闇を統べる者

吉岡我龍

幼き野望 -老兵達-

 時は少し遡り、ヴァッツ達が元服を迎える前。ハルカが重傷を負って暗殺者から足を洗うと宣言してからの話である。

暗殺集団『暗闇夜天』の歴史は古く、1000年を軽く超えていた。
それだけ長い間暗躍出来るのは偏にその需要と確かな成果があったからだ。大小様々な国が幾度も勃興しようとも似た内情は必ず訪れる。
最たる例が政敵であり、これを排除すべく彼らは『暗闇夜天』に頼って来るのだ。公言出来るような商売ではないがそれでも歴史を重ねて来た分誇りは存在し、厳しい掟があるのもまた必然だった。

「ええいっ!まだ『トリスト』とかいう泥棒猫みたいな国の詳細は掴めんのかっ?!」

それは『モクトウ』から北西の山奥にある。周囲は深い茂みに覆われていて決して遠目では確認できない山間の集落。
その中でも一番大きな屋敷の一部屋で白髪の初老らしき男が畳の上をどしどしと音を立てて歩きながら激高して配下らしき人物達に当たり散らしていた。
若き頭領が引退宣言をした話を耳にすると彼女の祖父であるトウケンは血眼になって愛孫の行方を捜したが件の国共々見つからない為日に日に苛立ちが募っていく。
(あれ程までに優秀で任務に忠実で、そして才能に溢れた可愛い孫がまさか・・・いや、間違いない!!)
恐らくその『トリスト』とやらに唆されたのだ。しかも無理矢理にだ。可愛すぎてさほど過酷な訓練は受けさせていないが拷問で懐柔されたとは考えにくい。であれば残る可能性は強力な薬を使われて監禁されている、そんな所だろう。
「おのれぇっ!許さんぞっ!!必ず根絶やしにしてくれるわっ!!」
思い返せば初任務で『ネ=ウィン』へ向かわせたのが時期尚早だったのだ。当時まだ8歳でありいくら腕が立つとはいえ人間関係の構築や駆け引きは無きに等しかった。
その幼さに付け込まれたのか。気が付けば件の国に囚われたという情報から始まり次には側近として働き始めたといい、最後は暗殺者をやめて頭領を引退という話で現在に至っている。
彼女の父親も優秀ではあったが任務中に命を落としてしまった。故により期待を背負って生きて来たハルカ。その重圧を掛けた自分にも責任はあるのかもしれない。

だがこれとそれとは話は別だ。

どのような理由があるにせよ頭領を引退するからには後任を立てて引き継ぎを行う必要があるしそれも一族が認めなければ成立しない。
姿も見せずにいきなり『引退しま~す。』とかふざけた書面だけ送ってきて話がまとまる筈がないのだ。
「そもそも何故『羅刹』が国王などになっておるっ?!あ奴は人の為に動くような男ではなかったぞっ?!」
『孤高』にこそ挙げられていないもののトウケンも『暗闇夜天』の頭領として長きに渡りその力を静かに行使してきた。もし彼が表立って行動していれば皆が『孤高』だと賞賛していただろう。
故に彼らとも面識はあった。スラヴォフィルだけではない、全国津々浦々が取引先となる為各々の情報は誰よりも握っているのだ。
「連絡役でもある『アデルハイド』からは必要以上の情報は得られません。ここは我らの力を誇示すべく何人かを捕らえてみてはいかがでしょう?」
頭領補佐であったミカヅキも最後の任務で命を落としたらしく今は彼の弟であるアリアケが双方の橋渡しとして動いていた。
普段なら仕事でもないのにそのような迂闊な行動を選択するトウケンではなかったが今は非常事態でもあり己の感情に歯止めがかからないという理由もあった。
「よかろうっ!!わし自ら赴くので精鋭を10人呼べっ!!出立は10分後じゃっ!!」
一般的には考えられない程短い準備時間だが彼らにとってはこれでも長めにあたる。何せ暗殺を家業として生きて来たのだ。動ける時に的確に行動して好機を必ず得る。これこそが長年培ってきた技術であり心得であった。



それでも焦りからか、標的を国王にしたのは不味かった。

キシリングは勇猛な男でありその側近達も粒ぞろいだ。更に2年程前『ネ=ウィン』からの夜襲を受けていた為その警護はより厳重だったのだ。
暗殺が生業である彼らも拉致となると話は違ってくる。任務ではない上に下手に犠牲を出す訳にはいかない。かといってこのまま様子を探るだけでは埒が明かない。
「キシリングッ!!久しぶりだなっ?!」
遂に痺れを切らしたトウケンは『アデルハイド』侵入からたった二日目で玉座の前に堂々と姿を現すと敵味方を大いに驚かせていた。





 「その顔は・・・『暗闇夜天』のトウケンか?!」
暗殺集団というのは滅多に顔を出さない。だが過去に一度だけ相対した事があるキシリングは昔の記憶を引き摺り上げて無理矢理合致させた。
しかし何十年も昔の、お互いが老いでかなり外見が変わっていたにも関わらず相手を正確に判断出来たのには別の理由もあった。それは相手が暗殺者だからだ。
曲がった事を嫌う彼はそれを快く思っていなかった。なので嫌悪感や危機感から本能的に導き出せたのだがトウケンにとってそんな事情など知った事ではない。
「話が早いなっ!単刀直入に問うっ!!ハルカをどこにやったっ?!」
わざわざ姿を現したのも時間が惜しかったからだ。焦っていたトウケンには愛孫の行方を掴む事しか頭になかった。
だがキシリングも有能な男である。こちらが『暗闇夜天』である事と先代頭領トウケンが可愛い孫娘を血眼になって探している事を瞬時に見破ると警戒を最小限に留めて静かに答えた。
「・・・今は『トリスト』で楽しく暮らしているらしいぞ。」

「そんな訳があるかっ!!あの子は歴代の『暗闇夜天』と比べても群を抜いて高い才能を持っておるっ!!それが頭領を辞めるだなんて言い出す筈がないっ!!」

キシリングの言葉は耳にこそ届いたが心では全く納得出来る内容ではなかった為大声で反論する。すると彼らはやれやれといった様子で顔を見合わせていたのだからトウケンの苛立ちが更に爆発した。
「わしが直接赴いて連れ帰るっ!!孫を誑かした・・・いや、監禁されているのかっ?!そいつらは全員血祭りじゃっ!!」
年を取るとどうしても思考が固くなるものだ。決め付けというにはあまりにも極端すぎるトウケンの思い込みは更にキシリングらを困惑させた。
「しかしお前らでは絶対に『トリスト』には辿り着けんぞ?そもそもあの国には絶対的な大将軍がいるからな。彼がいる限り汚らしい暗殺者など近づいた瞬間一蹴されるのが落ちだろう。諦めて故郷へ帰るんだな。」
諭そうとしているのか挑発しているのかわからない物言いに頭の血管が数十本くらい破裂したような錯覚に囚われたが辛うじて意識は繋ぎ止められている。

ばぎぎっんっ!!!

ところが理性は既に怒りで塗りつぶされていた。考えるよりも体がキシリングを襲ったのだかこの日はたまたま彼がこの地を訪れていたのだ。
「おおうっ?!相変わらず良い殺気じゃ!!」
「き、貴様っ?!この珍竹林がっ!!」
一刀斎の持つ短めの刀がトウケンの直刀を見事に受け切った事で彼も幾分かの冷静さを取り戻せたが、それでも孫を諦めるつもりは毛頭ない。
「我が愛孫が人質に取られているというのに邪魔立てするというのかっ?!恥を知れっ!!」
「ほ???」
暗殺手段の1つとして自分達が幾度も取って来た手段であるにも関わらず、それを高すぎる棚の上に上げて非難声明を伝えると一刀斎は驚いた声を漏らしつつキシリングの顔を見ていた。
「まぁ何だ。言っても聞かぬという奴だ。一刀斎殿、彼をどうすれば止められるだろうか?」
「ふむ・・・じゃったらここで斬り捨ててしまおうかの。」
『モクトウ』での評判こそいまいちだが彼もまた『孤高』と呼ばれる1人だ。『剣鬼』が言い放つとトウケンの周囲には側近達が抜き身を構えて姿を現した。
すかさずキシリングの近衛達も応戦する構えに入ったので玉座の間にはただならぬ殺気と闘気が入り混じる。
もし愚鈍な頭領であればこのまま火ぶたを切って落としたかもしれないがトウケンも歴代最高と謳われる人物なのだ。
その戦力を刹那で計算し終えた後構えを解いて直刀を腰の鞘に納めると先程とは打って変わって静かに語り出す。

「・・・すまんな。孫が絡んでいたので少し取り乱してしまった。しかしハルカはわしにとって全てなのだ。頼む、どうか『トリスト』へ繋いでくれんか?」

頭領の潔い態度に側近達も刀を納めて膝を折った。キシリングの近衛兵も感心しつつ槍や剣を納め始めたし流れとしては完璧だろう。

「こちらこそ悪かったな。ただ『トリスト』へは私達も行く事は出来ん。お主の書簡くらいなら届けてやれるとは思うが。」
これほど見事に矛を収めてもキシリングが案内する旨を伝えてこないというのはもしかして奴もその場所を知らないのか?いや、そういえば『辿り着けん』と言っていた。
つまり相当過酷な地に建っているのか。どこだ?この近辺か?それとも孤島や高山地帯だろうか?
「心配するなトウケン。あそこにはスラヴォフィルもザラールもおるでな。それよりハルカか・・・いい女になりそうか?わしも会っておきたいのじゃが・・・おおうっ?!」

『モクトウ』ではその腕前より節操無しの女好きで有名な一刀斎がとても看過できない一言を発するとトウケンは無言で再び直刀を抜いて襲い掛かった。
「貴様には絶対に会わせんっ!!そもそもお前今いくつだっ?!いい加減さっさと枯れてしまえっ!!」
80歳近くても双方の面でまだまだ現役だった一刀斎は彼の憤怒に満ちた剣など問題なくすいすいと躱した後、キシリングに手を振ってそのまま武者修業の旅へと出て行った。





 助平爺のお蔭で正気と冷静さを取り戻したトウケンは再び謝罪しつつキシリングと情報のやり取りを始める。
「私もスラヴォフィルとの約束があるのでな。すまんがその実情だけは話せんのだ。」
聞けば彼も息子を『トリスト』に預けているらしい。だがその息子とやらの情報はこちらも把握している。非常に甘やかされて育った為文武共に身に着けておらず、その容姿はまるで女子のようだという。
そしてキシリングも自身の甘さを重々理解していたからこそ無理矢理巣立たせる意味でもそういう行動に出た、そんな所だろう。
「・・・これだけは確認させて欲しい。ハルカは、酷い目に会ってはいないんだな?」
「ああ。むしろ伸び伸びと暮らしているようだ。『アデルハイド』にも何度かやって来たが大将軍にも王女にも堂々と意見を述べていたよ。」
「何っ?!この国には来ているのかっ?!」
非常に貴重な情報だ。側近達も含めてその事を全員が脳裏に刻みつけるとキシリングは更に続ける。
「うむ。なので騒ぎを起こさないと約束するのであれば我が国に人を置く事も許可しよう。私から協力出来るのはこれくらいしかないからな。」
「か、かたじけないっ!」
あれだけの騒動を起こしたのにキシリングはこちらに手を差し伸べてくれたのだ。であればトウケンも心から感謝を伝えねばならないだろう。ただ、人を残すと言われれば選択肢などない。
「ではわしが残ろうっ!」
「「「えっ?!」」」
側近の何人かが驚愕から声を漏らしたがいつ孫に会えるかわからないのだ。その時の事後報告など聞く気は無いし聞く耳も持ち合わせていない。
最終目的はハルカを頭領に復職させる事だが今の彼はまず可愛い孫娘に会いたい。その気持ちで頭も心も一杯だったのだ。
「何じゃっ?何か文句でもあるのかっ?!」
「い、いえ・・・その・・・」
「ト、トウケン様は現在頭領として復職されております。ですのでその・・・遠い異国の地でいつ来られるかわからないハルカ様を待ち続けられるというのは・・・」
「ほ、他の任務に支障をきたしません・・・か?」
3人程が恐々とその理由を述べてきたが全く持ってその通りである。今までのトウケンならば忌憚なき諫言に感動の念を返していただろう。

「構わんっ!!今はハルカが4将からせしめた大量の報酬が残っておるじゃろっ!!それがある間はこの任務、わしが成し遂げようっ!!」

公私混同もいい所だが彼の強さは健在であり側近達もこれ以上の説得は無理だと悟ったのか、トウケンの宣言に深く頭を下げた。
「任務だなんてそんな大仰な・・・まぁいいか。部屋も食事も用意するが無益な殺生だけはやめてくれよ?」
キシリングは苦笑いを浮かべつつこちらを受け入れてくれた。彼の話しぶりから察するにちょくちょくこの国には訪れているはず、そう読んだのだがこれ以降トウケンは全く会えないまま気が付けば年を越えていた。



「何故だっ?!もう半年以上も待っておるのに何故会えんっ?!」

これにはれっきとした理由があった。簡単に言えばスラヴォフィルが面倒臭がったのであえて彼に情報を与えなかったからだ。
直近だとヴァッツ達の元服の儀で地上に降り立っていたが、ただでさえ癖の強い人物達が集まり頭を抱え込むほどの事件が重なって起きた。こんな中に孫を溺愛している暗殺者などを呼べるはずもなかったのだ。
「ま、まぁまぁ。彼女も親しい友人達に囲まれて毎日を送っているのは間違いないんだから。な?」
最近では愚痴を聞いてもらうべくキシリングに毎晩深酒を付き合ってもらっていたが、そんな事で自身の気は晴れない。
ただ新しい発見もあった。それはこの国王キシリングが面倒見の良い男だという事であり、同時にこちらにとって足枷となりうる点だ。
今まで家業の関係から1つの国家と深く関わってこなかったのだがここまで快く面倒を見てもらったとなれば今後『アデルハイド』の人物は手にかけ辛くなる。
(・・・いや、それもわしの代までだろう。ハルカが再び頭領になればそんなわだかまりも無に帰すはずじゃ。)

そんな事を考えていたある日。『トリスト』の人間が『モクトウ』へやってきたという情報を一族伝手で耳にした。

正に千載一遇の好機だろう。ここで其奴らと接触し、『トリスト』にいるというハルカの下まで案内させる。
トウケンはすぐさま行動に移そうと腰を上げたが1つだけ懸念があった。それは入れ違いでこの『アデルハイド』に孫が来る可能性だ。
ここから『モクトウ』までの距離も随分ある。いくら『暗闇夜天』族であったとしても強行で片道5日は見ておいた方が良い。そこから速やかに『トリスト』を調べ上げたとして復路の時間を考慮しても10日強は『アデルハイド』を離れる事になるだろう。
(ううむ・・・仕方あるまい。)
「アリアケに伝えよっ!!『モクトウ』にやってきた『トリスト』の面々と接触し、何としてでもその国の所在を突き止めるのだっ!!」
半年以上も待っていたのは孫に会う為、いや、頭領として連れ戻す為だ。ならば自分は下手に動くより時々姿を見せるというキシリングの話を最後まで信じるべきだと判断したのだ。
(頼んだぞ・・・)
最終決定を下した後もトウケンは憂慮が頭から離れなかったが自分達は『暗闇夜天』族である。ならば暗殺以上に楽な仕事をしくじる事などないだろう。
そう信じ込んで何とか心の安寧を求めたのだが彼の耳にはその一行が曲者揃いだという情報は届いていなかった。





 時雨達が御子神神社へ旅に出た頃、カズキも一度祖母の顔を覗くべく実家へと帰ってくると置手紙が残されていた。
「ありゃ?だったら俺にも声をかけてくれればよかったのに・・・」
久しぶりに『モクトウ』へ帰ってきているのだから彼も祖母に何かをしてやりたかった気持ちから静かにぼやきが零れる。
だが今から動いて入れ違いになる可能性を考えるとここは王都に戻って再び剣撃士隊の隊員を鍛えつつ彼女らの帰りを待つのが得策だろう。
そう決めたカズキは祖母にまた折を見て帰省する旨を書き残すと家を後にしたのだが。

(何だ?何かいる・・・のか?)

普通に生きている人間は後をつけられるような経験はまず無い。だがカズキは普通ではなかった。クレイス達と出会う前までは3年間も武者修業に明け暮れてあちこちで賊徒の類を斬り伏せていたのだ。
一刀斎が言うにはこれを『撒き餌』と言い表していた。どこで買った恨みか等覚えなくて良い。恨みに食いついた魚は逃さずつり上げよ、という話だ。
しかしこの理論にはいくつかの欠点がある。それは恨みを保有する者が存在するのか、その者が覚悟を決められるのかという点だ。
そもそもカズキは人気のない場所でそれらを斬り伏せて来たのだ。まず彼が命を奪ったという場面は誰にも見られていない可能性が高い。
そして斬り方にもこだわって来た。どうすれば刃がすんなりと通り、人体を最も効率よく斬り落とせるのか。命を速やかに奪えるのかを常に考えて来た。その結果遺体は見るも無残な物が多かった。
親族知人とはいえそれを目の当たりにして誰が復讐を誓うのか。ましてやそれらはごろつきと呼ばれるろくでもない連中ばかり。いくら夫婦の関係であったとしてもわざわざカズキを探し出してまで敵討ちしてくるかと問われると首を傾げるしかない。

それでも現在、カズキは誰かの視線と付け狙われている気配を確かに感じ取ったのだ。

微弱で一瞬しかわからなかった事からも相当な腕前を持つ者だと判断するとまずは馬に跨ってその場を離れる。こういう場合相手をおびき出す為にまずは平原、平地に移動するのが定石だろう。
身を隠す場所が無くなれば自ずと姿を見せねばならなくなる。もしそこで退いてしまえばカズキを見失ってしまう。尾行とは常に進退の判断が求められるのだ。
(・・・来ないか。んじゃこのまま王都に帰るか。)
相手はかなりの腕利きだったはずだが退く事を選んだらしい。ならば無理に実家近辺に留まる事は無い。時雨や従姉はともかく祖母やティナマは戦う術を持ち合わせていないのだ。
旅行に行っててくれてよかった。前向きに捉えたカズキは馬を街道に上げるとそのまま北へ向かった。

それからしばらくして自身の認識が甘かったと後悔する。

実家で感じた気配。それを1人のものだと判断していたのだがそうではない。相手は徒党を組んでいたのだ。
確信したのは集落に入って宿を探している時だった。またも視線を感じたので一瞬悩んだが今回は動きを見せずにそのまま旅籠の中へ入って行った。
気になったので二階の通りに面した部屋を用意してもらい、そこから外を覗いてみてもその姿を捉える事は出来ない。だが近くに潜んでいるのは間違いないだろう。
(・・・仕掛けてくるのかな?)
暗殺という分野には疎い為カズキは体を休めつつその方法を自分なりに考えてみた。
『モクトウ』という国は外敵への備えがほとんど必要ないので治安維持として国内にその力を使っている。それは国王がゴシュウに変わっても同じだ。
何かあればすぐに衛兵が駆けつけて騒ぎを沈めるのだと推測すれば、わざわざ宿ごとカズキを襲ってくるような馬鹿な真似はしてこない・・・気がする。

「失礼致します。」

襖の外から声を掛けられて顔を向けるとそこには明らかに旅籠の人間ではない、頬に大きな刀傷の痕を走らせる歴戦の猛者が小さすぎる着物に無理矢理袖を通した姿で現れた。
「いや、うん。まぁ・・・ちょっとそれは無理がないか?」
尾行していた本人が堂々と姿を見せるには良い方法かもしれないが、それは形が整っていればの話だ。
それでもカズキが強く突っ込まなかったのは彼からこちらに危害を加えるような気配を感じなかったからだ。であれば何故カズキを付けて来ていたのだろう?

「『トリスト』のカズキ様ですね?私は『暗闇夜天』族の頭領補佐アリアケと申します。」





 その名を聞いて納得半分、疑問半分といった様子で思考を整理すると向き合う様に座り直す。
「ほう?ハルカんとこの人間だな。どうりで尾行が上手い訳だ。んで?俺に何か用か?」
「はい。実はハルカ様を連れ戻したく是非、我々を『トリスト』まで案内して頂ければとお願いに上がりました。」
「うん・・・うん?」
おかしい。その話はハルカが暗殺者を辞めるとか言い出した後スラヴォフィルが事後処理を引き受ける事で収まっていたはずだ。
しかもその話題が出て既に1年近く経過している。今更ハルカを連れ戻す?何故だ?
カズキの中でスラヴォフィルへの信頼は絶対のものであった為まさか彼と『暗闇夜天』との話し合いが決裂しているとは露ほども疑わず、ただただ小首を傾げていたのだがアリアケは続けて口を開いた。
「ハルカ様の祖父であらせられるトウケン様がその件に対して了承されておりません。」
「おー・・・なるほどね。」
納得を口にしてみたもののそれとカズキへの接触と何が関係しているのか。それなら直接本人かスラヴォフィルに言えばいいんじゃないかと思うも『トリスト』とは選ばれた人間しか入国出来ない場所に在るのだ。
ハルカも元服の儀の時こそ地上に降りてきたもののあれ以来外に出て活動している話は一切聞いていないし今もリリー姉妹と楽しく過ごしているはずだ。

「んー・・・でも俺なんて『トリスト』の小さい部隊の一隊長に過ぎないからなぁ。そんな権限もないし。うーん。」

そもそも自身すらお迎えの馬車か空を飛べる人物に持ち上げてもらわないとあの国には帰れない。ただこの話を無下にするのも選択肢にはなかった。じっと座して待つアリアケを他所に考え込んだ結果。
「んじゃ『トリスト』の左宰相に会わせるからそいつと話してくれねぇか?」
「おお!!まことに感謝致します!!」
詳しい内情もわからないのでショウという『トリスト』関連では現在最も頼りになる友人に丸投げする事でこの日の接触は幕を閉じた。



翌日からはアリアケと轡を並べて王都に向かう。
「ところで俺を尾行してたのってあんただけか?もしかして複数人でつけてた?」
「・・・申し訳ない。任務に関わる情報はお伝え出来かねます。」
祖父と孫という関係に自身を投影してしまった故、協力を承諾したカズキと『暗闇夜天』族の存亡に関わる程の責任を背負っているアリアケ。
互いの心の距離感に大きな隔たりがあった為素っ気ないやり取りで話は終わってしまったのだがカズキはそんな事を気にする様子はなく、残り三日の旅路で暇な時間をあらゆる質問で解消していた。

「アリアケって今いくつ?結婚してんの?子供いる?」

「『暗闇夜天』って何人くらいいるんだ?隠れ里だろ?どの辺にあるんだ?」

「得意な武器って何?暗殺で最も使う手段って何?その頬の傷って任務中に負ったのか?相場ってどれくらいなんだ?」

「カ、カズキ様!!申し訳ございませんが我々『暗闇夜天』族は裏家業で生きております故、質問にはお答えしかねます!!」
自身がハルカに気を許している部分もあるからだろう。親近感を覚えているカズキが怒涛の質問攻めをするとアリアケも冷や汗を流しつつ断りを入れて来る。
「えー?じゃあ何なら教えてくれるんだよ?」
「そ、そうですね・・・まぁ歳は30歳です。以上です。」
「えーーーー?!んじゃもうそっちから話を振ってくれよ。まだ王都まで長いんだし何でも答えてやるからさ。あ、あと昼食前に俺と一度立ち会ってくれよな?」
久しぶりに国と無関係の猛者と出会えた事が嬉しくてつい喜びを表現しすぎていたらしい。妥協案の中にも立会いを所望している所がそれを如実に物語っている。
ただアリアケも質問にほとんど答えられない事を申し訳なく感じたのだろう。立会いの件だけは快諾してくれたので王都に着くまでの間、2人は充実した修業を送っていた。





 王都に戻ったカズキは早速ショウにアリアケを会わせるとハルカの件について説明を始める。
「ふむ・・・」
矛を交えるというのは何にも変えがたい交流方法だ。短い期間だがこれを毎日行いながら旅をした為カズキの心情は大分彼に移ってしまっていた。故にショウなら必ず妙案を立ててくれると信じて疑わなかったのだが。
「申し訳ございませんがこれはハルカの決定をスラヴォフィル様がお認めになられたという話です。いくら私でも王の決定事項に横槍を刺す愚行は致しかねます。」
一瞬意外にも感じたが確かにショウが目上の意向に口出しする場面など見たことも聞いた事もない。誰よりも国を考え国を愛すのだから当然の返答なのだろう。
「そ、それではトウケン様が納得されません!!せめてハルカ様と直接お話出来る機会を作って頂く訳には参りませんか?!」
しかしアリアケも子供のお使いでこの場に現れた訳ではないのだ。せめて彼女を説得するための場くらいはと畳に額を擦り付けながら懇願してくるがショウの表情は険しい。

「その爺さんと会わせるくらいならいいんじゃねぇのか?無理に『トリスト』へ連れていけって言ってる訳でもないんだし。」

見かねたカズキはつい口を挟んでしまった。身分的に考えてこれは越権行為なのだがショウも友人に対しては甘い部分がある。なので咎める事無くそれについての私見を述べて来た。
「ですがアリアケ様のお話とスラヴォフィル様からお聞きしているトウケン様の人物を重ねて考えると絶対に話し合いでは済まない気がします。それこそ力尽くとかになってくると周囲に被害が出かねません。」
これにはアリアケも言葉を失った。つまり無言の同意という意味だろう。であればやはりこのまま諦めて貰った方がいいのかもしれない。

「・・・だったら俺も同席するって条件付きじゃ駄目か?何かあればそのトウケンって奴を抑えるからさ。」

決して意固地になっていた訳ではない。ただ自身と祖父との関係を重ねてしまったのとそのトウケンとやらに会ってみたくなったから無理矢理提案をねじ込んでみただけだ。
それでもアリアケからは熱い眼差しを感じるし、ショウも驚いた表情を一瞬だけ見せたもののすぐに笑みを零して頷いた。
「わかりました。そこまで仰るのであれば私も何とかしてみましょう。」
情に厚いとか絆されたと受け止められるのは面倒だがこの場で言い訳をするつもりはない。どちらかというとハイジヴラムから言われていた面倒見が良い部分が無意識に働いた可能性が高いだろう。
とにかく『暗闇夜天』族の前頭領でありハルカの祖父というトウケンとの対面は果たせそうだ。まずは安堵、次にその祖父と会える高揚感が心を埋め尽くしていたのだが。

「たっだいまー!!」

「うおっ?!ヴァッツ!!お前いきなり出てくるなよっ?!」
畳の部屋で3人が座っていた所、カズキの影を通じてヴァッツとアルヴィーヌが突如姿を現した事にショウは笑みを、アリアケは驚きを浮かべる。
「いや~クレイスの傷は治るまで少しかかりそうだったからさ。天界へ行くのは後にして先にシャルアの事を相談しようと思ったんだけど、おっちゃん誰?」
あいつはまた怪我してるのか・・・と言いたいところだが先日自身もネイヴンに散々やられていた。そう考えると滅多な事は口に出せないし、むしろここはクレイスへの口止めをしておくべきか。
「シャルア様についてですか?」
「うん。あの人を護って欲しいって言われてたから。ショウ、シャルアは『トリスト』に住んでもらってもいいかな?」
こちらからすれば特に深い意味はなかった。だが天空にそびえる城と大地、そこに招き入れるという意味を含んだ言い回しにアリアケも何かを感じ取ったらしく気配を抑えつつ2人の動向をじっと眺める様に見つめていた。





 その話し合いを続けるには流石に無理がある。部外者のアリアケも同席しているのだ。
だがショウは先程までと違って明るい雰囲気を漂わせながら軽く人差し指を立てるとその条件を提示した。
「シャルア様はご結婚されていますし彼女のお母様をお一人にしておくのも忍びありません。ですのでお相手の3人全員が移住を了承したらこちらも許可しましょう。」
「うん!わかった、んじゃ早速聞いてくる!!」
元気な返事と共にアルヴィーヌ共々また足元の影へ身を沈めようとした所、ショウが慌てて手を伸ばす。
「待ってください!もう1つ条件がありますので一度座って下さい。」
ヴァッツはいつものようにきょとんとした表情を浮かべていたがアルヴィーヌに関しては自慢の銀髪さえ維持出来ていれば何でもいいらしい。
彼の胸元に頭を擦りつけているのでアリアケが何とも言えない表情を浮かべていたにも関わらず全く気にしない様子でそのまま並んで畳の上に腰を下ろす。

「実は今度ハルカの祖父であるトウケン様が彼女とお会いなさるのです。そこでヴァッツも同席して頂けませんか?」

「うん?いいよ!ハルカのじいちゃんか~どんな人だろ?!」
深く考えていない様子はいつも通りだがこれにはカズキが少し邪推してしまった。もし再会の場で暗殺者2人が争い出したら自分では力量不足だと。ショウがそう判断したのだと思ってしまった。
「もしかすると色々起こるかもしれませんがその時はカズキとヴァッツの判断に委ねます。何をしてもいいので穏便な話し合いで解決するよう努力してください。」
あれ?こちらに判断を委ねる?一体何を言っているのだ?
ショウが半ば投げやりな発言をした事でカズキが想定している場面と大きな乖離がある事に気が付いたもののその中身はわからない。
とにかくシャルアの一件が片付き次第孫娘と祖父の対面を行う事をアリアケに告げると彼はほっとした表情で里に朗報を持ち帰るべく、その日のうちに王都を後にした。







『闇を統べる者』が能動的に動いたお陰でシャルアが『ネ=ウィン』の家族の下へ帰るのも一瞬で済んだ。

ただケディは夫の死を受け入れかねていたのか随分憔悴していたらしい。サファヴもそれが心配だった為争いから距離を取れるのならとヴァッツの提案を有り難く受け取っていたようだ。
「私も今は・・・うん。『トリスト』って所に行ってみたいかな!」
シャルアのみ父と行動していた為詳しい事情を全て知っていたのだがそれを母や夫に教えるつもりはなかった。それもそうだろう。身を粉にして働いてきた父が国の第一皇子に裏切られた等母に言える筈がない。
そもそも彼女の投石で第一皇子の命を奪った事も『ネ=ウィン』には届いていないようだ。ならばこの事実が拡がる前に身を隠してしまう方が亡き父も安心してくれるだろう。

むしろ今の心配事と言えば新たな土地の、そのお隣さん家族の長女が美人過ぎる事へと移っていた。

「へぇ。カーチフ様の娘さんなんだ。通りで妙な雰囲気を感じる訳だわ。」

ハルカという少女が初対面の時から不思議そうにこちらを見つめて来たのは自身に何かを感じていたからだという。
引っ越しのご挨拶に伺った後、是非にと招かれたのでその夜大勢での夕食を楽しんでいた時彼女が何度か頷く。しかしシャルアは父に言われる通り戦いの事を何も知らずに、関わらずに普通の女の子として成長し、普通に結婚して素朴な生活を送って来た。
「カーチフ様はお優しい方でしたから。自身の家族に災禍が及ばないよう考えておられたのでしょう。」
父の元執事という老人がとても優しく答えてくれるのでシャルアだけでなくケディの心も随分救われる。そうだ。父がいなくなっても関わりを持つ人達の中で彼の記憶は残っているのだ。

「それにしても流石はヴァッツ様だな・・・シャルアさんだけじゃなくそのご家族全てを護る為に動かれるなんて。」

大丈夫だ。大丈夫だと思いたい。しかし彼女が声を発するだけで場の雰囲気が一気に変わるのだ。それくらい同性のシャルアから見てもリリーという少女には華と存在感と、溢れる魅力があった。
更に自身の心配事を誰よりもいち早く気付いたのが彼女の妹というのだから姉妹揃って恐ろしい。
「大丈夫!!お姉ちゃんはヴァッツ様の許嫁だから!!」
「ばっ!それは建前だろっ!!」
何やら込み入った事情からそういう話になっているらしいが彼からはまだそういった気配は感じなかった。こちらとしては早く男として目覚めてリリーという少女をしっかりと捕まえてもらいたいが純朴な所もまた長所なのだろう。
結局、食事の味がよくわからないまま晩餐は終わりを迎え、最後までもやもやが残っていたシャルアはその影響からかカーチフという血の闘争本能からか。帰宅後は今まで感じた事のない欲求を満たすべくサファヴを襲うような形で肌を重ねていた。

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