闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -復活の炎-

 「お疲れさまでした。」
「おう。ってかこの女、一応元『ネ=ウィン』の4将だろ?図太いのか何も考えてないのか・・・」
ビアードとの杯に付き合わされていたカズキが『剣撃士隊』の集まる場所に戻ってくるとショウが温かい紅茶を差し出してくれる。
同時に無防備な姿で吞気な寝顔を覗かせるノーヴァラットが目に入って来たので思わず心の声が漏れた。しかし自分達はショウが現れるまでずっと邪香の影響に晒されていたのだから休息をしっかりと取る事もまた大事なのかもしれない。
「彼女は少し変わった性格をされてるようで。私も報告でしか受けてないのですが何でも二重人格者とか何とか。」
「ほーー?つまり裏の顔があるってのか。だったらそっちはもう少しまともなのかねぇ。」
まるで幼い性格がまともではないと言いたげなのをショウも察したのか苦笑いを浮かべている。それから2人は濃い紅茶で軽く乾杯すると早速先程の戦いについて尋ね出した。
「そういやフェッファだっけ?いつの間に倒してたんだ?」
顔こそ最後に見たものの体躯も強さもわからないままだし何より相手は『ジグラト』の4勇士だ。その強さも相当なものだったはずだがショウはどうやって倒したのだろう?

「ああ、実はティムニール様にもご助力頂いたのです。」

「ティムニール?」
聞いた事の無い名前に小首を傾げるがショウは面白そうに笑顔を浮かべるだけだ。
「今もすぐ傍におられますよ。でもそうですね・・・まず何故私達が参戦したかの説明から始めましょうか。」
こうして弔いの宴の中、2人だけはそこから少し離れた話をし始めるといつの間に目を覚ましたのか、ノーヴァラットも目を輝かせてショウの話に耳を傾けていた。







魔界というのは動植物の生態が全く異なる。太陽の光ではなく独自の魔術によって照らされている世界はまさに異世界なのだ。
そして一日という概念も存在しない。一応王であるバーンの意思によって世界を暗くしたりは出来るそうだがそういった声が上がらない限りは永久に気温も明るさも変わらないらしい。
「ねぇティムニール。次は・・・あ、あの山行こ?」
「いいね!オレも行きたい!!」
なのに黒い短髪のもじゃもじゃ頭へと戻ったアルヴィーヌは一日以上眠っていない筈なのに銀髪の事も忘れて全力でティムニールに我儘を投げ続ける。それにヴァッツも呼応するのだから2人の体力はどうなっているのだろう?

「ヴァ、ヴァッチュ様・・・一度お休みにならないと、た、体力が・・・」

体力の限界を感じた時雨が睡魔と戦いながら促す事でやっと睡眠という概念を思い出す幼き少年少女。ちなみにショウはイフリータの影響を受けているのかそれ程の睡魔には襲われておらず、呆れたティナマだけはとうに時雨の膝枕で熟睡していた。
「時雨殿もこう仰っておられるし君達も一度休息を取った方が良いだろう。そうだ、私の寝床を案内しようじゃないか。」
ティムニールも体力的にというよりは精神的な疲弊を感じていたらしく、彼女の提案に喜んで乗って来る。それを後押しする形でショウも説得に入ると何とかこの日を終える事が出来た。

「お疲れ~!いや~彼女、君にぞっこんだねぇ!」

彼の大きな寝所に案内すると2人は喜んで飛び乗り、そこに眠くて朦朧とした時雨とティナマも放り込まれると皆仲良く体を並べて眠りについたようだ。
「恐ろしい事を口走らないでくれ。ただでさえ天族とは関わりたくないというのに・・・」
「本当にすみません。ヴァッツはまだ言えば聞き入れてくれるのですがアルヴィーヌ様はどうにも・・・」
『トリスト』を代表してショウが頭を深く下げると彼も深く追求する事はなく、笑顔であっさりと許してくれるがいい加減彼女も11歳。そろそろ弁えるという事を覚えてもらわねばならないだろう。
「でも目を覚ましたらまた付きまとわれるでしょ?んじゃさっきの件、ティムニールが行ってみる?」
「む。良いのか?」
さっきの件とはデルディルアが報告していた内容の事だろう。何でも『闇の王』とやらが再び地上に姿を現したという。
「すみません。その『闇の王』とは一体何でしょうか?」
以前ウンディーネが『闇を統べる者』と間違えた事だけは覚えているが、その正体はわからないままだった。
「ああ~あれは元魔族なんだよ。以前はいい奴だったんだけどね~。いつからか大きな憎悪に染まっちゃって手が付けられなくなったから一度は滅ぼしたんだ。」
確か『闇を統べる者』も【己の負の感情等を具現化してしまった者が勝手に名乗っているだけだ。】と言っていたのでそこは間違いないだろう。
「お前はどう感じるのだ?全ての魔族の生みの親であるお前なら、その繋がりを感知出来るだろう?」
「う~~ん。実は何も感じないんだよね。だから偽物じゃないかなって思うんだけど。」
「確かめられるのでしたら是非ご案内させて下さい。ティムニール様にはご迷惑を掛けっぱなしですので。」
どのみち一度彼とアルヴィーヌを物理的に離す必要はある。でないとこちらも気が引けて仕方がない。
「ではお言葉に甘えましょうか。バーンよ。もし『闇の王』であればそのまま滅ぼすという事で良いな?あ、で、出来ればあ奴らが眠っている今のうちに出立しよう。」
最後は魔族と天族の関係は水と油なのにアルヴィーヌのせいでより苦手意識を持つようになったティムニールが怯えた様子で静かにそう告げるとショウはより心の底から申し訳なく感じ、バーンは心の底から笑い転げていた。





 それから2人はすぐに地上へと戻って来たのだがここでも魔界と地上の大きな違いを目の当たりにする。
「・・・あれ?随分と気温が低いですね?」
魔界へ向かった時点で11月に入っていた為、肌寒さを感じてはいたが戻って来た時は明らかに真冬の寒さになっている。最初は『闇の王』とやらの影響かとも考えたが門番でもあるエイムに話を聞くとすぐに答えが出た。

「そりゃそうさ。今は1月だからねぇ。」

「えっ?!」
仕組みはさっぱりわからないがどうやら魔界で二日程過ごしていた間に地上では2か月の月日が流れていたらしい。確かに異世界だというのは実感していたがまさかここまで違いが浮き彫りになるとは思いもしなかった。
「おんや?そんなに驚く事かい?ねぇティムニール様?」
「うむ。多少の時差はあるが大した事はない・・・ああ。そうか。人間は寿命が短いのだったな。そこは我らが失念していた部分かもしれないな。」
2人の些細な問題だと言わんばかりの反応もショウは瞬時に納得する。彼らは朽ち果てさえしなければ悠久に近い寿命を持っているのだから本心でそう思っているのだろう。
だが理解と許容はまた別だ。エイムにはすぐヴァッツ達にもこちらに戻ってくるよう伝令を頼むとまずは『トリスト』へ戻って情報整理から入る。

「ほほう?随分と立派な居城を構えていますな。しかも大地ごと空に浮かせるとは・・・。」

本来なら『トリスト』に招き入れる場合厳密な審査が必要だがティムニールは魔界の王に次ぐ実力者だという。アルヴィーヌの我儘にも何一つ苦言を呈する事無く付き合って貰っていた点も考慮すると十分信用に値するだろう。
そんな彼を引き連れて自身の職場に戻ると多少物珍しそうな視線を集めるが今は説明の時間すら惜しい。
「ロラン様。『ジグラト』の状況を30秒で報告して下さい。」
あれから2か月以上が経過しているのにまだ落ちていない現状は『闇の王』が関わっているからか。それにしてもまさかザラールまでが出陣しているとは夢にも思わなかった。
しかし理由は何となく察する事は出来る。恐らく城内にスラヴォフィルとセヴァを残しておきたい、2人を安息の場所に留めておきたくて自らが動いたのだろう。

「クレイス様とイルフォシア様が合流されて西軍は問題なく進軍しており、逆に東軍は進退を繰り返す程難しい状況です。」

だったら答えは1つだ。ショウはすぐに準備を整えるとティムニールの紹介も後回しに早速カズキ達の下へ向かった。



イフリータに教えてもらいながら何とか自分で飛行しつつ『ジグラト』領内に入ると王都方面が真っ黒な雲に覆われている。
「むう。あの様子だと『闇の王』は相当な力を蓄えているらしい。これは大きな被害が出るやもしれませんな。」
数多の人間が倒れているというのにまだ増えるのか。この時は『闇の王』の力を知り得なかったのでその程度の認識しかなかったが『ジグラト』の上空に入ると明らかな空気の汚れを感じ始めた。
これが報告にも挙がっていた邪香とやらなのだろうが思考と体力の低下を感じたショウは不安定な飛行に陥るとすぐにイフリータが現れて全身を炎で被ってくれる。するとみるみる回復したので驚いた。
「恐らく空気の汚染が原因だ。なので燃やし尽くすか寄り付かせないようにすれば問題ないだろう。」
「「なるほど・・・」」
ティムニールも一緒に関心していたが彼はその後も炎に身を包むわけでもなく飛び続けている。もしかして邪香というのは人間にしか作用しないのか?
「いえ。能力の低下は確かに感じますな。だが微々たるものです。」
流石バーンの最初の友人なだけあってその力も確かなものらしい。声を聞いても一切の影響を感じない所から心配は無用のようだ。こうして3人はカズキのいる部隊を見つけると速やかに着地してまずは周囲を焼き払う事から始めた。





 ショウ達が到着した時、現場が酷く混乱していたのはすぐにわかった。隊員らが正気を失い、残った者も犠牲を出さないよう四苦八苦しているのだ。
これは嘔吐すら誘う邪香が原因で間違いないだろう。ならばとショウはすぐにイフリータを解放しながら自身も『灼炎』を使って周囲の木々に火を熾し始める。
幸い季節が乾期に入っていたお蔭でそれらは想像以上に燃え上がっていく。だがその勢いはが凄まじ過ぎて少し抑えるべきかと迷ったがそこにティムニールが助言をくれた。
「そのままで構わないでしょう。彼らを覆う邪香を燃やし尽くすにはこれくらいの火力が必要ですな。」
何かあれば彼も手を貸してくれるのだろう。ショウは彼の言葉を信じて更に炎を拡げながらカズキとの再会を果たすと部隊の混乱も収まりつつあった。
唯一気になったのはフランドルが四肢を失っていたという情報が誤りだった点だ。手足が青黒く変色している事から壊死でも起こしているのか?なので四肢を失ったという報告になったのだろうか?それにしてはしっかりと立って動いているし、むしろ溢れ出る憎悪の方が危ない気がする。

「ショウ様。敵らしき存在が背後から迫っていますぞ。」

だが相対しているのは黒い剣を持つナルサスだ。周囲にもビアードやカズキがいるのだし対応の心配は要らないだろう。
「カズキ。そちらは任せますね。」
ティムニールが静かに教えてくれたのでショウは搦め手の排除をすべく炎の中に入って行った。というか彼の姿が地上に降りて以降一切見えなくなったのは何か理由があるのだろうか?
不思議に思いつつ辺りの気配を探ると確かに燃え盛る炎の合間を縫って動く人影を感じた。ただそれが1人だけというのは気になる。
(・・・恐らくは相当な猛者か・・・)
その結論に達するとイフリータを呼び戻して再び体内に収める。彼女が目覚めて以降初めての実戦だが恐らくそうしたほうが『灼炎』の力が上乗せされるだろうと本能的に感じたからだ。

「・・・何だ?どこかに伏兵がいるな?出てこい?」

めらめらと燃える音にかき消されそうなか細い声から感じたのは想像していたものと真逆の印象だったがティムニールに教えてもらわねば気が付けなかったのも事実だ。
なのでショウも最大限の警戒をしつつ不意を突くか情報を聞き出すか悩んでいると。

ずずずずずずっずずず・・・・・

突然自身が身を潜めていた炎と敵との遮蔽物も全てが無くなってお互いが姿をさらけ出した。驚いている様子からこれが相手の能力ではないというのは理解したが何故いきなりこんな状態になったのかはショウですら見当がつかない。
「な、何だ?!お、お前がこれを・・・?い、一体何者だっ?!」
随分と小柄で貧相な顔つきの男が現れると勘違いからか声を震わせて大きく取り乱している。見た所気になるのは仕立ての良い美麗な衣装だけだがどういった人物なのだろう?

「失礼しました。私は『トリスト』王国の左宰相を務めているショウ=バイエルハートと申します。」

対してショウは静かに立ち上がると冷静さを全面に押し出して丁寧な口調で自己紹介をしつつ軽く頭まで下げる。未だ相手の正体はわからないが簡単に取り乱す程度の人物ならこれだけでも心理的な優位は取れるものだ。
「・・・貴方のお名前をお聞きしても?」
「お?!お、俺は『ジグラト』の4勇士が1人!フェッファだっ!!」
「ほう?貴方がかの高名な。お会い出来て光栄です。」
『トリスト』から出立する前にロランの報告で聞いた名だ。その全容はまだわかっていなかったが4勇士と銘打っている以上4人は存在するのだろう。
(となるとここで討てば相当な戦力低下に繋がりますね。)
久しぶりの戦闘であったにも関わらずショウの心が滾ったのはイフリータの影響からだろうか。退くという選択肢だけはあり得ないといった様子で赤毛を炎のように逆立てて戦闘態勢に入るとフェッファも怯えながら小剣を取り出す。

《ショウ、気を付けろ。あいつは妙だ。》
自身の中からイフリータの声が聞こえてくると心の中で頷く。見た目や言動からは強さの想像がつかないのだが勇士を名乗っているのと身に着けている衣装から判断するに嘘ではないはずだ。
現にティムニールから教えてもらわねば彼の存在に気が付けなかった。となると油断など断じてあり得ないとして、その力量は如何程のものなのか。
奇しくも同じような小剣を懐から取り出したショウはいつも通りに構えると今までと同じように前に跳んだ。元々速さには自信があった上に覚えたてではあるが空を飛ぶ事も出来る。
故に探るような一撃から入ったのだがフェッファは思った以上の猛者、というか謎の術を使えるらしい。

ぼきゃんっ!!!

いつの間にか見失った挙句、背後からの反撃を体内から飛び出て来たイフリータが炎を纏った右手で打ち落としてくれたようだ。慌ててショウも向き直すがそれ以上にフェッファもまた驚いていた。
「な、なな?!何だ?!何で背中から女が出て来たんだっ?!」
「・・・貴方こそいつの間に回り込んだのですか?全く見えませんでしたが。」
こちらの手の内を説明する必要はない。それよりも相手の動きに対処出来る方法を得ないと一方的な展開になりかねない。一体どういった術なのだろう?

「ふ、ふへへ・・・俺は昔からすばしっこかったからな。それを王妃様の御力で伸ばしてもらったのさ!」

得意げに教えてくれるフェッファに心の中で呆れつつ、それにしては度が過ぎると驚きもしていたショウはその対策を考え始めるのだった。





 フェッファは『ジグラト』の中でも下町と呼ばれる場所で暮らしていた。物心ついた時から両親はおらず、年の離れた兄と暮らしていたのだが彼とも血の繋がりがあるのかはわからない。
そんな兄弟が生きていくには何でもやってきた。特に兄のフェッディは『スリ』が得意で人混みに飛び込んでは小銭を盗み、それが2人の生命線とも呼べるほどに重要だった。
ところがいくら事なかれ主義国家でも悪目立ちが過ぎると裁きの手が伸びる。兄のフェッディが衛兵に捕まり投獄されると8歳のフェッファは命の窮地に立たされたのだ。
今までずっと兄に養われる形で生きて来た為金を手に入れる方法がわからない。いや、わかってはいるのだがこの時の彼は『スリ』どころか窃盗すらやったことがなかった。
それでも兄が返って来るまでは一人で生活していかなくてはならない。右も左も分からないまま人混みに紛れ込み、小銭を盗もうと何度か挑戦したが恐ろしさと難しさに実行する事が出来なかった。
なので自分の中で最も簡単だと思われる万引きから始める。まずは食べ物だ。そうしないと生きていけないから。
肉は難しいので狙うのは専ら野菜や果物だ。露店で店主が他の客と歓談している時が最も好機なのだ。目立たないよう素早く盗んで速やかにその場を去る。
もちろんばれる事の方が多かったが彼は小柄故に人混みを掻き分けるのは得意なのだ。対して店主というのは太った運動不足の者が多いのでかなりの確率で逃げ切っていた。
だが慣れるにつれて油断も生まれてくる。ある日目を付けられていたのも気が付かずにりんごを1個盗むと隣の店主に捕まってしまった。
その時はまだ10歳にも満たないという事で許されたが、2度目に捕まった時は腕が骨折する程棒で殴りつけられた。しかし止める訳にはいかない。フェッファはいつか帰って来る兄を待ち続ける為に、何が何でも生き延びねばならないのだから。

そんな危うい生活が3か月もしない内にフェッディは戻って来た。

最初は嬉しくて仕方なかったがすぐにその笑顔も暗い雰囲気にかき消される。彼は投獄された時既に元服を迎えた成人だった。故にしっかりとした罰を受けて帰って来たのだ。
「に、にいちゃん・・・て、手は?」
「・・・・・」
兄の目は生気がなく、生きているのかどうかもわからない。ただその理由は窃盗罪の刑罰によって両手を切断されたからだというのだけは幼い彼にもわかった。
もはや一人では仕事どころか食事すら難しい。なのに解放されたのは城外で死ねという事だろう。現に満足な傷の手当もされていないせいか包帯は未だ真っ赤な地で染まっているではないか。
こうなってくると自身の傷など気にしていられない。今まで養ってもらった恩というよりは兄を放ってはおけない一心で覚悟を決めるとフェッディはその日から『スリ』を始める。
失敗などを恐れず、ただがむしゃらに小銭を集めては食べ物と薬に包帯を手に入れる日々。元より才能があったのか、彼の技術はみるみる伸びていくと2週間後には誰にも気取られない域にまで達していた。

ところがフェッファの目まぐるしい働きも報われる事はなく、生きる気力を失った兄はやがて高熱を出すとそのまま眠るように息を引き取っていく。

唯一の家族を失った彼は悲しみと苦しさに苛まれ、自身も後を追うかと何度も悩み続けた。なのに意思とは無関係に、まるで息をするように『スリ』を繰り返してしまう。
己が生きる意味もわからず、誰かと会話する機会も無く、社会から隔離された孤独の中を死なない為だけに20年生き続けてきた。







そんなある日、突然豪奢な服を着た女性が姿を現したのを今でも鮮明に覚えている。

「あなたが『お告げ』にあった者ね?」

久しぶりに他人から言葉を掛けられて口も舌も回らなかったというのもあるが、下水道から脇に入り込んだフェッファの居住地に場違いな人物が現れた事に驚くべきだろうか?
「あ・・・ぅ・・・」
この場所には無意識にスってきた小銭が山のように積まれている。というのも自身には過剰な欲望がなく、必要な物は直接盗めば良かった為使い道がなかったのだ。

相手はこれが目当てなのだろうか?もしくは自分の窃盗がバレたのか?であれば兄と同じような末路を辿るのか・・・?

いつの間にか兄の歳より10年以上も長生きしている。死に際と生きる目的を失っていたフェッファにとって、これは天啓とも呼べるものだったのかもしれない。
今度こそと覚悟を決めたフェッファは言葉を思い出そうと必死に頭を働かせるがやはり上手く行かず、行動で意思を示す為に頭を地にこすりつけてみる。
傍から見ればまるで許しを請うかのように見えるがブリーラ=バンメアはそんな勘違いをしたりしない。何故なら彼女は自分の思った事こそが全て正しいと信じて疑わないのだから。
「あら?話が早くて助かるわ。ではあなたを4勇士の1人として迎えます。名前は?」
「・・・フ、フェ・・ッファ・・・」
常に人混みの中で活動していた為言葉を聞き取る事は出来る。しかし内容が全くわからない。彼女は何を言っているのだろう?

それから王城に招かれると見たことも無い豪華な部屋を与えられる。訳が分からないまま立派な寝具で横になるとその夜は久しぶりに夢の中で兄と楽しく会話するのだった。





 未だにわからない事だらけだが命は助かる、というか捕らえられている訳でもないらしい。
髪を整えられるとこれまた豪奢な衣服を与えられ、昨日現れた女性が王妃という存在だと召使いから聞かされても夢か現かわからないままだ。
それでも部屋の中に漂う甘い香りがフェッファの気持ちを落ち着かせてくれた。最近城下でも時折妙な香りがするなぁと感じてはいたがこの部屋はその比ではない。
正に身も心も蕩けるような感覚に陥ると以前とはまた違った意味で生きる目的を見失いそうになる。そして無教養から、またも王妃からこちらに足を運んでくれるという恐れ多さに気が付けなかった。

「どう?少しはゆっくり休めたかしら?」

召使いが深く頭を下げていたのを目にしていたが自身がそれをすれば良いのかはわからない。ともかく昨日と同じように床に両膝を着くまではするも相変わらず言葉を発するのは難しいままだ。
「・・・は、はぃ・・・」
「そう?よかったわ。でもあなたは少し学ぶ必要があるわね。全てをとは言わないけどせめて意思疎通くらいはね?」
「・・・は、はぃ・・・」
学ぶなどという概念すら知らないので頭の中は混乱状態だ。かといって逃げ出すつもりもなかった。何せ昨夜は久しぶりに兄の顔を見れたのだから。
恐らく極上の寝具やら生まれて初めて入った風呂に美味しすぎる食事等々、夢のような体験を兄に伝えたいという強い想いが夢の中での再会に繋がったのだろう。そんな環境を与えてくれた王妃には感謝しかない。

それから家庭教師という者が多少の勉学を教えてくれるようになり、王城内での立ち居振る舞いや久しぶりに言葉を発する練習などをこなしていくと体から妙な力を感じるようになってくる。

最初は低すぎる身分から栄達したとか、美味しいものをたくさん食べているからだと思っていたがどうもそうではないらしい。
気になったフェッファはそれを確かめたくて衛兵から『スリ』を働いてみる事にする。本当は根城にしていた下町付近で試したかったが今や4勇士という高貴な身分になってしまった為、場違いが過ぎると周囲に止められたのだ。
確かにあの頃と違って身に着けている衣服から上物だ。もしこの格好で下町の人混みに入れば逆に『スリ』の標的となるのは想像に難くない。
「こ、これ。あげるよ・・・」
「は?はぁ?あ、ありがとうございます。」
王城の衛兵ともなるとそれなりの給料をもらっている。なのでフェッファが渡した銅貨1枚ではよくわからない反応をするのも当然だろう。しかし彼にとって問題なのはそこではない。
衛兵がそれを懐に入れたのを確認すると静かに立ち去るのを待ち、背中が見えた瞬間久しぶりの『スリ』を発動させてみた。すると思っていた以上に体が速く、正確に動いたのだ。
(や、やっぱり・・・!)
人混みですらない。衛兵に渡したばかりの銅貨を一瞬で抜き取ったにも関わらず相手が気付く事は無く、以前は全く気にしていなかった盗みの腕が格段に上がった事をフェッファはとても驚いた。
だが今や『スリ』どころか盗む必要がない存在へと成りあがったのだ。そう考えるとこの技術が日の目を当たる事は金輪際無いのだろうなとすぐに落胆して衛兵を呼び留める。
「き、きみ。これ、落としたよ。」
「えっ?あれっ?!ほ、本当だ。す、すみません。折角頂いたものを・・・」
今まで盗品を返した経験などなかったので慌てる様子を初めて目の当たりにしたフェッファはほんの少しだけ気分が晴れると、この時は深く考えずに軽い足取りで自室へと戻っていった。



それから一か月後、王妃から初めて命令らしい命令が下ったのでフェッファは謁見の間へ向かっていた。

元々人生のほとんどを1人で生きて来た為、他の同僚などを気にした事もなかったのだが彼はそこで自身と似たような衣装を身に纏う3人と初めて対面する。
「へぇ?何か・・・皆強そうじゃないね?あ、でもラスファルはいいよ?君は美しくさえあればそれでいい。」
「・・・・・私も、あなたは二度と口を開かない方がいいと思うわ。二度とね?」
「ほらほらぁ~2人とも、謁見の間で言い争っちゃ駄目だよ~。」
背の高い細身の青年と若い女性は顔見知りなのか。にしてもあまり仲良くはないらしい。その仲を取り持つ男は非常に丸々と太っている。
王妃は雑技団でも開く為にこのような人選をしたのだろうか?確かにフェッファも小汚い盗人だった為これらの個性に負けはしないだろうが、そもそも勇士とは一体何なのだ?
やっと物事を考えるという行為を覚えたフェッファは一人だけ言葉を発する事無く待機していると王妃が姿を見せたので誰よりも素早く跪いた。





 ブリーラ=バンメアが玉座に座ると早速要件が言い渡される。その内容は侵攻及び防衛だ。
ただフェッファには戦いの経験などない。それがいきなり実戦を求められても役に立てる自信は全くなかった。
「あの~、王妃様。私はその・・・上手く戦えるでしょうか?」
そんな彼の思考を代弁してくれたのがバイーフだ。どうやら彼も見た目通り武術には疎いらしい。しかし自分達は4勇士というものに任命されている。
であれば生きていく為にその役割を果たすべく、しっかりと働かなければならないはずだ。
「大丈夫。あなた達には既に『とある方』の御力の一端が授けられています。」
王妃が軽く右手を上げると召使いは4人に武器を渡す。ちなみにフェッファには何故か刃の短い小剣が授けられた。
自分で戦うなど考えた事も無いし、出来れば安全に立ち回れそうな弓や槍が良かったのだが他の3人も長剣やら鞭やら鋼鉄の拳やらと近接戦に特化したものが多い。
各々がそれを受け取りつつ困惑を隠そうともしなかったのが面白かったのか。ブリーラ=バンメアが軽く笑い声を上げると速やかに命令が下される。

「バイーフ、フェッファは東へ、ベダーヌ、ラスファルは西からの敵軍殲滅を言い渡します。まずは実戦で疑問と敵兵を払拭してご覧なさい。」

現状の生活と地位を維持する為ならやるしかないのだ。この一か月で集中的に礼儀作法を叩きこまれたフェッファは考える事を放棄すると誰よりも速く頭を垂れて小さな声で返事をしていた。



あれからすぐに出立を命じられた2人は1000人の部隊を率いて東へ向かっていた。
「やれやれ。王妃様も言葉が少ないよねぇ。まぁ何となく強さは感じるんだけどさ。勝てるかな?」
バイーフが愚痴を零しながら長剣を抜いて軽く振るうと遠くの木々が一瞬で数本倒れる。これには兵士達と一緒にフェッファと、そして当人も驚いていたがブリーラ=バンメアはこういう事を言いたかったのだろう。
「だ、大丈夫そうですね・・・」
という事は自身も小剣であれくらいの芸当が出来るのか?初めて目の当たりにする人外の力に僅かな期待が生まれるも心中のほとんどは未だ不安で埋められている。
そして2人は他人を心配するような性格でもないし誰かに相談するような性格でもなかった為、力こそ与えられたのだと理解はしつつもその使い方がわからないまま『ネ=ウィン』の部隊と衝突する事になった。

小規模ながら初めての戦場に今度は恐怖が心を支配していたがブリーラ=バンメアから受けていたもう一つの命令は彼らを大いに鼓舞する。

それが御香を濃く焚く、という事だ。この香りには闘争心だけでなく力を強化する効果もあるらしく、現に自身の部隊はまるで獣のような動きを見せて相手と互角以上の戦いを展開していた。
だが自身の手にある小剣を見るとやはり足が竦むのだ。こんな短い刃物で敵と戦うには相当近づかなければならない。すると己の身も危険に晒される。
急所などという概念も知らない素人が、いくら得体の知れぬ力を得た所で命の駆け引きなど出来るだろうか。

「あっははっ!!雑魚がいくら出て来ても無駄だよ~!!」

それなのにバイーフはとても楽しそうに剣を振るっているだけでなく空まで飛んでいた。見た目は何のとりえもない優男だと思っていたのは大きな勘違いだったようだ。
同僚があれ程の戦いをしているのに自分ときたら・・・せめて1人くらいは討たないと・・・
他人と比べるという事をしたことがなかった為、フェッファはこの時生まれて初めて己の中に恥を感じた。そして小さな目標を思い描くと静かに動き出す。

それからだ。敵がまるで止まっているかのように見え始めたのは。いや、敵だけではない。味方も周囲の風の動きさえ遅く遅く感じたのだ。

なのに自分の動きは普段と変わらない。何がどうなっているのかさっぱりわからないがこれなら、とフェッファは軽く駆けて敵の後方に回り込んで手にした小剣を力一杯そのわき腹に突き刺した。





 どしゃしゃっ!!

すると敵兵はその刺突攻撃ではなく、思い切り叩きつけた勢いで大いに吹っ飛んだらしい。しかもフェッファのいる位置は敵部隊の真後ろだ。
故にその異常は周囲の一部にしか伝わらなかったのだが彼にとっては自身の力量をしっかりと感じ取れた事実が大きい。
数人が重なって横に吹っ飛ぶのも遅く見えていたフェッファはにやりと笑みを浮かべながら更に木偶のような敵兵を攻撃する。
今度は力任せではない。鎧の隙間をしっかり見定めてそこに刃先だけを通すように刺し込んだ。するとあまりにも無抵抗な、まるで水に手を付けるくらいの感覚に大きな違和感を覚える。
こんな事で相手は死ぬのか?手ごたえが無さ過ぎて困惑したフェッファはその状態から小剣をぐるぐるとかき回す。恐らくこれで傷は大きくなるだろう。
だがこれが正解なのかどうかはまだわからない。相手がしっかりと死ぬか倒れて動かなくならないと無力化とは言えないのだ。なのに敵は苦しむ行動すら遅いので結果が出るには時間が掛かった。そこで少し考えた後彼は『スリ』の要領で素早く手を動かす。

自身に余裕はあるのだ。ならばじっくり待たずとも追撃を重ねておけばよいと。

人生の中で最高の結論に達したフェッファが歓喜の笑みを浮かべると敵兵は一瞬で数十の刺し傷で覆われた。これで良い。これなら流石に動けなくなるはずだ。
やっと自分の力に確信を得ると彼は相変わらず動きの遅い敵兵らを背後からどんどんと突き刺していく。というか逆にさっさと倒れてくれないと邪魔で仕方がないとさえ思えて来た。
同時に少し前までの自身を思い出す。

下町で何の希望も持たず、死なない為だけに生きていた時も周囲の景色はこんな感じだったと。

それぞれがどのような人物で何を考えているかなど興味もない。フェッファからすれば全てが『スリ』の獲物だったのだ。
それが4勇士の1人に選ばれると対象が敵兵になった。盗るものも小銭ではなく命へと変わっただけなのだ。
(な、何だ・・・緊張する必要はなかったんだ・・・)
環境こそ目まぐるしく変わったように思えたが本質は一緒なのだろう。どこにいってもやる事は変わらず、出来る事しか出来ない。

人生に初めて安堵したフェッファは目を光らせて更に敵兵を駆逐していく。

生まれて初めて手にした地位と美味しい食事は手放したく無いし堅苦しい王城の礼儀作法に嫌悪感も無い。ではこれからはそういった物を護る為に人生を歩もうじゃないか。
兄を失ったあの日から20年、やっと希望を手に入れた彼の心にもはや悩みや不安はなかった。
気が付けば敵の部隊はほぼ壊滅状態になっている。残すは巨漢と細身の敵兵だけだったが彼らの動きは速かった。戦い慣れていないバイーフも荷が重そうだったのでフェッファは静かに背後から近づきその両太ももを何度も突き刺す。
それがとても効果的だったのか一気に動きが鈍く、遅くなると最後はバイーフが狂喜に満ちた顔で長剣を振り回し、後には巨漢は四肢を、細身は脚を切断されて大地に転がっていた。



「よくやりました。流石は選ばれし4人の勇士ですね。」

ブリーラ=バンメアも珍しく喜色の笑みを浮かべている。
あれからバイーフに強者達を捕虜として連れて帰る事を提案され、特に反対する理由も知識もなかったフェッファもそれを黙って手伝ったのだが彼らは隣国『ネ=ウィン』で名の知れた将軍だったらしい。
言われてみるとその動きから確かに強者だと感じてはいたが未だにその『ネ=ウィン』とやらがどういった国かはよく知らない。それでも王妃やバイーフが手柄として喜んでいるのだからいいのだろう。

こうして捕虜は闘技場で扱われる事となり、自分達の力をしっかりと確かめた後4勇士は各々の力量と希望を加味されながら適材適所に配置される事となった。





 『スリ』で生きて来たフェッファは相手の背後、もしくは認識されない場所へ移動する事が得意なのだ。
更に無拍子で小剣を突き立てるのも盗みの技術を応用している。息をするかのように一連の流れを淀みなく行ってくる為、復帰したてのショウにはかなり荷の重い相手だった。

(速い・・・それに上手いですね。)

『力こそ強大だがその技術は低い』という勇士の評価は戦いを終えた後すぐに修正させる必要があるだろう。
人の体は可動域が決まっている。つまり目の届かない場所というのはどうしても生まれてくるのだが、フェッファという勇士はそこに回り込んできて攻撃を繰り出すのだ。
ショウもイフリータと力を合わせて何とかそれを凌ぐも反撃まで手は回らず、思考は『ジグラト』にこんな逸材がいたとは、と脱線する程に感心していた。
《ショウ。もう少し真剣に戦え。こいつは本気でやり合っても難しい相手だぞ?》
それを読まれたのか、イフリータが苦言を呈してくるとショウもいよいよ本腰を入れ始める。
といっても自身は魔術を展開する術を知らないのでその身を炎に投じて背後を護るか、隙を突かれそうならまたイフリータに頼るくらいしだろう。フェッファを倒さねばならないのにその打開策も見つからず相当不利な状況だ。
(これはかなり不味いのでは・・・?)
傍にいる筈のティムニールに助力を頼むべきかも悩んだが彼は未だ姿を見せない、いや、もしかすると見えなくなるような術を展開しているのかもしれない。

(・・・見えない・・・もしかして。)

ふとウンディーネの魔術によって授かった蒼い眼を思い出す。あれにはヴァッツの力を可視する程の能力が備わっていたし、彼女は『闇の王』を警戒してこれを託してくれたのだ。
そして今、眼前には『闇の王』が送り込んできた敵がこちらに牙をむいている。普段は近くにヴァッツがいる事が多かったのと一度は失った右目なので開く事を忘れていたがまだ残ってくれているだろうか?
考えれば考える程不安に陥って来るが他に策が思いつかなかった為、覚悟を決めると傷跡が残る瞼に力を入れて開いてみる。
すると確かに感じた。あの時のウンディーネの力を。そしてその蒼眼はフェッファの力をしっかりと映し出す。『闇を統べる者』とは全く違った異質の黒い煙らしきものが彼の体内から溢れ出ているようだ。
それが敵の動きに合わせて軌道を残すのでひとまず移動先を推測するくらいは可能となったが相変わらず速さでは置いていかれてしまう。
ではどう対応すべきだろう。炎に身を投じて思考を巡らすが敵はショウよりも速く動ける上に不意まで突いてくる。出来る事といえば待ち伏せくらいだが相手の反応速度を考えると現実的ではない。

ずずずずずずっずずず・・・・・

後は突然大地が変動する現象が厄介だった。これは木々や炎を一瞬で移動させて拓けた空間を作り出すようだがこちらは不利を覆そうと身を隠しているのでショウには効果覿面なのだ。
「そ、そこかぁっ!!」
見つけられる度に再び炎に飛び込んでは背後をイフリータに任せるを繰り返す。最初こそフェッファも驚いていたので第三者の仕業かと思っていたがいつの間にかそれをうまく利用してこちらを捕捉してくる。
非常に苦戦を強いられる中打開策もなく、どうすれば満足に戦えるかを必死で考えているとまたもイフリータから意外な所へ苦言が呈された。

「ティムニール様、大地を動かすのは止めて頂けませんか?」

「む?この方がお互い戦いやすいと思ったのだが・・・邪魔立てしてしまったか?」
「はい。敵はこちらより速く動く為、現在身を隠して突破口を探している最中です。このままでは押し切られてしまいます。」
ショウの体から身を乗り出してどこかにいるであろうティムニールと会話をすると、フェッファも身を隠しながらそれを聞いていたのだろう。
「ふ、ふへへっ・・・そ、そうか・・・お、俺の方が速いか・・・だよなぁ・・・」
絵にかいたような獅子身中の虫を体現されると敵は喜色の声を上げて深く納得した様子だ。対してこちらは手の内を全て晒されてしまった為一気に時間がなくなった。
もう誤魔化しながら戦うのは難しいだろう。何とか迎撃、もしくは速さに対抗できる手立てを早急に確立させねば・・・

・・・べちゃっ!!

だが考える間もなくフェッファが背後から迫ってきて小剣を突き立てようとしたらしい。そこに反撃をと動き始めたショウは何歩も後れを取っていた。なのに攻撃を受けなかったのは敵が凄い勢いで顔から大きくこけていた為だ。
「な、な、なん、だ?!」
すぐに起き上がったフェッファは慌てて自身の足元に目をやる。すると彼の右足首は大地に埋もれていた。





 「申し訳ありませんな。まさかイフリータを操るショウ様が後れを取っていたとは思わず。いやはや、良かれと思って取った行動でしたのでこれで許して頂ければ幸いです。」
相変わらず姿は見えないが敵の動きをしっかり封じている所を見るにこれも彼の仕業なのだろう。
「いえいえ。非常に助かります。では・・・」
ショウはカズキやクレイスと違い戦士的な価値観は低い。一対一の戦いとか正々堂々などに拘りはなく、必要なのは敵を完全に倒す、これだけなのだ。
故にティムニールの援護を心から喜び感謝すると身動きの取れなくなったフェッファに全力で襲い掛かる。

しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃんっ・・・!!!!

ところがフェッファは片足が大地に飲み込まれているにも関わらずこちらの攻撃を全て躱しつつ反撃すら放って来たのだから非常に驚いた。素早さが負けている自覚はあったものの、まさかここまで差があるとは思いもしなかった。
だが焦る必要はない。相手の動きは封じられている為間合いさえ間違えなければ敵の刃は届かないのだから。ショウは驚愕を沈めつつ小剣を仕舞うと懐から固くて細い一尺(約30cm)程の鞭を取り出すとそこに『灼炎』の全てを集約する。

びびびびびびんっ!!!

鞭と炎の柔軟性を活かした撓るような動きは視認するのすら難しい上に自身が放つ最も強力な攻撃だった。であっても相手は身を翻し、小剣で上手く受け流しながら鞭を切断されると優勢なはずなのに心は絶望で満たされてしまった。
「・・・イフリータ、お願いします。」
己の実力では倒せないと見切りをつけたショウは仕方なくイフリータの炎で焼き尽くしてもらおうと声をかける。内心とても不本意だったがこんな強敵を見逃す選択肢だけはありえないのだ。
「うむ。」

ごおおおおっごごごおおおぉぉっ!!!

体内から飛び出して来た彼女は動けないフェッファを大きな火柱で包み込んだ。これなら間違いなく消し炭に出来るだろう。

ざしゅっ!!

ところがその火柱が一瞬でかき消されると同時に敵の姿も消える。大地には彼の足が残されている所を見るに咄嗟の判断で犠牲を最小限に抑えたのだ。
油断はすまいと気を引き締めていたはずなのにフェッファという勇士はこちらの想像を更に超えてくるらしい。ショウはイフリータを体内に呼び戻し素早く二本の小剣を構え直すと蒼眼でその動きを追う。
一番怖かったのは逃走だが右足を失っているので相手は物陰に留まったまま動こうとしない。ただ『闇の王』から力を授かっている以上、空を飛んで逃げるという可能性は残っているはずだ。

(どうしましょうか・・・)

それでも速さは相手が上手なのだから間合いを詰めるのを躊躇った。思えば人生の中で格上と戦った記憶はユリアンしかなく、あの時は怒りで動いていた為何も覚えていなかった。
そう考えると今回の戦いは困難を極めている。逃がす訳にもいかず、かといって真正面からでも搦め手でも勝てるかと問われると言葉が出てこない。
であれば再びティムニールに頼ってみるか?もう片方の足を捕らえて貰えば流石に相手も万策尽きるだろう。
「ど、どうした?!お、俺が怖いの、かっ?!」
そんな悩みを嘲笑うかのようにフェッファが声を上げて来た。声色から余裕はなさそうだが戦意は確かに感じるのでショウはより思考の渦へと落ちていく。

「・・・そうですね。貴方は手強いのでとても恐ろしいです。が、逃がす訳にも負ける訳にもいきません。」

しかしやらねばならないのだ。未だ無傷ではあったが折れた心を気合で繋ぎ直すと『灼炎』を身に纏って彼に襲い掛かる。

ばききんっ!!

(・・・えっ?!)
これも油断とは言えないだろう。何せフェッファは確かに右足を失っていたのだから。それが別の足へと変わっており先程と同じ流れで背後を突かれ、イフリータが防御してくれたのを確認した後ショウの心身は混乱で固まってしまった。





 何度目だろうか。またもフェッファが先程以上の速さで身を潜めるとショウも本能から炎に身を隠す。
(まさかあれ程の優勢が覆されるとは・・・勇士とはどうなっているんだ?)
動きを止めても倒せず、右足を失ったのに更なる速さを見せつけて来る脅威に冷や汗が止まらない。心の底からヴァッツを呼びたい衝動に駆られるが彼は時差の激しい魔界にいる為今は難しいだろう。
どうする?どうすれば倒せるのだ?戦闘復帰第一戦で精根が付きそうなショウに体内のイフリータもかける言葉がみつからないらしい。

「ふむ。『闇の王』の恩恵が足を補っているのか。となるとショウ様、貴方の力だけで勝利を掴むのは難しいのではありませんかな?」

そこに先程から姿の見えないティムニールが冷静な分析で声を掛けてくる。こちらは喉がからからになるほど追い詰められていた為見えてるかはわからなかったが頷くとすぐ傍で彼の気配がした。
「でしたら私も全面的に協力致しましょう。かといって爪痕を残すつもりはないのであくまで貴方の補佐という形で。」
出来る事なら全てを丸投げしたかったが彼にも理由があるのだろう。その会話が敵に届いていたのかフェッファがまたも背後から襲ってくると今度はイフリータに攻撃を凌がれた後、ショウの前に回り込んできて速過ぎる攻撃を放って来た。辛うじてその流れは目視出来ているものの体がついていかないショウは一瞬命を諦める。

ばぐんっ!!

ところがフェッファの素早い連続攻撃は一撃のみで終わりを迎えていた。見れば彼の小剣はショウの体を持ち上げるかのように隆起した大地に突き刺さっている。
「ぐっ?!」
そしてそれが抜けないと悟った敵は手を放して素早く身を隠そうとしたが今度は大地が凄まじい勢いで高く隆起していくではないか。

「確かに素早いが力はそれほどといった様子。更にお前の早さは大地を蹴ってこそだ。違うか?」

その様子は遠目から見るとティムニールの尻尾だったらしい。一瞬で三町(約327m)の高度に持ち上げられた2人は先細った大地と地上との高低差に最初は驚くしかなかったがその隆起が止まると浮遊感に包まれる。
それから足元にあった大地は同じような勢いで地上へと戻っていくと、2人は中空に取り残された状態になったのだ。

《ショウ!!今だっ!!!》

イフリータの号令と共にショウも覚えたての飛空を展開すると再び『灼炎』をその身に宿す。ティムニールが作ってくれた速さを殺す地の利は絶対にものにせねばならない。
しかしフェッファは相当な猛者なのだ。地上での動きとは雲泥の差ではあったが急いで急降下を始めた所を見るに彼も間違いなく空を飛んでいる。
(間に合うか?!いや、間に合わせねばっ!!)
こちらも落下に無理矢理速度を上乗せし、まるで隕石のような状態を作り出すと玉砕を覚悟してフェッファに突撃した。当然敵もそれを凌ぐか反撃を狙っていたのだろうがやはり中空での制御はこちらの方が断然上だった。

ざむっ・・・!!!

きわどい戦いだったが最後は散々仕掛けられていた背後に回り込む動きを模倣しながらフェッファの首が斬り落とすとショウはそれを片手で掴んで地上に衝突するような勢いで着地する。
同時に残った胴体は地上から生えて来たティムニールの猛禽類に似た手らしきものががっちり受け取り、そのまま大地へと引きずり込んでいった。
「お見事です。流石はショウ様。」
最後の機転は彼がいなければ成し得なかった。やっと死闘が終わるとショウはティムニールに感謝を述べた後ようやく深く息を吸う事が出来た。







「・・・と、まぁぎりぎりの戦いだった訳です。しかし勇士という存在はその質にはかなり差があるようですね。」
ショウが少し申し訳ない面持ちで話し終えるとカズキとノーヴァラットは目を輝かせていた。
「よっし。んじゃこれが終わったら俺もティムニールと戦わせてくれ!!中々に面白そうな奴だ!!」
「わ、わ、私も是非お話をっ!だ、大地を変化させる魔術なんて・・・ぐふふ、き、聞いた事がないですぅ!」
そしてすぐに後悔した。というかカズキはともかくノーヴァラットもこういう性格なのかと自身の脳内に書き留めておく。
「駄目です。ただでさえお世話になりっぱなしなのにこれ以上の無意味な懇願は私が絶対に許しません。」
これは主にアルヴィーヌの件なのだが今回の件でショウの命の恩人にもなったのだ。彼が姿を現していない以上負担になりそうな話は自身が防波堤となり全てを断るつもりだ。

「まぁまぁ、話くらいなら良いではないですか。」

「「?!」」
「・・・ティムニール様さえよろしければ。」
基本的に寛容な性格を持つ魔族故だろう。姿こそ現さなかったがノーヴァラットと魔術談話に花を咲かせ始めるとショウはやっとひと段落ついたのだと気を緩めた瞬間、意識を失うかのように深い眠りへとついていた。

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