闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -緩やかに歩む-

 多少の版図を切り取られはしたものの、ヴァッツやアルヴィーヌといった国を代表する強者の力が無くとも防衛に成功したのだ。
ガビアムとしてはとても喜ばしい事だったし『リングストン』の犠牲を聞いた時は小躍りしたくなったくらいだ。
そもそも国の境目とは常に戦乱が付きまとうものであり、『トリスト』に頼ればまたすぐに取り戻せる範囲なのでこの話を議題に上げる事はないし上げさせるつもりもなかった。
それに現在は別の問題が急浮上していたのだ。

「ガビアム様、ファム様が至急謁見をと申されております。」

ここ最近、大実業家の息がかかった臣下達がやたらとその件を挙げてくるのだ。ガビアムからすれば彼らの存在など金の入った木箱くらいにしか思っていなかったので全ては時間の浪費だと突っぱねていた。
だが彼ららしく毎回袖の下を通してきてその額がどんどんと跳ね上がってきている。こちらも無心でそれを受け取っていけば一財産稼げるのだろうがいい加減気味が悪くなってきたので戦後処理も済んだ翌日、その話を受け入れてみる事にした。

「ガビアム様。大変お忙しい中にこうしてお時間を割いていただいた事をこのファムは一生忘れません。」

戦いとは無縁である為姿勢は悪く、小さな体で阿る姿はより卑屈さを表している。入国時以来二度目の対面だったのもあるがここまで見る者を不快にする容姿をしていたか?と不思議に思っていたら許した訳でもないのに勝手に話し始めた。
「私の資産が一夜にして消え去った件については既にご存じかと思われますが・・・」
「いいや。初めて聞いたな。」
礼儀を弁えずに聞かされた内容があまりにもくだらなさすぎて不機嫌に答えるとファムはわざとらしい演技で驚いている。
この時点で席を立ってもよかったのだがそれでは本当に無駄な時間を浪費しただけになる。であればガビアムもこの小男から何かしらを得る為に仕方なく話を促すと今度は演技ではない素の部分で憤りを見せた。
「実はとある夜に、ロークスのナジュナメジナがやってきましてね。その時奴はハイディンと取引をしました。それも金貨10億分の!」
「ほほう?それはまた随分な巨額だな。」
「はい!その場には私やブラシャルもいましたが奴は前金として2億を置いて行きました!それから商品と引き換えに残りを支払うという形で!」
「ふむ。」
だからどうした?何故そこにこの小男が憤るのだ?さっさと本題を告げて欲しいがここまで付き合っているのだから最後まで見届けて恩を売っておくべきか。
「そして翌日!私の金庫から10億金貨がきっちりと消え去っていたのです!!これは奴らが適当な商談をでっちあげて私の資産を強奪したに違いありません!!」
「ふむふむ。」
全く感情移入出来ずに聞いていたガビアムはむしろ10億の取引内容が気になっていたがファムもこちらがあまり興味を示していないのに気が付いたのだろう。
今度は大粒の涙を零しておいおいと泣きわめき始める。
「わ、私はっ!私は人生を賭けて働いてきましたっ!!それらは全て自身の家族や子々孫々の為でありますっ!!私が費やした全てを一瞬で奪われたのですっ!!ガビアム様っ!!どうかあやつらを捕らえて下さいっ!!そして私の資産を奪い返して欲しいのですっ!!」
その話が全て本当であれば同情の余地はある。ただ彼は気が動転しているのか、聞いていたガビアムからすればその真偽を判断するにはあまりにも短絡的だと言わざるを得ない。

「お前達3人は互いに協力し合って自身らの家業を拡大していったのだろう?なのにその仲間を疑うのか?」

なので追い返す意味も込めてそう尋ねてみる。そうする事で一度冷静になってもらえればと思って。しかしファムは全く納得のいっていない様子ではっきりと答えた。
「確かに我らは互いの利益を求める仲ではありますが決して信頼のおける関係ではないのです!!ガビアム様!!一度だけで結構ですので!!召喚して詰問していただけないでしょうか?!」
どうやらガビアムが思い描く仲とは程遠いものであるらしい。ただそれはそれで利用もしやすく感じる。
何せ今現在、目の前ではその大実業家が猜疑の目を光らせて他の実業家を締め上げろと言っているのだ。であればここは乗っておいても損はないのかもしれない。

「わかった。少し調べてから動いてみよう。ただし、何もなければお前を罰する可能性がある事を忘れるな?」

国王としての権力を十全に振りかざした後、感謝する卑屈な小男を追い返す。それからハイディンとナジュナメジナの身辺を調べるべく命令を下すと彼は何回目かわからない内需に向けての議会に頭を切り替えるのだった。





 面倒ではあったものの最低限以上の仕事をこなすガビアムは名指しで批判されたハイディンとナジュナメジナの下へ諜報員を送る。
そして返って来た報告を聞くと僅かに興味を持ち始めた。彼の目に留まった点は両者の対照的な行動だ。
ハイディンは鉄鋼業を営んでいる関係からどの分野にも関わりを持っている。故にその資産は莫大な物らしい。
なので国に上がっている収支の報告や保有資産もあてにならないらしく、隠された財産は想像すらつかない上に当然そこには厳重な警備が四六時中配置されているという。
だがロークスにいるナジュナメジナ。彼も紡績業の全てを牛耳っているのであらゆる部分に必要とされていた。特に上下階級関わらず値段に応じた商品を提供してくれる部分は需要だけでなく満足度も高い。
故にその資産も相当な量なのは間違いないだろう。諜報員達もそう確信していたのだが、いざ現地で活動を開始すると瞬時に見つかり、尋問をされた後。
「何だそんな事か。いいだろう。こっちだ。」
ナジュナメジナ自らが金庫の場所に案内してくれるとその全てをさらけ出してくれたという。ただ彼の行動も保有資産もそうだが何より驚いたのは警備を全く付けていない点だというのだ。
その後も自分達を買収するのにはいくら出せばいいか?とか訳の分からない話をした挙句最後は歓待されて帰って来たらしい。
念の為として諜報員は買収されなかった旨が最後に記されていた所を見ると相当心を動かされたようだがここは追及しないでおこう。

「・・・器の違いか。」

ロークスに移住して最初こそ暴動を起こしたり以前からよい話を聞かない男ではあったが今の2人を比べるとガビアムの興味もナジュナメジナに向けられる。
そこで早速彼らを召喚すべく手配を進めた後、自身もその様子を一番楽しい席で見たいと考えて少し会場に細工を仕込む。すると思っていた以上に心が待ちわびている事に気が付いた。



十日後には実業家2人、いや、3人か。それらを全て異なる理由で集めると早速議場で問答が始まった。
進行や記録は臣下に任せてガビアムは議長席の裏手に息を潜めて彼らの言動を観察する。いくつか理由は会ったが一番大きなものは自身が楽しみたいから、二番目は各々を委縮させないという配慮だ。
(さて。どんな醜いやり取りを見せてくれるのか・・・)
己の私腹を肥やす事だけに憑りつかれた豚共が一体どんな話を聞かせてくれるのだろう。そしてその中でも異端と呼べるナジュナメジナはどう立ち回るのだろう。
興味は尽きない所だがファムが訴えていた内容を議長が尋ねると2人は思っていた以上に自然な様子で驚いていた。これは演技なのか素なのか。ガビアムの眼から見ても判断しかねるのだから相当なもののはずだ。
「ファム。いくら何でも言い掛かりが過ぎるぞ?何故我らがお前を嵌めねばならぬのだ?なぁナジュナメジナ?」
疑惑を晴らすというよりは呆れた様子のハイディンが溜息交じりに話を振っていたがナジュナメジナの方は少し考え込んでいる。
「ふむ。もし仮に貴方の金だと証明出来れば返してもいいが。名前でも刻んであったかね?」
しかしこちらも認める筈がなく、割と正道な受け答えで尋ねるとファムは激昂して立ち上がった。
「あの日お前達が取引をした後すぐ私の金貨10億枚が無くなったのを確認したのだ!!これだけの大金が何の理由もなく奪われるはずがないだろう!!因果関係から考えても答えは1つしかないっ!!」
その熱弁を聞いてもハイディンは焦りを見せず、それどころかきょとんとしている。むしろナジュナメジナの方が深刻な表情で何か考えている風に見えた。

(もしかすると・・・本当に奪ったのか?)

手段はともかく彼が10億金貨という大金を奪ってハイディンとの取引に使ったのだろうか?であれば現状の様相も理解出来るが報告では彼の資産は軽く1000億を超えていたという。
なのに何故他者から奪った金を使う必要があったのか。その理由が皆目わからなくなってしまう。
(いや・・・嫌がらせ・・・であれば理解は出来るか?)
元々ナジュナメジナは悪い噂の絶えない男だ。その部分に焦点を当てれば同格である大実業家を蹴落とす為か、憂さ晴らしかで行動を起こしても仕方がないのかもしれない。
ただそれは以前までの話だ。報告でも上がっていた通り、今では随分と大きな人物だと感じていた。そんな彼が僅かな負の感情だけで馬鹿げた行動を起こすだろうか?
考えれば考える程わからなくなってくるガビアムを他所にハイディンは相手にするつもりもないのか、さっさと話を切り上げて何度も退出しようと試みている。

「よし、わかった。では私がその分を補填しよう。ただしその罪を不問と処してくれればという条件付きだが。」

(えっ?!)
これには思わず声が出そうになった。一見すると最短で解決に至る最善策にも見えるが裏を返せば自身が奪ったと認めたとも取れる。
「語るに落ちたな?!つまり貴様が奪ったと認めたようなものだぞ?!」
ファムの勝ち誇った語りに影でガビアムも何度か頷く。このままではいくら不問に処したとしても疑いはほぼ確信のまま残ってしまうだろう。
「じゃあ10億金貨はいらないか?」
「そうは言ってないだろう?!わかった!!補填してくれるというのであれば甘んじて受けよう!!そして私もお前達を疑った事をここに謝罪する!!」
(・・・何と醜いやり取りだ・・・)
結局のところ彼らは全てを金で済ませる性格なのだ。長く取引していた相手に嫌疑を掛け、激しく罵ったとしても金で全てを解決させる。
ある意味対等な関係とも言えなくないがそこに情は挟まれないのだろうか?ガビアムは不思議に思いつつもナジュナメジナという男に関しては期待以上の物が得られずに少し落胆すると静かに退席した。





 《やれやれ。まさかこんな大事になるとはな。》
ア=レイが珍しく愚痴を零したのが嬉しくて仕方なかったナジュナメジナは心の中で嘲笑う。
《それ見た事か!!金は天下の回り物!!それはしっかりとした手続き上の取引を行わないとすぐに発覚するんだぞ?!》
自身の金が一切減らずに武具を調達できた喜びを忘れてア=レイを言い負かした感に浸っていたが彼は決して落ち込むような輩ではない。

《そうなのか。ふむ、であれば今度はもう少し考えて上手くやってみるよ。とりあえず彼の資産は全て頂こうか。》

《・・・・・ん?》
何故そんな話になったのだろう?いや、それが実現出来れば大実業家の中でも群を抜いた資産家になれる。
その喜びを爆発させそうになったがそうじゃない。今はファムに10億金貨を支払わねばならない状況であり、自身が一番嫌な資産の目減りを目の当たりにせねばならないのだ。
《彼は鉱石を取り扱っているのだろう?であればハイディンとの関係も太くなる。収入も跳ね上がるだろうし一石二鳥、三鳥にはなるんじゃないか?》
《いや、そうかもしれんが・・・まさかお前?!ファムの体も乗っ取るつもりか?!》
自身の経験上それしか考えられない。恐ろしくも憎々しい現状に感情が爆発して怒鳴り声を上げるとア=レイは誰もいない部屋で両耳に手を当てる。
《うるさいなぁ・・・いや、私にはこの体だけで十分だ。》
という事はファムを亡き者にするという事か。実際ア=レイは自身に戦う術はないと言っているが周囲を自在に操れる力を持っている。
それを使えば小男のファムを殺す事など造作もないだろう。ただナジュナメジナも戦いとは遠い人生を歩んできた為、いくら気に入らない相手であっても凄惨な場面は見たくない。
《・・・あまり苦しまないように、血を流さないようにしてくれよ。あ!毒殺とかはどうだ?》
情けを掛けるつもりはないが、つい妙案を思いついたので口走るとア=レイは鼻で笑って返してきた。
《何を勘違いしているんだ?私が無益な殺生をするはずがないだろう?まぁ楽しみにしてるがいい。》
《楽しみだと?》
それ以上彼が情報を漏らす事は無かったのでナジュナメジナも楽しみな部分。ファムの事業と資産が手に入る事だけを思い描いてはそれをどう活用するか等を考え始める。

だがその日の夜。いつも通り手ぶらでファムの館に訪れたア=レイは不敵な笑みを浮かべていた。







「また護衛も付けずにやってきたのか。」
様子が変わったナジュナメジナと会うのもこれで4度目だ。流石に慣れたファムも普段の横柄な口調で呆れると相手は楽しそうな笑みを浮かべ返してきた。
「必要ないからね。では早速10億金貨を渡したい、のだがいくつか尋ねてみてもいいか?」
「む?まぁ・・・少しだけだぞ?」
自身の金庫から10億金貨という大金を持ち去った理由はともかく収支が元に戻るのであれば問題はない。
それに彼の紡績製品に自身の鉱石を埋め込めばその衣装は高く売れるのだ。今後お互いの事業展開、拡大の為にもここですっぱり手打ちにすべきだというのも理解している。
なので水に流すといった意味合いも込めて、上客向けの酒食を用意するとファムは歓待を行った。

「なぁファム。鉱石なんて食べる事も着る事も出来ないものに人は何故価値を見出すのだろう?」

「おい?!喧嘩を売りに来たのか?!」
だが場を整えて乾杯した瞬間、とんでもない暴言を浴びせられたのでファムはまたも大声を上げる。
「だってそうだろう?木材や石材は建物になるし紡績は着る物となる。そこに食事があれば人は生きていけるだろう?つまりそれ以外は無用の長物、塵と言っても過言ではないはずだ。」
「過言も過ぎるぞ?!どうしたナジュナメジナ?!金に汚かったお前の発言とは思え・・・まさか?また替え玉か?!」
「はっはっは。私は一度も替え玉などを使った事は無いよ。」
ロークスで評判を上げている彼を知らない為思わず叫び声に近い形で問い詰めたが相変わらず本人で間違いないらしい。
しかしいくら暴動が起きたからといってここまで性格が変わるものなのだろうか?不思議で仕方なかったがこの価値観についての話は自身の想いもあった。

「それを言ったら貨幣の価値すらなくなるだろうよ。人は衣食住だけでは生きて死ぬだけの存在になってしまう。だから人生に付加価値が欲しいのだろう。」

「ほほう?それが鉱石だと?」
「鉱石に限った話ではない。強い者はより強さを求めて腕を上げ、美味い物を食いたければそこに金を掛けたり腕を振るったり、果てには自らの手で食材を求めたり。人とは趣を求める生物なのだと私は思う。」
「ふむ・・・しかし強さや美味い物と鉱石では種類が違い過ぎないか?」
「違わないさ。全ては人間社会でしか通用しない物という広義で同じだろう。」
実際強くなくても生きて行けるし美味い物でなくても何かしらを食べていれば生きていけるのだ。そこに綺麗に磨かれた鉱石に心を奪われたり華麗な衣装に身を包む願望を並べても差異はない。
「我らだってそうだろう?金などある程度あれば生きていける。しかし人生を賭けてまで莫大な資産を築き上げたい。もっと欲しいと願っている。故に大実業家と呼ばれるに至った訳だ。」
「ふむふむ・・・そうか。なるほどなぁ、人間とは本当に愚かではあるが面白い。」
何故か深く感心したナジュナメジナに若干の違和感を覚えたものの今日のファムは気分が良かった。なのでそこに触れる事は無く、いつ10億金貨を譲渡してくれるかという話題に切り替えると一瞬で彼の雰囲気が変わる。

「そうだな。正直お前の体だけでは10億に満たないとは思うのだがどうせ全てを私の手中に収めるのだ。別に構わんだろう?」

「???」
多少の酒が入っているとはいえ今日のナジュナメジナの発言には首を傾げるものが多い。一体何を、と考えていると不意に立つよう懇願される。
訳が分からないまま椅子から尻を持ち上げるとそれに合わせてナジュナメジナも立ち上がってこちらに歩いてくる。そしてお互いが向き合う中。

「ふむ。そのままでもいいのだが・・・そうだ。私の資産を全てくれてやると言ったら喜ぶか?」

「えっ?!」
冗談だとはわかっていても不意にそう言われれば流石に喜色を表してしまう。だがそこからは訳がわからないまま自身の体は全く動かなくなってしまった。





 翌日、いきなりナジュナメジナからの使いが来てファムの事業を彼が引き継ぐと聞かされたのだからハイディンは驚くしかない。
だが以前から吸収を狙っていただけにこの話を聞き流す訳にもいかず、準備を整えるとファムの館へ急行した。

「ナジュナメジナ!!どういう事だ?!」

既にブラシャルも憤った様子で問い詰めているらしい。それにしても館の外まで聞こえてくる怒号はいつ聞いても品が無い。お蔭で少し冷静さを取り戻したハイディンは手順を踏んで静かに館内へと入る事が出来た。
そして彼らの部屋へ案内してもらうと軽く咳払いをしながらまずは猪にも似た怒りに苦言を呈する。
「騒がしいぞブラシャル。やぁナジュナメジナ。お前の所の使いから聞いたのだがファムの事業を引き継いだんだって?それは一体どういう経緯なんだ?」
「やぁやぁ。ま、単純な事さ。彼は俗世を離れて生きていきたいらしい。」
(そんな訳があるかっ!!!!!!!)
と、大声で叫ぶとブラシャルと同じに思われてしまう。間違ってもこれと同列に捉えられたくないハイディンは心を押し殺してその理由を尋ねてみた。
「いや、本当に大した話ではなくてね?ま、資産を増やし続ける人生と消え去った10億金貨がきっかけとは言ってたな。」
「んな訳があるかっ!!!!!!!」
(んな訳があるかっ!!!!!!!)
自身も含めて実業家という人間は私腹を肥やす事に特化した存在なのだ。その為ならば他人を厭わず手にかける事すら躊躇しないというのも重々承知している。
ハイディンの心の叫びをブラシャルが代弁してくれた事でまたも多少の冷静さを取り戻しはしたがそれでも納得には程遠い。
「本当なんだって。証拠は揃ってるし何よりこの館の人間全てが私を主として認めているよ?ねぇ?」
「はい。ナジュナメジナ様はファム様から正式に全てを譲渡されました。」
しかし控えていた召使いが静かに宣言するので納得せざるを得ない。何せ彼は昔からファムに付き従っておりハイディンもよく知る人物だからだ。
「ついでにこれも見て行ってくれ。いらぬ嫌疑を掛けさせてしまったお詫びに作ってみたんだがもう必要ないと言われてね。」
ナジュナメジナがそう言うと扉が開き、召使が3人で何やら巨大な黄金の塊を運び入れて来た。そしてゆっくり3人の前に下ろすと思わず驚愕の声を上げる。
「こ、これは・・・ファムか!しかし何と美しい・・・」
どれだけの金を使って作り上げたのか。ほんの僅かに喜びを浮かべたファムの像を見て感嘆の溜息をついてしまった。

「彼の遺志はこの像と共にある、は言い過ぎかな?でもこれこそ私とファムがしっかり和解し、全てを譲渡された証でもあるんだ。」

「う、うう~む・・・」
これにはブラシャルも唸るしかなかったらしい。ハイディンも内心自身の像を作って貰いたいとすら思っていたのだがらその完成度は誰の目から見ても心を奪われるものなのだろう。
「・・・全てとは事業だけでなく資産もか?」
「ああ。彼は生きて行けるだけの金しか持って行かなかったからね。」
となると世界一の富豪は大分遠のいてしまう。折角友好な関係を築き上げて来たのに・・・本来であれば自身がこれを奪い取るつもりだったのに・・・
「・・・いや、やはりおかしい。もし事業を譲渡するのであれば私かブラシャルに話をするはずだ。お前達、買収されているな?」
そうなのだ。付き合いはこちらの方が長く部外者であるナジュナメジナに譲る道理がない。その違和感に気が付いてやっと反論の狼煙を上げようとしたのだがナジュナメジナからは更なる刀を返される。

「はっはっは。そんな訳がないだろう?何せ彼は10億金貨紛失を君の仕業だと思っていたのだからね?」

「何っ?!」
議会に召喚された時から全く身に覚えのない話だったので頭を下げるのも言い訳するのもおかしい。なのであえて何も言及しなかったのだ。それに質疑応答の流れから疑いは完全にナジュナメジナに向いていた。
そこに自身が疑われる要因は何もなかったはずだ。
「疑心暗鬼というのは時に思わぬ事象を生むからね?人心を掌握しているつもりじゃ今後も大魚を逃してしまう・・・かもね?」
そこでやっと勝ち誇った笑みを浮かべたナジュナメジナに我慢の限界だったブラシャルが勢いよく席を立って部屋を出て行く。
もちろんハイディンもこの憎たらしい男とこれ以上顔を見合わせるのは御免だ。
「そうだな・・・今後の為に心に刻んでおこう。」
辛うじてそう一言だけ告げたハイディンは静かに立ち上がると怒りを内包させたまま紳士然と振舞いつつ館を後にした。





 『ナーグウェイ領』にやってきたラカンは早速登城すると副王に謁見する。
「おお!!ラカン将軍にこの地を護って頂けるとなると怖い物など何もありませんな!!ひゃっはっは!!」
あまりにも威厳が無く、そして下卑た笑い声を上げていたので一瞬表情を曇らせたがヤッターポという先副王の弟が非常に愚かな人物だという話は散々聞いてきた。
現に権力争いで荒廃したこの領土を立て直すよりも先に己の私腹と欲望を満たす為にそこかしこで賄賂やら搾取が当たり前のように行われているらしい。

大王は自身の地位を脅かす存在を絶対に許さない。なので一度は隆盛を極めたこの地から力を奪うべく内乱を仕掛けた。
そしてそれは思惑以上の結果が出たのだが後継者が無能過ぎたのは想定外だったのだろう。
(・・・恐らくネヴラディン様はこの状況を立て直せと仰りたいのだ。)

そういう事情を知っているからラカンはそう読み取ったのだがこれは彼の勘違いに他ならない。何故ならネヴラディンはラカンを堕落するようこの地に仕向けたのだから。規律も権力もあやふやな歪んだ領土に。

既に思惑の齟齬が生まれていたがラカンがそれに気が付く事無くまずは己の領分である軍部に顔を出す。だが今は収穫期の為部隊の長ですら故郷に戻って働いていた。
ほとんど人がいない訓練場や会議室の確認だけ終えると長旅の疲れも考えて『緋色の真眼隊』も解散させる。自身も仕方なく部屋へ戻ってきて鎧から軽装に着替えたのだがここからが凄まじかった。

こんこんこん

何せひっきりなしに佞臣らがラカンとの繋がりを持とうと面会を求め、阿り、賄賂を置いていくのだ。
一時期ヴァッツが王都『リングストン』に招かれた時もそうだったと聞いたがそれにしても遜り方が見るに堪えない。
(まぁ私がこんな辺境に配属される事など今までなかったからな・・・)
それでも一定の理解を示していたラカンはそれぞれを丁寧にもてなしていたが流石に翌日も朝から列を作られると少しうんざりが勝り始めた。
ただ彼らの話には色々考えさせられる点もある為、この日は『緋色の真眼隊員』をいくらか同席させてその内容を共有していた。
三日目になってやっと列が無くなるとラカンは窮屈で鬱屈な王城から出る為に北方の国境線を巡回しにいくという体で命令を下す。
理由は多々あるがとにかく商人ほど金に執着していないラカンは賄賂漬けの毎日に辟易していたのだ。更に収穫期で本当に何もすることが無いのも大きかった。
この地は西が海に面していて東は『リングストン領』となっているので外敵といえば北か南からしか侵攻が許されない。
南も『シャリーゼ』であり今は復興の真っ最中だ。そして元来から商業国家の為攻め入られる心配は皆無である。となると残りは北しかないのだがこちらも国らしい国は存在しない。
辛うじて賊徒が時折集落を荒らすくらいしか無く、先代副王タフ=レイがその権力を高めていけたのも恵まれた領土のお蔭なのだ。

しかし今のラカンにそこまで考える余裕はなく、むしろ新生した力を使いたかった彼は王城を出立するとすぐに馬を『緋色の真眼隊』に預けて自身は大空を飛び回りながら北の国境線へ向かっていった。





 空を飛ぶことを覚えたラカンは自身の馬を『緋色の真眼隊』に任せて道中は彼らの上空を旋回して進んでいく。
(やはりいいな。空という利を抑えられるのは良い。)
他国がこれを制しているという実感と共に、自身の部隊、そして国でもいずれは導入したいものだ、と考えに耽っていると遠方に木々が撤去される場所を見つけた。
そこは今進軍している街道よりもかなり奥まった場所であり周囲は高い木々に囲まれていて地上からは絶対に発見できないような場所だ。
(何だ?あんなところに何かあったか?)
『ナーグウェイ領』に来るにあたってそれなりの勤勉さと愛国心を持つ彼は地理や集落の位置をある程度把握していた。にも拘わらずその位置の記憶はない。
考えられるとすれば山賊らの拠点があるのか。もしくは敵の諜報機関か。

「お前達は進軍しておくように。私は少し寄り道をしていく。」

気になったラカンは急降下して『緋色の真眼隊』にそう告げると街道から東に真っ直ぐ飛び去った。



目視で情報を捉えられる距離に入るとその全貌が明らかになった。といっても何の事は無い、小さな集落のようだ。ただ規模は本当に小さくてどこの村に所属するのかも不明である。
一応偽装した敵軍という可能性も考慮して静かに降り立ったラカンはせめてそこに住む人間と所属くらいは確かめておこうと辺りを散策する。
すると老いた老婆が家屋にいたので声を掛けてみると非常に恐怖した表情を浮かべて驚き始めた。
「ど、どうした?!何かあったのか?!」
今のラカンは立派な鎧に身を包み、国章もしっかりと胸に刻み込んであるので敵と間違われる事は無いはずだ。
「す、すみませんすみません!!すみませんでしたぁ!!」
なのに彼女は頭を床にこすりつけて大声で平謝りを続けるのみだ。最初は困惑したもののその声に反応して何人かがこの集落から逃げ去ろうとする気配を感じたのでラカンは敵国の可能性を念頭にすぐさま空に上がる。
そして目に付いた人物を片っ端から拾い上げては縛って老婆のいる民家に放り込んだのだがその全員から戦士としての気配を感じる事は無かった。

空を飛べるお蔭でほぼ全員を捕まえられたらしく、村人は諦めと怯えた様子でこちらを伺ってきている。
「ふーむ・・・おっと失礼。私は『リングストン』将軍ラカンだ。お前たちは他国からの諜報員か?それとも山賊か?」
口に出して問い質してはみたもののどちらでもなさそうに見えるラカンは不思議そうな表情で彼らの返事を待っていた。
「・・・わ、私達は隠れ里にすむリングストン人です・・・」
「隠れ里・・・?!」
その答えを聞いて彼の脳内には閃光が走る。知識としては持っていた『隠れ里』の存在。それは真っ当に生きられない者達が俗世から離れて暮らす集落だ。
しかし『リングストン』ではしっかりと国民の数を把握すべく皆に戸籍を与えているし、それを元に配給があるのだ。
いくら後ろめたい者が隠れた所で余計に生きにくくなるだけではないのか?そう考えると不思議で仕方なかったのだがこれはラカンの見識不足である。
「何故隠れる必要がある?この辺りに野盗でも現れるのか?それとも他国からの侵略でも受けているのか?私でよければ相談に乗るぞ?」
故の提案だった。全く理由が思い当たらないので自身の外から答えを求めると彼らは一同に顔を見合わせた後、最初に声を掛けた老婆が教えてくれた。

「・・・徴税ですじゃ。ラカン様、今のこの地では恐ろしい程の重く苦しい税を課せられており満足に生きていけませんのじゃ。」

あり得ない答えを得たラカンはその後、数秒ほど口がきけなくなる程思考を停止させていたが彼らの悲痛な様子から嘘ではないのかと考えを改める。
「詳しく聞かせてもらっても良いか?」
彼らから反抗する意思を感じなかったのでまずはその内容を聞こうと優しく問いかけると続いて老婆が詳細を語ってくれた。





 大前提として『リングストン』は独裁国家であり政策も共産に重きを置いている。
配給制もその代表例であり、これによって人々はどれだけ実りのない年であっても飢え死にする事無く生きていけるのだ。 
なので徴税という仕組みも基本的には無きに等しい。一応貨幣代わりのものを配布されてはいるもののそれは娯楽としてしか使えない物であり、彼らから接収するものなど何もないはずだ。
「いいえ、そんな事はありません。わたしらはその与えられた食事や衣服、挙句は娘までもが役人達に持って行かれるのですじゃ。」
「・・・むぅ・・・」
考えただけでも理不尽だ。何せ彼らは配給の物品で生きている。それを取り上げられてしまえば生活どころか人生が困窮するに決まっているではないか。
(『ナーグウェイ領』が荒れている話は聞いていたがまさかこれ程とは・・・)
思い出したくもない副王ヤッターポの顔を見るとその乱世にも納得は良く。これは早急に帰って厳しく取り締まらねばなるまい。

「わかった。では私が副王や大王様に話をしてみよう。」

「ほ、本当ですかっ?!」
縛られたままの少女がこちらの話を鵜呑みにして喜色の声を上げていたが確約は難しい。
「ああ。これでも昨年までは大将軍だったのだ。あの頃に比べて権力は落ちたかもしれんが腕は上がった。きっと2人とも聞き入れてくれるだろう。」
なので一応は発言の根拠として過去の身分も明かしておく。ただし聞き入れられなかった場合は諦めて貰うしかない。
「・・・せめて生きて行けるだけの生活を送りたい・・・どうかよろしくお願いしますじゃ。」
だが老婆はその人生経験からか。こちらの動きにもさほど期待していないのか、落胆した様子のまま頭を下げてそう告げるとラカンを見送る事無く奥の部屋へ入って行った。



捕らえた村人達を解放した後、ラカンは一っ飛びして『緋色の真眼隊』に合流すると先程の話の裏付けを取るべく『バラーケ』という居城にやってきた。
彼らの話が本当であればこの辺り一帯を治めているこの地の役人が関わっているはずだ。早速登城したラカンはそこの責任者に面会を申し出る。
「あのラカン様がこんな辺境に足を運んでくださるとは光栄の極みですなぁ!」
すると非常に丸く太った領主が喜びを浮かべて快く迎え入れてくれた。少しやかましく感じたが今は自身の感情をぶつける場面ではない。
「いきなりで済まないな。ところでいくらか話を聞きたい。場所を設けてくれるか?」
「ラカン様の申し付けとあらば喜んで!」
領主であるタッシールはてきぱきと指示を飛ばすと来賓室には湯水の如くごちそうが運び込まれていった。
「今日は海の幸が大漁だったようで!お口に会えば良いのですが。」
言われてみれば魚介料理が多いか。だが別に歓待を受けたくてこの地に立ち寄った訳ではないのだ。念の為『緋色の真眼隊』から何人かを同席させるとラカンは早速話題を振り始める。

「タッシールよ。この地に限らず現在『ナーグウェイ領』は非常に統治が乱れていると私は思う。それについてお前の意見を聞きたい。」

偏った思考のまま彼の話を聞くつもりもなかったラカンはまず中立を心に置いてから切り出した。要は国を憂う者としての話し合いがしたいという体だ。
「ほほう?武人であるラカン様がそのような事を口にされるとは・・・もしや誰かに唆されたり・・・」

がしゃんっ!!

『ナーグウェイ領』に来て以来、本人よりも主を馬鹿にされて激高しそうな『緋色の真眼隊』を宥める機会が随分と増えた気がする。
話もそうだが折角美味しい食事も頂いているのだ。それらを無事に済ませる為ラカンは怒りを納めるよう配下を右手で制す。
「この私が誰かの傀儡になると思うか?」
「い、いえ!し、失礼いたしました!」
それでも配下の想いを汲んで少し凄みながら短く答えるとタッシールも滝のような冷や汗を流した後慌てて謝罪を入れて来た。





 「『ナーグウェイ領』の悪い噂はこの地にいる人間以外なら誰でも知っている。現に私などはここに来て以降よりその認識が強くなった。」
やや苦味の強い葡萄酒を一口飲んだラカンは感情を平時に戻してそう伝えるとタッシールも少しは落ち着きを取り戻したらしい。
「さ、左様でございますか。う、うーむ・・・しかし・・・」
ただ言葉として具体的な反論が出てくることは無かった。こちらとしてはその原因を本人の口から語ってもらいたいのだがさて。
「もう1つ気になった点がある。それは私が『ナーグウェイ領』の王城に赴いた時、あらゆる立場の役人らがこぞって私に賄賂を贈って来たことだ。しかも相当な量だった。」
「そ、それでしたら私も是非!!」
「こら。勘違いをするな。催促した訳ではない。ただ不思議に思ったのだよ。何故国民の生活が不安定なこの地で奴らがそれほどの貯えを持っているのかをな?」
これは本心だった。何せ棒にも箸にも掛からないような矮小な役人でさえそれなりの金額を用意してきたのだ。『リングストン』で貨幣を保有している者など限られているはずなのに何故?と。
「・・・ラカン様は武人であるにも関わらず中々に鋭い御方ですな。」
今度は顔色を真っ青にしながら諦めたように呟くタッシール。正直何がどう鋭かったのか本人にはわからなかったがもう一押しで何かを聞き出せそうだ。
「お世辞は良い。で、どうなのだ?言っておくが私は口が堅い。決して不利になる証言を大王様などに上げたりはせんぞ?」
これも本心だ。何故ならラカンが証言などせずともネヴラディンがその数字や動きを見て黒だと判断すれば即処断されるからだ。
「・・・わかりました。ですがこれはあくまで私個人の意見です。」
観念したタッシールに血の気が戻って来たところを見るといよいよ本題に入ってくれるらしい。その準備を整えるべくこちらも葡萄酒を一口飲むと浅く頷いた。

「現在・・・役人らの羽振りが良いのは全て『シャリーゼ』のお蔭かと、私は邪推しています。」

「『シャリーゼ』が?」
意外過ぎる理由に思わず小首を傾げるがタッシールの表情は至って真剣そのものだ。更に彼はその理由を説明してくれる。
「はい。彼の国は現在壊滅状態です。しかしある程度の国民は健在ですし新国王のモレストも立ち国としてしっかり機能はしております。」
「ふむ。」
「となれば次に起こす行動として、復興に必要な物を最優先で確保する。ここです。ここに我らの商機が生まれたのです。」
「・・・なるほど。」
正直あまりぴんと来ていなかったが饒舌が波に乗り始めたのか。タッシールの話はさらに続く。
「家屋を建てるのに材料から切り出していては膨大な労力と時間が掛かってしまう。その消費を抑え最短での復興を求める彼らはどうしても物資が欲しかった。ですので隣接する我が『ナーグウェイ領』からそれを高額で売り付ける流れが生まれた訳です。」
「なるほどな。」
今度はしっかりと理解するがここまでだとあくまで『ナーグウェイ領』が裏で儲けているだけの話に過ぎない。ところがラカンはあの隠れ里の存在を思い出す。
「・・・具体的な物資の内容とは?」
「全てです。衣食住に関わる全て。ですので各地の役人達も貨幣を手に入れる為なら冤罪を着せてでも領民から何でも押収しています。さすればどれほど中抜きしても下っ端の役人達でさえその利益を享受出来るのですから。」
点と点が線で繋がるという例えを今初めて実感したラカンは深く頷いた。
「しかし配給品でさえ徴収してしまうというのは国力の低下に繋がりかねん。それが間違いなく悪い噂の原因でもあるだろうし。もう少し取り締まる事は出来んのか?」
「それは難しいでしょう。何せヤッターポ様が役人達に有利となる法令を施行されていますから。あのお方も財産を求めておられますし・・・あ!わ、私は違いますよ?!そ、そんなに貨幣が欲しいだなんて思ってはおりませんからね?!」
聞いてもいない事をべらべらと喋った挙句勝手に狼狽しているタッシールは置いておいて、ラカンは食事の手を止めると少し考え込む。

平民と国士の間には分厚い壁があり、それは間違いなく下級と上級で分けられる。

これに異議を唱えるつもりはないし何なら自身も恩恵を山のように享受している身。むしろこの差はあり続けるべきだとも思う。

だが必要以上に国民への負担を強いるのだけは間違っている。彼らにも最低限の生活や人生があるのだからやはり配給品やそれ以上に徴税などと言って押収するのは国力を疲弊するだけのはずだ。

「・・・中々に興味深い話だった。感謝するぞ、タッシール。」
己の中で答えがまとまったラカンは静かに席を立ち、そのまま一夜だけを過ごすと翌朝『緋色の真眼隊』を率いて南へと帰っていった。





 何事にも限度がある。ラカンは強くそう感じた。
強さを求める為に修業をする、金が欲しくてあくせく働く、女が欲しくて必死で口説く。だがどれもやり過ぎれば必ず実害が出るものだ。
役人が己の私腹を肥やす事に反対はしない。しかし国民に分け与える筈の配給品に手を出すのはその線引きを大きく超えてしまっている気がしてならない。

故に『シャリーゼ』との裏取引を害だと判断したラカンは『ナーグウェイ領』の王城に戻って早々ヤッターポに会いに行った。

「これはこれはお早いお帰りで。何かお忘れ物でもございましたか?」
「いや、忘れ物というよりは落とし物を拾ってきた。」
冷静に対応しているラカンから憤怒の気配は感じられない為ヤッターポも軽口を叩いていたがこちらも威圧するつもりはないのだ。
「ヤッターポ殿。実は道中で『シャリーゼ』との裏取引について小耳に挟んでな?」
そう切り出すと彼の表情から薄ら笑いが消える。そして少しの間2人が睨み合うかのように目を合わせ続けた後、先にヤッターポの口が開いた。
「・・・わかりました。一枚嚙みたいという事ですね?!」
「そうではない。今すぐその取引を中止しろ。」
お互いの思惑が全くかみ合ってなかった事に驚いたのか、その内容に驚いたのかはわからないが、ともかくヤッターポは口を開けたまま動かなくなる。
「あれは国内の状況をより過酷なものへと導いている。このままでは国民がどんどん減少していくぞ?」
沢山の人口で大量の生産を行い次世代に繋ぐ流れがあるからこそ広大な『リングストン』は繁栄を築き上げて来たのだ。その中核を崩しては元も子もない。
それくらいはラカンでも理解していたし、もしこの場にネヴラディンが居れば同じように諭すだろう。

「・・・ラカン様、『ナーグウェイ領』での内乱はどなたが仕込まれたかご存じですか?」

「?!」
押し黙っていたヤッターポからいきなり核心を突く発言が飛び出した事で今度はラカンが言葉を失った。
「私の口から申し上げる事はございませんが、そのせいでこの地は乱れに乱れました。流したくもない多くの血が流れ、私は甥を討たねばならない状況に追い込まれました。それでも本国から大した救援もなく元より配給品だけでは覚束ない状況が続いているのです。」
「・・・・・」
「でしたら、もし我らナーグウェイ家の権力を削ぎ落したいと誰かが画策されたのでしたら私もそれに乗じようと決意しました。生き残った私達こそが勝者なのですから、その恩恵を大いに受ける権利くらいは当然あるでしょう?」
「・・・『リングストン』副王としての矜持はないのか?」
「ありませんね。今はただ我らの欲望を満たす為だけに動くのみです。」
駄目だ。これは自身の判断でどうこう出来る状況ではない。こんな男でも位は自身より上なのだからまずは大王ネヴラディンに状況を詳しく報告して処断してもらわねば。
「わかった。後で後悔だけはせぬようにな?」
最後に咎める発言だけは残すもこの暗愚が今更態度を改めるとも考え難い。
「覚悟はしましたよ。貴方がこの地に現れた時てっきり粛清されるのかと。しかしそのような命令も受けておられず、むしろ本国からは剣を振るうなという通達が来ているともお聞きしています。我らよりご自身の心配をなされては?」
むしろ嫌味を返す余裕があるらしい。この男こそ自らの手で斬り伏せてやりたかったが確かにネヴラディンから剣を振るわぬよう言われている。

「私は大王様や国に後ろめたい事など何もない。」

こうして暗愚との話は終わったのだが居ても立ってもいられなくなったラカンは報告書をまとめると自らが飛んでネヴラディンの下へ届けに行った。

相変わらずネヴラディンの反応は素っ気ないが今回は命令違反を犯しているという明確な理由がある。だが国を揺るがしかねない事実を放置していては自身の能力が疑われかねない。
それを踏まえて『ナーグウェイ領』の荒廃ぶりを報告しに戻ったのだが果たしてどの程度伝わっただろうか?
「・・・今回の事は不問に処すが次は無いぞ?」
少し機嫌の悪そうな声で短くこちらに言いつけた後はすぐに退出を命じられたが不問に処すという言葉から推測するに自身の行動は間違っていなかったはずだ。
(恐らくこれで本国が動くはず・・・後は座して待つのみか。)
ネヴラディンとの付き合いは長い為これ以上怒らせるのは危険と察したラカンはその恩情に感謝しつつ再び『ナーグウェイ領』へ戻っていく。



だが大王は一向に行動を起こす事無く『ナーグウェイ領』は年が明けても廃退の一途を辿っていた。

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