闇を統べる者

吉岡我龍

愛すべきは -魔族-

 人間が住む世界からずっと地下深くにある魔界。
天族だったバーンが戦い続ける人生に嫌気がさして逃げ込んだのが発端だが以降誰が呼び始めたのかその地下空間はそう呼ばれるようになった。

しばらくは1人で静かに暮らしていたものの、やがて寂しさと退屈さを感じ始めた彼は地上に出て様々な観察を始める。10万年も前だとまだ人間も体毛の薄い猿同然だった為深く関わる事はなかったが他の生物を目に焼き付けては魔界に帰ってそれを真似て生成出来ないかを試し始めたのだ。
戦うしか能のなかった彼が伴侶も持たずに無から生物を生み出すには相当な時間と苦労を要したが幸いそれに没頭出来るだけの環境は整っていた。
殺されない限りは死ぬ事のない命も都合がよく、餓えも知らない彼は昼夜お構いなしに自身の中にあった力を生命へと変換するべく研究に明け暮れた。

こうして出来上がったのが最初の魔族であり第一の友人でもあるティムニールだ。
彼は地上で見てきた大型の生き物を参考に自分の中の理想と格好良さを追求して作り上げた究極の生命体である。故にその愛着も深くこれからを共に歩んでいけるよう自身と遜色ない能力を分け与えた。
その中でも最も注意を払ったのが『闘争心』だ。戦いを捨てたバーンは彼に身を護る力こそ授けていたものの決して相手を傷つけないよう心に刻み込ませていた。
結果、小さな山ほどもある初の同族が誕生したのだがその後も見た目とは裏腹にとても機転の利く優しい魔族へと成長を遂げていく。



そう。欲しいのは仲間であり決して殺し合いをする相手ではないのだ。



それからも彼は地上に出ては様々な動植物を観察して生成を繰り返す。大きなティムニールの背に乗って大空を羽ばたく時もあった。
文明が発達していない人間未満の生物達がこちらを見上げて度肝を抜いている姿は面白いが怯えさせるつもりもなかった為お詫びの意味も込めて彼らに知恵を授けていく。
といっても大したものではない。いつの間にか天界にあった衣服という概念やその仕立て方、火は自然と手に入れていたらしいので他は意思疎通が出来るように言葉らしきものを教えてみたくらいだ。
それだけでも彼らはみるみる成長していったのだからバーンは大いに驚いた。気が付けば大木を切り倒し、それに工夫を施して新たな住居を組み上げていくのは正に知恵の応用であり進化なのだろう。

そんなのを見せつけられるとバーンも触発されずにはいられない。

今まで分かり合える仲間さえいればよいと思っていたもののその数を増やしたいといった別方向の欲望が目覚めた彼は地下にも集落を作ってみたいと考え始める。
「ううむ。まぁお主の力があればそれも可能だろう。だが下手に力を注ぎ込み過ぎるなよ?争いの火種となりかねん。」
「わかってるって!任せてよ!」
ティムニールは少し心配そうに諫めてくるが闘争心さえなければ何の心配もいらないのだ。あれのせいで天界では毎日が大戦争。弱き者は散り、死ねなかった者は治癒が終わるとまた殺し合わねばならない。
一体誰がそんな事を決めたのか。昔は何度も憤りながら考えていたが故郷を捨てた今ではどうでも良い事だ。この地下は絶対にそうならないようにしよう。
こうして家族から大家族、親族周りを増やしていくといつの間にかその数は500を超えており、各々が地上の文明を真似しながら住居や施設を建築していく。

彼の思惑通り平和で争いのない小さな集落が誕生するとバーンも大いに喜んだ。

だが7000年程前、人間達が繁栄の為に生み出した『権力』なるものが芽を出し始めると地上はあっという間に醜悪な世界へと変貌を遂げる。





 元々言葉や取っ掛かりの知識を与えたのはバーンだ。だがその時の印象からか、地上の生物は脆弱で危害を加えてくる事などないだろうと決め込んでいたのがいけなかった。
ある日、大きな翼を持つ同胞トユーラが人間達に襲われて大怪我を負いながら帰って来た。彼らは無力で臆病だから驚かせないようにと伝達していたはずなのに何故?
最初はトユーラに強く詰問したのだがどうも話を聞いていると彼らが一方的にこちらへ攻撃を加えてきたらしい。
「しかし人間・・・だっけ。あの生物が僕の同族に怪我を負わせる手段を持っていたなんて考えられないね。」
「バーンよ。それはお主の怠慢だ。人間というのは我らが思っている以上に進化を遂げている。私も10年程前に顔を覗かせてみたが彼らは小さな木の棒を弦で弾いて飛ばしてきていたぞ。」
魔族と名を改めた彼らの寿命はバーン次第だ。後は魔力が尽き果てれば朽ちてしまうだろうが今の所そういった報告は上がっていない。
ティムニールの話に頷きつつも理解が出来なかったバーンはこの日以降、同族達が地上に出るのを控えさせると自らが人間を観察する為に足繫く地上へ通う事になる。

強さなどいらない。それは争いを生み出すものなのだから。

同族を生み出す際それをしっかりと念頭に置いて力をどんどん縮小していたのが仇となったのか。地上では人間達が徒党を組んで戦う事を覚え、更に石を削り、溶かして武具なるものを生成出来るようになっていた。
大空から見下ろせばどこかで争い事が起こっており人間が人間を殺す様はまるで天界そのものだ。
(・・・トユーラが怪我する訳だよ。)
自分の身を守る為か硬い素材を使った衣服を身に纏い、それを貫ける武器で相手の命を奪いに行く。あまりにも不可解な行動に開いた口が塞がらない。
(己の命が惜しいのにわざわざ危険を冒して相手の命を奪いにいくのか・・・・・何の為にだ?まさか天界の誰かに唆されたのか?!)
この世界は天界と魔界の中間地点に位置する。であれば自分のように誰かが地上に降りて来て人間達に狂言を吹聴していたとしてもおかしくない。
「・・・これはティムニールに叱られても仕方ないな。しかしいつの間にこんな荒れた世界になっちゃったんだろう?」
他種族が魔族とは違うという事実に気が付けなかった故疑問に思っても答えが出る事はなく、これ以降無益な争いを生み出さないようにと彼は何かしらの策がないかと仲間達と日々話し合いを進める。

「であればまずはしっかりとした標を立てるべきだろう。そしてそれを人間達へと教え広めに行くのだ。」

最初の同族であり親友でもあるティムニールが堂々と提言すると周囲も軒並み同意してくる。他にもいくつか意見が並んだがはやり彼の発言力は強いらしい。
個人的には序列などをつけたくなかったのでもう少し何とかならないだろうか、とついでに議題として挙げてみたのだが。
「そうは言ってもやはり一番最初に創造されたティムニール様は特別です。バーン様が皆を平等に扱おうとされるお気持ちは幸甚の至りにございますがそれと同じくらい我らはバーン様やティムニール様をお慕いしております故。」
「左様にございます。更にティムニール様は地上でも人間が敬う存在になりつつあるとお聞きしています。であれば我らの中にもそういった敬意の念が生まれるのも当然かと。」
「え?!そうなの?!」
てっきり魔族とは地上の生物達から一方的に恐れられ敵意を向けられているものかと思っていたがそうでもないらしい。
「うむ。困った事に彼らは私をみて龍?と呼んでは傅くのだ。なのでバーンよ。そういった誤解を解く意味も含めてお主はもっと地上に顔を出してくれ。魔界の代表者は自分でありティムニールなど取るに足らない存在だとな。」
「いや、ティムニールはかなりの時間と力をかけて生み出したんだからね?色んな意味でも取るに足らない存在ではないからね?」
今ではその姿を見なくなってしまったが10万年前には確かに存在した巨大な生物の数々。それらを観察し、自分なりに形を整えて完成したのが彼なのだ。
特にその大きさは地上の生物に負けないよう数倍大きくした。そのせいか彼と一緒に地上へと出ると遠く離れた場所からでも認知される為目立ちすぎるのも面倒なんだなぁと後悔したものだ。
それから魔族達全員にしばらく地上へ出る事を控えるよう呼びかけるとともに争いのない教えについての意見を募る。

こうして出来上がったのが『強き者は弱き者を支えよ』という理念だった。





 バーンが地上に出向いては己の教えを広めるべくあらゆる部族達と接触を試み始めると不可思議な事に気が付き始める。

まず人間に限らず地上の生物には寿命がある。それも非常に短い。天族は殺されない限りは永遠に戦い続けるのでそんな概念など初めて知ったが脆弱な生物というのは皆そうらしい。
そして争いの原因は自分達の富を得る為のようだ。争いを嫌うバーンからすれば理由にすらなっていないのだが人間に限らず地上の生物というのは放っておくと楽な方へと流されていく。
つまり食べ物が欲しいのであれば奪い、肥沃な平地がほしければ奪う。人が欲しくても奪うし何でも奪えば良いというのが彼らの理念となっている。
(馬ッ鹿馬鹿しい!!欲しければ自分達で作ればいいじゃないか!!その技術は持ってるはずなのに!!)
だが作り出すというのは何をしても時間と労力がかかる。楽な方へ流される彼らはより効率良くそれを手に入れようと考えた結果争いという手法へと行きついた訳だ。
他にも様々な要因はあるがやはり寿命や老いの有無も大きく関わっているのだろう。

不完全な人間という生物は常に混乱と隣り合わせで生きている。それがわからないのは人間達本人だけだというのがバーンからみては哀れで仕方がない。
彼が地上での活動を始めて200年経った今も何一つ変わらないのだからいい加減心が折れてくるというものだ。
(争いは新たな争いだけでなく怨恨まで生んでしまうというのに何故彼らは同じ過ちを繰り返すのだろう・・・うん?)
多少人間への造詣を深めていたバーンはある日、彼らの集落で意外な光景を目にした。
「あの、その小さな鉄器って食べられるの?」
穀物と加工した小さな鋳造物を交換しているのを見て思わず尋ねる。いや、今までも何かしらの物々交換を目撃してはいたがこんな奇妙な場面は初めてのはずだ。
「鉄器?貨幣の事ですか?」
「貨幣?」
初めて耳にする言葉と説明を受けて納得はするも何故こんなものに家族5人が1か月は暮らせるであろう穀物と同等の価値を見出せるのか。
それを取り仕切っている長に話を聞いてみると納得がいく答えが返って来る。
「人には得手不得手があります。魚を獲るのが得意な者、穀物を育てるのが得意な者、物を建てるのが得意な者などなど。そんな彼らが欲しい物を平等に得られるよう作り出したのが価値を共有出来る物、つまり貨幣なのです。」
形のある仕事と形のない仕事を平等に扱うのは難しい。食べ物などは毎日摂取せねばならないし、かといって家屋など一度建ててしまえば毎日手に入れる必要はない。
それらの労働力と需要に応じて貨幣を収受しあう事で人々はより平等で質の高い生活を手にしているようなのだ。確かに一理はあるだろう。
しかしバーンにはこれこそが争いをより激化させる原因になるのではと気が付く。

(・・・・なるほど。これがあれば衣食住に困る事は無いし人々はこれを沢山手に入れて今より豊かな生活を目指す・・・うん。悪くはない・・・けど。)

分相応という言葉がある。受け取り方によって多少の意味合いが違ってくるも要は釣り合いを取るという事だ。
食べ物だけで考えれば5人家族と50人家族だとどちらが一日の食事量が必要だろうか。その構成に多少の違いがあったとしてもやはり大人数の家族の方が沢山の食事をするだろう。
住む家にしてもそうだ。人数が多ければ多い程敷地も家屋も沢山必要になってくる。それらの空間をどれだけ欲するか。とても大きな屋敷が欲しいのか豪奢に飾り立てた部屋が欲しいのか。
それらは個々の感性や価値観があるのでバーンが横から口を挟むなど毛頭ない。

問題はそれを自己完結せずに他人と比べて優劣をつける点だ。

正に争いの根幹でありいらぬ憎悪を生み出す醜悪な行動。他人より沢山の美味しい食べ物を持っている。他人より広く豪奢な家に住んでいる。だからどうした?それを比べて何になる?
自身の家族である魔族達ですら父が同じでもそれぞれ育った環境や資質、個性が全く違うのだ。
というのに何故人間達は全く生い立ちの違う同族相手にそういった気持ちを持ってしまうのか。比べるのであれば過去や現在の己と比べるべきであって決して他を巻き込むべきではないはずだ。

衣食住すら賄える貨幣。現在人間達はそれをいかに沢山保持しているかを他と比べて上下関係を判断し始めている。

彼らに他人を慮る能力はなく、なのに何故か他人とは比べたがる。そしてよく思われたい、自分のほうが上だと思い込みたい欲を満たそうとするのだ。他人を思いやる心のないまま他人を利用して己の私財を増やした所でどんな未来が待っているのか想像すら出来ないのか?
貨幣という偽りの力に頼ってきた結果、待っているのはそれを狙う人間達からの直接的な攻撃である。すぐに死ねればいい方で大抵は貨幣の貯蓄量に比例した憎悪という利子がついてくる。バーンが見た中だと目の前で妻や子に拷問を受けさせるというのが一般的だった。
貨幣の全てを悪とは言わないが不必要な貨幣は憎悪の源となり脂肪に過ぎない。真に持つべきは本当の力であり、ましてや人々から恨みを買って家族を目の前で惨殺されるなど論外もいいところだ。

それでも人間は学ばない。

過去から学ばないからまた同じ過ちの繰り返しだ。蟻よりも小さく路傍の石にも満たない惨めな欲望を満たす為だけに貨幣を求めて周囲を利用し、分不相応の力を手に入れてもやがてはそれ以上を掠め取られていく。
ある程度の満足がいく食事と居住、そして笑いあえる家族がいれば恨みなど生まれることは絶対にないはずなのに。
(そんなものを集めてる暇があるのなら己の強さに研鑽を重ねて家族を守り通せる人生を送った方がよっぽど良い・・・と思うんだけどなぁ・・・)
バーン自身が天族であり他に比類なきほど強い力を持っているからそう思えるのかもしれないが彼も争いを忌避してはいるものの自身の大切な家族に被害が及ぶのであれば容赦はしないだろう。

力とは己の大切なものを護る時にのみ使えればそれでいいのだと彼は考える。

逆に言えばそれ以外では力などいらないのだ。人間社会を見ても分かる。貨幣という力が争いと権力を生み、天界以上の修羅場が毎日そこかしこで起こっている。裏にあるのは醜すぎる憎悪と取るに足らない僅かな欲望だけだ。
(目立つ意味もよくわからないんだよねぇ。木の葉虫なんて今も目立たないようにこうやって隠れてるのに。)
木の葉や木々に似た体を持つ昆虫を指でつついては感心するバーン。彼らは捕食されないようにこういった術を身に着けているのだが人間は人間を捕食する生き物でもある。
そう考えると昆虫のほうが人間よりよほど頭が良い。今後は彼らを見本に魔族を増やしていくべきかもしれない。

(目立つ必要はなく必要以上の欲も持たない。分相応に生きていけばいいじゃないか。それで争いが起きないのならそれが一番さ。)

こうして彼の教えは宗教という形で後世に語り継がれていくのだが『強き者は弱き者を支えよ』という最初の教えは『誰よりも強くあれ』と曲解されて現在『ネ=ウィン』の国教として納められている。





 自身に布教といった考えのないまま地上で人間達に教えを説いていたある日、約10万年ぶりに天界の強者と出会った。

「・・・まさかこんな辺境に紛れていたとは。腰抜けな貴様らしいな。」

絶対的な強さを持つ天界の王セイラムはこちらに一瞥をくれながら嫌味を吐く事を忘れない。そんな彼と唯一互角に戦えていたバーンは呆れ顔を見せつけつつ溜息をつく。
「君の方こそこんな辺境で何してるの?天界のまとめ役がいないといつも混乱している世界が混沌まで落ちちゃうよ?」
眩しい金髪に整った顔立ち、容姿的な強さも天界随一の彼は異性と星の数ほどの子を設けている。そしてそれらの全てが亡くなっていた。
自分の血が通った子が強制的に戦いへと参加させられ死んでいくのをこの男は何も感じないのだろうか?
(・・・感じないんだろうなぁ・・・)
2人が物心ついた250万年前からそうだった。今更何か変化が起こるとも考えにくい。未だ天界では毎日殺し合いという戦いが催されており、これからも散っていく運命でしかない新たな命が生み出されているのだろう。
「貴様が開けた大穴のせいで天族がここに逃げこんだらしいのだ。それを刈り取りに来ている。」
「へぇ~・・・」
確かに逃亡を図った時、闇雲に天界を破壊しつくしたのはバーンだ。というのも世界の理がわからなかった為本当に逃げられるのか、どこに逃げられるのか等全く分からなかったからだ。
天族達の手が届かない天界と別の場所などあるのだろうか?半信半疑で、それでも鬱屈した毎日から脱却したい為に毎日天界を手当たり次第破壊しつくした結果この辺境へと辿り着き、更に身を潜めようと地中深くに移動して今の魔界が出来上がった訳だ。
久しぶりに出会った天族や天界の話を聞いてほんの少しだけ懐かしさと驚きを感じつつも自分にはもう関係ないとその場を離れようとするとセイラムが呼び止めてくる。
・・・やはり戦わねば逃がしてくれないか。天界を統べる王であり誰よりも強い彼の事だ。バーンが去って以来戦う相手に困っているのだろう。
「何?言っとくけど僕はもう戦わないよ?」
「戦う為に生まれてきた存在がそれを拒むとは愚かな、などと今更言うまい。しかしこんな何もない辺境でどうやって暮らしているのだ?退屈ではないのか?」
「・・・人間達に争わないよう言い聞かせて回ってるんだよ。だからそれなりに忙しいんだ。」
「にんげん?」
あまり見たことのないきょとんとしたセイラムの顔が思いの外面白かったので少しだけ気を許したバーンは彼を引き連れて適当な集落の上まで飛んでいく。
指を刺した先には自分達と同じような姿形をした生物が群れをなしてのんびりと生活している風景が見て取れる。
「あれだよ。ちょっと前までは体毛の薄い猿みたいだったんだけど今では進化?っていうのかな?言葉を使って徒党も組んで彼ら独自の文明を築き上げているよ。」
「・・・・・不思議な生物?だな。我らと同じような姿をしているのに何故か強さを全く感じない・・・・・」
「まぁ実際とても弱いからね。それとも似たような姿形だからって理由で彼らを一方的に殺して回るのかい?」
皮肉を多分に込めて尋ねてみたのだがセイラム自身に真面目すぎる部分があるので時折その意図を汲み取れない時がある。

「馬鹿を言うな。誇り高き天族に弱者をいたぶる趣味など無い。お前もそうだろう?」

「・・・天界は捨てたけどね。まぁ弱者に限らず僕が戦う事はもうないよ。」
何故かこちらに同意を求められたので思わず釘を刺してしまったがどうも今は戦いを申し込む意志はないらしい。今度は彼がおかしそうな笑顔を零したのでバーンが少しふくれっ面を見せる。

思い返せば天界にいた時彼とこんなにゆっくり話をした記憶はない。顔を合わせば毎回戦っていたのだから・・・

「辺境か。中々面白い場所だな。私も少し彼らと接してみるか。」

「・・・えっ?!?!?」
話の脈略からセイラムが彼らを殺すような真似はしないだろうが戦いしか頭に無い天族が人間と関わって何をしようというのだ?いや、それよりも。
「戦う以外に何をするつもりなの?!あ!彼らに無駄な争いをもたらすつもりでしょ?!やめてくれるかな?!」
「・・・そう願っているのならそう動いても構わないが?」
「・・・・・んんん??」
今日のセイラムは非常にわかりにくい。戦う事と天界の掟を護る事以外に興味が無い男だと思っていたのに一体何を考えているのだ?

「言っただろう?天界から同族がこの地に逃げ込んでいると。そいつらの情報があれば手に入れたい。後は彼らがどうやって生きているのかも気になる。」

・・・・・
思考が筋肉で出来てるんじゃないかと思うほど堅い男なのにどういった風の吹き回しだ?意外すぎる発想に思わず声を失ったがそんなバーンを見たセイラムはまたも見たことのない程屈託の無い笑顔を零す。
「心配するな。お前の家族に手を出すつもりはない。だがお前自身は本来刈り取るべき対象だ。それだけは忘れるなよ?」
最後の最後にほんの少しだけ『らしさ』を見せると彼は静かに西の空へと飛んでいく。
てっきり命がけの逃走劇が始まるのかと覚悟していたバーンはあまりの拍子抜けな別れにその後姿が見えなくなるまで呆然としていた。





 セイラムとの再会によって地上には天族が逃げ込んでいる可能性がある事がわかった。そして相も変わらず人間達は私欲の為に不毛な争いを繰り返す日々。
これらによってバーンの思考にも少しずつ変化が現れ始める。
「これからはもう少し力を持った同族を生み出していこうと思うんだ。」
「ほう?」
それを魔族会議で提案すると仲間達が大いにざわめいたがティムニールがその理由を促すと皆も聞き耳を立てつつ静寂を作り出す。
「うん。今地上には人間だけでなく天界から堕ちてきている天族も紛れ込んでいるらしいんだよ。だから彼らと遭遇した時や人間の争いに巻き込まれたとき身の安全くらい護れる力を備えていないと危険かなって。」
普段滅多に口に出さない『天族』という言葉に周囲が更なるざわめきを生み出すがティムニールが太く大きな尻尾をびたんと床に叩き付けると一瞬で静かになる。
「ふむふむ。そういう事なら私から反対する理由は何も無い。むしろ同族の無意味な死を見たくないのでな。お主が許す限りの強さを与えてやると良いだろう。」
今まで序列に関してはあまり良い印象を持っていなかったが今回はそれに救われた。彼が誰よりも早くそう告げてくれた事で他の魔族達が反対意見を述べる事はなく、むしろセイラムの存在も警戒して皆が同意してくれている。
「ありがとう。あとは『魔界の境目』を少し整備してこちらに入りにくくしたいんだ。何だったらこの機会に封鎖してしまっても良いんだけど・・・」
「そ、それは困ります!地上にはここにない食べ物という不思議な概念が多数存在します!」
「うむうむ。我々も地上の環境を作り出そうと様々な動植物を持ち込んではみましたがどれも枯れてしまう始末。せめて研究がもう少し進むまでは地上への出入りをお許し下さい。」
ついでに保守的な意見をこっそり出してみるもこれは大いに反対された。いつの間にか自分達は思っている以上に地上との繋がりが出来ていたらしい。
「ま、確かに木の一本くらい生やしてみたいよね。」
バーンが軽口で締めると最後は大きな笑いで包まれる。食べ物に関しても魔族は食事を必要としない為なにも困らないのだがどうも『味』という概念に惚れ込んでいる仲間がかなり多いらしい。
かくいう自身も甘い食べ物はいつの間にか大好物になっていた。これは人間との交流が無ければ一生出会えなかっただろう。

こうして魔界と地上を繋ぐ道を管理する為に往来を木版に記帳したり出入口を強い力を持つ魔族に護らせたりと体制を整えていく。

だがそれでも不安要素はあった。それは自身のこだわりが原因なので長い間心の中で折り合いがつかなかったのだが。

「「「「おおおお?!」」」」

初めて生み出した容姿の魔族を披露した時、仲間達は大いに驚いて感嘆の声を上げる。
「これは驚いた。まさかお主がこの造形に手を付けるとは・・・しかしわかるぞ。これなら地上で堂々と闊歩出来るからな。」
ティムニールが大きな顔で何度も頷くとそれだけで周囲に風が巻き起こる。それの影響を受けた小さな少女の長く青白い髪は嫋やかに流れていた。
見た目は完全に人間である彼女はより彼らの警戒心を解くためにわざと幼い容姿で作り上げたのだ。ただし中身は立派な魔族であり強さや知識も見た目以上のものを備えている。
「今後はこういった人間に近い容姿と天族と遭遇した時に対処できるだけの力を持つ魔族を地上に送ろうと思うんだ。ね、サルジュ。」
「はい!バーン様のお役に立てるよう一生懸命頑張ってきます!」
個人のこだわりが原因で仲間が下手な争いに巻き込まれる事だけは避けたかった。その結果この答えに行きついたのだがあまりにも人間と遜色なかった為この子は後に人間との間に子まで設けてしまう事となる。





 「まさか人間との間に子が生まれるなんてねぇ・・・・・」
報告こそ上がっていたが未だその目で確かめられていないバーンはティムニールの前でため息交じりに呟いた。
「それだけお主の造形が人間に近かったという事だろうな。友として誇らしく思うよ。」
第一の友人は大きく口角を上げて喜んでいたが自身の心境は複雑だ。何せ今の人間というのは天族の容姿に近い。
それと結ばれて子を設けられるという事は自身が生み出した魔族も結局天族に近いという事だ。そこから脱却すべく1人で仲間を生み出してきたというのにこれでは本末転倒もいいところだろう。
「そもそも何故サルジュは人間と子を作ろうなんて思ったんだろうね?」
丸い机の上に用意されていたお茶を軽く口に含んだバーンはほぅっと至福の表情を浮かべる。
天界に限らず雌雄のある生物というのは基本的に雌が強い雄に惹かれて子孫を望む。であれば人間の中に魔族が惚れ込むほど強い存在がいるという事か?
だがそんな報告は上がっておらず自身も地上で目に留まるような強い人間など見たことも聞いた事もない。
「ふむ・・・・・そればかりは直接本人から聞くしかあるまい。私には想像すらつかん。」
「だよねぇ?」
子孫が生まれる事自体は決して悪い事ではない。だが割と保守的な考え方であるバーンはその喜びよりも不安要素として捉えた部分が強く、以降はまたも少しずつ人間から離れた造形で魔族を生み出していく。



こうして生まれたのがイフリータとウンディーネだった。



彼女らはバーンの気まぐれで2人同時に誕生しただけでなく人間らしい容姿を持ちつつも人間らしからぬ、つまり天族らしからぬ部分も持ち合わせていた。
ウンディーネは足の部分が尾びれになっておりイフリータの足は炎のように形のないものとなっている。こうしておけば人間も彼女らがすぐに魔族だと気が付き余計な事を考えないはずだ。
普段は腰巻などで下半身を隠しておけば地上での行動にも問題はないはずだし身を護る力も申し分ない。なのでこの2人は存分に活躍してくれるだろうと期待していたのだが。

「私はあんまり気乗りしないの。今度からイフリータに任せちゃってもいいですか?」

地上での活動中に尾びれを見られた途端人間達の態度が豹変したらしい。以降嫌うというより怯えを抱いてしまったウンディーネがそう懇願してきたのでバーンも了承する。
「相変わらず彼らはすぐ野蛮な行動に走るなぁ・・・僕ももう少し強く教えを説くべきかな?」
頭を軽く撫でながら慰めるとみるみる機嫌が良くなって空を泳ぎ回るウンディーネを他所にバーンは少し考え込む。
人間達に争わないよう説き始めて5000年を超えていたが未だ彼らが改める様子はなく、今でも必ずどこかで戦禍が巻き起こっているのだ。
だがその裏側では建築物や衣装、料理などの文化は確実に進化を遂げている。その方向に全てを賭けて邁進してくれたらなぁ・・・勿体ないと思わずにはいられない。

「バーン様、エイムが戻ってまいりました。」

空に水の輪を作ってはそれをくぐるという遊びで楽しく泳いでいるウンディーネを眺めていると最近側近という扱いになったデルディルアが声を掛けてくる。
エイムも地上で活動しているだけでなく子を設けた魔族の1人だ。そんな彼女の話を聞きたくなって一度呼び戻してみたのだがまだ心の傷が癒えてなかったのだろう。
彼女の無念と泣き崩れていく様を見届ける事しか出来なかったバーンは結局どういった理由で人間とそういう関係になったのかわからず仕舞いだった。





 流石のバーンもイフリータの件が発生して以降、人間への考えが大きく改まる。何せ魔力を得る為に魔族を食べようとしたのだから。
(猪や熊を食べてその力が宿ったかどうか、まずはその辺りから考えてほしかったなぁ・・・)
報せを聞いたウンディーネは大きな悲しみと激しい憎悪を抱いて地上へ向かおうとしたので皆が慌てて止める。だが怒りの力というのは時に創造主であるバーンの想定すら超えてくるのをこの時学んだ。
側近であり将軍という役職を与えていたデルディルアすら止められないといった状況に陥ったので自ら出向いて強く叱りつけたのだが許容を超える魔力を発散し続けるウンディーネにどう対処すべきか困り果てていた。
「今は落ち着くんだウンディーネ!ほら、おいで!」
結局力尽くで無理矢理抱きしめた後更に無理矢理赤子を寝かしつけるように自身の膝元へと誘う。ちなみに場所は自身が知っている中で一番心地の良い友人ティムニールの鼻柱の上だ。
なだめながら頭を撫でているといつしか涙を貯めたまま寝入るウンディーネにほっと一息つくもこれには何かしら対処をせねばと考えを巡らす。
報復・・・というのが最も簡単な手段だろうがそれでは人間達と同じだ。そもそも同族達を生み出す時に闘争心を除いている。そんな魔族がいくら憎悪を芽生えさせたといえ人間達を殺して回るのかと言われれば難しいだろう。
ただ憎悪を持たないようにと願って作り出していたにも関わらずウンディーネのように豹変する個体がいる事を考えると心というのは創造主のバーンですら思い通りには出来ないという事だ。

「やっぱり往来を禁止しようかな。無意味な接触さえ避ければ襲われる心配もないだろうし。」

今では改良した地上の木々が生い茂る魔界を一望しながらバーンは真下にいる友人にぽつりとつぶやく。
ティムニールの大きな鼻柱の上は彼が呼吸をしているだけでもお尻から妙な振動が伝わって来きて非常に安らぎを覚えるのだ。ウンディーネもその優しい揺れを感じながら少しずつ安らかな寝顔へと変わってきている。
「・・・お主が思うのであればそうすればよい。しかし気になるのは・・・人間達はいつの間に魔術を使えるようになったのだ?」
彼が言葉を発するとお尻からまた違った振動が体を揺らして心地よい。この疑問は少し前から魔界でも話題になっていた。なのでバーンもいくらか魔族を集めて意見交換をしていたのだが。
「地上の生物って何でもかんでも外から取り込む習性があるじゃない?水にしても食べ物にしても。だから地に足を付けて生きている人間達は魔界の力を少しずつ吸収してるんじゃないかってエイムが言ってたよ。」
「なるほど・・・確かに魔界の樹木も魔力だけではどうにもならなかった。水を流してやっと棲息出来るようになった・・・うむ、大いに納得したぞ。」
大きく合点がいったらしくその分顔も大きく揺れたのでまた違う振動が全身に走るもこれはこれで悪くない。結局のところバーンにとってティムニールの鼻柱の上は彼が何をしようとも居心地の良い場所なのだ。
「まぁ彼らが微々たる魔力を得る分にはどうでもいいんだよ。問題はまーたそれを争いの火種に使う事なんだよね~。」
今までになかったものが発見されると人間の世界では必ず大きな異変が起こる。権力にしても貨幣にしてもだ。そして魔力を包する人間が単純で微弱ながら魔術を得た時、その希少価値と人間社会から見て大きな力はまたも担ぎ上げられ利用されるのだ。
それでも新たな魔力と魔術を得たいが為に魔族を食するなんて・・・考えが浮かぶだけでも頭がおかしいのに実行へ移せる人間という生物の情緒は一体どうなっているのだろう?

「それが人間の本能というものなのかもしれんな。」

「本能?」
「うむ。彼らはあまりにも脆弱だ。だからこそそれを払拭せんが為に力を求める。貨幣にしても権力にしてもだ。」
面白い説に思わず下敷きにしてしまっている友の顔を覗き込むが何分大きすぎて表情を捉えることはできない。膝の上のウンディーネも起こしたくなかったので確認は諦めて空を仰ぐ。
「・・・僕って恵まれすぎてるのかな?そういう発想はなかったよ。」
「お主は全てが備わっているから弱者の立場というのはなかなか理解し難いと思う。私の説もあくまで推論でしかないからな。ただ先程の話に戻ると水や食料、更には地面の奥底に住んでいる我々の力すら吸収しているかもしれない人間達。であればその行為はもう手当たり次第を超えている気はするのだ。」
「・・・本能か・・・」
防衛本能や生存本能といった言葉は聞いた事がある。これらは死なない為に体が求める行動の類、つまり思考を通さずに体が動く事を指し示す。
であれば少しは理解に近づくか?つまり魔族を食す行為もそうしなければ死んでしまうと・・・いやいやいや、絶対に他の代替品があるだろう?
知能の低い生物であれば子孫を残す為に雄が雌に食われる話は知っているが人間は言葉や道具を扱い社会性を確立した知的生命体のはずだ。であればもう少し知的な言動を意識してもらわないとこちらも争いが無駄だと説いてきた意味がなくなる。
「知能があっても意識は別って事かな・・・もう考えるの止めよっか!」
腰を下ろしたままぱんぱんとティムニールの鼻柱を軽く叩いてこの話は終わり。にするつもりだったのだが友人は以前から機会を伺っていたらしい。

「待て待て。折角なのでお主に弱者の気持ちを聞いてもらいたい。実は私も皆と同じように人間くらいの小さな体が欲しかった。これをお主の前で言うと少し機嫌を損ねるかもしれんが、やはり大きすぎる体は時に不便を感じるのでな。」

初めて聞いた本音にバーンは機嫌を損ねるどころか失念していた自身を恥じ入る。なのにティムニールは大きく笑いだすので鼻柱の上は軽い地震のような揺れが起きていた。
それからすぐにティムニールを人間の形へ変身出来るよう新たな力を与えると、以降は人間達より先に魔族達の見落としていた不満点や要求に耳を傾けていくよう決意を新たにした。

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