闇を統べる者

吉岡我龍

国を憂う -侵攻の理由-

 思い返せば母国から外に飛び出て以降、何度もこういった目に会っている。だが不思議と嫌悪を感じないのは何故だろう?
体がある程度動けるまで回復したクレイスはこの日、多少の痛みにむず痒さを感じながらノーヴァラットが聞かせてくれる話を熱心に聞いていた。
「つまり私達の研究では魔力を『特徴』で染め上げる事によってその魔術を展開出来るという結論が出ているの。実際私やバルバロッサ様がそれで証明しているしね。」
「へー。染め上げる・・・2人はどうやって風や雷に染め上げたの?」
「バルバロッサ様は凄いわよ。何せ四六時中雷雨で覆われている雷峠って場所に10年くらい住んでたんだから。そこまでして雷の傍に身を置いてやっと会得したらしいの。」
本人からは聞けなかったバルバロッサの話が時折出てくるのも嬉しかったが何より凛とした性格時の彼女は教えるのが上手い。
とても頼りになる御姉さんといった感じも相まってこちらもその授業を夢中で受けていたのだが心の均衡はわりとあっさり崩れる為いつも長続きしないのだ。

「ではノーヴァラット様はどのようにして風の魔術を習得されたのでしょう?」

講義はクレイスの部屋で行われている。当然完治していない彼の傍にはイルフォシアやルサナ、ウンディーネがいる訳だが彼女らも最初はそれほど興味があったわけではない。
ノーヴァラットの話し方が分かりやすく、クレイスが受講している間は特にやる事もない為いつの間にか全員でその話に耳を傾けるようになったのだ。
ただイルフォシアはまだ完全に気を許した訳ではないらしく、彼女への言動には所々棘というか敵意みたいなものを節々に感じていた。
なのでそれに怯える度にノーヴァラットの性格は臆病で引っ込み思案な物へと入れ替わる為、講義は何度か滞るのだがクレイスはそんな彼女も嫌いではなかった。
「え、えっと・・・私はその、バルバロッサ様のお世話とかお傍にいたいとか・・・で、近くの峠に居を構えていたんで、す。そ、そしたらいつの間にか身に着けちゃってて・・・あそこ風が強かったから・・・みたいな感じ、で、です!」
「ほほー。そんなんでも会得出来るんだ。だったら私も他の魔術を展開出来るようになるのかな?」
ウンディーネは不思議そうに問いかけているが大前提として彼女は魔族なのだ。そこはノーヴァラットも深く理解しているので答えはクレイスが思っていたものとほぼ同じだった。
「さ、さぁ?ウンディーネ様は魔族なのでまた私達とは違う気はします・・・足も普段は尾びれになってますし・・・」
「ねぇねぇ!私は?!私も魔術使える様にならないかな?!」
「ル、ルサナ様はどうでしょう?で、でも元は人間・・・なんですよ、ね?で、でしたら可能性はあるのかなぁって・・・」
「ちょっと?!今も人間よ?!」
「あら?人間とは思えない回復術をお持ちですよね?血を武器に変えたり啜ったりもしてますし?」
そしていつものように2人がいがみ合いを始めると講義は休憩に入る訳だ。しかしノーヴァラットも自分にさえその矛先が向かなければ慌てる素振りを見せなくなっていたのは皆と打ち解けつつあるからだろう。
「き、基本的な術式展開はバルバロッサ様の研究書を読まれた方がわかりやすい・・・かと思いますが・・・ク、クレイス様、どうですか?」
「え?うーん・・・そうだね・・・詳しく書かれているみたいだけど正直わからない部分の方が多いかな。」
そう。彼は本来これをある程度魔術の知識に長けている者、そして自らの為に書き記していた為専門的な知識を前提に作られている。
そういった意味で初心者を脱していないクレイスからすれば理解し辛い。だからこそ教師という人物がとても頼りになるのだ。
わからない所があれば彼女が親身になって教えてくれる。その時は少しだけ物理的な距離が近くなるのでイルフォシアから発せられる得も言われぬ感情にこちらまで肝を冷やす。実際少し前にそれが大きく裏目に出た事があった。



「ひゃぁっ?!イ、イ、イルフォシア様っ?!な、な、な、何でしょ、う?!」

それはまだ講義が始まって間もない頃だ。クレイスの質問に答えるべく冷静なノーヴァラットが後ろに回り込んでバルバロッサの研究書に目を通した時。まさにイルフォシアから嫉妬の気が放たれたのだ。
当然ノーヴァラットは慌てた様子で引っ込み思案な性格に早変わりし、彼女はその豊満な体を押し付けるかのようにクレイスを後ろから抱きしめる形になってしまった。
以降イルフォシアはその感情を抑えるよう努めているのだが最近は加減や状況を読むようになったらしく、まるで意地悪をするかのように狙いすましてそれをすることはある。
クレイスも今後の事を考えるとこのままではノーヴァラットが逃げ出さないだろうか、と心配になって一度注意してみたのだが。

「ほ~?つまりクレイス様はまたあの大きなお胸を押し付けられたいと?そう仰るのですね?」

この時傍にいたルサナからは何とも寂しそうな視線が、ウンディーネからは少し期待したような視線が向けられて来たのを忘れる事はないだろう。

「ど、どうしてそんな発想になるの?言っておくけど僕が好き・・・愛しているのはイルフォシアだけだからね?」

故の告白だった。信じて欲しいから。そう、確かにあの時その柔らかい体と甘い匂いに意識が向いた事実はある。でも自身が一番求めている彼女からそのような辛辣な言葉を受けるとなりふり構ってはいられないのだ。
「お~~お熱いですなぁ。」
まるで中年男性が言いそうな台詞を放ち、2人を冷やかすウンディーネとは別に、ルサナもそういう言葉を求めているのか目を潤ませてこちらを見つめて来るから大変だ。
「・・・で、でしたらその!今後は・・・わ、私だけがクレイス様を抱きしめますからね?!わ、私だってこれから成長するんですからね?!」
するとイルフォシアも良く分からない事を言い始めたのでこの場はなし崩し的な終わりを迎えたのだが、クレイスはイルフォシアの成長にまで口を出したり願望を抱いたりすることは無い。

「そ、そうだね。そうだね・・・うん、ずっと傍に・・・いてね?」

思えばあの返しも少し踏み込み過ぎたのかもしれない。だがそれ以降2人の距離が更に縮んだように感じたクレイスは怪我の回復に専念しつつ、魔術の座学にも力を入れるようになっていた。





 クレイスが早く怪我を完治させたかった理由はもう1つあった。それがヴァッツの言っていた事だ。
(天界か・・・どんな所だろう?)
イルフォシアに似た憧れの青年。恐らく命の恩人で間違いないであろう彼に会って直接感謝を伝えたい。その一心で沢山食べて、そして適度に体と頭を動かしつつ日々を過ごす。
季節も秋の真っただ中だった為過ごしやすい気温と美味しい食材も功を奏したのだろう。怪我はみるみる回復して行き、武術と魔術の稽古が出来るまでになった頃、『ジョーロン』の西で療養していた彼らに接触する人物が現れた。
といっても最初はキールガリの館内にいる召使いの1人としか認識していなかったし目立つ存在でもなかった為その正体を現した時には非常に驚いたものだ。

「クレイス様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

この時は着替えの最中で召使いと2人きりだった。そんな会話から始まったのだがまさか彼女が隣国『ラムハット』の諜報員だとは夢にも思わない。
「はい?何でしょう?」
「実は我が国に巣食う病巣を討伐して頂きたく『ラムハット』から参りました。よろしければ私の懇願を聞き入れて頂けませんでしょうか?」
「はぁ・・・え?!『ラムハット』?!」
思わず素っ頓狂な声を上げたので召使いは静かに近づくとこちらの口を手で押さえる。
「お静かに。イルフォシア様が聞けば私は処断されかねません。」
酷い言われようにそのまま反論したくなったが実際第三者から見ればイルフォシアは凛とした印象が強いらしい。それにクレイスに近づく異性を尽く妬む性格は何となく察してはいた。
だが今目の前にいる女性はあくまで召使いであり、その正体は『ラムハット』の間者だという認識でいいのか?とにかく現在『ジョーロン』でお世話になっている身からすればあまり関わりたくない人物である事にかわりはない。
であればイルフォシアでなくとも敬遠すべきだろう。
「あ、あの。僕は『ジョーロン』を大切に思っています。ですので貴女の国に加担する訳には・・・」
「何もこの国と敵対して欲しいと言っている訳ではありません。クレイス様、少し冷静になって下さい。そして私の話を全て聞いてくれると今ここで誓ってください。」
この女性、召使いの格好はしていてもしっかりと芯を持つ人物らしい。というか妙に圧が強い。自身の記憶で間者らしき人物だと現『ジョーロン』王妃のジェリアを思い浮かべたが性格が違い過ぎるので思わずあっけに取られてしまった。

「実は我が『ラムハット』の西海岸に位置する肥沃な大地が疫病で被害を被りまして・・・」

それから彼女はこちらの了承もなしに一方的に事情を説明し始める。何でも多数の死者が出ただけではなく、そこには腐乱した人間や家畜が徘徊するようになり、侵入してくる生物を片っ端から排除しているという。
結果『ラムハット』は植物、家畜、魚介類の分野で大打撃を受け、現在もかなり困窮しているという事だ。なので先日『ジョーロン』に攻め寄せたというのが事情らしい。
「腐乱した・・・ですか。」
正直その光景が全く思い浮かばなかったので、もしかすると彼女はこの与太話を使ってクレイスらを引き入れる為に寄越されたのでは?と疑ったほどだ。
「・・・そうですよね。聞き入れ難い話だとは理解しております。ですが事実なのです。一度我が国でその惨状を目の当たりにしていただければ信じて貰えるはずです。」
だがまだまだ人生経験の浅いクレイスが召使いの嘘を見抜けるような目は持ち合わせていない。むしろ悲痛な表情で懇願され続けたせいで心の中はどんどんと流されていく。
「う、うーん・・・・・じゃ、じゃあ・・・見に行くだけなら・・・」

「ありがとうございます!」

当然だがこれは自身の周りを含めた皆で見に行くという意味だ。もし離れ離れになった所に不意打ちなどをされたらまたも後悔で涙を流してしまう。
「クレイス様?御着替えはまだですか?」
外からイルフォシアが声を掛けて来たので慌てて返事をすると召使いが扉を開けた。既に身支度は整っていたのだが深刻だか策謀だかわからない話でそれなりの時間が経っていたらしい。
「ではクレイス様、お体にはお気をつけて下さいませ。」
『ラムハット』の間者も普段通りの召使い然とした立ち振る舞いへと戻っていたので狐につままれたようなクレイスは現実に戻るべく、待ちわびていたイルフォシアをじっと眺めた後、笑顔で彼女の手を取り外へ出て行った。





 「改めまして。私は『ラムハット』の諜報員をしている、ツミアと申します。」
その夜、間者は皆がいる前で堂々と名乗ると理解の追い付かない面々は目を白黒させていた。というかこの場で名乗る彼女の胆力は中々に据わっている。
「き、貴様っ?!『ラムハット』の間者だとっ?!」
そう。ここは食堂でありクレイス達だけでなく領主であるキールガリを含め、息子のフェブニサやら近衛兵やらも多数いるのだ。そしてそれらの反応から見るに彼女はまだ事情を一切説明していない事は明白だろう。
「はい。実はクレイス様にだけは全てを説明済みです。ですよね?」
ツミアがすまし顔で話を振って来たので一瞬だけああ、僕だけしか知らないのか、などと呑気に構えていたらキールガリからは猜疑の眼差しが、イルフォシアらからは嫉妬の眼差しが向けられているではないか。
おかしい。自分には一切後ろめたい事がないはずなのに何故こんな視線を浴びねばならないのだろう。不思議でもあり理不尽でもある感情が渦巻く中、やはりイルフォシアが代表して口を開いた。

「クレイス様?一体どういう理由でしょう?私達が納得いくよう説明して頂けますか?」

うーむ。非常に怒っている。対してツミアはまるで部外者然と佇んでいるのが妙に腹立たしいが仕方ない。クレイスは今朝聞いた話をそのまま伝えてみたが猜疑と嫉妬は一向に消える事は無かった。
「なるほど。それで突如我が国に・・・」
だが1人だけ、フェブニサだけはこの話にある程度納得してくれた様子だったのが何よりうれしかった。欲を言えば誰よりもイルフォシアに信じてもらいたかったが彼女は疑わしいといった表情を崩していない。
「はい。すでに蓄えは無くこのままでは滅びゆくのみ。更に腐乱領土も拡大しつつあります。これを止めていただくにはもはや大魔術師であらせられるクレイス様の御力以外には考えられません。」
そして都合のよい場面にだけツミアが口を挟んでくるのだ。その様子はまるで赤毛の友人を思いだすがこれはクレイスが邪推しすぎなのかもしれない。

「・・・クレイス様?そのような話を何故黙っておられたのですか?」

「ご、ごめんね。ただツミアさんの話がどうにも胡散臭くて僕も信用できなかったんだ。でも、キールガリ様の前でも発言したって事は、それだけの覚悟もあるって事なんだよね?」
「はい。皆様の前で、この命を賭けて訴えればきっと通じると確信しておりました。」
確かに彼女からすればここは敵地のど真ん中だ。見た所丸腰でもあるし、抵抗らしい抵抗も出来ないまま処断されてもおかしくはない。
「・・・わかったよ。キールガリ様、明日にでも皆でその地を確かめに行こうと思います。よろしいでしょうか?」
女性ではあるが、その男気に感化されたクレイスはその場で確認を取ると彼にも思う所があったのか激高した様子は鳴りを潜めて考え込んでいた。

「・・・よかろう。ただしツミア、貴様はたった今から投獄する。事実確認が終わった後も罪人として扱う。良いな?」

その判断に今度は別の意味で感化された。事実内容はともかく確かに彼女は『ラムハット』の諜報員なのだから彼の下した命令は至極当然なのだ。
そしてまたも思い返す。そういえば初めて『ジョーロン』の地へ入った時もジェリアが同じような扱いを受けていたと。但し彼女は諜報員の身分を隠していたので意味合いは少し異なるか。
(これは・・・うん。僕もしっかり覚えておこう。)
「いいえ。それでは私が嘘をついてこの地からクレイス様を引きはがそうとしていると捉え兼ねられません。ですので私自らがご案内致します。そしてキールガリ様もご一緒に同行して下さい。」
「何っ?!」

「もし嘘が1つでもあればその場で斬り伏せて下さい。私も母国『ラムハット』で果てるのであれば本望です。」

一瞬苦し紛れの言い訳が始まるのかと思ったがそうではない。彼女は何としてでもクレイスを自国へと連れて行き、その惨状を確認させてから解決へと導きたいらしい。
単騎で、丸腰で敵地に忍び込む大胆な行動とあまりにも胆が据わり過ぎている言動はいつの間にかイルフォシアすら黙らせてしまっている。
「ツアミか。素晴らしい愛国心と度胸だ。父上、私も同行します。是非その与太話の結末を一緒に見届けようじゃありませんか。」
最初から疑う素振りをほとんど見せていなかったフェブニサだけが嬉しそうに答えるがこうなってくるとクレイスも疑うよりまずは戦う心構えを作っていく必要があるのかもしれない。
「では明日出立しましょう。飛べない方は僕が運びます。」
こうして他の面々の状況整理が済まないまま話は終わるとクレイスも意気揚々と部屋へ戻っていく。そして英気を養うべくゆっくり体を休めよう。

そう決意していたのにこの夜は最後の一波乱を残していたのだった。





 「今夜はクレイス様と詳しいご相談がある為他の方々はご遠慮下さい。」
召使いとしてか、諜報員としてかはわからないがツミアが丁寧に頭を下げるとイルフォシアらも顔を見合わせて部屋から出て行った。
「あの、ツミアさん?まだ何か話・・・あっ?!隠し事とかあるの?!」
未だにその人物像が掴めていない点や敵国内でいきなり堂々と発言する姿など不明瞭な部分の多い彼女にやっと警戒心を働かせ始めたクレイスだったがそれは手遅れと呼べるほどに遅すぎた。
「はい。隠し事、という程ではありませんがクレイス様への恩賞・・・謝礼についてお話が済んでおりません。」
「あ、ああ・・・」
確かに『ラムハット』の窮地を助けに行くとあればそれなりの見返りを求めてもいいのかもしれない。だが今は追放された身であり毎日を過ごせる場を設けて貰えているだけで十分幸せなのだ。
そこにいきなり恩賞という話をされてもぴんと来ないし、それを目的に行くつもりもなかったので返事は曖昧なものとなって口から洩れていた。
しかしツミアがクレイスを寝具に座らせるとさも当然のように彼女がそのまま胸に体を預けて来て押し倒してくる。その流れるような動きはまるで達人のそれに近かった為クレイスもしばらく理解が追い付かなかった。

「まずはゆっくりとお楽しみください。」

楽しむ?!何を?!と言いたかったがこの夜、自分も男なのだと痛感させられる。何せその熱い吐息が耳に掛かるほど顔が近く、お互いが向き合う様に体を重ねて横になると衣装越しからでもその柔肌を感じずにはいられないのだ。
「あ、あのっ?!こ、こういう事は好きな人同士じゃないと駄目だと思いますっ!!」
それでもイルフォシアを頭に浮かべると叫ぶように拒絶して彼女の両肩を掴みながら無理矢理引きはがす。と同時にまるで盗み聞きしていたのでは?と思えるほど素早く4人が部屋へと飛び込んできた。

「クレイス様っ?!ご無事で・・・ああああぁっ?!こ、この・・・えーと、あれは・・・」
「この泥棒猫っ!!でしょ!!」

息ぴったりのイルフォシアとルサナの掛け合いに安心したクレイスも昂った気持ちを瞬時に抑え込める事が出来た。だが状況は決して良くない。
「クレイス。私はその、人と人の営みに大きくケチをつけるつもりはないの。でも、その、選ぶならせめてこの3人からにして?」
ウンディーネが気まずそうに諫めてくる・・・いや、諫める内容ではなかった。というか何を言っているのだ?
「英雄色を好むとは言うけれど序列はあるのよ?それに今は追放の身でしょ?全く、我慢出来ないのならその方面だって講義してあげるのに。」
何故この状況で冷静なノーヴァラットが顔を覗かせてしまったのか。そしてその内容はわかるようなわかりたくないようなものでとても答えようがない。
「皆様、これは『ラムハット』とクレイス様という個人との契約の話です。申し訳ありませんが今一度退室して・・・」

「「出来るかぁっ!!!」」

ここでも息ぴったりな叫びが木霊するとまずはクレイスまでもがその場に正座させられる。
「いいですか?例え『ラムハット』がどのような状況であろうとも『アデルハイド』の王子であられるクレイス様の身を簡単に扱われては困るのです。それに謝礼であればそれこそ国から莫大な報酬が用意出来るでしょう?」
まずは王女でもあるイルフォシアから至極真っ当な意見が出て来る。というかもうこれ以外の意見は必要ないのでは?と隣で聞いていたクレイスは感じていた。
「それは成功すればのお話です。あの地は非常に危険でありクレイス様といえど命の危険はあるでしょう。ですから私は私の出来る精一杯を行っただけです。」
「だったらこんな事をしないで先に報酬の半分を渡すとかあるでしょ!ね?あるよね?そういうやり方?」
ルサナも聞きかじった話を持ち出して次の提案をしてみるが叱られているはずのツミアは至って冷静だった。
「正直に申し上げますと我が国は現状を維持するのすら難しい程疲弊しているのです。ですから私が持ち得る最大のものを受け取って頂きたかったのです。」
「ちょびっとのお金とかもないの?」
「ありません。私が持つ全ての資産は国に治めています。」
最大のもの、つまりその身を捧げるという事か。それにしても彼女は本当に胆が据わっているというか据わりっぱなしというか。ショウが居れば泣いて同感するだろうなぁと考えていた所、最後までじっとその様子を見ていたノーヴァラットは最後まで口を開く事は無かった。





 「本当によろしいのですか?男というのは生きて帰れない場所へ赴く場合必ず女を抱くものですよ?」
終わり際にとても不吉な事を口走ってしまい、またも少女達がぎゃんぎゃんと咎め始めるもそこは最年長のノーヴァラットがしっかりと抑えてくれた。
「大丈夫よ。クレイスはバルバロッサ様が認めた魔術師だもの。ね?」
夜も更けていたせいか、いつも以上に妖艶な感じでそう尋ねて来たのでクレイスはただ声も出せずに頷くだけだったがこれでやっと安眠できる、という甘い希望は刹那で打ち砕かれる。
寝具こそ違えど、二度と過ちを犯せないようにと今度は5人の異性がこの部屋で寝ると言い出したのだ。

「・・・もう好きにして。」

何故だろう。傍にいなくとも同室というだけでその気配や臭い、時折漏れる声がこちらの本能に突き刺さるのだと何度も説明しているのに理解してもらえないのは?
ただツミアの生きて帰れないという言葉だけはクレイスの心を滾らせるに十分だった。今度こそその真相を確かめるべくしっかりと休み、そして翌朝。

「・・・おはよぅ・・・」
やっぱり寝不足に陥っていたのはクレイスだけだった。



「おはようクレイス君。うん?あまり眠れなかったのかい?」
キールガリが心配そうに窺ってくるがそこを詳しく説明すると余計な体力を消耗しかねない。なので軽い愛想笑いだけで事済ますとまずはキールガリ、フェブニサ、ツミアを並ばせる。そこに巨大な水球を展開してそのまま3人を取り込んだ。
「おお?!こ、これは・・・これが魔術?!」
「?!」
各々が驚くのも無理はないがこれこそが以前から考えていたクレイスなりに多人数を運ぶ方法なのだ。きっかけはノーヴァラットを護った時でこの水球、魔術で構成されている為水の性質を持ってはいるものの中ではきちんと呼吸も出来るのだ。
そして中にいる人物の重さをほとんど感じないのも魔力が関係しているのだろう。後はそのまま一緒に飛べばいいだけなのだから楽なものだ。
「これは・・・つまり私はクレイス様の胸に抱かれて飛べる・・・という事ですか?!」
「いいえ。貴女は私が運びます。」
移動時の役割はすっかり定着していた為ルサナの喜びも一瞬で打ち消されるがクレイスはその見慣れた光景を微笑ましく見守る。



西海岸という話は聞いていたが『ラムハット』という国は思っていた以上に広い領土を保有しているらしい。加えてノーヴァラットの飛ぶ速さが皆よりも劣っていた為その進行は予想よりも遅れていた。
「素晴らしい眺めだな。クレイス君、これが終わったら今度我が国の上空も飛んでみてはくれないか?もちろん謝礼は弾むよ?」
キールガリは物見遊山な発言をしていたが他の2人も口にこそ出さないものの空からの景色を見逃さないよう瞬きもせず周囲を眺めていた。
「考えておきます。それにしても広いですね。西海岸どころか海すら見えない・・・あっ?!」
『ジョーロン』から2時間ほど飛行していただろうか。やっと地平線から水平線へと移り変わりをみせた頃、地上にも変化が訪れてくる。そこには腐敗と呼んでもおかしくない紫っぽく、そして黒い大地が広がっていたのだ。
「ここです!!この地こそ我が『ラムハット』を蝕む病魔!!」
今までずっと黙っていたツミアが叫ぶと周囲もそれを目の当たりにして言葉を失う。
「・・・ふむ。確かにこれは腐敗と例えるに十分だな。しかし原因は一体何だ?」
「それは・・・」
フェブニサの疑問に彼女が答えようとした時。

「クレイス様っ?!」

地上から矢らしきものが放たれてきたので慌てて更に上空へと昇りつつクレイスは護りの魔術を展開した。





 威力やその正体がわからなかった為、少し厚めの防御盾を各々の前に並べてみたのだがそれは物質的な矢だったらしい。ただしその色は相変わらず紫色で何やら滴っている様子だ。
「それに触れてはなりません!!疫病に罹る恐れがあります!!」
話では聞いていたがまさか本当に?その眼で全てを確認したクレイスはいよいよ気持ちを切り替えて地上を眺めると確かに人の形のようなものが多数蠢いている。
手にしている弓から想定するに恐らくそれらが矢を放ったのだろうが正体に関しては全く読めない。

「クレイス様!!貴方は数百、数千の兵士を一瞬で蹴散らす事が出来るとお聞きしております!!どうか、その魔術を用いて彼らを一掃して下さい!!」

唖然としているキールガリやフェブニサとは別に毅然とした態度でこちらに懇願してくるツミアの話を聞いてやっと何故自分が選ばれたのかが理解出来た。
なのでまずは彼女らの水球を自身の後ろに置いた後、物は試しという事でクレイスは一瞬で大きな水竜巻を一本展開すると正常な地面との境目からそれを奥に進めていく。
すると思っていた以上に大地は浄化され元通りに戻って行き、腐乱した人の形か生物かも巻き込まれて蹴散らされる。
「さ、流石です!!流石クレイス様です!!」
いつもならこういった声はルサナから発せられるのだが今日ばかりはこの国の人間であるツミアから漏れていた。クレイスもここまで関わった以上全てを解決してあげたい。
そう思って水竜巻を更に二本追加で展開しつつその大地を浄化していったのだがあまりにも広大すぎる面積にこの日で完遂させる事は断念した。



その夜、皆が無事に戻って来たキールガリの館ではツミアも同じ食卓へ座る事を許される。

「いや、まさかあのような事になっているとは・・・それにクレイス君の魔術も凄まじい。間近で見れて感極まったよ。」
まずは率直な感想をキールガリが始めると息子であるフェブニサもそれに続いた。
「確かに。空を飛ぶ感動から何からかにまで夢のような体験でした。しかしあれだけ強大な魔術を以てしてもあの領土を全て浄化するには相当な時間がかかるでしょう。」
「はい。僕もまさかあれだけ広いなんて・・・ツミアさん。明日からも頑張ってみるけどちょっといつ終わるかは約束出来ないよ。それでもいいかな?」
「もちろんです。私もクレイス様の恩義に応えるべく、必ず国からの恩賞をお約束致します。」
相変わらずそこに拘っているツミアとあまり拘りのないクレイスとの距離感を感じたが『ラムハット』が苦しい状況を考えると後できっぱり辞退するのもいいかもしれない。
そんな事を考えているとウンディーネとノーヴァラットから少しだけ冷ややかな視線を感じた。そしてそちらに顔を向けると先にウンディーネが口を開く。
「大丈夫?あれだけ長時間に大量の魔力を使ってると一晩休んだだけじゃ全快しない可能性もない?」
「そうね。私も貴方がどれ程魔力を保有してるか想像もつかないけど結局は体を酷使するんだから少し考えて取り組んだ方がいいわよ。」
魔術に精通した2人の意見を聞いて気づかされたクレイスは一瞬で思考に冷静さを取り戻し、その言葉をしっかりと噛みしめて吸収する。

「そうだね。前に空から落ちたりしたもんね。ツミアさん、本当に気長に待ってね。必ず元の大地にしてみせるから。」

ただ内容としては決して難しいものではない。攻撃の当たらない上空から魔術を展開して浄化、洗い流すだけなのだ。
後は助言通り、体に無理のない範囲で粛々と続けて行けば年内には・・・そんな予定を頭の中では組んでいたのだが後日、この地にはとんでもない化け物が棲息しているのだと思い知らされる事になる。





 余計な魔力消費を抑えたいという事で翌日からキールガリ達を残してイルフォシアにウンディーネを連れて現場に向かう。
ルサナが少しだけ駄々をこねていたもののいざという時あの疫病蔓延る大地に彼女を放置出来ないという判断から素直に諦めてくれた。
同様に人間の魔術師としては優秀ではあるものの不安定な二面性とクレイスらに劣る魔術からノーヴァラットも留守を任される。
「気を付けてね。決して無理しない事、あとは暗くなる前に帰って来るのよ?」
お姉さんというよりはまるで母親のような言葉に思わず心の底から笑ってしまったが確かに暗いと空を飛ぶのも大変なのだ。
「うん。昨日は大分消費してるから割とすぐ帰ると思うよ。」
相変わらずその残存魔力を推し量る事しか出来ない為この日クレイスは水竜巻を1本だけに集中してお昼過ぎには帰って来た。



そんな出勤とも呼べる日が二週間も続いた頃。



「思ってた以上に早く片付いてきたな。」
恐らく半分近くは浄化出来たに違いないと達成感を覚えてその日は帰宅しようとした時。

「おおい!お前らか!!わしの領土を荒らしておるのはっ!!」

突然大きすぎる声を掛けられたので3人は慌てて地上に目をやる。そこには汚れた大地と同じような色を体に纏い、凡そ人間とは呼べない、それでも手足や顔が確認出来る存在がこちらを睨みつけているように感じた。
「え、えっと。僕達は腐敗したこの地を浄化しているんですけど・・・貴方は?」
「わしか?!わしは『腑を食らいし者』!!ここの主じゃ!!」
地上からの攻撃を凌ぐべくかなり上に滞空していた為、高度を落としながらその人物に問いかけると相変わらずの大声で名乗りを上げてくれた。
どこかで聞いた事があるような、そんな名を聞いて3人は顔を見合わせる。まずわかっている事はこの人物が只者ではない事、そしてこの大地を腐らせている原因である事だろう。

びしゃんっ!!!!

後は話せばわかる人物かどうか、敵対するのかどうかだが、それを確認する前にイルフォシアが長刀を顕現させると急降下して一気に叩っ斬ってしまう。
「あひゃああああっ?!何してくれとんじゃぁああ!!!」
「やはり!!クレイス様っ!!この男は『血を求めし者』と同じような存在ですっ!!ここで滅してしまいましょう!!!」
肩口から真っ二つになったにも関わらず腐った男は悲鳴こそ上げているものの絶命の気配は全くない。
「イルフォシアちゃん・・・・・あのね、いきなり斬りかかるのってどうかと思うの?その人もわざわざ声を掛けてくれたんだよ?少し落ち着こう?ね?」
人外という意味では親近感を持っているのか。ウンディーネが諫めるような発言をするとイルフォシアの表情からは焦りが見て取れた。
「全く!!なんちゅう小娘じゃ!!そこのお嬢ちゃんを見習わんかい!!」
それにしてもこの『腑を食らいし者』という人物も見た目以上に話が分かりそうだ。いきなり斬りかかられたにも関わらず未だ敵意は向けてこないのだから。

「あの。イルフォシアが早とちりしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

であればこちらもまずは礼節を見せねばなるまい。まるで聞き分けのない子の悪行を親が謝るかの心境で頭を下げると彼の方も驚きつつ冷静さを取り戻し、イルフォシアは真っ青な顔色をした後ひどく落ち込んだ。
「ふむ。思った通りじゃ。話せばわかる人物で助かったわい。」
その声色からも察するに話し合いで解決出来そうだ。そうなればツミアも喜ぶだろう。早とちりしたクレイスは達成感を胸に早速彼との和解を切り出した。





 「・・・・・という訳でして。この土地を『ラムハット』へ返して頂けませんか?」
未だに項垂れるイルフォシアを横に4人は浄化された土地でそんな話をまとめていたのだが『腑を食らいし者』の表情?顔と認識出来る部分がないのでよくわからないが二つ返事が返ってくる事はなかった。
「ふむ・・・しかしわしもこの地を気に入っておる。何より国やら領土というのは人間が勝手に主張しておるだけじゃろ?」
「そ、それはまぁ・・・」
人外の存在からするとそう受け取られても仕方がない。何せ人間社会の理など一切通じないのだ。であれば妥協点はどこだろう?
「おじさんはどうしても土地を腐らせないと駄目なの?他の場所とかはどう?」
ウンディーネが不思議そうに尋ねてみると『腑を食らいし者』は腕を組んで小首を傾げているのだろうか?少し考え込んだ後、静かに答えだした。

「・・・そうじゃな。実際この地でなくとも問題はない。だが折角気に入っておった土地を今更無理矢理立ち退きを迫られるのも理不尽だと思わんか?」

見た目からは想像もつかない程真っ当な意見を出されてクレイスも返す言葉がない。しかしこちらもツミアに必ず浄化すると約束した手前ここで引き下がるわけにもいかないだろう。
「・・・やっぱりここは討伐で・・・」
「イルフォシア。」
相手が敵意むき出しであればそれでもいいがここまで歩み寄られているのに今更剣や魔術を向けられるほどクレイスは割り切れない。というかこういう場面だとやっぱり彼女は天族なんだなと痛感する。
思わず諫める様に名を呼ぶとイルフォシアは見せた事のないびっくりした表情の後再び落ち込んで項垂れる。これは見てて辛いので後ほどしっかりと慰めなくては。

「ふむ・・・そちらにも引けぬ事情があるのか。であればどうだろう?ここは戦いで決着をつけるというのは?」

「あれっ?!」
それを回避する為の話し合いではなかったのか?思わず素っ頓狂な声を上げるとイルフォシアやウンディーネも意外そうな表情だ。
「勘違いするでない。ただ戦うのでは分が悪いのでな。クレイス、といったか?条件はお前とわしの一騎打ち、そして魔術は無しじゃ。」
「ああっ?!ずるいっ!!魔術が使えないクレイスなんてただ料理の得意な美少年じゃないひゃいいひゃい!」
思った事をすぐ口に出してしまうウンディーネはイルフォシアのほっぺたつねり攻撃を受けて涙を浮かべていたがクレイスもすかさず反論した。
「すみませんが僕の戦う術で一番強いのが魔術なんです。ですからそれは了承しかねます。」
「やはりそうか。うむ。実はわしもお主の魔術が一番堪えるようでな。正直それを当てられると反撃すらままならんのだ。」
「えっ?!そ、そうなんですか?」
「うむ。お主の魔術がわしにとって最大の弱点と言っても良いかもしれん。だからそれを無しにして武術での決着を所望したのだ。」
『腑を食らいし者』の発言が本当ならば自らの弱みを告白した上でこちらに武術での決着を提示してきたという事か。ここまで潔く交渉されると優しいクレイスは首を縦に振りかねない。

「武器はそちらが用意してくれれば良い。何なら細工してくれても構わん。ただ魔術だけは勘弁してほしいのだ。どうだろう?」

だがイルフォシアは何か言いたげな、そして不安そうな表情を浮かべて見守っている。
「・・・わかりました。では明日、武器を用意してきますのでその時決着を付けましょう。」
「あ~あ~クレイスってば甘いの~。」
わかっている。ウンディーネに言われなくとも重々承知の上だ。それでも最近は魔術に頼りっぱなしだった自分に一抹の不安も覚えていた。
なのでこの機会にそれを払拭したいという気持ちが彼にそういう返事をさせたのだが、『腑を食らいし者』が最後に一瞬だけ不敵な笑みを浮かべた気がしたのは気のせいだろうか?
「いやいや!流石に話が分かる男だな!では明日を心待ちにしておるぞ!!」
こうしてその日は館に戻り、それを説明したクレイスはキールガリやツミアに何とも言えない表情で説得され続けていた。

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