闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -年を越えて-

 相手がどんな武器を使うのかわからないがクレイスは長剣と大盾を一番長く使ってきた為それを選んだ。
「クレイス君。今からでも遅くはない。魔術で一掃してしまう訳にはいかないのか?」
依頼してきたツミアではなくキールガリがそんな事を尋ねてくるのにはやはり武術の力量を信頼してないからだろう。
実際『七神』のマーレッグには一方的に斬りつけられ、殴られ続けていたので彼の不安もよくわかる。だがあの男は自分が立ち会った中でも群を抜いて強かった。
イルフォシアですら苦戦を強いられていた事から考えてもクレイスがどうこう出来る相手ではなかったのだ。だからこそ『腑を食らいし者』とも立ち会ってみたかった。
少なくともマーレッグ程ではないはずだと。それならある程度鍛えて来た自分にも勝機があるのではないかと。そして武術での勝利を渇望していた事が最終的な判断を下したのだ。
「キールガリ様の仰る事もよくわかります。しかしあそこまで正々堂々と立ち合いを申し込まれた以上逃げる訳にはいきません。どうか僕の我儘をお許しください。」
「ご安心ください。もしも何かあれば私が責任を以って奴を打ち倒します。」
「私も!もしクレイス様に傷でも付けようものなら全ての力を使ってそのふざけた名前の人物を斬り裂いてきます!」
しかしこちらの気持ちちっとも汲み取ってくれないイルフォシアは静かにそう告げるとルサナも息巻いてそれに続いた。確かに2人ともクレイス以上に武術の腕は確かなのでもしそんな事になったら立つ瀬がない。
ここは何としてでも自身の力だけで解決せねばと静かに闘志を滾らせたクレイスは自身と同じ長剣や盾、槍や弓を用意すると早速『ラムハット』の西海岸へと向かう。

「クレイス様、私は貴方が剣で戦うお姿を想像出来ませんが必ず成し遂げて頂けると信じております。」

そして今日は立ち合いやら武具の運搬やらがあるのと、今までと向き合い方が大きく変わる為ノーヴァラットにルサナ、ツミアやキールガリまでもがついてくる事となった。
幸い魔術を使う事はないので魔力消費を考えずに全員を問題なく巨大な水球に取り込むと以前と同じ空を横断して例の場所に到着する。すると既に『腑を食らいし者』が地上で腕を組み、ずっしりとした様子で立っていた。
「あ、あれが『腑を食らいし者』・・・何という面妖な姿だ。」
確かに、と心の中で相槌を打ちながらクレイス達も大地に降りると早速その武器を地面に置く。
「お待たせしました。貴方がどんな武器を選ぶのかわからないので目ぼしい物を全部持ってきたんですけど如何ですか?」
「どれどれ・・・ふむ。クレイス、お前はその長剣を使うんだな?」
「はい。これに大盾が一番使ってきた武具なので・・・盾、使ってもいいですよね?」
魔術以外なら何でも有りだと勝手に認識していたが普段魔術を展開していても左手は水球を盾のように扱う癖がある為今更別のものを手にするは難しいだろう。

「・・・よかろう!ではわしもお前と同じ長剣を選ぶ。これで条件はほぼ互角、良いな?」

互角?こちらは盾を持っているのに互角と言ったのか?ただイルフォシア達も口を挟む事は無いし『腑を食らいし者』も気にする事無く鞘から抜いて早速間合いを取り始める。
「わ、わかりました。ではよろしくお願いします。」
こうしてほぼほぼ相手の思惑通り事は運んでいったのだが二人の戦いは当事者である彼らだけが予想外の出来事によってすぐに面食らってしまった。





 手指が認識できるはずもなく、全身が腐肉のような状態であり半ば液体にも見えるのに右手らしい部分でしっかりと長剣を握っているのだから訳が分からない。
色も紫やらどす黒いやらで距離を取っていても悪臭が漂っているのではと錯覚する。それでもイルフォシアが開始の合図を出してくれると彼は滑るように間合いを詰めて来た。
その動きはまるで自分が展開する水球のようにも感じたが、それ以上にこれだけ人外を強調してくれるとクレイスも容赦なく剣を振るえる。しかも真っ直ぐこちらに突っ込んでくるのであれば見極めた後、隙を計って反撃すればいい。
だが相手は『腑を食らいし者』。その容姿は決して見せかけではなく、戦い方は人間の言う基礎や基本は全く通用しないのだ。

ぶにょん・・・・・っ

突然右手で掴んでいた長剣が消えたように感じたが、その腐った体を膨張させたからそう見えただけだ。既に一歩踏み出せば攻撃が届く間合いで相手は視界を遮るほど巨大な球体に、そして人間の形から遠くなっている。
一瞬だけ唖然とするもその丸くなった体から何の前触れもなく長剣が射出されたので慌てて大盾を構えた。これはキールガリが用意してくれた中でも一番堅かったものを選んだのだがどうやら正解だったようだ。

ずばんっ!!

激しい衝撃を感じるとその攻撃は切っ先が見える程深く刺さっている。幸い自身の体は無傷でいられたもののこれをまともに受けたら命が危ない。
だがすぐに気が付く。この人外を相手にそんな些細な攻撃に一喜一憂していられるほどクレイスには余裕がないのだと。
液体のような『腑を食らいし者』が体のどこでその長剣を握っているのか定かではない。それでも大盾にしっかりと突き刺さった部分から相当な膂力を感じていたし、現に自身の左手はまるで固定されたかのように動かない。
そんな中四方から回り込むように相手の体が襲い掛かって来るのだ。それは一つ一つが拳のようでもあり大槌のようでもある。
なのでクレイスは大盾から手を離し、防御の為の魔術を展開しかけたが『腑を食らいし者』との約束が脳裏に過ってそれを止めた。正直体術だけで何とか出来る自信はなかったがこれも素直な性格故なのだろう。
確認できるだけでも4本の攻撃を凌ぐべく後ろに跳んで何とか初撃を躱すも2本目はぎりぎり、3本目になると膝と太腿に大きな負担がかかっていたのか目の前に迫って来ても反応が追い付かない。

(これは・・・仕方ない。)

それでも諦めるという発想には至らない。何故ならそれ以上の攻撃を過去に何度も受けて来たからだ。
ツアミの話や土壌を腐乱させる力が気になるところだが威力だけ見れば絶命する事は無いと判断したクレイスは両手を使って何とか衝撃を和らげようとかざすもそこに『腑を食らいし者』の攻撃が当たる事は無かった。

ざむんっ!!!

何故なら立ち会っていたはずのイルフォシアが長刀でその体を切断したからだ。まだ始まって間もないのにいきなり横槍を入れられた事に当事者たちは激しく混乱したが4本目の体もルサナの紅い刃によって破壊されている。
「き、貴様らっ?!いきなり邪魔立てするとはなんと卑怯なっ?!」
「与えられた武器以外の力を使ってクレイス様に攻撃を仕掛けたのに何をいけしゃあしゃあと。クレイス様、この者はやはり信用がおけません。私も加勢させていただきます。」
「な、何を言う?!最初からわしの力に制約などつけておらん!!あくまでクレイスが用意した武器を使うのとクレイスの魔術を禁じる条件下の戦いじゃろっ?!」
慌てて弁明する『腑を食らいし者』と静かな怒りを内包するイルフォシアの態度は対照的だ。周囲もその内容を聞いて言動も容姿も醜い彼に猜疑の視線を向けている。

「・・・そうだね。じゃあこうしよう。今から用意された武器のみで戦う。これでいいかな?」

なのに当事者であるクレイスだけはイルフォシア達の介入を除くべく新たに提案したのだから今度はこちらに視線が集まった。





 「クレイス様?!何を仰っているのですか?!」
イルフォシアの困惑したような、叱りつけるような言葉も当然だろう。だがそれでもクレイスはこの戦いを続けたかった。どうしても武術での勝利を渇望していたのだ。
「ほう?良いのか?」
「うん。貴方の不思議な力も今後無しでお願いするよ。」
なので彼女の訴えには耳を貸さず、斬り落とされた体を吸収していた『腑を食らいし者』に提案し直すと彼も大盾を拾って刺さっていた長剣を抜いてこちらに手渡してくれた。
「クレイス様、気を付けて下さい。その男は・・・その・・・只者ではありませんから!」
『腑を食らいし者』の姿を見てから少し様子のおかしかったルサナも目を紅く輝かせて困惑した表情を浮かべている。
「ありがとう。それじゃ再開しようか。」
相変わらず妙な場面でその頑固っぷりを披露するとイルフォシアは肩を落として溜息をつきながら再び立ち合い開始の声を掛ける。

仕切り直しになった2人の戦いだが今度こそ正々堂々と互いの力量をぶつけ合える。その高揚感に胸を膨らませていたのだが相手は見た目通りに食わせ者、一筋縄ではいかないだろう。

「ではゆくぞっ?!」
そう言って『腑を食らいし者』が真横に移動するとクレイスが用意した他の武器を全て拾い集めて自身の体に取り込んだ。
「「ああっ?!」」
イルフォシアとルサナが卑怯だと言わんばかりの避難声明を上げるも彼がそれに気を取られる事は無い。
「がっはっは!これも用意された武器、だよな?!」
持ってきた武器は他に槍と弓、大斧と大槌だ。
それらが突如姿を現し襲い掛かって来るのだからその緊張感は凄まじい。だが先程繰り出された『腑を食らいし者』の体を使った攻撃に比べると大したことは無く、集中力さえ切らさなければ食らう事はないだろうと高を括ったのもいけなかった。

彼はそれらを全て体内に取り込んだ。そして人外である長所を生かし、その全てを同時に繰り出せるのだ。

弓こそ引かねば矢が放たれなかったものの、長剣に槍、大斧と大槌の攻撃を凌ぐのは困難を極めた。故に形勢は一瞬で劣勢になるとクレイスの体には切り傷が走り出す。

「はい!!そこまで!!」

またも重傷を、もしかすると命を落としかねないと判断したイルフォシアが2人の反感を覚悟でそれを止めると立ち合いの勝敗は決した。
「がっはっはっはっは!!よしよし!!これでお前達は二度とわしの領土を荒らさないと約束しろ!!」
「いいえ、今日の立ち合いは以上、という意味です。また明日、第二戦を行います。」
得意げに言い放つ『腑を食らいし者』がそのとんでも理論に目を白黒・・・目がないので表情を唖然とさせているように感じたが本来力の関係はこちらの方が圧倒的に上なのだ。
「おや?誰が一戦で勝敗を決すると約束しました?」
先程の不意打ちやクレイスの身を案じての策謀なのだろう。最後はイルフォシアがとても満足そうな笑みで『腑を食らいし者』を睨みつけると彼もたじろぐ様を見せるしか出来なかった。





 「クレイス様、一応お聞きしますがまだこの戦いを続けられますか?」
帰還して早々イルフォシアが詰め寄って来るも、その心境は他の面々も同じだったようだ。
「うむ。正直あれを相手に正々堂々と戦う必要はないと私も思う。『ラムハット』の事情はともかくもし他国へまで影響が及べば君も心が痛むのではないか?」
キールガリからももっともな意見が出て来た事で周囲も激しく首を縦に振っていた。
「あ、あの・・・正直私も動きに差を感じましたのでこのまま立ち合いを続けてもクレイス様に勝ち目はないかと思います。なのでここは魔術で一掃されるべきかと。も、もしそれが忍びないのであれば私が代わりに戦いますから!」
いつもクレイスの肩を持ってくれるルサナでさえこの言い様なのだから客観的に見て力量差は相当あるのだろう。ならばここは折れてもいいのかもしれない。

「・・・いえ。まだやれます。」

それでもクレイスは自身の意見を曲げなかった。意固地になっていた部分もあるがやはり最初に交わした約束と武術での戦い、それによる勝利がその思考を縛っていたのだ。

「・・・クレイス様。貴方の存在はもはや貴方だけのものではないのです。皆様がその身を案じて、多分な心配をなさっているのにまだその我儘を押し通されるおつもりですか?」

時折見せる芯の強さ。それを多分に含んでイルフォシアが静かに説得してくるもクレイスの心は動かない。いや、むしろその凛とした表情と声を聞いて余計に滾り出した。

「うん。僕はまだ・・・まだ強くなれるから。強くなりたいから。こんな所で退く訳にはいかないんだ。」

これには二年前の出来事が大きく関わっていた。何もわからずにただ王城を脱出して亡命の旅に出た。何も持たずに何も反抗せずに逃げるしか出来なかったあの夜。
後から虚報だと知った時、内心ほっとしたものの逃げた記憶というのは鮮明に、そして深く心に刻まれたままなのだ。そこにキシリングから受け継いだ王の魂が反応しているとなればもはや王妃となる人物ですら覆すのは難しいだろう。
「やれやれ。クレイスってば本当に頑固なの。でもこのままじゃ絶対勝てそうにないけどどうするの?」
「・・・・・」
ウンディーネの問いに今はまだ答えなどない。なので無言で浅く俯くしか出来なかったのだがその様子を見かねたイルフォシアが軽く溜息をつくとクレイスの表情を覗き見てくる。
「・・・わかりました。でしたら私はクレイス様の御意思に少しでも応えられるよう協力致します。」
「本当?!ありがとうっ!!」
一番わかってほしい人物からそう言ってもらえて感極まったクレイスは思わずぎゅっと抱きしめた。だがこの日だけは2人に照れや気恥ずかしさはなく、イルフォシアもやれやれといった表情で彼の背中に手を回してくる。
「あぁっ!ず、ずるい!!私も!!私も命を賭けて協力しますっ!!」
それからルサナが慌てて宣言しながら2人の間に割って入り、ウンディーネも楽しそうにその外側から抱き着いてくる。4人が揉みくちゃ状態になったのを周囲も微笑ましく見守っているが1人にとっては死活問題なのだ。

「あの、イルフォシア様。具体的にはどのような策がおありなのでしょう?」

ツミアが不安そうに尋ねてくると彼女は珍しく得意げな表情を浮かべながらふんすと鼻息を鳴らす。
「では早速行ってきますので皆様は歓待の準備をなさっておいてください。」
どうも彼女は誰かをここに連れてくるらしい。それが誰であり、どういった策を練ったのか誰にもわからなかったがこれは手柄を独り占めしたいイルフォシアの下心があったからだ。
よくわからないままこの日は夜を迎え、皆がその到着を待ちわび始めた頃に彼女が隻腕の大柄な老人を抱えて戻って来た事にクレイスだけは誰よりも喜びの声を上げていた。





 「話は道中に聞いたんじゃが・・・何じゃクレイス。また人外に絡まれたか?」
隻腕の『孤高』ワーディライは現在『ダブラム』の将軍であったがクレイスの窮地という話に今回協力してくれるとの事らしい。
「まさかワーディライ様がご協力して下さるとは・・・なるほど、クレイス君と2人で戦って貰って勝利を掴むという話ですな?確かに人数の制約もありませんでしたな。」
キールガリも嬉しそうにその老人を迎えて早速晩餐会が開かれたのだが開口一番、合点のいった様子で何度も頷いている。
「いいえ、そうではありません。ワーディライ様にはクレイス様の師となって頂き、その力量を鍛え上げるべくお呼びいたしました。」
その内容を聞いて今度はワーディライが何度か頷き、そして周囲は納得とはかけ離れた表情を浮かべていた。
「イ、イルフォシア様。それでは時間がいくらかかるかわかりません。私としても急かすつもりはありませんがそれでもこの状態が長引けば長引く程『ラムハット』は困窮の底へと落ちていくのです。」
「はい。ですからキールガリ様、『ラムハット』に物資を支給して差し上げて下さい。」
「な、何ぃっ?!」
ツミアの切実な要望にもすまし顔で応えるイルフォシアだったが、その内容にはキールガリが目をむいていた。
何せつい先日まで彼の国から侵攻を受けていたのだ。クレイスのお蔭で終戦には向かったものの人々の恨みは乾いておらず、手を差し伸べる理由も利己的過ぎて飲むに値しない。

「わしからも頼もう。なぁに、金なら使い道がなくて持ち腐れておったんじゃ。いくらでも払ってやる。」

そこにワーディライからも重ねて提案されるとキールガリも言葉に詰まる。こういう時頼りになるのは息子のフェブニサだ。
「わかりました。それでも反国感情を考慮すれば堂々と支援は出来かねます。量にも限りがある事だけはご了承下さい。」
こうして『腑を食らいし者』との話は一先ずまとまったのだが決して各々が納得した訳ではない。



クレイスの身を、国を憂う気持ちを、敵国への干渉を各々が内に秘めた翌朝。
「さぁクレイス様!まずは午前の稽古です!!」
イルフォシアが夜明け前にクレイスを起こすと早速外でワーディライとの修業が始まった。

「いいですか。今日からは早朝に武術の御稽古を2時間、朝食の後魔術の座学を2時間、それから『腑を食らいし者』との立ち合いを終えた後昼食後にはまた2時間の御稽古、休憩を挟んでから魔術の御稽古となります。」

彼女にそう告げられて目を白黒させていたがワーディライの方は特に口を挟んでくる事もなく、周囲はむしろ納得している様子だったのでクレイスも質問を返すような事はなかった。
ただ『腑を食らいし者』との戦いにワーディライも連れて行くという部分には少し嫌な予感がしたものの、戦いに手どころか口すら挟む事なくその日は無事に終える。





 「おいっ!わしは今日槍を使いたいんじゃ!何故槍を持ってこなかった?!」
『腑を食らいし者』との戦いを重ねていく上でイルフォシアが最も心配した部分はやはりクレイスの怪我だ。そして相手はこちらが用意した武器を全て同時に使ってくる。
となればその対策として武器の数を減らすという結論に行き着いたのだが相手もさすがは曲者。なのでこういった要望にはワーディライが『たまたま』持ってきていた武器として貸与する形を取る。そして必ず用意した武器は回収するのだ。
こうする事でなんとか対等に近い状態を作り出しクレイスと立ち合う訳だが体を自在に変化させ、突如放たれる攻撃には毎回悪戦苦闘していた。

「そこまで!!」

それでもこんな生活を2か月近く続けて行けばクレイスも見違える程強くなっていた。最初期など立ち合って1分も持たなかったのに今では10分継戦し続け、更には反撃をいくつか出来るまでに成長している。
「ふむ。反応の良さは流石だな。だがまだ足腰が弱い。帰ってからはもう少しその修業に重きを置くか。」
手数の少なさを補うにはその威力を高めるしかない。だからこそワーディライはそこに活路を見出だしてそういう助言をしたのだがこれに反論する者がいた。

「うぉいっ?!貴様らっ!わしとクレイスの立ち合いを何だと思ってるんだっ?!」

毎回毎回怪我をする直前に試合を止められ、更には師匠らしき人物が同伴してその反省点をクレイスと話し合う様を見せつけられ続けている『腑を食らいし者』もこれまでずっと我慢してきたのだ。
むしろこの2か月弱の間、一切そこに口を挟まなかった点を周囲は褒めるべきかもしれない。
「む?何だと・・・と言われれば。ふむ、確か『ラムハット』の地を賭けての戦いじゃろ?そうだよな?イルフォシア?」
「仰る通りです。勝敗によってこの地の行方が左右されます。しかし中々決着がつきませんね。お二人が猛者故に仕方のない事ですが。」
そしてワーディライとイルフォシアのすっとぼけた演技の何と様になっている事か。だが最初から戦力的な差がある故『腑を食らいし者』もこれ以上は大きく出られないのだ。
何せクレイスの魔術が弱点というのも本当らしく、無理に意見を押し通そうとすればこちらの水竜巻によって甚大な反撃が目に見えているのだから。
「う、う~~むっ!おのれぇ・・・これだから人間というのは信用ならんのだっ!!」
「おや?最初に搦め手を使ってこられたのはどこのどちら様でしたか?」
口喧嘩となれば彼女に敵う者はいない。というかこれはイルフォシアの言う通りだ。『腑を食らいし者』も言葉を失っているのがその証左だろう。

「まぁわしらも決着はつけるつもりじゃ。お主は首を洗って待っておれ。」

『孤高』であるワーディライが静かに告げると彼もそれ以上反論してくる事はなかった。だが翌日以降、クレイスとの間にあった差は縮む事なく遂に年明けを迎えてしまう。



「明けましておめでとうございます。」
去年とは違い、異国の地で新年を迎えたクレイスは着飾ったイルフォシアの挨拶を目の前にしても心ここにあらずだ。
「クレイス君。君の頑張りはよく知っている。だから今日くらいは羽を休めなさい。」
祝宴の場でキールガリも慰めてくれたのだがクレイスの気持ちとしてはゆっくりなどしていられないというのが本音であった。
「左様、焦る気持ちもわかるが体を休める事もまた重要。クレイス、今日ばかりは戦いを忘れて興に入れ。」
それでも師であるワーディライが肩を叩きながら厳しく告げてくるのでここは従う他はない。何せ彼はイルフォシアの立てた計画通りに付き合ってくれているのだ。

ならばその言葉に甘えようか・・・決意も新たに新年を迎えたクレイスは不意に酒と肉料理を籠に詰めてもらうと彼らの気持ちを素直に受け取るべく、やるべき事を果たす為に単身で彼の地へ向かった。





 色々とおかしな部分は多いものの最初に声を掛けてくれた印象は深く、そして悪くない。だからクレイスは『腑を食らいし者』に会いに来たのだ。
「おお!!遅かったではないか!!しかも今日は連れが居ないな?!うむ?そういえばわしが使う武器も持っておらんか・・・?も、もしや・・・?!」
一応日曜日という概念を知っていたのでその日だけは休むという話をしていたものの、今日は年初めとはいえ平日だ。
更にいつもいるイルフォシアやワーディライがおらず、武器を多めに所持していない所から察するに魔術で蹴散らされるのでは?と『腑を食らいし者』は早とちりしたらしい。

「うん。今日から新しい年になるんだ。だからほら、お酒とお料理を持って来たんだけど・・・一緒にどうかな?」

「なぬっ?!」
流石に親しく接し過ぎているか?一応形としては領土を巡って争っている関係だ。いわば双方は戦争状態の国家同士と言っても過言ではないのだがそれでもクレイスは彼に会いたかった。
「別に毒とかは入ってないよ。普通に宴席から持ってきたんだけど・・・こういうのって食べたり飲んだり出来る?」
「・・・出来なくはないが、まぁよかろう。」
相変わらず敵意のない返事を受けたクレイスは早速敷物を用意し、その上に料理と酒の瓶、杯や取り皿などを用意して彼を誘う。
「最初見た時から不思議ではあったが女のような容姿は伊達ではないという事か?」
手際よく準備していくのを不思議そうに見ていた『腑を食らいし者』だったが確かにこの動きの方が手慣れているのは否めない。
「まぁね。僕料理が趣味だから。」
「ほほう?」
他愛ないやり取りの後、彼の杯に酒を注ぐと自身にも返してもらい、それから静かに乾杯する。
「・・・これはあれか?わしとの戦いに手心を加えて欲しいとかそういう?」
「違うよ。」
「・・・であればあれか?酒食を共にして和解への道を模索しておるのか?」
「違うよ。でもそれが出来ればいいかもね。」
「ふむ。お前は変わっておるのぅ。」
「それはお互い様だよ。」
普段お酒は料理にも使う為初めて口にする訳ではないのだがこうして誰かと呑みあう初めての相手がまさか人外になるとは思いもしなかった。
疑いを晴らすべく軽いやり取りをした後は『腑を食らいし者』も気心を許したのかそれを一気に飲み干した後、肉料理をぺろりと平らげる。
「うーむ・・・不味くはないのだがやはり腑が欲しいな・・・」
「腑って臓物の事?」
「うむ。わしは『腑を食らいし者』だからな。それこそが最も美味く感じるのだ。」
その話を聞いてる限り、そしてルサナの行動との類似点を鑑みるにやっぱり彼もそういう存在らしい。

「じゃあルサナ・・・『血を求めし者』と知り合いだったりするの?」

これは以前からずっと気になっていた事だ。イルフォシアもそれに近いみたいな事を最初から言っていたし、ルサナもクレイスに懐いているにも関わらずあれ以降『腑を食らいし者』との戦いに立ち会う事は無かった。
それはまるで避けているかのようだったが同族であれば再会を喜んでもいいのに、とは感じていた。
「知り合い・・・というよりはわしらは元々1人の人間だったのだ。聞きたいか?」
酒で酔っぱらった影響か。だが彼はそう尋ねて来たので力強く頷くと『腑を食らいし者』は自身と彼女らの話を聞かせてくれた。





 その男はとても信仰深い僧侶だったという。ただ崇めた神とやらがよくなかった。何せ自身以外の神は全て邪神でありそれらは全て淘汰すべきだという教えらしい。
「『シェ=リエル』という教えじゃ。それに没頭していた男はある日禁断の秘術とやらに手を出してしまう。」
聞いた事もない宗教の名も気になったが一先ずクレイスは『腑を食らいし者』の話を全て聞きたいので黙っておく。
「何でも永遠の命とそれを行使出来るほどの力を得られるという。何ともまぁ眉唾な内容じゃったのだが男は疑う素振りすら見せずそれを実行した。」
儀式の内容から察するに邪神はそちらでは?と口を挟みたかったが「新鮮な生き血はともかく臓物は若いものが良い。」という彼の発言もあった為ここも頷くに留める。

「それが成功したのか失敗したのかはわからん。だが結果として男は『骨を重ねし者』『腑を食らいし者』『血を求めし者』の3人に生まれ変わった。」

「・・・えっ?じゃあルサナ、『血を求めし者』って・・・」
「うむ。わしらの中では一番力が弱く我儘だったのでな。末妹のように扱って居ったのじゃが・・・」
どおりで名前やら力の種類が似ている訳だ。だが『腑を食らいし者』が言いたかった事はそこではなく、もっと先の話をする為にわざわざ自らの生い立ちを教えてくれたらしい。
「なぁクレイス。この大陸の名は何という?」
「え?ここはジャカルド大陸ですけど・・・生まれはこの地ではないのですか?」
「ふむ・・・他に大陸は存在するか?」
こちらの疑問に答える素振りも見せず、『腑を食らいし者』が次の質問を重ねて来たのでクレイスは仕方なくそれを先に解決する。
「はい。東側にあるのがカーラル大陸ですね。」
すると相変わらず表情が読めないはずなのに腕を組み、何やら思案しているように見えた。何だろう?今のやり取りに何か不明な点でもあっただろうか?

「・・・わしの出身は『イーラ』といってな。ポーラ大陸の中では2番目に栄えていた国なのじゃ。」

「・・・・・はぁ?」
何を言い出したのかさっぱり理解出来ないクレイスは気の抜けた声を漏らしてしまったが『腑を食らいし者』は逆にこちらの反応が手に取るようにわかるらしい。
この世界には東西を分けるジャカルド大陸とカーラル大陸しか存在しないはずだ。そして聞いた事のない国家の名前を出して一体何を伝えようとしているのか。
「わしもこのような身じゃからな。最初はいつの間にか時代や環境が変わったのだと勘違いしておった。じゃが・・・どうやらこの国、いや、世界と言えば良いのか。わしの知る場所ではないようなのじゃ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・えっ??」

話が飛び過ぎて理解に随分時間が掛かったが、やっと思考が追い付くとまずは驚愕の声を上げた。というか再び反芻してみても内容が突飛すぎる。
この男は一体何を言っているのだろう?というのが冷静さを取り戻したクレイスの率直な気持ちだったがそこもしっかりと答えてくれた。

「おかしな事を口走ってると思うじゃろう?だがわしの世界に魔術など存在せんし大陸や国の名前、それこそ二大宗教?バーン教やセイラム教など聞いた事もない。なのにこれらは5000年以上の歴史があるという。ここは全てが未知なのじゃ。」





 『腑を食らいし者』という存在は搦め手こそ使ってきたものの、意味のない嘘をいうような性格には見えない。だからこそクレイスは言葉を失っていたのだが彼は更に話を続けてくれる。
「そもそもわしら3人は小さな教会の地下でひっそりと暮らしておったのじゃ。見た目も存在も人外であるからな。そりゃある程度食料を求めて動物を狩りはしてたが少なくとも目立つ動きは控えていた。」
その話を聞いてやっとクレイスは糸口を見つける。といっても彼の話を否定する為ではない。彼の正体とその信憑性を再認識する為だ。
「あのっ!そのような暮らしをしていたのに何故人や領土を襲う様になったのですか?」
「わからん。」
「・・・・・ぇぇ~~」
「いや、本当にわからんのじゃ。気が付けばこの地におって、気が付けば人と大地を襲っていた。だが人の臓物を食らい、それらから知識を吸収していくうちに正気を取り戻した・・・といっても信じ難いだろうな。」
相変わらず表情は読めないものの声に覇気はなく、心なしか項垂れているようにも見える。
「・・・信じます。信じますから・・・」
続いて『でしたら無意味に人々を襲ったり大地を汚すような真似を止めてくれませんか?』と言うべきだったか。流れから考えるとここでその話題を振っていれば万事収まった可能性はある。
しかしクレイスはそこで言葉を止めたのだ。この男に勝ちたいが為に、ツミアの嘆願よりも己の欲望を優先させる為に。ただその行為に罪悪感はなかった。何故なら必ず勝ってみせるという強い決意があったからだ。

「・・・ちなみに『骨を重ねし者』というのはどういった方ですか?」

なのでもしかしてこの世界のどこかにいるかもしれない最後の1人についても尋ねておく。出来れば『腑を食らいし者』のように話の分かる人物であればこちらも対処しやすいだろうと考えて。
「うむ。わしらの中では長男という位置なのじゃがとにかく無口でな。3人で暮らしておった時もほとんど動かず、食す事もなかった。何というか・・・置物に近い印象だな。」
「へぇ~。その人がこの世界でその、悪さをしているとすればどんな事をしていると思いますか?」
13歳という若さと『腑を食らいし者』に近しい感情を抱き始めていたからこそ無邪気に質問を重ねてみたのだが、流石に相手は少し機嫌を損ねたように見えたので慌てて口を手で押さえた。
「・・・まぁ人間を襲えば悪さと言われても仕方がないか。といっても『骨を重ねし者』は本当に何もしない・・・というか出来ないのではないか?何せ骨だけなのだから。」
「な、なるほど・・・無口と言ってもお話は出来るんですよね?」
「うむ。そこで判断するしかないだろうな。しかし知らない相手に話しかけられて受け答えする性格ではない。ま、どこかで出会ったらわしの話でも聞かせてやってくれ。」
もし本当に見た目がただの骨で動かない存在となれば人々を襲う事は無いのかもしれない。だが用心の為に『トリスト』や『アデルハイド』にしっかりと報告しておくべきだろう。
それにしても他の世界から・・・と、考察に入りかけたが考えてみるとこの世界の遥か上空には天界が、地下深くには魔界があるという。
であれば『腑を食らいし者』が聞いた事のない世界からやってきたとしても別段不思議ではない。問題は彼がいつやってきたか、そして自身の意思以外で行動していた部分にある。

それはまるで天族が人を操ったかのような、そんな力が働いていたというのか?

「久しぶりに人とじっくり話をした。礼を言う。だが戦いに手加減はせんぞ?」

「はい。僕も貴方を倒せるほど強くなって見せます。」
最後は雲をつかむような話題で終えてしまったがクレイスは新年のあいさつ代わりに決意を告げると『腑を食らいし者』も心なしかとても満足そうな様子を浮かべていた。

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