闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -勝利の為に-

 現在『トリスト』ではショウとザラール両名が動かねばならぬ程の一大事が起きているという話は聞いていた。
故に『アデルハイド』付近に滞在していたカズキ率いる『剣撃士隊』も『ビ=ダータ』への援軍に駆り出されたのだ。
「イヴォーヌ!!貴様何度言えば分かるのだ?!敵は未だ16万の軍勢で進軍しているのだぞ?!真正面からぶつかった所で余計な犠牲者が出るだけだろう?!」
「何を言うコッファ!!我ら『トリスト』軍は一兵卒でも100人を斬り伏せる力があるのだ!!そこに『トリスト』の軍人という誇りがあれば面突破など容易いわ!!」
「馬鹿を抜かすなっ?!それはあくまで将軍がいてこそだろう?!ただでさえそれらを失って浮足立ってるというのに余計混乱を招くような真似をするな!!」
しかし拠点を3つ程抜かれて余儀なく後退したまでは理解出来るが将軍を失ったことでまさかここまで内部が乱れているとは夢にも思っていなかった。合流早々いらない場面を見せられたカズキは辟易しながらそれを眺めていると色んなものがわかってくる。

まず彼らは将軍の内の誰かが送られてくるだろうと考えていた事だ。いや、もしかすると王女や大将軍、心の何処かでは国王自らといった『トリスト』の象徴さえも姿を現してくれるのではと期待していたのかもしれない。
極小精鋭の理由の1つはやはり彼らのような破格の人物達の存在であり、それらが国を支え、民を支えていると実感出来ているからこそ限界を超えた強さを以って皆が戦いに望めている部分は確かにあるだろう。
だが蓋を開けてみると100にも満たない『剣撃士隊』、更に彼らは完全な地上部隊でありカズキの強さもさほど知れ渡っていない為副将軍4人の落胆は大きかった。そう考えると彼らに同情を禁じ得ない。

「お前達はイヴォーヌの軍へ加われ。」
まだ碌な挨拶も交わしていないのに問題の多そうな所へ配属を言い渡されるがカズキは反論も問答も出さずそれに従う。
そしてこの日の衝突でもまた敵の側面を突く戦い方が展開される。流石に『リングストン』軍も対応に慣れ始めたのか各地で苦戦が強いられていたが初めて投入された『剣撃士隊』の面々だけは皆が戦果を焦る事無くカズキの意向に合わせて動いていた。

「いいか。今日の戦では俺の範囲ギリギリで動いてみてくれ。付かず離れずってやつだ。」

開戦前、カズキは16万という敵を相手にどう動くべきかをわくわくしながら考えていたのだ。結論を出したのはこれまでの戦況と副将軍達の焦りを感じてからなのだがもう1つ、ある男から知恵を授かっていた。
それが『アデルハイド』将軍プレオスだ。彼はキシリングの片腕的存在でもあり、その手腕を高く評価されている。
この国は国民の事情から兵力が少ないのだがそれでも少数で堅牢を築き上げて来た。今回も防衛戦という意味で何か得られるものはないか?と相談した所いくつかの助言をもらったのだ。
「まず陣形ですね。形もそうですが兵科と練度を見極める。『リングストン』は元々専業兵士はいないのでその実力差は一目瞭然でしょう。」
「ふむ。つまり弱い所を突けばいいんだな?」
「その通り。大きな軍団は一度崩れるとほぼ立ち直せませんからね。あとは総大将を討つ。『トリスト』軍は空を飛べる精鋭が揃っているのですからこちらの方が確実でしょう。」
「う、うーん。」
この時自分はまだ飛べないとは言えず、立ち合い同様まずは弱点を突こうと考えて参戦したのだが『リングストン』の軍団もわりと士気旺盛で形になっている。
それと気になったのが矢だ。絶えず雨のように矢が降り注いでくるのでこちらも思う様に動けない。特に中央の櫓から放たれる矢はとんでもない威力と数なのだ。
ただ相手が大軍なだけあって距離が相当離れている為注意さえしておけばそれを受ける事は無いだろう。とにかく初日は敵の全容を掴むべく『剣撃士隊』は丁寧に立ち回っていた。





 「おいカズキ!!貴様の部隊が一番緩慢だったぞ?!」
退却した後イヴォーヌがこちらに詰め寄って来たがそれはそうだろう。何せ相手を斬り伏せるのではなくカズキの後詰めみたいに立ち回るよう命じていたのだから。
お蔭で誰一人欠ける事無く初日を終えたられたので部隊内では皆が静かに喜んでいたのだが全体で見ると一番戦果が低いと受け取られても仕方がない。
「移動の疲れがあったんだよ。今日一日たっぷり眠れば見違えるように働くから焦るなって。」
敬う対象をしっかりと見極めるカズキは身分をあまり気にしない為つい軽く受け答えしてしまったがそこに怒ったイヴォーヌが鉄拳を放ってきた。
流石に腕前だけは周囲から認められているだけあって油断も重なり危うく貰いそうになったが慌てて身を躱すと彼も怒りと共に拳を納める。
「ふん!期待してるからな?!」
短気そうだが実力は素直に認める性格らしい。それを知って安心したカズキは翌日敵の全容を更に深く知る為に慣れない策謀を使い始めた。



「な、何ぃ?!腹が痛いから戦場に出られないぃ?!」
イヴォーヌの怒声に他の副将軍達も目を丸くしてこちらを注目していたが当然これは虚言だ。
「す、すみません・・・何かこう・・・悪い物でも食べたのか重責に圧し潰されたのか・・・ほんと、すみません。」
苦悶の表情を浮かべながらおかしな言い訳をしているカズキを見て後方では副隊長のバルナクィヴが笑いを堪えている。
「隊長が申し訳ございません。本日は私バルナクィヴが責任を以って部隊を率いますので。」
それでも台詞を決める所では普段の真面目な表情に戻してしっかりと宣言する。これでカズキは一日自由を得られる訳だ。
「仕方あるまい。今日はゆっくり体を休めて明日以降その力を十全に振るってくれ。期待しているぞ。」
将軍代理のコッファによってこの場は恙なく話が進むとその日は砦から出兵する『剣撃士隊』を静かに見送った。

俗にいう仮病、サボりだろうか?これには当然理由がある。

まず敵陣の情報が欲しかったのだ。話によると『トリスト』軍は絶えず斥候兵を送っているらしく様々な情報が集まってはいるらしい。
コッファも有能な人物である為当然それら全てには目を通しているだろうがカズキはそれ以上のものを求めていたのだ。
「・・・この中央にある櫓。この上にいるのが総大将のコーサか。」
「はい。その下には参謀がいるようですが滅多に姿を現しません。噂ではその男が捕虜も扱っているようです。」
「ふむふむ・・・」
昨日戦った感じでは非常に真っ直ぐな陣形と戦い方をしていた。正に大軍を正しく運用するお手本みたいに感じたのはカズキだけではないだろう。
「・・・兵糧を燃やしにいった所をチュチュ将軍は討たれたってあるけど遺体は返してもらったのか?」
「いいえ。今の所捕虜を含めて身柄の交換は一切進んでおりません。」
「なるほどなぁ・・・」
ショウであればそこに大いなる疑問を立てるのだろうがカズキの思考がそこで立ち止まる事は無い。むしろここからが彼の本職なのだ。
腹痛の演技も忘れて空を飛べる斥候兵を1人連れて行くと早速担ぎ上げたまま上空へ移動してもらう。いつかは自分の力で飛びたいものだ、と決意を新たにしつつ戦場付近にやってくるとその動きをじっと凝視し始めた。
弱い部分はどこか。どういう方法で弱点を突けばいいか。その2つを頭に入れて10分ほど考え込んだ後再び砦へ戻ると早速筆を片手に雑紙を拡げてそれを殴り描く。

「やっぱり意識的に後方へ戦力を固めてるのは間違いないな。だから凌げてるのも間違いない、となると・・・」

「カズキ様。お薬をお持ちしました。」
今は『剣撃士隊』専属として働いているルクトゥールが恭しく登場した事で思い出したかのように腹痛の演技をするも傍にいた斥候兵達は顔を見合わせてバレている事を告げてくる。
「あ?やっぱばれてたか。いや~慣れない事はするもんじゃないな。」
「しかし実際疲れは溜まっているのでしょう。こちらは精を回復させる物となっております故、お飲みになっておいた方がよろしいかと。」
名医である彼からそう言われると断れない。カズキは鼻を摘まんでその顆粒を口に放り込んだ後水で一気に流し込んだのだが。
「まっず?!ちょっと!水お代わりもらえる?!」
彼曰く良薬は口に苦しという。というかもう聞き飽きた。仕方がないので毎回もだえ苦しみはするのだが名医ならもう少し患者に優しい薬を作って貰いたいものだ。

どーーん!!

そこに砦の門が殴られる音が届いたのでカズキは慌てて立ち上がるとそれを追い払うべく最低限の力で刀を振るうのだった。





 「わり。今日は『剣撃士隊』だけで動くわ。」
「なぁぁにぃぃいいいっ?!」
辛うじて落城を免れた翌日、カズキが不躾に提案するとイヴォーヌが驚愕とも怒号とも取れる声を上げた。だが彼の反応以上に他の副将軍達がその言動に不快感を露にする。
「カズキ。昨日の腹痛が原因なら余計にイヴォーヌの下で戦った方がいい。もし万全でないのなら下手な考えを口にせず今日も大人しく休んでいろ。」
将軍代理のコッファが少し棘のある口調で諫めてくるが昨日の時点で既に城門への突入を許しているのだ。同じ攻撃をしていては今日中にでも砦が落ちる事くらいは誰でも想像がつくだろう。
「うーん。だったらお言葉に甘えようかな。」
しかしカズキは相変わらず反論する事無く素直に従うと今日も仮病状態で情報の整理を・・・という訳にはいかない。

「イヴォーヌ。頼みがあるんだけど。」

軍が出陣する前に彼を呼び出すと先程提案した事を再度願い出る。
「何を考えてるのか知らんが貴様は『トリスト』軍の一員だぞ?!好き勝手するのも大概に・・・!!」
また喚き散らされる前にスラヴォフィルの著名がある任命証を見せつけた。そこにはいくつかの条件が書かれてあり、一番大事な部分を人差し指で刺しながらカズキは再び説明を始める。

「俺はスラヴォフィル様に『最精鋭の部隊を作れ』と命令されているんだ。その為にも今回の防衛戦は大いに利用させてもらう。手始めに今日奴らの半分を落とすつもりだ。」

専業兵士ではないとはいえ『リングストン』軍16万の内8万を落とすと豪語してきたのだからイヴォーヌも目を丸くして言葉を失った。
何よりそれに対してすぐ反論出来なかったのは証書とカズキから感じる確かな覚悟が彼の心を動かしたからだ。
「・・・お前が一刀斎様やカーチフ様のように立ち回るというのか?」
今まで怒声や大声の印象しかなかったイヴォーヌが静かに問いかけて来た事で今度はこちらが軽く驚いたが恐らくこの受け答えで今日の動き方が決まる。
「いいや。俺は未だ祖父や叔父のようにはなれないと思う。だが昨日、一昨日と触れて、調べてある程度の勝算は掴んだつもりだ。俺と『剣撃士隊』がいれば可能だと思っている。」
弱者であればここで虚勢を張り、自身がいかに優れているか、そして今日の戦いでどれほど大きな戦功を挙げられるか等を熱く語るかもしれない。
だが血筋や七光りでもなく、常に自分と向き合っているカズキは己の力量を見誤る事無くしっかりと言葉にして伝えると彼も見たことがない程落ち着き払って軽く目を伏せた。
「・・・お前らが死んでも100人の犠牲だけだしな。いいだろう。だが半端な戦果だと責任の追及は免れんぞ?」
「ああ。スラヴォフィル様のご期待に応えられるよう死ぬ気で立ち回るさ。」
彼も一瞬だがカズキに拳を放ち、その力量は何となく理解していたのだろう。そこにスラヴォフィル直々の証書を見せられるとこの少年がどれほど期待されているかがわかったのだ。

こうして二日間かけた作戦は水面下で遂に実行に移されるのだった。



といってもその内容は至って単純明快である。イヴォーヌとコッファの部隊が不意を狙った攻撃を継続している中、『剣撃士隊』が真正面から突撃するというだけのものだ。
まずは全員が出陣後、『剣撃士隊』だけがこっそり砦に戻ると城門裏で待機。その間にカズキはしなりの強い木々で作られた腰巻を充てると上から更に固定するかのようにさらしを巻く。
「いいか。俺の間合いは全方向に3間(約5,4m)程度はある・・・はずだ。だからお前らにはその周囲の掃討を任せる。正直余裕はないと思うから例え俺が深手を負っても近づかないでくれ。」
祖父に言われていた元服の歳はもう迎えている。だが未だ体が出来上がってない以上約束通り腰回りの補強も怠らない。何せ家宝の二振りはとにかく鈍重なのだ。
部隊ではなく単騎で挑むのであれば普通の刀を何本か用意して、後は戦場で武器を拾いながら戦う方が良いだろう。だが今の自分は『トリスト』所属であり『剣撃士隊』の隊長なのだ。
ならば隊として、長としての戦いをせねばならない。個を捨てるつもりはないがこれもまた修業なのだと考えれば俄然やる気も湧いてくる。
「カズキ様。イヴォーヌ様とコッファ様の部隊が攻撃を開始されました。」
斥候兵の一人からその報告を受けたカズキは静かに深呼吸をした後、城門を開けさせると部隊に短く檄を飛ばす。

「・・・行くぞっ!!!」

野山を駆けずり回って力を付けた部隊はカズキの地を這うような突撃にも負けないよう必死で前進すると100足らずの彼らは一瞬で『リングストン』軍団の真正面にたどり着いていた。





 刀の間合いとは違い、やや遠い距離から握っていた家宝の力を解放すると『リングストン』兵達は様々な意味で驚愕していた。
まず『トリスト』の部隊が最前線にやってくるとは思ってもみなかった点、そしてカズキが眩すぎる光を放って一瞬視界が奪われた点だ。

ずどどど・・・ん・・・

気が付けば10人規模の仲間が上下に分かれて周囲に落ちていくのだから唖然とするか頬をつねって夢か現かを確認する輩もいる程だった。
しかしカズキに彼らの心境を考える余裕はない。以前より『滝割れ』と『山崩し』の重量は感じなくなったが重い事に変わりはないのだ。
なので体幹がぶれないよう歩幅を広くとってしっかり腰を落としながら両腕でそれらをぶんぶんと振り回す。刀と違って小手先の技を使わずとも相手を屠れるのが最大の長所なのだから一心不乱にそれを実行し続けるだけだ。

ぶぅぅおおおん!!ぶぅぅぅぉぉぉ・・・ぉんっ!!!

一振りする度に強風のような音が鳴り響くと同時に人の形をした何かが中空に吹っ飛んでいく。昨日見た布陣を頭に描きながら前線の兵士達を駆逐すべく時計回りに走り続ける。
カズキが巨大な剣を振るう異様な光景とその殺傷能力に敵兵が慄き、慌てふためき、心をへし折っていたのは間違いない。それでも予想以上の戦果を得られたのは周囲でしっかりと掃討していた『剣撃士隊』達の力も大きいだろう。
もちろん最前線が瞬く間に崩壊し始めたのを敵の総大将が見落とすはずもなく、開戦早々矢の雨が降り注いでもきたがこの巨大な大剣はカズキの体を隠す事くらい造作もなくやってのける。といってもこの重鈍をわざわざ構え直していては動きにも体力にも優しくない。

かかかかかんっ!!

なので自らがその下に入り込むようにする。『滝割れ』を持つ右腕はほぼ固定した状態で切っ先を地面に置くと左手で握る『山崩し』の重量分だけを引っ張って移動すればよい。
こうする事で防御への消耗を必要以上に抑えると再び彼は敵を蹴散らす為に暴れ出すのだ。迎撃が挟まれつつも出来る限り急いで敵兵を捌いていく。でないとあの総大将に来られたら流石に刀に持ち替えて対処せねばならなくなるだろう。
それはカズキが望む形ではない。今は少しでも多くの『リングストン』兵を討ち取る事こそが最重要なのだ。何としてでも8万・・・いや、出来れば10万以上を屠りたい。何ならこの一戦で撃退してしまいたいと願うのは傲慢だろうか?



その願いが通じたのか。否、極小精鋭『トリスト』の軍勢であり副将軍の地位に就く彼らも気が付いたのだ。戦場に大きな変化が起こっている事に。
空を飛べるから当然といえば当然なのだがまず自分達に矢の雨が全く降って来なくなったのがきっかけだった。
イヴォーヌがカズキの存在を、最前線では人が木っ端のように舞っているのを捉えた瞬間こちらも足止めのような温い戦いから全力で攻撃に転じたのだ。
「反撃の手が緩んだぞっ!!!今こそが好機っ!!!!」
その後にコッファの部隊にも火が付いたようでこの日は開幕から30分も経たない内に『リングストン』軍が1/3を失っていた。
これに対し彼らがどう反撃に出るのか。当然一番兵力を蹴散らしているカズキの下へコーサが駆けつける。
「君君ぃっ?!何て事してくれるのー?!」
周囲には屍がそこかしこに散らばっている為馬に乗っている彼がカズキの近くに辿り着くには少々骨が折れるだろう。
そしてカズキも肩で息をしながら家宝を引っ込めると『剣撃士隊』に速やかな後退を命じた。普段の、個の彼なら強者の登場に胸を躍らせていた所だが今は軍を率いている。
「何って、俺は『トリスト』の部隊長だからな。その勤めを果たしたんだけど・・・何か文句あるか?」
総大将がこちらに来たのも大いに利用すべきだろう。他の二部隊が暴れられるよう引き付けて時間を稼ぐ。この辺りの駆け引きは個でも大いにやっていた事なので慣れたものだ。
「君みたいな猛者がいるなんて聞いてないよー?・・・見た所ヴァッツ様くらいの少年だよね?君ー誰?」
友人の名が出て来た事でここでもカズキの戦闘脳が働いた。ショウとは違い実戦的な悪知恵は彼ならではかもしれない。
「おー、俺はヴァッツと無二の親友、カズキ=ジークフリードってんだ。よろしくな!えーっと、あんたは?」
「俺はコーサ、この軍の総大将だよーってか、ヴァッツ様だけじゃなくて周りも強いとか『トリスト』ってどうなってんのー?」
「ははは。ま、精鋭主義だからな。んで、どうする?一騎打ちとかしとくか?」
お互いの声は張り上げないと届かないくらいには距離がある。そしてコーサという人物は弓の使い手だ。であれば話を立ち合いに持って行くのも決して悪手ではない。何故なら・・・
「んじゃちょーっとだけ試してみようかー。」
11間(約20m)ほどの距離、しかも相手は馬上から弓を構えると瞬く間にそれらを放ってきた。だがそこはカズキだ。疲れが見えていたものの間合いは十分離れているし刀を素早く抜くと身を躱しつつ何本かを叩き落した。
そしてコーサが次弾を次々と放ってくる。だがこれもカズキは躱して落とすだけだ。そう、時間を稼ぐ為だけに動いているのだ。
この攻防だけで相手の総大将が釘付けとなっており、他の2部隊は大いに暴れている事だろう。軍で戦うというのはこういう事なのだ。

じゃ~ん!!じゃ~ん!!じゃ~ん!!

「あ?!いっけね!俺戻らなきゃ!!カズキか・・・覚えておくからねー!」
最後までその意図に気が付かなかったのか、コーサは退却の銅鑼を聞くと慌てて弓を仕舞い、カズキに軽い捨て台詞を送った後慌てて引き返していった。





 その日の夜。カズキは戦後の会議で深く頭を下げていた。
「すまない。半分減らすって豪語したのに5万しか落とせなかった。」
想定ではもう少し動けると思っていたのだがやはり家宝の重みは普段使いの刀と大違いだったのもある。そしてコーサが思いの外早く登場した事も誤算だった。
逆に『剣撃士隊』の皆はよく働いてくれた。相変わらず死者は出ていないし彼らだけでも万に近い敵兵を落としていたのだ。
普通に考えればとんでもない戦果であり決して責められる言われはないかもしれない。だがここは軍隊であり軍紀が存在する。将軍代理であるコッファの命令を無視した事実は必ず裁かれなければならないのだ。
「なぁコッファ!!お前の軍は今日どれくらいの敵兵を沈めた?!」
そこに大声で割って入るイヴォーヌ。周囲が少し面食らった様子ではあったがコッファも素直に答えた。
「1万と5千くらいだ。」
「ふむ!!俺は2万強を落としたぞ?!であれば合計8万は軽く超えている!!今日の戦果を踏まえてカズキの行動は不問という事に・・・!!」
「そういう訳にはいくまい。我ら『トリスト』は誇りと軍紀で成り立っている。それはわかっているだろう?」
意外な事にイヴォーヌがこちらを庇おうとしてくれたらしい。だがそこは将軍代理の権限に負けてしまう。今までの彼なら大声と怒声で反論しそうなものだったが今日は随分大人しい。
「・・・ならば仕方ない。『剣撃士隊』を送ったのは俺だ。俺が全責任を取るからカズキ達は不問に処してやってくれ。」
「は?!お前な・・・!!」
まさかそこまで庇われるとは思わなかったので今夜はカズキの方が激高した。それにより周囲も目を丸くしていたが軍紀が覆る事はないだろう。
「・・・その話は戦が終わった後だな。未だ退けてはいないのだし、まずは明日に備えて・・・」

「いや、よくやったぞ。皆の者。」

そこに突如聞いた事のある声が姿を見せたので周囲も驚いた。見れば立派な甲冑を来た歴戦の猛将ワミールがゆっくりと歩いてくる。
「待たせたな。『ボラムス』を出るのに少し時間が掛かってしまった。ところで今日の活躍、私の耳にも届いているぞ。」
皆が一斉に席を立って敬礼していたのでカズキも慌ててそれに倣う。しかし以前出会った時と違い有事下での将軍というのは非常に力を感じる。
「『剣撃士隊』が真正面から突撃した事がきっかけで他の2部隊も大いに活躍出来た。だがカズキは将軍命令に背いたと・・・ふむ。」
ワミールが報告書を読み上げた事でカズキはより違反の重さを痛感する。そうなのだ。軍として戦う以上自分勝手な行いは許されない。彼もその意識は芽生えていたもののやり方がまだ拙かったらしい。
「ワミール様、これは自身の驕りから先走ってしまった私の悪行です。他の方々に責任は一切ございません。」
「なっ?!何を言う?!ワミール様っ!!『剣撃士隊』を送り出したのは私です!!!この責任は私が負います故!!!」
このぶさいくな大男の口を今すぐ黙らせたいと一瞬闘気を放ったが将軍自身は非常に静かな様子でこちらを眺めてくると軽く溜息をついた。

「・・・ではこうしよう。カズキが『剣撃士隊』を使って正面突破を計ったのは将軍である私の命令だった。それでこの話は終わりとする。」

意外な裁定に思わずぽかんと口を開けてしまったが後から聞いた話だとワミールとは本来そういう人物ではないらしい。
恐らくカズキと『剣撃士隊』がスラヴォフィルの虎の子である点や、大きな戦果を挙げた点、イヴォーヌが彼らしからぬ言動を見せた点などが考慮されたようだ。
「明日で全てを終わらせよう。今日は皆よく休むように。」
ともかくお咎めなしとなった事に少しの安堵を感じるがやはり自身が思っていた以上の戦果を挙げられなかった点だけは悔やまれる。
(明日・・・明日で必ず決着をつけてやる。)
中途半端な結果に終わった挽回を胸に刻みつつ、その後カズキはほんの少しだけ隊員らと祝い酒を酌み交わした後速やかに就寝した。





 翌朝、半数以上の兵力を失いつつも陣形を整え直して戦場に現れた『リングストン』軍を見てワミールはカズキを呼んだ。
「昨日は眠れたか?」
「はい。」
未だ空を飛ぶことができないカズキは相変わらず斥候兵に抱きかかえられて空に浮いていた。
地上を見た所怪我人以外に心が折れた兵士も多数いるらしくその陣容からは焦りが手に取るようにわかる。まず各部隊の距離が異常に狭いのだ。これは恐怖によって心身が委縮している表れだろう。
つまり剣や槍を振るう覚悟が出来ておらず、何か起これば皆が堰を切ったかのように逃走する。その一歩手前のようにカズキは感じた。それでも戦場に出てきているのは独裁国家が敷いてきた恐怖政治の賜物なのか。
「二振りの大剣は今日も健在か?」
「はい。『剣撃士隊』のお蔭で心置きなく振るえます。ただ・・・総大将コーサが現れた場合は刀で対峙したいと考えています。」
「ふむ・・・わかった。」
個の戦力は間違いなくカズキが頭二つは飛びぬけている。ワミールもそれを考慮して今日の戦に臨むのだろう。カズキも昨日の大言を完遂せねばと静かに気力を練り上げていたのだが2人が砦に戻ってから隊列と戦略が説明され始めると大いに驚いた。

「この防衛戦は今日で終止符を打つ。カズキは『剣撃士隊』と相手の裏に回って待機だ。」

ワミールという将軍が到着した事で戦略が変わるとは思っていたがまさか単体で、しかも伏兵のような扱いに回されるとは。だが今回指揮を執るのは正規の将軍でありこの布陣で倒せというのがショウやザラールの意向で間違いない。
であればカズキも口を挟む事は無い。それに自身の部隊だけを切り離して使うには理由があるはずだ。
「カズキ。敵には一癖あるフォビア=ボウという文官が参謀についている。機はお前に任せるので『剣撃士隊』を使って奴を討て。」
どこかで聞いた事のある名前に一瞬思考を走らせたがすぐに思い出せない。ただ将軍が戦況を左右するほどの任務を与えて来た事だけは雰囲気から察する。
「わかりました。」
会議が終わった後カズキは不気味な動きをしていた参謀の話を思い出した。なので砦を出る前に急いでその情報を洗い直した後、その容姿を『剣撃士隊』とも共有する。
昨日正面の軍勢を5万ほど屠った為どこの面から攻めても相手は委縮してまともに動けない可能性は大きい。かといって油断をするつもりもない。むしろ体中の筋肉痛と疲労を感じながらカズキは真逆の発想を走らせていた。
ワミール率いる本体が砦から出兵した後、その秘策・・・いや、蛮策とも言うべきものを内に秘めた『剣撃士隊』も静かに敵の背後へ動き出す。
その策が見事に当たったのは偶然に過ぎない。だがその潮流もまたワミールやカズキ、フォビア=ボウらの思惑から生み出されたものなのだ。

「いいか。俺が単騎で敵陣を突っ切って奴を討つ。皆は退路を確保しておいてくれ。」

速やかに裏に位置取ったカズキはこの日、隊員にそれだけ伝えると妙に軽く感じる刀を抜いた瞬間地面を蹴る。
夜襲とも違い開戦の合図が鳴るほんの少し前、そして昨日の恐怖を植え付けられたまま心身が委縮していた兵士達がカズキの行動に反応出来る筈もない。
敵陣の密度は今朝見た通り非常に高く、隙間を縫うには少し無理があった為カズキは軽く跳ぶとそのまま彼らの頭や肩を踏み抜いて駆け上っていく。
相手も誰かが斬り伏せられている訳ではないので呆気にとられる瞬間が続いていた。結果として人の頭上を這うかのように移動したカズキはあっという間に中央の大櫓まで辿り着くと重臣らしき人物を斬り伏せた瞬間、やっと開戦を知らせる銅鑼の音が鳴り響いた。





 今日は数多の敵兵を屠る必要はない。目標はただ1人、フォビア=ボウだけだ。思考を切り替えていたカズキは余計な刃を振るわずに目に留まる文官らを次々と斬り伏せていく。
だがその容姿を見るにどれもこれも件の人物ではないらしい。現在『リングストン』軍中央にある大櫓の真下まで来ていたのだがそれなりの側近や高官はいるものの未だ目的を達成出来ていなかったカズキは少しの焦りを感じ始めた。
と同時に斥候兵から奴は滅多に姿を現さないという情報を思い出す。
周囲には戦車としても使える重厚な馬車がいくつも走っており用心しているならばその中という可能性を失念していたのだ。
早速カズキは屍と化した文官らの衣装を手ごろな長さに切り裂くとと落ちている剣に巻き付ける。それから火を付けると各々に投げつけ始めた。全てを確認して回るには時間が足りない故の苦肉の策だったが陽動も兼ねているので結果的にはこれでよかったのだろう。
しかし周囲から悲鳴と共に飛び出てくる人物らをしっかり見極めていたが意外なほど文官はいなかった。当てがどんどん外れていって今度は気落ちし始めたが今は単騎で敵陣のど真ん中にいるのだ。
それを思い出させるかのように真上から矢が降り注いできたので慌てて身を翻す。そうだ、今は大櫓の真下にいるのだから気を緩めるなど以ての外だろう。

(・・・うん?今日は何か矢の勢いが弱いな?)

そういえば昨日は予想以上に早く登場した総大将のコーサが出てこない。というか大櫓の上にいるのであればもっと苛烈な攻撃が堕ちて来そうなものだがはて?
気になったカズキはわざと物陰から姿を見せて再び頭上の矢を誘ってみる。だが相変わらず彼の気配は感じられず、そのせいか降り注ぐ矢は小雨とも呼べない程弱弱しい。
(まさか・・・?)
理由はわからないが現在大櫓にはコーサがいないらしい。となると代わりの人物がいる可能性がある。
思い立ったカズキは刀を口に咥えると両手に棒手裏剣を握って大櫓の柱を一瞬で駆け上る。その間も矢は降って来たがまるで猿のように隣の柱へ飛び移る彼に当たる気配はなかった。
そして頂上に到達したカズキは持っていた棒手裏剣を無拍子で敵兵の眉間に投げつけるとまずは2人を無力化する。
ここは戦場で最も高い位置を確保出来ている為双方の戦況を知るには絶好の場所なのだ。なので必ず誰かがいる。そう踏んでいたのにカズキの目には多少腕のある兵士達が10人ほどしか映らなかった。

しゃんっしゃしゃんっ!!!

とりあえず考えるより先に刀を振るったカズキはその場にいた敵兵を全て斬り伏せた後、屍となった彼らを見分し直す。
(まじかよ・・・こんな大事な場所なのに碌な人間を配置してないなんてあるか?)
しかし何度見直してもせいぜい部隊長程度の人物くらいしか見当たらない。他は一般兵だとするとコーサは、フォビア=ボウは一体どこに行ったのだ?
不可解な連続で元々使わない頭が熱を帯びてきたがこの高さが功を奏したのか戦場とは思えぬ程の涼しい風が彼の体を包み込む。
それにより感情と気持ちに冷静さが降りてくるとまずはその利を活かして戦場を眺めてみた。
すると最前線側に昨日まで存在していなかった小さな櫓を発見できた。ただ防備を固めているらしくその中の人物は判別が出来ない。
それでも1つは謎が解けた。恐らくあそこにはコーサがいるのだろう。昨日カズキが散々敵兵を木っ端のように蹴散らしたから今日は自らが先陣を切っているのだ。
であれば本命はより安全な場所にいるに違いない。カズキはそのまま最前線の櫓を注視して周囲にフォビア=ボウを探してみるも側近らしき姿すら見つからない。
(おいおい。あいつ単騎で出張ってるのか?よくやるよ・・・)
本来総大将というのは絶対に討たれてはならない存在の為周囲には必ず近衛と呼ばれる側近を従えておくものだが考えてみるとコーサ自身が相当な猛者だ。
であればカズキ同様、余計な取り巻きを必要としないのだろう。というかカズキ自身が隊長という身分でありながら副隊長であるバルナクィヴとの距離も相当離れている。
もし近くにショウやクレイスが居れば『人の振り見て我が振り直せ』と苦言を呈してきたかもしれないが今のカズキはただただ自身の事を棚に上げて呆れかえるのみだ。

かかかっ!!!

いよいよ中央に奇襲が入ったのだと認知され始めると大櫓目掛けて矢が放たれてくる。
ただカズキの方も十分状況整理が出来た。もはやここに用はない。先陣にはワミールが控えているので決して引けは取らないだろうし自分も速やかに任務を実行せねば。
次の目的地を定め終えたカズキは未だ無事な馬車を確認するとそこに目掛けて飛び降りる。そして落下途中に家宝を顕現させるとそれを竹とんぼのように回転させながら着地する。当然その刃に当たった兵士達は粉微塵となり目ぼしい馬車を全て粉砕して回ると家宝は再び収束させた。
昨日に引き続き局地的な大戦果を修めつつ最終確認を終えたカズキは『剣撃士隊』が開いてくれた退路を突っ切るとそのまま部隊と合流する。
「ここじゃないらしい。後方の兵站に行くぞ。」
正に嵐と呼ぶに相応しい活躍を見せた彼に周囲が様々な感情を向けつつも、それを止める事など出来ないと悟った『リングストン』兵達はただただ茫然と立ち尽くすだけだった。





 ところがこちらにも目的の人物はおらず、かわりに別の収穫があった。
「チュチュ様!!ご、ご無事でしたか!!」
兵站を遠慮なく壊滅させるよう動いたのが功を奏したらしい。第一発見者のバルナクィヴが喜びの声を上げた事で他の面々も大いに盛り上がっていたがカズキの感情だけは悲喜交々だ。
四肢にかなりの傷を負っていた為自分で動く事が難しい女将軍は猿ぐつわに裸という格好で放置されていたがそれでも気力は十分残っている。
「あたしの事はいい!!早く本陣と、そして『リングストン』に送られた兵士らを連れ戻してやってくれ!!」
開口一番で訴えかけて来たのでカズキがその内容を詳しく尋ねると他に生き残っていた3人の捕虜が魔術解明の実験材料として『リングストン』本国へ護送された事、今日の戦ではフォビア=ボウが先陣を切っている事を教えてもらう。
「どうりでいないわけだ・・・」
既に開戦からかなりの日数が経っている為連行された仲間は上に報告後、空を飛べる部隊に任せるべきだろう。後は自身の責務を全うすべくチュチュを連れて本陣に戻る事を伝えるが。
「恐らくフォビア=ボウは今日の戦でまた毒を使うつもりだ!お前らはさっさと戻って報告しろ!!」
「毒?」
将軍のわりに随分落ち着きがないなぁと感じていたがどうも彼女自身がその毒によって不覚を取ったらしい。
「んじゃその話を詳しく教えてくれ。」
カズキはそう言って刀を抜いて内幕を適当に切り出すとそれを彼女の肩にかける。そこからお姫様のように抱きかかえると『剣撃士隊』にも撤退命令を出して一気に走り出した。
しかし癖のある文官だという話は聞いていたがまさか毒を使う上に先陣を切っているとは。奴はカズキの想像を超える実に面白い人物のようだ。
今まで自身も勝つ為なら手段を選ばずに何でも使ってきた。ただ毒だけは知識が必要なのと強さの種類が違うので自ら扱おうとは思わなかったのだ。
思い返せば『七神』ガハバも行使していたらしいがカズキがそれを受ける事は無くあの戦いは幕を閉じていた。最近だと『暗闇夜天乃』トウケンがヴァッツに一服盛っていたのは記憶に新しい。
(・・・毒ってどんな感じなんだろ?今度聞いておこう。)
そんな事をぼんやりと考えているといつの間にか戦場まであと10分といった場所まで戻ってきていた。

「・・・おい。その毒ってのを教えてくれよ。もう到着しちまうだろ。」
「え?あ、ああ!そうだったな!あたしが食らったのは意識と体の自由を失うものだった。夜襲で兵糧を攻めたんだがその中に仕込まれていたらしい。」
慌てた様子のチュチュが教えてくれるには燃やした事で夜の空へと拡散してしまったようだ。ちなみに夜も更けていた為臭いも煙の違和感もわからなかったという。
「まぁ火を放っていたんなら仕方ないよな。しかし、そうか・・・毒ってのは厄介そうだな。」
「ああ。だからアルヴィーヌ様、いや、ここはヴァッツ様の御力で何とかしてもらったほうがいい!」
友人の名が出て来たので自身もそうすべきかと考えたが何でもかんでも彼に頼るのは軍として、強さを求める姿勢としては如何なものかと思う。
「んー、そうだな。どうしても対処出来ない時はそうするよ。」
「お、おい?!あたしは運よく捕虜で済んだがもし即死するほど強力なものであればこちらが全滅しかねんのだぞ?!余計な事は考えずに撤退するんだ!!」
カズキの良からぬ企みを見抜いたチュチュが将軍らしく命令してきたがカズキが今敬う人物は他にいる。
「はいはいわかったわかった。まずはワミール様に聞いてみようぜ。俺も1つ試してみたい事があるから。」
「き、貴様ぁ!!全然わかってないではないか?!退却しろっつってんだろ?!」
何となく口の悪さからリリーを思い出すが彼女はこれよりも器量が良く声も美しい。どちらかというとバラビアに近いのかもしれないな、と余計な事を考えていると人を抱えて走っていたにも関わらずカズキが一番最初に本陣へ戻ってくる。



だが戦場は既にフォビア=ボウの支配下に置かれていたようで、こちらの部隊は半壊状態にまで追い込まれていた。





 「ほら見ろ!!今からでも遅くはない!!全軍撤退だ!!!」
抱きかかえられたまま登場した将軍チュチュに辛うじて動く事が出来た面々が驚いていたが今はそれどころではない。
『リングストン』軍の最前線は既に何千、いや、何万だろうか?兵士達が倒れて動かなくなっている。そこに交じって『トリスト』の兵士達もあちこちに見えていた。
そして若干だが鼻を刺激する臭いを感じたのは決して錯覚ではないだろう。恐らくこれが毒を散布された結果なのだ。
しかしカズキが気になったのは敵陣の少し奥にある小さな櫓。その上に間違いなく文官であろう姿と見聞きした情報通りの人物がこちらに向かって不敵な笑みを浮かべている。
「・・・あれがフォビア=ボウか。」
特に顔や口元を隠す素振りも見せていなかったので遠目ながらじっくり観察しているとワミールも姿を現した。
「カズキか。良く戻った。しかし戦況は最悪だ。まさか先陣に奴がいたとは・・・む、チュチュ。お前生きていたのか。」
抱きかかえられた姿を見て驚きはしていたが彼も毒気に中てられたらしく眼力は衰え、立っているのもやっとといった状態らしい。
「ワミール様!!今は速やかに撤退を!!奴の毒術は我らが想像しているよりも強力です!!」
「待て。ワミール様、俺の任務がまだ終えていません。今から奴の首を獲ってきます。」
「カズキっ?!お前なぁ!!!」
すぐ胸元に彼女がいる為大きすぎるその怒声が耳に突き刺さってうんざりしていたが放り出す訳にもいかず顔を顰めているとワミールは軽い笑みを浮かべて決断を下す。
「・・・勝機は見えているか?」
「はい。」
勝機と言えるほどのものはない。ただ試したい事があるのでそれを悟られないように即答しただけだ。だがそれで良いのだ。その自信たっぷりの言動が将軍の心を動かすのだから。
「・・・よかろう。しかし再び毒での攻撃を展開されると助けに行ける余力は残っていない。それでもいくか?」
「はい。」
「・・・わかった。頼んだぞ。」
了承を得たカズキは静かにチュチュを降ろすとやっとたどり着いた『剣撃士隊』に軽く檄を飛ばす。
「おいおい遅いぞ!!んじゃ今から本命を討つ!!!作戦は昨日と同じだが・・・相手は相当な曲者だ。俺が行って獲ってくるから全員周囲の警戒を怠るな!!」
こうしてカズキは本日二度目の両軍衝突を実行すべく戦場へ足を踏み入れた。



「おや、やっと現れたね。昨日の小さな英雄さん。」

声色にそれほど恐怖を感じないのは武力的な強さを持ち合わせていないからだろう。しかもフォビア=ボウもこちらの首を狙っているらしい。
「わりぃわりぃ。あんたを探し回ってたんだけど全然見つかんなくてさ。やっと見つけられてよかったよ。」
考えてみれば当然だろう。何せ昨日の大勝利はカズキの持つ二振りによる戦果が呼び水となったのだ。敵陣からすれば脅威でしかない。
そして昨日に引き続き周囲は屍だらけなので2人の距離は相当ある。故に声を張り上げて会話をしていたのだがカズキとしてはさっさと動いて欲しかった。
でないとこちらも反撃に出られない。道中に聞いたチュチュの話では兵糧に火を放った時一緒に毒気も散布されたという。であれば今回も何かしらきっかけがあるはずだ。それをこちらにまき散らす為の僅かな動きが。
「カズキ=ジークフリードという名らしいね。つまり君は『剣鬼』一刀斎様の血縁関係なのかな?」
「ああ。一刀斎は俺の祖父だ。」
「なるほど。いや~流石は『トリスト』、軍事の層は分厚いね。」
くだらない会話をいくつか交わしていると『リングストン』軍が少しずつ前進してくる。ただ足元の屍が邪魔で中々前には進めていない。
そして彼らは武器を手にしてはいるもののそれで戦おうという気概は一切感じられなかった。そもそも地面に散らばっている死体から戦ったような形跡はほぼ見られない。

(・・・まさか?)

生粋の軍人であればこの発想には至らなかっただろう。だが肉を切らせて骨を断つ事を知るカズキはすぐに察した。
あのフォビア=ボウという男は自軍の兵士達に件の毒を持たせているのでは?と。そして自身を犠牲にさせてまでそれを散布しろと命じているのだろうか?と。
その予感は敵兵の顔がしっかり見て取れる距離になればなるほど確信へと近づいて行った。間違いない。何故ワミールがわざわざ奴を名指しして討てと言っていたのか。その理由もここに集約されているのだ。
「あー。その、何だ。また毒でも使うつもりか?」
すっとぼけた様子で尋ねるカズキにフォビア=ボウが一瞬驚いたがすぐに薄ら笑いを浮かべ直す。
「何だ。もうばれたのか。うん。君も『トリスト』も危険だからね。勿体ないけどここで散って貰うよ?」
分かりやすく鎌をかけた理由は2つ。1つはフォビア=ボウの反応を見たかった。そしてもう1つは最終確認の意味合いだ。
つまり奴は今まさに毒気をまき散らそうとしている。しかも自軍の兵士を犠牲にしてまで。
だがあらゆる手段で勝利を得るという信念は根底のままに、かといって仲間を犠牲にするという思考には至らなかったカズキが彼らの動きをじっくりと観察し続ける中、その手元に僅かな動きを確認すると一気に家宝を顕現させた。





 相変わらず眩い光を放つので敵の前線は皆が目を背けて足を止める。
「いいぜ。そのふざけた奸計と俺の力、どっちが強いか受けて立ってやる。」
一瞬で両手に握られた大剣二振りを横一文字の型で構えるとカズキはまず右手の『山崩し』を思いっきり全面に振り切る。その時刃を直角に立てていたのだから誰の耳にも聞こえる程の風鳴音が鳴り響いた。

ぶううううぉぉおおおおおんんっ!!!!

切っ先が多少の敵兵を引っかけたものの巻き上げられた大風はまるで団扇のように風を作り出して毒気ごと押し返す。更に返す時は左手の『滝割れ』も一緒に振り切ったのでその風量は凄まじい。
大地に転がっている屍と一緒に毒を手にした兵士達をどんどんと吹っ飛ばしていくのだから昨日と同様彼らの士気は尽く削り取られていく。
念の為と後方に待機している『剣撃士隊』の連中も大きめののぼりで風を作ってはいたのもより効果的だったらしい。
結果としてフォビア=ボウの撒いた毒気は全て『リングストン』軍に押し戻され、またも壊滅状態へと堕ちったのだ。だが1つだけカズキは失策してしまった。
それはフォビア=ボウの立っていた小さな櫓をも破壊してしまった事だ。そのせいで彼も風に飛ばされて人混みの中へと落ちてしまったのだ。

「ありゃ?!やり過ぎたか?!」

思わず声が漏れてしまう程焦ったが後ろからバルナクィヴが「奴も毒気に中てられて丁度良いのでは?」と助言してくれたので一応は落ち着く。
兎にも角にもこれで『リングストン』は秘策を潰された形になる。流石にここから毒を使えるような状況にはならない・・・と思うのは浅慮に他ならないだろう。
敵陣が生死の分からない兵士達で小さい丘のようになっていたがカズキは決して二振りから手を離そうとしないし『剣撃士隊』にも指示を出さずに正面を見据えていた。
残心とは個と個の戦いだけではない。何なら戦いの場だけではなく、全ての状況に置いて必要な心構えなのだ。

(・・・そういえばあいつはどうやって毒から身を守っているんだ?)

警戒しつつ兵士の山々からフォビア=ボウの姿を探そうと視線を走らせていたがふと疑問が過った。そうなのだ。彼は毒を持つ兵士達の真ん中にいた。
特に口元を隠してもいなかったし変わった点があるとすれば櫓にたっていた事があげられるが、もし高所に毒が届かないのであればチュチュ達が犯される道理が無い。
理由は皆目見当がつかないので訳が分からないまま目的の人物のみに思考を集中していると奥の方がもそりと動き出す。そしてゆっくりとフォビア=ボウが立ち上がるのを確認した。

「驚いたな。あんた毒が効かないのか?」

立ち位置を変える事無くカズキが大声で尋ねると彼は衣服を軽く払ってがっかりとした表情を浮かべながら声を上げた。
「ああ。私には効かないよ。しかしまいったね・・・『剣鬼』の血を侮り過ぎてたようだ。」
だとしたら直接討ち取るしかない。カズキは即座に判断すると二振りを首飾りに戻して腰の後ろに手を回す。
相手に悟られぬよう小ぶりな弓しか用意出来なかったのだが距離に問題はなく周囲に奴を護ろうとする兵士は存在しない。
あとは無言でその矢を放つ。それは間違いなくフォビア=ボウの眉間に突き刺さる。はずだった。

がきんっ!!!

ところがまるで剣と剣がぶつかり合ったような音と激しい火花が散るとカズキの矢は勢いよく打ち落とされる。その正体はすぐにわかったがカズキにはまだ矢が残っているのだ。
か細い可能性だったが続けて幾度か放つもそれらは全て打ち落とされるのでため息を付くとようやく諦めた。それから兵士の山々を踏み越えてやってきたのはやはりコーサだ。
というか彼の姿をみて違和感を覚える。それは口元を布で覆っている点ではない。少なくとも彼が率いていた時は真っ当な、真正面から数で押し切る王道の兵法だった。なのに何故今日はこんな卑劣な搦め手を使ってきたのだろう?そこまでしてカズキを討ちたかったのだろうか?

ばきっ!!

するとコーサがこちらに攻撃を仕掛けるでもなくまず最初にフォビア=ボウを殴りつけたのだから何となく察しは付いた。
「貴様ぁぁぁ?俺がこういうのを嫌うってわかってただろぅぅ?」
軽く吹っ飛んだフォビア=ボウの襟首を鷲掴みして無理矢理立たせると凄い剣幕で怒り出す。それはそうだろう。どうやら今日の指揮は『リングストン』側でも想定外だったらしい。
「ホ、ホーファどの・・・い、いふぁはへきほはへへふよ・・・」
「カズキー!!今日の戦いは済まなかったー!!君とはまた正々堂々と勝負したいなー!!」
最後だけはこちらに手を振って明るく答えるも彼はフォビア=ボウを粗雑に抱えるとそのまま自陣へ逃げるように去っていく。それからすぐに『リングストン』軍が撤退を開始した事でやっとこの防衛戦も幕を閉じたのだった。





 一応の役目は果たせたが『トリスト』の代償も決して安い物ではなかった。
まずその犠牲者。最終決戦で使われた毒気はチュチュの夜襲時のものと違ってしっかり相手を殺す作用のものだったのだ。
故に『リングストン』兵はもちろん、こちらも多大な犠牲が出てしまっていた。
「正直に申し上げますと、毒というのはその原因となる現物を見ない事には正確な対処は出来ないのです。」
ルクトゥールが申し訳なさそうな表情で告げるのでチュチュも慌てて立ち上がると残存兵力で敵陣の屍を漁り始めた。そこで多数発見されたのは小さな布袋と棒切れだ。
藁にも縋る気持ちでそれを持ち帰り再びルクトゥールに見せるがどちらからも加工された物質しか出てこなかった為詳しい内容はわからずじまいだった。
「尽力して頂いているだけで十分だ。ルクトゥール殿、感謝する。」
あの戦いで絶命は免れたものの毒気により体調を崩していたワミールが深く頭を下げていたがその症状はカズキからみても芳しくない。チュチュも自身が捕まった自責の念に苛まれている様子だ。
なのに彼は床から立ち上がって『ボラムス』へ帰ろうとするので皆が慌てて止めに入る。
「しかしあの国は小さく弱い。ヴァッツ様が作られた国境線があるとはいえ誰かが護らねば・・・」
「ワミール様!本国からも御体を休めるよう命令が届いているのです!!『ボラムス』はあたしが護りますのでどうか今は安静になさって下さい!!」
といっても彼女も四肢に相当な傷を負っている為自らが指揮を執って戦場を駆け回るのは難しい。
「・・・わかった。それじゃ俺が行くよ。ガゼルとは顔なじみだしあいつも俺なら気兼ねしないだろ。」
「お前は今回勲功第一位の働きを見せたのだ。お前こそ今は心身を休めるべきである。」
こうして3人の意見は堂々巡りを見せ、副将軍であるイヴォーヌらは自身の身分を弁えている為ただ見守るのみだ。
もちろん自分が立場として一番下なのは承知している。だが例え上官であろうとも苦しんでいる仲間を放ってはおけないのだ。
「んじゃこうしよう。俺がヴァッツに頼むよ。あいつガゼルが大好きだからな。喜んで護ってくれるさ。」

「カズキよ。あのお方は王族であり大将軍でもあらせられるのだ。国が関わる任務に私的な感情を優先させては軍として成り立たん。」

再びワミールが諫めて来るが先程と違って随分と気概を感じられる。病で辛い体なのを考えると恐らくとても大切な事なのだろう。
だったらこちらもそれに応えようじゃないか。カズキもさっきまでとは違い、まるでスラヴォフィルと対面しているような雰囲気を作り出すとまずは居住まいを正す。

「でしたらまず本国に要請しましょう。ワミール様の症状と心境を詳しく説明すれば国王様や宰相様が必ず即座に対応して下さいます。」

その豹変ぶりにはルクトゥールが一番感極まったらしく大粒の涙を浮かべている。そしてワミールやチュチュも至極真っ当な提言にただ頷くのみだった。







多少の版図を切り取る事には成功したものの20万の軍勢はほぼ壊滅。だがそれ以上にフォビア=ボウの勝手な振る舞いが許せなかった。
8万の犠牲を出したあの日の夜、コーサはその正体がカズキ=ジークフリードという少年だった事を彼に報告していた。
「カズキ=ジークフリード・・・ふむ。もしかしなくてもその少年は・・・」
「うーん。多分『剣鬼』の関係者だろうねー。」
その仰々しい家名から2人はすぐにその正体を察するもそこからの対応が真逆だったのがいけなかった。
コーサは明日からの戦が楽しみでわくわくしていただけだがフォビア=ボウは何としてもその危険分子を排除しようと企てる。
結果として彼は酒に睡眠薬を仕込んでコーサを深い眠りへと誘い、翌日は自身の持つ最も強い毒気を使って『トリスト』軍を壊滅しようと目論んだのだ。

「お前は絶対に許さないからなー。帰ったら大王様に全部言いつけてやるー。」
「はい。全ての罪を甘んじて受けます。」
多少の手加減はあったものの猛者の拳を受けてフォビア=ボウの顔は原型を留めていない程腫れあがっていたがそれでもコーサの気分は最悪だった。
そもそも相手を退ける為とはいえ何故自軍に犠牲を払ってまで毒などという卑劣な手段に走るのか。
相手がいくら精鋭だろうが同じ人間であれば必ず疲労や、そこからくる油断、隙が生じるものだ。それを物量で圧倒して踏み潰す。それこそが『リングストン』の王道だろうに。

「・・・まぁ相手がヴァッツ様ならねー・・・何をしてもいいかもしれないけどねー・・・」

唯一手段を選ばず相対せねばならないのは恐らく彼だけのはずだ。もし彼と敵対し、矛を交える事になればコーサもあらゆる手段をとるかもしれない。
「やれやれ、コーサ様はわかっていませんね。ヴァッツ様がお相手ならば全力でこちらに引き込むよう立ち回るべきです。」
ふと呟いた内容に全力で答えてくる様子を見るにフォビア=ボウはまだまだ元気らしい。この減らず口を聞けなくするようもう何発か殴ってもよかったが恐らくこの男は碌な死に方をするまい。
であれば自身の拳を余計な返り血で染めるのは止めておこう。帰国すればかなりの罪状は免れないのだから。

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