闇を統べる者

吉岡我龍

動乱の行く先 -卵-

 『ネ=ウィン』と『ジグラト』の衝突は日に日に増していく。
最初こそ戦闘国家が圧倒していたが一月も経った頃には事なかれ主義の人間とは思えない程捨て身で立ち向かって来る為フランドル親子はその対処に追われていた。
「親父!こいつら何かおかしくないか?!」
現在3000の精鋭を率いて『ジグラト』の軍勢と対峙していたフランシスカはその動きに狼狽していた。理由はただ一つ。
致命傷を与えない限り、いや、致命傷であったとしても立ち向かってくるからだ。フランドル親子は2人とも槍を使いその威力は敵を軽々と両断する。
流石に首が飛ぶと動かなくなるが胴から下半身を失っても這いつくばって前進したり腕が無くなっても突っ込んできたりと滅茶苦茶だ。
「おいおい!!我が息子ならここでこそ奮起してくれなきゃ困るぜ?!」
だが筋肉の塊であるフランドルはその異様な光景を目の当たりにしても尚喜んで大槍を振るっていた。この辺りが長年4将として戦ってきた猛者と若輩者の違いなのだろう。
そのお蔭で率いているネ=ウィン兵達も鼓舞されるのだ。どんな状況であっても勇猛果敢に戦う司令官の勇姿こそ彼らの導となるのだから。

家庭内ではおっとりとした母に頭の上がらない男だがこの時初めて自身の父が偉大な将軍なのだと認識するとその血を継ぐフランシスカも負けじと敵兵を軒並み駆逐していった。



この日『ネ=ウィン』は『ジグラト』軍1万の侵攻を見事に防ぎきったのだが皆の体力は完全に底をついていた。
それもそのはず。事なかれ主義の『ジグラト』人達はどれだけ仲間が斬り捨てられようとも陣形が崩れようとも一切退く様子を見せずにただ突撃してきたからだ。
普通、軍勢に少しでも怯えが見えれば自然と瓦解し散り散りに逃げていく。戦とはそうして勝敗が決するのだが今日ばかりはそれを大きく逸脱していた。
「なぁ親父。『ジグラト』ってこんなに気骨ある連中だったか?」
「がっはっは!!あの程度の攻撃に怖気づいたのか?お前もまだまだだなぁ?!」
やっと一息つけたフランシスカが鍋を囲みながら話を切り出してみたが父はそういう性格だ。よく言えば豪気、悪く言えば楽観的?いや、頭を使うのが苦手だと言うべきか。
明らかに尋常ではない行動の数々を目の当たりにしたフランシスカには怯えではなく単純な驚きと疑問が浮かんでいただけだ。
どれだけ覚悟がある人間でも限界を超えてまで敵兵に襲い掛かってくる奴なんてそうはいない。ましてや名声も大した力もない一兵卒なら命が危うければ迷わず撤退するはずだ。
なのに奴等は全員が不退転の覚悟を以って戦に望んできたのだ。そこにはどんな強い理由があるのだろう?
「・・・でもな親父、もし死にそうだと感じたら逃げてくれよ?今の『ネ=ウィン』は戦力が相当落ち込んでいるんだからな。」
軽口をさらっと流しつつ父を失いたくない気持ちを隠してフランシスカは釘を刺す。だが母国が弱体化しているのも事実だ。
バルバロッサが亡くなり、次いでカーチフに生きていた筈の第一皇子ネイヴン。ノーヴァラットも『ジグラト』へ引き抜かれたという話だが今の所その姿は見ていない。
現在の4将はフランドルとビアードの2人しかいないのだ。このままいけば自身が選ばれるのもそう遠くないだろうが散っていった勇将達の抜けた穴を補えるかと問われると返す言葉がない。

ここ数ヶ月で一気に戦力が落ちている『ネ=ウィン』と一兵卒の資質からして見違えるほど向上している『ジグラト』。

この衝突を続けていけば先にこちらが戦力の底をつくかもしれない。だがこんな後ろ向きな意見など決して口にするわけにはいかないのが戦闘国家の辛いところだろう。
全ての価値は強さで決まる。勢いがあり勝ちを重ねている時はそれでいいのだろうが劣勢時には巨大な足枷となり己の動きを縛り付けてくるのだ。
「・・・カズキがいてくれればもう少し戦えるかもしれねぇな。」
一刀斎の孫であり自身と刃を交えた少年。4つほど年下らしいがそれでも強さはかなり完成されていた。もしあのまま成長を続ければ自分はおろか父すら超えていくかもしれない逸材だ。
「冗談を言うな!あいつは『トリスト』の人間だぞ?!この国に来てたのだって一刀斎様の葬儀の関係上一時的なものだ!気を許すんじゃないっ!!」
父が親らしく子に叱責するもフランシスカはあの時の立会いを何度も思い返しては心を躍らせていたのだ。その剣と意思の強さを。
あいつは絶対良き将軍になるし、なって欲しい。そしてそれは是非自分の目と手の届くこの国でその雄姿を見せて欲しい。

しかしこれも親父の前で言うとまたどやされるだろう。なのでこの気持ちは口外しないよう心にしっかりと留めたフランシスカは父の大声を軽く流しつつ鍋の底をつつき始めた。





 『ジグラト』の王城内では相変わらず王妃の調合した御香がそこかしこで焚かれているがこれにはいくつかの理由がある。
まず大きなものが『強欲』だ。これの香りに中てられると無性に三大欲求が駆り立てられる。人は無我夢中で満たそうと行動を起こす。結果この上ない満足感を得る事が出来るのだ。

これらが人々にどう影響していくのか。そう、彼らは更なる満足感を求め始める。

沢山美味しいものを腹いっぱい食べたい。寝ても寝ても寝足りない。抱いても抱いても、抱かれても抱かれてもまだ満足がいかない体へと変貌を遂げていく。
そんな中毒者達にブリーラ=バンメアはより強力な御香を恩賜する。ただし、それには当然相応の働きを求めるのを忘れない。
つまり城内及びその周辺でこの香りに中てられた者達は知らず知らずの内に本能から彼女に忠誠を誓う羽目になっていったのだ。

これにより国力は異様な伸びを見せていたのだがもう1つ。この御香には理由があった。



「『闇の王』様、居心地は如何ですか?」



『ジグラト』王城の地下深く、夫を監禁している牢屋の更に底へと続く階段を下りた先にあるのは一切の光が届かない洞穴のような部屋だ。
その中央には腐肉と人骨で出来た玉座らしい物が置いてあり、座面には高さ一尺(30cm)はあるどす黒い靄を纏う卵らしきものが鎮座していた。
『・・・悪クナイ。』
片言な喋り方だったが何よりまずは卵が言葉を発する点に驚くべきだろう。そしてその声質から感じられる力。
魔族や天族のような人外の存在がある程度の居心地を感じていると受け取ったブリーラ=バンメアは深く頭を下げて内心ほくそ笑んでいた。

由来は一切分からない。気が付けば我が家の蔵で眠っていた不気味な黒い卵。

自身の夫が不貞を働き、その罰までは考えていたものの当初国を牛耳る事などに興味がなかった。そんな彼女にふと思い起こさせたのがこの存在だった。
いつの間にか言葉を話すようになった卵はこの地下室を作り出す事で己の力をわかりやすく見せつけてくれた。事なかれ主義が蔓延る『ジグラト』ではこれでも十分すぎる力だったが彼は言う。

『・・・我ニ供物ヲ捧ゲヨ。サスレバ更ナル力ヲ貴様ニ与エヨウ。』

卵らしき彼は『闇の王』と言い、その好物は人間の肉だそうだ。そこに強い感情、特に深い感情が刷り込まれている肉こそを最も欲しているという。
なのでブリーラ=バンメアが手始めに夫と不貞を働いた女を捧げたりしたのだが少し物足りないと言われる。
「『闇の王』様。私は貴方様のお蔭でこの国を手中に収めています。ですのでもう少し具体的にその要素を教えては下さいませんか?」
誰が相手だろうと慄く事を知らない彼女だからこそ対等に尋ねられるのだ。そして彼もその様子を気に入ったのか。たどたどしくもどのような要素を持つ人肉が必要なのかを少しずつ教えてくれる。

『・・・モット強イ欲ヲ添エテ欲シイ。アレダケデモ非常ニ旨イ。色ハ人間デイウ酒ノヨウナ味ニナルガ、過ギタ食欲ハ我デスラ胸焼ケを起コシカネナイカラ少量デイイ。』

片言ではあるが割と細かく欲と味の関係性を教えてくれる。ただ普通の人間が彼の言葉を聞いても理解が追い付かないだろう。
「それは・・・欲に囚われた人間の肉があればよいと?」
であれば夫に抱かせた女狐達では物足りないと思われても仕方がない。あれらは王妃が適当に選んだ人物であって彼女らも国王の相手をするだけと割り切っている。
つまり欲深な人間を献上せねば満足しないということだがこれには『闇の王』から1つの知恵を授かった事で解決した。





 それが城中で焚かれている御香だ。
原材料は人の心臓と脳を燻製にしたものであり、そこに『闇の王』から漏れ出ている黒い靄を軽く通せば人々を『強欲』へと導く御香が完成する。
これを体内に取り込み続けて果てなき欲望に心身が支配された者を選び、ブリーラ=バンメアは『闇の王』へ献上する。
更にその者の心臓と脳を再利用して御香を作れば両者の利が永久に約束されるという仕組みだ。

「今日はこちらをご用意しました。」

2人の関係は極秘でありこの場所も存在もブリーラ=バンメアしか知らない。そもそも城下町にまで漏れ出している御香に埋もれた王都で正気を保っているのはいまや彼女のみだ。
様々な部位を用意するが彼のお気に入りは首元と腰、そして太腿をよく食す。いや、人間のような言い方をしたが彼は卵のような形態であり差し出した肉は黒い靄にかかるとあっというまに消えている。
本当に『食べて』いるのか怪しいが王妃も今更そんな些細な部分を口に出したりはしない。

『オオ・・・コレハ美味ダ。コノ男、戦場デノ手柄ヲ上官ニ奪ワレタノデソレヲ殺シタノダナ。良イゾ。トテモ良イ。』

その人物の事情はある程度把握していたものの『闇の王』は食べただけで全てを言い当てるのだから欲という味は相当なものなのだろう。
「お気に召されたようで何よりです。」
そんなやり取りが毎日のように続くと彼女も少しずつその毒気に中てられてくる。これは決して御香の話ではない。



欲に塗れた人間とはそれほど美味しいのだろうか?



気になった彼女は早速彼があまり好まない余った腕や他の部位を調理させて食してみたのだが・・・
「・・・欲の味は・・・わからないわね。」
料理人の腕がいいのかそれが人間のものだとはわからず、『闇の王』が言う欲やその事情が頭に入って来ることは無い。
ただ興味が尽きない彼女はその日以降『闇の王』と同じものを食べる様になり始めた。もしかするとそれによって自身も得体の知れない力が手に入るかもしれないと考えて。

それを3か月も続けると見た目は全く変わっていなかったもののブリーラ=バンメアの中では確実に人々の強欲と怨念が渦巻くようになっていた。





 『ジグラト』が大きく動き始めた事によって世界も激動の時を迎えている。
「さて、いよいよ我が地を取り戻そうじゃないか。」
これを好機と捉えたネヴラディンは大会議室に集めた面々の前で『ビ=ダータ』への侵攻を宣言していた。
現在4将を尽く失っていた『ネ=ウィン』は『ジグラト』を抑え込むのに精一杯であり『ボラムス』は『トリスト』とヴァッツの息が掛かっている為手の出しようがない。
だがこの国は攻めて出るような動きはしないのも彼らの性格から推察出来た。であれば後顧の憂いはなく、『リングストン』としても安心して1か国に狙いを絞れるのだ。

唯一懸念があるとすれば3か月ほど前に10万もの兵を失ったというものがある。

しかし大王が宣言を終えた今それを口にするものは誰一人いない。何故なら・・・
「だ、大王様。現在我が国は10万の兵を失ってこの先の疲弊も予測されます。せめて今年中は国内の安寧を考慮されるべきかと・・・」

びしゃんっ!

彼らも解ってはいる。この国は独裁国家。その王であるネヴラディンの発言こそが全てなのだと。それでも諫言をするのには理由があった。
それはネヴラディンが阿る行動を酷く嫌うからだ。
彼は胡麻をするような人物を絶対に認めず、有能で気骨のある人物を求める。これがまた独裁国家との相性が最悪なのでよくよく彼の機嫌を損ねてはその場で処断されるのだが今回は違ったらしい。
大王が右手を軽く上げた時に近衛は矢を射るのだがその合図は何種類かに分けられる。
1つは口の中へ通して絶命させる。1つは肩を射貫いて気晴らしをする。最後の1つは耳元を掠らせて良き諫言だと褒めたたえる、だ。
今回命拾いした文官は真っ青な顔色をしつつも己の意見が大王に認められた事を何よりも喜んでいた。清々しい笑みを浮かべているのがその証拠だろう。
「うむ。お前の意見は至極真っ当であり尤もだ。しかし兵は神速を貴ぶ。『ジグラト』と『ネ=ウィン』の膠着状態が長く続くとは考えにくい為今は早々に動くべきなのだ。コーサ!!」
「はーい。」
彼もまた大王に認められた現大将軍であり飄々としているものの実力を高く買われている為その言動を咎められる事は無い。

「フォビア=ボウと共に全てを刈り取ってこい。」

「げっ?!こいつと一緒っすか?」
「ははっ!必ずご期待に添えて御覧にいれます。」
対照的な返事にネヴラディンも思わず声を上げて笑った。彼らは年も近く次世代の『リングストン』を担う人物である事に間違いはないのだがその性格は真逆も真逆だ。
弓矢を得意とするコーサは普段のふらふらした言動とは打って変わって戦い方は真っ直ぐな直情型。
対して大人しそうな見た目のフォビア=ボウはその嗜虐性と勝利の為なら手段を選ばない事で大王から大層気に入られていた。
今回の侵攻でこの2人を選んだのには確たる理由がある。それは両者の価値観を分かち合ってもらいたかったからだ。
真っ直ぐなだけでは行き詰まるし回り道だけでは間に合わない時がある。それを2人には理解してもらいたい。
もちろん戦果はしっかりと期待するがそこはさほど心配していなかった。

「はっはっは。大いに期待しているぞ。おおそうだ、1つ言い忘れていたがガビアムだけは生け捕れ。あとはお前達に任せた。」

首魁である男だけはこの手で仕留めねばならない。しかもただ殺すだけでは駄目なのだ。『リングストン』を裏切った者がどういう死を迎えるのか。
それを広くしっかりと伝えねばならないのだから独裁者というのも大変だ。
「・・・言っておくけどー過ぎた搦め手には賛同しないからなー?」
「大丈夫です。大将軍様の御邪魔はしませんよ。」
それでも戦う前から仲間内で牽制しあう2人を見て益々上機嫌になったネヴラディンは早速宴の準備を手配させた後、

「全ては統一国家の為だ。褒賞は大いに期待して良いぞ!」

自らが鼓舞する事により死をも厭わぬ覚悟を決めた20万の軍勢は今後大いに活躍するのだった。





 戦争屋という言葉はあるものの実際誰かがそれを家業にしている訳ではない。だがそれを利用して一儲けを企む輩は確かに存在する。
「いやいやいやいや。まさかあの『ジグラト』がここまでの戦乱を起こしてくれるとは。」
鉄鋼業を営む大実業家ハイディンが美麗な杯を片手に何度目かわからない乾杯を交わしながらしみじみと語り出す。
「うむうむうむうむ!戦端は間違いなく『ビ=ダータ』と『リングストン』からだと考えておったのに思わぬ誤算よ!」
木材屋のブラシャルもあまりにも機嫌が良すぎてその手がとまらないのか、飲んでは食べてを繰り返しながら頷いていた。
「しかもこれから2国がぶつかるのですよ?忙しくて嬉しい悲鳴が止まりませんね。」
鉱石を扱うファムは屋敷の主故に酒の量を控えてはいるものの他の2人同様その喜びで天にも昇れるのではと思えるほど浮かれていた。

既に十分な資産を築き上げているにも関わらず彼らが更なる高みを目指す理由などない。

だがこれは常人から考えればという意味だ。人々の死を大いに喜び商売を続ける彼らの心に他人を思いやる気持ちは存在せず、金を集める目的もただ欲しいから、それだけだ。
つまるところ何も考えずにただ飼料を食らう家畜に等しい。そして本人達はそれを自覚していないというのだから滑稽でもあり愚鈍でもある。

『ビ=ダータ』で少しずつ暗躍していた大実業家の3人は今日遂に本命である『リングストン』が動き出すという情報を得ると恒例であるファムの屋敷で小さな宴を催していたのだ。

それでも出される食材は全て極上品であり庶民の家と同等の金が掛かったものばかりだ。それらを当然のように口に運ぶ彼らは間違いなく権力者なのだろう。
「しかし唯一の想定外は『ビ=ダータ』の購入量があまりにも少量だった事だな・・・」
楽しい話ばかりでは興も醒めるというものだ。3人の中で一番年上でもありまとめ役でもあるハイディンは少し残念そうな表情を浮かべて話題を切り替えた。
「うむ。そもそも『トリスト』?だったか?彼の国も『ネ=ウィン』と同じく少数精鋭を謡っている為、その庇護を受けている『ビ=ダータ』にはそれほどの物資が必要ないという事らしいが・・・」
「一定数の確保は必要ですからね。その分『リングストン』が大量に買い付けてくれたのですから良しとしましょう。」
2人がすぐに楽観的な意見でまとめてしまうのでハイディンは内心深い溜息をつく。ここまで予想以上の売り上げが立ち、大いなる利益を叩き出したもののこれではいけない。
商売人とは常に疑わねばならないのだ。
現状で満足する事無く、重箱の隅を突くかのように商機を探し、導き出す。当たり前を覆し、より深く細かい需要を掘り起こしてはそこに焦点を当てる。
これを繰り返さねば更なる資産の増加は見込めない。自身は世界に名を轟かす大実業家。他の2人と違って常に上を目指さねばならないのだ。
(私より若いのにもう耄碌してきているのか・・・いや、このまま盲目になって貰った方が助かるのかもしれない。)
そうすれば彼らの事業も自分の傘下に出来る可能性が見えてくる。今でも強引に掠め取る事は可能だろうがそれは無駄な禍根を産み落としかねない。
我欲と莫大な資産に溺れて何も考えられなくなるのを待ち、赤子の手をひねるかのように事を済ませるのが最も効率が良い。それまではじっくりと付き合おう。果報は寝て待てとも言う。
こうしてハイディンは2人に合わせて笑い話を続けていたのだがこの日、またしても招かれざる客が登場した事で場の雰囲気がぶち壊された。

「やぁやぁ!随分と儲かってるみたいだな?!」





 「ナジュナメジナ?!貴様また・・・どうやって入り込んだ?!」
以前もそうだった。許可した訳ではないのにファムの屋敷に入り込んでいきなり我々の前に姿を現したのだ。
だが奴も大実業家と呼ばれる男だ。相当な金を握らせて衛兵を懐柔させたと考えれば合点もいく。
「まぁまぁ。それより今日は商売の話をしようと思ってね?」
「・・・ほう?」
またか。これも以前やったようなやりとりである。どこから嗅ぎつけて来たのか、大きな戦争が起こる為に3人で画策していた所に奴が割り込んできた。
しかし今回は商売の話と言ってきた。つまり前と違って本格的に我らの話へ参入したいといった所か。
「聞く耳は持ち合わせていませんよ。前回は衛兵に袖の下を通したみたいですが今日こそ処刑します。」
そうなのだ。前に現れた時も胡散臭かった為3人一致で偽物だと断定、それから処断という流れで連行されるまで見届けていた。
なのに気が付けば何事もなかったかのように逃げ帰っており何故か衛兵が1人死んでいた。そんな男も今ではロークスの都市長を務めるまでになっている。

「取り付く島もなしってところだな。それじゃ一方的に話をさせてもらおうか。実は我が国には物資が不足していてね。君達が扱っている商品を分けてもらいたいんだ。」

「ほほう?」
意外ではあったが今の彼は市民と街を護る立場にある。ならば備えを考えるのも自然な事だ。
「おいおい。こいつの話を信じるってのか?!」
酔い過ぎてまともな判断は出来そうもないブラシャルが声を荒げるのでハイディンは手でそれを制す。自身の勘ではこれも立派な商談として成立する、そう判断した為だ。

「いいだろう。どれくらい欲しいんだ?」
「おお!流石ハイディンだな!!えーと、そうだな・・・市民、いや、国民全員に与えたいから20万は欲しいな。」
「「20万?!」」
ファムまで大きな声を上げていたのでハイディンは内心失笑していたが当然自分も驚いた。確かに今のロークスは『ボラムス』に属している。
そして国民の割合はボラムスが2万弱、ロークスが20万弱程度のはずだ。であればその数字も合理的ではある。

「ふむ。しかしお前の国は随分護りが固いそうじゃないか。なのに武具が必要なのか?確か『トリスト』だったか?相当な精鋭部隊が護っているのではないのか?」

すぐに了承してもいいのだがそれでは次につながらない。ここは未だにその正体がよくわからない『トリスト』とやらの事実確認と実態をしっかりと調べておくべきだろう。
「我が国にもいろんな事情があるんだよ。それより商談は成立かな?武器は槍も剣も弓も全て20万ずつで頼むよ。」
戦を知らない人間らしい注文に思わず笑い転げそうになったがそれを言ったら自身も無縁の男である。それに武器を全て20万ずつというのも大きな儲けに繋がる為下手に口を出すのも機嫌を損ねるだけで決して特はしないはずだ。
「わかった。私が用意してすぐに送ろう。今は各国からの注文が入っている為やや値は上がっているのだが構わんか?」
「おお!助かるよ。一応前金・・・になるかな?これだけ用意してきたんだが。」
嬉しそうなナジュナメジナは召使いまで屋敷に通したらしい。大きな木箱を担いだ男が扉を開けて中に入って来るとそれを3人に見せた。
「・・・いくら入っている?」
「2億金貨だ。1人あたり1千くらいで換算したんだけど足りてるかな?」
「・・・それは前金として受け取ってやる。だからあと8億用意しろ。それで引き受けてやろう。」
現在の相場で考えると吹っ掛けにも程があるがブラシャルとファムが目を丸くしたまま黙っていたのだから話は恙なく進む。
ちなみに庶民の年収は業種にもよるが平均して100から300金貨程であり、他国には武具一式を1000金貨程で売りさばいている。
「急な話なのに済まないね。じゃあ私はこれで帰るから物資は全てロークスに送り届けてくれ。その時残りの8億を支払うよ。」
「ああ。ロークスの、『ボラムス』の幸せを願って最上の物を用意する。約束しよう。」
終始ぽかんとしていた役立たずの2人が横槍を挟まず呆けていた事に感謝しつつ、この日ハイディンは思わぬ臨時収入に1人心の中で祝杯を挙げていた。





 《相変わらず無茶苦茶だな・・・》
突然『ビ=ダータ』へ行くと言い出したア=レイをナジュナメジナはただ見守るしか出来なかった。だがまさか奴らと取引する為だったとは、てっきりまた余計な邪魔をしに向かっただけかと思っていた。
更にその契約内容に言葉を失う。何しろナジュナメジナの想定をはるかに超える値段を提示されたにも関わらず彼は快諾してしまったのだから出てくるのは溜息だけだ。
《そうか?この先強力な武具は必要になってくるだろうし安い買い物だと思うぞ?》
《いや、そっちじゃない。私が言いたいのはその金の出所だ。》
最終的な取引金額は10億金貨。普段のナジュナメジナであれば耳元で叫び続けて何としてでも阻止するか、それで押し切られたのならずっとねちっこい嫌味を垂れ流していただろう。
だが今回の前金も含めた金貨全てはあの屋敷から拝借・・・横領したものだ。つまり自身の懐には一切の影響がなく、むしろ大きな収入のみが計上される形になる。
これを国民に配給するだけでも大きな名声と防衛力が得られるはずだ。そう考えれば十分すぎる成果だと納得するが同時にほんの少しだけこれまでの価値観について考え直す。

ファムが自身の全てを賭けて貯えて来たものが一瞬にして奪い去られた。

多数の労働者を雇用する事でのみ生み出せる莫大な収益。ナジュナメジナはそれをいかに自身だけのものにするかを常に画策してきた。これは他の実業家達も同じだろう。
でなければ億を超える金貨を得る事など不可能なのだ。1人がどれだけ頑張っても手に入れられる対価などたかが知れている。個を集めてこそ大きな利益が見込めるというのはいつの時代も変わらないはずだ。
資産を増やしてきた行動への後悔はない。貯えを、金という力を欲するのであれば誰もがそういう選択肢を選ぶしかない。この回答こそがナジュナメジナが何度も考えて導き出した結論であった。

しかし今日。この『金という力』について改めて考えさせられた。

文明の1つとして貨幣が登場して何千年も経つ。これは労働の対価や物品の価値を公平に計る為に考案されたものだがいつからか、それを沢山持つ者が当たり前のように人の上に立つ事となっていた。
といっても別におかしな話ではない。衣食住という生活の根幹を金で揃えられるようになった。その価値が浸透していくにつれて生きていく上で金が不可欠という環境になってきた。
それを沢山所持している者が多くの人や物を動かせるのも理に適っており、社会的にも力と認められるのも真っ当な流れだろう。
そう。人間が人間という範囲内で、小さな社会という界隈でならそれも成立する。では理の外から介入されたらどうなるのか。

それを目の当たりにしてしまったからこそナジュナメジナは深く悩まされたのだ。

どれだけの財産を築こうが盗られてしまえば元も子もない。これも以前から問題にはなっていたし、そうならないように護衛を雇ったり厳重に保管する場所を整えたりしてきた。それこそ金の力に物を言わせてというやつだ。
なのにそれが通用しない者達がいる。人間の中でも真に力を持つ者達、社会や格式、秩序や法といった物に囚われない者達から狙われれば偽りの力しか持たない実業家などあっという間に始末された後全てを奪われるだろう。
力の在り方。その本質。人間社会が生み出した不明瞭な秩序と虚ろな力を妄信していてはファムのような目に会うのだとナジュナメジナは痛感したのだ。

以前からア=レイは言っていた。金の無意味さと無力さを。

それを今日ほど深く納得したと同時に大きな虚無感に襲われた事は無い。今まで心身を削ってまで貯めて来た力はこれほど弱いのかと。金はあくまで対価としての代用品であってそれを集めた所で力にはならないしなり得ないのだと。
自身の人生観を大きく覆された出来事を目の当たりにしたこの日、ナジュナメジナは改めて彼の力について畏怖し、同時に己の持つ力と金の関係について再度考え直す事となる。





 「お姉さまっ!今日は卵料理にしましょ!」
ハルカは籠一杯に詰められた卵を見せてリリーに提案する。
「おわ?!凄い量だな・・・こりゃまたレドラ様やハイジ様をお呼びしないと無くならないぞ。」
姉の一言にルルーも喜んでお城へと走っていった。彼女には特別な力があるもののここ『トリスト』の天空には危険が無い為2人も安心してそれを見送れるのだ。
年初めにあった元服の儀での事件やヴァッツの許嫁として『リングストン』に連れていかれる等不穏な出来事が続いていたが今はそれもすっかり鳴りを潜めた。平和だ。とても平和だ。
「あの子は本当にお二人が好きねぇ。ところでお姉さまは結婚相手見つかった?」
「ぶっ?!お、おまっ?!あたしはそういうのまだ早いって前から言ってるだろっ?!」
平和のあまり時々そういう話題を出してみたのだが姉は狼狽気味に驚いている。自身の年齢でさえ適齢期だと判断していたのだがどうにも彼女とはこのあたりに意識のずれがあった。
リリーは現在14歳。その美しさも日に日に育ち、見慣れた周囲の人間ですら視界に捉えると動きと息を止めてしまうほどの成長を遂げていた。
であればもっと将来について考えるべきではないのか?天寿を全うする事すら難しい暗殺集団で生まれ育ったハルカは時折そう思って話を持ち掛けるのだが彼女は何となくお茶を濁してしまう。
(勿体ないなぁ。お姉さまなら引く手数多のはず。何でも手に入るはずなのに!)
人間とはいつどんな理由で命が尽きるかわからないのだ。自身も瀕死の重傷を負い、数多の死を見て来たからこそハルカは強くそう思うし、リリーだってそういう場所で大剣を振るってきているはずなのに・・・

「でもヴァッツは駄目よ?!決して時雨が理由じゃないわ!!あいつは得体が知れなさすぎるもの!!」

しかしここだけははっきりと示しておく必要がある。確かにとんでもなく強い。いや、強いという枠を超えていて訳が分からない。
それは自身の経験からも痛い程知っている。敵に回すと絶対に勝てないし味方になると安心しすぎて自分を見失ってしまう。
だからこそリリーにはもっと格好が良くて人間らしい強さがあってハルカやルルーが安心して任せられる異性と結ばれて欲しい。
故に仮初の理由だったとしても奴の許嫁という立場で外に出て行く時は何度も何度も釘を刺しておいた。決してあれに惚れてはならないと。時雨はもう手遅れなのだと。

「相変わらずお前の物言いは極端だな。ま、でも安心しろ。あたしみたいな庶民が王族と結ばれるような事はないから。」

解っていない。リリーは全く理解出来ていない。彼女は身分などというどうでもいい枠を超えて誰からも求愛される立場にある。
そこをしっかりと認識しておかねば後々後悔しかしないだろう。若さと美しさ、そのどちらも永遠ではない。人は老いて沢山のものを失っていくのだから。

こんこん!

炊事場でそんな話をしていると玄関からいつもと違う戸を叩く音が聞こえて来た。ハイジヴラムの優しさもレドラの温かみもない音だ。
リリーと不思議そうに顔を見合わせていたが確かに城から戻って来るには時間が早過ぎた。恐らく一般の来客なのだろう。
2人してぱたぱたと移動すると返事をしながら扉を開く。もしかしてご近所さんが余った野菜でも差し入れに来てくれたのかな?

「こんにちは!私達今度お隣に引っ越してきました・・・おお?!すっごい美人さん?!ちょっとサファヴ!!浮気は駄目だからね?!」

少女の面影を残していた女性は元気な挨拶と共に妙な雰囲気を纏っていた為、ハルカは姉をべた褒めされた事以上に挨拶に来ていた他の2人など眼中になくただ彼女のみを見つめていた。

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