闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -勝利に見合う力-

 クレイス達が合流した西軍はあの後も破竹の勢いで進軍を続け、ザラールの宣言通り三日で王都が届く距離に到達していた。
だが周囲に漂う妙な香りはどんどんと強くなり、薄かった煙は日を遮る程に厚く辺りを覆っている。それでもクレイスの魔術で一気に蹴散らす事が出来る為、彼らが邪香に中てられることは無かったのだが。

「ん?何だあれは?」

休息中に空から警戒していた物見が何かを発見してすぐに報告してくる。聞くところによると黒い外套をきた人物がこちらに飛んで向かってきているとの事だ。
その報せを聞いて思い当たる節は1つしかない。イルフォシアやウンディーネと頷き合うとクレイスは早速空で迎え撃つ準備をした。
しかしその人物は随分とゆっくり飛んで来る。こちらが臨戦態勢を整えているから怖気づいたか?確かに並の『七神』であればイルフォシアだけで勝負はつくだろう。
そして距離がある程度近づいてくるとやっと気が付いた。恐らくそれは『七神』ではないと。何故なら深く被った外套やそこから見える手足に肌はなく、全てが白骨で出来ていたからだ。
(骨・・・骨?骨だけなの?)
不気味すぎる存在にイルフォシアとウンディーネは内心怯えていたようだが、クレイスはむしろその正体が気になって仕方がなかった。
骨というのは肉が腐敗するか燃えた後くらいにしかお目にかかれない。そしてわざわざそんなものを動かす意味もわからない。

「・・・銀髪の少年。お前を殺しに来た。」

なのに声はしっかりと発するらしい。自分が目的だとわかった瞬間、相手は手をかざして来たのでこちらも急いでそれに合わせる。

・・・ぴしゃんっ!!!

すると掌から過去に何度も見た雷が発生したのだ。一瞬で理解したクレイスは懐かしさを思い浮かべつつその力量を見誤る事無く水槍で迎撃を取ると骸骨の姿は既に無かった。
「クレイス様っ?!」
イルフォシアの声と同時に眼前に迫って来ていた敵を認識しつつ右手で素早く水の剣を展開すると思い切り斬りかかる。

ばちぃんっ!!

骸骨も自ら間合いを詰めて来たのだから何かしらの手段を持っているのは予想がつく。だが彼が手にしているのは自身の脚の骨であり、先端には雷の魔術が展開されて鎌のようになっているではないか。
更にそれらが交わると今までにない感触が手に伝わって来たのでクレイスはびっくりすると同時に心が一瞬で高揚する。
魔術とは本来投擲に部類されるものであり、手にしたままの魔術と魔術を接触させるような場面などまず起こらないのだ。それが体験出来たという驚きと喜びは彼の魔術に対する姿勢の表れなのだろう。
初めて自身と似た方法で戦う相手にクレイスはまず競り合いを跳ねのけつつ水球を展開して5発撃ちこんだ。しかし骸骨も横に飛びながらそれらを全て躱すと反撃に雷を3本撃って来る。
こちらも負けじと躱す事を選択してみるが射出速度に差があったせいで最後の一撃だけは左手から水槍を撃って相殺という形になった。
そこに出来た隙を見て骸骨が雷の鎌を振り回しながら急接近してくるので、クレイスも再び水の剣で受けるとお互いの動きは膠着状態に入っていた。





 突然始まった魔術と武術の応酬に周囲は口を開けて眺めていたがそれでいい。骸骨の狙いはクレイスなのだから余計な犠牲も手出しも必要ないはずだ。

互いが武器を交えたまま次の展開を読みあっていると今度は骸骨がその距離から雷を仕掛けて来る。クレイスも慌てて反応するが初速の差が明確な為、無理な接近戦に付き合う必要はないのかもしれない。
ただ彼の心情は違う。初めて出会った己と同じような魔術を使う敵にわくわくが止まらなかった。
相手の攻撃をまたも水槍で凌ぐと骸骨はその手を緩めず更に雷の鎌を振り下ろしてくる。ここで剣を出せばまた同じ行動の繰り返しになるだろう。
なので学習したクレイスは魔術での迎撃を狙う。敵は速さもあるので逃げられないよう考えて選んだのは水竜巻だ。それを至近距離から一気に顕現させ、さらに渦の先端は地面に向かって叩き落す。
相手の力量が読み切れていなかったものの、これの威力は凄まじいので巻き込まれたら脱出は容易ではないだろう。結果骸骨は逃げるどころか何をされたかもわからない勢いで回転しながら地表に叩きつけられた。

そこからしばらく動きが無かったのでもしかして決着がついたか?とも考えたが骸骨の男は強い。ゆっくり体を起こすとふわりと浮かび上がり、左右を軽く確認した後空に戻って来る。

「・・・何故止めを刺さなかった?」

「あっ!そ、そうでしたね。その・・・貴方はまだ戦えるだろうと思ってつい・・・」
期待していた。まだまだ力をぶつけ合えるだろうと。クレイスは自分の命が狙われているのも忘れてこの戦いに胸を躍らせていたのだ。
こうなってくるとカズキに戦闘狂などと口が裂けても言えなくなる。だが自らが積み上げて来た力を行使する喜びを知ったクレイスは更なる高みを目指す為にも、この戦いは全てを出しきりたかった。
「・・・では期待に応えてやろう。」
言い終えた骸骨は再び鎌を構える。ということはやはり近接戦を求めているのか。正直それだと分が悪い。だが今のクレイスは戦いたくて仕方がないのだ。
今度はどういう応酬になるだろうか?少し水の剣を伸ばしてみるか?それとも今度は水球に閉じ込めてみるか?こちらも至近距離から数多の水槍を撃ちこむか?
考えれば考える程どういう戦いになるのか興味が尽きない。しかし彼は大事な事を1つ忘れていた。そう、今は命を賭けた攻防であり、相手はただクレイスの命を刈り取るべくやってきた刺客なのだと。

ぶふふぁっ!!!

黒い外套を翻し、脚の骨を柄のように握った骸骨の男が真っ直ぐに突っ込んでくるのでクレイスは水槍を上下左右に展開して待ち構える。こうして先に迎撃態勢を取っておけば相手の動きにも合わせられると考えて。
そもそも先程から魔術の展開数はクレイスの方が多いのだ。これは魔力消費の関係か展開能力の差か。どちらにしてもそこだけは分があるらしい。
ところが骸骨の男が選んだ手段は間合いより一歩外れた場所から大鎌を振り下ろす事だった。その瞬間だけ切っ先である鎌に魔力を追加で注ぎ込み大きさを変形させたのだ。
意外な動きに目を丸くするも武術面を集中的に鍛えて来たクレイスはその攻撃を見事に見切って水槍の反撃を放った。逆に中距離での攻防になったからこそ、こちらに有利な展開へと持ち込めたとも受け取れる。
それらは彼の肩から腕、あばらの見える胴にも突き刺さり今度こそ決定打となったかのように見えたがここで相手が骸骨だという長所が浮き彫りになった。
一つは血を流さない事。そしてもう一つは部位が細く刺突攻撃での致命傷が取りにくい事だ。
なのでその反撃でどれほどの傷を与えられたかがわからず、更に彼が帰す刃で大鎌を振るうと今度はその切っ先である雷の鎌部分が切り離されて飛んできたのだ。

ここで何故相手が中距離に迫ったのかを理解するがそれは回転させる事で威力を増しており、辛うじて水の剣で受け流すも見れば追撃と共に自らも間合いを詰めてきている。

(・・・だったら・・・これだっ!!)
躱すのが難しいと悟ったクレイスは引き付けた後再び水竜巻を展開する。だが骸骨の男も同じ手に引っかかるような存在ではなかった。
目の前にいた彼は素早く上へと旋回し、その巨大な魔術を躱すとクレイスの背後に回り込む。上下が反転した状態から今度こそ鎌を引っかける様に斬り上げるも、それを読んでいたクレイスの水球に阻まれて身動きを封じられた。

敵も捕まった部分が切っ先だけで助かったのか。クレイスが振り向きざま払ってくる水の剣を躱すべく彼は脚の柄から雷の刃を切り離し、再び向き合うと戦いは心理戦にも発展していった。





 「・・・強いな。」
「貴方こそ。」
まずは互いを称える。骸骨の男はわからないがこちらは本心だ。何せその臨機応変な動きと展開術は今までのクレイスにはないものばかりなのだ。
新しい動きを見る度に全てを記憶して次に生かそうと考えるから自然と敬意が生まれるし、この戦いをずっと続けていたいとも考える。
そして見違える程成長したクレイスをザラールや『トリスト』の部隊は息をするのも忘れて見入っている。ただイルフォシアやルサナ達は期待と不安が半々といった様子だ。
「・・・名を名乗っておこう。私は『骨を重ねし者』だ。少年よ、お前の名は何という?」
「クレイスです。クレイス=アデルハイド・・・え?『骨を重ねし者』さんですか?!」
骸骨が名を教えてくれたのでクレイスも流れで返答したのだが聞き覚えのある名前と記憶が合致してつい警戒を解いてしまう。
もしカズキがこの場に居たら敵を眼前に何という失態だと叱りつけたかもしれない。しかしその様子を見ても『骨を重ねし者』が攻撃してくることは無く、むしろ骸骨なのに驚いている様子すら感じ取れた。
「む?私を知っているのか?」
「はい!!あの、『腑を食らいし者』さんや『血を求めし者』さんと一緒に暮らしてた方ですよね?最初は1人の信者だったっていう!」
嬉しくて水の剣まで引っ込めたクレイスが両手の握り拳を胸に寄せながら話し始めたせいで少し離れた場所にいたイルフォシアから鋭い視線が飛んできていたものの今はお構いなしだ。
「ほう?詳しいな・・・」
「もちろんです!あ、下にいる赤い髪の少女がルサナっていって、彼女の中に『血を求めし者』さんがいるような感じ?です!」
「・・・ふむ。少し話をしようか。」
すっかり敵対心を失っていたクレイスに感化されたのか、それとも自身を知る存在に出会えたからか。『骨を重ねし者』も柄として使っていた両足を元の位置に戻すと静かに降りていく。
次いでわくわくを隠す様子のないクレイスと、やれやれといった様子のイルフォシアが地上に降りた事で周囲も警戒はそのままに見守る姿勢に移行していた。



「あの、『骨を重ねし者』さんってほとんど喋らなくて動けない人だって『腑を食らいし者』さんから聞いてたんですが。その御体は?」

想像とはかけ離れた動きと強さに舌を巻く程驚いていたクレイスは居ても立っても居られなくなり早速質問をぶつけてみる。
「・・・そうだ。私だけでは何も出来ない存在だった。それを『闇の王』が動けるようにしてくれたのだ。」
その台詞に何故かウンディーネが激しく狼狽してこちらの背中に隠れてしまった。というか『闇の王』とは何だろう?どこかで聞いた事があるような?
「『骨を重ねし者』様、クレイス様は『腑を食らいし者』様と懇意の仲でもあります。彼の御仁もお二人が戦う事を望んではおられないでしょうし、ここはそれ以外の解決を模索して頂けませんか?」
不躾に2人の話題に入って来たのはやはりイルフォシアだ。彼女はクレイスの身を誰よりも案じている為、極力争い事から遠ざけようと考える節がある。
ただ今回の提案に関してはクレイスも賛成だった。彼の兄弟には大恩があるし何ならすぐに『腑を食らいし者』の所まで案内したいくらいだ。そうすればきっと彼も喜んでくれるだろう。

「・・・それは出来んな。私はお前を殺すよう命じられて来た。」

ところが意外な返答が聞かされて一瞬唖然とする。『血を求めし者』はともかく『腑を食らいし者』は非常に話の分かる存在だった。なのでその知り合いという関係を聞けばてっきり折れてくれるとばかり思っていたのだ。

しゃんっ!!

そして次に動いたのがルサナだ。彼女は掌から血の刃を生み出すと真紅の目を紅く光らせて臨戦態勢を取る。
「クレイス様は殺させない。」
「ほう?泣き虫だったお前が随分変わったな?」
何故だ?こちらには彼の妹とも言うべき存在の『血を求めし者』もいる。これ以上無理にクレイスと敵対する意味はないはずなのに。
「あの、この世界についてわからない点だらけだとは思いますが、それも僕が知ってる範囲ならお答え出来ます。ですのでどうか矛を収めて頂けませんか?」
なので再度、『腑を食らいし者』が言っていた事を思い出しながら提案する。彼らはこの世界の住人ではないらしい。そして最初は訳も分からず暴れていたという。
だとすれば今の『骨を重ねし者』だって自身の意思とは無関係に暴れている可能性は十分考えられないだろうか?そもそも彼は無口で無害だと聞いていたのに何故誰かに命令されてまでこちらに刃を向ける必要がある?

「・・・ふむ。お前は見た目通り臆病な少年のようだ。話は終わりで良いか?」

だがこちらの思惑は何一つ通らなかった。彼は再び足を外して肩に担ぐと指を動かしクレイスを誘うのだった。





 こういった時、真っ先に強く反対してくるイルフォシアが今日は随分しおらしい。対照的にルサナは殺気立ったままだ。
それにしてもお互いが言葉を交わし、その関係を知っても尚戦いを挑んでくるなんて・・・先程までと違い、事情を知ってしまったクレイスが中々切り替えられないでいると。

「『骨を重ねし者』。貴方は『闇の王』がどういった存在か知ってて従っているの?」

その様子を見かねたのか、それとも何か思う所があったのか。今まで怯えた様子だったウンディーネが凛とした声で真っ直ぐに尋ねる。そういえば『闇の王』という言葉は昔ウンディーネが口走ってたような気がする。
「・・・さて。気が付けば私の傍にいた存在、くらいしかわからんな。」
「あれは元々魔族なの。でも人と魔族への恨みからその姿を変貌させ、彼らを憎んでは殺し合いをさせたり自分の手で殺したりしている。あれに関わっても碌な事にならないわよ。」
彼女の切実な思いを目の当たりにして記憶に蘇った。そうだ、あれはサーマの体からウンディーネが顔を覗かせた時に起きたのだ。だが当時はそれと『闇を統べる者』を勘違いして彼の機嫌を損ねていたのを思い出した。

「・・・道理でお前達が憎い訳だ。今までにない感情が芽生えていたのだけは悩みの種だったがそうか、これが奴の力の根源か。」

だが『骨を重ねし者』は至極納得した様子だ。つまり『闇の王』から与えられた力によって彼の感情にも変化が起きているという事らしい。
「だったら猶更そんな力に囚われないでくださ・・・」
「・・・クレイス。お前は『腑を食らいし者』から聞いたのだろう?私の話を。」
「は、はい。」
説得を遮られ、仕方なくその質問に答えると彼は続けて話し出す。

「・・・私はただの骨だった。喋ったり考えたりは出来たが動く事はなかった。動けなかった。それが今は自由になる体を得たのだ。」

「・・・・・」
「・・・わかってもらえるか?私が動きを得た喜びを。であれば恩義に報いるべきである。さぁこれで話は終わりだ。」
告白された悩みを前にクレイスらは黙る事しか出来なかった。思えば無口だと聞かされていたのに随分とよく喋る点は不思議だった。つまり以前は諦めていたから喋る事も少なかったのだ。
そこに『闇の王』から希望を頂いた。夢に見た自由に動く体を授かったのだ。その喜びは至上のものだっただろう。

「・・・・・わかりました。その代わり僕以外には危害を加えないと約束してください。」

「うむ。奴の命令もお前の命を奪えとの事だ。他に興味はない。」
恩義に報いるという行動に『腑を食らいし者』を思い出したが元は同一人物なので似ているのも当たり前なのかもしれない。後は戦いに横槍を挟まないよう忠告すると『骨を重ねし者』が上空に戻ってクレイスを待つ。
「クレイス様・・・」
「うん。いってくるよ。」
イルフォシアに心配をかけたくなかったクレイスは笑顔でそう告げると珍しく彼女から安堵の表情が垣間見えた。これは彼の勝利を信じているからだろうか。
そして初めて気が付く。これが戦いの本質であるという事に。お互いに妥協出来れば問題ないが毎回そうなるとは限らない。譲れない場合は争いに発展するのだ。
(負けられない・・・うん。負けるわけにはいかない。)
今のクレイスには大切な物が沢山増えた。家族や友人はもちろん慕ってくれる人達、愛する人もいる。それらと明るい未来を迎える為に死ぬわけにはいかないのだ。
それを考えると収めた闘気が再び心の奥底から沸き上がる。相手を憎んでいる訳ではない、むしろ親しみさえ感じた敵ではあるが戦って生き残らねばならないと。
そんな本能と本心から放たれる力は何をもたらしてくれるのだろう。自信と気力に満ち溢れたその姿はイルフォシアだけでなく皆の視線を集めていたが集中している彼がそれに気付く事は無く、静かに空へ戻ると2人は間合いを取って魔術を展開し始めた。





 再び『骨を重ねし者』と相対したクレイスは静かに長剣を抜く。これは少しでも魔力の消費を抑えるのと同時に試したい妙案を閃いたからだ。
それを命懸けの戦いでいきなり試すのもどうかと思うが相手はそれに似た事をしている。であれば問題はないだろう。
「・・・行くぞ。」
静かに『骨を重ねし者』が宣言すると雷の大鎌を振り上げながら一直線に距離を詰めて来た。恐らく中近距離での攻防に持ち込みたいのだろうがそうなるとまた不意に放たれる雷の対応に追われてしまう。
なので自身の持つ長剣に水の魔術を施してその刀身を包み込む。ただそれだけなら長剣を使う必要はない。クレイスの狙いはかつて眼前で見せてくれたクンシェオルトの姿を模倣する事だったのだ。

しゅぱぱぱぱっ!!びしゃしゃんっ!!!

相手が間合いに入る前にまずは水球を素早く展開して動きを阻害する。それからすぐに魔術で包まれた長剣を思い切り振るとその刀身を纏っていた水が弧を描いて中空を走った。
クンシェオルトほどの強烈な衝撃波を飛ばす事は出来なくとも水の魔術を使って思い切り長剣を振る事で十分な威力と速度が加算される。そしてそれは魔術なのだから後から多少の調整を加える事によって軌道を修正出来るまでは読み通りだ。
「・・・っ?!」
水球をいくらか受けて動きが鈍る中、鋭い刃紋が飛んで来ると『骨を重ねし者』も躱す事を諦めて大鎌でそれを迎撃した。しかし注がれた魔力以上に威力が増している為はじき返すのも一苦労と言った様子だ。
それでも追撃の手を緩めない。武術と魔術の融合を目の当たりにした彼は即座に自分のものへと吸収してまた一段と大きく成長を遂げる。これも『腑を食らいし者』との勝負を決する為に日夜修業に励んでいた成果だろう。



だがクレイスは『闇の王』を知らなかった。彼がどれ程人々と魔族を憎み、それらを苦しめる為ならどのような手段も選ぶ存在だという事を。



中遠距離の空中戦を繰り広げる2人は全力でぶつかり合うも中近距離に近づけない『骨を重ねし者』と戦いを支配するクレイスとの差は少しずつ表れてくる。
まず魔力の保有量だ。クレイスはバルバロッサという師がいたお蔭でその本質を何となく読めていた。雷の魔術というのは威力や速度こそ上位に位置するが水や火よりも大量の魔力を使うのだろう。
故に数はあまり展開出来ないはずだ。事実『骨を重ねし者』がクレイスの水球や水槍に魔術で対抗しないのはそこに起因しているのだろう。
そして防衛手段。こちらもクレイスは散々その身に食らってきたから何度も考察を重ねて対抗策を練っていた。それが相殺だ。
貫通力の高い雷の魔術は下手な防壁だと威力を半減させる程度にしかならない。なので今回の戦いでは水槍の貫通力を用いてそれを狙ったのだ。これも思惑通りに事が運んだ事で戦況はかなりクレイスに傾いていた。
最後は『骨を重ねし者』の大鎌をきっかけに誇り高き将軍の姿を真似てみたのだがこれも想像を遥かに超える形で具現化出来た。直接長剣を振る威力に魔術を乗せるだけの簡単な構造だが武術もしっかり鍛錬していた為十分主力として使えるだろう。

後はどういう形で戦いを終わらせるか。

現状ではこちらの魔力、体力共に余裕がある状態なので相対している『骨を重ねし者』もどちらが主導権を握っている戦いかはわかっているはずだ。
出来れば降参して欲しい。彼の気持ちも理解出来るがこの戦いで犠牲を出したくない。
初めての勝利よりも情を捨てきれなかったクレイスはそればかりを考えていた。これこそカズキが見ていれば拳で殴られてただろう。戦いに余計な思考を挟むなと。
「・・・どうした?お前の力はその程度か?!」
『骨を重ねし者』の発言は強がりにしか見えない。それ程相手との力量差を感じる事が出来た。だが必ず決着は訪れるのだ。クレイスは覚悟を決めると水球の数を増やして更に魔術の斬撃を飛ばす。
相手も戦況を打破しようと被弾を覚悟で距離を詰めてきたのだがそれこそが思い描いた展開だった。今度は逃げられないよう超至近距離から二回り威大きな水竜巻を放って地面に叩きつける。そこにしっかりと追撃も入れれば終わるはずだと。

ところがクレイスの視界には『骨を重ねし者』の後ろに映る『トリスト』の部隊やイルフォシアらが見えたのだ。2人の戦いはいつの間にかかなり高度を落としており、相手がクレイスの下方向に位置取ったのも偶然ではないのだろう。

念の為と位置を変えてみると、それに合わせて『骨を重ねし者』も移動する。
「・・・『骨を重ねし者』さん。それは・・・」
「・・・臆病なだけでなく甘い少年だな。」
この状況からだと水竜巻はおろか下手な魔術を放つにも躊躇してしまう。しかしルサナ以外は飛べるのだ。であればこちらが展開した瞬間全員が退避してくれるかもしれない。

ぴしゃしゃしゃしゃんっ!!!!

その迷いは手に取るようにわかったのだろう。『骨を重ねし者』が一気に距離を詰めて懐に入ってくると雷の大鎌が振り下ろされながら同時に4発の雷が彼の体に襲い掛かっていた。





 距離を離せば問題なく捌けるが、そうなるとまた仕切り直しだ。覚悟を決めたクレイスは激しい攻撃を凌ぐために巨大な水球を一気に展開して自分の身を包み込む。

びしゅしゅんしゅっ!!

過去に何度も経験した痛みが走るも水球によって威力を削られた魔術は想定の域を出なかったので状況が覆ることはなく、更に地上で見守っていた彼らも戦況の変化に気が付いたのか。イルフォシアが号令を出すと全員が空に飛んで散り散りになってくれた。
「・・・仲間には恵まれているようだな?」
「は、はい。」
雷の魔術はクレイスの両腕に二本ずつ刺さりはしたが大鎌は長剣で受け切ったので負傷は微々たるものに抑えられる。そして『骨を重ねし者』は背に人質を置く立ち回りも使えなくなった。

ここしかない。

この一撃を叩きこむ為に地の利を捨てる事を放棄し、多少の怪我を覚悟でこの場に留まったのだ。
クレイスは今度こそ甘さを捨てて己の身を包み込んでいた水球を一気に巨大化すると眼前の『骨を重ねし者』ごと包み込む。そしてしっかりと動きを封じたまま内部から水竜巻を展開し、勢いよく地面に叩きつけると残った巨大水球での追撃も行った。
最後は止めを刺すべく無我夢中で長剣を振り回して水の斬撃を十発以上飛ばすとやっと我に返って地上の様子を眺め始める。
「はぁ・・・はぁ・・・そ、そうだ。確か・・・」
同時にカズキの教えを思い出した。確か『残心』だったか。こういう場合、油断を誘ってわざと倒れている可能性とそれによる反撃の可能性があるのだ。故に勝敗が決したと判断する時こそより慎重に行動せねばならないのだと。
まさか自分の戦いでそんな状況が訪れるとは思ってもみなかったが今はその時なのだろう。長剣はそのままに、いざという時の水槍まで展開してから地上に降りたクレイスは間合いを取って『骨を重ねし者』の動向を伺う。

実際の所勝負には勝てたと思う。だが終わり際がわからない。

本当に終わったのか?死んだのか?いや、骨に死という概念は存在するのだろうか?「参りました」と一言告げてくれればわかりやすいのに。等々、頭の中では初めての出来事にやや混乱していると。
「・・・見事だ。」
『骨を重ねし者』からの答えが返って来るとやっと一安心する。

・・・ばきんっ!!!!!

そこに急降下してきたルサナの紅い刃によって眼前で雷の魔術が叩き落とされるとクレイスは『残心』の意味を深く刻み込むのであった。



隣で紅く目を光らせて殺気立つルサナと並んでクレイスも長剣を構えていると『骨を重ねし者』が着用していた黒い外套がまるで溶けていくかのように消えていく。
そして体の関節にかかっていた黒い煙のようなものも霧散して最後はからんっと音を立てると骨が力無く転がった。
「・・・今度こそ終わった・・・?」
「はい!クレイス様、見事な戦いでしたね!」
瞬時に刃と殺気を引っ込めて嬉しそうに抱き着いてきたルサナ。こちらも感謝と歓喜を胸に抱いていた為、自然と腕を回して応えてしまったのだがこれはいけなかった。
「こほん。クレイス様、お見事でした。」
声色こそ変わっていなかったがいつの間に降りて来たのか、イルフォシアから僅かな嫉妬を感じる視線を向けられたので慌ててルサナの肩を掴んで引きはがす。

「・・・私はまた骨に戻るのか。」

だが彼の声が聞こえると今度は全員が戦闘態勢に入った。ルサナとイルフォシアが終わりを判断していたのでまさかと思ったが考えてみると相手はあの『腑を食らいし者』から聞いていた『骨を重ねし者』なのだ。
体を失い、動く事が出来なくなった彼の声はとても残念そうだったがこればかりは仕方ない。ルサナが近づいて行ってその骸骨を拾うと静かに語りかける。
「ごめんね?でもクレイス様を失う訳にはいかないの。」
「・・・お前は・・・お前は本当に『血を求めし者』か?」
全てが終わり、やっと兄妹が言葉を交わし合うも『骨を重ねし者』は驚いた様子だ。しかしその理由はクレイスもわかる。
出会った頃の『血を求めし者』はルサナの体を使って村を1つ壊滅させるなどやりたい放題だった。だが後日姿を見せた時は随分と印象が変わっていたのだ。
理由を聞いても言葉を濁すだけだしバルバロッサでさえ口を閉ざしていたので追及はしなかったものの、以前の彼女を知っている者から見てもその変わり様には驚きを隠せないらしい。

「うん。もう前の記憶はほとんど無いんだけどね・・・でも、貴方が私とつながりがある事くらいはわかるの。」

「・・・そうか。」
初めて現状を少しだけ漏らしたルサナは彼を抱きしめる。同時に『骨を重ねし者』を完全に無力化し、クレイスが確たる勝利を収めたのだと周囲が判断すると大きな勝ち鬨が周囲に鳴り響いた。





 クレイスが『闇の王』からの刺客を退け、大いに勢いを増していた頃。東軍のカズキらは遂に限界を迎えていた。
「けほっけほっ!カ、カズキさまぁ~~」
「だぁああっ!!ちょっとは動けるだろ?!これで何とか魔術を使ってみてくれっ!!」
『ネ=ウィン』の部隊や『剣撃士隊』からも理性を失って暴れ出す隊員が表れ始めたので皆がその対応に追われる。そんな中カズキは少しでも邪香を払い除けようと家宝を使って多少の風を巻き起こす。
というか最初の竜巻以降、常に泣き言を漏らすわ自分の脚で歩かないわと置いていかれてもおかしくない程の荷物と成り下がっていたのだ。せめてこんな時くらいは活躍してもらわねば割に合わない。
「は、はひぃ~!えぇえぇ~いっ・・・」

ぶふふぁあっ!!!

なのにその竜巻は人の高さにすら届いていない。ふざけてるのか?と問い詰めたくなるが皆も邪香の影響で衰弱しているのだ。そう考えると強く非難も出来ないなと半ば諦めた瞬間、最悪の事態が重なる。

「うぐググ・・・ぐうぅぅうおおぉぉおおおぉおおおおおオオオォオオォォォオッ!!!!」

辛うじて正気を保っていたフランドルが獣のような雄叫びを上げると見境なく襲い始めたのだ。想定こそしていたものの、まさか部隊が瓦解しつつある中で理性を失うとは。
(こりゃマジで不味いなぁ・・・)
出来る事といえば後退させつつ犠牲を最小限に抑えるくらいしか思いつかない。挟撃を予定していた西軍には申し訳ないと思いつつ何度目かわからない退却を命じると、またしても意外な人物が現れた。

ぼっぼぼぼっぼぼぉおおおぉぉっ!!!!!

突如四方に巨大な火柱が立つと周囲の木々にも燃え移り辺り一帯が火の海と化す。すると辺りは熱気と煙に覆われたが同時に邪香の香りから解放されていくのもはっきり感じた。狂人化していた隊員らも意識を失いはしたが目を覚ますと正気に戻った様子だ。

「なるほど、これが邪香とやらの力ですか。よくこんな中を進軍してましたね?」

「ほんと無謀だよな・・・」
イフリータの復活と共に『灼炎』の力を取り戻したショウが呆れた様子で更に炎を飛ばす。それにしてもこの侵攻で二度も誰かに助けられるとは思っていなかった。
「ノーヴァラット様、今こそ風の魔術でこの炎を拡げて下さい。そうすれば邪香の効果はかなり軽減されるはずです。」
「は、はひぃ!ええええ~~いっ!!!」
邪香の煙を吹き飛ばす事ばかりを考えていたが粘りつく様なそれを排除するというのは不可能に近い。であれば燃やし尽くしてしまえばいいというのがショウの答えだったのだ。
やっと本調子に戻ったノーヴァラットも今度こそ気合いの入った声で魔術を展開すると立派な竜巻が展開され、周囲の炎はより激しさを増して広がっていく。
若干山火事の危険を感じたものの、今はまず部隊の安全確保が第一だろう。
「よっし!皆、太めの枝に火を付けて携えろ!!」
いち早く立て直しを終えた『剣撃士隊』は『ネ=ウィン』の部隊の救助にも入ったお蔭で被害は最小限に抑えられる。
後はフランドルが正気に戻ってくれればいいのだが・・・逸る心を鎮めつつカズキは熱気と黒煙が燃え上がる中、彼の動きに注視してみるが正気を取り戻した様子はなく、相対したナルサスが今にもその黒い剣を振り下ろしそうな状況だった。





 「待てナルサスっ!!」
慌てて制止を叫ぶと2人は動きを止める。ということはフランドルもこちらの言葉に反応してくれたのか?
「カズキ。お前の実力は十分に認めているがせめて敬称くらいは付けられんのか?」
ナルサスも頭に血が上っている訳ではないし彼を殺めたくはないのだろう。普段と変わらぬ声量で呆れたように答えてきたがそんな問題は後回しだ。
「うううウうウぅ・・・・・」
対してフランドルは低い唸り声を上げている。同僚でもあるビアードも心配そうな表情で彼の様子を見守っているが果たして・・・

「カズキ。そちらは任せますね。」

「・・・へっ?」
すると突然後ろにいたショウが静かに声を掛けて来たので訳が分からず振り返ると彼の姿はない。出来れば彼を正気に戻す知恵を貸して欲しかったが一体どこへ行ったのだろう?

「あぁぁあぁあぁ?!ちょっと?!このままじゃ国にまで影響でちゃうでしょ・・・もう絶対許さないぞ!!!」

規模はわからないが少なくとも1月の寒い時期に熱気で汗が流れ出る程周囲は燃え上がっているし邪香の代わりに焦げ臭い匂いが鼻孔に届いてくる。
そう考えると三度現れたバイーフの焦りと怒りも何となく理解は出来た。恐らく相当な範囲に火の手が回っているはずだ。

ずどぉぉんんんんっ・・・!!!

そしてその声にいち早く反応したのがフランドルだった。大地が大きく揺れる程蹴って跳び上がるとその憎き勇士に向かって剛腕を放つ。
だが空を飛べない彼ではいくら強力な一撃を放ったとしても簡単に避けられてしまう。バイーフもそれがわかっているのか、憎たらしい薄笑いを浮かべて悠々と躱した後反撃の蹴りを入れて地面に叩きつけた。

「相変わらず無駄な動きと油断が多いな?」

そんな2人の接触を猛者であるナルサスが見逃すはずがない。先程とは打って変わって憤怒の声色を発しながらいつの間にかバイーフの真後ろに移動を終えていた彼が思い切り黒い剣を・・・いや、同じように蹴りを放ってフランドルの傍へ叩き落したのだ。
「カズキ!!ビアード!!空は私が抑える!!そいつを絶対に逃がすな!!」
ナルサスの命令が木霊すると2人は大いに心を滾らせて闘気を全開放する。その理由は明白だろう。

フランドルの四肢を落とした男を誰が討つのか。それはナルサスでもビアードでもカズキでもない。フランドル本人に討たせるというのが『ネ=ウィン』の意思なのだ。

「はっははっ!!私を逃がすなだって?!お前達のような弱者相手に逃げる訳がないだろ?!」

ならばカズキも大賛成だ。何としてでも屈辱を晴らしてもらう為に『剣撃士隊』にも退路を塞ぐように命じる。
「うぐぐググ・・・ば、いーフ・・・貴様ハおれが・・・ころぉおおォォスッ!!!!」
フランドルの鬼気迫る声にビアードが息を合わせたかのように大槍を投げて寄越した。それを死体から作った腕でしっかりと受け取ると一瞬で間合いを詰めて振りかぶる。
恐らく邪香の影響からか以前より強く、速くなっている彼の攻撃をバイーフは余裕がなさそうに躱している。そもそも槍というのは間合いが広く、使い手の技術によって強さが大きく変わる武器なのだ。
ましてや彼は4将のフランドル。以前こそ四肢を奪われるという結果に終わったかもしれないが今は敵の力を逆手にとってより強力な攻撃を放てるようになったのだから2人の差はかなり縮んでいるのだろう。
(・・・・・)
その命を賭けた動きにカズキも目と心が奪われる。フランドルからは確かな憎悪を感じる。だがそれ以上に何としてでも相手を討ち取って見せるという強い覚悟と研鑽を積んだ動きはため息が漏れる程に洗礼されているのだ。
無駄がなく、考え抜かれている立ち回りに対して『闇の王』から力のみ授かったバイーフとの対比はより鮮明に浮き彫りになっていく。何も知らない者がこれを見ても10人が10人ともフランドルを支持するのは明白だろう。

それほど美醜の差がありありとしていたが戦いとは強い者が勝つのだ。





 ずむんっ!!!

「フ、フランドォォォルッ!!!!」
彼の決死の戦いも最後はバイーフの拳がその胸板を貫く事で決着がつく。ビアードも同僚の敗北を前に大声で叫んでいたが最後まで助太刀に入る事は無かった。
これが持つ者達と、それを知っている者達の流儀なのだろう。だがカズキが同じ立場だった場合、クレイスがあの場で戦っていた場合、拳に爪を食い込ませて、歯を食いしばって見届ける事が出来るだろうか?
「はっははっはっはああぁぁ!!ざ、雑魚がいきがるからこうなるんだよっ!!って・・・」
だが明確に感じ取れる闘気からフランドルがまだ諦めていないのはすぐにわかった。遂に懐へ飛び込んできた虫をその両腕でしっかり捕まえるとそのまま丸太のような両腕が音を立てて締め上げていく。
「ぎゃはっ・・・かっ!ちょ・・・やめぇ・・・」
「うぐぐぐぐぐぐううううううううううう!!!!!しねぇぇえええええええエエエエエエエエッ!!!!!!!」
見れば胸板を貫いた腕も抜けていない。もしかすると彼は動きの速過ぎるバイーフを捕まえる為にわざと誘い込んだのかもしれない。
めきめきという音が離れたカズキにも聞こえて来るし、この勝負は命を賭けたフランドルの勝利だと確信する。そう、この先どのような結末が待っていようともだ。

「うううがああああああああぁぁああああああ!!!!」

ばしゃんっ!!!!

突然締め上げられていたバイーフから黒い煙が大量に漏れると彼の体が黒く変貌を遂げる。同時にフランドルの体は一瞬で爆ぜて肉塊と臓物が血液に交じりながら飛び散った。
「はぁ・・・はぁ・・・ハァ・・・こノくたばリゾコないガ・・・」
その目と体は完全に黒く染まり、狂人化したものと一目でわかった。それでも勇士と言うだけあって意識は保っているらしい。
互いに人とは呼べぬ体へと形を変えて勝負は決した訳だがカズキやナルサスはバイーフを逃がすつもりはない。

「おのれぇぇえええ!!!!!」

わかっていた。もし同じ立場なら我を忘れて襲い掛かっていただろう。だからまずはビアードを止めるべくカズキは全力でそれを止めたのだ。
言葉はいらない。言わなくてもわかる、ではなく言っても届かないからだ。ビアードではバイーフに勝てない、その剣は届かないのだと。
「はっ!!はっはハっ!!どうシタ?!私ハ逃げも隠レモしなイゾ?カカッテきたらどうダ?」

びしゃんっ!!!

そんな挑発に乗れるのは彼しかない。上空で待機していたナルサスが今度こそ黒い剣を抜いて急降下してくるとその憎々しい頭に思い切り刃を振り下ろす。
バイーフも気配を察したのか慌てて跳ぶが武術の経験がない彼が力量の近い者の放つ一刀が躱せるはずがない。

「っと?!不意打チとは卑怯だナっ?!」

自分の身に何が起こったのかわからなくなる事もままある。特に興奮状態だと痛みというのは後から遅れてやってくるものだ。
「済まんな。つい頭に血が上ってしまった。これは返すから気を悪くするな。」
ナルサスが冷酷な笑みを浮かべながらそれを拾い上げるとバイーフに軽く投げて寄越す。だが未だに自身の体から失われたものだと気がついていない彼は不思議そうな顔でそれを受け取るとやっと色んなものが追い付いてきたようだ。
「こレって?・・・え?アれ?」
先程フランドルの胴体を貫いた右腕が肘から斬り落とされていたのをやっと気が付いたのか。表情はまず焦りへと変わり、そして苦痛に歪んでいく。

「我が国の4将フランドルを貫いた右腕だが持ち帰る価値もないのでな。お前達の力ならまたくっつけられるんじゃないのか?」

対照的にナルサスはとても愉快そうな、そして冷酷な笑みを崩す事無く楽しそうに答えていた。





 「さて。今度は私が相手をしよう。もちろん楽しませてくれるのだろう?確か逃げも隠れもしないんだよな?」

それでもバイーフという男の行動は基本的に卑屈で臆病だ。ナルサスが左手を軽く上げると『ネ=ウィン』兵も若干正気を取り戻したビアードも包囲する。
当然カズキもそれに合わせて動きはするのだが敵は空を飛べるのだ。であればまた一目散に逃げだすのではないかという懸念が拭いきれなかった。
「はぁッ!はァッ!ハァッ!イ、痛ぇ・・・くそッ!!」
狂人化しているにも関わらず意識を保持しているのが逆に足枷となっているのか。バイーフは痛みのせいで激しく呼吸を乱しながら大量の汗を流している。
その双眸からも怯えをありありと見て取れるしとても戦おうとしている者の様子ではない。となるとやはり逃げるのだろう。今回は『ジグラト』の部隊もおらず何故か彼は1人なのだから。

(・・・・・1人?)

そうなのだ。これほど卑屈で臆病な男がいくら国土に大火事が起こったからと言って1人で姿を現すだろうか?もしかして伏兵がいるのでは?そこに気が付き、やっとショウが姿を消した事に辿り着くと慌てて周囲を見渡す。
「フェッファ!!いつマデ様子をミテるつもりだっ!!!フェッファ!!!」
名指しで誰かを呼ぶ姿から想像するに相当な猛者が一緒なのだろう。でないと自分に自信のないバイーフという男が堂々としているはずがない。
だがいくら待ってもフェッファという男が姿を現す気配はなく、周囲は以前として大火で燃え盛ったままだ。

「その方はもうこの世に存在しませんよ?」

そして涼しい顔と声で突然姿を現すショウ。一瞬何を言っているのかと思ったがその左手には誰かの首が掴まれている。
「ほう?『トリスト』の左宰相殿ではないか。それと・・・その手にしている人物は知らぬ顔だな。」
全てを理解したナルサスも理解がやや遅れたカズキもバイーフの切り札が既に落とされていたのだと気が付くと少しの安堵が生まれた。これで残る敵だけに集中できると。

「お久しぶりです。ナルサス様、ビアード様。あと彼が『ジグラト』の4勇士が1人、フェッファという者です。」

持ち上げられた生首の紹介が終わるとバイーフは慌てて空へ逃げていく。だが後顧の憂いは何もないのだ。それを全力で追いかけたナルサスを地上にいた者達が全員で見守るとすぐ上空でいくらかの斬撃音が木霊する。
それからすぐに戻ってくると彼の左手にもまた同じように生首が掴まれていた。
「これで4勇士とやらの半分は討伐し終えた訳だ。大火によって邪香の効果が薄れるという情報も得た事だし、今夜はフランドルの為の宴を開こうか。」
「はっ!」

こうして王都まで残り2日の距離まで迫っていたナルサス率いる『ネ=ウィン』の部隊とカズキの『剣撃士隊』、そこにノーヴァラットとショウが加わった異質な部隊は燃え盛る大火に囲まれつつ弔いの宴が始まった。



4将フランドルの勇敢な戦いは様々な意味で皆の心に大きな大火を灯したようだ。『剣撃士隊』でもその話題ばかりであり、特にビアードが悲しみからの逃避を計っているのか、珍しく饒舌におしゃべりをしている。
そんな中カズキだけは肉片と化したフランドルの遺体に手を合わせると何か持ち帰れる遺品がないかを探し始めた。四肢を失っており捕虜だった為身に着けていた物は少ない。
それでも何かしらをフランドルと残された家族に持ち帰ってやりたかった。自身が形見の刀を引き継げたのもフランシスカのお蔭でありその恩義に応えたかったのだ。

「意外だな。フランドルを偲んでくれているのか?」

すると後ろからナルサスに声を掛けられる。静かに振り向いたカズキは頷きつつ、フランシスカについての説明をすると彼は目を閉じてこちらの心境に答えてくれた。
「なるほど、遺品か・・・目ぼしいものは全てビアードが回収したはずだから奴に事情を説明すればいい。」
「そっか。ありがとな。」
「・・・それにしても随分優しいな。『トリスト』に所属する人間ならもっと感情を押し殺さないと務まらないだろう?」
最近よく優しいと言われるがいい加減むず痒くて仕方がない。そもそもナルサスに比べれば大抵の人間は情に厚く見えるだろう。
「そんなんじゃねぇ。約束だからだよ。」
松明で照らされていたとしても頬が少し赤く映っていたカズキはぶっきらぼうに言い放つとその場を後にする。それからかなり酔っぱらっていたビアードに無理矢理酒を付き合わされつつフランシスカの件を話すと彼は小さな指輪を手渡してくれた。

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