闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -波乱の訪れ-

 クレイスが単騎で『シャリーゼ』への侵攻を食い止めた話は周囲の者達を大いに勇気づけた。
「い、いえ、そんな。僕なんてまだまだですし。」
本心から謙遜するも彼らの歓声は止まるところを知らない。更に滅多に人を褒めないザラールからも『よくやった。』と一言飛び出て来たので大騒ぎへと発展する。
だが『ジグラト』の侵攻はこれで終わりではない筈だ。なので祝勝を適度に楽しみつつクレイスは次に向けて行動を起こす。

「糧食なら沢山ある。いくらでも食べるがいい。」

幸いこの地には大実業家のジェローラがいる為、食事に困る事はないらしい。となれば遠慮はいらないだろう。
クレイスは大鍋の前に大量の香辛料と食材を持ってくると早速調理を開始した。昨日からしっかり休めていないから体が濃い味付けを求めていたようだ。気が付けば辛くも甘い鍋料理が完成したので兵士達にも振舞ってみる。
「う、美味い!これが噂の料理ですか・・・流石です!」
すると大鍋の周りにはあっという間に人だかりが出来てしまった。皆がこれほど喜んでくれるのであればこんな特技でも無駄にはならなかったのだとクレイスも安堵する。
それから宴のような賑わいに発展していくと彼も時間を忘れて飲食を共にし、目が覚めた時はすっかり朝日が昇っていた。



クレイスが大量の敵兵を屠った事で流石の『ジグラト』にも大きな穴が開いたらしい。それから一週間以上は侵攻がなく、『トリスト』軍も全員が十分な休息を得られたがここからが本題なのだ。

「『ジグラト』を堕とす。」

会議の場に呼ばれたクレイスもザラールが短く告げた言葉に周囲と同様、無言で頷いた。
「その為にクレイス。お前には大役を買って出てもらうぞ?」
「はいっ!」
内容は一切知らされていなかったが恐らく魔術の面で期待されている。この時はそうとしか考えていなかった。何故なら同時に大きな外套と指揮権を与えられたからだ。
ならばそれにしっかりと応えよう。心身が充実していたクレイスは不安と期待を胸にそう誓う。
「ザラール様、東との連携は?」
「ふむ。あちらもかなりまずい事にはなっているようだが・・・」
「・・・東というのは?」
だが『ジグラト』という国が広大な領土を保有している為、『シャリーゼ』側だけの寡兵で攻め込むつもりはないらしい。聞くところによると東側の『ネ=ウィン』も皇子ナルサスが軍勢を率いて反抗戦に打って出ているという。
そしてそこにはカズキ達『剣撃士隊』も加わっているそうだが、これには彼が受けた恩を清算させる意味が含まれているらしい。
「えっと。カズキがいて、ナルサスがいてビアード様がいる・・・のに苦戦されているのでしょうか?」
東西からの挟撃という構図はわかりやすく『ジグラト』は二面の対応を追われている為、その戦力は必ず分断されるはずだ。
更に彼らが相手をするのは戦闘国家『ネ=ウィン』と極小精鋭『トリスト』。普通に考えれば抵抗する間もなく蹂躙されて終わりを迎えそうなものだがあの黒く変化した兵士達がそれらを阻んでいるということか。

「東側には東側の理由があるのだ。それより西側の進軍の方が大いに遅れている。他所の心配は後にして我らは三日で王都を目指すぞ。」

かなり無理のある発言だったがこれには檄を飛ばす意味も含まれているのだろう。ザラールの号令により会議は幕を閉じると早速彼らは移動の準備を始め、クレイスも慣れない外套を翻しながら水球での物資運搬に協力するのだった。





 天族や魔族といった人種に囲まれていた事や彼自身が異能の存在と相対してきたのも大きいだろう。
『ジグラト』の王都を目指す中、敵軍に明らかな狂気を感じていたカズキはナルサスと進退を協議する度どんどん不仲を積み重ねていく。

「おいナルサス。いい加減村人を本国に輸送する提案を飲んでくれよ。じゃないといらない犠牲が増え続けるだけだぜ?」

『ネ=ウィン』としては速やかに領土を奪還しつつ王都までの進軍を掲げている。カズキもそこに異論を唱えるつもりはないのだが問題は村々の邪香を排除する以外の対処を怠っている点だ。
そのせいで最初は彼らからの夜襲を受けてしまった。そしてそれらを討伐すれば理不尽な叱りを受ける。なので次の村では正気を失っていた村人を縛り付けるという強引手段を取ってみたのだが狂人と化した彼らの力をそんなもので抑えつけられるはずもなく、結局多数の死者を出してしまった。
邪香を処分しても彼らを動きを封じても縛り上げても駄目。となると周囲に纏わりつく邪香の香りから遠ざける必要があるとカズキは結論付けたのだがナルサスは頑として受け入れてくれないのだ。
というのも『ネ=ウィン』という国家も少数精鋭の為、村人を輸送するという余力は残されていない点が大きい。いや、正確には可能なのだがそうすると侵攻に遅れが生じてしまう。
この戦いに限らず少数で戦う場合必ず短期決戦でなくてはならない。でなければ彼らの体力や士気がいたずらに削られていくのだ。故にカズキの提案は受け入れ難かったのだがとある村での出来事が遂にナルサスに苦渋の決断を迫る事となった。

それが夜襲だ。といっても今までの村と変わらない。邪香を求めて暴徒と化した彼らを制圧する流れなのだが今夜は少し様子が違った。

満足に体を休める間もなくまたも多数の村人を斬り伏せねばならなくなり、それが終わってやっと一息つけると思った矢先に死体が動きを見せ始めたのだ。
最初はユリアンがやっていたかのような、屍が立ち上がって攻撃を仕掛けてくるのかと思ったがそうではない。それらは無秩序に一か所へ集まると大きな塊へと変貌していくではないか。

ずずず・・・・・ずずずずず・・・・・

「な、何だこれは?」
最終的には黒い煙に覆われて一つの巨体へと姿を整える。それが周囲を見回しただけでも五体は誕生した。
過去に似たような存在を討伐した記憶はあるものの、あの時はクレイスやイルフォシア、ウンディーネがいたし、敵は一体だけだった。そう考えただけでも厳しいのにこちらは連日の疲れが尾を引いている。
「ナルサス!!一度撤退だ!!せめて香りの薄い場所まで逃げるぞっ!!」
『トリスト』に所属して日が浅いのもあるだろうが、カズキは数多の人間を斬り伏せて来たからこそ、何より命を大事に考える。
国や軍隊の体裁などより少しでも劣勢を覆すべく、彼は『剣撃士隊』に命令を出すと来た道を引き返し始めた。同時にビアードもそれに乗ってくれたお陰でナルサスも踏ん切りがついたのか、自身の近衛を引き連れて空に飛ぶと時間を稼いでくれた。

敵地の奥まで歩を進めていた為邪香の効果はずっとまとわりついていたが、視界が開けた平地に出ると大いに新鮮な空気を肺に満たす事が出来たのでカズキも踵を返して気合いを入れ直す。

「まずは足を狙えっ!!動きを意識して攻撃しろっ!!!」

大きな体を動かす、支えている部分を狙うのは基本中の基本だろう。こうして体勢を立て直した彼らは何とか駆逐に成功するのだがその後、敵は邪香の力が弱まったお蔭で倒せたと考えるカズキと、ナルサスが本気を出したからこそ簡単に討伐出来たという意見でまたも対立していた。



それでもこれが転機でナルサスは村人を自国へ輸送する案を飲んでくれたのだ。これにより彼らを手にかけるという選択は無くなったのだがそれも最初だけだった。
何故なら『ジグラト』領土の奥へ進めば進むほど邪香の力は色濃くなっていく為、奥へ進めば進むほど話し合える状態の村人が減少していったからだ。
更にこの香りはカズキらの体も蝕んでくる。
『ネ=ウィン』『剣撃士隊』共に規律の厳しい部隊であったにも関わらず彼らの目から光が消え始め、機敏な統制が取れなくなってきたのだ。そうなると急襲や夜襲への対応が遅れる。普段の彼らではあり得ない攻撃を受け、いらない負傷を負い、余計な死者を出していく。
かく言うカズキも頭がぼぅっとしている時間が生まれて自ら隙を晒している事を深く悔いた。だがそれらは気合いで何とかなるものではないのだ。一応ルクトゥールが処方した薬を布に塗布して口元を覆ってはいたものの、これも一時凌ぎにになるかどうかといった程度のものらしい。
最終的には自我を保てなくなる程の香りに包まれるのではないか?という不安はあったがそれを言い出すとまたナルサスがへそを曲げかねない。
念の為『剣撃士隊』の隊員には異常を細かく報告するようにだけ伝えておくが、これも焼け石に水なのかもしれない。

(こりゃヴァッツに任せた方が良かったかな・・・)

彼なら何も効果を受けずにずんずんと進んで王都を陥落させるくらいは軽く成し遂げるだろうが今回ばかりはそうもいかないのだ。カズキには己の私情を清算する為と『剣撃士隊』の力を底上げするという大きな目的があるのだから。
なのでぼやきこそ浮かぶものの本当に彼の力を借りたいとは思っていない。ただ、やはり少数精鋭が仇となり、長期にわたる侵攻と輸送は彼らの体力と気力を確実に削っていった。





 『ジグラト』という国家は内部が腐敗して既に百年以上も経っている。故に今更ブリーラ=バンメアや『闇の王』という猛毒が根幹に入り込もうとその被害や危機感を覚える者は誰もいないのだ。
むしろ彼らのお蔭で事なかれ主義だった賄賂大国は真の力を得る事が出来たと前向きに捉えることすら出来るかもしれない。

「やれやれ。王妃様も人使いが荒いねぇ。」

その力の一端が選ばれし4人の勇士だろう。これはトロクなどと違い生粋の『ジグラト』人から選ばれており、『闇の王』が作った更なる強力な力を持つ凶邪香を十分に吸い込んだ者達を指す。これにより碌な人材がいなかった彼らの国にも『ネ=ウィン』の4将すら超える武将を得られたのだ。
ちなみに選ばれた人数が4人となっているのにも理由がある。これは単純に『ネ=ウィン』への当てつけに他ならない。
既に4将の1人フランドルは無力化して捕えてあるし、その息子も日夜闘技場で国民の享楽を満たす為だけに働かされている。つまりお前達の国で担がれていた4将など大したことは無く、4勇士の方が格が上だと喧伝する為だ。
ただその事実が未だ周辺国に上手く伝わっていないのだけは予想外だった。まさか戦闘国家を含め、他国の諜報能力がこれほど脆弱だとは思いもしなかったのだ。
そこにカズキらの反抗部隊が領土奪還に動き出したというのだから王妃も今度こそ世に知らしめるべく動き出す。

謁見の間に呼ばれた4勇士が揃って玉座の前に跪くとブリーラ=バンメアが長煙管をぷかりと吹かした。そして4人の顔をゆっくりと見渡した後、静かに本題に入る。

「・・・やっと『ネ=ウィン』が本隊を送って来たわ。ナルサスっていう手土産までぶら下げてね。」

つまりこの機会にそれを討てという話らしい。
「そういう事でしたら私にお任せください。」
後は誰が対応するかだが、整った顔立ちをした優男が静かに面を上げると微笑を浮かべて志願する。彼の名はバイーフ。その容姿と腐った性根を王妃に気に入られ、4勇士に迎えられた男である。
実際その与えられた力を使ってフランドル部隊を壊滅させたのも彼であった為、この声に誰かが反論する事はない。そもそも全員が事なかれ主義の権化と呼べる存在であり、そんな彼らがいくら強大な力を与えられたからといって忠義や忠誠心が芽生えるはずもないのだ。
全ては己が欲望を満たす事だけを考える主従関係。それが成り立っているのは『闇の王』が作り出した邪香によってこの国が他国を圧倒しているからに他ならない。
故に彼らが働く理由に手柄や名声などというありきたりなものは一切なく、強者の立場となった自分の力を弱者にぶつけたいという単純なものだった。路傍の蟻をつまんで引き千切り、圧し潰す。それを人間相手に可能となったバイーフは行使したくて仕方がないだけなのだ。

彼の人生は事なかれ主義の中でも王道をいくものだった。

中流官吏の家に生まれ、甘やかされて育った彼は文武を持たない生物へと変貌を遂げる。父から養われるという形で生活を続け、穀潰しだと噂されても意に介さないバイーフは矮小な矜持だけが大きく膨らんでいく。
そこにブリーラ=バンメアから力を授かった時は正に神の思し召しだと感じたのだろう。その力を振るった時、自らに甘すぎる性格と宛てのない鬱屈は形を変えて新生したのだ。

「バイーフ、期待しているわ。でも殺しちゃ駄目よ?出来れば無傷で捕らえて欲しいくらいなの。」

「えっ?それでは私の楽しみが・・・」
「ええ。だから他は好きにしていいわよ。それと、見事に達成出来たらラスファルも好きにさせてあげる。」
「「えっ?!」」
4勇士の1人であり、その苛烈な性格はブリーラ=バンメアにも引けを取らないと噂されるラスファルがいきなり名指しで褒美扱いされた事に声を漏らしたがバイーフの目と下半身は既にいきり立っていた。
「おいおい。王妃様から確約を頂いたぞ?ふはは、帰ったら覚悟しとけよ~?」
気の強い彼女を無理矢理犯したいという気持ちは以前から持っていた。実際勇士に任命されてすぐにラスファルを見初めて何度か襲い掛かったが全て返り討ちにされていたのだ。
それでもバイーフが諦める事は無かった。生意気な性格と美しさを兼ね備えた彼女を泣かせたい、謝らせたい、それでも許す事無く手籠めにしたい欲望はずっと内に燻ぶっていた。
そして今回の任務ではその許しを得たのだ。4勇士と箔こそ付いていたものの彼らに義侠や仲間意識はなく、上下関係のみで構成されているからこそ可能な褒美だろう。
「・・・・・」
故に普段は暴言罵倒しか言わないラスファルは無言を貫いたままだ。流石の彼女もブリーラ=バンメアの命令には背く訳にもいかないと暗に了承しているらしい。

「お任せください!このバイーフ、必ずや任務を完璧にこなして見せましょう!!」

苦々しい表情を隠そうともしない彼女の姿はますます彼の嗜虐心を煽り立てる。こうしてバイーフはラスファルをどのようにいたぶるかだけを考えながら単身で『ネ=ウィン』の部隊へ足を運ぶのであった。





 「あぁあぁあぁあああぁくそがっ!!!!!何で私があの短小野郎の褒美みたいになってるのよっ!!!このクソクソクソクソクソがぁっ!!!」

謁見の間から出て来たラスファルは同じ4勇士のベダーヌに勢いよく怒声を浴びせると手にした長い鞭を当てまくる。
城内の廊下という公衆の面前で行われる異常な行動と、びしびし伝わる軽快な小気味良い音の不均衡は見る者を不安にさせるが、それはあくまで一般論だ。
癇癪持ちの彼女は気に入らない事がある度に周りに当たり散らすし、その役目はほとんどの場合暴飲暴食を繰り返し岩石のような体になったベダーヌが受け持っていた。なので慣れた周囲もそれに一々口を挟む事は無く、むしろ構うだけ時間の無駄だと素通りしていく。
「だ、だったらラスファルが名乗りを上げて行けばよかったじゃないかぁ~いたたた。」
こちらはかなり力を入れて打ち付けているのにいたたた程度で済んでいるのだから肉の鎧というのも中々悪くないのかもしれない。だがその平気そうな口調がより彼女の怒りに火を焚きつけるのだ。
「うるっさいわねぇぇ!!!な~~~~~んで私がそんなつまんなぃ事をしなきゃいけないのよっ!!!クソクソクソクソックソーーーーーーーーーッ!!!!」
ラスファルも例に漏れずブリーラ=バンメアから直接4勇士としての力を賜った。なので彼女に頭が上がらないのは他の面子と同じなのだがそれでも4人の中だと一番忠誠心は高い。
何より堅っ苦しい制約は一切なく、基本的には個々の裁量に委ねられるという部分も気に入っていた。だからこそ彼女の命令には従ってきたし、これからも従い続けるだろう。



今年25歳になる彼女は4勇士の中では最年少だ。出自は一般的な農家で食うに困っていた訳でもなかったのだが村一番の美人という容姿を買われてとある重臣の妾となる。

ラスファル自身その待遇にも満足していたし、子を授かれば上流階級の仲間入りも見えてくるのだ。であれば主人と肌を重ねるのを断る理由もない。出来れば毎晩自分だけを抱いて欲しいと強く願っていたくらいだった。
だがその欲深さと執念深さが仇となったのか。彼女の強欲に辟易し始めた主人は寝所に呼ぶのを控える様になっていくとその不満は外側へと表れ始める。
まず凛とした美しさは少しずつ冷酷な表情へと変化していく。そして言動。これらも強い物言いや手が出るようになってきた。故に妾同士の争いとなると彼女は力尽くで相手を捻じ伏せるようになっていったのだ。
それでも大事とならなかったのは事なかれ主義国家での出来事だからだろう。かなりひどい目にあった妾達も多数いたが、それらは場所と所有者を移される事で問題の解決を図られる。
流石に他人の所有物を傷つける訳にはいかないのでその対応で丸く収まるものの、最後はラスファル自身が主人から疎ましく思われ始める。何故なら折角新しく妾を手に入れても彼女の嫉妬によって潰されかねないからだ。

結果として彼女自身が主人から見放される形となり、村に帰されるか、娼館に売られるかといった状態に陥ったのを助けたのがブリーラ=バンメアだった。

もちろん王妃は当初ただの手駒としか見ていなかった。実際国王に抱かせた後の生贄としても候補に挙がっていたくらいだがラスファルからすれば恩人に変わりはない。これでまた上流階級に成り上がれる機会を得られたのだから彼女の為に働こうと考えるのも自然な流れである。
そんな彼女の僅かな恩義を見抜いたのか強い嫉妬心を高く買われたのか。ラスファルは国王の下へ送られる事無く、いつの間にか蔓延していた邪香の効果に中てられてよりブリーラ=バンメアに忠誠を誓うようになっていた。



そして現在、国内にいる美しい女を集めて王妃に献上するのが彼女の主な仕事となっている。
そもそもラスファルの振るう暴力は戦うというよりは嬲る事と不満をぶつける意味合いが強い。与えられた力が対外に振るわれた事は一度しかなく、その時あまり面白さを感じなかった為その役目に落ち着いたのだ。
「ったく!!ねぇ豚野郎っ?!もしバイーフがナルサスを連れ帰ってきたらそいつを殺して!!!いいわね?!?!」
「ええ~~~~?そ、そんな事をしたら王妃様に怒られちゃうよぉ??」
「いいのよ!!お前が勝手にやって勝手に怒られるってだけなんだから!!それとも私があんなクソ野郎に抱かれてもいいっていうのっ?!」
「う、う~ん・・・それは嫌だなぁ・・・」
「でしょ?!だったら言う事を聞きなさいっ!!」
会話の最中にも鞭がびしばし飛ぶというおかしな光景であったがむしろベダーヌは彼女からの激しい責め苦を喜んでいるきらいがある。
なので誰も2人のやり取りを気に留める事無く、丸々と肥えたベダーヌも己が快楽を優先する為に彼女の願いを深い考えもなく受け入れていた。





 非常に苦しい戦いを強いられる中、カズキはある事に気が付く。それはナルサスの様子だ。彼だけは邪香の効果をものともせずに動けているのだ。
最初は空を飛べるからだと思っていたが同じように飛んでいる側近達は明らかに調子を崩している。よくよく観察してみると彼の周囲だけはいつでも空気が澄んでいるようだ。
詳しい理由はわからなかったがナルサスだけでもしっかり動けているのであればこの侵攻もきっと上手く行くだろう。

そう安易に捉えていたのが既に失敗だったのかもしれない。

体の力が入らない上に思考すら奪われていく中、村々を1つずつ解放しては本国へと送るを繰り返す彼らの士気が限界まで低下していた時、それは突如現れた。

「上だっ?!?!」

そんな状態であったにも関わらず一番最初に対応出来たのは本能からだろうか。カズキは迷う事無く『山崩し』と『滝割れ』を顕現させると盾のように構える。

どどんっっ!!!

強大な攻撃を辛うじて防ぐことが出来たものの、十分な力が入らなかった為に手足の節々と散々言われてきた腰回りに嫌な衝撃と痛みが走った。この上追撃が来ていたら流石のカズキも命が危うかっただろう。
「おや?私の攻撃を凌ぐとは・・・いや、違うな。楽しみたくて少し手加減が過ぎただけだろうな。うんうん。」
それからすぐに何とも言えない、まるで強さを感じない声が聞こえたので皆が防御態勢を取ったまま、その方向に視線を向けた。

ばきんっ!!!

だがその姿をしっかり捉える前にナルサスが黒い剣を抜いて襲い掛かる。気になる点が多すぎて理解が追い付かないがまず不意を突かれたのは上空からだったらしい。
つまり相手は空を飛べるという事だ。制空権を握っているのは『トリスト』と『ネ=ウィン』という認識が強かった為、不注意が先行していた点は否めない。
そして次に気になったのはナルサスの攻撃を凌いだ事だ。彼とはカズキも手合わせしている為その力量を十分に理解している。
ここも油断から生じた反省点なのだが、まさか『ジグラト』に彼と対等に戦える存在がいるとは夢にも思っていなかった。今までの侵攻状況も鑑みるに不気味な邪香を使って人々を暴徒化させる。それが主な強さだと決めつけてしまっていたのだ。
以上の二点はいずれも気の緩みや浅慮からくるものだ。それをしっかりと反省しつつ邪香を振り払うかのように一度大きく二振りを振り回してから収束させて刀を抜く。
「待って待って!君がナルサスでしょ?!君と戦うつもりはないんだって!!」
見上げてみると空では敵が防戦一方のままそんな事を宣っている。つまり捕らえて身代金やら交渉を考えているのだろう。ナルサスの身柄はこの中でも飛びぬけて価値があるのだから当然と言えば当然だ。
「のこのこと単騎で現れて何をふざけた事を。お前の事情はどうでも良い。この場で引き裂いてやる。」
しかし急襲された恨みを晴らすべく彼が剣を振り回しつつもそれが敵に当たる事は無い。今のナルサスは邪香の影響もほぼ受けていない為万全の状態に近いはずなのに。
(あいつは一体・・・)
カズキは邪香で働かない頭を何とか稼働させて刀を握る手にぎゅっと力を入れる。そしていつでも斬りかかれるよう気合を込め直して敵の動きをじっくりと観察していると、ある違和感に気が付いた。
それは『不完全な動き』だ。
確かに相手の動きは速く、確かな力を感じる。だがそれだけだったのだ。力というのは心技体の3つで形成される話は昔から祖父に何度も言い聞かされてきた。
つまり小手先の技だけでも怪力なだけでも強靭な心だけでも駄目であり、人はその三要素を高める事で強さが成り立つのだという。
そんな敵からは力強さのみ感じるが他は酷い。剣を使ってはいるもののその軌道は力任せで行き当たりばったり。戦う姿から焦りが手に取るようにわかる。
それでも黒い剣を持ったナルサスと打ち合っているのは全てが文字通り力任せだからだろう。

ばききゃっ!!

故に相手の剣はすぐに折れてしまった。当然だ。受けるにしても受け方というのがあるのだ。相手の攻撃を流す事無く力任せに受け続けては武器の差でこうなる事など戦いを少しでも経験していれば誰でもわかるはずなのに。

「ナルサースッ!!!」

だからこそカズキは地上へ降りてくるように叫んだのだ。強烈な違和感が全身を駆け巡った己の本能を信じて。





 ナルサスも傲慢な性格ではあったもののしっかりと鍛錬を積み、幾多の戦いを経験している。なのでカズキと同じような違和感には気が付いたはずだ。
剣が折れた敵を睨みつけたまま下に降りてくると相手もそれをポイっと捨てながら仕方ない様子でナルサスの前に降り立つ。当然部隊はそれを取り囲むように動くしカズキもビアードの対角線上に位置取りをする。
(・・・腕も体格も細いし見た目は全然強そうじゃないのに・・・)
今まで見て来た村人のような変貌も見せず本当に普通の、いや、普通以下のひ弱にしか感じない青年だ。もしクレイスが戦いを知らずに成長すればこんな感じになっていたかも、そんな想像すら出来る情けない容姿だった。

「一応貴様の名前くらいは聞いておこうか。」

ナルサスが口を開くと相手は腕を組み、何か悩んだ様子を見せた後それに答える。

「私はバイーフっていうんだ。『ジグラト』4勇士の一人さ。」
「4勇士?聞いた事がないな。」
「だろうね。だって最近作られたんだし。あ、でも私が君の所の4将を捕らえたんだよ?それくらいの実力はあると思ってほしいなぁ。」
その発言にビアードが驚愕と怒気を放つもナルサスは冷静なまま、カズキも違和感から反応に困りつつ相手を見定める。
「捕らえた・・・という事はまだ生きているのか。にしては解放の交渉も何もなかったがな。」
「そりゃそうさ。今は『ジグラト』民の良い玩具になってるからね。フランシスカだっけ?彼すっごく魅了する戦い方をするんだよね~両足を落としてるのによくやるよ。」
少しの間だが一緒にいて亡き祖父の最後を見届けてくれた青年の名が出るとカズキにも若干の怒りが沸き上がる。だがバイーフと相対しているのは総大将であるナルサスだ。
であれば今ではない。彼らの話が終わった時、奴の首を一番に刎ねてやる。そう決意すると体の内側でしっかりと力を溜め始めた。

「ふむ。貴様はさっき俺と戦う気は無いと言ったな?つまり俺でさえも捕らえると言いたいのか?」

「そうだよ~王妃様には無傷で連れて来いって言われてるし。」

ばっ!

バイーフの不敬すぎる発言にナルサスは左手を軽く上げてから振り下ろす行為で応える。つまりこれ以上の話は無意味であり、人物的な価値を見出だせないバイーフを全力で相手を仕留める判断を下したのだ。
合図を受け取った瞬間、激しい怒気を内包していたカズキとビアードが前に跳ぶと鋭い刃が交差する。躱すか受けるか、もしくは彼らの刃で倒れるのか。何にせよそれに合わせてナルサスの一撃も放たれるだろう。
対してバイーフはどういった手段を取るのか。剣を失った状態ではあるものの群を抜いた身体能力があれば様々な行動に移れるはず。むしろそれを見せてみろとカズキは期待さえしていた。

「痛っ?!?!?!」

ところが相手は2人の剣閃を飛んで躱した所にナルサスの攻撃を食らったのだ。更に傷の度合いとは比べ物にならない程大きな悲鳴を上げたので一瞬あっけに取られてしまう。
そしてこの時の戦いでカズキは一刻も早く飛空の術式を会得せねばと痛感した。何せビアードも空を飛んで追撃を放ち始めたからだ。
ただその速度はやはり彼らよりも劣る。特にバイーフはナルサスを翻弄する程速く飛ぶ為地上部隊のカズキは誤射を考えると投擲すらままならない。
「痛いなぁ~!痛い痛い痛いちくしょうっ!!!」
見た所皮を少し裂いた程度の傷なのに激しく動き回って泣きわめく姿は醜悪以外の何物でもなかった。というか戦いにおいて痛みが常に付きまとうのは当たり前なのにカズキから見てかゆい程度のかすり傷でそれだけ喚けるのはある意味才能なのかもしれない。

「気が変わった!!お前達は私が絶対嬲り殺してやるっ!!待ってろよっ?!」

最後はとんでもない陳腐な捨て台詞を残すとその能力を逃亡に注いでこの場を去ったのだから開いた口が塞がらない。
「・・・なんつ~恥知らずな奴だ・・・」
だがあまりにも不釣り合いな力を持っているのは確かである。そう考えるとあの幼い精神と力の不均衡ぶりはヴァッツに通ずる所があるのかもしれない・・・と一瞬でも考えたカズキは自身の両頬を思い切り叩いてあり得ない答えを叩き潰した。





 ナルサスが話をするに値しないと評するだけあって保有する力のわりに随分と小さな人間だというのはカズキも十分理解した。
なので2時間も経たない内にフランドル親子を人質にして再び姿を現したのにはさほど驚かない。それよりもフランドルが辛うじて生かされている状態なのと話通り、フランシスカの脚が無くなっている事に怒りが沸き上がる。
そんな2人は鎖で雁字搦めにされており、片手で命綱を握っているバイーフはしっかりと自身の手当てを終えているようだ。更に今度は地上からも武装した狂人軍団を引き連れてきている。どうやら先程の屈辱が相当悔しかったらしい。

「お・ま・た・せ!さぁ今度はこちらが甚振る番だよっ?!ほらほら~これの命って大切でしょ?これ以上傷つけられたくなかったら私に大人しく嬲られるように!!いい?」

中空で見せびらかすようにぷらぷらと揺らしながら醜い薄笑いを浮かべて挑発してくるバイーフ。
これにナルサスはどう対応するのか。見た所フランドルはともかく息子の目は死んでいない。むしろその体から確かな闘気を放っているのに何故警戒しないのだろうか?
「やるが良い。」
その答えにまずビアードが驚いたのでそれにカズキが驚くという構図になった。確かに彼らは同僚なのだからそれを見捨てるようなナルサスの発言に耳を疑っても仕方はないだろう。
だがカズキにはナルサスの真意がすぐに読めた。彼らは誇り高き『ネ=ウィン』の4将とその候補者であり、戦いこそが最も誉な価値観を持っている。なのに四肢を落とされては今後戦う事は出来ないだろうし生き恥を晒したくないとさえ考えている可能性は高い。
ならば介錯をしてやるのも上官の務めなのかもしれない。彼らも人質などという扱いで自らが足手まといになる事など望んではいないはずだ。
「えっ?!な、何言ってるの?君達の大切な4将だよ?取り戻したいでしょ?」
しかしバイーフにはそれらが全く理解出来ない様子だ。そんな彼を見てカズキも確信する。奴は何かしらの力を外部から与えられた存在なのだと。でなければこんな簡単な答えがわからないはずがない。

「馬鹿か貴様?戦士とは戦ってこそ華開くのだ。その術を失い、囚われた状態で命乞いをする者など我が国に存在しない。戦士の矜持を持たぬ者には理解が難しいか?」

「・・・おっ、お前っ・・・私の事を、馬鹿にしたな?わ、私は『ジグラト』の4勇士だぞ?」
「くだらん。見せかけだけの虚を好む『ジグラト』らしいな。何事も実が伴わねば無意味だというのに。」
完全に器が違う。実際皇族とそれ以外なので圧倒的な開きはあるが人間としての差は更に凄まじい。どういった経緯であれ程の力をつけたのかはわからないが、戦い以外の能力を何も持ち合わせていなかったバイーフが癇癪を起して奇声を上げるとフランドル親子を思い切り投げつけて来た。
ところが彼の力は、力だけは強いのだ。なので耐えきれなかった鎖は蜘蛛の糸よりも簡単に千切れてしまったので人質はそれぞれが明後日の方向へ落ちていく。
それに素早く動いたビアードに合わせてカズキもフランシスカを受け取りに走ると、同時に地上の『ジグラト』軍も攻撃を開始したので一気に戦場が慌ただしくなった。だが中空ではバイーフがまたも一目散に逃走した事でナルサスも後は追わずに地上の殲滅に当たる。
結局相手の行動はフランドル親子と狂人化した部隊を連れて来ただけに終わったのだが一体何がしたかったのだろう?間違っても一方的に嬲るという発想に至らないカズキは困惑しつつも無事にフランシスカを救出出来た事と敵部隊を殲滅し終えた事に久しぶりの安堵を覚えていた。



全ての脅威を排除した後『ネ=ウィン』の部隊は早速陣幕を立てて4将との再会を軽く祝う。
だがフランドル親子を戦力として数える訳にもいかず、『ジグラト』の状況を聞き取った後は『ネ=ウィン』に一度退却するという話で流れはまとまったのだが。

「いいえ。俺はこのまま戦います。」

そこに待ったがかかる事自体想定していなかった。更にその声がまさかのフランドルからだった事に周囲は目を丸くして言葉を失う。
「フランドル。屈辱を晴らしたい気持ちは十分わかる。だがお前達をこの過酷な戦いに連れて行くつもりはない。」
流石のナルサスも優しさを見せつつ何とか説得しようとするが何やら様子がおかしい。そもそも四肢を失って戦うと言われても手段は限られてくる。ショウのように頭を使う人物ならまだしも彼は生粋の武人だし一体何を考えているのか。
「お、親父・・・」
「ああ。もはや俺に残された道はこれしかない。」
なのにフランシスカだけは何かを悟っていたらしい。その意味が解らず取り残された3人が顔を見合わせていると突如フランドルの体から黒い煙が漏れ出してくるではないか。
「ま、まさか・・・」
その様子は今までも散々見て来た。邪香によって村人達が変貌する予兆、更に先程狂人化した部隊もそんな感じだった。
案の定外の死体が同調するかのように動き出すと兵士達も慌てて臨戦態勢を取る。しかし考えてみれば当然だ。彼らはこの邪香が蔓延する中に長い間捕らえられていたのだ。であればその力に飲み込まれていても不思議ではない。

「慌てるな。」

しかし陣幕から飛び出したナルサスが周囲に叫ぶと彼らも防御姿勢へと移行しその動きを見守る。カズキも念の為フランドルから間合いを取り、何かあればフランシスカを護ろうと構えていたが陣幕の中に飛び込んできた死体は変貌しながらフランドルの体に張り付く。
「うぐっ!!!ぐぬぬぬぬっ・・・・・!!!」
「お、親父っ?!」
それらは彼の手足のように形を整えた後、黒い煙はそのままにゆっくりと立ち上がった。

「オ、皇子・・・俺ハ、戦エマス。何としテデモ、奴ラを討ち取リマス。」

失った四肢を邪香の力で補いつつ、意識も保ったままという離れ業をやってのけた4将フランドルはややたどたどしい言葉遣いになっていたものの、彼の覚悟を受け止めたナルサスは早速進軍の準備を命じた。





 「ちぇっ。俺もまだ戦えるのに・・・」
「何言ってんだよ。ずっと闘技場で戦わされてたんだろ?休む意味も含めて一度帰れって。」
あれからフランドルは部隊への加入が許されたものの、息子であるフランシスカには家族への報告と無事な姿を見せて来るよう命じられた。
それでも最後まで駄々をこねていると最終的に父親の説教を食らい、ナルサスがカズキに同行するよう頼んできたので今2人は『ネ=ウィン』へ向かう馬車の中にいたのだ。
「そんなのはお前らも一緒だろ?よくあの邪香の中をずっと戦い続けていられたな?」
「やっぱりあれのせいか。力は入らないわ頭は回らないわで大変だったぜ。あの煙ってどうすれば回避出来るんだ?」
「いや、煙を回避するってのは無理だろ。俺も親父も王都では自我を保ち続けるので精一杯だったからな。」
やはり彼らでも相当辛かったのか。『ジグラト』から離れるにつれて邪香の影響が薄くなるとやっと血の通った顔色と解放された心が戻って来る。
それからカズキは『ジグラト』王都の様子を尋ね始めた。いくら酷い目にあったとはいえ彼を送り届けた後はナルサスらと共にそこを堕とさねばならない。それはフランシスカもわかってくれているはずだ。

だが聞けば聞く程その場所は危険だと本能が訴えてくる。

まず王都の周囲は昼夜を問わず常に暗い霧のようなもので覆われており邪香の臭いが途絶える事は無いという。その影響か住民らの力は下手な将軍よりも強く、そして思考力を完全に失っているらしい。
フランシスカも父を置いて逃げる訳にもいかず、ずっと機会を伺ってはいたそうだが正直バイーフに連れ出されるか『ネ=ウィン』の本隊が陥落してくれない限り解放は不可能だと思っていたそうだ。

(参ったな・・・)
弱音を吐きそうになったので思わず心の中に留めるカズキ。あまりにも薄い展望に邪香の効果がなくとも考えるのを放棄したくなる程だ。
「わかるよ。今の『ジグラト』は普通じゃない。それこそ『トリスト』みたいにな。」
カズキもかなり表に出やすい性格の為フランシスカが苦笑いしながら慰めてくれるので思わず顔を背けた。むしろこちらが慰めねばならぬというのに何という体たらくだ。



親子は生きてはいたがフランドルは四肢を失い、フランシスカも両足を無くしている。



これは彼らが今後『ネ=ウィン』の戦士として高い地位に就く道はほぼ閉ざされたも同然なのだ。更に戦闘国家という価値観から追放までは行かなくても扱いはかなり落ちるだろう。
一度剣を交えたからわかる。彼はこんな所で終わる青年ではなかった。周囲からは勿体ないと憐憫の目で見られ、本人もその事実を受け入れるのにどれだけの年月がかかるか。
だからこそ何も言えなかった。だからこそ必死で情報収集の話に話題を振った。敗者に掛ける言葉を知らないカズキはただただ逃げるしか出来なかったのだ。
「なぁカズキ。一つ頼まれてくれないか?」
しかしフランシスカは6人兄弟の長男であり、弟達に近い少年の心情など簡単に見抜いていた。
「な、何だ?」

「もし親父が我を忘れて暴れ出したら、お前が止めを刺してくれないか?」

「お、おま・・・」
「邪香ってのは知性だけじゃない。間違いなく理性も失っていくはずだ。実際あいつらの部隊なんて酷いもんだろ?」
「あ、ああ・・・」
「親父はもう戦えない。だから最後に『ネ=ウィン』4将として、その誇りを賭けてあの手段を選んだんだ。あんな親父だし最後まで頑張れると思うんだけど念の為、な?」
まるで弟に諭すような彼の言葉選びと話し方、そして優しさを十分に感じる双眸はカズキから返す言葉を奪っていく。そんな悲しそうな、寂しそうな目を向けられるとどうすればいいのかわからなくなる。

「・・・・・そうだな。お前にはジジイの恩もあったしな。わかったよ。」

フランシスカは慰めなどより父の最後が気掛かりだったのだろう。カズキのカズキらしい返事に安心した彼は明るい笑みを浮かべていたがこちらは居ても立っても居られなくなり、馬車を飛び降りると逃げる様にナルサス達の下へ馬を走らせた。





 (せめてこの邪香をもう少しどうにか出来れば・・・)
あれから馬を強行させて合流を果たしたカズキは半ば逃避のような気持ちで考える。現在真っ直ぐに行軍すれば5日もかからない距離まで進軍出来ていたがフランシスカに聞いた通り辺りの黒っぽい霧が濃くなってきて視界は最悪だった。
更にフランドルの様子が気掛かりで仕方なかったせいか視線はそちらばかりに向いてしまう。そこに嬉しそうなビアードが並んでいるのでより心が軋むのだ。
そんな中でも希望というのは与えられるらしい。理性と知性、体力が低下する中、狂人となった村人らを仕方なく斬り伏せていくという進軍に皆も疲労で限界だと思われた時。

ぶふふふぉおおおおおおおおおおお・・・・・っ!!!

突如一行の前に巨大な竜巻が発生すると辺りの邪香を一気に霧散してくれたのだ。そしてカズキの思考が戻ると本能で家宝を顕現させて多少の木々などお構いなしにそれを団扇のように振り回す。
恐らくこれは誰かの仕業だろう。そしてこの風は味方のものだ。だったらこちらも加勢して少しの間でも邪香の影響がない空間を作ってみせる。
結果として空から太陽の光が差し込み、久しぶりに日中を実感した一行は思わず天を仰ぐ。するとそこには人影が確認出来た。
それが力無く降りて・・・いや、半分落下のように感じたのでカズキが思わず受け止めるよう腕を掲げたが何とか体勢を立て直した本人は地上に足をつけた瞬間尻もちをついた。
「あいたっ!」
妙に胸の大きな女性は軽い悲鳴を上げた後重そうな体を起こそうとしたので今度こそ手を差し伸べる。だが何故か『ネ=ウィン』からの視線が厳しい。何だろう?確かに少し露出が多い衣装だな、とか不思議な帽子をかぶってるな、とは思うが憤怒に近い感情を向ける理由をカズキは知らなかった。

「ノーヴァラット。貴様よくも我らの前に姿を現せたな?」

代表してナルサスが怒気を放ってくるとノーヴァラットと呼ばれた女性はふらふらになりながらカズキの背中に隠れる。
「ひ、ひぇっ!!お、お久しぶりです・・・ナ、ナルサス様。」
「ノーヴァラット・・・って、確か新しい4将だっけ?」
「元な。今では『ジグラト』に寝返った裏切り者だ。」
「えっ?そうなの?」
にしてはあの竜巻はこちらを助ける意味があったはずだ。もし彼女が『ジグラト』の人間であれば逆に魔術を使って邪香の密度を上げるくらい可能だろうに。

「え、えっとその・・・い、今は『トリスト』所属・・・あ、せ、正確にはクレイス様の・・・です。」

「「「「えっ?!?!」」」」
何がどうしてそうなったのかわからない面々は大きな声で驚いた。というかそんな話はカズキの耳にすら届いていない。だが彼女のお蔭で一時でも体を休める空間が作れたのだ。更にクレイスと繋がりがあるのであればカズキも迷う必要はない。
「ノーヴァラットだっけ?あの魔術あんたがやってくれたんだろ?とにかく助かったよ、礼を言う。」
「い、いいえ!あの、貴方がカズキ様ですね?クレイス様から手を貸すよう命じられたので。ご、ご無事で何よりです~。」
「ほう?」
しかしあのクレイスがこちらを気遣ってノーヴァラットを寄越したと聞かされると、カズキもまた『ネ=ウィン』の面々に近い苛立ちを発した事で魔力を大きく消費した彼女は目を回しながら再び尻もちをついていた。



兎にも角にもまずは全員が体を休めるべく急いで休息に入る中、ノーヴァラットの前にはナルサスを含めた猛者4人が並んで座っていた。

「んじゃまずは何でクレイスと繋がりを持ってるのか聞かせて貰おうか?」

本来なら総大将であり『ネ=ウィン』の皇子でもあるナルサスが問い質すべきだろうがいつの間にか苛立ちの大きさが逆転していた為カズキの詰問から話が始まる。
「ひぇっ?!あ、あの・・・わ、私はですね・・・その・・・バ、バルバロッサ様の仇を討ちたくてその・・・」
それにしてもこの女性、何と会話がたどたどしいのか。邪香が晴れている時間も限られるだろうし、いい加減きびきびと答えてもらいたいものだ。
「クレイスがバルバロッサを討ったという報告があったのでな。ノーヴァラットは『ネ=ウィン』が止めるのも聞かずに国を飛び出したのだ。」
最終的にはナルサスから簡潔な事情を教えて貰って納得はいくものの、だったら猶更クレイスの所属?配下だろうか?になっている意味がわからない。
「え、えっと・・・バ、バルバロッサ様がその・・・クレイスをとても気に入っていたらしくて・・・、そ、それに彼が命を失ったのはクレイスを庇って、だったから・・・」
「ほう?」
やっぱりそうか。おかしいと思ったカズキは彼女の説明を聞いて深く納得した。いくら多少魔術が使えるようになったとはいえあのクレイスが4将筆頭のバルバロッサに勝てるはずがないのだ。
親友であり弟子でもある彼の成長を知らないカズキは都合の良い解釈をすると今度こそナルサス主導での尋問が始まった。





 クレイスとザラールが率いる西軍は文字通り破竹の勢いで『ジグラト』の王都に迫っていたのだが、そこにイルフォシア達も合流した事によって部隊は完全無欠へと変貌を遂げた。
なのでクレイスは心配だった東軍に援軍を送りたいと提案するもべた惚れな王女はもちろん、ルサナやウンディーネも彼と離れるのを拒否する。
結果として余剰だった戦力の内、ノーヴァラットしか動ける者がいないという結論に至ったのだが正直彼女も他の理由で乗り気ではなかった。
「でも私じゃ力不足よ?魔術じゃウンディーネより劣るし、多少風を巻き起こした所で力になれるかどうか・・・」
そうなのだ。ザラールやクレイス曰く邪香には心身に悪影響を及ぼす効果があるそうで、それを吹き飛ばせるノーヴァラットならと白羽の矢も立ったのだが正直そこまでの魔術が使える自信はない。
むしろほとんど影響を受けないというルサナやイルフォシアの飛空能力で蹴散らす方法のが良いと反論したのだが彼女らのクレイス愛を覆す事は出来ず、泣く泣く自身が向かう事になったのだがクレイスにも考えがあったらしい。

「だからさ。僕の魔力を受け取ってよ。」

「は?」
頭のおかしな提案に思わず低い声で答えると周囲から白い目が飛んで来る。いやいや、この場合その目を向けるのは向こうでしょ?!と突っ込みたかったが彼は構わずに説明を続ける。
「えっとね。僕って他の人から魔力を吸収出来るんだよ。だからそれを応用してノーヴァラットに分けられないかなって。最初ウンディーネからも魔力を貰ったりしてたし。」
「そんなお鍋の水じゃあるまいし・・・」
簡単に言ってのけるので素直に信じそうになったが魔力という存在は人体で言う筋肉に近い。体内に存在する見えなくて自由に形作れる概念こそが魔力なのだ。それを他人に分けるなんて出来るはずがないと思いつつも彼は可能性の塊であり実際初めて出会った時、確かにノーヴァラットはしこたま魔力を吸収された。
であればその逆も可能なのだろうか?結局、魔術の探究者として試したい気持ちに駆られたノーヴァラットは泣く泣くといった様子を崩さずにそれを受ける事にしてみる。

「それじゃいくね?」

それから多少の議論を重ねた結果、あの時と同じようにクレイスがノーヴァラットの二の腕を掴んで魔力を注ごうという結論になった。
こちらとしては吸収されなければ何でもよかったし、むしろ魔力の容量を十分に増やしてくれるのであれば助けられる可能性も上がるのだから反対する理由はない。
周囲ではウンディーネやザラールを始め魔術とは無縁な2人も興味深そうに眺めている中、クレイスが色々と試しているのを黙って感じていると。
「あ、こうかな?」

「ひゃはあぁぁぁああぁぁあああ!!!・・・・・ぁあぁ・・・・」



「・・・は、はれ?ここはどこ・・・?」
どうやら気を失っていたらしい。目が覚めた時クレイスの申し訳なさそうな顔が飛び込んでくるも、ウンディーネだけは腹を抱えて大笑いしているのには腹が立つ。
「ご、ごめんごめん!!そうだった!!これをやられるとすっごい負担掛かるんだよね!!僕も最初そうだったもん!!でも大分抑えたはずなんだけどなぁ・・・」
「ち、ちちち、ちょっとクレイス様?!そ、そんな危ない事が起こるなら最初に言って下さいっ!!」
彼の家庭教師になってから性格が入れ替わりにくくなっていたものの、流石に気を失う程の出来事には耐えきれなかったらしい。思わずおどおどした自分が珍しく怒りを露にするも彼は苦笑を浮かべての平謝りで済ませて来たので余計に腹が立ってきた。
「だったら私が試してみる?一度クレイスに流したっていう実績もあるし?」
ウンディーネが面白そうな表情をしていたのが気になるがクレイスもその提案には賛成してきたので引っ込み思案なノーヴァラットは押し切られる形となる。それから彼女はクレイスと違ってこちらの大きな胸に手をペタリと押し当てた後。
「えいっ!」

「ひにゃあああああぁぁあ!!・・・あぁぁ・・・」

遠くで大笑いしているウンディーネの声をしっかり記憶に刻みつつ再び気を失ったノーヴァラットは三度目を覚ました時、その魚類の尻尾を掴んで思い切りお尻に平手を打ち込んでいた。



「ウンディーネは邪魔しないで!!!」
クレイスに思い切り叱られたのも重なって、珍しく非常に落ち込む彼女を見るとやっと溜飲が下がったノーヴァラットはそこで彼の提案を却下する事にした。
「これ以上下手な事をされたら堪ったものじゃないわ。もうこの話は終わり。いいわね?」
「ええっ?!で、でもまだ一回しか・・・もう一回だけお願い!!ね?!今度は上手くやるから!!」
それでもしつこく食い下がって来る彼の姿を誰よりも白い目で見ていたのがイルフォシアだった事に本人は気付いてないらしい。ただウンディーネと違い彼は本気でノーヴァラットの援軍を期待してくれているのだ。
「・・・今度変な事になったらこの話は無し。いいわね?」
今までと違った頼られ方にむず痒さを感じるものの、悪い気はしなかったので渋々了承すると彼が無邪気に喜んでくれた。
それからすぐにクレイスは二の腕を掴んでくるが今度はそれ自体にほとんど力を入れていない。そこから少し思案すると掴むを止めて指先で触れる程度に変更される。更にしばらく試行錯誤が続くと最終的には人差し指だけになった。
(・・・・そうか。接触面から減らしていくのね。考えてるじゃない。)
先の失敗例は2回ともがっつり掌が自身の肌に触れていた。なので一気に大量の魔力が流れたのだと仮定したのか感じたのか。ともかく修正してきた分期待も高まる。
「・・・いくね?」

・・・・ぴぴっ・・・・

「ん・・・んん・・・いいわね・・・そう、優しくして・・・うん。」
彼にとってはこれが微量なのだろう。ノーヴァラットには少し堪えたがそれでも気を失う程ではない。むしろ初めての感覚に深い感動が勝っていた。
そのせいか思わず目を薄く閉じて表情には恍惚としたものが浮かんでしまう。そんな状態でもイルフォシアから向けられる『信じられない…』といった視線はしっかりと感じとれるのだから自分でも意味が分からない。
「ど、どう?あんまり量が多いとまた気を失うかもしれないしこれくらいでいい?」
「も、もう少しだけ・・・入れてみて・・・」
「はい!!!そこまで!!!!」
今までにない快感と初体験に我を忘れていると最後はイルフォシアが無理矢理引っぺがして終わってしまったが結果としてノーヴァラットは限界を超えた魔力と彼から送られてきた魔術展開を得る事に成功したのだった。





 「俄かに信じられねぇ。クレイスってそんなに強くなったのか?」
何故か彼女の話に背徳的なものを感じつつも、カズキは意外な顛末を信じ切れなかった。
「は、はい。クレイス様は今やザラール様以上の魔術師となっておられます。しかもまだまだ伸び盛りですので今後が楽しみですね。」
ノーヴァラットは緊張が解けたのか、まるで少女のような微笑みを浮かべて楽しそうに話を終えるが、『ネ=ウィン』の面々も各々が何とも言えない表情で固まっていた。

「話は分かった。ではお前をここで討つ。」

「おっと。そうはさせねぇ。こいつはクレイスの配下らしいからな。」
何となくそうなるだろうなと察していたのでカズキはすぐに割って入る。彼らからすれば全くもって面白くない話でありナルサスの行動にも合点は行くが実際自分達は彼女に助けられた上に友人の関係者でもあるのだ。であればここは護り通すのが当然だろう。
「あ、あの、正確には家庭教師です。」
それにしてもこの女性、年の割には随分と幼い。こんな様子なのによく仇討ちとか考えられたなぁと不思議だったがカズキはまだ彼女の二面性を知らない為仕方なかった。
「ま、とにかく助かった。クレイスの前にまずはあんたに礼を言うぜ。ありがとな。」
「い、いえいえ!とんでもない!あ、あの・・・それよりここ、居心地悪いんでもう帰ってもいいですか?」
その歯に衣着せぬ発言にはあのビアードですら怒りの篭った視線を向けて来たのでカズキは逆におかしくなってきた。
「大丈夫だよ。俺の傍にいとけばいきなり斬り殺される事は無いから。それにあの魔術は俺らにも必要なんだし、しばらく一緒にいてくれよな。」
「は、はい~!カ、カズキ様ってクレイス様が仰ってたようにお優しいですね!!」
「・・・・・あいつ、何吹き込んでんだ・・・・・」
ともかくこれでカズキ達は一時的とはいえ邪香の効果に対抗できる手段を手に入れたのだ。その事実だけでもかなり余裕が生まれるだろうと一同は安心する。
ところが翌日以降は再び浸食してきた邪香の効果に中てられて魔術が満足に使えなくなり、文字通りただのお荷物となったノーヴァラットはカズキに背負われて運ばれる事になった。







その頃、王城の地下に鎮座していた『闇の王』は徐に力を発動させると玉座の骨が僅かに揺れて動き出す。そしてみるみるうちに形が整っていくと関節部分が黒い煙に覆われた骨だけの人体が完成した。
肉も皮膚も臓器も存在しない体と頭部には窪んだ眼窩が丸見えの骸骨が乗った様子は焼死体にしか見えない。だがそれは確かに自律した動きで彼に跪く。
『名ハ何トイウ?』
「・・・骨を重ねし者。」
『フム。変ワッタ名ダナ。』
片方が黒く大きな卵でもう片方は骨だけの存在、更にそれらが言葉を交わすという異質なやり取りが行われると『闇の王』は静かに命じる。

『西ニ向カエ。ソコニイル銀髪ノ少年ヲ殺シテクルノダ。』

現在東西から侵攻を受けていた『ジグラト』。その戦況を全て網羅している『闇の王』は脅威を感じた部隊に初めて己の力を向ける。
「・・・・・」
だが『骨を重ねし者』というのは随分と意思疎通の難しい男らしい。返事もせずに地上への階段を静かに上っていくがそもそもあれはいつから自分の傍にいたのだろう?
『闇の王』ですらよく理解していない存在ではあったが言い出したら自身すら否定する事に繋がりかねない。なので彼は闇の力で顕現させた外套だけを贈るとあとはゆっくり吉報を待つべくただの卵へと戻った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品