闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -故郷-


 『セヴァが無事にスラヴォフィルの下へ迎えられた。』あまりにも短すぎる発表ではあったがこれによって『トリスト』国内は大盛り上がりを見せていた。
「やった~!私にもおかあさんが出来た~で、いつからおかあさんって呼んでいいの?」
特にアルヴィーヌがとても喜んでいたのだがまだ正式に婚姻を結んだ訳ではない。かといって今更追い返す事はしないだろうしあまり周囲が攻め立てすぎるとまた話がとん挫しかねない。
「そうですね。目安としては婚儀を終えてから、でしょう。それまでは少し我慢してください。」
「うん。で、婚儀っていつやるの?」
我慢という言葉すら知らないアルヴィーヌには難題すぎたか。素早い切り返しを適当に濁した後、ショウはやっと本来の職務に戻る。といっても先日から『ジグラト』方面の問題しか耳に届いてこない。
現在彼の国では妙な煙が充満し始めており、侵攻中だった4将フランドルの部隊が消息を絶っているという。
そこに因果関係があるのかどうかも精査せねばならないし『ネ=ウィン』という後ろ盾を失ったにも関わらず、その戦闘国家を圧している現状は決して楽観視出来るものではないだろう。

「へぇ~。そんな事になってるのか。」

無事に『ビ=ダータ』の防衛戦を終えたカズキが久しぶりに戻ってくるとヴァッツにアルヴィーヌを交えてささやかな祝勝会が開かれた。
その規模は本当に小さく、ヴァッツの部屋に4人と時雨、ティナマ、レドラにハイジヴラムといった面々が集まっているだけだ。
「ええ。もしかするとカズキにはまた過酷な戦地に赴いて頂かないといけないかもしれません。あ、でも最近暇そうなヴァッツに頼むのも・・・」
「いや、俺が行く。」
「ショウ様、ヴァッツ様は大変お忙しい身分故、言葉には気を付けて下さい。」
焚きつける為にわざとそういう言い回しをしたのだが狙い通りカズキはすぐに食いついてくれた。が、同時にレドラからも釘を刺される。
確かに今の彼はアルヴィーヌの髪を保持する為常に第一王女と行動を共にしている。ヴァッツもすっぱり物事を言う性格なので彼女の我儘にずっと付き合わされている訳ではないのだが、それでも自分の用事を除く全ての時間はアルヴィーヌといる事が多い。
疲れないのかな?と思わなくはなかったがそもそも彼の体力が尽きるなどと考えられないし、ショウは戯言だと受け取っていたが2人は婚約する、みたいな事も公言している。
であればこの機会に異性との関わりを学ぶべきだろう。問題があるとすればアルヴィーヌもヴァッツも未だ子供の域を出ていない事だが・・・

「ねぇ?セヴァとじいちゃんが結婚したら子供って欲しがるかな?」

なのに何故彼は時折巨大な一刀を振り下ろしてくるのだろう?これには隣で紅茶を啜っていた時雨が思わず隣のティナマにぶちまけてしまい小さな喧騒が起きてしまった。
「恐らく欲するでしょうな。」
その答えは長年の付き合いがあるレドラから返って来たのだがあまりにも即答だった為ショウは内心驚く。
「その理由をお聞きしても?」
「簡単な事です。強者というのは誰よりも子孫を残す本能が強いのです。」
納得がいきそうな内容に一瞬頷きかけたが、その理屈だと目の前に座るヴァッツはどうなのだろう?
「んじゃヴァッツも子供が欲しいってのか?」
「え?オレ?うーん。そうだね、赤ちゃんって可愛いし欲しいかな?でも欲しいって言えば貰えるものなの?」
カズキも疑問に感じたらしく、質問を投げかけるも彼はやはりその域には達していないらしい。そう考えると既に心身が成熟しているスラヴォフィルだからこそ本能的に求めるという事か。

「わ、私でよければいつでもお声かけ下さいっ!その、全力で授かるよう努めますから!」

時雨も前に進もうと頑張っているらしく、珍しくこの話題に口を挟んでくる。しかし彼女のような存在もこの先絶対必要だろう。祈っているだけでは子は授かれないのだから。

「うん!じゃあその時は時雨にお願いしようかな?」

だがその軽すぎる受け答えにまだまだ先だろうなと感じていたショウはカズキと笑い合っていた。





 「でもセヴァって魔人族だよね?あのさ、ダクリバンから聞いたんだけど天人族って子供が出来ないらしいんだよ。魔人族は大丈夫かな?」

ところがヴァッツはまたとんでもない一刀を振り下ろしてきたので歓談の場は一瞬で静まり返った。
「・・・それはいつ聞いたお話ですか?」
「えっと、オレ達が『モクトウ』に行ってた時だね。」
「待て待て!わらわもそんな事は初めて聞いたぞ?!しかも奴と話をする時間などあったのか?!」
これには当事者だったティナマも食い気味に質問する。ヴァッツも直感的な出来事こそ進んで話してくれるものの実のある話題については基本こちらから尋ねないと答えてくれない為時折こういった現象が起こるのだ。
「うん。実はダクリバンって埋められた後も生きてたんだよね。んでいつ出て来るのか気になってたんだけど、その時に教えてくれたんだ。あ!そうだった!時雨には怖い思いをさせてごめんね、だって!」
「え?!そ、そうですか・・・それは、本当ですか?」
ヴァッツの言う事は全て真に受ける時雨でさえ寝耳に水といった様子で問い返す所を見ると彼女もかなり動揺しているようだ。
「何となくあっけないなぁとは思ってたんだよなぁ。でもさ、首を落としても生きてたんだろ?埋められた所から出てきて・・・んでお前と戦ったのか?」
「うううん。ダクリバンも戦う気は無かったからおしゃべりしてたんだよ。」
カズキは相変わらず戦闘を軸に話を振っていたが強大な力を持つヴァッツは基本的に戦いを避ける傾向がある。だからこそそんな話を聞き出せたのだろうがここでショウの中にも1つの推測が浮上する。

(・・・・・天人族や魔人族の長寿の秘密はそこにあるのでは?)

彼らは人間の何十倍、セヴァも2800年を生きていると言っていた。それは無駄に命を長引かせているのではなく、後継者が生まれないからこその仕組みなのかもしれない。
そう考えるとセヴァがスラヴォフィルとの間に子を設けるのは不可能だという結論になるがそれはショウとしても寂しく、そして悔しい。
折角敬愛する2人が結ばれるのであれば最高の結果も見てみたい。いや、スラヴォフィルには既に2人の王女がいる。ここで下手に新たな血縁関係が生まれれば余計な混乱を招くだろうか?
「そういえば『七神』ってのは一度殺しても形を変えて襲ってくるよな・・・おいティナマ、お前らって皆そうなのか?」
「そ、そんな話も聞いた事がないぞ?ヴァッツよ!貴様他に何を隠している?!知っている事があれば全てを白状いひゃいいひゃい!」
しかし戦闘狂のせいで話はそちら方面へと移ってしまった。ショウとしては子孫が残せるかどうか、他に方法はないのかをもう少し話し合いたい所だが確かに『七神』の生態も気になるところだ。

《ではバーン様に一度お尋ねしてみてはどうだ?》

そんな自身の思考、心の声を聞き届けてくれたイフリータが喧騒を燃やし尽くすよう顕現すると歓談の場には静寂が降りた。確かに魔族の王であればそれらの答えを持っているかもしれない。
だがこちらから魔界とやらに足を運べるのか?運んでもいいのか?その辺りを精査する必要があるだろう。
「あ、いいね!前に来てもらった時ほとんどお話出来なかったし!んじゃ遊びに行こう!」
「おー楽しそうー。当然、私も行く!」
そういう話には絶対に首を突っ込んでくるアルヴィーヌ。これを止められる人物は今の所存在しないので2人が魔界に向かう事がこの時点で確定する。
こうなると精査や計画という話はすっ飛ばされるのだから、ショウが出来る事といえば彼らの安全を祈る事と日程を決めるくらいか?

《何を勘違いしている?わしも一度帰郷したいのだ。一緒に来てもらうぞ?》

「えっ?!わ、私も行くのです、か?」
左宰相になって以来、滅多な事で王城から離れる事がなかった為そんな適当過ぎる理由の旅に同行するのは非常に気が引けた。半面、彼女らの故郷である魔界とやらに興味があるのも事実だ。
「んじゃ俺も合わせて4人か。他に誰か行きたい奴いるか?」
「当然わらわも行く!!わらわのちか・・・存在についても話を聞いてみたい!!」
ティナマは未だに力を取り戻せないかを模索しているみたいだがヴァッツが取っ払ったと言った以上ほぼ不可能だろうに。半ば呆れかえっていたが最近は反抗する様子も見せていないし時雨や周囲ともうまくやっているようなので余計な事は言わないでおく。

「あ。でもカズキは駄目ですよ。先程『ジグラト』方面に赴く約束を交わしたばかりでしょう?」

こうして最後は戦闘狂がへそを曲げる姿を拝みつつ、従者という位置を強調した時雨も含めた5人が未知の世界へ向かう事になった。





 「くっそ~!確かにフランシスカの消息が知れないってのは気になる!!でも行きたかった~!!ヴァッツ、帰ったら全部の話を聞かせてくれよ?!あと強そうな奴とは友達になっておけ!!そんで俺に紹介してくれよな!!」
後ろ髪を引かれる様子を隠そうともしないカズキが珍しくこちらを見送る立場で喚いていたがこれは国王らの命令でもあった為覆しようがない。
「うん!!お土産も期待してて!!」
そんな彼の叫びもヴァッツには響いていないらしい。半ば諦めた様子のカズキを残して5人は馬車に乗り込むとまずはその門番でもあるエイムの家へ向かう。

「おや~よく帰ってきたねぇ!イフリータも久しぶり!さぁさ!まずはゆっくりお休み!」

話は事前に伝えてあったものの、まずは孫のように可愛がっているヴァッツとの再会を大いに喜び、姿を現していないにも関わらずショウの中にいる彼女へも挨拶を交わす。それから顕現したイフリータも交えると全員にお茶を用意してくれた。
ただ時雨への塩対応は変わっていないらしい。彼女の方もそれは理解しているようで出されたお茶をじっと眺めなた後、隣のティナマに差し出す程だ。
それを口にして跳び上がる彼女を他所にエイムはそれが自分の仕業だと微塵も感じさせない様子で魔界についての説明を始めた。
「いいかい?魔界ってところは地底に存在するからあまり高く飛んじゃ駄目さ。天井にぶつかっちまうからね。あとは皆さんとしっかり挨拶を交わす事。悪口を言わない事。まぁこのあたりは問題ないじゃろうて。」
「うん!他の人達ってどんなんだろ~?」
何やら幼い子供に言って聞かせるような内容に思わず小首を傾げそうになったがそれを察したエイムも笑顔で続けてくれる。
「ひゃっひゃっひゃ。バーン様は争いの原因を1つでも減らすべく繋がりを重んじておられるのじゃ。じゃからこういった交わり事を大切になさっとる。」
「なるほど。」
そういう事なら理解出来る。魔族は争いを好まないそうなので彼らはバーンの教えにも素直に従えるのだろう。
「エイム様。貴方が淹れられたお茶を飲んでティナマが大変悶え苦しんでおります。これは一体どういう事ですか?」
「か、かりゃぃ・・・み、みじゅをくれぇ・・・」
しかしヴァッツを溺愛している彼女はやや例外的な存在らしい。時雨がしらばっくれた様子で責めるもエイムは白々しい顔で水を用意するのでショウは内心女同士の闘争というものに恐れを感じていた。



その夜は是非一泊してほしいと頼まれたので5人は一夜を明かす事になったのだが彼女の家は決して大きい訳ではない。というかエイムの目的はあくまでヴァッツだけなのだ。
「それじゃオレはエイムの家に泊まるよ!皆はオレん家を自由に使っていいよ!」
なので彼がそう提案するもアルヴィーヌだけは頑としてヴァッツの傍を離れようとしない。
「いーやーだー!絶対傍にいる!じゃないと私の髪がまた黒くなっちゃうもん!」
流石の魔女もこの駄々をこねる少女には手を焼いたらしく最終的には2人がエイムの家に泊まる事となったのだが、こちらの屋内でも時雨がわかりやすく拗ねていたので思わずティナマと顔を見合わせる。
「そんなに気になるのであればお主も一緒に駄々をこねればいいではないか?」
「・・・・・ティナマ。私は元御世話役でありアルヴィーヌ様より4つも年上なのです。模範とならねばならない立場である以上、そんな醜い真似は出来ません。」
「・・・まぁ確かに時雨が床に寝転んで暴れたり地団駄を踏めば印象はがらりと変わるでしょう。しかし『恋は戦』という言葉を最近聞きましたし、貴方も遠慮はせず果敢に攻めて下さいね。」
「シ、ショウ様・・・まさか貴方からそのようなお言葉を頂けるとは。この御子神時雨、恥も外聞も捨てて彼の寵愛を勝ち取れるよう邁進します!」
召使いの受け売りをそのまま使っただけなのだが時雨は甚く感動を覚えたらしい。実際彼女が一番ヴァッツを想っているようなので頑張って欲しいというのは偽りのない本心なのだがよりやる気を起こしてくれた事は素直に喜ぶべきだろう。
こうしてあまり接する事のなかった3人はヴァッツの生家を堪能しつつ話題に花を咲かせて一夜を過ごすと翌朝。

「で?ヴァッツとアルちゃんの結婚式はいつ挙げるんだい?」

エイムがさも決定したかの様子で尋ねてきたので時雨が白目をむいて倒れてしまった。





 「エイム様、それは2人が公言しているだけで決定には至っておりません。」
決して彼らの意見を蔑ろにするつもりもないし、ショウ自身ヴァッツであればいくらでも契りを重ねるべきだとさえ思っている。
だが実際の所2人は親族関係にありスラヴォフィルも仲が良いなぁくらいにしか考えていない。故に今は情操部分が育つのを見守りたいというのが本音なのだ。
「そうなのかい?私ゃこの子が嫁に来てくれるのなら安心なんだけどねぇ?」
元々アルヴィーヌは初対面の時からエイムには気に入られていたらしい。なので昨夜、婚儀の話題が出てくると2人がそれについて教えたのだろう。
「えー?でももう私達結婚するって約束したよ?ね?」
「うん。でも結婚したらアルヴィーヌは家で大人しくしててね?いっつもくっ付かれてると動きにくくて仕方ないんだよ。」
「がーーーーーん!!」
誰の入れ知恵か、妻は家を護るものという価値観を口にすると今度はアルヴィーヌが顔を真っ青にして驚き落ち込んでいる。というかやはり彼でも面倒には感じているのか。

「やれやれ。この話の解決は当分先になりそうですね。」

ティナマと並んで呆れていたショウがそう言って締めくくるといよいよ本題の魔界行きが実行に移される。
何でもヴァッツが拾われた亀裂こそが『魔界の境目』と呼ばれる場所であり、そこに番人であるエイムが魔力を注ぎ込む事で地底への穴が開くという。
「かなり深いからね。1時間くらいは落ち続けるから寒さにだけは注意しなよ。あ、でも急ぐんだったら飛んだ方が速いんだけど・・・飛べるのってアルちゃんとイフリータくらいかい?」
「うむ。しかし急ぐ訳でもないのだ。ゆっくりと向かわせてもらうさ。」
季節は11月に入ってはいたもののイフリータが傍にいるだけで暖を取れるのだから心配ないだろう。それより1時間落ち続けるというのはどういう感覚になるのか、経験したことがない為そこが割と楽しみだ。

「それじゃほいっ!皆によろしくなぁ~!」

全員が真っ暗闇の中に飛び込んだ後、上方からエイムが見送りの声を届けてくれると5人はイフリータの炎を目安に固まって落ちていく。
「いやはや。これは本当に貴女が居てくれて助かりましたよ。この速度で落ち続けるのであれば松明も使えないでしょうし。」
「そんな褒められ方は初めてだが、まぁショウが喜んでくれるのであれば悪い気はしないな。」
ただ落下の最中は周囲が真っ暗な為その単調な景色に皆早々に飽き始める。せめて地底の景色が見えればなぁと思わなくはないが本来この場所は光が届かないのだ。であれば流れに身を任せるしかないだろう。

「・・・飽きた。ヴァッツ、私達先に行こ?」

だがやはり大人になりきれていないアルヴィーヌが翼を顕現して力を解放すると2人だけはとてつもない勢いで真下へと飛んで行ってしまった。





 残された4人は特に焦る様子もなく、むしろ昨夜に続いて様々な話題で盛り上がっていると突然視界が明るくなった。今まで周囲が真っ暗闇だったというのもあるだろう。
あまりの眩しさにショウも目を細めるくらいの変化が訪れるとティナマが最初に感嘆の声を上げた。
「こ、ここが魔界か・・・!」
見渡せば沢山の木々だろうか?地上とは違い、白い木が地表を覆っているだけでなく大きな湖や川も存在しているようだ。更には巨大な建築物が多数点在しており、自分らの落下地点にも大きな塔や城壁っぽいものが確認出来る。と、同時に嫌な予感も覚えた。
「・・・イフリータ。もしかして飛べる能力を持たない存在はこのまま地面に叩きつけられるのでは?」
「うむ。一応不法侵入を排除出来るよう設計してあるそうだ。天族の中には飛べない者も多いらしいからな。」
その答えを聞いて時雨とティナマの表情が固まった。確かに魔族というのは例外なく皆が空を飛べるらしい。ならばこの仕組みにも問題はないのだろうが・・・
「あの、私達はどうすれば・・・?」

「心配いらん。2人くらいは私1人で十分抱えられる。」

「なら安心ですね。・・・あれ?2人??」
そんなやり取りをしているとみるみる地面が近づいてくる。大丈夫だとは思うが出来るだけ早く対応してもらいたいと心の中で祈っているとイフリータが時雨とティナマの腰に手を回して飛行能力を展開した。
すると落下速度は見る見る落ちていき、4人は綿毛のように地面へと着地する。
「・・・私も無事でしたね?」
「当然だ。わしとお前は一心同体だからな。その気になればお主の意思で空も自由に飛べるはずだぞ?」
今まで魔術の指南なども受けてなかった為、そういった発想が自身の中に存在しなかったがクレイスもウンディーネと深く関わった事でいつの間にか相当な魔術を展開出来るようになっている。
そもそもショウは昔から『灼炎』として異能の力を使ってきていたのだ。思い返せばそれらは全てイフリータの力によるものだったなのだろう。
今では『トリスト』の左宰相として城内で務めているものの戦う力を放棄したつもりも放棄するつもりもない。いざという時ある程度動けなければ大切なものを護れない事は重々承知しているのだ。
(今度、しっかりと己の力を見直さねばならないですね。)
密かに決意をしたショウは再び辺りを見回すと心なしか懐かしさが胸に込み上げてきた。むき出しの床は巨岩を切り出したのだろうか。立派な一枚岩で出来ており、妙な力を感じる。
周囲にある4本の塔には衛兵が駐在しているのだろう。見た所建築技法は地上のものより遥かに進んでいるらしく、そこかしこに立派な細工や紋様が見て取れた。

「やぁやぁ!ようこそ魔界へ!」

そこに颯爽と現れたのが魔界の王バーンなのだろう。耳の上から立派に生えている巻き角や口を開けると少し目がいく犬歯、そしてそれらの調和を取るためなのか、顔の作りは非常に整っている。
「バーン様。大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。イフリータ、ただいま帰還致しました。」
「おおお~~!!よかった~~!!訃報を聞いた時は僕でさえ怒りを抑えるのが大変だったんだよ~!!」
口調からやや軽薄そうな青年に見えたがイフリータの姿を捉えると一瞬で間合いを詰めた後熱く抱きしめる。どうやら良き王らしい。
「ああ!!君だね?!イフリータの依り代になってくれていたのは!本当に感謝するよ!ヴァッツと同じくらい君には敬意を表したいね!」
それからこちらの存在に気付いたバーンはイフリータと同じように抱きしめてくる。正直初対面の相手に少し距離を詰めすぎな感じはしたが彼も喜びを表してくれているのだからここは素直に受け取ろう。
だが時雨とティナマにも熱い抱擁を交わそうとしたので彼女らは必死に逃げ始める。その様子はやや危ない光景にも見えたが次の瞬間、それらを吹き飛ばす程の衝撃が飛び込んできた。





 「おおーーーい!!そろそろ降りてはくれぬか?!」

最初は森が動いているのかと思ったがそうではないらしい。彼の体は黒く深い緑色の巨大な鱗に覆われているのだ。そしてその声は体の大きさに比例して大きいが口調はとても柔らかい。
そんな彼が困り果てた声で塔の後ろから現れるとそこには翼を生やしたお転婆女王がその頭頂部にしがみつく様に乗っているではないか。
「いーーやーー!!ティムニールが私の家に来てくれるまで降りない!!!」
大きな爬虫類にも見える彼は立派な魔族らしく、言葉遣いも丁寧そのものだった。だがその温和な性格故だろうか。アルヴィーヌの我儘には困り果てている様子だ。
「アルヴィーヌ。無茶言ったら駄目だよ。それにこんな大きな体じゃお城の中にも入れないでしょ?」
そして足元には先に降り立っていたヴァッツがこれまた困った様子で宥めている。時雨も初めて見る巨大な魔族に唖然としていたがそこは元御世話役だ。すぐに我に返ると彼女を強く諫めて何とかしようと善戦し始めた。
「あ~彼女ねぇ・・・天族って我儘な人間が多いからねぇ・・・」
一足早く降り立った2人と既に接触を終えていたらしいバーンは諦め気味にぼやいていたがショウも現在『トリスト』に仕える身としてこのまま王女の蛮行を放置する訳にはいかない。
「失礼。彼の名はティムニールと仰るのですか?」
「そうだよ。僕の一番最初の友人さ。」
最も重要な情報だけを聞き出すとショウも颯爽と歩いて近づく。そしてアルヴィーヌに強い視線を向けると彼女も頬を膨らませて徹底抗戦の意思を見せて来た。

「アルヴィーヌ様。ティムニール様はバーン様の一番のご友人です。そんな彼らを無理矢理引き離すような真似はお止めください。」

まずは憶測を含めた軽い牽制をかけてみる。すると彼女も少しだけ気持ちが動いたらしい。こういう場合は感情に訴えかけた方が説得しやすいのだ。
「それにヴァッツの言う通り、彼の大きな体は『トリスト』王国での居場所がありません。ですので帰国次第私が責任をもってティムニール様の巨大ぬいぐるみを手配します。それで手を打ってもらえませんか?」
彼女はぬいぐるみを愛でるという非常に少女らしい一面も持っている。最近では己の銀髪を維持する為にヴァッツの腕に抱き着きっぱなしだが以前は『ネ=ウィン』で手に入れたクマのぬいぐるみをよく抱いていたのだ。
「・・・ほんと?」
「ええ。左宰相の権限を全て使ってでも用意します。」
んな馬鹿な。といった時雨とティナマの視線も感じてはいたがここは魔界であり魔族の世界なのだ。なのに入国早々彼らの心証を悪くしては今後の展開に支障が出るのも明らかだった。
なのでこの発言に嘘偽りはなく、心の底からそれに応えるべく彼女を全力で説得する。

「・・・・・わかった。でもここにいる間はティムニールと遊んでいたい。いい?」

こうして何とか妥協案に持ち込めたのだがそれでもティムニールという魔族に相当な負担をかける事になる。であればショウ達も手早く要件を済ませて早々に帰国した方がいいだろう。
「王女が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません。バーン様へのご相談が済み次第、速やかに帰国致しますので。」
「え~?!そんなつれない事言わないでよ~?!地上からのお客様なんて初めてなんだからゆっくりしていってよね!!」
・・・・・
一瞬とんでもない違和感に思考が止まってしまったが彼も魔界の王という立場なのだ。つまりアルヴィーヌ同様、それなりに我儘なのだろう。
すると突然ティムニールの姿が光に包まれてその巨体が一瞬で小さくなっていく。同時に頭の上で捕まっていたアルヴィーヌもその存在を見失った事でひゅ~っと落下してきた。

ぽすんっ

「ならば私も長期戦に備えよう。ほら、天族のお嬢ちゃん。実は私はこういう姿をしていていたたた!」
バーンよりも高身長であり、真っ直ぐな角を左右に生やした青年へと変化したティムニールが落ちて来たアルヴィーヌを受け取った後そう告げると彼女はとても不満そうに彼の角を握りしめて頭をぶんぶんと揺らしていた。





 魔族というのはバーンの想像力によって作られている。故に本来は人間や天族とは少し違った姿をしているそうだ。
ただ、それだと地上に出た時非常に悪目立ちしてしまうので彼らは人間の姿になれるよう後から能力を付与されたらしい。
「絶対ティムニールはあの姿のままがいい。あれって龍でしょ?私本で見たもん。」
あれ以降元の姿に戻るようせがむアルヴィーヌは自身が元の短く癖のある黒い頭髪に戻ったのすら忘れて何度も説得している。ただティムニールの方はこちらとの会話に入りたいらしく、彼女を膝の上に乗せたままその要望には耳を塞いでいた。

「うーん。流石はセイラムの娘だね。我儘加減が他の天族の比じゃないや。」

全員が大きな石の長卓を囲み、お茶やお菓子が用意された席に座ると早速バーンが聞き捨てならない内容を漏らす。もちろんショウも王女姉妹が天から授かったという話は聞いていたが詳細までは明かされていないのだ。
「セイラムというのはあの天界の王の?」
「うん。昔はいけ好かない奴だったけど最近ほんのちょっとだけましになったみたいだね~。」
どうやらバーンはセイラムについてもかなり詳しいらしい。ヴァッツが近い将来天界へ向かうみたいな話をしていたので今回はそちらの情報もしっかり収集していきたいところだ。
「ねぇバーン。魔人族って子供出来る?」
そこから軽く歓談が始まるとまずは久しぶりにアルヴィーヌの重い拘束から解放されたヴァッツが本題に入った。やや言葉足らずだった為質問の補足が必要だったがバーンは楽しそうに頷きながら真剣にそれを聞いてくれている。

「あ~そういう事ね。確かに魔人族が子孫を残したっていう話は聞かないなぁ。そもそも魔族と人間が結ばれるっていうのも稀だし。」

そしてその疑問は解決を迎える事無く終わってしまう。しかしこればかりはどうしようもないだろう。話しぶりから察するにその例は極端に少ないらしいのだ。であれば後はセヴァとスラヴォフィルの2人に委ねるしかない。
「で、ではわらわのちか・・・ええい!力だ!わらわの天魔としての力はどうすれば取り戻せる?!」
次にバレバレではあったものの一応は隠そうとしていた姿勢を取っ払い、その答えが欲しくてせがむ様に、そして脅すような勢いでティナマが迫り出した。
「あ~やっぱり君も魔族の血が流れてるんだ。でも本っ当に僅かな力しか感じないんだけど、どうして失ったの?」
「その力を使って悪さをしていたのでヴァッツ様に取り上げられたのです。」
「し、時雨ぇぇ!!貴様余計な事を言ぃひゃいいひゃい!」
「な~るほど!んじゃ僕にはどうしようもないね!」
ところがこの質問も答えが出てこなかった。後に残ったのは時雨が繰り出す頬をみょ~んと伸ばす刑だけだったが、その辛さを知っているアルヴィーヌが少し顔を歪めていたのは印象深い。

「でもここまで力を枯渇させると君が誰から生まれたのかすらわからないや。やっぱりヴァッツは得体が知れないねぇ~。」

あっけらかんと答えて軽く笑い飛ばしていたが魔族の王ですらヴァッツの力には敵わないといった風に聞こえたショウは少しだけ踏み入って尋ねてみる。
「うん、そうだよ。初めて出会った時から違和感しかなかったんだけど彼は人間じゃないし天族でも魔族でもない。正直生物かどうかすらわからないよ。」
「バーン様から見てもそうなのですか・・・ヴァッツ、貴方は本当に何者なのでしょうね?」
「さぁ?あ、でもオレも子供出来なかったらどうしよう?」
自身の正体などには全く興味がないのだろう。小首を傾げて軽く流した後は最初の疑問に戻って困った表情を浮かべ出した。
確かに人間・・・ではないというバーンの言葉が真実であれば少し難しいかもしれないが、天族、魔族との間には子を設けられるのだ。であれば多少常軌を逸した存在であっても可能ではないだろうか?

【心配ない。お前が誰と結ばれても子は作れるはずだ。】

最後はそれを後押しするかのように『闇を統べる者』が優しく声と姿を現すとヴァッツも安心したような表情でお菓子を頬張っていた。





 「あ~!やっと出て来たね?!『ヤミヲ』だけだといっつもたどたどしかったけど今日はしっかり物を言えるんだ?」
まるで待ちわびていたかのようにバーンが喜んでヴァッツに話しかけると『闇を統べる者』もその右目を黒い靄に染め上げながら答える。

【うむ。やはりヴァッツが傍にいないと自我を保つ事が難しいからな。】

そういえば彼は以前ヴァッツとは一心同体みたいな事を言っていた。というか『闇を統べる者』だけは魔界に精通しているのか?
「そうだよ~!時々おしゃべりしに来てくれてたんだけど口調や思考がやや足りないっていうか、あんまり面白くなかったんだよね~。」

【酷い言われ様だな。】

「「そうなの?」ですか?」
ヴァッツすら知らなかったらしく、2人揃って不思議そうに声を挙げると『闇を統べる者』も頷くような口調で説明を始める。

【『闇』というのは身近にいくらでもあるだろう?それを力として集約させるにはやはりヴァッツの存在が必要なのだ。私だけではただの『闇』に過ぎんからな。】

「「へ~・・・」」
アルヴィーヌとヴァッツだけが感心したかのように声を発していたがその意味は恐らく誰もわかっていないはずだ。何せショウですら彼らの存在は何一つ理解出来ていないのだから。
「ところでバーン様はセイラム様や天界についてお詳しいのでしょうか?」
なのでショウも話題を切り替えていく。今回の目的はあくまで情報収集なので、まずはそれらを終えてから考察に耽ればいいだろう。
しかし今まで明るく接してくれていたバーンが初めて言葉を濁し、更に表情に陰りを見せたのだ。正直自身の質問のどこに原因があるのかさっぱりわからなかったショウはただただきょとんとするしかない。

「ショウ様。バーンは天界に嫌気がさしてこの魔界を作ったのです。彼は元天族でもありますが過去の出来事は我らにも滅多に話しません。」

ここにきてアルヴィーヌを膝の上に乗せて・・・いや、乗られていたティムニールが静かに教えてくれるとバーンは顔を背けてしまう。
無知だったとはいえどうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。こうなると天界やその関係についての情報は諦めるしかないか。
「あ~も~!ティムニールは口が軽すぎだよ~!」
「いいではないか。隠す事でもあるまいし。それに自身でもセイラムは最近ましになったと言ってただろう。天界にも多少の変化があったのかもしれぬぞ?」
ところがショウが思っている程深刻な流れにはならなかった。衝撃の事実を告げられて大いに驚いていた周りとは裏腹に魔族の2人が軽く笑い合うと空気は和やかなものへと戻っていく。
「まぁ、本当に最近だよ。あいつが少し変わったんじゃないかって思えたのは。ね?アルヴィーヌ?」
「うん?」
何故か彼女に優しく語り掛けたのでアルヴィーヌも小首を傾げる。だがバーンだけは納得した様子でショウに天界への質問を促す程機嫌を直していた。





 あれから5人とイフリータはバーンとティムニールの案内で魔界の街へとやって来た。
「でもここにある建物や食べ物ってほぼ地上から持ってきたものなんだよね。だからあまり物珍しさはないかも?」
「いいえ。そのような事はありません。」
彼は謙遜しているようだがここにある全てが地上とは全く異なるものへと進化している為ショウの目からしても珍しい物ばかりだった。まず木の葉が白いのだ。幹も白く、他の植物も全て白色に染まっているのでまるで雪国のような印象を受ける。
当然それらを使った建物は見たことがない格調を備えているし、どこの国を参考にしたのか細工も見たことがない物だらけだ。そして使っている石材は黒い物が多い為まさに異国、異世界に来たという印象をより際立たせている。
そして地底のはずなのに何故こうも明るいのか。バーン曰く天井に魔力を通して明るく照らしているそうだがこの広大な空間によく力が尽きないものだ。
「不思議な所だねぇ!今度クレイスやカズキも一緒に連れてきていい?」
「もちろんさ!あ、ここのお店でお昼にしよう。美味しいんだよ~?」
王が庶民の店に入るという図にとんでもない違和感を覚えるがそもそもバーンは皆を生み出した父という意味合いが強い為権力的な物は一切持ち合わせていないらしい。
なので彼自身も敬われるのを好んでいないとの事だが、地底にこれだけの世界を作り上げた彼の力と存在、人格なども含めると王として扱われるのも自然な流れなのだろう。
「美味しいねぇ?!何だろこれ?!初めて食べる味だ!!」
「うんうん。おいしー。あ、でもこのお茶は・・・エイムのとこで飲んだ味に似てるね?」
魔界で作られた料理は見た目からして食欲を減退させるものだったがヴァッツとアルヴィーヌはいつも通り口に運んで舌鼓を打っていた。
(白はともかく青色の料理・・・は流石に・・・でもあの2人が食べているのなら・・・)
毒見、というか彼らが毒を出すはずもないので認識自体に誤りがあるものの、ショウや時雨も恐る恐る口に運んではほっと胸をなでおろし、その味に感激する。

「あ、そこの人。私の家に来ない?」

そしてやはり彼らの見た目は人間離れしている者が多いのだ。食事以上に彼ら自身に興味を持つアルヴィーヌは自分が気に入った存在にもれなく声を掛けてはヴァッツや時雨に諫められていた。



食事を堪能した一行は魔族達が手入れしている自慢の森を散策して湖に出る。それから畔に面するように建っている荘厳な城に入ると中から随分厳つい鎧を着こんだ人物ががっちゃがっちゃと音を立てて走って来ると勢いそのままにヴァッツの前に跪いたではないか。
「ヴァッツ様!やっとお目通りが叶いました!!デルディルアです!!以前貴方に助けて頂いたあの!!」
「あ~・・・ああ!!エイムを襲ってた人だね?!あれからどう?もう誰かに操られたりしてない?」
「はい!!お陰様で今は元気に暮らせております!!よくわからない力から解放していただた御恩はひと時も忘れる事はありませんでした!!」
又聞きでしか知らなかったが昔ヴァッツが自我を取り戻した時、操られて襲い掛かって来た魔族というのが彼だそうだ。それにしてもその昆虫にも似た厳つい容姿とは裏腹に非常に腰が低く、また優しい人物のようだ。

(なるほど・・・これが魔族なのですね。)

一応は魔界の城を護る将軍らしいが、戦う力を持ってはいてもそれを行使する機会は早々ないのだろう。ティムニールとも笑い合って挨拶を交わしている所から、ここは本当に争いとは無縁の世界なのと軽い感動を覚えた。
「そういえばバーン様、至急お知らせしたい事があるのですが・・・こういう場合は後から内密にご報告した方がよろしいのでしょうか?それとも皆様の耳に届いても問題ないといった感じで今すぐお伝えした方がよろしいのでしょうか?」
「う~~ん?!それは非常に難しい問題だね?!何せ僕らの世界に正式な来客なんて初めての事だし。ねぇショウ?人間の世界ではこういう時どういう対応をしてるの?」
しかしその弊害だろうか。城内での指揮系統が未完成であり、部外者に相談してくるバーンらを見るとショウは心の底から笑ってしまった。

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