闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -架け橋-

 前々からスラヴォフィルに伴侶がいないという噂はしめやかに囁かれていた。
しかしショウが『トリスト』で働き始めた時、既に立派な王女姉妹と孫のヴァッツという存在を認知していたのでそこを気にすることはなかった。
何故なら誰を後継者に選んでもまず国が傾く事はないだろうし、困るような状況が想像できなかったからだ。
逆に下手な側室との間に子を設けた方が後々厄介事になる事例が多い。であれば今のままで良い。そう考えていたし根本は変わっていない。

「ショウ。スラヴォフィル様のお好きな食べ物は何だろうか?」

ところが状況はがらりと変わってしまった。セヴァとの記憶を取り戻し、アンに似た彼女が傍にいてくれる条件がスラヴォフィルと結ばれる事となるとこちらが協力しない理由がないのだ。
「そうですね・・・詳しくは存じ上げませんかあの御方は海に面した国の出自らしく魚は食べ飽きているきらいがあります。」
「ほほう!となると内陸・・・山の幸などを振舞えば喜ばれそうだな!」
それにしても彼女の変わり具合は凄まじかった。人は恋に落ちると中身まで入れ替わったのかと錯覚する程に変化するものらしい。
だがこちらの情報を聞いてとても嬉しそうな表情を浮かべるセヴァを見ていると俄然協力する気も湧いてくる。これはザラールが推奨しているのとは関係なく、どちらもショウが敬愛して止まない人物だからだ。
それらが契りを結ぶのであればこれ以上喜ばしい事は無いだろうし、国として見ても大いなる活力と繁栄が期待出来るだろう。

一つだけ問題があるとすれば今この場所にいないイルフォシアだけだ。

彼女はスラヴォフィルの親族の中では一番理的である分、感情で新しい義母を認めてくれるだろうかが心配だった。逆にアルヴィーヌやヴァッツは多分深い事は何も考えずに受け入れてくれるだろう。
「ところでセヴァ様は何故スラヴォフィル様の事をそれほど愛されているのですか?」
「あ、愛っ?!こらこらっ!大人をからかうものじゃないぞっ?!」
更に気掛かりだったのはその馴れ初めを聞こうとするといつも顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振り、誤魔化してはぐらかす点だ。
合間に必ず聞いてはみるものの反応は常に似たような感じだし、いつの間にか少女にも似たその仕草を見る為の質問みたいに意味合いが変わってきている部分もある。
(・・・この仕草をスラヴォフィル様の前ですればとても喜ばれると思うのですが・・・うーん。)

彼女の色恋沙汰の価値観は2000年以上も前のもので縛られている。故に自身から声を掛けるような真似は難しいらしい。
そんな中、惚れた男性の背中を追ってこの国までやって来たというのだから彼女が思っている以上に気持ちと思考が大乱戦を起こしているのも間違いないだろう。
そしてザラールが自室を明け渡してからというものの、城内ではスラヴォフィルの背中を追って静々と後をつけて歩いたり柱の影からその姿をじっと眺めるセヴァの様子が1つの名所のようになっていた。

「セヴァ。お父さんに何か用事があるなら言った方がいいよ?」

純粋さはヴァッツに並ぶであろうアルヴィーヌが時折声を掛けているようだがその時も顔を真っ赤にしてそそくさと立ち去るらしい。
(・・・一応は彼女なりに頑張っておられるのでしょうが・・・)
そういう日々が続く中、ショウは段々とスラヴォフィルの態度も気になって来た。
あれだけあからさまに好意を向けて来られればショウですらわかりそうなのに何故か彼はそれに向き合おうとしないのだ。
(魔人族という点に問題があるのでしょうか?)
娘2人が天族なので今更種族で敬遠するような人物ではないだろう。であれば娘達の事を思って相容れない歴史を持つ魔族との関係に躊躇している。その可能性が考えられる。
となってくると壁は相当厚い。スラヴォフィルは『孤高』と呼ばれる猛者でありその強さは心身を称えられるものだからだ。その強靭な理性の牙城を崩すにはどうすれば良いか?

その答えを持ち合わせていないショウはこの日以降、城内外を問わずあらゆる方面に女性が男性を落とす方法を聞いて回るようになっていた。





 だがこの話題は主に女性へと尋ねていた為、仕事に支障をきたしてしまう。理由は簡単でショウはかなり容姿が整った部類に入るからだ。最近では美少年の殻を破って青年へと成長しつつあるのも大きい。
そんな異性に声を掛けられるともしかすると、と僅かに気持ちが動いてしまい全力で応える。結果として話がとんでもなく長くなるのだ。
お蔭である程度の収穫は確信したものの、溜まりに溜まった仕事は『イフリータ』の力を解放してまで高速で終わらせなければならない羽目になった。

「と、いう訳でまずは少し着飾りましょう。」

ザラールからも許可は下りているのでまずは彼女の衣装を変更する所から始める。セヴァがいつも着ている服装は美しさもあるが同時に威圧感も感じていた。
なのでまずはそこから修正していくのだ。元より彼女はアンと同じ容姿をしているので美しさは揺るがない。であれば更なる美しさを表に出す事で嫌が応にもスラヴォフィルの関心を引こうというのが第一段階だった。
リリーの時もそうだったが『トリスト』の召使い達は器量の良い人物をより豪奢に仕上げるのが上手く、そして楽しいらしい。
「さぁさぁ!セヴァ様、スラヴォフィル様の御心を掴む為に一緒に頑張りましょう!」
「え?!い、いや?!私はスラヴォフィル様にそのような気持ちを抱いては・・・おらぬ・・・ぞ?!」
相変わらず城内の誰もが知っている事実を彼女だけが頑なに拒むのは少し面白かったが5人の召使いらはその言葉に一切耳を傾けずにてきぱきと行動を開始した。
「ショウ様、女性の御着替えに男性は不要です。」
早々に部屋から閉め出されたショウは扉の前で次にどうすべきかを整理しながら再確認する。
彼女の性格や生きて来た時代背景を考えるとバラビアのようには動けまい。ならばやはりスラヴォフィルから心を動かしてもらうか手を出してもらうかしか方法はない訳だ。

「ショウ様!どうぞお入りください!」

召使いの1人が喜色の声で呼んだので部屋に入るとそこには見違える程美しさを全面に押し出したセヴァが恥ずかしそうな表情で俯いていた。
「・・・素晴らしい。素晴らしいですよ!これならスラヴォフィル様を間違いなく射止められます!!」
当然アンへの思い入れが強いショウはその姿を見て珍しく感情的な声で褒め称えてるがそれは着付けを担当した召使い達も同じらしい。
「ですね!これで反応されないのであればスラヴォフィル様の感性に問題があります!」
国の頂点に対して不敬極まりない発言だが今日だけは許されるだろう。何せセヴァは押しかけ女房的な存在であり、ある意味王妃候補でもあるのだ。
「こ、このような煌びやか衣装を着るのは・・・う、うーむ・・・私には少し派手すぎやしないか?」
「セヴァ様!今はセヴァ様の知る時代ではありません!!今!!現代の異性を手に入れるのであればその時代の作法に則るべきです!!」
ショウが言いたかった事を召使いの1人に言われて少し唖然としたが彼女もその言葉を聞いて少し考えを改めたらしい。

「た、確かに・・・私の時代とは2000年以上もかけ離れている・・・そ、そうかもしれんな。」

非情に良い流れが出来た事でショウも先程整理していた内容にほんの一押し付け加える決意をする。
「でしたらセヴァ様、今後は普段通りの行動だけでなく一日三言を心掛けましょうか。」
「み、三言じゃと?!」
そんなに驚かれるような内容ではなかったはずだが女性は完全な受け身だった時代の彼女からは驚愕の提案だったらしい。
「ええ。挨拶以外に一日三言、スラヴォフィル様との会話を心掛けてみて下さい。大丈夫、あの御方がセヴァ様をぞんざいに扱われる訳がありませんから。」
正直スラヴォフィルの気持ちは全く分からない。昔アンと恋仲だったという話をザラールから聞いた程度だったがそれでも容姿が似ているという利点は必ず生かせるはずだと考えていた。
「う、うーむ・・・わ、わかった。特に私からその、お、お慕いしているような・・・事は言わなくてもいいのだな?!」
「はい。まずは傍にいる事を当たり前に、そして会話も自然にこなす所を目指しましょう。」
これがショウの考える『婚約までの道のり計画』第一段だったのだが召使い達からは少し冷めた目が向けられていたのをこの時は深く考えなかった。





 「ス、スラヴォフィル様っ!き、今日は良いお天気、ですね?!」
「う、うむ?そうかの?まぁ植物からすれば良い天気かもしれんな。」
あれから周囲は毎日どこかで交わされる会話の数々を固唾を飲んで見守っていたが、ちぐはぐな内容を聞くとこちらの方が気恥ずかしくなってくる。
召使いらの働きもあってセヴァは毎日煌びやかではあるものの嫌味のない簡素な衣装を身に纏い、朝から晩までスラヴォフィルの後ろをついて歩いていた。
なのに相変わらずスラヴォフィルの反応は以前のままだったのでショウも計画を次に移す。

「セヴァ様。明日以降は言葉を増やしましょう。一日四言でお願いします。」

「えぇっ?!し、しかし・・・三言でもかなり頭を悩ませておるのに、あと一言追加せよというのか。お主も中々に厳しいのぅ。」
そんなやり取りを朝から行っていたのだが遂に見かねた召使い達が割って入って来た。
「いけません!!そのようなぬるいやり方ではあの堅物は落とせません!!」
「ですです!!セヴァ様、もっと積極性を持たねばなりません!!言葉よりも触れ合いを意識なさってください!!」
相変わらず酷い言われようだがその内容はもっと過激だった。
「え・・・?え・・・えええぇっ?!ふ、ふ、触れ合う・・・とは?!」
ただセヴァはもっと過激な想像をしていたらしい。両手で顔を覆ってはいたものの耳まで真っ赤になっていたのが見て取れる。
「ほんの少しで良いのです!!少し裾を摘まむとか、真横に並んで肩を触れさせるとか!!」
「埃を払うなんてのもアリです!!どうせ背中なんて見えませんし!!」
情報収集をしていた時から感じていた事だが女性が一致団結すると非常に話が長くなるのと内容が過激になるのは何故だろう?
いや、今回の場合は今までが言われた通り温過ぎたのかもしれない。だが急いては事を仕損じるという言葉もある。
「あの、皆さん?セヴァ様は非常に奥ゆかしい方ですのでそこまでする必要は・・・」
「「「「「ありますっ!!」」」」」
もう少し妥協点を探るべきだと考えて口を挟んだのだが5人の声が見事に重なって返って来たので完全に言葉を失ってしまった。
「し、し、し、しかし!!そんな嘘をついてまで無理に触れる必要はっ・・・?!」

「セヴァ様!!昔から戦というものはありましたよね?!それは何故でしょう?!」

いきなり哲学的な質問が生まれたのでセヴァとショウが目を白黒させていたがその答えを待ちきれなかったのか他の召使いが即座に答えた。
「そうです!!戦ってでも奪い取りたい、勝ち取りたいものがあるからです!!」
「ですです!!恋も戦も同じなのです!!戦って勝利せねばならないのです!!」
同じなのか?そうなのか?本当に?あまりにも誇張が過ぎると内心呆れかえっていたがセヴァには少しだけ思う所があったのか目には力が宿り始めていた。
「正直に申し上げますとスラヴォフィル様に恋心を持たれる方はセヴァだけではありません!!」
「「えっ?!?!」」
今度はこちらが揃って驚愕の声を上げたが彼は『孤高』と呼ばれる人物で今は国王でもある。現存する力のほぼ全てを手中に収めていると考えれば惚れない要素の方が少ないとも受け取れるのか。
「誰かに奪われても良いのですか?!」
「そうなったら死ぬよりも辛い目に会いますよ?!」
(・・・・・その例えだと誰かと番になった後でも戦って奪い取れる可能性もありますね。)
とは口が裂けても言えない。今は言ってはいけない気がしたので押し黙って彼女らの様子を見守るショウ。
「し、しかし・・・!!わ、私はその・・・」

「セヴァ様!!私達が応援しているからご安心下さい!!一日三触!!言葉だけではなくスラヴォフィル様の御体に触れてみてください!!
「男性とは単純な部分もあるのです!!それがこの作戦です!!」
同性として酷い言われようにショウは誰にも見せた事が無い表情を浮かべていたがセヴァの方は若い女性らの声援を受けてその気になってきてはいるようだ。
であればもう余計な口出しは無用だろう。

「セヴァ様。この国の全員がセヴァ様を応援しております。」

最後は勘違いでも何でもない、国の全てを賭けてそう告げると彼女はまるで戦いに赴くかのような闘気を纏うとその日は見事にその任務を完遂するのであった。





 赤面しながら、しどろもどろな言葉と共にスラヴォフィルと触れ合う事を頑張っていたセヴァ。
その少女のような振る舞いに国中は噂でもちきりとなり、本当に国民全員が2人を応援しようという流れが出来上がってきた頃。

「お前達。何故呼ばれたかわかるな?」

非常に、今まで見たことが無い程分かりやすく機嫌を損ねたスラヴォフィルが関係者を一堂に集めて静かに問いかけて来た。
普段重要な会議で使われる広い部屋にはショウやザラール、召使い5人までもが集められているがセヴァの姿は見当たらない。
「ふむ?全く覚えがないな。お前達もそうだろう?」
こういう場合、憎たらしい老人のすっとぼけた演技がとても頼りになる。こちらもそれに合わせて相槌をうったり小首を傾げているだけで話は彼がまとめてくれる、そういう安心感があるからだ。
「誤魔化せると思っておるのかっ?!ザラールっ!貴様自身の部屋までセヴァに譲りおって!!一体全体どういうつもりじゃっ?!?!」
こちらの思惑通り矛先はザラールへと向いてくれたので後は見届けるだけだ。召使いはともかくショウですらそう考えていたのだがこれは考えが甘すぎた。
「どうもこうも無い。我らはセヴァ殿のお気持ちを汲むべく全力で助力に走っただけだ。なぁショウ?」
「・・・・・そうですね。」
返す言葉を考えていなかった為短く答えるしかなかったがその発言を聞いて今度はスラヴォフィルが落胆する様子を見せて来たのだから非常に心が痛んだ。
(まさかそれ程嫌がっておられたなんて・・・)
思えばこの任務は自身の欲望が一番強かった気がする。セヴァに過剰な肩入れを、スラヴォフィルの気持ちを蔑ろにし過ぎていた。となれば彼が怒るのも当然だろう。
ただ昔アンと恋仲であったという話を聞いていたからこそほんの僅かな可能性に賭けていた部分もあったのだ。同じ容姿の彼女ならスラヴォフィルも好意を寄せてくるかもしれないと。

「・・・ワシは生涯1人の女しか愛さないと誓ったのじゃ。もうこれ以上余計な事はするな。」

だが彼の答えは非常に真っ直ぐで真っ当なものだった。アンをそれほどまでに愛していたとは・・・ショウは己の浅慮に恥じ入るばかりだったが他の面々は違うらしい。
「ほう?あれがお前の愛とやらか?最後まで貫き通せなかったあの形が?」
詳しい事情を知るザラールだからこその反論に空気が一変すると周囲には心が凍り付きそうな空気が漂い出す。
「・・・ザラール。何を知っておるのか知らんがワシらは互いの道を進む為に距離を置いただけじゃ。その心は今も繋がっておる。」
「その割にはあいつが女王になった後も密会を重ねてたではないか。影でこそこそとみっともない。」
恐らく誰もが知らなかった事実なのだろう。召使いやショウ、スラヴォフィルもばれていないと思っていたのか驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。

「良いかスラヴォフィル?愛とは添い遂げるまでを言うのだ。貴様らのはままごとにすら劣る、自己満足の形に過ぎん。それを愛と同列に語るな。」

普段から屁理屈やら悪知恵を働かせさえしなければ非常に胸打たれる発言だったのが悔やまれる。ただこれはアン女王の最後を考えると暴言とも捉えかねられない。
事実ショウがその突き抜けた発言に少しの嫌悪感を抱いているとスラヴォフィルも思う所があったのか苦虫を嚙み潰したような表情で言い放った。
「貴様の見解などどうでも良い。要はこれ以上ワシに構うなと言っておる。話は以上じゃ。」
「お前に構うつもりはない。私はただセヴァ殿の為に動く、それだけだ。」
こうなると議論は平行線であり雰囲気は一撃触発だ。一体彼らは何のために戦おうとしているのか。良く分からないショウや召使い達は顔を白くしながら見守るしかない。

「いいかザラール。ワシは迷惑しておる。故にもう止めるのじゃ。わかったな?」

「わからんな。迷惑であれば直接彼女にそう伝えれば良い。己の気持ちに自信が無いから他人に当たるのだろう?」

お互いが強者の特徴である我儘を真っ直ぐにぶつけ合っている様は戦いの場面で見たかった。そう思っても今更取り返しはつかないだろうしこれ以上の放置は本当に危険だ。
「わかりました。でしたらこうしましょう。我々がセヴァ様に下手な入れ知恵をするのは止めて、全ては彼女の意思と決断に任せる。これでいかがですか?」
なので仕方なく身投げするような心境で妥協案を無理矢理ねじ込むと『孤高』の2人は思った以上にあっさりと引き下がってくれた。あまりにもあっけなさ過ぎて肩透かしを食らったようだったが話はきっぱりと終わりを告げ、皆はやっと居心地の悪い部屋から解放された。





 召使い達もほっと一息ついた様子だったがあっけない幕引きが何となく引っかかっていたショウは無言で自室に戻ろうとする。
「おいお前達。わかっているだろうな?」
そこでザラールに声を掛けられた一同はきょとんとした表情で振り返っていた。
「・・・もうセヴァ様には関わらない、という事ですよね?」
「馬鹿者。彼女は未だ部外者であり城内外の移動すらままならぬのだぞ?引き続きしっかりとお世話をするように。」
スラヴォフィルへの行動に一切触れないで来賓扱いせよという話らしいが、それならそれでこちらも気負いする事無く接すればよいだろう。
だがこの老人は食わせ者であり、そんな理由で自分らを引き留めるはずがないのだ。

「それと先程決定したようにセヴァ殿へは『こちらから干渉するのを禁止する』。いいか?彼女から問われたらしっかりと受け答えするのだぞ?」

(ああ。それで素直に引き下がったのか。)
つまりザラールはセヴァの自発的な行動に期待しており、対してスラヴォフィルは周囲がお節介さえ焼かなければそのような行動を取らないと考えたらしい。
「「「「「はい!」」」」」
召使い達は嬉しそうに声を重ねて返事をしていたが果たしてこれはどちらの思惑通りに進むのだろうか。

確かにどんな事でも過干渉はよろしくない。昔のクレイスを見ていれば一目瞭然だ。いや、彼の場合干渉というよりは自由に育て過ぎた結果文武両方を得ずに成長していたのだったか。
(人の成長とは難しいものですね・・・)
ともかくスラヴォフィルの心情も考えるとこれ以上セヴァの背中を押し続けるのも気が引ける。一度冷静さを取り戻したショウは以降見守り重視で彼女と接するよう心掛けていたのだが。
「セヴァ様!私達はいつでもセヴァ様の味方ですからね!」
「そうですそうです!!何か困った事があれば何でもお聞きください!!」
召使い達は確かに指示的なものは口にしなくなったものの、彼女を奮い立たせる為の応援だけは止める事は無かった。



そしてスラヴォフィルは早く動き過ぎた事を後に後悔する。そう、この時はまだ最も厄介な人物らが深く関わっていなかったのだ。

「セヴァ。貴女が私のお母さんになるって本当?」

その翌日。誰が入れ知恵したのか、アルヴィーヌが朝から嬉しそうに彼女の部屋を訪ねて来た事で事態は大きく動き出す。
「えっ?!えっ?!な、な、何の話?!」
相変わらず己の姿を維持する為に連れ回っていたヴァッツも一緒にいたのだが彼にはよくわかっていなかったらしい。だがこの流れは非常に良い。正に好機だ。
「そうですね。もしセヴァ様とスラヴォフィル様がご婚約されればアルヴィーヌ様のお義母様という事になりますね。」
毎朝彼女の部屋に集まるのが日課のようになっていた為この時のショウは召使い達の熱い眼差しを感じながら間接的に話を推し進める。そう、これはあくまで間接的だ。
「へーそうなんだ。アル、お母さんが出来てよかったね!」
(流石はヴァッツ!!)
心の中で拍手喝采を送っていたのも自分だけではないはずだ。召使い達の頬も紅潮しており間違いなくこの流れに興奮している。
「あ、あ、あ、あのっ!!私はそのっ・・・まだ、スラヴォフィル様に全然相手にされておらぬし・・・」
ところが肝心の本人だけが意気消沈していった。確かに連日彼女は周囲に言われるがまま様々な策を実行していたのだが彼の心が向く事はなかったのだ。
少し寂しそうな表情で俯くセヴァを見ているとこちらの心にも痛みが走る。どうする?どうすれば丸く収まるのだ?
するとアルヴィーヌがヴァッツの腕を組んだままとととーと走って近づくと優しくその頭に小さな手を載せた。

「大丈夫。お父さんはセヴァの事好きだよ。多分照れてるだけ。」

娘になるかもしれない少女からの助言は部外者であるショウや召使い達の心にも大火を灯したらしい。
「ですよね?!私もそんな気がしていました!!」
「本当にスラヴォフィル様は奥手なんですから!!セヴァ様!!アルヴィーヌ様の言葉に間違いはありません!!自信を持ってください!!」
「アルヴィーヌ様からも是非スラヴォフィル様にお伝えください!!セヴァ様をお義母さんって呼びたいと!!」
何だかとんでもない事を口走っている召使いもいるがこの際それには耳を塞ごう。それにここで焚きつけたのはセヴァではなく娘の方なのだがらスラヴォフィルとの約束も問題ないはずだ。
「うん。わかった。じゃお父さんに言ってくる。」
こうなると彼女は止まらない。右手でセヴァの手首を、左手にはヴァッツの腕を組むと3人は勢いよく部屋を飛び出していった。





 ザラールにも命じられた手前、自身はこの顛末を最後まで見届ける義務がある。そう自分に言い聞かせながらショウも慌てて後を追う。
更にその後ろから召使い達も顔を覗かせていたが彼女らも功労者なのだからこの行動にも目を瞑ろう。
幸い部屋は隣同士なのだから移動に時間はかからなかった。ただアルヴィーヌが何やら騒ぎを起こしたという話だけはあっという間に広がったらしく既に部屋の前には人だかりが出来ている。

「お父さん。セヴァと結婚して?」

この発言を聞くとショウが2人に気を使っていたのが馬鹿らしく思えるが、これこそ娘という立場の彼女しか出来ない芸当なのだ。
周囲もざわめき立つが肝心の本人らは何とも言えない表情で黙り込んでしまっている。
「・・・ぁの・・・その・・・」
ところが最初にセヴァが声を上げたのには驚いた。彼女の性格からは考えられない程受け身な姿勢を貫いていたのでこれは嬉しい誤算だろう。
自身の気持ちと娘になるかもしれないアルヴィーヌの真っ直ぐな気持ちが彼女の心にも勇気を灯したのか。対してスラヴォフィルは未だに黙ったままだ。

「・・・スラヴォフィル様。初めてお会いした時の貴方の強さと比類なき頼もしい御背中に私の心は奪われました。どうか・・・私を傍において頂けませんか?」

(背中?!背中なのですか?!)
意外過ぎる理由に思わず声を上げそうになったが後から聞いた話だと男というのは背中で何かを語る事がままあるらしい。
それに今はセヴァ自身の気持ちを真っ直ぐに告げた事の方が重要だ。野次馬として集まって来た面々も新たな王妃誕生の場面に立ち合っているのではと心の底では大いに期待しているのだから。
だがそれでもスラヴォフィルの態度は煮え切らない。熱い視線を向けるセヴァとは対象に顔を向き合う事は無く少し伏目がちで浅い溜息をつくほどだ。
(やはりそれほどに難しいのか・・・)
アンを母親のように慕っていたからこそショウの気持ちも複雑になっていく。確かにアンとセヴァは瓜二つではあっても決して同一人物ではない。
そして亡き女王への気持ちがある以上、誰かが取って代わるような真似は出来ないのかもしれないとやっと気が付き始める。それは後ほどショウ自身が痛感する事になるのだが今はまだ他人事だ。

「・・・セヴァよ。ワシはもう歳じゃ。お主にはもっと若くて強い男が似合うじゃろう。」

「スラヴォフィル様、私は既に2800年を生きております。歳の事を言及されるのであればせめて1000年は生きてから仰ってください。」
ここにきてスラヴォフィルの不甲斐無い言い訳とセヴァらしい凛とした物言いが交差する。と、同時に周囲では期待感が一段高まった。
「・・・しかしワシではその・・・お主と釣り合わんじゃろ?実年齢ではなくて見た目的にじゃな?」
「私は見た目で判断したのではありません。貴方の優しくも強い御力と心に惹かれてこの場に赴いたのです。」
「・・・し、しかしワシはア・・・その、とある女性のみを愛すると心に誓ったのじゃ。わ、わかるじゃろ?二心を抱くなど・・・」
「でしたら私がその女性から貴方を奪って見せます。恋は戦いらしいので。」
2人が言葉を交わす度にスラヴォフィルがどんどん劣勢に、そしてセヴァがセヴァらしい発言と姿勢を取り戻していく。これには手を引くアルヴィーヌの瞳にも希望の光が目に見えて乱反射していた。
「・・・ワ、ワシは・・・その・・・おい!!お前達!!仕事はどうしたっ?!」
遂に反論が途絶えたスラヴォフィルは周囲に向かって怒声を浴びせるもこの行動は大勢は決したと自白しているようなものだ。

「スラヴォフィル様。今の私ではご不満かもしれませんが、いずれ必ず振り向いて頂けるよう精進して参ります故、どうか・・・」

だが彼女の方も一杯一杯だったのだ。最後の決意を告げると震える声と共に大粒の涙も零れ始めた。





 「・・・アル、ヴァッツを連れて部屋から出て行きなさい。ワシはセヴァと真剣に向き合うのでな。お前達も解散じゃ解散!」

遂にスラヴォフィルの心が揺れ動いたのか、普段の彼に戻ると娘や孫、そして野次馬達に部屋から離れるよう指示を出す。
ショウも後ろ髪を引かれる思いだったがここまで来て彼女を追い返すような真似はすまい、と信じてその場を立ち去る。
そしてヴァッツとくっついているアルヴィーヌを連れてザラールの執務室へと向かったのだが先程の出来事を報告した瞬間、彼は相変わらず含みのある笑みを浮かべていた。

「ふむ。ご苦労だった。アルヴィーヌ様、これで貴女にも御義母様が出来ましたな。」

「本当?やったー!」
いやいや。まだ微塵も話がまとまっていないのにこの男は何を言い出すのだ。呆れかえるショウの表情を見て更に悪そうな笑顔を浮かべるとザラールも説明を始めてくれる。
「疑わしいか?」
「え、いや、まぁ・・・はい。」
ショウも希望としてはそう望んではいるもののまだ結論は出ていないのだ。現状では懐疑しかないのに何故それ程まで自信満々といった様子なのだろう。
「といっても私も最初は駄目かと思っていた。だがスラヴォフィルが全く抵抗しなかったのでな。これは押せば行けるという確証に繋がったのだ。」
「抵抗・・・確かに。」
彼は最後までセヴァが傍にいたり話しかけたり触っていたのを振りほどいたりはしなかった。ずっと黙って全てを受け入れてはいたのだ。
ただ、それらは全て彼の優しさで断りを入れるのを避けていただけかと思っていたのでザラールが違う視点で読んでいたのには驚いた。
「ネイヴンとも話していたのだが結局あいつも一人の人間であり男なのだ。それが美女に迫られて平常でいられる筈もなかろう?」
「・・・そんなものでしょうか?」
正直今の自分には良くわからない。むしろよくそんな浅い根拠でセヴァの背中を押せたなぁと感心しているとここでずっと黙り込んでいたヴァッツも口を開き始める。

「あ、あのさ。セヴァってアルヴィーヌのお義母さんになるのはわかったんだけど、オレから見るとお祖母ちゃんになるって本当?」

「ええ。家系的にはそうなりますね。セヴァ殿はお若く見えるので意外ではありますが。」
ザラールはさらりと説明しているが実際彼女の見た目は相当若い。それをお祖母ちゃんと呼んでしまうのは何ともむず痒い感情に囚われるがヴァッツなら問題なく受け入れるだろう。
この時までショウはそういう認識だったのだがここでもまた意外な意見が飛び出した。

「オレさ。お祖母ちゃんはエイムだと思ってるんだよね。だからその・・・ちょっと呼びにくいっていうか、他の呼び方はないの?」

これにはアルヴィーヌでさえも大きな目が飛び出る程驚いていたが確かに彼は『迷わせの森』で生まれ育っている。そしてお隣には魔族の老婆がいる話も聞いてはいた。
「それは中々に難しい問題ですな。ふむ・・・・・ショウ、何か名案はないか?」
(このじじぃ・・・)
都合の悪い時だけ頼るのはいい加減止めて貰いたい。むしろこちらが教えて欲しいと反論したい所だがこれは親族の問題でもある。
下手な事を口走る訳にもいかないので考えるだけ考えてはみたものの最終的にショウの口から代替案が出る事はなかった。

「じゃあヴァッツもお義母さんって呼べばいいじゃない。セヴァってお義母さんっぽい見た目だし。」

何故ならアルヴィーヌからとんでも理論が飛び出したからだ。だがこれには乗る価値が十分にあると判断したショウはすぐに追撃を入れた。
「ですね。それならセヴァ様も喜ばれるかもしれません。」
「そう?じゃそうしよう!お義母さんか・・・んじゃ次はお義父さんも欲しいな!」
話は更にとんでもない方向へと逸れていったが当面はこれで凌げそうだ。
「でしたらヴァッツ様の関係を孫から息子に移せばよろしいでしょう。それで万事解決ですな。」
最後の美味しい所をザラールが攫って行ったのだけが気に食わなかったがそもそも血は繋がってないとはいえ王族がそんな簡単に関係を変更して良いのだろうか?
その辺りの詳しい課題が残ったものの、翌日スラヴォフィルが正式にセヴァを傍に置くと宣言した事でとりあえずこの問題は幕を閉じた。

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