闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -暗殺者とは-

 シャルアが『トリスト』への移住を済ませた後、カズキはヴァッツ達とは別に自身の部隊を率いて『アデルハイド』に向かった。
「懐かしいなぁ。この山を越えたのも5年前か。」
楽しそうに駆けるカズキと違ってついていくのすら精一杯な隊員達だったが今回はアリアケ率いる少数の『暗闇夜天』族も一緒だった為双方により良い刺激となっていた。

途中で蛮族達にバラビアの件だけ手短に告げるとかなりの混乱こそ生じたもののラゼベッツが取り仕切ってくれたので大きな騒ぎにはならない。

ただヴァッツを諦めて伴侶の質を妥協したという意見も少なくなく、今度夫婦揃って連れて来いという声が多数聞こえていたのでカズキも必ず帰郷させるという約束だけはしっかり交わしておいた。
(テキセイは十分強いからなぁ。変な事にならなきゃいいけど・・・)
一抹の不安を残しつつカズキらはトウケンという男が待つ『アデルハイド』へ向かう。

しかし誰よりも早く移動できるはずのヴァッツとアルヴィーヌは王女の我侭によりのんびりとした馬車での移動を余儀なくされた事で孫と祖父の久しぶりの再会は20日も経った頃やっと行われる事となった。



表向きはあくまで親族間の話し合いだ。

最初にカズキとヴァッツが部屋に通された後、次に入ってきたのが彼だった。居丈高でも威圧感を放っている訳でもないのだが一緒の部屋にいるだけで息が苦しくなるのは間違いなく彼の仕業だろう。
これでは武器を携えての同席は一切禁止とされていても意味を成さないのかもしれない。トウケンからは無手でも十分相手を制圧出来るだけの力を感じるのだから。
(これが『暗闇夜天』の前頭領か・・・ハルカと違って隙が全く無いな・・・)
戦闘に関してはカズキとまた違った楽しみ方をしたり暗殺者の割に気に入った人物相手にはすぐ心を開くなど幼さでは擁護出来ないくらい感情が豊かなのに対し、祖父にはそれが一切感じられない。
恐らく任務の為なら友人知人すら躊躇なく手にかけるのだと容易に予測出来る。
「あ!おじいちゃんがハルカのえーと、祖父だね?!初めまして!オレヴァッツ!」
「ほう?確か『トリスト』の絶対的な大将軍だと聞いていたが、ふむ。よろしく頼むぞ。」
衣装こそ立派なものに身を包んでいるものの彼は初めて出会った時のままだ。いつも通り明るく握手を交わすとトウケンもそれに応える。次いでカズキもその手に触れたくて同じように挨拶をしたのだが。
「あ・・・っと、いえ、何でもありません。」
その手から感じた暖かさと力強さは確かに強者のものであった。そして思わず声が漏れてしまったのは身長も顔も性格も違うはずなのに心なしか自身の祖父と姿が重なった為だ。
だがトウケンも特に気にする様子はなかったのでその場は事なきを得るといよいよハルカが姿を現した。
最近の彼女はリリー姉妹に倣って町娘らしい服を着ていたのだが今日は『暗闇夜天』が絡む話し合いだ。その為随分仕立ての良い和装に身を包んでおり同時に何故かリリーや時雨、アルヴィーヌとショウが入室してきて少し驚いた。
「さて。これで全員揃ったようだな。」

最後はこの場を設けてくれたキシリングが立会人の位置に座るといよいよハルカの今後についての話し合いが始まる。
「御爺様。私は己の弱さと限界を知りました。よって二度と暗殺者にも『暗闇夜天』にも戻る事はありません。」
ところが開口一番で全ての理由と結論を説明した事で室内の空気に冷気と熱気が渦巻く。
「何を言っているんだハルカッ?!お前は強くで可愛いわしの大切な孫っ!誰に唆されたのか知らんが自分を取り戻せっ!!」
もっと冷静沈着な、ショウに近い人物かと思っていたが口を開くと随分熱い説得をし始めた。だがハルカの方はすまし顔で全く心が動いていない。
少し気の毒にも思えたがこれなら拗れる事無く話し合いも終わるだろう。ほっと胸をなでおろしていたカズキはこの後トウケンと立ち会って貰えないか頼む所に意識を向けていたのだがそこは曲者同士。
「私は私のままです。それより御爺様ったら掟を忘れたの?」
「掟・・・いいやっ!わしはまだ認めておらぬからそれが行使される事は無いっ!!今なら間に合うっ!!な?わしと一緒に里へ帰ろう?」

忘れがちだが彼女は世界で名を馳せる『暗闇夜天』族の若き頭領なのだ。

そしてその厳しい掟というのは他でもない。一族から抜けた者はその情報、技術漏洩を防ぐ為に始末されるというものだった。





 しかし言われてみれば当然である。これは『暗闇夜天』に限った話ではない。忍びもそうだし国士でも機密情報を持って亡命する輩など山ほどいる。
それらを口封じする為には始末する以外に方法がないのもトウケン程の男であれば十二分に承知しているはずだ。
「いいえ。私は口が軽いから絶対に葬られるでしょう。でもいいんです。美しくてかわいい姉や妹と楽しい毎日が送れたし、賑やかなお隣さんまで出来たの。今人生の幕が閉じたとしても大満足・・・よ。」
「そ、そんな事はないっ!!お前はまだまだこれからだろっ?!また秘湯に行こう?わしの背中を流しておくれ。な?」
第一印象を大きく覆す発言の数々にその人物像を修正していくカズキ。どうやら孫を死ぬほど可愛がっているらしい。すると手にかけるという選択が取れる筈もなく、無理矢理連れ帰るしか方法が無い訳か。
そしてハルカはそれをよく理解している。だからこそ冷静に相手の焦心を利用して追い返そうと考えているのか。非常に彼女らしい嗜虐性が見え隠れする方法で大いに納得するも、なんて性格が悪いんだとこちらも改めて修正しておく。
そもそも普段からあれ程元気な声で喋っているハルカが涙を浮かべて泣き声混じりに両手で顔を覆うとか胡散臭すぎてカズキの顎は地に付く勢いで口を開いてしまった。

「御爺様。いえ、トウケン様。私が再び『暗闇夜天』に戻る事はありませんし今後親族として関わる事もないでしょう。ですので今ここでお決めになって下さい。私を殺すか、二度と姿を現さないと誓うか。」

だがこういう発言を見せられると流石に感心が勝る。祖父が孫娘を手にかけないと踏んでいるのだろうがそれでも己の命を賭けているのに変わりはない。
立ち合いみたいな状況になってきたがカズキには分野が違う為その攻防がどれほど効果を生んでいて残す反撃をいくつ保持しているのかがわからない。
なのでトウケンの返す刀を内心わくわくした期待を胸に待ちわびていたのだがその攻撃は思わぬものだった。

「・・・ハ、ハルカ。頼む、そんな殺生な事を言わんでくれ。皆様にもお願いするっ!何とか我が孫娘を説得してはくださらんかっ?!もしわしの手元に戻ってきてくれるのなら今後他国の仕事は受けんっ!!『アデルハイド』と『トリスト』の為だけに我らの力を振るうと約束しようっ!!」

何と今度は老人側が涙を頬に走らせながら周囲に訴えて来たのだ。これには同情よりも憐みを感じてしまったがそれはカズキがまだ13歳と若く、『暗闇夜天』という存在を全く理解していなかったからだ。
むしろ周囲の人間も皆が同情か憐みを抱いていたのだ。それが彼らの思惑通りだと誰一人気付かずに・・・
「・・・難しい話だな・・・では里に帰る代わりにハルカ殿に二度と戦わせない、『暗闇夜天』の任務に当たらせないという条件を付けられては?」
キシリングが無難な提案をすると周囲もある程度納得したのか同意の様子を見せていた。
「もしくはトウケン様が里を捨ててハルカと一緒に暮らすのが現実的な解決策でしょうか。」
ショウも意見を述べるとこれまた周囲は納得した。後は祖父と孫娘に判断が委ねられた訳だがここで神妙な面持ちだったハルカが普段の表情に深い溜息を漏らすと口調も改めて堂々と反論し始めた。

「おじいちゃま!いい加減見え見えの噓泣きと同情を誘うような演技は止めてくれない?!」





 しおらしく座っていたハルカは何処へやら。白い目と白けた表情でじっと祖父を睨みつけるとこちらも縋るような表情をころりと豹変させて厳しい顔つきへと変化した。
「何を言っておるっ?!元はお前が変な小芝居を始めるからじゃろっ!!さぁ茶番は終いじゃっ!!里へ帰るぞっ!!」
なるほど。双方が猫を被って周囲を味方にしようとしていた訳か。やっと彼らの本質を少しだけ理解したカズキは深く感動を覚えつつもその面白いやり取りを黙って見守る。
「嫌よ!本当に死にかけた所をヴァッツに助けてもらったんだもん!!折角拾った命だしこれからは暗殺者じゃない生き方を選ぶの!!ていうか孫が死にかけた道にまた引き戻そうなんて鬼畜だわ!!」
「いやいやっ?!死にかけただとっ?!そんな話は今初めて聞いたぞっ?!か、体は大丈夫かっ?!見た所指も揃っておるようだし顔に傷も残ってなさそうじゃが・・・」
恐らくスラヴォフィルが面倒・・・心配を掛けまいとそこは伏せて暗殺者を辞める事のみ伝えていたのだろう。
聞くところによるとラカンとの戦いで腕が千切れかけてたというのは聞いていたし実際ヴァッツが助けに入り、ルルーが傷を治さねば今のように明るく振舞ってはいられなかったはずだ。
そしてその2人の力を部外者に説明するのは考えただけでも悩ましい。何せ隠さねばならない部分と伝えにくい部分が多すぎる。
(初めて本心を聞いた気がするが本当に暗殺者から足を洗ったのか。)
感情的になっている彼女を見るに嘘ではなさそうだし、今の今までリリー姉妹と楽しく暮らして来たのだから嘘をつく理由はないだろう。
カズキとしてはあれ程の腕前を腐らせてしまうのは勿体ないとも感じるがハルカ的には戦う事を止めた訳ではなく、あくまで暗殺家業から足を洗ったという点はこの時知り得なかった。

「ううーむ・・・少し情報に齟齬があるな。キシリング殿、ショウ殿。わしに何か隠しておらんか?」

愛孫の発言に嘘偽りが無いと受け取ったトウケンは不信感を別の方向に向けると2人は顔を見合わせた。
「隠すつもりはなかったのです。ただトウケン様にご心配をお掛けしないようスラヴォフィル様が配慮された結果です。ちなみにラカン暗殺失敗のお話はご存じですよね?」
「うむ。少し難しい相手ではあるがハルカなら決して不可能ではない相手だと不思議に思っておった。奴はそれほど強かったのか?」
「強かったわ。今でこそ元気になったけど満足に動けるまで半年近く掛ったんだから。」
あれ?3日くらいで治ってなかった?と言いたいのはヴァッツやアルヴィーヌの動きを見てるとよくわかる。自分もルルーの力を忘れてしまえばつい口を滑らしそうだ。
だがそこはショウが2人の口をそっと手で押さえて発言に気を付けるよう促している。ここはハルカの言葉に任せようといった所だろう。

「・・・だがもう体は元に戻ったのだろう?ならば二度と不覚を取らぬよう精進すべく修業に励むべきではないのか?」

彼の考え方はカズキのものに近い。そうなのだ。命を拾えたのであれば更に腕を磨く機会を得たに等しい。であれば今度こそ負けないように修練して高みを目指す。自分ならそうするだろう。

「へー。おじいちゃまは私がこの先どうなってもいいんだ?まだ子孫も残せてない私がそこら辺で死んじゃってもいいんだ??女の幸せを感じないまま死んでしまえとか思ってるんだ??」

「そ、そうは言っておらんっ!!お前が死ぬという事態が想像出来んだけじゃっ!!世の中広しといえどお前以上の強者など早々おらんじゃろっ?!」
ハルカの更に白い目がトウケンに突き刺さると慌てて弁明してきた。というか随分過激な発想だなぁと少しだけわくわくしながらやりとりを見守っていると彼女は不意に立ち上がってヴァッツとショウの間に割り込む。
それから何故か嫌っているはずの彼の首に腕を回して頬をくっつけるのをまざまざと見せつけた後。

「ま、今は将来を約束した殿方がこうやって傍にいるし。そういった意味でも里に帰るつもりはないの。わかった?」





 この少女は一体何を考えているのだろう?この時他の面々は皆がそう思っていた。
しかし『暗闇夜天』族の頭領であり先程まで嘘泣きの応酬をしていた少女が何の策略もなくそこに至る事は無いはずだ。
「な、な、なななっ?!何ぃっ?!?!」
遂にトウケンが怒号を発するとヴァッツとアルヴィーヌが両手で耳を塞いで顔を顰めた。
「因みにここにいる女の子全員がヴァッツの婚約者よ?ね?」
・・・・・
その為に全員集めたのか。思えば最後に入って来たのが彼女らだ。恐らく事前に何か打ち合わせをしたのだろう。
リリーや時雨が迷うことなく頷いている所から裏事情が手に取るようにわかって思わず吹き出しそうになった。だが笑い事で済まないのはトウケンだ。

「き、きき、き、貴様ぁっ?!どうやってハルカを拐かしたっ?!言ってみろっ?!」

おっと。席を立って殺気を放出させ始めたのでカズキも素早く対応しようかと臨戦態勢に入ったが思えばヴァッツに敵う筈がないのだ。
これはとっさの判断というより個人的に彼と手合わせしてみたい願望が体を動かしてしまったのだろう。少し心を沈めたカズキは再び力を抜いてハルカが描いている物語の成り行きを見守る。
「言ったでしょ?私は彼に助けられたの。それも二度もね?惚れない方がどうかしてるでしょ?」
(随分言うなぁ・・・・・)
いくら祖父を諦めさせる為の演技とはいえ今日のハルカはぐいぐいと前に出る。これは何もカズキだけが思っている事ではない。現にリリーと時雨は我慢できずに驚愕と無表情の間くらいの変な顔になっていた。
「ほ、ほほ~ぅ?ヴァッツだったか?貴様それ程強いのか?」
動揺しっぱなしだったトウケンは孫を助けたという言葉を聞いて若干の冷静さを取り戻すとこめかみに青筋を立てながら問い詰める。
「うん?強いかどうかはわかんないけどハルカはちょっと無茶しすぎる所はあるよね。だからたまたまオレが助けただけで・・・えーっと。今何の話してるの?」
どうやら当事者にはハルカや他の皆と結婚する話は届いていないらしい。何故か巻き込まれて状況が全く読み込めてないヴァッツは小首を傾げている。

「・・・よかろうっ!!ならばわし自ら貴様の力を確かめてやるっ!!キシリング殿っ!!訓練場を借りるぞっ!!!!」

一瞬彼がキシリングに顔を向けた時ハルカがとんでもなく悪い表情で笑みを浮かべたのをカズキは見逃さない。
(こいつやりやがった・・・)
ヴァッツにどういった感情を抱いているのかはわからないが少なくとも実際命の恩人であるはずなのにそれを祖父を追い返す為に利用したのだ。
『暗闇夜天』族とは暗殺集団でありそれを家業として生きている。であれば使えるものは何でも使い任務を遂行するという姿勢はむしろ正常なのかもしれないがそれを今日初めて目の当たりにしたカズキは内心とても引いていた。
だが自身も勝利を掴む為には擬態を演じたりもする。ネイヴン戦がまさにそれだったのだ。であれば女の涙でも恩人を盾にするのでも土俵が違うだけでさほど変わらないのかもしれない。
「・・・わかった。ただし命を奪う事は禁止する。もし殺してしまった場合我らもハルカを全力で庇うからな?」
「お主にそう言われれば仕方ないっ!半殺し程度で許してやろうっ!!」
「という訳だからヴァッツ。私の為に戦ってきて。そしておじいちゃまに勝って見せてね?」
まだ10歳だというのに男を手玉に取るその様は見てて恐ろしい。この先歳を重ねるにつれて彼女は一体どうなってしまうのだろう。
既に勝敗など見るまでもなかったカズキは彼女の言動を注視し胸を躍らせる。

そして未だに何がどうなっているのかわからなかったヴァッツは移動中時雨やリリーからトウケンを無力化すればいいとだけ説得されていた。





 ヴァッツが誰かに負ける等あり得ないし想像出来ない。だがトウケンがどういう動きをするのかは興味があった。
「行くぞ小童っ!!!!」
殺してはならないという条件に最初から武器の所持を禁止されていた為お互いが無手のまま広い訓練場の中央に相対すると早速トウケンが雄叫びを上げる。
それから音もなく一気に間合いを詰めて拳を放ったのだからカズキは大喜びした。
普通地面を蹴って移動する場合ある程度の音や埃が舞うものだ。なのに彼は文字通り足音を消して移動して見せたのだ。
道中アリアケと立ち会っている時もその片鱗は見ていたものの流石にトウケンと比べると数段劣る。これが完成形なのかと凝視していたが本人は熱い視線以上に眼前の敵が捕らえられない事に驚愕していた。

ぱぱしっ!

軽い音と共に両手首を掴まれて完全に身動きが取れなくなったのはその強大過ぎる力を十全に感じているからだろう。
ヴァッツから攻撃する事は無いのでトウケンにはまだ足が残っている。だが蹴りを放つと手首が解き放たれそれをまた掴まれる。また拳を放てば再び手首を掴まれるの繰り返しだ。
速さ、強さが違い過ぎて一度こうなってしまえば如何ともし難い。話では『リングストン』で弓を相手に立ち合ったらしいがその時も一瞬で間合いを詰めて矢を放っていた本人を担ぎ上げたらしい。
彼にとって攻撃方法や遠近は全く関係なく同じようにあしらえるのだろう。そして彼らの戦いも一瞬で幕を閉じる・・・かと思っていたのだが。
「・・・ふむ。強いな。」
認めた風な言葉を送ったトウケンは闘気を引っ込めて爽やかに笑いかけた。これにはヴァッツも嬉しかったのか満面の笑みで応える。
そして2人がこちらに戻って来るのだろうと歩き始めた瞬間。

ばきっ!!!

トウケンの全力がヴァッツの後頭部に放たれたのだ。鈍い音と共に衝撃が周囲に走るも彼の姿勢が崩れる事は無かった。
「痛っ?!ちょっと?!何すんの?!」
前から気がついてはいたが一応彼でも痛みは感じるらしい。といっても普通であれば頭蓋が粉々になるか吹っ飛ぶくらいの拳だったはずだ。それを『痛い』で済ませられるのは彼ならではなのだろう。
「痛つつっ?!い、いやっ!済まんなっ!!蚊?みたいなものが止まっておったのでなっ?!無事潰せたから安心しろっ!!」
それ以上に殴った方が手をプラプラさせて痛みに耐える様は滑稽だ。ハルカなどはもはや隠そうともせず大声で笑い転げている。
「え?そうなの?ありがと!!刺されるとかゆいんだよねぇ。」
(俺の攻撃もあれくらいの反応で終わるのかな?)
少し興味が沸いたがもしあんな軽い感じて返されたら全ての自信を失いかねない。これは自分も見て笑うだけに留めておこうと心に決めると今度はトウケンが懐から何やら取り出した。
「そうだヴァッツ。これをやろう。わしの国にあるお菓子だ。美味いぞっ?」
娯楽的な知識に乏しかった為カズキも最近知ったのだがあれは金平糖というとても美味しい御菓子だ。
何もなければ是非自分もご相伴に預かりたい所だが今は戦いの最中である。そして相手は何でもありの『暗闇夜天』族だ。

「あっ?!これ好き!!ありがとっ!!」

わかってはいた。一切の疑問を持たずに彼はそれを口に放り込むと美味しそうにその甘味を堪能している。
「おいっ!!流石に毒を盛るのは反則じゃないか?!」
一度ガハバの毒に中てられたはずだがそれでも心配になったカズキはすぐに咎めるもトウケンはしたり顔を隠そうともしない。
(解毒薬が無ければどうしよう・・・ルルーの治癒で何とかなるか?)
こればかりはヴァッツがどういう反応を示すのかわからなかった為その対処を素早く考えたカズキだったが思い返せば彼は毒を食らった後もぴんぴんしていたのだ。

「あれ?これ何か変な味するね?『モクトウ』で食べたやつの方が美味しかったな。」

少し残念そうにしただけで何の変化も見せないヴァッツに目を丸くしていたトウケン。そして愛孫は更に大きな声を上げて笑い転げるのであった。





 「言っておくがこれはせいぜい腹を下す程度のものだ。命を取るつもりなどなかったぞっ?!」
というのが彼の言い訳だった。流石にそれが本当かを試す訳にもいかずこの場はそれで収まったのだがこの老人、中々に諦めが悪いらしい。
「では勝者はヴァッツ様という事で・・・」
キシリングが軍配を上げようとした所トウケンが慌てて待ったをかける。
「待て待てっ!!わしは負けておらんぞっ?!」
「おじいちゃま!!ヴァッツに何一つ敵わなかったのによくそんな事言えるわね?!諦めが悪すぎない?!」
これには周囲もただただ頷くしかない。正攻法でも搦め手でも波風1つ立てられなかった・・・いや、一応痛いとは言わせたがどちらかというとそれもトウケンの方が激しい痛みを感じていたはずだ。
「しかし奴がわしを倒せなかったのも事実っ!!つまりこれは痛み分けじゃっ!!」
「どちらにせよヴァッツからハルカを奪って里へ帰るような真似は出来ないという事は理解して頂けたようですね。」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ祖父と孫にショウが裁定を言い渡すとやっと静かになる。

「・・・いいや。わしは孫と離れたくないっ!!」

「んじゃトウケンも一緒に住む?」
まるで駄々をこねる子供のようなトウケンにヴァッツが余計すぎる一言を放ったのだから周囲は慌てて彼を取り押さえつつ皆の手が彼の口を押さえこむ。
トウケンは『暗闇夜天』を背負って生きて来た生粋の暗殺者だ。彼がそれを抜けるとか辞める等今までの言動から考えられないし、もし『トリスト』に招き入れてしまったら間違いなく問題を起こすだろう。

「・・・優しい少年じゃな。ハルカが惚れたのも理解出来た。」

「いや?!べ、別に惚れてないし?!」
ところがその気は無いらしく、やっと彼が認めてくれたところに今度はハルカが余計な口を滑らせてしまったので妙な雰囲気が流れ出した。
「・・・命の恩人じゃろ?確かな強さと優しさを兼ね備えているのもわし自ら試して伝わってきた。なのにハルカよ。ヴァッツに惚れておらんのか?なのに契りを結ぼうというのかっ?!やはり唆されているのかっ?!」
(あちゃ~・・・また振り出しか?)
彼女の欠点でもある素直になれない性格は誰に似たのか。照れ隠しか反射なのか、否定するような発言によってまたも無駄な争いが勃発しようとした時、意外な人物がそれを未然に防いだ。

「・・・ああ!!契りね!!それならオレ出来るよ!!」

ヴァッツが嬉しそうに声を上げるといつも通り自然な動きでハルカに近づいて行く。それから優しく腰に左手を回して更に右手で柔らかそうな頬に手を当てると無拍子で唇を重ねた。

時でも止めたのかと思った程周囲が呼吸も微動も忘れてそれを凝視していたが当事者が静かにそれを離すと腰に手を回されていた少女は顔を真っ赤にしながらリリーの柔らかい胸元に飛び込んでいった。







あとから聞いた話だと契りとは結婚を意味する事らしい。そしてそれはヴァッツの中で口づけをする事なのだと変換されていた。
これはテキセイとバラビアの婚儀を見た時にその印象が非常に強く残っていた故の勘違いだったそうだがカズキもあながち間違いではないのかなとも感じた。
「まぁ夫婦になるんだしな。接吻くらいするだろ。」
「いや!!夫婦にならないから!!」
「え?ならないの?」
トウケンを追い返した後、お祝いとしてささやかな御茶会を開いていた所にハルカとアルヴィーヌが不思議な突っ込みを入れてきた。
「もう諦めたらどうだ?ヴァッツ様が娶ってくれるって言うんなら万々歳じゃないか。大将軍の御嫁さんなんだぞ?」
リリーが何故かとても嬉しそうな笑みを浮かべてハルカを諭しているがそれには複数の理由がある。
「そ、そそそ、そうですよ。ヴァッツ様の寵愛を受けららられ・・・るのです。この上ない幸せを得られること間違いなしです。」
時雨はまたも目の前で意中の男性が他の異性と口づけを交わす場面を見た・・・見せつけられたのだから気が動転しているらしい。ただこの様子はリリーを大いに楽しませた。
「実際、本当の夫婦となればトウケン殿も二度と口出ししては来ないだろう。ヴァッツ様の気が変わらぬ前に話は進めておくべきだと私は思う。」
キシリングだけは国王らしく真っ当な助言をしているがショウも笑う側に徹している為これ以上まともな話し合いにはなりそうもない。

「オレの気は変わらないよ?皆と一緒にいたいしそれが結婚ていうやつならするよ!」

自身の祖父とは違い仲間を護ろうという意思か、ただ本当に一緒が良いと感じているのか。下心のない彼の発言には各々が様々な感動を覚えていたが。
「トウケンが会いに来たら邪険にはしてやるなよ。祖父と孫だろ?」
生き方は全く違えど一刀斎も孫を大切には思っていたのだろう。だからこそカズキもトウケンからハルカへの気持ちを大事にして欲しかった。

「・・・そうね。婚約はともかく今度はおじいちゃまとご飯くらい食べようかな。」

からかわれるのから逃れる為ではない。ハルカも大切で大好きな祖父との平和な時間を過ごしたいと願っているが故だろう。
ぽつんと本音を漏らすとその後の御茶会はお互いの近況報告をしながらゆったりと過ぎていった。





 ハルカとヴァッツが口づけを交わしたのを見たトウケンは妙に落ち着きを取り戻していた。故にもうハルカの処分については口を挟まないのだと思っていたがそうではない。

「ヴァッツ君。君はハルカを愛してくれるかね?」

その夜、彼の強い要望により是非晩餐をという話になったのであの場にいた面々や王の側近らも招待された。
様々な人間との意見交換をしたいとの所望で立食という形も取られ各々が思惑を胸にそれを楽しむ中、トウケンは早速ヴァッツに最終確認を行っていた。
「うん?愛・・・?」
どうやら彼の興味は孫を幸せにしてくれるかどうかという部分に向いているらしい。だがカズキやショウですら小首を傾げてしまう質問にヴァッツが答えられるとは到底思えない。
「つまり好いてくれるか。末永く2人で暮らしてくれるか。といった意味なのだが・・・どうだろう?」
「うん!ハルカは好きだよ!最初はちょっと腹立ったけど今はリリー達と仲もいいしね!!」
恐らくクレイスが仮の亡命をしている時に襲ってきた事を言っているのだろう。ハルカからどういった報告を受けたのか定かではないがここでトウケンが機嫌を損ねる事は無く、周囲が見守る中更に質問を重ねていく。

「・・・君は随分と幼いな。その強さ、優しさは十分伝わって来るが果たしてそれで人を、女を幸せに出来るのだろうか?」

ここにきて誰もが思っていたが口に出せずにいた事を優しく問いかける。だが決して他人事ではない。カズキもショウも経験や知識は大いに不足しているのだ。
これは将来自分達にも必要な話になる。そう思ってカズキは静かにヴァッツの隣まで移動すると2人のやり取りを間近で見守る。
「ちょっとおじいちゃま!!この場でそんなもごっ?!」
ハルカの口を封じたのは他でもない時雨だった。彼女の心情を慮れば当然だろう。ヴァッツの本心・・・いや、本質か?彼は今彼女らをどう思っているのだろうか?
「・・・トウケンの話は難しいね・・・幸せか・・・誰も傷つかないで毎日笑って過ごせたら幸せじゃないの?それ以上の何かが必要なの?」
「うむ。それだけでも十分じゃ。しかし人は年を重ねると老い、やがて死んでいく。その前に己の子孫を残さねばならぬのじゃ。」
「それって絶対?」
「ほぼ絶対じゃな。考えてもみろ。皆が子を残さなくなればやがて人間は数を一方的に減らして行き、その存在がいなくなる。」
至極真っ当で当然の理論だ。これは自分が何故今生きているのかを考えればわかりやすいかもしれない。カズキはそう考えてやり取りを聞いていた。
誰かによって産み落とされた己の命は何の為にあるのか。ただ環境によっては随分と答えが違ってくるかもしれない。それでも自分であれば・・・

(・・・・・む、難しいな・・・・・)

「子孫を残すというのは自分や先祖達全ての誇りだけでなく生きる術を後世に残すという意味でもとても重要じゃ。君にそれが出来るかな?」

「む、難しいよ?!トウケンのお話は滅茶苦茶難しい!!ショウ!オレどう答えればいいかな?!」
いつの間にか彼も傍にきて2人の話に耳を傾けていたようだ。しかしこちらも眉間に皺を寄せるまでで言葉に表す事は無かった。
「大丈夫。ヴァッツなら出来るよ。だって私の甥っ子にして旦那様なんだから。」
最後にはこちらも何処まで考えているのかわからないアルヴィーヌが堂々と答える事で彼女を知る人間からは疑惑の表情が向けられていたが。
「そうか。であれば心配ないな。」
何故かトウケンはとても納得した様子で優しい笑顔を向けていた。





 「結婚かぁ・・・」
翌日カズキはトウケンに強請って無理矢理立ち合い稽古をつけてもらう。しかし戦いに集中出来なかったのを即座に見破られると追い返されたのだ。
仕方なくその原因を考えながら呟くとその足はショウの下へ向かっていた。
「ショウ、ちょっといいか?」
扉を軽く叩いて部屋に入ると中ではこちらも珍しく悩んでいるらしいヴァッツが椅子に座ってこちらに曇り気味な笑顔を向けてくる。
「・・・わかった。昨日の件だな?」
「えっ?!凄い!!何でわかったの?!」
それは自分も同じだからだ、と言って笑い合うとショウも困惑した様子で腰掛けた。
「言っておきますけど私にも答えはわかりませんからね?でも2人が頼ってきてくれたのは素直に嬉しいです。」
なので色々と未発達な3人は婚約というものが世間一般でどのように捉えられているのか、トウケンの意見も含めて考え始める。

「といっても私は強い血を残せばいいと考えていますのでヴァッツにはあらゆる異性と子供を作ってもらえればと思います。恐らくお相手もそれが幸せだと感じる・・・でしょう。」

何とも彼らしい実利のみを求めた回答だったが確たる価値観を持っていない2人は尊敬の眼差しを向けて頷いていた。
「わかった!!じゃあアルヴィーヌとハルカと結婚して子供を作る!!これでいいよね?」
いいのか?というかハルカはともかくアルヴィーヌは子供の作り方を知っているのだろうか?いや、それを言い出したらヴァッツは絶対に知らないだろう。
他に問題があるとすれば重婚が挙げられるだろうが、これは『トリスト』として特別な法案を通してしまえば何とでもなるらしい。
(だったら時雨も安心だろうな。)
何もわかっていないカズキは楽観的に納得していたが彼女が一番深く恋に落ちている為、その独占欲や欲求は誰よりも強いのだ。
妻を娶るにしても必ず順位があるだろうし果たして皆が納得出来る日は来るのだろうか。いや、それらを全て乗り越えてこそ皆が幸せという状態になるのかもしれない。

「私個人としてはカズキが悩んでいるという点が気になります。どなたか一緒になりたい女性がおられるのですか?」

不意にこちらへ話が振られたので思考は真っ白になった。
「・・・・・いや。正直何も考えていない、んだけど・・・そうだな。本能的な話をしてもいいか?」
ショウとヴァッツが興味深そうに頷いたのでカズキも一切隠す事なく己の言葉でその本能について語り出す。
「夫婦っていうのはよくわからん。俺の記憶に両親がないからな。よってその幸せって意味は更にわからん。でも誰かと番になれって言われれば俺の周りなら誰でもいいと思っている。」
「ほほう?」
「そうなの?誰でもいいの?」
「ああ。誰でもいい。時雨でもハルカでもいいしリリーでもルルーでもいい。バラビアでもよかったしアルヴィーヌやイルフォシアと結婚しろって言われたらするよ。」
「・・・・・」
包み隠さず打ち明けたらショウは唖然とした表情を、そしてヴァッツは何故か尊敬の眼差しを向けて来た。
「凄いね?!じゃあいつでも結婚出来るじゃない!!」
「いや、これは何ていうか好みの問題だと思うんだ。今挙げた奴らは正直相当な器量を持っている。だからそういった意味で誰でもいいって言ったんだよ。」
「カズキ、その発言はここだけの秘密にしておきますので絶対に他では漏らさないようにして下さい。ヴァッツも約束ですよ?」
するとショウが言動共に圧力を掛けて来たので思わず怯んでしまった。ヴァッツは意味がわからないまま力強く頷くだけはしているがカズキも察しが悪い方ではない。

「あ?!言っておくけど俺は絶対にじじぃみたいにはならないからな!!ただ周りには可愛い女が多いなってだけの話だからな?!」

「本当ですか?本当にそうですか?沢山娶る事に関しては反対しませんが不義理を重ねるのだけは本当に止めて下さいね?」
若干認識にずれはありそうだがこちらも断りは入れたのだから大丈夫だろう。そして祖父の話を持ち出すと同時に他の親族がふと脳裏を過った。

「・・・俺も結婚するのなら妻は1人でいいかな。カーチフ叔父さんやテキセイ叔父さんみたいな感じでさ・・・うん。」

何となく、彼らの形がそのまま幸せに繋がるのではと思って口にしたのだがこれにはショウも目を輝かせて頷いてきた。
「そうですよね!そういえば身近に良いお手本があるのを失念していました!!そうですよ!!私達も彼らのような家庭を目指しましょう!!」
「そっか!!カーチフみたいな・・・うん!!だったらビアードみたいなのでもいいかな?!あの家族もオレ好きなんだよねぇ!!」
言語化するのは難しかったがそれでも良いお手本に目を向ける事が出来ただけでも3人は大はしゃぎだ。
「幸せな家庭か。んじゃ早速俺も目指してみるか。手始めに・・・余ってそうなのはルルーか?」
しかしこの発言も良くなかったらしい。ショウからもう少し女心を学んでからお近づきになるべきではと釘を刺されると生まれて初めて兵法書以外の書物を無理矢理押し付けられる。

ここまでは少年らしいやり取りだったのだがその後ショウはカズキとヴァッツに極秘の任務を与えると2人は何時になく真剣な表情でその話に耳を傾けていた。





 本当なら久しぶりに再会したハルカともう少し過ごしたかったがヴァッツを見定めたトウケンは翌日『アデルハイド』を後にする。
立ち合っては見たもののその強さの底が見えなかった。一口で死に至らしめる毒入りの金平糖すらぺろりと平らげた。
人間ではないといった噂も耳にしたが少なくとも見た目はごく普通の少年であったし人間味のある優しさも感じ取った。
(・・・里を抜けて、暗殺者を辞めて暮らす・・・確かにあの少年の下であれば可能なのかもしれん。)
であればそこを深く追求する必要はない。今成すべき事は可愛い孫娘の選んだ道をしっかり整えてやる事だ。

その為の覚悟を決めたトウケンは里に戻ると早速各々の家長を集めてそれらを報告し始めた。

「暗闇夜天乃ハルカは頭領を放棄し、里と暗殺者を捨てた。」
まずは皆が気になっていた情報を正式に伝えると様々な反応が返って来る。当然だろう。門外不出の術を身に着けた者が里を抜ければ粛清以外の道はない。
「トウケン様。ではハルカを処分して来られたのですか?」
妙に目つきが鋭い男が無慈悲な質問を投げかけて来たが彼でなくともいずれ誰かが確認せねばならないのだ。そして要領の良い者であればここで嘘を付けば急場を凌ぐ事は出来ただろう。
「そんな訳があるかっ?!わしが誰よりも可愛がってきた孫娘じゃぞっ?!」
彼は里の中で最も強いだけでなく長年に渡り頭領をこなしてきた。思えば自身の婿にその地位を譲ってすぐに彼が亡くなった。そして今回もハルカに譲った頭領の座は3年も経たずに戻ってきている。
世代交代出来る機会は2度あったものの最終的には家長達の話し合いによってトウケンが再任していたのだがそれにより歴代史上最も強い権力を得てしまっていたのも事実だ。
恐らく彼が放つ鶴の一声でこの件は有耶無耶にされて幕を閉じる。皆がそう考えていたし致し方ないと諦める者も少なくなかった。

「なので、わしの首を代わりに差し出そうっ!それをもってこの件を決着とするっ!!」

それは帰省の道程から考えていた。自らが例外を作ってしまう事に抵抗はあったものの掟とハルカの幸せを満たすにはどうすればいのかを。
結論として導き出したのがこれだった。いや、これ以外に思い浮かばなかった。暗殺集団として必ず血の粛清が必要になる。それをハルカ以外から補わねばならないとなると残された自分以外に考えられない。
とにかく里の人間を納得させるだけの犠牲が必要なのだ。だったら老い先短い自分の命でいいではないか。今までの功績も考慮してもらえれば十分足りる筈だ。
だが『暗闇夜天』族にとってトウケンが思っていた以上に自身の存在は大きかったらしい。皆がざわめくもののそれに対して誰もが肯定しないのだから会議は完全に行き詰まっていた。

「・・・わかりました。トウケン様の御覚悟を無下にする訳にはいかないでしょう。」

そんな中、先程質問してきた鋭い目つきの男が答えると場は一気に鎮静化する。彼はトウケン、ハルカに次ぐ実力者であり恐らく次期頭領になる男だ。
であれば他に異論を唱える者はもういまい。これで『暗闇夜天』族とハルカの両方に収拾をつける事が出来る。安心したトウケンは深く頷くとゆっくり立ち上がって早速中庭に降りた。
それから上着を脱ぎ捨てて上半身をあらわにすると腰から直刀を抜いて静かに正座する。既に目つきの鋭い男が刀を抜いて首を落とす準備も終えていたのであとは身を任せるのみ。
だが。

「待った待った!」

里の者ではない声が聞こえると皆が一斉に振り返った。するとそこにはアリアケが最初に接触したという一刀斎の孫が紛れ込んでいた。





 「何奴っ?!」
『暗闇夜天』の里に単身で潜り込む行動力とその猛者達に囲まれているのに動揺していない様は賞賛に値するだろう。しかしここは外の人間が足を踏み入れてよい場所ではないのだ。
トウケンの次に彼が処刑されるのは間違いないがそもそも彼の衣装が暗闇夜天の物だった事から誰かが手引きしたのは明白だ。
「一刀斎の孫ではないか。何故この場所に現れた?」
そこに触れるとまた処断せねばならない者が増えてしまう。なのでトウケンはまずその理由だけを尋ねた。
すると彼は驚いた事に堂々とこちらの前まで歩いてくるとしっかり跪いて頭を垂れたのだから家長らも少しだけ殺気が薄れてしまった。

「トウケン様の命を助けるよう我が国王スラヴォフィルから命を受けて来ました。貴方が亡くなるとハルカがまた深く悲しむ事にもなります。どうかご自愛頂くよう思い止まっては頂けませんか?」

聞きたくもない名前を出されたので一瞬激高しそうになったが孫娘の名前が続いて出て来た事により感情が左右を行き来した。
だがここは『暗闇夜天』族の里であり掟は絶対なのだ。何の代償もなくハルカの自由を訴えれば暗殺集団としての規律は形骸化し、強固な絆と誇り、そして高い技術は間違いなく失われていくだろう。
「それは出来んな。わしらにはわしらの掟と生き方がある。部外者は引っ込んでおれっ!」
ハルカの名を聞かされた事でほんの少し未練が生まれてしまったがそこは高名な暗殺集団の頭領だ。一瞬で感情を無に流してきっぱり断りを入れるとカズキは自然な振る舞いで頭を上げた。
「だよなぁ。掟厳しそうだもん。でもなぁ、スラヴォフィル様の思惑にショウが絡んじゃったからそれは許してもらえないんだよ。ごめんなじいさん。」
本来はこういった口調なのだろう。気楽な喋り方の中には中々聞き捨てならない内容が多分に含まれていたが他国が干渉した所で『暗闇夜天』が意思を曲げるなど有り得ない。

「わしの首を斬り捨てろっ!!!」

鉄の意思を見せつけてやる。そう思って強く命じたのだが鋭い目つきの男がトウケンの首に刃を走らせる事は無く、周囲の暗殺者達も何故か動きを止めて一か所を凝視していた。
(何だ?わしの後ろに何かいるのか?)
カズキを招き入れてしまったのだから別に人物がいてもおかしくはない。そう思って振り向こうとした瞬間、懐かしい柔らかさと温かさ、そして香りが鼻孔を刺激するとほんのわずかに瞳が湿る。

「おじいちゃま。私の我儘に付き合わせちゃってごめんね・・・」

何故だ?ハルカが同行していたのなら絶対に気が付くはずだ。しかし一刀斎の孫を招き入れてしまった失態を考えると見落としてしまっていた可能性も否定できない。
「ハ、ハルカ。何故ここに・・・?」
「えーっと、オレが連れて来ちゃったんだけど。カズキ、今どんな感じなの?」
「おう。正に好機中の好機って感じの登場だな。満点だ。んでショウが言ってた通りこのじいさん、自分の命と引き換えにハルカの自由を得ようとしてたらしい。」
ショウといえば若くして左宰相の座についていた赤毛の少年か。以前は『シャリーゼ』の懐刀として王女の命に従っていたそうだが。

「そうなんだ。危なかったねぇ・・・うんと、皆にオレからお願いなんだけど、ハルカとトウケンじいちゃんには手を出さないで欲しいんだ。いいかな?」

「良い訳なかろう?!貴様!一体何者だ?!どうやって里に入り込んだ?!」
鋭い目つきの男が怒気と殺気を放出させながら五月蠅く問い詰めるが彼はハルカとトウケンが認めた男。多少の怒声や強請りにはびくともしないだろう。
「オレ?オレヴァッツ!今回は『トリスト』の大将軍として2人の命を助けるのと『暗闇夜天』族のへーごー?を頼みに来ました!!」
彼を知らない者からすれば無茶苦茶を通り越して滑稽だと感じたのだろう。いくらか薄笑いを浮かべている者がちらほら見えているのがその証拠だ。
「併合な。てわけなんだ。トウケンのじいさん。スラヴォフィル様は強い制約を付けるつもりはないらしいけど無益な殺生はしばらく控えて欲しいんだそうだ。駄目かな?」
カズキがより詳しく説明してくれるが今は何より孫の温かみが自身の心を満たしていく。このまま口を開けばすぐに了承しかねないがそれは頭領として許されないだろう。

「・・・わしらを併合だとっ?!ふざけおってっ?!どうしても従えたくば力尽くで来いっ!!!!」

敵に取り入る為にはあらゆる手段を使う暗殺者達。その中でも随一と言っても良い彼の演技をこの場で見抜ける者は誰一人いなかった。





 ヴァッツの力量は既に知っていた。だがあれはあくまで個対個の話だ。
今の里には300人近い人数が暮らしており彼ら全員を説得するには単純な腕力だけでどうにかなるものではない。
「えーーーー?カズキ、何かじいちゃんが面倒臭い事言い出したんだけどどうすればいい?」
「うーん。そうだなぁ・・・ヴァッツが全員同時に相手してもいいし『ヤミヲ』に頼んで体を動けなくしてもらうのもいいんじゃね?」
「でも里の人間を過剰に傷つけるのは止めてね?!」
ハルカも『暗闇夜天』の強さを十分知っているはずなのに何故か過保護的な発言をしていたのが気になったがヴァッツはそれらを聞くとすぐに大きく頷いた。

次の瞬間。

「え?!え?!」
「あれ?!ここは?!」
「むにゃむにゃ・・・」
炊事やら洗濯、そして昼寝や修練中の人間全てが本当に一瞬で集められた事に家長達だけは目を丸くして驚いていた。
「これで全員だと思うんだけどあってるかな?それから・・・この人達を相手にすればいいの?気を失わせればいい?」
「そんな事出来んのか?つか証人は必要だから今集めた人間だけにしろよ?」
「うん。レドラに教えてもらったから多分。んじゃいくよ?」

軽すぎるやり取りの後全員がその場に崩れ落ちる。正に有言実行、『暗闇夜天』族とあろう者達が何もわからないまま一瞬で拉致された挙句意識を奪われたのだからトウケンですら開いた口が塞がらない。
「これで認めて貰えるかな?」
これだけの芸当を見せつけたにも関わらず何故かヴァッツが自信なさげに尋ねてくるので違和感しかなかったがトウケンは落ち着き払って問題点を解消していく。
「うむ・・・まず確認させてくれ。ヴァッツ君、君は里の人間全てを集めたと言ったがその方法は?」
「え?いや、普通に全部見回ってこの村にいる人達を担いで持ってきたんだけど?」
「・・・・・わしの目にはそのような動きは見えなかったが?」
「うん?そうなの?」
嘘を言っているようには見えないが、人が動くにあたって何も感じ取れないというのはどういう事なのか。
「それって『闇を統べる者』の力を使って影を伝ったの?」
「うううん。今回はオレが出来る範囲でやってみようって思ったから『ヤミヲ』には何も頼んでないよ。」
ハルカの質問の意味もよくわからなかったがとにかくこれらを全てヴァッツ1人でやったという事実は揺るがないらしい。
「お前そんなに速く動けるのかよ・・・逆に何が出来ないんだ?今度教えろよ?」
彼の友人でもあるカズキですら舌を巻いている。トウケンも言葉にならなかったが実際手合わせをした時からその強さは知っていたつもりだ。

「馬鹿げている!!どうせ薬を盛ったのだろう?!トウケン様!!このような得体の知れない輩は即処断すべきです!!」

「よかろうっ!!コクリっ!!頭領として命ずるっ!!不法侵入した不届き者らを全て始末せよっ!!」
鋭い目つきの男の提案に内心大喜びしたトウケンは怒声で許可を出す。だが次の瞬間には目を白くして倒れたのだから清々しい程の踊りっぷりに笑い転げそうになった。
「もういいかな?」
五感では一切理解出来なかったがヴァッツという少年が手に負える相手ではないと意識を奪われずに済んだ家長達も納得はしたらしい。
「いいんじゃね?」
少年二人がさも当然のように結論づけるとトウケンもそれに乗っかる。
「・・・ふむ。恐れ入った。まさか里の者達がこうも一方的に無力化されるとは・・・致し方ない。奴に仕えるのは癪だが『暗闇夜天』存続の為。貴殿らの提案を飲もう。」
孫と生き永らえる事が出来る喜びは確かにある。だが心の何処かでは『暗闇夜天』が手も足も出なかった現実に寂しさと悔しさを感じたのも事実だ。
複雑だがまずは里の混乱を避ける為に全員を起こしたトウケンは皆の見える場所でカズキが用意した書面に署名する。

それからコクリとアリアケに里の留守を任せると『トリスト』との話し合いを口実にトウケンは再びヴァッツらと『アデルハイド』へと旅立った。





 「ヴァッツ君。わしは妻を沢山娶る事には理解があるつもりじゃ。だが子は必ず欲しいのでな。出来るだけハルカを優先的に可愛がってやってあだっ?!」
里から離れた瞬間トウケンが溺愛っぷりを披露するとハルカの鉄拳が彼の後頭部に突き刺さっていた。
行きと違って気配を殺さずに堂々としていられる為カズキも大笑いしていたがトウケンが一度だけこちらに真面目な顔を向けてくる。
「そういえばカズキ君。君だけわしの部隊に紛れて一緒に里へ潜り込んだみたいじゃが手引きはアリアケか?」
「はい。彼もトウケン様の身を案じておられたので協力を仰ぎました。」
スラヴォフィルやショウが国務として命じ、ヴァッツの力を借りて成し遂げた以上彼はしっかりと敬意を払う存在へとなった。なのでつい敬語で受け答えしたのだがこれにはハルカも目を丸くする。
「へぇ~?貴方ってそういう立ち居振る舞いも出来るんだ?」
「・・・まぁな。目上の人間はしっかり敬うべきだろ?」
「ほう?中々に感心じゃな。わしに気取られる事無く舞台に紛れ込んでいた力量も侮れん。もしハルカがヴァッツ君と上手くいかなかった場合はこのじゃじゃ馬を娶ってやってぐはぁっ!!」
『暗闇夜天』の頭領に折角褒められていた所をまたハルカの鉄拳が邪魔をしてきて話は途切れてしまった。
だが付け焼刃ながらアリアケと立ち合い稽古をしていた効果があったのを実感したカズキは、それでも笑みを浮かべながら今度の目標をトウケンに据えると早速『アデルハイド』へ着くまでの間は彼に稽古をせがむのだった。







どのような集団でも一枚岩というのは難しい。それは『暗闇夜天』でもそうだった。
今まではトウケンという絶対的な頭領にその血を引くハルカという後継者がいたからそこに割って入る隙がなかっただけだ。
「・・・『トリスト』のヴァッツか。奴は危険すぎるな。」
「うむ。そもそも中立である『暗闇夜天』を抱え込もうなど驕りもいい所だぞ?!」
「トウケンもトウケンだ!孫を溺愛するあまり我らの誇りを忘れたか?!」
『トリスト』としてハルカの件を穏便に済ませたいが為、そして来るべき厄災に備えて少しでも戦力を求めた結果トウケンの求心力を落とし、派閥としては存在の薄かったコクリ一派に余計な勢いを与える事となってしまったがこの時はまだ芽が出たばかりだった。

「いずれにせよこのままでは済まさん。我ら『暗闇夜天』は暗躍してこその集団なのだ。必ず彼の国と耄碌した血を刈り取ってやろうぞ!!」

鋭い目つきのコクリがその双眸を細めて静かに宣言すると彼らはこの日を境に頭領の思惑とは違う行動へと走り出す。
同時に里を任されていたアリアケもこの軋轢を解消すべく個別の行動を起こすようになっていった。

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