闇を統べる者

吉岡我龍

動乱の行く先 -軋轢-

 ナルサスの心は晴れていた。あの兄が生きていたのだから当然だ。
怪我のせいで一緒に戦場を駆け回れなかったのだけは残念だったがそれでも帰国した彼はすぐに父の元へ向かうとそれを報告する。
「な、何っ?!ネイヴンがっ?!」
バルバロッサを失って焦燥していると聞いていたが流石にこの吉報は効果覿面だったらしい。父の顔から険は取れ、見る見る表情が和らいでいく。
そしてそれはナルサスも同じだった。尊敬していた偉大な兄と再び言葉を交わせた喜びは傷の痛みなど吹き飛ばしてくれる。
「はい!兄は『モクトウ』を落とした後に凱旋するらしく父に準備を怠らないよう伝えてくれと!」
「は、はははっ!!そうかそうか!!あいつがそう言うのなら間違いない!!よしよし!!よしよしよし!!!」
謁見の間とは思えない程和やかで明るい雰囲気が漂うと最後には久しぶりに皇帝の笑い声が木霊する。『ネ=ウィン』の未来は明るいと確信したのはこの時だった。



普段は敬遠していた姉だが今日ばかりは呼ばざるを得ない。

その夜ナルサスは久しぶりに親子3人で食卓を囲む。当然この吉報は兄の親友でもあるビアードにも聞かせてやるべきだろう。
少し畏まりがちな彼も席に座らせた後ネクトニウスが2人に嬉々として長兄生存の報告をすると反応は違えどその表情には喜びが浮かんでいた。
「そ、それは何と申し上げればよいのか・・・目出度いのですが青天の霹靂が過ぎますな。いやいや・・・非常に目出度いですな!」
ビアードと兄は15年以上の付き合いがある。皇帝の手前言葉を選びはしてたもののその喜びは相当なものだったらしい。
「でもそれだとナルサスはまた格下げになりませんこと?貴方はそれでもよろしいの?」
「ははは。兄が最も後継者にふさわしいのは私も重々承知しております。むしろ兄を差し置いて何故私如きが出しゃばる必要がありますか。」
姉は彼女らしい皮肉を込めて来たがそんなものは微塵も心に堪えない。今は彼の帰国がただただ待ち遠しい。
「そうだ。先程伝え忘れていた吉報がもう1つあります。実はナイル兄さんも健在らしいのです。」
「な、なんと?!」
次男の話はネイヴンから聞かされるに留まっていた為直接その姿を見たわけではないのだが『トリスト』内で諜報活動を行っているという。
ナイルは目立つ性格ではなかったものの堅実な男だった。故に敵の懐へも上手く潜り込んでネイヴンに情報を横流ししているわけだ。
「バルバロッサを失って先行きが心配だったが全て吹き飛ぶ程の吉報だ!今宵は盛大に祝おう!!」
皇帝としてのなりは潜め、父として大いに喜んでいたネクトニウスが杯を一気に飲み干すとその上機嫌っぷりを隠す事無く酒食を楽しみ始めた。
「あまり羽目を外し過ぎないようになさってくださいね。」
ナレットは相変わらず落ち着いた様子だったが彼女も家族を大切に想っているのは間違いない。発する言葉は普段通りだがあまり見たことのない嬉しそうな笑みを浮かべている。
(うむ。これで『ネ=ウィン』は劇的に変わるぞ。)
頼りになる兄が2人生きていた。カーチフの家族も『ネ=ウィン』へと移ってきた。失った者もいるがそれを補って余りある戦力が集まりつつあるのだ。
現在隣国の『ジグラト』も随分暴れているらしいのでまずはそこを完全に制圧してから後に北へと打って出る。諜報活動をしているというナイルからの情報も加味すれば相当な戦果を期待出来るだろう。
「ナルサス様、ネイヴン皇子はいかがでしたか?何分10年近くお会いしていないのでその、見た目や強さなどは?」
ビアードも父に促されてかなりの酒を飲んだのか随分顔を赤くしながら嬉しそうに尋ねてくる。
「強さはともかく少し老けていたな。と、この発言は流石にばれたら叱責ものか?しかし私の知る兄は24歳くらいだったからな。」
自慢の兄について答えられるのが嬉しかった。なのでつい失言気味になってしまったがお互いが顔を見合わせて大笑いする。
無礼講という言葉は今日のような日に使われるのだろう。皆が第一皇子の戦果と凱旋に胸を膨らませながら楽しい晩餐を終えた数日後。



『ネ=ウィン』の城内はあれほど賑やかだったのに雰囲気は一変した。



何故なら今度こそ本当に第一皇子ネイヴンが亡くなり、そして世界一とも謳われた『剣豪』カーチフもこの世を去ったという。
にわかに信じられない急報に困惑したナルサス達だがその情報の出所がナイルと言われれば信じざるを得なかった。
「ま、まさか・・・やっと、会えると思っておったのに・・・おのれぇ!!」
期待が高かった分裏切られた時の憎悪は凄まじい。皇帝ネクトニウスは荒れに荒れてナルサスですら数日間は近づくのが困難な程だった。
それにしても・・・
「私も兄上の鍛え上げた兵士達を見てきた。相当な錬度だと感じたんだがそれを以ってしても負けるとは・・・・」
自身も例外ではない。まさか2度もネイヴンの訃報を聞く事になるとは夢にも思っていなかった。ナルサスはビアードとの稽古中にその心境を吐露する。
当然同い年の親友でもあったビアードも心中は穏やかではない。お互いがかなり荒れた立ち回りと剣筋を見せつつ彼もそれに答える。
「『モクトウ』とは一刀斎様の故国。であればその国力や兵力も我らの想像以上だったのかもしれません。」
言われてみればそうだ。しかし物理的にも距離と環境が大規模な交流を阻んでいた為その内情に触れることは無かった。『トリスト』で諜報活動を続けるナイルの手引きや情報があればさほど問題ないとも考えていた。

何にしても現在の『ネ=ウィン』は非常に危険な状態だった。

戦闘国家である以上戦いに負けるという事自体が国を傾かせる原因になりかねない。加えてネイヴンが再び堕ち、バルバロッサに次いでカーチフまで失ったのだ。
士気、戦力共に大幅な喪失なのは言うまでもない。後はこの逆境をどう乗り越えていくかだ。
(唯一の希望はナイル兄さんか。しかし『トリスト』で諜報活動をしているのならこちらにも情報を・・・いや、慎重な兄さんだからこそ『ネ=ウィン』への接触は避けていたのだろう。)
ビアードとの立ち合い稽古を終えたナルサスはいつも通り体を冷水で流した後、未だ傷が癒えていない為そのまま医師から処置を施してもらうと薄手の衣装に着替えて部屋を後にした。





 『ネ=ウィン』が大きく揺れている。

人の口に戸は立てられない為、この噂はあっという間に広がっていった。だがこれは決して周辺国に限った事ではない。
「・・・そう。カーチフ様までもが亡くなられたのね。」
男を大いに魅了する大きな胸と尻を持つノーヴァラットは恋人の訃報以降、その口調だけでなく身につける衣服にも変化がみられていた。
今まではそれらを隠すかのようにぶかぶかの外套を羽織っていたのだが今では体の線がくっきりとわかる・・・というより肌すら大いに露出する程のものを身に纏っている。
バルバロッサの側近達はそのまま彼女の側近として働くよう厳命されていたので彼らも特に口を挟む事は無かった。しかしこの日だけは真っ青になりながら諫言するかどうかを悩んでいたようだ。

「そもそも貴女ほどの人物がここに拘る理由もないでしょう?」

魔術の書物が沢山並んだ本棚に怪しい薬草の瓶詰が至る所に置いてある部屋はノーヴァラットの私室だ。そして現在そこに来客があった。
「私はこの国で魔術を学んだのです。現在は4将の一角を任されてもいます。恩義は十分にあります。」
自分よりも更に露出が多い衣装を身に纏った中年の女性にきっぱりと断りを入れるもののこれはあくまで建前だった。
本当なら今すぐにでも飛んで行ってクレイスを殺したい。自分の愛する人をあらゆる意味で奪ったあの少年を。
だがこれは皇帝ネクトニウスから固く禁じられていた。クレイスはナレットのお気に入りでもあるしナルサスの顔に泥も塗りつけている。そんな彼は現在『ネ=ウィン』でどう扱うべきかの議題に挙がるほどだった。

「でも殺したいんでしょう?ずたずたに引き裂いても納得しないんでしょう?だったら私の国に来なさい。全てを許します。」

『ジグラト』の王妃ブリーラ=バンメアは席を立つとノーヴァラットの耳元に顔を近づけて優しく囁いてくる。
4将という重責から解放して欲しかったというのはある。誰かに背中を押して欲しかったという願望も。なので自身の叶わぬ欲望に手を差し伸べてくれる人物が現れるとは思っても見なかった。
「・・・わかりました。ですが『ネ=ウィン』への敵対行動を取るつもりはありません。そこだけは承知しておいて下さい。」
感情は堰を切ってあふれ出しておりもはや細かい思考が働かなくなっていたノーヴァラットはすぐに返事を返す。正にブリーラ=バンメアの思惑通りといったところだろう。
しかしもういいのだ。愛する人を失い、愛する人から最も大切な物を引き継げなかった。ひびだらけの心は使い物にならず、その用途は自身ですら決めあぐねていたのだ。

ならばこの機会を好機と受け取ろう。そして憎き少年クレイスをこの手で葬ってやろうではないか。



話が纏まると2人は夜が更けるのを待ち、闇夜に隠れて空からの逃亡を試みたのだがそこで思わぬ邪魔が入る。

「お待ちなさい。」

いくら高位の魔術師を多数抱えている『ネ=ウィン』と言えど空を飛べる者は多くない。更に現在は手練れ中の手練れを引き連れている為その相手に心当たりはなかったのだが。
「おや?貴女は確かナレット皇女。こんな所で出会えるなんて私はとても運が良いみたいですね。」
空も飛べず、己で戦う力すら持っていないはずのブリーラ=バンメアは魔術師2人に抱えられた中でも随分余裕をもっていた。
比べてナレットは噂の黒い扇子を広げたまま自身の意思で滞空しており、こちらに向けられた威圧感からもノーヴァラットを引き止めに来たと受け取って間違いない。
「まさか悪名高き『ジグラト』の王妃様自ら我が国へと来訪されていたなんて。言って下されば天にも昇るお茶とお菓子を用意しましたのに。」
皮肉をたっぷりと込めて不気味な笑みを浮かべているが彼女は隣国の王族を亡き者にした噂がある。恐らくその言葉に嘘偽りなどないのだろう。
「あら?でしたら後日改めてお邪魔させてもらおうかしら?」
それにしてもこの王妃の余裕はどこから出てくるのだろう。ノーヴァラットも今では『ネ=ウィン』で最上の魔術師だがナレットの強さはまた別だ。
あまり挑発されても凌げるかどうか・・・いや、なんならブリーラ=バンメアを囮に自分一人でクレイスを殺しにいくのも悪くない。
今の所この王妃に恩義は感じていない。最悪自身の愚行の責任を全て押し付けられればいい、くらいにしか考えていないのだ。

「おほほほほ!逃がすとでもお思い?!」

しかし若さ故か、先に攻撃を仕掛けたナレットが右手の扇子を大きく振り下ろすと大気は大いに乱れて皆が体勢を崩す。
初めて体験する皇女の力にノーヴァラットはどう動くか悩んだのだがいつの間にか側近達が陣形を整えると一斉に火球を放っていた。
三次元的に展開出来る大空での戦いはこちらの方が経験的にも上だったのだろう。予期せぬ方向から飛んでくる火球に無理矢理体勢を傾けて防御に入る皇女。対してこちらの魔術師達も休ませまいと前後左右に上下へと位置を変えつつ絶え間ない攻撃を放つ。
(・・・彼らも覚悟が出来ていたのね。だったら!)
この側近達は全てバルバロッサ直属の配下だった。ノーヴァラットだけではない。主とクレイスの関係を知らない彼らもまた復讐の機会を伺っていたのだろう。
自身も唯一無二の『風術』を展開して大気を震わせるとナレットの体勢が大きく乱れた。そこにいくつかの火球が当たるも致命傷には至らない。
だが今は時間を稼げればそれでいい。皇女を殺めてしまえばそれこそ取り返しがつかなくなる。
ブリーラ=バンメアの姿が見えなくなるまで本気の空中戦が繰り広げられた後、頃合いを見計らって自身も離脱を考え出した時ナレットが戦う意思を引っ込めたのでこちらも攻撃を制した。
「・・・ノーヴァラット。もしクレイス様を手にかけたら・・・今度は私が貴女に死以上の苦痛を与えますよ?」
「・・・覚悟は出来ております。」
もはや後に引くつもりもなかったノーヴァラットはそう告げた後、側近達を率いて西の『ジグラト』へと飛び去った。





 『トリスト』にいるネイヴンは兄の訃報を聞いた後短い溜息をつく。
彼の名を使いこの国に従事して既に9年。今ではスラヴォフィルの強い要望により国勢全般を任されている。
「・・・まさか兄が討たれるとは・・・」
オスローには官人として所属する以上私情を挟むなと散々言い聞かせてきたが、いざ自身がその立場に置かれると少しは心情が理解出来るかと期待した部分はあった。
しかし悔しさなど皆無であり、ほんの少しの寂しさだけが心の海に静かな風をそよがせているのみだ。



兄は長兄らしい人物だった。面倒見がよく、それでいて我儘。弟たちも彼を慕い彼の言う事は絶対だと信じて疑わない。

更に皇帝である父からも溺愛されていた。皇太子なのだから当然と言えば当然だが、ならばこそもう少し皇族としての矜持を考えるべきだったのだ。

戦いに執着し、勝つ事のみに重きを置いた思考は末弟のナルサスにも引き継がれている。勝敗があるのであれば勝利を得る為に行動するのも悪くないだろう。

だが無理に勝敗を吹っかける必要は無い。無駄な争いを生む必要はないはずだ。それこそが皇族次男ナイルの根幹にある考えだった。



『ネ=ウィン』が戦闘国家として存続出来たのは小競り合いを含めて戦う機会と戦果があったからだ。
現在は版図を削られた『リングストン』とほぼ同等の国土がある。土壌も悪くない為ここにしっかりとした施策を布いて内需を満たせば無理に外敵を作る必要はなくなるだろう。
その反面武力の保持も大切だという事もわかっていた。攻め込む必要がなくとも相手の都合次第で攻め込まれる危険は常にある。
つまり外に打って出る形から堅牢な護りを維持する方向に持っていく事こそが『ネ=ウィン』の未来に繋がると常々考えていたのだ。

だがそれを説く機会はなかった。

突如台頭を現してきた『トリスト』。それらが『ネ=ウィン』の戦場にちょっかいを出してきたのだから皇帝ネクトニウスは負けじと軍隊を繰り出す。
最初はナイルも聞いた事がない国だった為こちらの屈強な軍が圧勝すると楽観視していたのだが蓋を開ければ惨敗に次ぐ惨敗。
目も当てられない程負けが込んだ為兄であるネイヴンと2人で『トリスト』を駆逐すべく戦場に出向いたのが運命の分岐点だったのだ。
当時はまだ『ネ=ウィン』に飛行の術式がなかった為『羅刹』のスラヴォフィルと『魔王』ザラールの魔術師団によって壊滅状態に追い込まれる。
退路も断たれて死を覚悟したが意外にも彼らは投降と帰順を提案してきた。これにはネイヴンが憤死するのではというくらい怒り狂っていたがナイルはその話に興味をそそられる。
今の兄には相談も報告も無駄だろう。半ば諦めていたナイルはそう判断すると独断でその提案者達との面会を申し出たのだが。

「・・・もしやスラヴォフィル様と、ザラールでいらっしゃいますか?」

「うむ。」
「いかにも。」
そして驚いた。通された陣幕の中には『トリスト』を代表する2人しかいない。つまりどちらかが投降や帰順を考えたというのか?
そもそも『孤高』と銘打たれているだけあって彼らは国や組織に属しないというのが定説だった。それが何故国を興しているのだろう?
「私は『ネ=ウィン』の第二皇子です。そして兄は皇位継承者。私達2人が帰順などに応じれば父や国に申し訳が立ちません。」
違和感しかなかったナイルは本心とは別の、杓子定規の答えを告げる所から3人の会談は幕を開く。
しかし2人はきょとんとした表情で顔を見合わせるとまずは国王スラヴォフィルから問いが投げかけられた。
「お主は『ネ=ウィン』の在り方に疑問を持っておるんじゃろ?」
あまりにも的確な内容に一瞬心を読まれたのか?と猜疑心が生まれるも続いてザラールが口を開く。
「お前は自国の農地をよく視察していたそうじゃないか。しかも今後は収穫を増やす為の施策を目指すといった事も言っていたそうだが?」
「うむ。凡そ戦闘国家『ネ=ウィン』の皇族にあるまじき発言じゃな。」
「・・・・・」
恐らく密偵を放っていたのだろう。にしても自身の情報を父達より知られているのは少し不気味だ。言葉に詰まったナイルがどう答えるべきかと黙り込む事数分。

「そこで提案じゃ!お主、『トリスト』でそれらを実践してみんか?」

静寂を打ち破った国王スラヴォフィルが嬉々として尋ねてきたのでナイルは思わず真顔のまま固まってしまった。





 「こらこら。実兄が命を落としたんじゃぞ?何を笑っとる?」

現在自身の執務室にはスラヴォフィルが椅子に座っていた。というのもネイヴン死去の報告を彼自らナイルに届けてくれたからだ。
「いえ。この国に来たときの事を思い返していたものですから。」
反りが合わなかったといえばそれまでだがむしろそれくらいしかない。兄として尊敬はしていたしもしこの先何かしらのきっかけがあれば大きく化ける可能性も考えていた。
そんな長兄は『一騎打ち』という儀式で善戦を尽くしたカーチフを屠り、その夜に夜襲を掛けて西都を落としたという。
ナイルが期待していた真逆の化け方をしてしまい最終的にはカズキに捕えられた後、衆人に晒されている中カーチフの一人娘であるシャルアにその命を奪われたそうだ。
「ふむ?お主を見初めたザラールには感謝しかないな。お陰で天空城という一長一短のこの地ですらある程度の収穫と繁栄を手にする事が出来たのじゃ。」
スラヴォフィルもこちらがあまり気落ちしていないのを悟ると同じようにあの時を回想し始める。



「・・・実践、というのは?」

彼らはナイルをどこまで調べたのだろう。何故投降と帰順を持ちかけたのだろう。腹の内が読めない為まずは相手の持つ情報を引き出す事を目的にナイルはゆっくり口を開いた。
「うむ。恐らくお主は『ネ=ウィン』で内需を育てようとしておったのではないか?」
「富国強兵といえば分かりやすいだろう。お前はこの先外敵に矛先を向けるのではなく軍備を防衛に回して富める国をと考えていた。違うか?」
2人の説明は正に己が考えていた理想だ。だが第二皇子でもあるナイルがそれに着手する事は一生ないだろう。もし仮に長兄が失脚したとしても父や他の兄弟が許すはすもない。
なのに最近ぽっと現れた『トリスト』の面々がその思考を読みきっているとは・・・いや、これはある程度大きな国ならば誰もが行き着く考え方なのだ。
故にこちらの意思を汲み取ったとかではなく、あくまで一般論としての話題だ。そうに違いない。
「はい。国としてずっと戦い続けるのには限度があります。糧食が枯渇し、それでも尚遠征を取りやめなかった古代の国々は愚鈍な王によって滅んだようなもの。
真に国と民を慮るのであれば無益な争いより先に国内へ目を向けるべき、だと私も考えます。」
思わず語気に力が入りそうなのを我慢しつつあくまで一般論を装ってそれを言葉に出してみると思っていた以上に心が軽く気持ちよい。
それもそのはず。誰にも言えなかった本心を述べる事でナイルを繋ぎ止めていた鎖が断ち切られたのだ。
「うむうむ。それをお主に任せたい。どうじゃ?やってみんか?」
「・・・・・何度も申し上げますが私は『ネ=ウィン』の第二皇子です。評価していただけるのは有り難いですがそれを受ける訳にはいきません。」

「ならば死んだ事にすればよい。」

先程から感じていたがザラールの言は時々過激な面がある。
「つまり虚報・・・ですか?」
「うむ。第二皇子ナイルは兄ネイヴンの解放を条件に処刑された、と。そんな所でいいだろう。」
「こらこら!!ワシは反対じゃぞ?!これ以上いらん禍根は残したくない!!」
それに大声で反対しているスラヴォフィルだが禍根の事を言い出せば既に取り除く事さえ不可能な程巨大な根を張っている。
今更そこを気にされてもな・・・と、ナイルは内心苦笑していると。
「だったら2人とも死んだ事にして『トリスト』で働いてもらえば良い。これならネクトニウスも納得するだろう。」
納得というのは憤怒と読めばいいのか?虎の子の長兄次兄が同時に戦死したなど国としても父としても皇帝としても許せるはずがない。
間違いなく三男四男も駆り出されて戦は泥沼へと突き進むはずだ。戦力として何枚も上手な『トリスト』からすれば大した脅威にはならないかもしれない。
しかし『ネ=ウィン』としてはこれ以上無駄な犠牲を出す訳にもいかないのだ。
「申し訳ありませんが私も兄も投降はもちろん、帰順などする気はございません。説得は時間の無駄ですので潔く我らの首を討った後父の元へ送り返して頂けると助かります。」
この場にいない兄の首まで勝手に差し出すような発言をしてしまったが実際自分より頑固なネイヴンがこれに応じるとは考え辛い。
ならばさっさと幕を引いてしまおう。いずれ『ネ=ウィン』は彼らの手によって堕ちるだろうがそれを見るのもまた辛い。

「・・・随分と死に急ぐな?お主はまだまだ若いじゃろう?ならば他の選択肢に目を向けても罰は当たらんのではないかの?」

スラヴォフィルがまるで子供をあやすかのような柔らかい雰囲気を纏って静かに諭し始める。確かにまだ21歳、何も問題がなければこれから伴侶や子を授かる未来が待っているだろう。
未練がないといえば嘘になる。しかし己の身分や背負っている物を考えるとどうしても彼らの話に手を伸ばせない。伸ばす訳にはいかないのだ。
「ネクトニウスの血か随分と頑固だな。スラヴォフィル、お前の『覇者』としての話を聞かせてやるが良い。」
『覇者』?聞いた事はある。世界の国々に唯一命令を下せる絶対的国家。世界で最も強く威厳を持つ国の王がそう呼ばれるはずだ。
「・・・ワシは話が苦手なんでな。少しわかりにくい所もあるやもしれんが聞いてくれるか?」
ザラールに促されるとまたもや腰の低い初老の男へと変貌を遂げたスラヴォフィル。どちらかというとその内容より彼自身に興味を持ち始めたナイルは黙って頷くとその遠大な計画に耳を傾け始めた。





 古代から世界には数多の国々が勃興を繰り返して絶えず争っていた。だが時折世界を統一、もしくは和睦で平定する国家がいくつか存在していたのは知っている。
統一を果たした国家の王は『皇帝』と称し、他国を率いた国家の王を『覇者』または『覇王』と呼ぶはずだ。
「ワシはとある理由から世界を1つにせねばならん。その為には他国間で争い、消耗している時間はないのじゃ。」
内容が進むにつれて『天族』やらそれから授かった双子姉妹やら眉唾な話が飛び出してくるが本人はいたって真剣そのもの。ザラールも腕を組んだまま黙っており止める気配はない。
(からかわれている訳ではない・・・のか?)
「スラヴォフィル。ナイルの耳と心に届いていないようだぞ。」
表情には表れていなかったはずなのに脳内では思考が中断するほど疑問符だらけだったのがばれたらしい。

「う、ううむ・・・我が『トリスト』は何かが起きた時にはすぐ他国と連携が取れるような関係を築き上げたいのじゃ。その為に国としての頂点を目指したい。お主の力を貸して欲しいのじゃ。」

「・・・何か・・・というのは?既に有力な情報を入手されているという事ですか?」
「わからん。その内容は全くもって不明だ。」
スラヴォフィルの目指す部分は分かったが肝心な情報はザラールによって遮断された。しかしわからんという答えは少し雑すぎる。もう少し隠す素振りを見せればいいのに。とこの時ナイルは訝しんだが後にそうではないと判明する。
「その為に『ネ=ウィン』の皇族であり内政に目を向けていたお主という人材を招き入れたい。いざという時の橋渡し役としても考えておるからの。」
「・・・婚姻関係、いや、人質に近い関係ですか。」
「馬鹿を言うな!!お主には全権を与えてもいいと考えておる!!」
「おい。いくら自分が王になりたくないからと全てを押し付けようとするな。」
2人の話を聞いていると何か隠しごとをしている風には思えない。むしろ本心で話してくれている気がしたのは己がまだまだ若輩者だからだろうか。
仲良く言い争っているのを他所にナイルも彼らの話をまとめて考え出す。全てを信じるのは難しいがもし本当にある程度の権限を約束してもらえるのであればこの地で手腕を試してみるのも悪くないかもしれない。
(・・・選択か・・・)
ならば折り合いを付けられる落としどころを探してみようか。自身の力を試す、そう、まさに実験だ。ここは『ネ=ウィン』ではない。ならばやりたい事を思い切り試してみよう。
成否は自身に関係ない。ナイルの行動によって『トリスト』が廃れても母国にとっては有益になる。もし成果が上がればそれを母国に送ればこれはこれで有益なのだ。
そう考えるとこの話は悪くない気がしてくる。残る大きな問題があるとすれば・・・
「・・・わかりました。ただし私には相当な官位と権限を約束して頂きます。そして兄の行動も私に任せていただく。更に『トリスト』での働きに一切口を挟まない。まずはこれらが最低条件です。」

「よかろう!!!」

正に間髪入れずといった回答を受け取ってナイルはぽかんとしていたが先程まで言い争っていたザラールからも特に口を挟む気配はない。
「・・・あの。本当によろしいのですか?約束を違えられた場合『トリスト』を内部から食い荒らしますよ?この命に代えても?」
「うむ!!その心意気も気に入った!!では早速今後について話をしようではないか!!」
おかしいな・・・もう少し吹っ掛ければよかったか?自分の中ではかなり無理難題を並べたつもりだったが相手にとっては思考する時間すら必要ない些細な条件だったらしい。
交渉という形にすらならず、あまりにもすんなり通ってしまった為にこちらが断る機会を失ってしまうとナイルは焦りからか更なる無茶を要求し続けた。しかし何1つ拒否される事なく話は進んでしまいこの日のうちにナイルが投降する件は幕を閉じた。





 「いいのですか?私は兄を必ず『トリスト』に差し向けますよ?」

半ば自棄になっていたナイルは最終的にネイヴンを解放し、彼には自身の情報や物資を供給する事、『ネ=ウィン』との衝突を避ける事、内政、軍事共に自身が口を挟む事等々。
もしかすると国王以上にその力を振るえるのでは?と思えるほど様々な権限を要求したのに全て快諾されてしまっていた。
「うむうむ!!全てお主の好きにするがよい!!!ではまずネイヴンを解き放とうではないか!!」
豪気といえば聞こえはいいが今のスラヴォフィルは国務を丸投げしたいのか何も考えていないのでは?と訝しんでしまう。むしろそう考えないとこちらの気が休まらない。
(裏で何か工作を・・・するようには見えないのがな。)
そう考えようとするも真っ直ぐ過ぎて余計にこちらが辛くなる。なのでナイルは早々に兄が捉えられている牢屋へ足を運ぶとほんの少しだけ事実を隠して彼を解放した。

『ネ=ウィン』で農工商に関わる人物は身分的にみて下だ。それをわかってて『トリスト』でそれらを活性化させる施策を試そうとしている。

流石にこれをネイヴンに告げる事は出来なかったが今はいいだろう。彼では内需や防衛力を満たす話は聞き入れられないはずだ。
「しかし器用なお前の事だ。内側から食い破る算段もつけているのではないか?」
「・・・その時は兄上のご助力も期待しています。」
別れ際に兄がそっと耳打ちしてくるとナイルも不敵な笑みで答える。思えばあの時が『ネ=ウィン』らしい自分の最後だった。



兄には『モクトウ』との間にある街道の南部で勢力拡大をお願いすると早速ナイルは『トリスト』城へ案内された。
今まで数多の衝突を繰り返してはきたものの、その国がどこにあるのかさえわからなかったがこの日。その場所が想像を遥かに超える立地だった事に我を忘れて見とれたのを今でも覚えている。
空を飛ぶ馬車という乗り物だけでも衝撃を受けていたのに地上から15町(約1500m)程上空にある大きな雲の上には小さな大陸と荘厳な城が建っていたのだ。
「高度はこれ以上落とせんのでな。土地も広いんじゃが何せ気候が独特すぎて安定した収穫物がないのじゃ。」
木々や草花の姿もあるし田畑や川も城下町さえ存在する。間違いなくここが『トリスト』なのだろうと確信はしたが同時に絶望も味わった。
(・・・こんな場所に居城を構えられてはどうしようもないぞ・・・)
内政に手を付けられる期待感はそれ以上の焦燥感に塗りつぶされていく。まずはこの地へ乗り込めるよう『ネ=ウィン』でも空を飛ぶ術を開発せねばならないだろう。
王城に着くと彼は名をネイヴンへと変えた。これは後ろめたさや兄への敬意を込めた意味合いが強い。正体を隠す為に仮面も用意してもらったのだが少し厳つい形状だったので慣れるのに苦労したものだ。
全ての準備が整った後早速その辣腕を振るい始めるナイル。だが知勇兼備と呼ばれる彼は良くも悪くも根が真面目過ぎた。
国王や宰相から許可を得ていた情報の横流しだけでなく、自身の事業にも全力で取り組んでいくと『トリスト』は年を重ねるごとに豊かになっていった。



「お主には感謝してもしきれん。本当によくここまで国を成長させてくれた。」
思い出話に花を咲かせて談笑しあっていたスラヴォフィルが思い返しているとナイルは少しだけ陰りのある笑みを浮かべる。
「あの時はただ必死でしたから。」
初対面の時からこうだ。スラヴォフィルはこちらに全幅の信頼を寄せてくれる。それがナイルの真面目な部分へと作用し、予想以上の成果と心境の変化を生んでしまった。
今となっては『ネ=ウィン』に戻る事など微塵も考えておらず、ただ『トリスト』の為に命を賭けて尽くそうと誓っていた。
かといって母国を敵と認識している訳ではない。実際ナイルは己が生み出した飛行の基礎知識を『ネ=ウィン』へ横流ししていたのだから。

こんこんこん

「おっ?この気配はザラールだな?入っていいぞ。」

「お前が許可を出すな。ここはネイヴンの部屋だぞ。」
それでも彼は堂々と入ってくるのだからナイルは声を出して笑う。こうしてこの日は亡き兄を想いながら久しぶりに3人で昔話に花を咲かせるのだった。

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