増えたのかと視線の方を見てみるとそこには両手で松明を持ったノーヴァラットが怯えた様子で飛んで来るではないか。
「あぁぁあ~~!ク、クレイス様ぁ~~!!やっとお会い出来ましたぁ~~怖かった~~・・・って何あれっ?!?!」
どうやら今は奥手の人格が出ていたらしい。そしてこちらに泣きついてくると異形な姿を視界に捉えて大いに驚いている。
「ノーヴァラット。貴様1人で私の後をつけて来たのか?まさかとは思うが・・・手柄を掠め取る等と考えてはいないだろうな?」
ナルサスの訝し気な表情と質問には納得するも今は答えるだけの余裕はない。敵はウンディーネとノーヴァラットという標的を何とか捕まえようと大きな傷を気にする様子も無く突っ込んでくるのだ。

「・・・クレイス。地上にはカズキ様も待機しておられるわ。」

驚愕から冷静な彼女が顔を覗かせた後、欲していた戦力の存在を教えてもらうとクレイスも瞬時に判断して再び水竜巻を撃ち放つ。しかし今回は地上へ落とす前に大声を上げた。
「カズキッ!!!こいつを下に落とすから後はお願いっ!!!」
女性を手に入れたい本能に知性を失ってしまったのか。『骨を重ねし者』とは違って全く学習しないサーディウォンを同じ戦略で地上に叩き落すと松明の光が集まって来るのが上空からも確認出来た。
そこから木々が何十と派手に倒れた所を見るに家宝の二振りを顕現してあの巨体を斬り刻んでいるのだろう。これで残すはブリーラ=バンメアと『闇の王』だけだ。
しかし一息つく間もない。何故なら先程までいたはずのナルサスやその近衛が既に見当たらなかったからだ。不味いと感じた瞬間、クレイスは周囲を置き去りに急いで王城へと飛んでいく。

もしブリーラ=バンメアが人間のままであればその首を獲る事等造作もないだろう。そして今まで彼女が異形に変化したり異能の力を手にしたという話は聞いていなかった。

ここまで来て何の手柄も挙げられずに帰国など出来るはずがない。焦るクレイスは是が非でも彼女が無事である事を祈ってその姿を探すが、先程半壊させた謁見の間にナルサス達と一刀で斬り伏せられたブリーラ=バンメアが見えてしまった。





 「おや?随分と遅かったな?」
勝ち誇ったナルサスの笑みは見ているだけでも腹立たしい。そして彼女の遺体は奴の近衛でがっちりと囲まれている。
(・・・・・このまま戦って奪い取るか?)
イルフォシアの件もある為、クレイスは彼に対して容赦や遠慮をするつもりは微塵もない。幸い今はウンディーネとノーヴァラット、プラープ率いる『トリスト』の部隊もいる。
数だけ見たら十分に勝算はあるし、何より今後イルフォシアに近づかせない為にもナルサスは討ち取っておくべきだろう。
今までと違って多少の力と彼女への愛に溺れているクレイスは短絡的にそう考えていたのだが1つ思い出す事があった。
それが『闇の王』だ。
聞いた話だと充満した黒い煙は奴が作る邪香によって発生しているらしい。であればその首級はブリーラ=バンメア以上に価値は上だと言い張れる可能性もある。
「この国は我らが『ネ=ウィン』が制圧した。よって今より貴様らは侵攻部隊と扱う訳だがどうする?逃げるなら追いはせぬぞ?」

「・・・・・んん?」

見ているだけで腹の立つナルサスが勝ち誇ってそう宣言してきたので逆に冷静さを取り戻したクレイスは思わず小首を傾げた。
確かに王族2人は討伐したし、その首謀者はブリーラ=バンメアで間違いないのだがもっと厄介そうな存在を忘れているのか?
「恐らく皇子や『ネ=ウィン』は『闇の王』の存在を知らないはずよ?」
そっと耳打ちしてくれるノーヴァラットの意見で更に機嫌を取り戻したクレイスは納得して大いに首を縦に振る。そうか。彼らはこれで全てが終わったと思っているのか。
ならばこちらが『闇の王』を探し出して討ち取れば十分挽回出来るだろう。問題があるとすれば彼らがその存在を認めるかどうかだがそんな心配は杞憂だったらしい。

すんっ・・・・・

一瞬だがブリーラ=バンメアを囲う近衛の周辺に光が走った気がした。しかし上下真っ二つとなって全員が絶命した所から見間違いではなかったと確信する。

「愚かねぇ・・・『闇の王』に全てを捧げた私がこの程度で死んだと思っていたのかしら?」

その声には聞き覚えがあった。間違いなくブリーラ=バンメアのものであり平然とした声色からも彼女が健在だとすぐにわかる。次に感じた異変はその大量の煙だ。
空からの光を一切遮り、城下はおろか領土一体に漂っていた邪香の煙が物凄い勢いで彼女の体へと集まってきているのだ。
「ナルサスッ!!止めを刺せっ!!!」
クレイスは利よりも己の本能を信じてそう叫んだが遅かったらしい。床が、いや、大地が激しく揺れ始めると半壊していた王城が益々崩れていくのでまずは全員がそこから退避した。
そして上空からその廃墟に目を向けているとサーディウォンのようにブリーラ=バンメアの体が大きく、とてつもなく大きく変貌を遂げていくではないか。
それは見る見るうちに小さな山すら越える程の大きさになり、彼女の体の一部だけが小さく判別出来るもののもはやブリーラ=バンメアとは呼べない何かに成っていた。

「こ、これが・・・『闇の王』?!」

最終的に大樹のような形になったそれは根や枝の部分が蛸足のように動き出すとこちらに向かって振り回してくる。
大きさが大きさな為随分と緩慢な動きではあったがその一本一本の太さ、長さが城門塔の数倍はあるのだ。故に相当大きく動かないとそれに潰されてしまうだろう。

「クレイスーーーッ!!!!退けぇぇーーーーーっ!!!!」

地上からは親友の声も聞こえて来た。そうだ。無理に戦う必要はない。この大きさに対抗するには自分達だけでは無理が過ぎる。
「『トリスト』部隊の皆さんも退いて下さいっ!!!」
せめてカズキらとの連携をしっかりと取らねば話にならない。そう判断したクレイスも急いで退避命令を出すが既に兵士らは大半がその餌食となっていた。





 大きさが大きさだけにかなり距離を取らなければならないだろう。地上の様子は見えなかったがカズキと『剣撃士隊』の強さは知っていた為心配はないはずだ。
「おい、『闇の王』とは何だ?」
それよりもナルサスが生き残っていたのだけは残念だった。更に何故かこちらにくっついて逃げている上にさっきから説明を求めて来るのがうざくて仕方ない。
そんな彼の質問はぞんざいに扱われたウンディーネの白い眼によって封殺され、袂を分けたノーヴァラットの口から告げられる事もない。
ともかく今はこの状況を何とか打破せねば。クレイスもナルサスをほぼ無視する形で地上へ降りるとまずはカズキに近づいて固く握手を交わした。

「よっ!久しぶ・・・りだなぁ。クレイス、お前随分変わっちまったようだな?」

「カズキこそ少し目つきが優しくなったね。」

お互いがこの1年で成長したからだろう。背丈や体格、そして表情にまでそれらが見て取れた事で2人は窮地だという事を忘れるくらい感動に浸る。

「やっと追い付きました。何やら王城が大変な事になっているようですが・・・クレイス?」

そこにショウやビアードの部隊も合流した事で一先ず全ての残存戦力が終結した。というかあのショウですらこちらを見て唖然とするくらい自身は変わったのか。
鏡を見たりする癖も無く、自分では全く自覚がない部分なのでむしろこっちからショウこそ変わったねぇ、と話題を振る程だ。
「貴様らいい加減にしろ。まずはこの状況を説明、それから早急に対策を練らねばならぬのだ。もたもたするな。」
完全に蚊帳の外だったナルサスは苛立ちを隠そうともせず吐き捨てるが今回ばかりは正論だ。それほど猶予がないのも事実だろう。
とにかく巨大すぎる。そして強い。こちらもビアードを含めたら相当な数の猛者が揃っているものの、数を揃えれば何とかなるといった戦況なのだろうか?
「・・・難しいでしょうね。」
ショウが険しい表情で即答すると皆も言葉が出てこない。となればここは無駄に危険を冒すのではなくヴァッツに来てもらうのを待つしかないか。

「ショウ様、私はこの為に参ったのですな。」

すると突然長身の紳士が姿を現したので知らない面々が驚いてそちらに視線を集める。
「よ、よろしいのですか?もう何度助けて頂いたかわかりませんのに。」
「そういう受け取り方をすると心苦しくなるのも十分理解出来ます。ですので今から私はバーンの命によって戦うのだと宣言しましょう。」
雰囲気だけでなく、その自信溢れる言動は間違いなく強者なのだと理解するがこの時は時間が無かった為彼が魔族だという事しか教えてもらえなかった。

「では私達は補佐に回りましょう。皆様も無理をなさらぬよう、ティムニール様に全てを託す方向で立ち回って下さい。」

そこまで言われると信じない理由はない。クレイスもその戦況は想像出来ないままだったが再び迂回して東に回り込むと彼らが戦い始めるのを内心わくわくしながら待ちわびていた。





 10町(約1km)は離れているはずなのにしっかりとその姿を捉える事が出来るのはまさに規格外の大きさ故だろう。
大樹とも呼べるそれに少しずつ近づいては間合いを計って戦端が切られるのを待っていると突如それに比肩するほど大きな何かが姿を現したではないか。
「あれがティムニール様本来のお姿なの。」
同じ魔族であるウンディーネが居なければそれが何かは理解出来なかった。絵本や伝承で見聞きしたのを思い出すその風貌は遠目からみてもわかる。
「・・・行こう!」
あれこそ伝説の生物『龍』なのだと確信すると刺激を受けた童心が我慢を許してくれない。戦いを辛うじて頭の片隅に置いてはいたもののもっと近くでその姿を捉えたいクレイスは周囲が声を掛けてきたのも聞こえずにぐんぐん近づいて行く。
その大きさは迫力以外の感想が出てこないほどで彼らが動くたびに大気と轟音が周囲に流れるのだ。『闇の王』もティムニール目掛けて大樹の根や枝といったもので攻撃を仕掛けるが彼の長く太い首が左から右へ振り回されただけでそれらは簡単に吹き飛んでしまう。
正に規模の違う戦いの行く末はどうなるのか。傍観者と成り下がったクレイスが何も考えずにただ眺めていると突然背後から大きな尾びれがびたんと叩かれた。
「クレイス!!私達も追撃しなきゃ!!」
ウンディーネの少し怒ったような声が耳に届くとやっと思い出す。目の前にいる敵は地上の、人間の敵なのだ。であれば例え魔界王バーンの命令とは言えティムニールだけに戦わせていてはならない。
「そ、そうだったね!」
兎にも角にも『闇の王』さえ倒せばこの戦いも終わるのだから遠慮はいらないだろう。クレイスはプラープと残存戦力にも追撃をお願いすると自身も魔力残量などを考えずに最も強力な魔術を展開する。

ずどどどどどどどどどどどど・・・・・ごごごごごごごごごごごっ!!!

その全てを注ぎ込むと直径は『ジグラト』の王城がすっぽり入る程大きく、高さは天にも届かんと言わんばかりの大水竜巻が展開された。当然太さも『闇の王』が振るう枝や根の数倍はあるのだ。
欠点として速度だけは遅かったものの敵がその場から動く気配はないのだから躱される心配もないだろう。むしろ制御が効かない程巨大過ぎる為、周囲の木々が綿毛のように上空へ巻き上げられてしまうので味方への注意喚起が最も重要だと言える。
「・・・クレイスって本当に人間離れしてきたわね・・・っあっ?!」
後はその大水竜巻がぶつかるのを見届けたかったがウンディーネの驚いた声と自身の視界が落ちていく所から察するに飛空出来る魔力さえ枯渇してしまったらしい。
慌てて彼女がこちらの腕を掴んでくれると反対側はノーヴァラットが支えてくれたので何とか中空に居座る事を許される。
(やっちゃったか・・・でも・・・)
己の全てを出し切ったそれは『闇の王』の背後から不意を突く様な形で衝突していった。敵も気が付いて何本かの枝や根で振り払おうとするも全て瓦解している。
そもそも最も警戒すべきティムニールが真正面から攻めてきているので周囲の攻撃に気を回していられないのが大きな理由だろう。

これで終わる。

そう確信して疑わなかったクレイスはやり切った表情で巨大な2体が激突するのを万感の思いで眺めていると遂に『闇の王』に動きが見られた。
あまりにも僅かなものであったが接近していたのと見に集中していたのが功を奏したのか。大樹となった彼の体が目に見えて背丈を縮め始めたのだ。
最初こそ瀕死なのだろうと考えたが太い枝や根はまだまだ元気よく動いているし、クレイスが放った大水竜巻が彼の本体にぶつかり続けているのに振り払おうともしていない。

違和感と嫌な予感に思わず冷や汗が流れるとそれはすぐ現実のものへとなる。

ずずずずっずっずっずずぼおおおぉおぉぉっ!!!!!

それは地面が割れる音と共に現れた。突如『闇の王』の根が何本も突き上がったのだ。その威力は想像に難くなく、見ればティムニールの体はそれによって串刺しになっていた。





 「ティムニール様っ?!?!」
声が届くとは思えなかったが叫ばずにはいられなかった。戦力的には圧していたし負ける要素など無かったはずなのにそれがひっくり返ったのだから。
それからすぐにそびえ立つ根によって自分の大水竜巻も貫かれて霧散したのを確認する。竜巻の弱点である内部の空洞を見事に突かれた形だ。
「だ、大丈夫!!ティムニール様は魔界で二番目に強いんだからっ!!」
やや震え声を上げるウンディーネは心配はいらないと教えてくれているのか自分に言い聞かせているのか。掴まれた腕からも震えを感じたので内心とても狼狽しているのは間違いない。
しかしこちらの希望とは裏腹に彼はほとんど動きを見せなくなると最後は『闇の王』が放つ枝根の攻撃にその体が破壊され始めたのだ。その様はまるでこちらの希望と心を投影しているかのような。
気が付けば大地には絶望を見せつける大樹のみがそびえ立っており、誰もが敗北を知らされた瞬間。

・・・ごごごごごごごごごごごごごごごご!!!!!!

『闇の王』が見せた動きとは違う地鳴りが響くと今度は敵が対面していた大地が大きく、とてつもなく大きく隆起し始めたではないか。その高さは大樹の背丈と同等くらいだろうか。
一体何が起こったのか誰も理解は出来なかったものの、それこそがティムニールが健在なのだという証左なのを皆は悟っていた。
そして隆起した大地の上に再び巨大なティムニールが姿を現すと今度は大地色だった体表に何やら紋様らしきものが浮かび始める。
(な、何だろう?)
再び姿を現してくれた事や無駄にせり上がった大地、そして眼前にある変化は全てに意味があるはずだ。その答えを知りたくてクレイスは再び童心で戦いを見守っていると今度は彼がゆっくり『闇の王』へと首を伸ばした。

「昔と変わらんな。バラム・・・いや、『闇の王』よ。」

体も大きい為か、少しうんざりした様子の声がこちらまで届くとティムニールはそのまま口を大きく広げる。すると彼の口内が真っ赤に染まったかと思うとその力が一気に放出された。

どどおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!

これは彼が地下深くから吸い上げた大地の力だという。炎のようで、それでいて赤や白に発色する液体のそれは相当な高熱を帯びているらしく、『闇の王』である大樹に浴びせられると一瞬で溶けて燃え始めた。
その壮絶な光景と圧倒的な力に喜びから我を忘れていたがその液体は周辺に貯まると全てを炎上させ始めたのだから大変だ。
「・・・ぁっ?あちちぃっ?!」
上空に飛んでいたのでその程度の感想で済んだものの、もし地上にいたら逃げる間もなく燃え尽きていただろう。現に一帯は誇張なく火の海と化している。
「カ、カズキは大丈夫かなっ?!」
恐らく彼らと『ネ=ウィン』部隊の一部は空を飛べないはずだ。心配になってウンディーネとノーヴァラットに南東へ向かうよう伝えるがどうも戦場を囲う様に大地を隆起させていたらしい。
その上からカズキが手を振って来たのをしっかりと確認できたので今度こそ本当に安堵する。

「まだよ。まだ終わってないわ。」

だが気の緩みを指摘されたクレイスはウンディーネに顔を向けると彼女はまだ『闇の王』を睨みつけていた。先日『骨を重ねし者』からの不意打ちを見たばかりなのに情けないと自身に再び反省を促すが今回ばかりは仕方ないだろう。
何故ならクレイスが直接戦っている訳でもなく、敵は今までにない程色々な意味で強大なのだ。それでもウンディーネと同じように燃え盛る大樹を眺めていると遂にその影が炎の中で小さくなって最後は何も見えなくなる。『闇の王』がいた場所から遠い部分が少しずつ鎮火していくと辺りの熱気も収まっていく。

「これで・・・本当に、終わったんだね。」

最後は植物が全て焼き払われて荒野と化した『ジグラト』の王都を前に、それほどの相手だったのだと深く畏怖を覚えながら呟くとウンディーネも静かに頷いていた。





 溶岩で固まった大地をティムニールが裏返してくれた事で多少熱気を帯びた状態へと切り替わるとクレイスはカズキと一緒にその上を移動していた。
「最近飛んでばっかりだったから。たまには友人と一緒に地上を歩くのも悪くないよね。」
「ほう?随分と余裕じゃねぇか。言っておくが『剣撃士隊』の行軍速度は速ぇぞ?」
全てが燃え尽きている為視界はとても開けており、2人はまるで競争するかのように大きな存在であるティムニールの下へと駆けだす。それを上空から見守っていたウンディーネやノーヴァラットも優しい笑みを浮かべている。
クレイスからすると戦った期間は短かったものの恐ろしさは十分に伝わっていた。それがやっと幕を閉じたのだから全員の表情が明るく、心も軽いのは当然だろう。
そう、彼らは『闇の王』という脅威から解放されたと信じて疑わなかった。何故ティムニールが巨体を収束させなかったかを考える余裕はなかったのだ。

「やりましたね!ティムニール様っ!!」

全員が到着する前、ウンディーネだけ速度を上げると一足先に到着して喜声を上げる。なのに彼からの返事はなく、何故か『闇の王』が燃え尽きた場所をじっと見つめていた。
「・・・ティムニール様。もしや?」
クレイス達より先にこの場に着いていたショウも不安そうに尋ねている所をみるとどうやらただ事ではないらしい。というか彼らの様子から考えられる事など1つしかない。
「・・・まさか?」

「うむ。奴はまだ生きているようだ。」

その答えを聞くと流石はカズキだ。『剣撃士隊』に勢いよく右手で合図を送ると彼らもすぐに戦闘態勢へと移行している。
「ティムニール、といったな?確かな根拠を述べよ。」
そして相手を敬う事を知らないナルサスが鼻持ちならない態度で割り込んでくるとウンディーネの双眸が蒼く光った。しかし不遜な態度が気に食わなかった魔族はもう1人いたようだ。
《ナルサス、言葉を慎めよ?でないと今度はわしが貴様を消し炭にするぞ?》
突然ショウの髪の毛が逆立つと炎が高く燃え盛り、人の形となって姿を現したのが前から聞いていたイフリータらしい。
「ぇっ?!ィ、ィフ・・・・・」
なのに散々彼女の為に奔走、激高し、誰よりも再会を願っていたウンディーネの歯切れが悪すぎる。自分やカズキみたいに手放しで喜べばいいのにとも感じたが今は後回しだ。
「し、しかし僕は見ていました。ティムニール様が凄い魔術を使って『闇の王』を燃やし尽くしたのを。あれでも死んでいないとなると一体?」

「その通りです。確かに私は大地の力によって全てを焼却しました。しかしご覧ください。周囲に漂う黒い煙を。」

彼の言葉にならない戦いを見てすっかり失念していた。言われてみれば未だに空から日の光が降り注ぐ事は無く、大地には妙な煙が漂ったままだ。
「いかが致しましょう?」
ショウが窺うと大きな瞳をじっと閉じて考え込んでいるのは相当難しい状況だからか。それに魔力が枯渇している以上クレイスが戦いに参加するのは不可能に近い。
結末を最後まで見届けられないのは残念だが皆の足を引っ張る事だけは避けねばならないだろうし、何よりこの場にルサナやイルフォシア、ザラールが来ていないのも気になる所だ。
「あの、まだ戦いが続くのであれば僕は一度西側の様子を・・・・」
自ら足手まといと宣言するのはナルサスの手前絶対に嫌だった。なので気掛かりだった心配事を理由に退避しようと考えたのだが既に遅すぎたようだ。

「はい。皆様も急いでここから離れて下さい。どうやら『闇の王』は私が思っていた以上に力をつけていたようです。」

ティムニールの視線を追うと黒い煙が緩やかに流れ出す。やがてそれが霧散すると大地には両手で抱えられるほどの黒く大きな卵が姿を現した。





 初めて目にするものだったがそれが『闇の王』だと瞬時に理解する。そして誰よりも討伐する意思の強かったティムニールは再び地中深くから大地の力を汲み上げて黒い卵に吐きかけた。
しかしそれは普通の卵ではないのだ。先程の大樹と違って白く光る溶岩を浴びても燃えたり溶ける事無く、やがて殻にひびが入ると二つに割れて中から既視感のある人物が姿を現した。

『『・・・これが『闇の王』の力・・・こんなにも強い感情が私の中に・・・嬉しい・・・これが嬉しいという気持ちなのね。』』

声が二重に聞こえるのは1人がブリーラ=バンメア、もう1人が『闇の王』だからか。かなり人体に近い形で生まれて来た彼女は肌が炭のように黒く漆黒の翼を生やしていた為一目で人間ではないと理解はできる。
問題はその強さだ。果たして彼女はどれ程の者なのか。ティムニールの攻撃に何も感じていない点だけでも危険な予感しかしないがこれを倒さねば戦いは終わらないのだ。

びしゃんっ!!

まず実行に移したのはナルサスだった。彼は皇子としての立場からも『ジグラト』を手に入れたかった。故にその功を得る為に迷わず黒い剣を振るったのだろう。
ところが彼の斬撃が彼女の体に傷をつける事はなく、ブリーラ=バンメアの姿をした『闇の王』らしき存在は自身の手足や翼を伸ばしたり曲げたりして感覚を確かめるような動きを見せてくる。
『『そうなのね。私はそういう存在に・・・だったらもっと知りたいわ。今まで何度確かめてもわからなかったあなた達の感情を。』』
言っている意味も含めてどういった存在なのか皆目見当がつかない。ただ恍惚とした笑みは不気味な容姿と相まってより恐ろしいものに感じる。

ぶぅぉぉおおおんっ!!

今度はそこにティムニールの首を振る攻撃が放たれる。大地の力が通じなかったので物理的な攻撃を試してみたようだ。
その頭はとても大きいので躱すには素早く、大きく身を翻さねばならないはずだが相変わらず『闇の王』は一切身動きを取る気配がなかったので攻撃は確かに当たった、当たったはずなのだ。
『『大地の力。その魔術は相当なものね。でも私の、私達の魔術もかなり強力なのよ?』』
なのに彼女の声は冷静そのもので先程の場所から一切動く事無く同じ姿勢で立っている。理屈はさっぱりわからないがこちらの攻撃が何も通用していない。それでもクレイスはティムニールの圧倒的な力を信じていた。
辺り一帯を隆起させたり地下から溶岩を吸い上げる力に勝てる道理はないはずだ。これに対抗できるのはそれこそヴァッツ以外にはいないはずだと。

次の瞬間、そんな妄信がこの戦況を大きく覆す。彼女の姿がまるで煙のように掻き消えたのだ。

もしかして自分の目で追えてないだけかと思ったが他の面々も辺りを見回している事から本当に消え去ったようだ。ではどこへ行ったのか?その答えもすぐにわかった。
「むっ?!」
ティムニールが大きな声で異変を報せてくれたおかげで皆がそちらに視線をやる。そこで僅かに彼女の正体が垣間見えたのだが皆は以前から把握していた効果に注目してしまう。
今回は『闇の王』直々にその力を振るうとこちらが対抗する隙も無く、一番頼りになる存在は黒い煙に覆われるとその体色を見る見るうちに黒く染め上げて双眸にも邪悪な光が灯り出す。
『『いい体ねぇ?これなら十分にこの地を支配できそうだわ。』』
この世に他人の体を自由に支配する存在がいる事は知っているが大抵天族かその血を引いたものであり、元とはいえ『魔族』がそのような力を使うとは思いもしなかった。しかもそれを最も強い者に掛けたとなれば一気に形勢が変わって来る。
「ティムニール様っ?!しっかり気をお持ちくださいっ!!」
「失礼。むんっ!!」
ウンディーネの励ましだけでなくイフリータがその力を解放して彼の体を炎で包み込んだ。荒療治だが『闇の王』の力が邪香と同類ならこれで打ち払える可能性はあったかもしれない。

「皆様・・・お逃げ下さい・・・これは・・・」

しかしこちらの希望は断たれたようだ。抗いつつ言い残すと彼は鼓膜が破れそうな咆哮と共にまるで火山が噴火したような形で天に向かって溶岩を放出した事で周囲も慌てて退避を始めるのだった。





 それでもクレイスが前に跳び込んだのには理由があった。今の自分には魔力が少しも残っておらず足手まといでしかない。
なのでティムニールが操られる前の弱体化と自分の回復、そして願わくば彼の体内にいる『闇の王』もこちらの体に吸収できないかと考えたのだ。
自身と彼を比べた場合、その力量差はまさに天と地だ。つまり敵に最大戦力を強奪されるくらいならクレイスが操られた方が被害を抑えられるだろうと。
「すみません!!」
聞こえているかどうかわからないが短く断りを入れた後、彼の前足に両手を当てると全力で魔力の吸収に入る。そしてとんでもない大量の魔力に驚いた。これはクレイス如きが多少削った所で意味はないのかもしれない。
しかも満たされるのは自身の魔力だけで『闇の王』がこちらの体内に移る感じはしない。いや、若干ながら別の魔力を感じているのは奴のものなのか?
『『おや?少年は変わった特技を持っているのね?』』
こちらの行動に気が付いた『闇の王』はクレイスが手を当てていた前足を持ち上げようとしたがティムニールもまだ抗っている様子だ。ならば限界まで挑戦しよう。
「ぐぬぬぬぬ・・・・・」
己の器がどれ程なのかはわからないまま吸収を続けていると不意に初めてウンディーネに魔力を流し込まれた時の記憶が蘇る。そうだ、容量が限界を超えると気を失ってしまうのだ。
それでも鼻血と血涙を零しながらそれを続け、最後はよくわからないまま中空で意識を取り戻す。

「は、はれぇ?っここはっ?!」

「クレイスのバカッ!!無茶苦茶しすぎなのっ?!」
またも彼女によって助けられたらしい。胸の中で目を覚ました瞬間怒声を浴びせられると若干申し訳なさを感じたがそれよりもティムニールが先だ。
「抗われてはいるけどあのままだと時間の問題ね・・・」
ノーヴァラットの苦々しそうな表情から察するに状況は良くないらしい。自身の体に十分な魔力を感じたクレイスもウンディーネの腕から飛び出してそちらに目をやると彼は苦しそうに首を振り回しながら時折溶岩を噴火している。
「・・・何とかしなきゃ・・・」
心の叫びが言葉として漏れるが実際その方法が全くわからない。そもそも彼の放つ溶岩や巨体の攻撃が水球や水盾で凌げるかどうかも怪しいので近づく事さえ危険なのだ。
「イフリータ。何か方法はありませんか?」
「むうぅぅ・・・」
ショウもお手上げといった状態かイフリータに相談を持ち掛けるも返って来る答えは唸り声だった。というかいつの間に空を飛べるようになったのだろう。
地上ではカズキやビアードの部隊が待機しているしナルサスも含めると戦力的には十分揃っているのに相手がそれを遥かに上回る為どうしても行動に移せない。
残すはティムニールが『闇の王』の呪縛を自力で解いてくれればと考える反面、それを期待するなら魔力を吸収してしまったのは悪手だったか?とクレイスは密かに自己嫌悪に陥る。

だが結果的には彼の行動は正しかった。

それからすぐにティムニールの体色が完全な黒紫へと変貌を遂げると彼の大きな顔がこちらに向かって不気味な笑みを浮かべて来たのだ。
『『お待たせ。さぁ戦いましょう。戦ってあなた達の阿鼻叫喚を聞かせて欲しいの。そうすれば私はもっと学べるから。』』
「カズキ達は逃げてっ!!」
あの巨体が動き回ると地上戦では話にならないし、かといって飛べる面々がどうにか出来そうもない。身の危険から無意識にそう叫ぶとカズキもすぐに撤退命令を出していたので自身の考えに間違いはなかったのだと安堵する。
そして再び考えてみる。この状況を打破するにはどうすればいいかを。しかし答えは1つしか思い浮かばないのだ。

「ショウ!!ヴァッツを呼んで来てっ!!僕が時間を稼ぐからっ!!」

こんな時だからこそ最も頼りになる友人に任せるしかない。その言葉を聞いたショウも同じ考えだったのか、すぐに頷くと迷わず東へ向かって飛んでいった。





 「ちょっとクレイス?!また無茶するつもりじゃないでしょうね?!」
目に余る愚行からノーヴァラットが家庭教師らしい口調で咎めてきたが魔力に余裕を感じていたクレイスはそこまで危機感を覚えていなかった。
「大丈夫!多分!!」
彼も考え無しに時間を稼ぐなどと言ったつもりはない。引きつけながら逃げる回るくらい魔力を全て回避に当てれば十分に可能だろうと踏んだのだ。
その理由がティムニールの大きさと手数の制限にある。彼は空を飛ぶ訳でもなく4本の脚で大地に立っている。そして物理的な攻撃は首を振るだけなのだ。
であれば中空にさえ留まれば踏み潰されたり溶岩で燃やされる心配も抑えられる。あとは周囲に注意がいかないようしっかりと立ち回ればヴァッツがここに到着するまで凌げるはずだ。

ずうぉぉおおおっ!!

覚悟を決めるとまずは挨拶代わりに水竜巻を横に展開してティムニールに放った。これには注目を集めるのと水をかければ多少目が覚めたりしないかな?と淡い期待が込められている。
しかし巨大な大地で出来ている顔面は痛痒はおろか、怯む素振りすら見せずに大きく口を開けると先程までとは違う溶岩の魔術が展開される。

ぼんんんっっっ!!!

今回反撃で展開されたのは赤く燃える巨岩だった。水竜巻などの存在を全く意に介さず蹴散らしながら放って来たのでクレイスは慌てて身を翻すがこれで注目は得られたはずだ。
そこからは一気に距離を詰めると首が届くか届かないかの間合いに入り、視界の前を羽虫のように飛び回りながら水の魔術でちくちくと攻撃を重ねる。
『『うざい・・・うざいわねぇ・・・これが不快という感情なのね?』』
『闇の王』が率直な感想を漏らしてくれた事でクレイスも高揚感に包まれた。まさに理想的な時間稼ぎだ。このまま続ければきっとヴァッツが来て一瞬で終わらせてくれるだろう。

そう考えたのは決して油断ではない。純粋な願いと祈りだったはずだ。

だからまとわりつき始めた黒い煙にもすぐに気が付けたのだ。当然危険を察して身を躱そうと飛空速度を上げた・・・のだが既に体が思う様に動かない。
(まさか・・・こんなにも?!)
強力だった。いや、あのティムニールでさえ飲み込まれたのだからわかり切っていた事だ。問題は想定を遥かに超えていたくらいか。
『『この感情はあまり好きじゃないわ。だからあなたの恐怖を教えてもらえる?絶望でもいいわよ?』』
体の自由こそ奪われたが思考を残されていたのは『闇の王』の欲望を満たす為なのだろう。中空で縛られた所にティムニールの大きな頭が叩きつけられそうになったのでクレイスは無我夢中で防御魔術を展開する。

ばくんっ!!!

すると彼の頭部程の大きな岩壁が顕現された事で多少威力を殺す事には成功するも負傷は免れない。未だ体の自由が利かないのも含め劣勢は続いているのだ。
『『あら~?可愛い見た目と違ってしぶといわね?でも私もどきどきしちゃった。甚振るってこんなにも楽しい感覚なのねぇ。』』
こちらは必死なのに相手からすると児戯程度にしか捉えていないらしい。クレイスは命を護る為必死に防御し続けているというのに。
(魔力が・・・保てばいいけど。)
後は敵を喜ばせないよう気を強く持ち続けることだ。どうも『闇の王』はこちらの感情を鋭く読み取っては一喜一憂している部分がある。
なので絶対にそれを阻止すべく鋼の心を魔力で染め上げながら強い眼光を放ち、そこに挑発の意味も込めて薄く笑みを浮かべるとティムニールの眼光もより深く不気味な光を纏い始めた。





 恐らく彼の魔力を吸収した事でまた新しい魔術展開を覚えたのだろう。しかし熟練度も低く付け焼刃だったそれはティムニールの首を振るう攻撃を相殺しながらも確実に負傷を増やしていく。

ばこんっっ!!!ばっこぉんっっ!!!ばこんっっ!!!ばっこぉんっっ!!!

激しく左右に叩きつけられる頭突きを体が動かない状態で防御し続けるクレイスは何度も意識が飛びそうになった。そう、痛みを耐える力は高いものを持っているが衝撃だけはどうにも緩和出来ずにいたのだ。
そのせいで脳が激しく揺れ動き、気持ちと思考が何度も真っ白になっては瞬時に取り戻すを繰り返す。それでもウンディーネやノーヴァラットがこちらを助けようとしなかった点には安心していた。
(そ、そうだ。それでいいんだ。でないと意味がないからね。)
もし彼女らが体の自由を奪われたら追撃を凌ぐ手段はなく一瞬で絶命してしまうだろう。そんなものを見たくないクレイスは決して気弱な表情を出す事は無く、まだまだやれるといった気迫と共に彼の攻撃を受け続ける。

『『健気ねぇ。そんなにあの子達を護りたいの?』』

甚振る行為に飽きたからか、こちらの気持ちを読んだのか。思った以上に耐え続けるクレイスから目を逸らした『闇の王』はウンディーネ達の方向に顔を向ける。
『『だったらあっちを痛めつけてみましょ。大丈夫、手加減はするからね?』』
「ま、待て・・・っ」
声すら出にくくなっているのは奴の魔術のせいだろう。とにかくこのままでは仲間達が・・・何とかしようともがくクレイスの感情はさぞ美味だったらしい。
そこに反応した『闇の王』がまたも不気味な笑みを浮かべて再びこちらに振り向いてくれた事を喜ぶべきか。
『『焦心と困惑、そして懇願ね?もっとよ?もっと見せて頂戴。』』
しかしそう言い残すと再びウンディーネらに向かって歩き始めた。もはや迷っていられないクレイスは彼の足元に巨大な岩の壁を伸ばして物理的な妨害を試みる。
これもあくまで時間稼ぎの一端なので恐らく通じないだろう。だがそれでいい。その時間を使ってウンディーネらが逃げてくれれば本望なのだ。

みしししっ・・・めりめりめりっ!!!っずどぉぉぉんん・・・

かなりの魔力を消費した壁も彼の巨体によって簡単に圧し潰されるといよいよ万策尽きた。しかも彼女らはこちらの意図を汲まない所か『闇の王』と戦う姿勢すら見えている。
(だ、駄目だ・・・逃げてくれないと・・・)
如何ともしがたい力量差を何とか伝えたいが声は出ず、まるで中空に磔られた様子のクレイスは苦悶の表情を浮かべる。そしてその度に『闇の王』が感情を機敏に読み取って振り返っては嫌らしい笑みを浮かべるのが憎々しくて仕方がない。
『『随分と育ってきたみたいね。憎悪が・・・そろそろあなたも・・・』』
何を言っているのかわからない。ただまだ何かを企んでいるのだけは理解出来る。それでも一度芽生えた怒りと憎しみが収まる事は無く、クレイスは自分に向かって来い、僕と勝負しろと何度も心の中で叫び続けると遂に時間稼ぎが実る時が来た。



ずどおおおおおおおおおおおんんんん・・・・・・!!!!!



今までに聞いた事が無い程の轟音に耳を手で被えなかったクレイスは目を回す。それから思考と体の自由が戻った事に気が付くと慌てて音源に目を向けて驚いた。
そこには頭を地面に陥没させる程の衝撃を受けたティムニールが倒れており、自身の目の前にはゆっくりと下降してきたアルヴィーヌの姿があったのだ。





 「これで目が覚めたかな?」

彼に攻撃を加えたのがアルヴィーヌという事実は揺るぎようがない。それでも彼女の力が想像を遥かに超えていた事で改めて天族という力にただただ驚愕した。
「ア、アルヴィーヌ様。ありがとうございます。でもどうしてここに?」
「ショウからティムニールが大変だって聞いたから急いで飛んできた。何か操られてるんだって?」
その話を聞いて一安心したものの、だったらヴァッツも連れてきて欲しかったな、とクレイスは考えたがこの様子だと彼女1人でも何とかなる気はする。
「は、はい。ティムニール様は『闇の王』に体を支配されていたようで。今の攻撃でも元に戻ったかはわかりません。」
「そうなんだ。・・・ところであなたクレイスよね?随分大きくなったね。」
銀髪のアルヴィーヌは『闇の王』よりもこちらに意識を向けてまじまじと見つめて来るので何とも気恥ずかしい気持ちに囚われる。
(やっぱりイルフォシアに似てる部分はあるんだな・・・じゃなくて!)
「アルヴィーヌ様、その話はまた後にしましょう。今はまずティムニール様を正気に戻す事と『闇の王』を完全に倒す。これを終えなければ僕達に安息はありません。」
「え?!そうなの?!じゃあ絶対倒さないとね。」
普段から個人主義な彼女は安息がないと言われた事でより本気になったらしい。まるで猛者のような表情と闘気を放つと一直線に下降して彼の尻尾を掴み、何をするのかと思えばそれを悠々と持ち上げた後再び地面に叩きつけたのだ。

どっしぃぃぃぃぃんんん・・・・・!!!!どっしぃぃぃぃぃんんん・・・・・!!!!どっしぃぃぃぃぃんんん・・・・・!!!!

ティムニールの攻撃で綺麗な岩盤模様だった大地は彼が叩きつけられる度に大きな亀裂を作って周囲に地震と轟音を発生させる。それでも止めないのはアルヴィーヌの強い意志からか、たたただ暴れたいからか。
やがて巨大過ぎる振り子がやっと腹部を下に、そして四肢でその衝撃を受けてしっかり着地すると怨嗟の声が漏れる。
『『きさマ・・・天族か・・・いツの時代も厄介極マリないな。』』
口調が変わった点も気になったが戦況が大きく動いたのは間違いない。2人が尻尾の先で拮抗勝負を見せるとアルヴィーヌは思い切り上空に飛んで再びティムニールから自由を奪う。
「何でもいいからさっさとティムニールを返して?」
そして今度は中空で巨体をぶぅんぶぅんと縦に回した後再び地面に叩きつける。受け身を取りそこなったティムニールは背中ごと地面に大きくめり込んだが彼の体は大地の力で出来ている為、負傷している様子は見られなかった。
となるとどうすれば彼の中から『闇の王』を追い出せるのか。再び傍観者となったクレイスは真剣に頭を悩ませ始める中、『闇の王』がごろんと寝返りを打つ要領で起き上がり、そのまま口から溶岩の塊を放つ。

どどんっっっ!!!!どどどんっっっ!!!!どどんっっっ!!!!

合わせてアルヴィーヌも速やかに杖を顕現させると同時に同じ大きさの火球を展開して相殺し始めた。突如始まった巨大な魔術大戦に思考が真っ白になるクレイスだがその力量は互角のようだ。
だが彼女は我慢という言葉を知らない。そのやり取りに飽きると再び杖を収束して無手の状態になり、ティムニールの吐き出す溶岩の塊を殴りつけて破壊し始める。
そこだけ見てもとんでもないのだが、それからすぐ拳を突き出したまま急降下すると巨体な彼は反応出来ずにその猪突猛進を鼻っ面に受けて轟音を響かせながら再び倒れ込んだ。

「まだやる?」

イルフォシアからも強いという話は聞いていたがまさかこれ程とは。アルヴィーヌの登場により完全に形勢逆転を確信したクレイスはやっと勝利の可能性を感じ始める。
しかしティムニールを倒すのが目的ではないのだ。彼はあくまで体を乗っ取られているか操られているのかであり、本体である『闇の王』を消滅させない限りこの戦いは終わらない。
『『・・・やれヤれ。この木偶でハ歯が立たないカ。』』
この時のクレイスも信じて疑わなかった。これ程までに差があるのであれば例え相手が『闇の王』だとしても絶対に負けないと。なので彼女の発言は負け惜しみか苦しい言い訳にしか聞こえなかったのだ。
そんな『闇の王』がティムニールの体から抜けたのか、またも大量の煙が彼の体の上に集まると先程見ていたブリーラ=バンメアの姿へと変貌し、乗っ取られていた彼の体は健康な大地の色へと戻っていく。
これでティムニールの解放は成功したらしい。やっと本体を引っ張り出せた喜びも相まってクレイスは少しだけ距離を離すとアルヴィーヌに全てを任せる意思を見せる。

「おお~あなたが『闇の王』?それじゃ遠慮なくいくよ?」

『『小娘ガ。戦いトは何たるカをそノ身に刻むガヨい。』』

こうして最終局面へと入るのだがこの後、戦況はまたも想像しない展開へと進むのだった。

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