闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -絆か情けか-

 「あれが王都『ジグラト』ですか。」

遂に眼前まで迫った王都を捉えるとクレイスは軽く溜息をつく。辺りは黒い煙に覆われている為日の光や人の気配すらほとんど感じられず、王城や城下の建物が妙に尖った造形へと変化しているのも気になるところだ。
「炎で邪香の効果が薄れるのであれば火を焚かないのも当然だろう。しかし『闇の王』とは一体どれほどの存在なのか、しっかりと見定めねばならぬな。」
ザラールも警戒を口から漏らすが唯一それと接触した『骨を重ねし者』は口を固く閉ざしたままだ。ウンディーネも存在こそ知っているものの相対した訳ではない為やはり情報が乏しい。
そして問題なのが居場所だ。一応イルフォシアやルサナは邪香の影響をほとんど受けないそうだが彼女らを斥候として送り込むなど色んな意味で危険すぎる。そうなると全軍での行動しかない訳だがこれだと間違いなく気取られるだろう。
「ともかく無茶な行動は控えてくださいね?敵の力量もしっかりと見極めてからでないと、ね?クレイス様?」
「う、うん。そうだね・・・」
イルフォシアはクレイスがすぐに無理をするのだと決めつけているのでこういった物言いになるのだろうが過去の実績から反論するのは難しい。
そう考えると最終的には誰に任せてもいいのかもしれない。既に東軍も似た距離で布陣しているようなのでカズキやショウ、嫌な奴だかナルサスが討ってくれても良いだろう。犠牲を抑えながらこの混乱を解決するのであれば両軍がしっかりと連携を取るべきだ。

「それでも『闇の王』は我ら『トリスト』で落とさねばならぬ。わかるな?」

ところがそんなクレイスの疎い思考を完全に読み切ったザラールが釘を刺して来たので思わずぎょっとする。これにはイルフォシアがやや辛そうな表情を、ウンディーネとルサナは何故だろう?と小首を傾げていた。
「総大将と首謀者ブリーラ=バンメアの首を獲る事で初めて『ジグラト』を『トリスト』へ従属させる大義名分が生まれるのだ。逆に『ネ=ウィン』の人物がこれを成し得た場合『トリスト』にとって新たな脅威となる。わかるな?」
「な、なるほど。」
未だ国政に関わっていない王子はその説明で十分に納得すると国家単位として動く意味を初めて理解する。これは個で何とかする戦いではなく『トリスト』として、スラヴォフィルの言っていた覇を唱える為の下地作りといった意味も兼ねているのだろう。
だったら何としてでも『トリスト』の人間で手柄を立てねばならない。現在国外追放中の王子という身分を忘れてクレイスは静かに闘志を燃やす。

「では本日の正午に全軍で突撃だ。こちらは東軍と違い全員・・・ほぼ全員が空を飛べるので市民の犠牲も最小限に抑えられるだろう。」

ザラールがルサナに視線を向けながらやや言葉を変えたものの負担と呼べるものではなく、むしろ彼女の力は必ず必要になってくるはずだ。
その後全員がしっかりと食事を摂り、体制を万全に整えると東の方向から合図の火球が打ち上げられた。
こうしてクレイス達も『ジグラト』の王城制圧を開始したのだがこちらは常に沢山の火で軍を囲っている為その動きは筒抜けなのだ。



「あなた達が『トリスト』ね?」

いち早く敵軍の防衛部隊が現れるのも想定内だが今までと違って相手も全員が空を飛んでいる。更に聞こえて来たのは女性の声であり、一人だけ豪奢な衣装に身を包んでいた。
恐らく彼女が4勇士の1人なのだろうがそれ以上に敵軍の兵士が気になった。何故なら皆が狂人化の類だろうか?両手が黒い翼のように変化して飛んでいるのだ。足からも太く大きな鉤爪が確認出来るし人と呼ぶには常軌を逸している。
「左様。邪香に犯されたお前達を不憫には思うがこれ以上の混乱を見過ごす訳にはいかんのでな。大人しく捕虜になるのであれば手荒な真似はしないと約束しよう。」
一瞬あのザラールにしては随分と譲歩した交渉だなと驚いた。しかしこれには自軍の消耗を抑えるのと戦後の状況を考えての発言だったと後から聞かされる。
「それは出来ない相談ね?私達は王妃様から殲滅を言い渡されているの。行くわよ!!」
「ウンディーネ!ルサナをお願いします!!」
その瞬間から戦端が開かれるとイルフォシアの長刀に捕まっていたルサナがぶ~んっと振り回されてウンディーネが受け取る。遅れて部隊同士の衝突が始まり、クレイスも長剣に魔術を施してすぐに戦う構えを見せていた。





 辺りが薄暗く黒い煙で覆われていたのは全て邪香の影響だろう。故にこちらは絶えず松明を顔の近くに掲げてその効果を受けないよう戦わねばならない。
更に敵はかなりの数で皆が狂人と化していた為、戦いは非常に緊迫したものへと展開していく。そんな均衡を打ち崩したのは他でもないルサナだった。
「ウンディーネ!!ちょっとお尻借してね!!」
イルフォシアと同じく邪香の影響をほとんど受けない彼女は尾びれのようなお尻の上で両足を蹴ると空高く舞い上がり、同時にウンディーネからは妙な声が漏れていた。
それから敵部隊の上空に位置取って紅い刃を顕現すると大いに振り回し始める。不意を突かれた『ジグラト』の飛行部隊も目に見えて瓦解していくが空を飛べないルサナはそのまま落ちていく。

「全く!!何をしているんです!!」

そこに突っ込んでいけるのはやはりイルフォシアだ。彼女もまた邪香の影響をほとんど受けない為、普段と変わらない立ち回りが出来るのが大きい。
いつも通り長刀を掴んで回収してもらったルサナだが戻ってくる気配はなく、今度はイルフォシアの背中に駆け上ると再び空へ跳んだ。
こうして上空からはルサナが、その落下地点付近はイルフォシアが大いに刃を振るう事で狂人化した雑兵達は目に見えて数を失っていく。一応『トリスト』の部隊やザラールらも火球を放って応戦してはいたが大半は彼女らで討伐したと言ってもいい。

だが敵陣には勇士と呼ばれる猛者もいるのだ。報告によれば力は凄まじいものの、それがそのまま強さに直結している訳ではないと聞いていた。

ばちぃんっ!!!

ただでさえ悪い視界の中、突如黒い何かがルサナの体に叩きつけられると彼女の落下軌道は大きく変わった。慌ててイルフォシアが拾いに行くとしっかり回収は出来たようで少し離れた場所にいたクレイスも安心する。
「あなた達ぃ・・・よくも私が集めた部隊をこんなっ!!こんなにもっ!!クソクソクソクソがぁあああああああああああああ!!!!」
しかし先程までわりと大人しく立ち回っていた、というかほとんど動きを見せていなかった勇士の女性が大声で罵り始めると戦況はまたも一変する。
目を凝らしてみると彼女の手には黒く長いものが握られており、振り回すと異様な風切り音と黒い幻影が周囲を包み込んでいる。そしてその範囲は相当広いらしく、少し離れた自身の兵士すら叩き落して・・・いや、当たった瞬間体は真っ二つに裂かれているではないか。
「あぁっ?!あ、あ、あなた達ぃぃ!!!よぉくもぉ私が集めた可愛い小鳥ちゃんをぉぉ!!!ぜ~~~ったい許さないからねっ?!?!」
どうやら頭に血が上ると見境が無くなるらしい。それにしても自分で殺めた仲間の死でさえ他人に怒りを向けるなんてどういった神経をしているのだろう?
妙な疑問が浮かぶほどにおかしな行動を取り始めた勇士だがその強さは疑いようがなく、彼女は恐らく鞭だろうか。それを勢いよく振り回すとイルフォシア達に突っ込んでいく。

しゃしゃしゃしゃしゃしゃんっびっ!!!!

自身の勘を信じたクレイスは急いでその勇士に向かって水刃を放つと鞭は思った以上にあっさりと切断された。もしこれが相手の主力武器であればかなり戦力を削げた事になるだろう。
「ああああぁぁぁあぁあああぁぁっっ?!?!?あ、あ、あ・・・お、王妃様から頂いた大切な鞭が・・・鞭がぁぁ・・・」
ところがそれはかなり大切な物だったらしく、戦力どころか戦意すら大いに削ぎ落とせたらしい。一気に動きを止めた彼女を前に好機と捉えたイルフォシアがルサナを背負いながら長刀を薙ぐと勝負は決したかに思われた。

ざんっ・・・

確かにその刃は勇士の胸元を斬り裂いたのだが彼女の方も素早く避けてはいたらしい。傷口からは血が流れているものの、イルフォシアもルサナを抱えている為追撃を躊躇っている。
「あ、あ、あナタたち・・・絶対、ゼッタいに・・・ゆるさナイ・・・クッソぉぉぉぉぉおおおおおお!!」
その瞬間、悲鳴とも受け取れる叫びが木霊すると一気に周囲の煙が彼女の体へと飲み込まれていく。煙を吸収した勇士は全身が黒く変色していくとその顔から肌色も消え失せた。
「ま、まズは、わたシのダイジなむちヲ壊しタ・・・アなたからネッ!!」
それでも表情というか怒りの感情は読み取れる。まずは自身の大切な鞭を破壊したクレイスに鬼のような形相を向けてくると一直線に突っ込んできた。

ざしゅんっ!!!

ただその攻撃がこちらに届く事は無く、見ればイルフォシアの背中から跳んだルサナの紅い刃が彼女の右脚を綺麗に切断すると勇士は怪鳥のような悲鳴を上げて中空を転げまわっていた。





 どうやらルサナの傷は大したことがないらしい。まずはそれを確認出来てほっとしていた所、彼女を素早く回収したイルフォシアがこちらに飛んで来る。

「クレイス様。ここは私にお任せ下さい。貴方は一刻も早く王城へ。」

「えっ?そ、それは出来ないよ。」
相手は勇士も敵の部隊も残ってるしそれらはかなり強い、ここで下手に戦力を分けると逆に余計な消耗をしてしまう恐れがある、などは頭になかった。単純にイルフォシアを残して先に向かう事を拒否しただけだったがここにルサナも参戦してくると話はややこしくなっていく。
「しかしクレイス様は邪香の影響で全力を出すのは難しいですよね?その点私は問題なく動けます!なのでご安心下さい!」
「ちょっと?貴女までクレイス様のお傍を離れるつもりですか?ここは私一人で十分ですから・・・」
「いいえ!ここは私一人で十分です!!イルフォシアこそクレイス様の盾となれるようついて行って・・・」
「空も飛べない貴女に指図される謂れはありません。」
2人ともとても元気そうで何よりだ。というか普段ならどちらが傍にいるかで喧嘩をする仲だと思っていたが杞憂だったらしい。まさかここまでお互いに譲り合う心が芽生えていたなんて。嬉しくて仕方のなかったクレイスはいつの間にか笑みが浮かぶ。
「だったら2人に任せていいかな?僕はウンディーネと2人で行くよ。」
これは言葉通りの意味だ。彼女らの息が合った動きに個としての力、更に他の部隊が残れば十分勝算はあると考えた結果だったのだが今度はザラールが割って入って来た。
「では100人を引き連れて先へ行け。我らもここを制圧してから後を追う。プラープ。」
「はっ!ではクレイス様、参りましょう。」
一応は指揮権を授かっていたものの、その使い方がさっぱりわからなかったのでいきなりの提案に言葉を失うクレイス。ただ将軍である彼も同行してくれるらしく、何とか納得のいく位置には収まった。
「・・・イルフォシア、ルサナ。無理はしないでね?」
「それはお互い様です。」
最後は2人にそう告げるといたずらっぽい笑顔でイルフォシアが答えてくれた。すると心が勝手に反応してその額に軽く唇を当ててしまう。ただ無意識で動けたのはここまでだ。
それを間近で見ていたルサナの眼差しに気が付くとクレイスは慌てる様に飛び立とうとしたのだが何故かイルフォシアが腕を硬くつかんで止めてきたので大いに焦る。何故そんな事をしたのか。
すると彼女は顔を背けたのだ。そしてルサナが目を閉じてこちらにも同じことを、と無言で訴えてくる。
(いくら仲が良くなったからってそこまで認めていいの?!)
クレイスは身も心もイルフォシアに捧げている。なのに彼女がそんな行動を促し、黙認すると示す意味が全く分からない。
まるで女勇士みたいに叫びたかったが流石に理性が許さないし、何より時間が惜しかったクレイスは信じるがままに彼女へも幸運を願って唇を当てるとルサナは眩しい笑顔を返してくれた。







「言っておきますけど、今回だけですからね?」
「・・・それをあなたに指図される謂れも無いわよね?」
こうしている間にも部隊同士の争いは続いているのだ。こちらも犠牲を最小限に抑えるべく再び動き出すとまずは痛みで苦しむ勇士以外の駆逐に走る。
イルフォシアがルサナに気を許した、許し始めたのは随分前からなのだがクレイスの唇を見て見ぬふりをしたのにも理由があった。それが敵の強さだ。
恐らくあの勇士は相当に強い。もしかするとこちらが命を落としかねない程に。その覚悟と、それをわかっているのに残る選択をしたルサナへの感謝も込めて譲ったのだ。

それから狂人化した部隊の殲滅がほとんど終わりを迎えた頃、やっと痛みを憎しみに変えた女勇士がこちらに向かって殺気を飛ばしてくると残りはザラールに任せて2人は底知れぬ強さを持つ女勇士と矛を交えるのだった。





 「あ、アなた達はあの少年を大好キなのネ・・・だったラその首ヲ持ってイケば彼モきっと凄くヨロこんでクレるわよねぇ?」
「そうですね。貴女の首を持って行けばとても喜んでくれるでしょう。」
やや言語がたどたどしく変化しているのか狂人化の影響だろうか。右脚を失った女勇士は裂けたのかと思われるほど大きな口で不気味な笑みを見せながら勢いよく突っ込んでくる。
それに合わせてイルフォシアも長刀を構えるとまずはルサナが肩を蹴って飛び出した。先程までと違いほぼ真横に跳んだのは緩慢な動きを見せると隙を突かれるからだろう。
彼女は背中からも紅い刃を展開して勢いをそのままに6本で攻撃を仕掛ける。手数だけ見ても相当厄介なルサナの攻撃、伸縮自在な部分も含めてイルフォシアはその脅威を十分に知っていた。
だから同時に前に飛んだのだ。これにイルフォシアの鋭い長刀攻撃を重ねればいくら相手が強くとも捌ききるのは難しいはずだ。

ざしゅざしゅんっ!!!

「グあっ?!」
狂人化していたとはいえ唯一の武器を失った女勇士は素手と残った脚で対応出来ると踏んだのか。ただ結果として彼女の体には大小7つの刀傷が走っただけに終わる。
対してイルフォシアとルサナは再び中空で重なり合うとお互いが無傷なのを確認して更なる追撃の構えに入った。
(・・・思っていた以上に強くない、のかしら?)
油断をしてはいけないとカズキが口を酸っぱくして周囲に教えていたのは知っている。その例もつい最近見たばかりだ。相手に手傷を負わせたとはいえ全く闘志は衰えていない以上気を抜く訳にはいかない。
そして天族の本能からか、敵の動向にやや不気味さを感じたのだがルサナが再び前に跳んだ事で自身も考えるより先にそれに合わせた。
だが今回は女勇士が大きく上に飛んだ事でこちらの攻撃は不発に終わると振り返った女勇士はより不敵な笑みを浮かべ、イルフォシアはその意味をすぐに理解すると嫌な汗が流れる。
「・・・ソうか。赤い方ハ飛べないノネ。」
冷静に考えれば看過されても仕方がない動きを見せびらかしていたので今更隠す必要もないだろう。しかしそれをしっかりと認知され、対処されるとなると話は変わって来る。
「ど、どうしよ?もうバレちゃった?」
「・・・当たり前でしょ?貴女この戦いでは仲間の背中を蹴ってぴょんぴょん飛び跳ねてたんだから。」
後はルサナが本心で驚いた事に驚かされた。あれだけ派手に行動していた上で自身の弱点を見抜かれたのだからここはもっと堂々としていて欲しい。でないと自分までお頭が弱いと思われるではないか。

「だっタラそうネ・・・コウいうのはどうカシら?」

こうなってくるとイルフォシアもルサナを切り離す選択をせねばならないのかもしれない。速さと小回りか、もしくは2人という手数のどちらを取るべきか。
しかし女勇士がすぐに攻めてくる事は無く、こちらを静かに見下ろしながら徐に両手を掲げると黒い煙が渦を巻いて覆い隠した。それが段々と伸びていった後に現れたのが先程の鞭みたいな長い指だ。
数は10本、それらがまるで意思を持っているかのようにうねうねと動き出すと女勇士は腕ごと鞭のように撓らせて攻撃を放ち始める。
流石に不味いと感じたイルフォシアは誰かに預けるのではなく真下に投げ捨てる選択をしたのだがルサナはそれよりも速く前に跳んでいた。

恐らくクレイスがやったように全てを斬り落とすつもりなのだろう。

それも瞬時に理解したイルフォシアは同じように長刀を振りかざすも先程と違う点が2つあった。1つは不意を突けた事、もう1つはあの鞭があくまで物質的な鞭だったという事だ。
2人の斬撃を躱すかのように指鞭が反り返るとあらぬ方向から反撃が撃ち放たれる。特に飛び出していたルサナは防御姿勢に入る間もなくあっという間に滅多打ちにされると地上へと落ちて行った。
今までのイルフォシアならこの後防御に徹するか間合いを離すか。とにかく体制を立て直して相手を崩す動きに専念しただろう。
「ルサナッ!!」
ところがクレイスの口づけすら譲る程に情が移っていた彼女はそれを助けようと隙を晒してまで急降下してしまい、こちらもあっという間に女勇士の指鞭でその四肢をしっかりと捕らえられてしまった。





 その状態になってやっと我に返る。何という失態を犯してしまったのかと。
「あラ~~~~~?いイ気味ネぇェ?気の強ソウなお嬢ちゃンを縛リ付ケるのガこんなニモ楽シいなんて、コれは癖になリソうよ?」
中空で身動きが取れなくなるという経験は初めてだったが特に劣勢だと焦る事は無い。むしろ相手の腹立たしい台詞で強情な性格が火を噴いた。
「そうですか?でしたらまたいつでも付き合って差し上げますよ?ただし、この戦いが終わって生きていればの話、ですけどね?」
そんなイルフォシアの姿を見てザラールや部隊が黙っているはずもなく、彼らが火球やとっておきの雷で応戦に入ったのだがこれは非常に悪手だった。

びしゃんっどどどんどんっ!!!

彼女は今女勇士によって四肢の自由を奪われている。故に飛んできた魔術は当然のようにイルフォシアを盾のように使って凌がれた。
「あいたた。大丈夫ですから。皆様は反撃を受けない位置で見守っていて下さい。」
ザラールの雷はかなりの激痛だったがそれをおくびにも出さずに軽く言い終えなければならない。でないと助けてくれようとした彼らは悲痛で申し訳ない気持ちに囚われるから。ちなみに女勇士は楽しくて仕方がないといった高笑いを見せつけている。
「あらアらあラアららララ~~~?大丈夫ナの?そンナに強ガっちゃッテぇ?「助けテ下サい~!」って泣いテ謝っタ方がいイんじゃナいの~?」
「貴女如きを相手に何故私がそのようなみっともない真似を?冗談はその容姿だけにしていただけますか?」
手指だけ伸びている異様な姿を思い切り批判すると残った6本の攻撃が一斉に放たれる。それはまさに生きた鞭といった様子でイルフォシアの背中を集中的に打ちまくった。

すると見る見るうちに翼は折れ、鮮血が飛び散り表情は苦痛で歪む。白と血で染まった羽根はふわふわと漂いながら地面へと落ちていく。

見かねた部隊がまたも攻撃を仕掛けようとするとザラールに止められているのが視界に映った。よかった、まだ自分は意思を保てているらしい。
だが鞭打ちとはその痛みだけで人を死に至らしめる程に強力な攻撃手段なのだ。気が付けばイルフォシアの体からは滴るような汗が流れており眼の光も半ば失わている。
「アらあラアラら~~?良いワねェ!!今のあナタ!!とっテもいいカおよォぉ?!」
一瞬だけ意識を失ったのか、気が付けば女勇士が目の前でとてもイヤらしい表情を浮かべていた。今度は体の位置が向き合う形へと変えて前面からそれを打ち放とうという所か。
それでもイルフォシアが諦めていない理由はただ1つ。自分はルサナの強さも十分に知っていたからだ。

ずどどどどどんっ!!!

やっと地上から紅い刃が勢いよく伸びあがってくると女勇士を襲う。彼女は空が飛べなくともかなりの遠距離から攻撃が可能なのは以前にも見ていた。それが今期待通りの動きをしてくれたのだが残念な事に敵の方が一枚上手だったようだ。

ルサナの刃は硬くて速くて、そして強い。先程ザラール達の魔術を凌いだ時のように女勇士はイルフォシアを盾として使うとその内の2本が体を貫通したので後方にいた仲間の部隊から大きな悲鳴が上がる。
「あぁァーーっハっはッはっハぁ!!!!あぁあアァアああ気ン持ちイィいい悲鳴だワぁあぁあ!!!」
駄目だったか。イルフォシアも彼女の刃を受けて残念な気持ちはあったものの絶望はしていない。何故ならルサナの事を知っていたから。

彼女は『血を求めし者』の力を内包しており、その性格は明るさと残虐性と、そしてクレイスへの気持ちがしっかりとある。

そんな彼女が愛しい人から口づけまで貰ったのに諦める訳がないのだ。

一瞬だけ痛みとは違う何かを感じたがその後はまたも少しだけ意識が薄れていくのを感じる。そうだ、これは初めて彼女の刃を受けた時と同じ感覚だ。

ざざざざざんっ!!!!

突き上がった紅い刃はそのままに、今度はルサナ自身が跳び上がって来てイルフォシアを縛っていた手指を瞬く間に斬り落とす。これには女勇士も非常に驚いていたが理屈は簡単だ。
ルサナの紅い刃と女勇士の鞭のような指鞭がお互いイルフォシアの体に繋がっている。なのでどちらかが位置を動かそうとしても反発して抑え込めばその場に留める事が出来るのだ。
「なッ?!な、ナんだトっ?!?!」
更にイルフォシアも驚かされた。真っ直ぐに飛んできたルサナの背中に紅い刃はなく、そこから蝙蝠のような翼が生えているではないか。自身を貫いていた攻撃は彼女の爪の部分が刃と化していたようだ。

「・・・血を・・・お前の・・・」

自分で飛空出来るようになったのも驚く所だろうが、今は何よりその声から彼女らしさが失われていた部分に嫌な予感を覚えていた。





 元々イルフォシアの翼は飛ぶ為のものではないので折れたとしても飛空に支障はなく、痛みさえ我慢すれば問題なく戦えるだろう。
「これで形勢逆転ですね?」
余裕の表情を浮かべて何とか優位に立てた事を自信ありげに伝えると遂に女勇士からも焦りが見えた。元々イルフォシアと一対一、もしくは条件を合わせてルサナと一対一なら勝てるかどうかと踏んでいたのだ。
それが手負いとはいえ無条件で一対二の状況に追い込めただけでも勝算はかなり上がったと考えていい。だから相手もたじろいでいるのだろう。

「血・・・を・・・よこせ・・・血をおおぉぉおおおっ!!」

ところがルサナの様子がおかしい。いや、姿が変わっているだけでも十分おかしいのだがどうにも理性か意識を失っているように見える。
このまま戦えるのだろうか?『血を求めし者』の刃はしっかりと敵を認識出来ているだろうか?疑問は次々に浮かぶが今は彼女を信じるしかない。
そう決意したイルフォシアは思い切り上空へ高度を上げると相手の後ろ寄りに急降下して長刀を振るう。前面には爪を自在に変化させるルサナがいるので、この挟撃を凌ぐのは相当困難なはずだ。
対して女勇士は指鞭の半分を斬り落とされている。手数的にも人数的にも不利を押し付けられながらの戦いにもはや勝算は無きに等しいだろう。

ざむっざむっざむっ・・・!!!ざしゅんっ!!!

それにしてもルサナの変貌は凄まじい。爪を鋭く飛ばす攻撃はまるでクレイスの使う水槍のようであり、指を揃えると伸縮可能な剣や槍へと変わるのだ。
これだけ多彩な攻撃を前に手負いの女勇士が対応出来るはずもなく、その体は血で染まり無残なものへ形を変えるとイルフォシアの攻撃が左の肩口から右の腰元を走る。そこにルサナの圧倒的な手数が突き刺さる事で戦いは幕を閉じた。



全てを片付けた2人は地上に降りるとまずは敵の遺体に火を付ける。これは前回『七神』の一人であるマーレッグから学んだものだ。少なくともこれでバラバラになった体で襲われる事はないだろう。
後は日付が変わるまで自分の手当くらいはしておくべきか。背中の皮膚はめくれ、正直何かを塗られたり巻かれたりするとまた痛みがぶり返しそうで放置しておきたかったが周囲がそれを許してくれそうもない。
「ルサナ、お疲れ様。」
そこでイルフォシアはどうせなら彼女に手当をお願い、いや、させようと近づく。だがルサナは未だ翼を生やしたままで爪も危ない形を保っている。

その姿を見た時から嫌な予感はしていた。確かに局面を打破出来たもののルサナの様子は明らかにおかしいのだ。これをもっと深く追求すべきだったのに気を許していたイルフォシアは勝利した嬉しさが勝っていた為それを怠っていた。

ざしゅっ!!

振り向きざまにその爪でこちらに攻撃を仕掛けてくるとイルフォシアの腕に大きな切り傷が走る。
「血、血が・・・お前の・・・」
「・・・やはりそうでしたか。」
意識を『血を求めし者』に持って行かれたままなのか。新たな痛みで緊張感を取り戻したイルフォシアは何とか正気を取り戻させる方法を模索する。
「ルサナ、貴女はそんな弱い存在ではないでしょう?ほらほら、早く手当をしてクレイス様の下へ向かいましょう?」
「ク、クレイ、ス・・・様・・・」
その名前に反応したルサナは驚いた表情を浮かべるがあと一歩及ばずと言った所か。正直これで元に戻らないとこちらも手詰まりに近かった。
後はどのような方法が考えられる?天族らしい野蛮な思考を封印し、何か穏便な方法はないかとザラールにも視線を送ってみるも付き合いの浅い彼が自分よりよい案など出る訳がないか。

「『血を求めし者』よ。落ち着くがよい。」

ところが彼が数歩近づいて腰に仕舞っていた『骨を重ねし者』を取り出すとそれが言葉を投げかける。するとクレイスの名前を出した時以上にしっかりとした表情を浮かべたのだから驚きと不満が心に渦巻いた。
「あ・・・あ、兄さん?ど、どうして?」
「訳は後で教えてやろう。だから今は静かにゆっくりと眠るが良い。」
このやり取りから彼女もまた業を背負っているのだと再認識させられる。『骨を重ねし者』が諭すと『血を求めし者』もやっと安心したのかその場で横になるとすぅすぅと寝息を立てて眠りにつく。
それを見届けたイルフォシアも自身の緊張を解いて手早く手当を行い、その隣で同じように横になるといつの間にか気を失っていた。





 西軍がラスファルと対峙していた頃、東軍の前には太った巨漢ベダーヌが立ちはだかる。
「うおお?!何だあいつは?!」
その姿を見てまず喜色の声を上げたのはカズキだ。何せ背丈は9尺(約2,1m)はあるだろうか。その上非常に丸々とした体からは強さが読み取れない。唯一分かっているのは彼が4勇士の1人だという点くらいか?
「やぁ皆ぁ。え、えーっと確か『ネ=ウィン』の部隊と『トリスト』だっけ?この先は通さないから覚悟してね?」
後は喋り方から察するに様々な意味で機敏さは持ち合わせていないように伺える。万が一これだけの巨体がフェッファ並みに動いたら手が付けられない為、この予測は是非当たって貰いたいものだ。
それにしても敵部隊の兵力もかなりの数が揃っている。いくら王城が目と鼻の先とはいえここを突破するには相当な消耗戦を覚悟せねばならないだろう。
「なるほど。敵も本腰を入れているのは間違いないようです。」
東軍は西軍と違い地上部隊がほとんどなのと裏でティムニールが手を回してくれているお蔭であらゆる場所を遠慮なく燃やせている。そういった意味では邪香の影響はあまり気にする必要はないはずだ。

「カズキ、ビアード、ここは任せたぞ。」

そんな中ナルサスが己の近衛を率いて空に飛ぶと一直線に王都へと飛んでいってしまう。この行動には流石皇子だと感心したがそれを放置しておく訳にはいかないだろう。
「ノーヴァラット様、カズキと『剣撃士隊』を引き連れてナルサス様の後を追ってください。」
「おいおい!こんな面白そうな相手を前に逃げろってのか?!い、いや違うな。何でこんなへっぴり腰女と一緒にこの場を離れなきゃならねーんだ?!」
自身の欲求を満たしたいが故の言い訳に色々と突っ込んでやりたいがナルサスは自由に空を飛べる為時間はほんとんど残っていないはずだ。

この戦いの終止符は『トリスト』の手で打たねばならないのだ。

そうして初めて『ジグラト』という国家を手中に収める事が出来る。もしここまで来てナルサスに最上の首級を討たれるとこちらは骨折り損で終わってしまう。
ただそれをこの場で説明するにはあまりにも条件が悪かった。何せ周囲には『ネ=ウィン』の兵士の方が多く、話が漏れると一気に内乱へと発展しかねないからだ。時間も場所も悪く、説得が難しいのなら自分で行くしかないか?

「行けっ!!行ってナルサス様を護ってくれっ!!」

最悪の妥協案が一瞬脳裏を過ったが思わぬところから助け船を出されたことでショウも考えるよりも先にまくし立てる。
「そうです。ビアード様の仰る通り、カズキは『剣撃士隊』とナルサス様の下へ向かってください。」
「嫌だよ?!あいつは強いんだし何よりこっちの方が絶対面白・・・戦い甲斐・・・違うか、えっと・・・戦力!こっちの方が手薄になったら被害も増えるだろ?!」
彼なりに無理矢理理由をこじ付けて刀を抜くが利己的思考は自身も同じなのだ。故にカズキを説得してくれそうなビアードの発言をまだかまだかと待ち構えているとショウが知らない事実が飛び出て来た。

「お前はっ!ネクトニウス様からナルサス様を護るよう命じられていたはずだ!!」

(えっ?!?!そ、そうなのですか?!?!)
と口から漏れそうなのをぐっと堪えてカズキに顔を向けると彼も一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後速やかに刀を納める。
「・・・ショウ。ここは頼むぞ。出来るだけ犠牲を抑えてくれ。」
「わ、わかりました。お任せください。」
皇子の護衛は長らくビアードが務めていたはずなのに・・・と尋ねたい気持ちを抑えて静かに答えるとカズキはノーヴァラットに煌々と燃え盛る松明を二本持たせて先導を支持する。
「『剣撃士隊』は俺に続け!!ビアード!!『ネ=ウィン』の兵士達!!無理はすんなよ?!」
最後は宿敵にも檄を飛ばした後彼らは暗く濃い煙の中を走っていった。その行動に一抹の不安を感じたが今は眼前に迫る勇士と部隊の壊滅が自身に与えられた任務だろう。

「イフリータ、行きますよ。ティムニール様もよろしければ目立たない程度にご助力をお願いいたします。」

こうして最後の4勇士との戦いは幕を開けたのだが彼も相当な猛者であった為ショウ達だけではかなりの苦戦を強いられる事となる。





 上級と揶揄される彼らは自信が過剰になり過ぎて過ちを認められない、他人を慮る行動が出来ないどころか相手を見下し、否定する所から始まる等人として必要な能力が足りてない事が往々にある。
ベダーヌも名家の出自であり、若い頃は将来を有望された青年だった。ところが全てを満たされた環境で育った為彼ももれなく大いなる欠陥を抱える事となった。

きっかけは登用試験だ。

これが家名と未来が賭かった大切なものなのは間違いない。だが今まで神童と持て囃され、最悪裏から手を回せば何とでもなるという保証もあった為、合格は確実だと誰もが信じて疑わない環境と自信に満ち溢れていたベダーヌには油断しかなかった。
結果、敵対勢力からの妨害で不合格を言い渡され、人生で初めての挫折を味わうと後は暴飲暴食の引きこもりに走り続ける。
もし彼にその苦境を乗り越える方法を指南出来るような大人物が傍にいれば違ったかもしれないが類は友を呼ぶのだ。金と権力で成り立っている偽りの家名に集まる人物も筋金入りの事なかれ主義者しかおらず、若き頃は美男子で聡明だったベダーヌという男は過去になっていく。

そんな薄氷のような心をもつ男をブリーラ=バンメアは喜んで受け入れた。

確かにベダーヌはとても心が弱く、逆境に立たされると何も発揮できず立ち直る事を知らず油断も多くて自己管理など頭に無い愚かな人物だと世間は見る。
しかし裏を返せばどうだろう。心に隙が多いので御しやすく順境であれば能力を如何なく発揮出来る。残る脂肪だらけの体躯も力に変えれば長所でしかない。
だからこそ選ばれたのだ。王妃と『闇の王』に。彼も目障りな権力争いから解放されるのを願っていた為悩む事なく服従を誓うと勇士という地位と力を授かっていた。







ショウ達の前に現れた丸い勇士は短い腕に不釣り合いな鉄拳を握ると独楽のように回転しながら突っ込んでくる。
一見すると激しい回転力から脅威と感じそうだがこれには明確な弱点があった。それが拳以外が隙だらけだという事だ。そもそも身に着けている衣装は何かを編み込んでいたとしても甲冑以上の強度はないだろう。
つまり胴や頭部、脚に頭と無防備な部分が多すぎるのだ。これを戦闘国家『ネ=ウィン』の面々が見逃すはずもなく彼らは矢や槍を一斉に打ち込んだが次の瞬間、その甘い考えごと吹き飛んだ。

びびんびびびっ!!!

それらは一切敵の体に損傷を与える事は無く、全てが弾き返されるとビアードは部隊を守る為にその小さな円盾で立ちはだかる。

ばいんっ!!ばききききっ!!!

そしてあっけなく吹き飛ばされたのだが敵も軌道が大きくずれて木々をなぎ倒していた。
「あれぇ?逃げるの上手いねぇ?」
そこで回転を止めた丸い勇士は不思議そうな声で呟いてゆっくり振り返る。見た所衣装が少しだけ破れていたものの手傷は負っておらず、なのに頭をくらくらと揺らしている所から目は回しているようだ。
どうやら矢や槍といった物理的な攻撃はほとんど受け付けないらしい。ならばここはショウの出番だろう。
すぐに『灼炎』を発動させると懐から短鞭を取り出し、再び回転する前に間合いを詰めてそれを思い切り叩きつける。

びしぃぃいんっ!!!

炎を纏ったそれは斬撃寄りに近い攻撃を放つ。だが相手の体に刀傷が走る事は無く、炎の筋もしばらくすると鎮火してしまった。





 ショウから見れば相手の動きや思考は鈍重なのでそれを喰らう心配はないものの、この肉厚な鎧を打ち砕くにはどうすればよいのか。
「あちちち~?君、変な術を使うねぇ?あ、これが魔術っていうの?僕初めて見たよ~。」
自身の中で最も強い攻撃をあちちち~程度しか感じないとなると相当な長期戦になる恐れがある。しかし今はナルサスとカズキの後を急いで追わなければならないのだ。

「・・・ティムニール様、無理を承知でお願いがあります。この男を屠っては貰えませんか?」

あまりにも頼り過ぎている自覚はある。だがいたずらに時間を費やす訳にはいかないショウは、この場で最も強いであろう存在に懇願してみると提案した本人ですら思わぬ回答を得られた。
「いいでしょう。私もこの類は見てて不愉快ですのでな。」
その意味はわからなかったが早急な対処は出来そうだ。丸い勇士もこちらに照準を合わせるとゆっくり体をねじって再び回転の準備に入る。後はティムニールがどこでその力を振るってくれるのか。
大きな期待を胸にショウも短鞭を構えて炎を激しく燃やすが何時まで経ってもその気配はない。結局丸い勇士が再び独楽のような状態に入るとこちらへ突っ込んでくる。
それでもショウに焦りが無かったのは素早さで圧倒していたからだ。唯一怖かったのは『ネ=ウィン』の部隊を駆逐される事だったがそのような思考はないのだろう。
真っ直ぐに突進してきたのを躱すと丸い勇士はかなり鋭く切り返して再びこちらに向かってくる。そこで弱点らしい部分に目が行ったショウはティムニールの援護を待たずに身を低く屈めると接地面である足先を短鞭で思いっきり払い除けた。

ぼよぉぉおんん

すると面白いように丸い巨体が宙に浮かぶ。ただこれだけだとあまり意味がない。彼の体に決定打を打ち込んで初めて戦いの終着点が見えるのだから。

べきゃんっ!!!

その術が無かった為しばらくは同じ方法でお茶を濁そうかと考えていた時、突如地面がせり上がって大きな壁となった。そこに丸い勇士が衝突すると流石に質量負けしたのかみじめな音と共に回転を殺されて地面に倒れる。
「い、い、いたた・・・あ、あれ?」
相手も何が起こったのかはわかっていないだろうし周囲も理解が追い付いていない。だがショウ達は確かに見たのだ。次の瞬間に大きな上顎と下顎が地面から隆起して丸い物体を一飲みしたのを。
そして何事もなかったかのように平坦な大地に戻ると再び彼の姿を見る事は無かった。



恐らく勇士だったと思われる丸い存在がいなくなったとしても敵の部隊はまだまだ健在だ。故にそこからは全力でそれらを駆逐すべくショウも全力で立ち回る。
ただ巨体の回転攻撃を盾越しとはいえ真正面から受けてしまったビアードの動きは芳しくない。『ネ=ウィン』の部隊達も彼を護りながら迎撃態勢で狂人化した『ジグラト』軍を相手にしている為、予想以上に時間が掛かっている。
(・・・もう一度彼の力を借りる訳には・・・いきませんね。)
魔族との繋がりはしっかりと感じるし再び懇願すれば助力を望めるかもしれない。しかしイフリータを内包しているとはいえ自身はあくまで人間という認識なのだ。
これ以上彼らに借りを作る不安と違う世界の違う種族にどこまで頼って良いのか?その最たる存在が間近にいるにも関わらずショウはそこで躊躇ってしまう。

「遠慮する事はありませんな。」

ところがティムニールはこちらの苦悩に快く答えてくれると再び周囲の大地が激しく隆起させて真の姿を現す。地上に戻ってから彼が姿を現さなかったのでずっとそのままだと思っていたのはこちらの勘違いだったようだ。
人を簡単に踏み潰せるほど大きな巨体は威圧感が凄まじく、その存在を知らなかった『ネ=ウィン』の人間達は死を悟った表情を浮かべていたがティムニールは彼らに砂埃さえかける事無く『ジグラト』兵のみを一蹴する。
「ティムニール様。よろしかったのでしょうか?」
長期戦を覚悟していたが彼の手にかかれば邪香の有無など無きに等しいらしい。すぐに周辺の障害が取り除かれると大きな顔をこちらに向けて優しく述べてくれた。

「我が友バーンは人間達にこう説きました。『強き者は弱き者を護れ』と。私は人間ではありませぬが同族が関わっている戦況なら許されるでしょう。」

これはバーン教の原典のみに記されている言葉だが今は権力者達の手によってその意味は大きく改変されている。だからこそ本来の意味を知り、実行に移すティムニールの言葉にはより重みを感じた。
「・・・誠にありがとうございます。」
そんな彼の真心にショウも真っ直ぐな感謝を送る。ともかくこれで道は拓けたのだ。後はナルサスらより先に首魁らの首を獲る大仕事に専念するだけだろう。
「さぁビアード様。我らも急いで王城へ向かいましょう。」
それでも腰を抜かしている彼らを置いていくという選択はなかった。彼らを助けたのがティムニールの意思である以上、そこは切り離して考えねばならない。
「あ、あの、ショウ様?この大きな御方?は一体??」
なのに負傷からか心神の喪失からか、ビアードでさえ目を丸くして茫然としていたのだが今は説明する時間すら惜しい。ティムニールもそれを察したのか巨体を瞬く間に大地へと戻すと木々の影から人間の姿として再び現れる。

「申し遅れました。私、魔界の王バーンの命により此度の混乱を収めに来たティムニールと申します。」

その紳士然とした立ち居振る舞いに彼らも感情が追い付かないのだろう。ショウですら変わり身の早さに内心舌を巻いていたがそれも後回しだ。
「詳しくは移動の中でお話します。」
あまりにも理解不能な状況に彼らの表情は猜疑で溢れていたが4将でもあるビアードが納得した様子を見せると一行はやっと行軍を開始した。

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