闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -静かな陰謀-

 「お父さんっ!!」
正気に戻ったカーチフはカズキを『ボラムス』に預けた後『ネ=ウィン』へと戻ってきていた。今まで目の前にいたにも関わらず認識出来なかった娘が飛びついてきたのでしっかり受け止めると妻や婿も駆けつけてきた。
「すまないシャルア。俺が未熟なばっかりに・・・ケディ、サファヴ。迷惑かけたな。」
ヴァッツに手をかざしもらった時は少しの違和感しか覚えなかったが以降、正気と記憶を取り戻しつつあったカーチフはまず己が殺めてしまった『リングストン』の屍達に頭を下げる旅を始めていた。
その後自分の村に戻って記憶と現実を照らし合わせていく。見れば周辺の家屋も荒らされた形跡は一切ない。踊らされていた結果を前に愕然とするも今カーチフがすべき事はただ1つ。

己に煮え湯を飲ませた男、ダクリバンの討伐だ。

父の葬儀すら満足に参列出来なかったのだ。これらの落とし前だけはきっちりとつけなければ。
そこからは昼夜問わずに馬を駆り、『ジグラト』の王都へ入ったカーチフはダクリバンが住むという建物を調べ上げる。するとナルサス達も諜報活動をしていたのだから驚いた。
だがこれは好機だろう。自身の甥も計算に入れれば奴如きは十分仕留められる。そう踏んで彼は単騎で外から狙いを定めていたのだがそのカズキが計算違いの行動を起こしてしまう。
結果としてナルサス1人に任せる事となったが、空を飛び、黒く妙な剣を手にした彼は自分より強いだろう。であれば片腕が使えないダクリバンの首を討つなど容易いと思っていた。

ところがあれから『ネ=ウィン』に戻ってもナルサスが帰還したという話は届いておらず、むしろ別の悪い報せまで入ってきて皇帝ネクトニウスは大いに乱れていた。

「カーチフ!!正気に戻ったのならナルサスを探してきてくれっ!!」
普段の落ち着きはどこへやら。といっても彼が最後の後継者だ。父としても心配で仕方がない気持ちは痛い程分かる。
「わかりました。すぐに向かいます。あと私は空が飛べませんので飛行部隊をお借りしても?」
「構わん!!全てを使っていい!!ノーヴァラットを使う事も許す!!」
現在バルバロッサが不在の為『ネ=ウィン』国内の魔術師で一番腕の立つ者の名が出てきたが彼女は若く魅力的だ。ただでさえ自身の妻や娘に辛い思いをさせてきた為誤解を招かないように今はそういった存在と距離を置きたかった。
「お心遣い感謝いたします。では早速準備をして今日中には発ちましょう。」
誤解が解けて間もないがあの時ナルサスを仕掛けた責任もある。カーチフはそう言って謁見の間を後にすると早速出立の準備に取り掛かった。



だがおかしな事に何故か娘が一緒についてくる。魔術師達には空からの捜索に当たらせている為馬車には荷物と親子だけが乗っていた。
聞けば彼女はカズキから一刀斎の遺骨を祖母に届けてくれと頼まれたそうだ。今までのカーチフなら腹に据えかねる話だったがダクリバンの術によって憎かった父の葬儀にさえまともに参列出来ていない。
ならば甥っ子と娘の為にもここは自分が我慢しよう。それにあの男が選んだ女性というのも気になる。話によると娘を失って相当気落ちしているらしいが・・・
「お父さん本当にいいの?言っとくけど嫌な態度とか取ったら私が許さないよ?」
しかし操心の術が解けたというのにシャルアはこちらに厳しく当たって来る。魔術師達の前であまりそういう態度を取ってほしくはないのだが非は自分にある。これもまた素直に受け入れよう。
「大丈夫だ。それに『モクトウ』へ抜ける道は無法と化してるからな。俺はただの護衛だと思っておいてくれ。」
納得はいってない様子だがそれでも御者席に2人並んで座っているという事はある程度許してもらっているらしい。
「そういえばお前と旅なんて初めてだな・・・」
「そうね。でも出来るだけ早く終わらせてお母さん達の所へ帰りたいな。」
その意図は己が原因だと勘違いしたカーチフは魔術師達だけでなく精鋭歩兵にも厳しく捜索に当たるよう命じるがこの時彼女のお腹には既に新たな生命が宿っている事など知る由もなかった。





 「わざわざ王妃自らお出ましとは。俺も随分名が売れたようだな!」
あれから数々の村を落として回ったトロク山賊団はその悪名と素行の悪さから誰もが逃げるように距離を離していたのだがただ1人。
「貴方がトロクね?その強さは聞いています。ですので私が買い上げましょう。」
『ジグラト』王妃ブリーラ=バンメア自らが彼の前に足を運ぶと早速交渉が始まる。そう、今の『ジグラト』は恐怖を煽り立てて何とか防衛させていたが根が事なかれ主義の国民性はその心が非常に弱かった。
既に各地では家族を人質に取られた権力者以外は無条件降伏に応じ始めており近隣の中小国が確実に版図を切り取っている。これを楽観視していては彼女とはいえ全てを失ってしまうだろう。
そこで劇薬としてトロクの力に目を付けた訳だが何せ札付きのごろつきだ。周囲も遠回しに反対してはいたものの彼女に強く讒言すれば己の命が危うい。結果この対面が成立してしまった訳だが。
「言っとくが俺は高いぜぇ?何せ手下を食わせていかにゃならんからなぁ?」
「構いません。と、言いたい所ですが私達の財源にも限りがあります。ですので現物支給でいかがでしょう?」
「ほう?」
トロクも国に仕えるといった経験はない為その報酬とは一体どんなものか、どれくらい貰えるのかが気になったので続きを促す。
「我が国からは将軍職として年百万金貨。配下達にはそれぞれ1万金貨を約束しましょう。そして臨時手当は切り取られた版図を取り戻した時、その地から自由に略奪しても構いません。」
「ほっほーう?!」
相場が分からない為年百万というのが高いか低いかわからないが大金である事は間違いない。更に奪われた地を取り戻せば追加の報酬が発生するとなればかなり美味しい話に聞こえる。

「それは取り戻す時だけか?個人的に攻め入ってぐちゃぐちゃにしてやりたい場所があるんだがその許可さえ貰えればあんたの条件、飲んでやってもいいぜ?」

だが欲に塗れた彼は更なる交渉を開始した。といっても煮え湯を飲まされたあの男の首を獲りたいというだけだ。さして反対などされないだろうと考えていたら王妃回りは難色を示している。
「・・・構いませんがまず最低条件として領土の全てを奪還。それが出来たら後は自由にしていただいて結構です。」
しかし王妃だけは話が分かるらしい。しっかりと言質を貰った事でトロク達一団は晴れて国の正規軍となったわけだ。
「ひゃっはっは!!商談成立ってやつだな!!!」
将軍としての地位を手に入れたトロクは喜びと興奮から周囲の目など気にすることなく小屋に入ると女を一人引っ張り出してきてすぐに行為を開始する。
「期待していますよ。トロク将軍。」
破天荒を通り越した狂行にまたも王妃周辺が侮蔑と非難の目を向けていたがブリーラ=バンメア本人だけは薄笑いを浮かべていた。



だが彼らは見誤ってしまった。最初に王妃から命じられたのは『ジグラト』の主要都市ロークスの奪還。
ここにいる胡散臭さを極める大実業家ナシュナメジナがトロク達の蛮行を見過ごしてくれるはずがないのだ。そしてそれはすぐに結果として現れる事となる。





 《やれやれ。今度は『ジグラト』から攻められるのか。忙しくて叶わんな。》
他の土地はすべてカーチフの手によって血祭りにあげられた為『リングストン』は何とかこの都市だけでもと全ての物資を投入して形を整えている所だ。
その矢先に聞いた事のない将軍がこちらに向かっているという情報が彼の耳に届くと珍しくぼやいきが聞こえてきた。
《『ジグラト』の軍人など所詮は事なかれ主義に染まった腰抜けだろう。我々は我々で事業に影響が出ないようにだけしておけばいいじゃないか。》
既にここロークスには万を超える『リングストン』の兵が街を守っている。ナジュナメジナとしては独裁下における収益の減少の方がよほど心配だった。
《わかってないなお前は。今こちらに向かっているトロクという男は私の仲間が作った武器を手にしているのだ。》
《ほう?確か黒い剣とかそんな類だったか。》
あれらは持ち主に強大な力を与えるという。以前は『ネ=ウィン』のセンフィスという青年が。そして今だとナルサス皇子が手にしたのは聞いていた。
《うむ。あれを持つ者がこちらに向かっているとなると多少は策を講じねばまた多くの『リングストン』兵達が屍と化す。いや、もしかするとロークスの民にも影響が出るやもしれん。》
執務室の窓から外を眺めつつその考えを示すア=レイ。
(『リングストン』の兵はともかくロークスの民を心配しているなんてこいつは変なところでお人好しだな・・・その情けを私にも分けてくれればいいのに・・・)
ナジュナメジナからすれば歯車にも満たない労働者など木炭以下の存在だ。なのに『リングストン』侵攻時にはわざわざ単騎で出向き血を流さず場を納めるしカーチフのを助ける為に山賊もどきに私財を渡す等自分とは対極の行動をする時がある。
いや、考えてみれば自分の体こそ乗っ取られているものの思考が消されていないのもア=レイなりの情けなのかもしれない。だとすれば今はこの状況を飲み込もう。甘い彼の事だ。いずれ飽きたら体も返してくれるかもしれない。

《はっはっは。お前も随分事なかれ主義・・・いや。日和見主義に染まったじゃないか。》

だがこちらの思考が筒抜けなのか冷たい笑いが心の中で木霊する。ぐうの音も出ないが確かに浅慮が過ぎたかもしれない。
《・・・私の事はいい。それよりどうするんだ?そのトロクとかいう山賊に対して何か策とやらはあるのか?》
なので誤魔化しがてら自身が他に興味を持っている話題を振る。
ナジュナメジナは体を乗っ取られて既に2年近く経つのだ。先日の空を飛ぶ経験もそうだが時折彼が見せる人間ならざる力は体を動かせないナジュナメジナにとって現在唯一の娯楽のようになっていたのだ。
今回はやや内輪もめに近い形で事が進んでいるらしく、これをどう往なすのだろう?自身の興味はそこに目を向けられていた。
《・・・やれやれ。どうやら私の影響まで及んでしまったらしいな。》
《ああ。それには同意する。ア=レイよ。今度はどんな方法で私を驚かせてくれるんだ?》
彼は自身でも言っている。享楽主義者だと。であれば歪な形とはいえ長い年月を共に過ごしていればお互いがお互いの影響を受けても仕方がないのだろう。

《そうだな・・・まずは陣中見舞いと行こうじゃないか。》



そしてやってきたのは『リングストン』の宿営地だ。多少の寝所はあれど万を超える兵士など以前のロークスには必要なかった。
なのでそのほとんどが野外にて寝泊りをしているのだが防衛を任された将軍達は今、一番大きな砦の会議室でこちらに向かってくるトロクという人物について話し合っている最中だ。
「何でも元山賊らしく、その強さを買われてブリーラ=バンメアが将軍に取り立てたとか。」
「行く先々で略奪の限りを尽くし評判は最悪です。もし奴がこのロークスに入りでもしたら甚大な被害が出るでしょう。」
しかし出てくるのは悪評ばかりで具体的な強さが出てこない。よってどう対処すべきかが全く検討されていなかったのだが。
「山賊など『リングストン』の皆様からすれば赤子の手を捻るより容易いでしょう。私といたしましては街へ入る前に軽く蹴散らして頂ければ幸いですな。はっはっは。」
ア=レイがその中に軽口を放り込むと彼らもその言葉を聞いて落ち着きを取り戻したのか、そこからあっという間に戦場が決まると会議は幕を閉じた。
「そうだ。私から皆様へ食事と酒をご用意いたしました。是非景気付けにやってください。」
「おお!流石ナジュナメジナ様!我らも貴方の様な方に支えられると俄然やる気が出ますな!!」
こういった施しを自然に行えるのがア=レイの強みだろう。ナジュナメジナはまた出費か・・・と少しはぼやいたものの以前に比べて自身も金銭感覚が相当に鈍ってきている。
《まぁ酒と食事くらいなら・・・っていかんいかん!!》
まだまだ唸るほどの資産はあるもののこれらは貯め込んでこそ意味があるのだ。いい加減ア=レイもそこに気が付いてくれないといけない。
《いいではないか。明日以降彼らは決して楽ではない戦いに身を投じるのだ。これが最後の酒になるのかもしれんのだぞ?》
《うぐぐ・・・》
時折彼のほうが人間味のある言動をしてくるのでそうなった場合は黙り込むしか出来ない。その積み重ねにより現在ナジュナメジナの名声は周辺国を超えて隣の大陸にまで伝わりつつあったが彼にそんなものは必要ないのだ。
《・・・まぁよかろう。とにかくそのトロクとやらをさっさと討ち取って我々は事業に励もうじゃないか。》
金を稼ぐといった直情的な物言いはア=レイに響かない。なので最近はこういう言い回しで何とか少しは働いてもらおうと日々試行錯誤している。
《そうだな。セイドには悪いがこの街を今荒らされる訳にはいかん。》

珍しく2人の意見が一致すると安心した彼らは心の中で談笑しながら宿営地を後にした。





 《今回は彼らを鼓舞する事で何とかしようというのか?》
ナジュナメジナはア=レイが大した仕込みをしていない事を不思議に思っていたが変に詮索するのもお互いが興を削がれる。
なので当日までその動向を見守ろうと防衛の話題には触れないようにしていたのだがいざトロクの軍勢が現れてロークスの郊外が戦場と化すと予想外の出来事が起きていた。

軍勢は2万対2千らしい。なのに『リングストン』側があっという間に壊滅状態まで追い込まれていたのだ。

《お、おおおおいっ?!?!ど、どうなってるんだこれはっ?!》
屋敷の一番高い所から遠望鏡を使ってその様子を一緒に覗いていたナジュナメジナは思わず大声を張り上げる。
《う、うるさいなぁ・・・小声でも私には届くんだ。いちいち大きな声を出すんじゃない。》
呆れかえったア=レイをよそに戦場では30分程で『リングストン』軍が同程度にまで数を減らしている。ロークスに身を置く者としてこれを静観しろという方が難しい。
《お、お前・・・何か策を、みたいな事を言ってたじゃないかっ?!どうするんだ?!このままではロークスが・・・》
ひいては自身の事業が大きな被害を受けてしまう。今からでもいい。何か特別な力を以ってこの戦況を覆さねば・・・心の中でそう祈るもア=レイが動く気配は少しもない。
こいつは『七神』の1人であり天人族だ。いくら戦う力が一番弱いとしても何かしらこの逆境を覆す術を持っている。持っているはずなのに・・・
言葉を失いつつも最後まで彼を信じてしまうナジュナメジナは心の中で祈りを捧げる。
(神・・・ではない、ア=レイよ。私が言葉に出さずともわかっているだろう?この戦況をどうにか覆さねば我々の事業が・・・)

《さて。では我々もそろそろ向かおうか。》

その祈りが届いたのかどうかはわからない。だが彼は遠望鏡を片付けると足早に戦場へと向かう。
《・・・・・ま、まさか1人で戦おうというのか?!?!》
自分の手で戦った事がない上に彼の力を期待しているナジュナメジナが他の発想に行きつくことは無く、いよいよ最大の享楽が得られるのかと内心驚喜していたがそうではない。
戦場の茂みを挟んだ奥にはどこから現れたのか武装した規模の小さい軍が待機しているではないか。
「お待ちしておりましたガゼル様。」
「けっ!トロクが攻めて来てるっていうんなら仕方ねぇ。今回ばかりはお前の話に乗ってやる。」
その中にいた1人は何度か見た。小国『ボラムス』の傀儡王ガゼルだ。と、傍には彼とは雲泥の差がある立派な鎧と体躯をした将軍。確かワミールといっていたか、更にカーチフの手駒であったシーヴァル青年までいるではないか。

「いいですか皆さん。ガゼル王並びに『ボラムス』の将軍、兵士方は『ネ=ウィン』をも超える強さをお持ちです。この地は我らの地。『リングストン』や『ジグラト』が頼りにならない今我々の手で守らねばなりません!」

ナジュナメジナが歩兵達にそう叫んでやっと気が付いた。彼らは紡績工場で働いている労働者達だ。皆が鎧兜に身を包み槍を握って剣を佩いて立派な兵卒と化していたのだ。
「だが無理はするな!!お前達にも家族がいるんだろ?!大事な奴らを残して勝手に死ぬんじゃねぇぞ!!!」
その檄に重ねてガゼルが叫ぶと大きな鬨の声が上がる。
《こ、これが・・・あの労働者・・・?》
消耗品として扱ってきたナジュナメジナはその変わりように思わず心の声が漏れる。それを聞いたア=レイも軽い笑い声で返すと周囲はいよいよ大音量で何も聞こえなくなった。

じゃぁああああ~ん!!!

進軍の銅鑼の音だけは皆の耳に届くと軍勢が勇ましく前進を始め、『トリスト』の飛空精鋭部隊を皮切りにトロクの軍の後方に襲い掛かった。
今度は高台ではないので全容を見る事は叶わないもその勢いと強さは凄まじく、不意を突かれて大いに混乱していた『ジグラト』軍がどんどんと地に倒れていく。
《どうだねナジュナメジナ?こんな策もたまには悪くないだろう?》
楽しそうに語りかけてくるア=レイを他所に初めて目の当たりにする戦場の戦いと自身の労働者、これは自身の軍勢と言っていいのかもしれない。
彼らが勇猛果敢に戦果を挙げていく様はいつの間にかナジュナメジナの心を虜にしていた。





 「トロクっ!!!トロクのバカは何処だぁっ!!!!」
ガゼルは己の軍勢をワミールとシーヴァルに預けて首魁を探し回る。1月にクレイスが来訪して以降、自身の腕を磨いてきた彼は今が全盛期といっても過言ではない。
襲い掛かって来るというよりは逃げ惑う歩兵達ばかりなので移動はしやすいがそんな敵軍の中でも山賊丸出しの姿を見かけた時だけは情け容赦なく斬り殺しにかかる。
事前に聞いていた情報通り、トロクの山賊団が『ジグラト』の正規兵を引き連れてここロークスに侵攻してきているらしい。
「だ、誰だぁ!!頭の名前を呼んでる奴ぁっ?!」
「俺だよ馬鹿野郎っ!!」
生粋の山賊はわかりやすい反応をしてくれる為こちらとしても剣を振りやすい。混乱して瓦解する『ジグラト』軍を縦横無尽に馬で駆っては叫び、その首魁を探し回っていると突然『ジグラト』兵がばらばらになって吹っ飛んだ。
血と肉片が爆発するかのように周囲へと飛び散るのでガゼルもそれを躱すべく距離を取ってから震源地に目をやると。

「がぁぁぁぁぜぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅきぃぃさぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ?!?!」

そこには何故か女の体を鎧のように括り付けて目を血走らるトロクの姿があった。元々背丈は高い方だったが異様な雰囲気は手にする黒い剣の影響だろうか?
人間離れした、まるで化け物のような威圧感に乗っていた馬も怯えて足が竦んでいる。
「おお!!元々薄情な奴だとは思ってたが遂に情を無くしたか!!それでこそ殺り応えがあるぜぇ!!!」
ガゼルは馬から飛び降りると得意の二剣を構えてずんずんと歩いていく。以前イルフォシアと戦った姿を知っているのに無防備をさらけ出すのには理由があった。

「ガゼル王!!助太刀致します!!」
「うわっ?!なんすかこいつ?!気持ち悪いっすね!!」

騒ぎを駆けつけてきたワミールと若き精鋭シーヴァルも参戦する為だ。イルフォシアとの闘いからこの2人、そして修業により戦力の底上げが出来た自身の3人であればと踏んでいたのだが。
「ざぁこぉどぉもぉがぁ!!」

ぶおんぶおんっ!!!

トロクが遠く離れた場所から2人に剣を振るっただけで頼りにしていた2人が後方へと吹っ飛んでいった。思わず唖然としてしまったが慌ててその安否を確認すると凌ぎきってはいるようだ。しかし。
(・・・な、なんつぅ剣閃だ・・・こりゃ近づく事すら出来るか・・・あれ?おかしいな?計算が・・・)
強さとは元々数値化出来るものでもない為計算というよりは勘頼りだったのだがそれにしても大きく外れている。この男ここまで強くはなかったはずだが力を隠していたのか?
いや、大した力も持たないくせに人を見下すトロクが少女であるイルフォシアとの闘いでそんな器用な真似をするとも思えない。恐らくこいつもあれから強くなったのだ。
「な、何という膂力。シーヴァル様。ご無事ですか?」
「だ、大丈夫っすけど・・・これは・・・いけますかね?」
大きな怪我を負わなかった2人が立ち上がってお互いの安否を確認すると囲い込むように移動を始めるがこの形だと一番の穴であるガゼルが真っ先に狙われるだろう。
かといって3人が固まって動くのも間違っている。そうなればトロクは全力で1団体に攻撃を加えればいいのだから。相手の気を逸らしてこそ囲い込む意味があるのだがそれはある程度の力量が前提として求められる。
(ま、まずいな・・・・・)
妻と子の仇を討ち、この世にそれほど未練がないガゼルといえどここでトロクという因縁の相手を前に無駄死にするのは何とか避けたい。思わずヴァッツの姿を思い浮かべるが彼は今『モクトウ』へ向かっている為あてには出来ない。

「さぁトロク!!!昔のけりをつけようじゃねぇかっ!!!!」

となれば選ぶべき道は1つ。刺し違えてでもこいつを殺す、だ。幸い今の自分には心強い配下が2人も一緒に戦ってくれる。自分の剣が届かなくてもいい。誰かの剣が奴の首を刎ねてくれればそれで・・・
「がぁぁぁぁぜぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
こちらの挑発に乗ったトロクが地割れを起こすような踏み込みの後、こちらにその黒い剣を振り下ろしてくる。あまりの速さにその姿が捉えられずに、何もわからないままガゼルの体は微塵と化す。

何もなければそうなっていただろう。そう、『闇を統べる者』の力がなければ。





 初動こそはそんな感じに思えた。だが気が付けば奴の黒い剣撃をその双剣で見事に受け切っていたガゼル。
トロクを含めワミールやシーヴァルも驚きを隠せずにいたが何よりガゼル自身が信じられないといった様子だった。

【どうした?相手は元の力しか出せていないはずだぞ?それとももう少し弱体化させた方がいいか?】

耳元でいきなり低く不気味な低音の声が聞こえてくる。何度も耳にした事のある声だがこの主はヴァッツのはずだ。
「な、な、何でお前がここに現れるんだ?!」
問い返す程には余裕がある。正に彼の言う通り今のトロクは先程2人を吹っ飛ばしたような力を出せてないらしい。よくわからないがこれは好機だろう。

「ワミール!!シーヴァル!!!こいつは俺が殺る!!!お前らは軍の統率に戻れっ!!!」

『闇を統べる者』の力は嫌と言うほど見てきたし体験もした。理由はわからないがこいつが近くにいてくれるのなら一方的に惨殺される心配はないはずだ。
「がぁぁぜぇぇるぅぅ?!こぉのぉおれさまぁをぉぉ殺ぁるぅだぁとぉ?!」
非常に不快感を覚えたトロクが凄い形相で睨みつけてくるが奴は本当に人間なのだろうか?とガゼルは冷静になってその様子を考える。
黒い剣によって得た強さとは別に何か精神に支障をきたしているのかもしれない。考えてみれば都合よく強さだけが降って湧いてくるなど可笑しな話なのだ。
だが今はその降って湧いてきた『闇を統べる者』の助力を得ているのでガゼルもあまり他人を批判は出来ないだろう。なので一旦それは置いておく。
「ああそうだ!!!お前如きにあいつらの手はいらねぇ!!!俺が引導を渡してやるよっ!!!」
鍔競り合いの状態から脇に力を込めて思いっきり相手を押し返すと再び距離の開いた2人が激しい剣閃を放ち合う。
ガゼルは使い慣れた二剣を操るがトロクはその大柄な体躯に似合わない細い片手剣だ。更に今は『闇を統べる者』によって本来の力しか出せていないらしい。
いや、人は本来の力しか出せないものなのだ。余程特別な理由がなければ。

ざしゅっ!!

ガゼルの剣が相手の人差し指と中指を落とした瞬間その手に握っていた黒い剣が零れ落ちそうになる。慌てて左手に持ち替えようとする隙を彼は見逃さない。
追撃でその左手首を斬り落とした瞬間トロクがこちらを憎々しそうに睨んできたがこちらの表情もそれに負けず劣らず酷く表情を歪めて睨み返している。
「・・・一応聞いておいてやるよ。何か言い残す事はあるか?」
黒い剣は地面に落ちてトロクには拾い上げる術が残されていない。それでも双眸には闘志が宿っている。
「きぃさぁまぁぁはぁぁおぉれぇがぁこぉろぉ・・・」

どしゅっ!!

くだらない言葉しか残しそうになかったので遮るように左手の剣を喉元に突き刺すとトロクの声が止まる。
次いで手首を捻りながら素早く剣を引き抜いたガゼルが返す右手の剣で首を刎ね飛ばすとその首は黒い剣の傍に落ちていった。





 『リングストン』軍をあっという間に壊滅させたトロク率いる『ジグラト』の軍勢を今度はそれ以上の速さで『ボラムス』の軍勢が蹴散らす。
漁夫の利といえば簡単だが実際黒い剣を持ったトロクがそのほとんどを斬り伏せていたのだから恐ろしい。
未だどんな力が眠っているのか未知数な為彼の首と黒い剣は物理的な距離をとり、更に首から下を早々に燃やす事でまずは解決を図る。
特に黒い剣の扱いには要注意だ。いつ他の人間がこれに取り入られるかわからないし自国に捕えているカーディアンなどがこの事を知ったら何をしでかすかわからない。

「まじっすか?!ガゼルさんやるっすね!!」
ある程度戦後処理の方針が固まる中、件の女性と近しくなりつつあるシーヴァルが嬉しそうに声をかけて来てくれたがトロクを討てたのは『闇を統べる者』のお蔭だ。
「ふっふっふ。まぁな!」
しかし戦いの直後『闇を統べる者』から力を貸した件については他言無用と釘を刺されたのでここはそれに従う。
そもそも何故彼はガゼルの下へ来てくれたのだろうか。というかヴァッツが傍にいなくても彼単体で自由に姿を現す事が可能なのか。
そして今回トロクの動きを元に戻したようなことを言っていた。それはつまりヴァッツが妙な術を解くのと同じような力なのだろうか?
存在こそ口にしなかったが相変わらず謎が多いヴァッツと『闇を統べる者』。
(今度会ったら直接聞いてみるか。)
ガゼルにそれを悪用する考えはないものの息子のように可愛がる彼がどのような力を持っているのか。一度詳しく調べてみたい気持ちに駆られるのは失っていた親心というものなのかもしれない。
「黒い剣。以前ファイケルヴィ様が預かられた時はいつの間にか消えてトロクの下へ戻っていましたが今回は大丈夫でしょう。どうします?ガゼル様がお持ちになられますか?」
ワミールが布に来るんだいわくの品を渡そうとしてくるが正直手にするのは憚られる。

「・・・ああ。俺が預かろう。だがもし俺に何か変な様子が見えたらすぐに斬り捨ててくれ。」

どういう影響が出るのかわからないが自分なら犠牲になっても最小限に抑えられるだろうし何より『ボラムス』に関わる人間を失うつもりはない。
なのでガゼルはそれをしっかりと受け取った。こうして急遽小さな防衛戦に参加した『ボラムス』の面々はナジュナメジナ及びロークスの責任者へ報告と別れを告げると母国に戻っていった。

いくつもりだった。



その夜ナジュナメジナの強引な引き留めと彼の下で働く労働者達の人海戦術にも似た足止めから祝宴にだけ参加すると約束してしまったガゼル達は野外で大火を熾し、何だかんだと美味い料理や酒に舌鼓を打つ。
宴も酣、皆がほどよく酔いと勝利に浸り始めた頃。不意にナジュナメジナがその中央に歩み出ると数度手を叩いて皆の注目を集める。
「さて皆様。今回このロークスという都市は『リングストン』に侵攻を許し、次いでトロクという無法が率いる『ジグラト』軍に蹂躙されかけました。」
最後の締めとして短い謝意を述べるつもりか。ガゼルもほろ酔いながらそう思って静観していたのだがこの大実業家は色々と胡散臭く底が読めない。

「そして此度、それらを全て排除した『ボラムス』にこそ、このロークスは従属すべきだと私は提言します。いかがですか?我が友ガゼル様?」

・・・・・
何を言っているのかさっぱり理解出来なかったがこの都市にある世帯の半分は彼の事業で生活している。更に今回の防衛戦で彼らの強さを目に焼き付けている。
事なかれ主義ではあっても家族を護りたいという気持ちは皆が持っているし、これだけ強い王と将軍が率いる国になら・・・と誰もが強く思い、感じ始めると後はそれらの心にも大火が灯った。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「「「「「ガゼル王万歳っ!!!ナジュナメジナ様万歳っ!!!」」」」」
いや待て。まだ返事どころは一言も発していないぞ?そう言いたかったがもはや多少の声量では皆の耳に届くはずもない。
そして炎に照らされて怪しく笑うナジュナメジナがこちらにゆっくりと歩いてきて握手を求めるのでますます困惑するガゼル。これを受けてもいいのかどうか・・・
だが流れは止まらない。腰が低いというよりは誰にでも同じ態度で接するガゼルに労働者達も心を奪われていたのだ。それらが彼の体を押して掴んで無理矢理2人の握手が成立すると翌日皆がすべからく酷い二日酔いに襲われていた。





 「おいおいおいおい。あれは宴席での戯言って事になってるんじゃないのか?」
「何を仰います。我らロークス市民の大半が証人なのですよ?戯言で済まされてはこちらが困ります。」
二日酔いの中ナジュナメジナの屋敷では『リングストン』人の市長とその補佐達が4名、ガゼルにワミールとシーヴァルが同席して話を進めていた。
「そもそも『リングストン』の役人がいるんだろ?お前らもいきなり都市を渡せなんて話に頷ける訳ねぇよな?」
「はい。我々は『リングストン』を捨てて『ボラムス』に従うつもりです。」
「ほらな?いくらお前が強引に話を進め・・・・なんだって?」
「はい。我々でよろしければ是非『ボラムス』で使って頂ければと。どうかこの通りです。」
市長を含めた4人は深く頭を下げてくるのだが何故そんな事になっているのか皆目見当がつかないガゼルはワミールやシーヴァルと顔を見合わせる。
それに関してはナジュナメジナが事情を詳しく教えてくれた。
「彼らには今自身を守ってくれる自国の兵士がおりませんからな。私の提案に邪魔立てするのであればそれは処分するしかない、という話になります。」
なるほど。確かに昨日の防衛戦で『リングストン』軍は壊滅してしまったがまさかそこまでとは思いもしなかった。
そしてしれっと役人達を手にかけるような発言をした事をガゼルは見逃さない。普段は腰が低く何を考えているのかわからないが世界で名立たる資産家としても有名な人物なのだ。欲望の為に人を排除するなど日常茶飯事なのだろう。
「・・・お前らどう思う?」
「・・・こればかりは判断しかねますな。ファイケルヴィ様か最悪スラヴォフィル様にまでご相談すべき案件かと。」
「・・・今の『ジグラト』を考えるとガゼルさんの国になるってのは悪くないと思うっすね。」
2人とも思うところはあるらしいが強く反対する素振りも見せない。であればこの話は検討する余地があるということか。
「わかった。んじゃ一度持ち帰って・・・」

「『ボラムス』の国王は誰です?」

ワミールの意見を採用してファイケルヴィに相談しようと話を切り上げたい所にナジュナメジナが実業家とは思えない圧力で凄んできた。
これには市長以下4名はもちろん、屈強な配下2人ですら気圧されている。
「お、俺が国王だな。一応は・・・」
「ですよね?でしたら今ここでご決断下さい。国王らしく。」
ド正論を叩きつけられてガゼルは思わず唸ってしまう。だがこちらには切り返せる事実もあるのだ。
「し、しかし俺は傀儡の王だ!!いきなり大都市を『ボラムス』に組み込むなんて話は・・・!」

「そう思っているのは貴方だけです。私も、そして実際ワミール様やファイケルヴィ様は貴方を王として認めておいでです。」

更に凄んできて思いもよらぬ内容を告げてきたので息を呑みながら件の人物を覗き見てみるとこちらを真っ直ぐに見つめ返して頷いていた。
んな馬鹿な・・・・・だがここで何かしら決断をせねばナジュナメジナは納得しそうにない。
「・・・もしロークスが『ボラムス』になったらそこの市長達はそのまま使ってもいいのか?」
「この都市の新しい市長は『ボラムス』の人材を置くべきかと。彼らがご心配ならガゼル様の下で雑用でもさせてみては?」
「・・・・・ふむ・・・・・」
普段頭を使わないガゼルでもわかっている事がいくつかある。その1つが自国は人材不足だという事だ。
やっと法が形としてまとまってきて税収の確保と治安維持、更なる発展への行動に目処が付き始めたというのに自国並に大きな領土と自国以上の都市を運営するなどどれほどの人間を送り込めば良いのか。
無い頭で考えて答えが出るとも思えないが、それでも使わないよりはましだろう。数分視線を下に向けて現市長とのやり取りを数度行っていると前に座っているナジュナメジナがとても嬉しそうに微笑んでいた。
(・・・・・なんだよ。結局こいつの思い通りじゃねぇか!)
思い返せば初対面時から気に入らなかった。こちらの事情を詳しく知っているかと思えばカーチフを助ける為に力を貸せだのトロクが攻め入ってくるから手を貸せだのいいように踊らされっぱなしだ。
いつの間にかその扱いに腹が立ってきたガゼルはまるでショウのような悪知恵が下りてくると不敵で不気味な笑みを浮かべながらやっと納得のいく答えを口にした。

「よし。んじゃナジュナメジナ、お前がこの都市長だ。反論は許さねぇぞ?国王命令だからな。」

先程この男は言った。ガゼルの事を『ボラムス』の王として認めていると。であればもはや十分『ボラムス』の民と言ってもいいだろう。
こちらの発言に驚く様子を見せただけで十分溜飲が下がったが、その後ナジュナメジナは苦笑を浮かべつつ後頭部に右手をやりながらもその命令に従う事を約束するのだった。





 「しかしあの男に都市長を任せてしまって大丈夫でしょうか?」
ワミールが少し不安そうに尋ねてくるがある程度素性は知っているしカーチフと懇意の仲であり『リングストン』の侵略時に単騎で見事な立ち回りをした話も聞いている。
そもそも従属の話はナジュナメジナが発端だ。であればロークスと『ボラムス』に不利益は及ばないだろう。ただガゼルにも1つだけ憂慮すべき点があった。
「そこは問題ない・・・はずだ。それよりロークスの防衛をどうにかしねぇとな。てなわけでワミール、お前は残ってこの街の防衛にあたってくれ。徴兵から練兵まで全て任せる。」
現在北の国境線で行われている連日の小競り合いに衛兵は割かれっぱなしだ。なのに兵士が空のロークスまで手が回る訳がないのだ。
以前のガゼルであれば『トリスト』に要請してまた屈強な衛兵を貸してもらえないかファイケルヴィと相談していた所だがナジュナメジナに言われた事によって多少は王としての自覚と行動を意識し始めた。
ワミールも自国の為に東奔西走する王の姿にいつの間にか心は動いていたようだ。
「わかりました。先日の戦いっぷりを鑑みるにロークス市民は十分に戦える素質を持ち合わせております。早急に形にしてみせましょう。」
「おう、頼むぜ。金ならこの前ナジュナメジナから貰った分がある。後で送るわ。」
今までも頼りにしていた将軍だったがあれ以降全幅の信頼を置くと決意したのが彼にも伝わっているのか。渋る様子も見せずに二つ返事で話がまとまるとガゼルはシーヴァルだけを連れて足早に王城へ帰っていった。

その道中。

「ガゼルさん、トロクってのと昔何かあったんすよね?結局何だったんすか?」
シーヴァルが不思議そうに尋ねてきたが特に話して楽しいものではないが急いでも二日はかかる道程だ。
「なーに、俺が山賊やってた時に因縁吹っ掛けてきたってだけの話よ。」



ガゼルの狙いはあくまでバライスだけだった。なので襲っていたのは奴が使う食料や金品といった物に限定していたのだがある日トロクが『ボラムス』領内を荒らし始めたという話を耳にする。
自身も山賊行為をしていた為それを棚に上げて咎めるという格好の悪い事はしたくなかったので最初こそ無視を決め込んでいたがやがてそれらの悪行もガゼル達のせいだと話題になり始めた。
こうなると黙ってはいられない。
ただでさえ母国の領土内で不必要な強奪行為には腹に据えかねていたのに濡れ衣まで着せられては、とある日彼らはトロク山賊団と対面したのだ。
「お前達にどうこう説教するつもりはねぇ。が、この地での悪評を俺らが背負うのは我慢ならねぇ。トロク!!二度とここを荒らすんじゃねぇ!!」
この時規模はお互いが20人強。力関係も拮抗しているかに見えたが1つだけ決定的に違う部分があった。それがガゼルとトロクの性格だ。
「ひゃっはっは!まぁ手土産次第ってところだな?!」
山賊の流儀もある程度学んでいたガゼルは麻袋に入った100万金貨をトロクの前に落とすと更に凄む。
「全財産だ。これで引かねぇってんなら全員叩っ斬るぜ?」
その台詞と同時にガゼル山賊団の仲間にも殺気が宿り始めた。元々彼らは正規の兵士達であり野良上がりとは訳が違う。まともにやりあってはトロク達に勝ち目はないのだ。
「・・・いいだろう!今日の所はこれで勘弁してやる!!」
奴も決して馬鹿ではない。お互いの戦力差に気が付かないふりをして大人しくそれを受け取るとこの日は引き上げていった。

だが1か月も経たない内にまたしても『ボラムス』領内で非道な山賊行為が耳に届くとガゼルは立ち上がってトロク達の隠れ家へと攻め込んだのだ。

その時討ち漏らしたのはトロクただ1人だけだったという。



「あいつは仲間を盾に逃げ延びた。そしてまた俺の前に現れたが今度こそ引導を渡したんだ。浮かばれる奴は大勢いるだろうよ。」
退屈しのぎに昔話をしてやるとシーヴァルは思いの外楽しそうに聞き入っていた。





 《まさか都市長の座が巡って来るとはな・・・》
ナジュナメジナは先程のやり取りを思い返しつつぼやいている。というのも役人というのは商人がなるべきではないのだ。
商人とはあくまで国の裏方。もし政への介入を考えるのなら金銭を使って囲っている役人に物を言わせる形をとる。これは古今東西どこの世界でも同じだろう。
《うむ。少し彼を見くびりすぎていたようだ。いや、ちょっとからかい過ぎたせいかな?》
見事な反撃を受けたア=レイも感服しつつやり取りを思い出しては笑っている。
《だがどうするのだ?都市の長として何か考えているのか?それとも『ボラムス』の言われるがまま動くだけか?》
この街は『シャリーゼ』が無くなって以降、新たな交易都市として更なる発展を遂げている最中だ。なし崩しとはいえ都市長となったからには何か大きな利益を得る手段として利用したい。
しかしア=レイがそのように考える事などありえないのでナジュナメジナもそこは黙っていると。

《だったら『ボラムス』とガゼル王の為に見事な発展を目指そうじゃないか。》

《おおお?!》
初めて実業家としての前向きな意見を聞けて思わず感極まった声をあげるナジュナメジナ。そのせいでア=レイが自分に知られる事なくガゼルに救援を送った方法などに目がいく事は無かった。



その夜。ア=レイはナジュナメジナの意識を閉じ込めた後ダクリバン達の会合に参加していた。
「一応『リングストン』と『ジグラト』軍合わせて25000人ほど屠ったが。もう以降は報告も必要ないかね?」
誰が言い出したのか、人間の頂点に立つ者の力はその人口を減らせば比例して弱くなるという。彼も一応は『七神』に所属している為最低限の責務は果たしたといえよう。
「そ、そうか!いや・・・お前が己の欲望よりも先に任務をこなすとは・・・正直意外だったぞ!」
片腕を失ったダクリバンが痛みを堪えつつも嬉しそうに答えている。セイドやマーレッグも頷いている所をみるとよほど意外だったのだろう。
「まぁついで、だったんだがな。」
なのでその期待に応えるべくア=レイらしい返答を付け加えておくと彼らの表情は失笑へと変わっていった。
「しかし私の作った黒威の武器はあまり活躍出来ていないようだね・・・もう少し心を蝕む力を強くすべきだったかな?」
セイドは小首を傾げながら皆に意見を求めるがこれにはマーレッグが真っ先に反応した。
「それでは立ち会う意味が弱くなる。やはり己の意志は残ったまま、それでいて器以上の力を与えてこそではないか?その方が私は楽しい。」
己の欲望に忠実な彼らしい意見だがこれにはア=レイも同意だ。
「うむ。実際トロクとかいう馬鹿者はとても役に立ってくれたぞ。仕様はそのままで、もう少し強い力を与えてもいいのかもしれないな。」
「・・・・・全く。やっと姿を見せたと思ったら勝手ばかり言いよって!!長が討ち取られたんじゃぞ?!」
だが久しぶりに顔を出した2人を見て激高する老人が1人。最古参のアジューズだ。
彼は『トリスト』のショウを気に入っており何度か『七神』に引き入れようと動いていたが計画は頓挫している。更に孫のように可愛がっていた長が殺られたのだ。機嫌が悪いのも致し方ないだろう。
「・・・・・」
そしてヴァッツとやらに殴られた傷が未だに癒えないフェレーヴァは無言を貫いたままだ。ちなみにダクリバンの腕は既に再生へと向かっている。完全な天族ではないにしても三日あれば元に戻るはずだ。
「しかしどうする?アジューズの気持ちはわかるが長の座を不在にしておくわけにもいかん。誰か引き受けるか推薦でもするかどこかから引っ張って来るか・・・」
皆1000年以上生きているにも関わらずこういった場面では人間達と何ら変わらない。いや、同じ世界と社会に住んでいるのだ。変わらなくて当たり前なのかもしれない。
「・・・お前がやればいいではないか。」
無駄に長ったらしい会合というのが嫌いなア=レイはさっさと帰る為にダクリバンを推してみるが当の本人だけは渋い表情だ。
「・・・お前達と違ってわしは国王の職務があるんだぞ?出来ればもっと暇そうなお前やマーレッグに頼みたいんだが?」
「おっと、私もこれからロークスの都市長としての勤務があるからな。残念だがその話はお断りだ。」
決定したての話を持ち出すと周囲は意外そうな、それでいてまた趣味の延長かといった表情を向けてくるがこちらとしてもこれは想定外なのだ。
なのでせめてこの場で断る理由に使ってみたのだが予想外の反応に思わず心の中で笑い転げる。
「・・・お前が都市長か・・・ロークスは大丈夫だろうか?」
拠点を南西の地『ハル』に置くマーレッグがわりと本気で心配そうに呟いたのは少し残念だった。いくら享楽に耽っているとはいえこの体と心は大実業家なのだ。
「大丈夫とは失敬な。私は今以上に発展させるつもりだぞ?」
こうして他愛もない会話を挟みつつ、結局また新たな人員が確保出来るまでは仮としてダクリバンが長を務める方向で話がまとまった。





 カーチフに右腕を奪われたダクリバンは必死で逃げていた。後は託されたナルサスが止めを刺せば終わるという場面。
なのに突如またしてもあの男が割って入って来たのだ。
「行け。ダクリバン。」
「す、済まないっ!恩に着るぞ!!」
先日一刀斎と自身の2人を相手に一歩も引かなかったマーレッグという男が現れた事で下手に動けなくなる。
遠ざかる後ろ姿を目で捉えつつも今は目の前にいる男を排除せねばならない。ナルサスは焦る気持ちを切り替えるとまずは無言で斬りつけた。

夜空に激しく光る火花と剣戟音は眠っていた森を叩き起こす勢いだ。

元々持っていた資質に過酷な修業を重ね、今では黒い剣を手にしたナルサスはカーチフをも凌ぐ。なのにマーレッグはそれと互角に渡り合うのだから天人族というのは実に厄介だ。
風圧に剣圧が周囲にまき散らされると鳥や獣の鳴き声が木霊する。最初こそ互角かと思われていたがその差は突然開いた。

ざんっ!!!

飛ぶ速度も剣戟の数も威力も同等かと勝手に思い込んでいたナルサスの右肩に大きな斬撃が走ると思わず顔を歪める。
そこでやっと気が付いたのだ。このマーレッグという男は底が見えない。それほど強く、力量に差がある事を。

ずむっ!!!

最後は一気に距離を詰めてくると防御させる隙も与えずに相手の蹴りが彼の鳩尾を襲い、頭に柄を叩き落されるとナルサスは意識を失って森の中へと落ちていった。







それでも彼は強い。もし獣に襲われていなければ自然と目を覚まして追うか引き返すかしていただろう。
だが気が付くと見たことのない部屋で寝ており傷の手当もすんでいる。夕べの記憶は鮮明に残っている為夢でない事はわかるがここは一体?

「おう!!目が覚めたか!!!」

あまりにも。あまりにも聞き覚えのある声が耳から入って来たのでまるで子供のように跳ね起きたナルサスは痛みも忘れてそちらに顔を向ける。
するとそこには偽名ですら使っていた自身の兄、ネイヴンが満面の笑みで寝覚めを迎えてくれていた。





 カーチフ達がナルサスの捜索とカズキの祖母へ会いに旅立ってからヴァッツ達が遅れて東に向かう。
非常に強力な人材達が全て『モクトウ』へ向かった後、まず『ネ=ウィン』に訃報が届いた事で更なる混乱が生じ始めた。

「・・・ま、誠か・・・っ?!」

ネクトニウスは極秘と言われた情報を耳打ちされて思わず声を漏らしていた。内容はバルバロッサの死だ。
確かに彼は魔術への探究心が強く、クレイスを連れて帰る命を中々遂行しなかったのは恐らく己の欲望を満たす為だろうとは予想していた。
だが相手は青二才。クンシェオルトの葬儀にも参列していたが強者とは程遠い。筋金入りの箱入りで世間知らずの坊やといった印象しかなかったのに何故?
「・・・何故だ?奴が不覚を取るような相手がいたのか?」
「・・・・・そ、それが・・・・・」
彼の右腕とも呼べる魔術師は言葉を詰まらせてどう説明すべきか悩んでいるようだ。まさか寝首をかかれたか?それなら命を落としても仕方がないかもしれないが・・・

「・・・バ、バルバロッサ様はクレイスを庇い・・・大きな傷を負われてあえなく・・・」

馬鹿な・・・・・!!心の中ではそう叫んだものの声にならなかったネクトニウスは右手で顔を覆う。
魔術以外に興味がないあの男が何故敵国の王子を庇うのだ?そもそも情が薄かった彼がそんな行動を取るなど想像すら出来ない。しかし皇帝としてはこの事実を受け止めた後しっかりと決断せねばならない。
「・・・他にこの話を知っているのは?」
「・・・私だけです。」
となれば情報漏洩の恐れは極めて低いだろう。彼は更に詳しい話を全て聞き出した後、労いの言葉と他言無用だとしっかり釘を刺してから退室を促すとその隙だらけの背中に腰の長剣を深く突き刺していた。







そうなる事は彼らも予測していたのだろう。だからこそ皇帝には自分だけが知っていると嘯いた。
バルバロッサとノーヴァラットは師弟関係であり恋人の関係でもある。いくら魔術に心を奪われていたとはいえ大切な弟子に遺言を残さない訳がないのだ。
「な、な、そ、なな・・・そ、んな・・・」
彼の側近でもあった1人がノーヴァラットにその事実を伝えるといつも以上に言葉が絡まっている。
元々言葉を使う事自体師弟で苦手だった。だからこそお互いが惹かれ合ったのかもしれないが彼女は気持ちを抑えつつ何とか彼の最後と遺言らしきものを聞き届けると不意に静まり返った。

「・・・何て?今何ていったの?」

突然声色と口調、そして人が変わったかのような豹変っぷりに魔術師も思わず息を呑むがこれには彼も同情しかない。
「は、はい。バルバロッサ様が大事にされていた魔導書はクレイスが受け継ぎました・・・」
師弟関係であり恋仲でもあったノーヴァラットではなく敵国の王子クレイスに人生の集大成とも呼べる魔導書を遺すというのはあらゆる角度から見ても裏切りとしか受け取れない。
多少は彼らの生活を知っていた側近は当時の状況を言葉にするか悩んだがこの場面で言っても慰めにすらならないだろう。

バルバロッサはクンシェオルトと同じなのだ。

自身では持っていない力に憧れ、夢を見た。故にそれを託したのだ。

だが現在それをわかっている人間は誰一人としていない。残された『ネ=ウィン』の面々は4将筆頭がまた失われたという事実にだけ嘆き悲しみ、そして怒り狂うのだった。

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