闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -陰謀の良し悪し-


 『トリスト』の兵士は選別された上に過酷な訓練をこなしてきている。故に将軍がいなくともその下がきちんと対応出来るよう規律も存在していた。
「・・・ま、まさかマッシヴ様が討たれるとは・・・」
「チュチュ様も未だお戻りになられていない・・・どうする?」
「どうもこうもない!!我々は『ビ=ダータ』を護るべく命を受けてこの場にいるのだ!!であればまずは副将軍から将軍代理を選出!!次いで目の前の敵を撃破する!!これしかなかろう!!」
将軍らの下には2人ずつ、500人を任せられる副将軍が就いている。その中で最も強者であるイヴォーヌが意気消沈していた面々に檄を飛ばすが敵はまだ17万も残っているのだ。
更に相手は刺客を送ってくる上に、夜襲に出向いたチュチュを討ち取れる程の人物か策が存在する。これらを前に士気が上がる訳が無く、本国への要請はしたものの援軍がいつ現れるかはわからない。
兎にも角にも『リングストン』は今日も戦を展開してくるはずだ。何としてもここで食い止めなければ『ビ=ダータ』が堕ちてしまう。それだけは阻止せねばならない。
それなのにイヴォーヌの意見に賛同の声が上がらないのには理由があった。

それは彼の性格に難があるからだ。『トリスト』の軍人としては利己的過ぎて、それでいて短絡的。そんな男が急遽同格から選出された将軍代理の意向を素直に飲み込むだろうか。

腕は確かだ。個としての力は同僚以下、国王や宰相からも認められており武力の乏しいマッシヴを補佐すべく配下として付けられていたのを皆も知っている。
「ではこうしよう。この4人の内自分以外の誰かを選ぶ。そしてもっとも票を集めた者に将軍代理として立ち回って貰うというのはどうだ?」
時間が無い為仕方なく次期将軍候補として最も有力であろうコッファが提案すると他の2人も頷いた。唯一イヴォーヌだけが少し渋い顔をしたがこればかりは仕方ない。
すぐさま将軍代理が決まると早速軍を再編成させて戦場へ赴く。同時に斥候達にも細心の注意を払うようしっかりと厳命して敵陣に放った。



コッファはチュチュやマッシヴの路線を引き継ぐべく足止めの戦を展開しようと目論んだがどういった訳か『リングストン』軍は昨日までとは打って変わって全軍が相当な速度で前進し始める。
こうなってくると初日のやり直しになる。まずは後方から不意を突いて何としてでも意識を逸らさねばならない。ところがその偏った思考は正にフォビア=ボウの思惑通りだったのだ。
前、中軍に新兵や輸送兵が、側面と後方にはすぐに対応出来る精鋭が配置されていたのに気が付いたのは戦端が開かれてすぐのことだった。
明らかに対応力が上がっていたのと矢の数が以前と比べ物にならない程落ちてくる。しかも乱戦状態なのにだ。敵味方関係なく攻撃してくるこの采配は本当にコーサのものだろうか?
疑問に感じつつも決定打に欠けたこの日は完全に打つ手が無くなり『トリスト』軍は南へ退却、前回ヴァッツが護り切った城はいともたやすく落とされてしまうのだった。



『トリスト』もこれまで全戦全勝だった訳ではない。クンシェオルトを相手にした時は完敗していたし他にも痛み分けだった戦がいくつもある。
それでも負けてはいけない戦いというものがあった。今回は特にそれだ。
「まさか虎の子の『トリスト』軍が負けるとは・・・さて、我らはここでどっしりと構えていて大丈夫なのでしょうか?」
「全く問題ない。」
議会の途中に入ってきた急報を受けて大実業家らの息が掛かった臣下がわざわざ尋ねてきたのをガビアムは一蹴する。
戦の勝敗は兵家の常という。ましてや相手は侵攻してきている軍団なのだからその局地局地の勝ち負けで一喜一憂していたら仕事が滞ってしまうだろう。
そもそも彼らは忘れたのだろうか?『トリスト』が後ろ盾にいるという事は、あのヴァッツが国を護ってくれるのだという事実を。大地を持ち上げるような人物がいる以上、敵が何人で攻めてこようが関係ない。

「それより最近・・・いや、今秋の収穫量についてどうなっている?前年比より二割以上は見込めるという話があったはずだが?」

一瞬口を滑らしそうになったのをガビアムは誤魔化した。そう、最近大実業家の1人が資産を失ったみたいな話を思い出したのが良くなかった。
そのせいで彼らの関係にも亀裂が入っているらしいがこの件はまた秘密裏に調査すべきだろう。今は外敵の事より内慮を優先させるべきなのだ。
こうして王城では定例会議が行われた後、資本主義への道を邁進すべく様々な政策を敷いては細かな軌道修正を入れつつ大国への道を模索していくのだった。





 ガゼルの命令によりロークスで練兵及び募兵を行っていたワミールは彼らの能力に舌を巻いていた。何故なら何度か攻め込んできた『ジグラト』兵をほぼ無傷で撃退してしまうからだ。
もちろん初戦は流石に動きがぎこちなかった。弓を放つのも剣を振るうのも一杯一杯、それでも皆が一丸となり撃退に成功している。
だが以降の防衛戦は目を見張る成長ぶりで、その活躍からこのまま『トリスト』の正規兵として雇い入れてもいいとさえ思えてくる。更に都市長のナジュナメジナがより高品質の武具を大量に仕入れて来たのだから開いた口が塞がらない。
「ワミール様、ガゼル様に必要な分を送って差し上げて下さい。」
聞くところによると同じ大実業家の友人から破格の値段で譲って貰えたらしい。
「・・・ありがたく頂戴致します。」
しかし彼には気を付ける様にとガゼルやファイケルヴィに注意されていた為この施しを素直に受けていいものか悩んでいた。

それから間もなくして『ビ=ダータ』の防衛戦に参加していた軍が瓦解した為、急遽自身が援軍として参加するよう要請が届いた事で彼はナジュナメジナから献上された武具を持って一時帰国する事になる。



『ボラムス』に戻ったワミールは手土産の武具を倉庫へ送るよう指示を出すとまずはガゼルとファイケルヴィに顔を出した。
「よう!防衛ご苦労さん!!流石ワミールだな。戦果は耳に届いてるぜ?」
相変わらず身分の意味がわかっていない傀儡王が気さくに声をかけてくるが久しぶりの再会だった為ワミールも軽い笑みを浮かべつつ頭を下げて答える。
「いえ、彼らが訓練以上の力を発揮出来た故の戦果です。あの調子なら私がいなくとも十分防衛出来るでしょう。」
まるで我が家に帰ってきたような安心感に気を緩めてしまうが自身の仕事はこれからなのだ。聞くところによると『トリスト』でも有能な将軍チュチュとマッシヴが討たれたという。
ならばあまりのんびりしていられないだろう。早速補給を整えた後東へ向かう旨を伝えるが今回は何故かファイケルヴィまでもがこちらに体を休めるよう進言してきた。
「し、しかし我が『トリスト』軍は将軍がいてこそ真価を発揮するのです。戦況が芳しくないのであればのんびりしている暇は・・・」
「これはザラール様からのご命令なのです。現在カズキ様及び『剣撃士隊』を送って凌いでいるそうなのでワミール殿には十分体を休めた後にその力を思う存分発揮されるようとの事です。」
カズキの名を聞いてほんの少しだけ安心はしたものの彼の強さは個に過ぎないというのがワミールの評価だ。残った『トリスト』軍を下手に死なせてなければいいが・・・
余計に心労が重なって休む所ではなくなっていたがガゼルの計らいで凱旋の宴が開かれるというのでここは一旦その気苦労を引っ込めた。

「ワミールさん、おかえりっす!」

とりあえず軽装に着替えたワミールが祝宴の会場に姿を現すと若き青年が元気よく声を掛けて来てくれる。
彼も分け隔てなく他人と接するのでその点ではガゼルに似てるなと感じつつ軽い世間話に花を咲かせよう・・・と思ったのだがふと思い出した。
「シーヴァル。あの女とはうまくやっているのか?」
最初ファイケルヴィと反対したのが懐かしい。最終的にはガゼルの計らいで関係を持つ事を許されたものの以降の話は全く耳に入ってきていない。
「え?!えっと・・・そっすね。牢屋から出るつもりはないって言ってるんで今は俺が通ってます。」
それを聞いて思わず吹き出しそうになった。女を落とす為に牢屋に通うなんてよほど惚れ込んでいるようだ。
「そうか。しかしあそこは日当たりも良くないからな。出来るだけ早く自室に連れて行ってやれ。」
余計なお世話だったかもしれないが『剣豪』カーチフの忘れ形見でもある彼をワミール自身も高く評価していたし何より大切にしてやりたかった。
あれほどの猛者ですら散っていくのだからシーヴァルには長く生きて幸せを掴んで欲しい。ガゼルが許可しているのであれば早々に子を設けて家族を作ってしまえばいい。
「何か足りない物があれば王にでも私にでも言ってくれ。出来るだけの協力はするからな。」
「は、はいっす!何か今日のワミールさん、めっちゃ優しいっすね?何かありました?」
何かあったか・・・と聞かれれば戦友で同僚のチュチュやマッシヴが討たれた事が考えられる。だが今までも戦友は沢山亡くなってきたのだからそれが理由なのかと自問自答してしまった。
「そうだな・・・うむ。この場所のせいかもしれんな。」

かつて遠い憧れだった『孤高』の1人スラヴォフィル。

そんな彼が建てた国に住める権利と同時に、共に戦える喜びを得たのがもう10年近くも前になる。

その時の決意を忘れた訳ではないし今でもそれが誇りなのは間違いない。だが最近では俗物であり傀儡でもあるガゼルが治めるこの小さな国も悪くないと思えるようになっていた。
むしろ肩肘を張らずに自然体でいられるからこそ、まるでガゼルのようにこちらも気兼ねすることなく周囲に接する事が出来るのかもしれない。
ただシーヴァルは良く分からないといった表情で小首を傾げていたのでワミールも誤魔化すように頭をわしゃわしゃと撫でくり回すとその場を後にした。





 ロークスに攻めて来たトロクという山賊を退けた後、奴が持っていた黒い剣はガゼルが保管していた。
あまりにも得体が知れなかった為彼にはさっさと破棄か破壊をして欲しかったのだがどうやら人間の手で壊すのは難しいらしい。
何度試しても傷一つつかないという事で結論が出ると今度ヴァッツに頼んで丸めて貰おうという話で落ち着いたのだがシーヴァルはその前に1回だけ試しておきたい事があった。

「はいこれ。言ってた黒い剣っす。これで牢屋から出て来てくれるっすか?」

持ち主を失ったからか、特に妙な力が発動する事もなかったそれを一時的に拝借してカーディアンの前に持って行く。
彼女の目的はセンフィスが握っていた剣らしいがここまで豪奢な細工が施されていて真っ黒なのだ。もしかすると勘違いして納得してくれるのでは?と僅かに期待していたのだがこれは読みが甘すぎた。
「何を言っているの?全然形が違うじゃない。私の目が節穴だって思っていたの?」
相変わらず儚い美しさを感じる表情と仕草だがこの日に限ってはその眼から落胆を強く読み取った。
「ご、ごめんなさいっ!!だってカーディアンさんが全然牢屋から出てくれないし・・・」
彼女の方が年上なのもあるだろう。思えばシャルアも年上で姉のような部分があった。もしかすると自分はそういう女性が好みなのかもと頭の中で逃避を始めていたが彼女のがっかりした声が現実に引き戻した。
「そもそも剣を取り戻したら牢屋から出るなんて一言も言ってないわよ?ナルサスの首を持ってきてくれても前向きに生きようとは思うかもしれないけどここを出るかどうかはまた別の話だし。」
「ぇぇぇぇ・・・カーディアンさん、そんなに牢屋が好きなんっすか?」
既にガゼルやファイケルヴィからも許可は下りている。シーヴァルが最後まで面倒を見るという事と彼の部屋で暮らすのが条件ではあるがこれは建前に過ぎないのだ。
彼女の為に牢屋の中はなるべく清潔さを保ってはいるものの、いい加減この場所から連れ出したい。しかし彼女は見た目以上に頑固なのでお手上げ状態だった。



それからしばらくして『ビ=ダータ』での防衛戦が始まり、『トリスト』が押され気味だという事でワミールが戻って来る。
何でも頼ってくれみたいな話だったので宴の翌日にこの話を相談してみると彼はガゼルやファイケルヴィまで呼んでこの相談に乗ってくれたのだ。
国に携わる重鎮達の助言を胸にシーヴァルはそれらを実行すべくお昼前に姿を現した。カーディアンは少し様子が違うのを肌で感じ取ったのかいつもより興味深そうな視線を送って来る。

「カーディアン・・・今日こそここから出てもらうよ?」

作戦その1。まず敬称や敬語もどきを止めてみる、というものだった。というのも彼の言葉遣いはどうにも幼さと気軽さが多分に感じ取れるので見た目以上に強情な彼女はそこにつけ込んでいる可能性があるとの事だ。
「へぇ?どうやって?言っておくけど私は大罪人なのよ?もしここから出たらまた一杯人の心を弄んで踏みにじるわよ?」
「そうはさせない。その為に俺が監視として一緒にいるよう命令されてるんだ。」
作戦その2は強引さだ。これはワミールだけではなく、ガゼルやファイケルヴィから見てもシーヴァルは優しすぎると言われてしまった。
もちろん相手によっては良い返事をもらうまで通い続けるというのも一つの手だろう。しかしカーディアンは正に札付きの悪、普通に考えて情状酌量の余地がない重罪人なのだ。
そんな曰く付きの女性を手に入れたければもっと攻めろと口を揃えて諭された。それでも押しの弱い彼はどうすればいいのかさっぱりわからなかったので言われたままの行動に出る。
まずはずかずかとやや怒りを纏いつつ牢屋の中に入るとそのまま一気に彼女の前まで歩いていく。それから椅子に座ったまま少し訝し気な表情を向けてくるのも気に留めず真正面から腰に手を回すと一気に俵のように担ぎ上げた。
「ちょっ?!シーヴァル!!何してるの?!」
「何って連行だよ。全く・・・我儘な大罪人の扱いは大変っ・・・だぜ!!」
欲しい者があれば奪い取れという合言葉の下に彼はそのまま牢屋から出ると少し手足をばたつかせた彼女の柔らかさと軽さに驚きつつもそのまま自室へ帰っていく。

だか彼の本質は優しさと奥手なのだ。

そこから押し倒してしまえば良いというガゼルの提案だけは実行できるはずもなく、シーヴァルは召使いに彼女の身を清めるのと綺麗な衣服に着替えさせるよう命じるまでが精一杯だった。





 本来であればヴァッツやアルヴィーヌ、もしくは自らが援軍として駆けつけてもよかった。しかしそこに待ったをかけたのは他でもないザラールだった。
何故なら何とも言えない表情で『シャリーゼ』から戻って来たスラヴォフィルが思いもよらぬ土産を持ち帰ってきたからだ。
黒い衣装を遠目で確認した時は『七神』か?!とかなり焦ったがその女性は敵対するどころか非常に遠慮した様子で中空に浮いたままだったのだ。
なので最初物見の報告を受けたザラールはほうぼうの体だったスラヴォフィルには目もくれず、自らがその女性の下まで飛んでいくと早速言葉を交わす。
「初めまして。私は『トリスト』王国の右宰相を務めているザラールと申します。失礼ですがもしや貴女はセヴァ殿でいらっしゃるか?」

「・・・うむ、いや!は、はい。その・・・もしかして私は踏み込んではならない所まで来てしまいました、か?」

報告に上がっていた内容と随分違う様子に思わず目を見開いたが昔のアンそのものの容姿から判断するに本人で間違いないだろう。
くたびれた様子のスラヴォフィルが振り返る事なく城内に入って行くのを確認するとこちらも彼女に優しく応対しながらまずは城内へ招いた。
『トリスト』の王城自体が真っ白な大理石で出来ているので基本的にはどの部屋も白が基調で仕上げられている。その中でもより調和を整えた貴賓室に案内すると2人は小さな円卓を挟んで腰掛けた。
「さて、では何からお聞きしましょうか。見た所スラヴォフィルは貴女がついてきた事に気がついていないようですが?」

「は、はい。その・・・あの・・・申し訳ございません。スラヴォフィル様の事ばかり考えていたらつい体が勝手に動いてしまって・・・この地は秘密にしておきますのでどうかお許しください。」

てっきり奴の方がセヴァにのめり込んでいると思っていたのだが現実は真逆らしい。それにしてもあんなじじいにこのような若い女性、実年齢は相当上なのだろうが惚れ込む理由は何だ?余程の事があったと推測は出来るが・・・
「まだ詳しい情報が届いておりませんのでな。よければセヴァ殿から『シャリーゼ』でどのような事があったのかをお聞かせ願えますかな?」

といっても内容はほぼ予想通りだった。『ジグラト』を操る『七神』がセヴァの身も狙おうと侵攻してきた。スラヴォフィルはそれを助けに入っただけだ。

(まさかそれだけで心が奪われるような事はあるまい。少女ではないのだから・・・)
この時は訳が分からないまま話は終わり、最後に『トリスト』の存在とその秘匿性を説明した後、閃いた悪知恵を実行に移すべくザラールは軽く咳払いをする。
「・・・どうでしょう?よろしければ少しの間だけでも滞在されてみては?私や奴もこれからの『シャリーゼ』についてまだまだセヴァ殿とご相談したい。」

「・・・そ、そうなのですか?何だかスラヴォフィル様には避けられているような気がするので・・・でも!折角の申し出を断るのも悪いですよね・・・うん!わかりました!」

見た目以上に元気な返事が返って来たので、もしかすると自分の憶測は正しいのかもしれないと感じ始めたザラールは早速彼女の部屋をスラヴォフィルの隣に定めると召使いを総動員させて自身の引っ越しを手早く済ませていた。





 セヴァが『トリスト』王城に招かれた。その話題は瞬く間に国中を駆け巡ったのだがこの決定がザラールのみで行われていた為一部の人間は度肝を抜かれていた。

「ザラール様。お部屋を譲ってまで彼女を招くのもどうかと思いますが、まずは何故私へ一言相談して頂けなかったのかをお聞きしても?」

市民として入国させるのとは訳が違う。そもそも彼女は『シャリーゼ』にいるジェローラの土地を護っていたはずだ。
ショウはその噂を耳にすると全ての仕事を放棄してまで彼の執務室に乗り込むと許可が下りる前に勢いよく椅子へ腰掛ける。
「知らせる道理も理由もなかった。それだけだ。」
そんな訳があるかっ!と激高しても仕方がない。彼にはそういった部分があるのも重々承知していた為ここはわかりやすい溜息を見せつける事で何とかこちらの溜飲を下げるが話はここからだ。
「彼女はこの国の来賓という扱いでしょうか?それとも魔術師として招聘されているとか?」
「いいや。彼女がただこの地に居たいような素振りを見せたのでな。それで声を掛けただけだ。」
んな訳あるかっ?!と叫んでも仕方がない。再び重く大きな溜息を見せつけた後何がそこまで彼の口を噤ませているのかを考え始める。
以前の記憶がない為ショウにはわからなかったが彼女はとてもアンに似ているらしい。しかしそれが何だというのだ?自分としてはアンの父であるジェローラの為に土地神としてその責務を全うしてもらった方がよほど安心するし是非続けて欲しい。
「なるほど。つまり気まぐれな物見遊山といった所ですか。では観光が終われば帰って頂くという事でよろしいですね?」
彼女の記憶が全て吹っ飛んでいるショウは鉄面皮の上に無理矢理笑みを浮かべて左宰相としての力を行使しようとする。
だが今度はザラールが分かりやすい溜息を見せた事で体内の炎が燃え上がった。そもそもこの話はスラヴォフィルにすら通していないという。国を第一に考えるショウが越権行為や公私混同と捉えるのも当然だったのだ。

こんこんこん

2人が静かな闘志をぶつけ合っていると扉が叩かれる。召使いが対応した後、2人の前に件の人物が現れるとこちらの様子を察してからからと笑いだした。

『しっかり力を取り戻したようじゃな。よかった・・・『七神』に攫われた時は自身の不甲斐無さに随分後悔したものだ。無力な私で済まなかった。』

・・・おかしいな?アン様は亡くなられているはずなのに何故目の前にいるのだろう?いや、少し話し方が違うのか?それに若い気もする・・・はて?

ぼぼぼぼぼっ!!

思考も体も混乱してしまっていた所に突如ショウの頭髪が赤く燃え盛る。それと同時に姿を現したイフリータが隣に立つとこちらの表情を覗き込んできた。
《ショウ、もしかしてまだこの女の記憶がないのか?》
彼女が心配そうな声を掛けてくるが何故だろう。何がきっかけかはわからなかったがその瞬間ジェローラと共にセヴァと出会った事や話した事、そしてあの日の戦いを全て思い出したのだ。

「・・・いいえ。私の方こそ出しゃばった真似をしてセヴァ様の足を引っ張ってしまいました。誠に申し訳ございません。」

記憶が蘇ったショウに余計な雑念は存在しない。深く頭を下げながらあの時の謝罪を済ませた彼はまるで生まれ変わったかのように明るい笑顔で面を上げていた。





 イフリータという魔族とセヴァという魔人族が揃ったザラールの執務室では再びショウの詰問が始まった。
「・・・まずはセヴァ様を無理矢理ここに縛り付ける理由を詳しく教えていただけますか?」
先程までと違い今はセヴァという人物がある程度わかっている。だからこそ余計に不思議で仕方がない。そもそも彼女は人間との関係をほぼ断ち切って生きている。唯一の接点がジェローラの家系だけのはずだ。
彼女が人間を憎んだり恐れたりしている様子はなかった。『七神』の誘いも毅然と断っていたのがその証拠だろう。なのに何故わざわざ争いと近いこの国に呼んだのだ?
容姿がアンに酷似しているだけでなくその心境もセヴァ寄りだった思考から、何故セヴァが『トリスト』へ留まる事を了承したのかを考える余裕のなかったショウはその答えを求めるべく一方的にザラールに詰め寄る。
「ふむ。では直接本人に聞いてみればどうだ?」
「えっ?!」
先程と違って随分普通の声色で驚愕していたセヴァにショウも驚いた。一瞬偽物なのか?とも考えたがここまで似ている人物が他にいるとなると見分けられる自信がない。
ただ姿を現した時と違って随分おどおどした仕草で目を泳がせている。これを見せられると本当に彼女が土地神と崇められ凛としたセヴァと同一人物なのか教えてもらいたくなる。

「えっ・・・と。その・・・ご、ごめんなさい。私は自分の気持ちを口に出す事は恥だという時代に生きて来たからその・・・」

まるで恋する乙女のような物言いと若干頬を赤らめている所を素直に読み取ればそのままの意味なのだろう。
《つまりお前はスラヴォフィルを慕っておるのだな?》
老人と少年が待ちわびていた答えを目を閉じた魔族が搔っ攫っていったのでこの時ばかりは2人がそちらに白い目を向けていたが常時目を閉じているイフリータには暖簾に腕押しのようだ。
「・・・は、はい。きゃっ!は、恥ずかしいっ!」
肯定した後両手で顔を隠してしまったので今度は2人して口が開いてしまった。これが齢2000年を超える魔人族の仕草なのかと・・・
「それであのような行動を取っておられたのか。しかし自分から気持ちを告げられないとなるとあいつの心を手に入れるのは至難の業。ショウ、セヴァ殿に何か助言はないか?」
(このジジイ・・・)
心の中ではまるでカズキのような口調になってしまったがそれをおくびにも出さないのが優秀なる所以だろう。
「ザラール様。それは早計というものです。セヴァ様は長年人間との関りを極力避けてこられました。お二人の間に何があったのかは存じ上げませんが久しぶりに頼りになる異性と出会った事で勘違いされている可能性もあります。」

『ショウ。私の想いを気の迷いと申すか?』

優秀過ぎるが故に私情を挟まずザラールと対極の意見を出してその気持ちを掘り下げていこうと発言したのだが、その思惑は怨嗟の篭った声によって霧散する。
こうなってくると本気で訳が分からない。まさか本当にスラヴォフィルに惚れたからこの国にやって来たというのか?長年住み続けて来た『シャリーゼ』の地を離れてまで?
「セヴァ殿。貴女の生きた時代・・・と言えばいいのか。当時の習慣ではどうやって婚姻まで持ち込まれていたのだろう?」
「は、はい。それは男性が女性の寝所に忍び込んでごにょごにょ・・・で、えっと!関係を深めてからやはり男性の方が婚儀の宣言をされる、といった流れでした!」
「わかりました。ではこのザラールとショウがあらゆる力を行使してセヴァ様の想いを成就してご覧に見せましょう。」
(また巻き込まれた?!というか2人の気持ちも考えずにそんな・・・そんな・・・)
相変わらずこの老人は食えない。そして何故若輩者の自分までもが大人達の恋模様に手を染めねばならぬのだ。と一瞬げんなりしかけたがふと考えを改める。

セヴァは『シャリーゼ』でアンと直接関わりはなかったものの多大な影響を及ぼしてきた魔人族である。その容姿はアンそっくりでショウも彼女をとても慕う気持ちはあった。
対してスラヴォフィルもアンと古い付き合いのある友人であり『孤高』の1人だ。ショウを高く評価してくれているのも孫のヴァッツにはとても助けられて来たのも彼が祖父であったからに他ならない。当然彼の事も敬う心で一杯だ。

つまり自身が敬愛して止まない2人を結び付けようとザラールは提案してきているのだ。これはある意味とてもやりがいのある任務ではないだろうか?
「ちなみにスラヴォフィルは昔アンと恋仲だった。つまりセヴァ殿の容姿は間違いなくあいつの心を揺り動かしている。」
もしかしてそんな可能性があったのかもしれない、とは考えていたがまさか本当にそうだったとは。ザラールがさらりと告白してくれた事でセヴァは希望に満ちた表情を浮かべ、対してショウは非常に冷酷な笑みを浮かべている。
「なるほど。私もセヴァ様にもスラヴォフィル様にも幸せになって頂きたい。わかりました。喜んで協力致します。」
自身の恋すら成就させたことが無いショウではあったがこれを成功させれば『トリスト』に王妃が、そして王女姉妹には母親が、ヴァッツには祖母が出来るのだ。
ついでといっては何だが『トリスト』に仕えているショウもセヴァの傍にいる事が出来る。もしかするとこの任務は皆の幸せを掴む為の非常に重要なものなのかもしれない。
「決まりですな。ではまずセヴァ殿には現代で行われている女性から男性への接し方について学んでいただきましょう。」

こうしてこの日から悪知恵の働く宰相2人による国王を振り向かせる大作戦が決行されるのであった。

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