闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -思うがまま-

 少年達が元服を迎えた年も4月に入っていた。
ガゼルは立て続けに起こった出来事に何故か首を突っ込む羽目になりながらも自国の安定化に東奔西走する毎日を送る。
「なぁ。俺もその国境線に行っていいか?」
「駄目だ。自分では自覚がないみてぇだが今のお前は何かおかしい。原因がわかるまで城でじっとしてるか農作業の手伝いだ。」
傀儡とはいえ一応は王であり周囲もガゼルの意見に同意している。むしろ『トリスト』からカズキを迎えに来るか名医を寄越すかの連絡を何度も送っているくらいだ。
納得はいってないようだがそれでもこちらが真剣にそう諭そうとしているのが心には伝わっているらしい。ごねる事もなく素直に鍬を持って足繁く農家へ通っている。
そんな時シーヴァルが妙に目を引く女を連れてきた事でまた『ボラムス』内が忙しくなっていく。

「貴方が王様?随分みすぼらしいわね・・・」

開口一番そんな事を口走ったのだがファイケルヴィもワミールもシーヴァルさえも多少の苦笑い程度で済ませる程皆がそう思っているからか。
謁見の間で自国の王が蔑まれているのに誰一人それを咎めないのもどうなんだ?とは感じつつ傀儡としての自覚はある為特に気にせず話を続ける。
「元山賊だからな。それより黒い剣を知っているらしいな?お前何モンだ?」
その存在は本国から詳しく聞かされていた。何でも持つ者の心を蝕む武器なのだとか。事実『悪鬼』と呼ばれる『孤高』がそれを手に『ユリアン公国』を滅ぼしたりもしたらしい。
「私はカーディアン。夫のセンフィスは元『ネ=ウィン』の将軍だった。でも国を裏切って私と一緒になってくれた・・・なのに・・・」
意外な名前を聞いて周囲も一気に緊張感を走らせる。確か罪人を庇って手配されていた者の名がセンフィスだ。つまりこの女は『ユリアン』の狂信者で国を扇動した張本人か。
(てことはさっさと捕えるべきか・・・)
儚さと慎ましやかすら感じるカーディアンだが人は見かけによらない良い例だ。センフィスもこの雰囲気にほだされて大罪人を逃がしたと考えると『ボラムス』では同じ轍を踏まないようしっかり対処すべきだろう。
といっても女子供を手にするのはガゼルの信念に反する為せいぜい『トリスト』へ突き出すくらいしか出来なさそうだが。
「つまりナルサス皇子が貴女の夫から剣を盗んだと?」
ガゼルが別の事について熟考している間にも宰相のファイケルヴィが最短距離でその真意を確認する。
聞くところによるとそれを手にした者は己の領分を越える力を手に入れられるという。だったら俺に寄越せと言いたくなるが自我に影響が出るとなるとまた話は違ってくるし何よりも自身の周りだとトロクという山賊がそれを手にしているのだ。
あの時はイルフォシアの圧倒的な力でねじ伏せたものの奪ったはずの黒い剣はいつの間にか奴の手元に戻り悠々と脱獄された挙句村を1つ潰された恨みは今でも怨恨の炎となって燃え盛っている。

「そうよ!!あの男、私の夫を殺して奪い取った!!絶対・・・絶対許さないっっ!!!!!!」

見た目とは裏腹にとても大きな声でがなり立てたので空気が震えると共に周囲も目を丸くして驚いている。だがガゼルは考える。恐らくこちらの面が彼女の本性なのだろうと。
「センフィスから聞いた事がある!皇子がその剣にとても興味を持っていたって!!だからいきなり私達の家を襲って・・・!!ううぅぅぅうううううう!!!」
今度は呻くような泣き声を上げ始めた。その話が本当なら多少同情出来る部分はあるものの果たして真に受けていいものかどうか。
「カーディアン。貴方は『ユリアン』教を使い国内を扇動した大罪人です。事情はともかくまずはお縄についてもらいますよ。」
有能な宰相はガゼルの言いたかった全てを代弁すると衛兵達に牢屋へ連れて行くよう指示を出す。だが特に焦る様子なども見せないカーディアンはこちらに真っ直ぐな双眸を向けると最初の静かな声に戻ってこちらに訴えかけてきた。

「私の事はどうでもいいわ。お願い、黒い剣を取り返して。あれは夫の大切なものなの・・・」

儚い美しさを纏う女性が亡き旦那を一途に思う姿に幾人かが心を打たれつつもその中の1人であるガゼルは手を挙げて最後に質問した。
「お前が姿を見せたり名を明かしたらこうなるのはわかってただろ?そこまで大事に想っている旦那はもうちょっと自分の身を案じてほしいと願ってるんじゃねぇか?」
「・・・私は一度死んでいるもの。今更命なんて惜しくもないし1人で残された身からすれば大事にする理由もないわ。」
まるで昔の自分を見ているようだ。
やっと合点のいく答えが見つかると同時に亡き夫の為に自身の身の危険を顧みず極小国『ボラムス』でそのような嘆願をする彼女には同情を禁じえない。
ガゼル達はこの後尋問を繰り返し深く精査すると同時に『トリスト』へ対応を仰ぐのだった。





 彼女を連れてきたシーヴァルには下心があった。
発言の内容も看過出来るものではなかったがそれでもシャルアに振られた心の傷は新しい恋という癒しを渇望していたのだろう。
だが謁見の間では彼女が未亡人であったり『ユリアン教』の狂信者だったりと聞きたくも無かった事実が次々と湧いて出てきた事で冷静さを取り戻しつつあったシーヴァルはそれでも興味がてら彼女の牢屋へと足を運んでいた。
「カーディアンさん。何で1人で『ボラムス』の国境線に来たんっすか?」
ガゼル達の前では黒い剣と自身の素性で話題は持ちきりだったが考えればおかしな点が多い。なので彼の訪問は尋問という体も整えられている。
「・・・元々私・・・私達はカーチフっていう男を殺す為に集められたの。」
その名を聞いて牢屋に訪れたのが自分でよかったと心から安堵したシーヴァルは静かに話の続きを促す。
聞けば女を1万人も集めて彼を囲み皆が毒を仕込んだ短剣でその命を狙うというものだ。更に周囲では毒煙を焚いて絶対に逃げ出せない空間を作るという。
「そのやり方だとあんた達も毒を吸って死なないっすか?」
「そうね。でもそれが国王様の命令だったから仕方ないわよ。」
・・・・・仕方ないのだろうか?王の命令で死んでこいと言われれば自分は素直に聞けるだろうか。少し考えただけで答えを出すのは難しいと判断したシーヴァルは別の質問を投げかけた。
「じゃあそのセンフィスさんが持っていた黒い剣をナルサス皇子が盗んだっていう話は誰から聞いたんっすか?」
「『リングストン』の文官よ。確かフォビア=ボウって名乗っていたわ。」
後方で2人の会話を聞き取りながら書記官がその名を書き記す。シーヴァルも初めて聞く名を脳裏に刻むも更に詳しい話を聞いていく。

『ネ=ウィン』を離れた2人はあの後『リングストン』から十分な生活を約束されて慎ましやかに暮らしていたそうだ。
条件としてセンフィスの黒い剣を研究者達に貸し与えるというものがあったのだがある日、彼が家に帰る少し前にカーディアンは何者かに襲われて人質となっていた。
それらは『ネ=ウィン』の差し金であり自身の身柄と黒い剣の取引が行われたという。だが奴らはその直後にカーディアンを後ろから刺し殺したのだ。

「・・・あれ?でも生きてるっすよね?」
「そうよ。『ユリアン教』最後の信者が私でありユリアン様も私の中にいた。だから共倒れする前にあのお方が私に新しい命を授けて下さったの。」
・・・何とも眉唾な話に思わず顔を顰めるが書き記す音が止まった事から書記官も同じ心境だったらしい。だがそんな2人を前にカーディアンは蔑みと見下すような表情でこちらを楽しそうに見つめてきたのでシーヴァルは右手を軽く上げて後方にしっかりと記すよう促す。
元々邪教の話は色々と聞いていたのだ。今更驚くような発言があったとしてもたじろいでいては先に進まない。

とにかくユリアンの力によって蘇ったカーディアンはその後急襲された件を城へ報告すると彼らも迅速にそれらを調査してくれたという。
ただセンフィスも黒い剣も見つからず愛妻家の彼が何日経っても家に帰ってこない所をみるとどこかで朽ち果てたのではないだろうか・・・という結論でこの件は一旦幕を閉じた。
折角頂いたユリアンの慈悲も虚しく真実の愛と夫を失ったカーディアンはしばらく人形のような生活を送っていたという。そこに来てカーチフを殺す為の作戦に参加せよとの命令が下ったらしい。
もはや現世に何の未練もなかった彼女は断る理由を探す方が難しかった。むしろ夫と黒い剣の研究がとん挫したにも関わらず不自由ない生活を送らせてもらった感謝と恩を返すべきだと捉えたのだ。
しかしこちらに向かっていたカーチフは突如姿を消した事で女性の決死隊は解散。カーディアンもまた誰もいない我が家へと帰ろうとした時にフォビア=ボウから黒い剣の行方について教えてもらったのだという。

「それなら『リングストン』のお偉いさんに任せればいいじゃないっすか。何でわざわざこの国に・・・」
「今はカーチフによって多大な犠牲が出ている為すぐには動けないって彼が言ったの。居ても立ってもいられなくなった私は彼に自分の強い苦しみと悲しみを打ち明けるとだったら他国に縋ってみればどうか?って。」
・・・話の流れは理解出来たがそうなると彼女の扱いがあまりにも雑な点が浮き彫りになってくる。確かに夫が亡くなった時から『リングストン』がカーディアンを手厚く保護する理由はない。
いや、彼女は悪名高き『ユリアン教』の狂信者だ。恐らくこういう時の為に飼い殺されていたのだろう。新たな火種を撒くために。
「・・・いや、ぶっちゃけ『ボラムス』は国と呼べるか怪しいくらい小さいっすよ。まぁ『トリスト』っていうのが関わってるからかやたら衛兵は強いっすけど正直『ネ=ウィン』に喧嘩を売れるほど余裕はないっす。」
ましてやこんな見ず知らずの狂信者の為に動くなど有り得ない。が、その黒い剣についてだけは何とか対処する必要はある。なので結果・・・
「じゃあ私を処刑してこの話は終わりね。」
「いやいや待つっす!あんたに黒い剣を渡す事は出来ないとは思うけど皇子からそれを取り上げる計画は生まれるはずっす。それで納得してもらえませんっすか?」
すぐに絶望の面をちらつかせて自分の命を軽んじる言動をしてくるのでシーヴァルが慌てて取り繕うと彼女は一瞬だけ考えた様子を見せるとこちらに薄く微笑みかけながらこう言った。

「だったらあの皇子の首を獲ってきて。それを見れば私も前向きになれると思うの。」





 (しかしカーチフのおっさん、いつの間に正気を取り戻したんだ?)
何故か農作業に勤しんでいたカズキは1人で10人以上の働きをしながらも平然とした表情でそんな事を考える。
そもそも最初はダクリバンの術について調べる為に潜入していたのだ。なのにいつの間にか戦闘となって気が付けば自分はナルサスと剣を交えていた。
だが逃げそうになったダクリバンを追う気は起きず、颯爽と現れたカーチフが壁を駆け上ってくると奴に一閃を食らわしていた・・・と、その後の記憶がない。
ただどういう訳かナルサスに対する憎悪だけは胸に残っているのだ。正直『ネ=ウィン』に入ってからの記憶に不明瞭な部分がある為その原因がわからないのだが恐らく元服の儀で起こったクレイスとの一触即発が原因だろうと思い込む。
(一番弟子を殺そうとしたしあいつが惚れてる王女さんにも手を付けようとしたんだ。そりゃ怒って当然だよな。)

ダクリバンの術に嵌った彼は『ネ=ウィン』でよくしてくれたナルサスの記憶を全て失っている。そしてそれは誰にも分かり得なかったのがより現状を困難なものへと変えていたのだ。

そこへシーヴァル含めた国王達の会議に参加するカズキはカーディアンという女性からナルサスの持つ黒い剣の存在とそれを取り戻してほしいという旨の話を聞かされた。
「当時『ネ=ウィン』はセンフィスとカーディアンに相当な煮え湯を飲まされました。彼らの性格から鑑みても刺客を放った可能性は十分考えられますな。」
ファイケルヴィが書記官の説明にある程度理解を示すも、カズキは既にその先について考え込んでしまい闘志が抑えられなくなる。
「だったら俺があいつの首と黒い剣とやらを獲ってきてやるよ。」
「待て待て。言っただろ?お前はしばらくこの国で農夫をやってろ。」
ガゼルが指をさしながらこちらの意見を退けようとするので反論を試みるもファイケルヴィはもちろん、今は傀儡王の右腕となっているワミールすらこちらの意見には反対してくる。
1人訳が分からない状態だが本人が目の前にいない事とカズキ自身ガゼルにある程度の敬意が生まれていた為ここは素直に引き下がるがシーヴァルがばつの悪そうな顔で違う話を持ち出してきた。

「あのー。カーディアンは『トリスト』送りっすか?彼女はやっぱり処刑されるんっすか?」

その質問に『ボラムス』の中年3人が非常に険しい表情を向ける。最初は何故かわからなかったがまず口火を切ったのがファイケルヴィだ。
「シーヴァル様、例え傷心中での出会いとはいえあの女はいけません。そもそも貴方はかなりの力量を持つ有望なお方です。もっと見合う女性を必ず紹介させて頂きますので妙な下心は斬り捨てて下さい。」
「左様です。あれは間違いなく魔性の女、深く関われば貴方も自滅に追い込まれるでしょう。私も全ての伝手を当たってみます故どうかすっぱりと諦めるようお願い申し上げます。」
ワミールも言い方こそ丁寧ではあるが2人の気配は非常に刺々しい。正に釘を刺す発言に彼も思わずたじろいでいたがそんな中ガゼルだけは真逆の意見を提案した事で周囲は度肝を抜かれる。

「別に構わねぇだろ。お前がそれで立ち直れるってのなら俺は反対しねぇ。ただ『ユリアン教』から足を洗わせるのとお前があいつを悲しませないのが条件だ。」

あまりにも前向きな意見にシーヴァルは喜ぶどころか周囲と同じように唖然としていた。ただこれもガゼルの性格であり彼が山賊の身に落としながらも手下に慕われていた理由なのだろう。
更に意外だったのは宰相や将軍がそれを諫めるような素振りを見せなかった事だ。それを反対しなかったのは何か深い理由でもあるのか。カズキには知り得なかったがとにかく会議が終わるとシーヴァルの背中は目に見えて嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。







そんな渦中のナルサスはあの夜ダクリバンを追って空を飛んでいたのだが突如現れた戦士によりまたも行く手を阻まれた挙句相当な怪我を負って未開の領域へと敗走していた。





 『ボラムス』での出来事がややこしい状況に陥っていたのには理由がある。それはヴァッツがセンフィスを倒したという事実を誰一人として知らなかったからだ。
当時ハルカを救う事に注力していた彼は『闇を統べる者』に促されて戦う羽目になったものの相手は取るに足らない存在。多少その最後に違和感を覚えたものの何よりハルカの怪我が心配だった為に些細な出来事に気を回す余裕などなかったのだ。

「カズキ!調子はどう?」

今『トリスト』国内ではナルサスが手に入れた黒い剣について話題が持ちきりだったが『ボラムス』からカズキの様子がおかしいといった話も挙がっていた為またもヴァッツがこちらに寄越されていた。
「ああ、絶好調だ。畑仕事ってのも中々面白いしな。で、何でお前らがここにいるんだ?」
見れば最近いつも一緒にいるアルヴィーヌと何故か時雨にティナマまで来ているではないか。彼女は力を失ったとはいえ『七神』の長であり温情から『トリスト』国内を自由に行動する許可は得ていたものの地上へ連れてきたのは流石に不味い気がする。
「何かダクリバンに妙な術を掛けられてるってガゼルが言ってたよ?私はよくわかんないけど。」
アルヴィーヌがヴァッツの肩に頭をこすりつけながら不思議そうに見つめてくるがそれを聞きたいのはこっちだ。
「なぁ。俺本当に術とやらに掛かってるのか?自分では全っ然わからないんだよな。でも周りはまるで病人みたいな扱いしてくるしさ。ヴァッツはどう思う?」
「うん。掛かってるね。」
叔母の奇行を微塵も気にしない様子でさらりと肯定してきたのでやっと諦めがついたカズキは担いでいた鍬を降ろすと話を進める。
「んじゃそれ取っ払ってくれよ。いい加減スラヴォフィル様からの任務に戻らねぇと申し訳が立たん。」
ここで普段通りのヴァッツならすぐにやってくれる。彼は自身の力を誇示するような性格ではない為頼めば大抵の事は気軽に引き受けてくれるのだが。

「えっとね・・・ちょっとカズキに相談があるんだ。」

意外過ぎる返しに思わず耳を疑う。彼は常に天真爛漫を絵にかいたような振る舞いを見せていた。なのに相談?相談とはある程度思考に陥らないと出てこない発想だ。
「お前が?俺に??」
相談という言葉を知っていたのか、と思ってしまうくらいヴァッツの事は悩みの一切ない少年だと決めつけていたがその表情には困惑が見て取れる。
一体なんだろう?と小首を傾げるも数多の破格の力を持つ彼の相談事に俺が乗って大丈夫か?という不安も胸を過る。
「・・・俺で応えられる範囲かまずは聞かせてくれ。」
全く予想が付かない中、面倒見がよい彼はまずその内容を確認すべく話を振ってみた。しかしヴァッツの方は隣にいるアルヴィーヌや傍にいる時雨達を申し訳なさそうに見つめると。
「ご、ごめん。ちょっとカズキと2人で話したいから離れるね。」
「えーーーーまたーーーー?!折角綺麗な三つ編みにしてもらったのに!!」
間髪入れずに我儘王女がそれを拒んだがそれよりもヴァッツの言動から相談内容が相当重い物だと察したカズキは思わず口元を手で隠す。
(・・・まじか?何だ?2人でしか相談出来ない事って・・・?)
皆目見当がつかないまま目の前の2人が妥協案を提示し合い、結局10分で終わらせろという叔母の意見が圧し通された。



双方が離れるように移動してからカズキも訳が分からずまるで初対面かのような気持ちでヴァッツに尋ね始める。
「で。何だ?そんなに聞かれたくない話なのか?」
「う、うん。えっとね。実は最初ショウに相談したんだけどさ。」
相談役としては適任であろう人物の名前から出てきたので少し残念ではあったが同時に安心もする。
まずは彼が受けて、それに対して何かしらの答えは貰ったのだろう。ならばそれほど肩ひじを張る必要はないはずだ。
なのに彼は神妙な面持ちで『ボラムス』に来る前の出来事から説明し始めた。





 「・・・ダクリバンの首を獲って来るからわらわが『モクトウ』に向かう許可を出せ。」

『トリスト』城内を自由に行き来できる許可が下りてから翌日。ティナマはショウにそんな事を提言してきた。
話の脈絡が全く読み取れずぽかんとしていたショウは光の速さで情報整理をしてみたが『七神』の長から何故そんな言葉が出てきたのかはわからない。
「・・・貴女は『七神』の長でしょう?何故同僚を手にかける必要が?」
わからなければ仕方がない。素直に疑問を返してみたショウだが彼女の表情から何かを拾い上げる事は難しい。
「お前達には関係ない。これは私と奴の問題だ。」
お前達・・・お前達というのはどの範囲だろう?『トリスト』か?それとも人間全体か?少なくとも2人の間に何か確執らしきものは垣間見えるが。
「貴女は罪人としてここに縛られているのですよ?更にヴァッツの手で無力の存在へと化している。ダクリバンの首を獲りたいのであれば未だ隠している情報を全て開示し、我が国への惜しみない協力を約束することが現実的かと。」
彼女が敵視している相手は『七神』の一員であり天人族だ。空を自由に飛び回り、相手の心を操る術も持っている。
それを討伐しようものなら本当にヴァッツくらいしか差し向けられないんじゃないか?というのがショウの結論だ。無力な少女を送った所で屍になるか利用されてから殺されるかの二択だろう。

「・・・それでは意味がない。あ奴だけはわらわの手で葬ってやりたいのだ。」

双眸から強い決意のみが見て取れるも昨日の今日で一体彼女に何があったのか。
「わかりました。私個人では判断致しかねますのでこちらにどうぞ。」
ショウは早速国王の執務室へ案内する。すぐに退室してからザラール、ネイヴン、そしてヴァッツに声をかけるとおまけにアルヴィーヌがついてきた。それからふと目付け役の時雨が見当たらない事に気が付くも彼女はティナマに甘い部分がある。
ならばこの面子で十分だろう。早速その嘆願を伝えるようティナマに促すと意外な事に全員が考え込んでしまった。
この場を設けたのはショウ自身が断るには理由付けが難しかったからだ。国で強権を誇る3人なら何かしら条件を提示したり強く跳ねのけてくれるとばかり思っていた。
「・・・ティナマよ。理由は言えんのか?」
「言えない。言う必要もない。」
やっと口を開いたスラヴォフィルの質問をティナマは軽く突っぱねる。何だ?3人は何を考えているのだ・・・?
今度はザラールが頷くとそれに対する条件を提示してきた。
「ではこうしよう。お前の傍に護衛をつける。もちろんお前自身の手でダクリバンを討つというのであればその瞬間はそれらを遠ざけて良い。ならば許可する。」
「・・・いいだろう。」
(ええええ?!)
やり取りの真意が掴めなかったショウは心の中で叫ぶもザラールが一瞬だけこちらに視線を向けて浅く頷いてくれた為、隠れた謀略の存在だけは読み取れた。
本来なら即極刑でもおかしくない彼女を地上に、しかも『七神』の下へ向かわせるなど愚行にしか見えないがそれによってこちらの策謀をねじ込めるのだ。
「ではヴァッツ様は確定で。後はハルカやカズキといった郷国の人間を付ければ速やかな行動が期待出来るでしょう。」
ネイヴンが提案する人物達は誰もが一級品の武力を持っている。護衛にしては過剰すぎる為、ここでやっとその裏を垣間見た気がするショウ。
「いらん。ヴァッツは念の為に置いてやってもいいが後は時雨さえいればいい。」
その発言からティナマも時雨をかなり気に入っているのがわかる。これはいよいよ目付け役が機能していないなと皆が感じる中。

こんこん

扉が叩かれると静かに件の本人が姿を現す。そしてティナマに何故か悲しそうな視線を向けた後。
「皆様、ティナマの発言に耳を貸すのはおやめください。」
てっきり情に流された発言をするのかと思ったらその真逆を告げた事で場が混乱の様相を呈してきた。





 「時雨!!貴様ぁっ!!」
「ティナマ!!もう貴女に戦う力はありません!!気持ちは理解出来ますが・・・それでも死にに行くような真似を見過ごせる程私は冷酷になれない!!」
今までどんな状況でも国王や上官の前では配下らしい立ち居振る舞いをしてきた時雨が叫んだのだ。これにはヴァッツも目を丸くして驚いている。
ただ2人の間には何かあったのは間違いない。だから昨日の尋問では出てこなかった話が今持ち上がっているのだろう。
「・・・わかった。この話は一旦止めにしよう。ティナマと時雨は己の部屋で待機、後で結論だけ告げる。」
「言っておくがわらわは譲歩などせんぞ?!」
「ティナマ!!行きましょう!!」
取り乱しながらも時雨が彼女の腕を掴んで何とか部屋を後にすると静まり返った面々はお互いが様子を伺い合っていた。
「・・・・・さて、まずは『トリスト』としての話じゃが。」
「これは飲む以外ありえませんね。」
「うむ。『七神』の組織に近づけるまたとない好機。ヴァッツ様の御力で全てを無力化出来れば良し、最悪ダクリバンだけでも捉えて情報を聞き出せれば今後の展開に役立つだろう。」
やはりそうか。随分あっさりと条件を飲んでいた事から彼ら3人の間では既に『七神』への対応策がいくつも講じられていたのだろう。
正にこの好機を利用して『七神』の脅威を少しでも削ろうというのが『トリスト』の考える策謀なのだ。
「それだったら私もいく。ティナマにやり返せないのなら他で我慢する。」
非常に。とても非常に我儘王女且つ天族らしい発言に父は目を真ん丸にしていたが最近だとこういった過激な発言は甥っ子がすぐに諫める場面が多い。
なのに今回だけは何故か虚空を見つめるような目であのヴァッツが俯いている。これもまた見たことのないような姿にショウが我を忘れて眺めていると。
「いかん!といってもやりそうじゃしな。それならむしろ思いっきり暴れて来い。ただし怪我はするな。当然死ぬのも許さんし相手を殺すのも許さん。よいな?」
「やった!って・・・あれ?お父さん何か色々と難しい事言ってない?」
彼女の力を信じているから故の条件だろう。確かに怪我を負って帰って来た時の形相は正に『羅刹』そのものだった。娘を死なせてしまうなど父親からすれば以ての外だろうし言っている意味は全て理解出来る。

「あのさ。この話、オレが何とかしたいんだけど駄目?」

しかし親子のやり取りなど耳にも入っていなかったのか。ヴァッツが随分神妙な顔つきでこちらに提案してきたのには皆が様々な驚きを現した
この事からも周囲が彼をどのような印象で捉えていたのかがよくわかる。悪く言えば単純明快、良く言えば純粋無垢な彼がまさか裏事情の多いこの件に首を突っ込んでくるとは思いもよらなかったのだ。
「・・・・・よかろう。お前の好きなようにやってみるが良い。」
だがすぐに許可を出したスラヴォフィルは双眸を潤ませながら快諾した。恐らくいつの間にか大きく成長していた孫に感極まった為だろうが大丈夫か?
そしてそれを察したザラールは目を伏せて軽くため息を付くとそこに申し訳程度の補足も加える。
「ヴァッツ様。もしお困りでしたらショウを頼ってください。彼ならきっと貴方の思う形になるよう提言するでしょう。」
(・・・巻き込まれましたか。まぁいいでしょう。)
3人の思惑は理解出来たし自分が関わるのなら『七神』の力を削るどころかいっそ壊滅まで持ち込む案を立ててしまおう。
心の中でそうほくそ笑むショウは隣で満面の笑みを浮かべるヴァッツとあまりにも対照的な自分を少し恥じ入るのだった。





 「ヴァッツ、何故貴方が彼女らの話に関わろうと思ったのですか?」
先程の恥を雪ぐべく彼を自分の執務室に呼んだショウはその方向性を調整しようと試みる。といっても結末は変わらないはずだ。
後は何故ティナマらがわざわざダクリバンのいる『モクトウ』へ出向こうとしているのか。もしかするとヴァッツは何か知っているのかもしれない。
そう感じたから尋ねてみたのだが何やら様子がおかしい。どうもこの場にまでべったりと付いて来ているアルヴィーヌの存在を疎ましく・・・いや、彼女に遠慮している感じか?
「アルヴィーヌ様。ヴァッツと2人で話をさせていただけませんか?」
ショウも相手の気持ちを汲むのは苦手な為、単純にヴァッツの様子から勘頼りで告げたのだが彼の表情が明るくなった所を見るとどうやら正解だったらしい。
「えーーーー?・・・まぁ10分くらいならいいけど。それ以上は待てないからね?」
これはリリーからも聞いていた。アルヴィーヌは己の銀髪を自分の意思で制御出来ないらしく、ヴァッツの体から溢れている力と干渉する事でそれを保っているそうだ。
その効果時間が凡そ10分。つまり彼女は常に理想の自分でありたいが為に甥っ子を利用しているのだ。
言い終えると再度彼の方に頭を擦り付けたアルヴィーヌがとととーと退室していった。それからすぐにヴァッツと向かい合って座り直すショウ。だがやはり彼の口と表情は重い。
今まで天真爛漫を絵に描いた様な姿しか見てこなかったのでこの様子を見せられるとこちらもそれ以上に困惑する。一体何を考えているのか・・・

「・・・ショウってさ。女の子に乱暴な事をしたいとか思う?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
目の前にいる少年は純粋無垢の塊だ。そんな彼から絶対に聞けないであろう内容が飛び出してきて彼の頭脳は一瞬その存在すら消えていた。
辛うじて『それはどういった意味ですか?』と返したい本能が一言だけ言葉を発する事に成功はしていたがヴァッツから見れば非常に冷たくあしらわれた風に捉えられたかもしれない。
「えええ、え、えっと。どういった意味か詳しくお聞きしても?」
もしショウが想像しているのもの通りならアルヴィーヌを退室させたのは大正解だろう。やや声が裏返りつつやっと正確な受け答えが出来るとヴァッツは今まで見せたことのない神妙な面持ちで口を開こうとした。
「・・・・・あの・・・・・えっと・・・・・」
しかし言葉にならないといった様子で両手を空で泳がせていたヴァッツはやがて語るのを諦めてしまう。だが先程の言葉通りを彼に説明させようとしているのであればこれはショウが悪い。
何せ性的な知識すら持ち合わせているかどうかも怪しいのだ。恐らくは強姦の事を指しているのだろうがまずはその入れ知恵をした本人を聞きだす事が先決なのかもしれない。
「・・・女性への乱暴というのは表に上がってこないだけでよくある話です。特に戦時中はね。」
とりあえず彼の言葉を借りて自身の意見を述べてから様子を見る。相変わらず暗く沈んだ表情だが多少はこちらに目をやってくれる所を見るとこの受け答えが正しかったようだ。

となると余計に分からない。何故ヴァッツはいきなりそんな話題を持ち出したのか?

「・・・あのね。ティナマがダクリバンに怒ってる原因ってこれだと思うんだ。」

ヴァッツは普段と違う、力の無い動きでこちらの眼前に手をかざすとショウの脳内・・・いや、視界だろうか?突如全く別の物が見え始めた。



・・・見た事がない場所だ。ただ部屋は自分の記憶にはない造りとなっている。
そして周囲には下卑た笑い声が木霊すると共にダクリバンが半裸でこちらに嬉しそうな表情を浮かべていた。
「まずはわしが味見をしてやろう。良ければずっと傍においてやる!」
聡明なショウだからこそわかる。これは奴が誰かを押し倒そうとしている場面だ。ただ自分にそんな趣味はなく囚われていた時にもこのような事はなかった、はずだ。
抵抗も空しくその体はダクリバンに圧し掛かられて行為が始まると一瞬視界が途切れて別の場面が映し出された。
今度は多数の男達がこちらに本能むき出しの視線が送られている。これも瞬時に理解出来たショウは心を殺してその先を見届ける。
決して命が奪われる訳ではないが、それでも男達はその欲求を満たす為にこの視界の持ち主を何度も何度も犯し、犯し尽くすのだ。

それから不意に自身の執務室へと戻されたショウは一瞬呆けていたものの、ヴァッツの言葉から何故彼が間に入ろうとしたのか全てを理解する。

「・・・ティナマってさ。最初にダクリバンから術を掛けられてずっと、1500年くらいあいつに騙されてたんだよ。これは俺がティナマから力を取っ払った時一緒にくっついてたんだ。」





 ・・・・・これに対して何と答えれば良いのか。流石のショウも初めての状況に思わず言葉を失う。
だがザラールにも言われたのだ。ヴァッツの意向に沿えるようここは自分がしっかりとまとめ上げねば。でないと左宰相という地位がただの飾りと成り下がってしまう。
「・・・一つ一つ答えを明解していきましょう。まずその記憶、でしょうか?彼女の様子から今は全てを思い出していると捉えたほうがよろしいでしょうか?」
「・・・わからない。ただこの時のティナマはダクリバンを凄く憎んでる。あいつの首を獲りたいって言ってるのはこのせいだと思うんだ。」
「・・・ふむ。」
ヴァッツがティナマの力を奪ってから随分日が経っている。となると彼女が心を操られる前やその最中の記憶というのは瞬時ではなくゆっくりとしか取り戻せないという事か?
出来れば直接本人から確認したい所だが心の傷を考えるとショウですら二の足を踏んでしまう。
現状から推測すると長そのものが傀儡であり真の首魁がダクリバンという事になる。ティナマも多少手を汚してきた可能性はあるものの彼女を罪人として強く咎める事自体が間違いなのかもしれない。

「あと多分時雨も知ってるよ、この事。だからあんなにティナマを庇ったんだよ。」

「・・・・・ふーーーむ・・・なるほど。」
知識や情報ではなく直接彼女らを見て何かを察する姿は非常に彼らしい。あの2人はこちらが思っている以上にお互いに気を許しているという事か。ならば時雨も一緒にという理由も理解出来る。
「つまりティナマは時雨を使ってダクリバンを・・・いや、彼女の力で討ち取れるとは思えませんね。」
「・・・オレもちゃんと聞けてないんだけどさ。時雨も何かダクリバンに関わってる気がするんだよ。」
「えっ?!」
そこに繋がりがあるのか?思わず素っ頓狂な声を上げるもヴァッツはほんの少しだけ寂しそうな表情で言葉を続ける。

「時雨の力ってさ、何かダクリバンに似てるところがあるんだよ。もしかして昔何かあったのかも・・・って。オレの考えすぎかな?」

「・・・いや、いやいや。そんな事はありません!」
ヴァッツの力を疑う余地はない。彼がそう感じているのであれば必ずそこに何かが隠れているはずだ。友人として2年の付き合いがあり、彼の力を目の当たりにしてきたショウは信じて疑わない。
「そ、そう?オレの予感あってるかな?」
「ええ!非常に助かります。そうですか・・・確かに時雨は己の過去をひた向きに隠していた・・・これはつまり・・・」

ばん!!!

やっと方向性が決まってきたと思っていたら執務室の扉が勢い良く開き、アルヴィーヌが慌てて中へ入ってくるとそのままヴァッツの胸元へ飛びこんだ。
「おーそーいーーー!」
「ちょっと?!今大事な話の途中なの!!すりすりが終わったらもう1回出て行って!!」
「がーーーーん!!」
甥っ子にぞんざいな扱いを受けた叔母はまったく緊張感のない空気だけを置いていくと再びとぼとぼと部屋の外へと出て行く。
嵐が収まった後ショウは軽く咳払いをしてからまず一番大切な事を告げ始めた。
「いいですか?このことは私達2人だけの秘密にします。絶対に、他の誰にも話してはいけません。スラヴォフィル様や王女様にもです。いいですね?」
「う、うん!・・・クレイスとかカズキにも駄目?」
「・・・その2人になら許可します。」
反射的にそう答えてしまったが彼らは現在別件で他国にいる。恐らく話が行く前に全てを終わらせる事が出来るはずだと踏んだのだがこれから数日後、カズキがダクリバンの術に嵌ったという知らせを受けてショウは策謀に少しの改善を加えていた。





 「・・・・・つまりあいつらの為に『モクトウ』へ行くって訳か。」
ヴァッツの説明を聞き終わった時丁度叔母が勢いよく近づいてくるのでカズキは話に出てた通り彼の体を擦り当てやすいように体を真正面に向けてやる。
「おーそーいーーー!終わった?」
用意されたのは胸元だったが彼女からすれば肩だろうとどこだろうと些末な問題なのだろう。まるで恋人がその胸に飛び込んで甘えているようにしか見えないが周囲も当人も全く気にしていないので今更カズキがどうこう言う事はない。
「いや。これから大事な所なんだ。それが終わったらもう1回離れてくれ。」
「がーーーーん!!」
ただ話はここからだ。ショウがヴァッツにどのような策を預けたのか。彼女らをどう護衛するつもりなのか等を聞き終えていない為アルヴィーヌに再び離れておくように伝えると彼女は頬をリスのように膨らませながら時雨達の下へ走っていった。
「んで。お前達がこれから何をするのかはわかったけど俺に相談ってのは何だ?」
「あ!そうだった。あのね、そのダクリバンの術にしばらく掛かっておいてほしいんだ。」
「ほう?」
確かに術の影響を全く感じていないのでその提案を断る理由はないが、その意図が読めない為少しだけ困惑する。
「カズキの術を解く時に今までの記憶がどんな風に戻るのかを確かめたいから解術する必要がある時まで出来るだけ長い間術に嵌っててほしい。ってショウが言ってたんだ。・・・ちょっと酷い事言ってるよね?」
「・・・・・ははっ!あいつらしいじゃねぇか。いいぜ!」
見方によっては非情とも受け取れるが確かに今後またダクリバンの手で誰かの心が操られるかわからないのだ。であれば少しでもその症状を確かめたい。短い間だったが医者の下で生活していた部分がこういう形で表れているのだろう。
そもそも自覚症状がないのだ。更に痛痒も感じない以上カズキとしても断る理由はない。
「よかったー!あ、あとじいちゃんからの伝言で『ネ=ウィン』への諜報活動は切り上げて『モクトウ』までの案内をお願いだって。」
「よしよし!それも引き受けた!」
ずっと心に残っていた任務の中断が許された事でカズキの心は綿毛のように軽くなっていく。相談だと言われたのでもっと重い物かと覚悟していたのに蓋を開ければ良い事だらけだ。正に案ずるより産むが易しである。
隊員達の山籠もりの件だけは気になったもののスラヴォフィルの新たな命令とあれば仕方ない。久しぶりにヴァッツ達と旅が出来る喜びを内に秘めつつ早速ガゼルにその準備を頼もうと思った矢先、最後の一矢がカズキの胸に突き刺さった。

「あ、あとさ!カズキもその・・・女の子に乱暴な事したいって思う?あれって別の意味ならむしろやるべきだってショウが言うんだけどどういう事なの?」

「・・・・・それはショウに聞けばいいんじゃないか?」
「えー?だってショウはカズキに聞けばいいって言ってたよ?」
・・・・・そうか。これが相談の本命だったか。体を重ねる行為は知識こそあれど未だその機会はなかった為カズキも机上の空論でしか唱えられない。
しかし自分達も元服を迎えている。いつそういった場面が訪れるかわからないのだ。であれば自身も再確認の意味を込めてここはしっかりと伝えておくべきか?
「・・・そうだな。俺も経験がある訳じゃないんだがじじいが言ってた限りでは『お互いの愛を確かめ合う』事らしいぞ?」
「へーーー!!愛かぁ・・・・・愛って何?」
「さぁ?」
それは2人とも溢れんばかりに受けて育ってきたのだがこの場合の愛とは意味合いが違う。なのでわからない事は置いておいてまずはカズキが知識だけでその経緯について詳しく説明していると。

「おーそーいーーー!」

またも叔母が制限時間を見計らって突進してきたのでヴァッツの大切な相談事は後日に持ち越される事となる。





 ブリーラ=バンメアにはその資質があった。そして彼女の両親は心の乏しい人物だった。己の子に愛情を捧げる事をせず何よりも自分の我侭を押し通す振る舞いを続ける。すると子はそれを見習ってしまう。
相手を思いやるという気持ちが欠落した化け物はその恵まれた容姿を餌に王子を吊り上げると一気に王妃の座へついたのだが。

「ねぇあなた。今夜はどの餌を食べたい?」

己から与える事をせず、周囲は自身を満たす道具だと当然のように考えていた彼女が今日も生贄を連れてきた。
全員が若く美しい女性だがブリーラ=バンメアからすればただの餌に過ぎない。そう、夫が犯した罪というのは彼女の許しを得ず勝手に餌を食べてしまったことだ。
牢屋に入れられてはいたもののサーディウォンは国王としての待遇を受けており中は狭いながらも一通りの道具は揃っている。
毎晩のように妻が若い女を差し入れしてくれる意図が全く読めず全く考えようともしなかった彼はただ妻が許してくれるまで、いや、もしかしたら許してくれたからこそこうやって毎晩女を用意してくれているのかもしれない。
事なかれ主義の脳内ではそんな楽観的な思考しか生まれずサーディウォンは疑うことなく1人を指さした。
「じ、じゃあその右の子だ。」
彼が何を考えてそれを選んだのか、ブリーラ=バンメアはその理由などに興味がない。ただ選んだ餌を中に入れると夫はそそくさと寝具へ誘う。
夫婦の営みがないまま30年以上が経っていたのだ。よほど溜まっていたのだろうがブリーラ=バンメアには興味がない。
翌朝食べつくされた餌を回収すると夫は申し訳ないような、それでいて非常に満足のいった様子を見せていたがブリーラ=バンメアには興味がない。

夫の寵愛を受けた女はすべからくいつもの場所へと連れて行くだけだ。

そもそも愛を知らない彼女は体を重ねる意味などただ子孫を残す為としか考えておらず、1人産んで痛いやら苦しい目にあったからこそ二度とまぐわう事を避けたのだ。
我が子にも夫にも愛を与えず、芽生えず、知らずとブリーラ=バンメアらしい思考だがそれでも感情はあるらしい。
餌を地下深くの拷問室まで連れてくると異臭と異様な光景にやっと己の命運を悟ったらしいがもう遅い。彼女自らの眼鏡に適った選りすぐりの狂人達が餌の両腕をしっかりと固めて動きを封じるとそのまま天井から吊り下げられる。
「国王たる者がこのような下卑た餌に精子を植えつけるなんて・・・本当に愚かだわ。」
非常に蔑んだ瞳で餌を射抜くが相手はただただ許しを乞う言葉をずっと羅列していて鬱陶しくなってきた。ブリーラ=バンメアはこの時が嫌いではない。
己の中には心など存在していないと思っていたのに、こうやって夫が種を植え付けた餌を見ていると無性に腹立たしく思えてくる。そう。自分にはしっかりと夫を愛する心があると実感出来るのだ。
しかし今回の餌はそれに浸る時間を妨げてくる。とにかく五月蝿い。まずは黙らせる為に舌を引っこ抜いてもよかったがここまで五月蝿いと別の声が聞きたくなってくる。
そう思い立つと早速部屋の棚から愛好している螺旋状の小剣を取り出しておもむろに狂人達へと指示を出した。すると彼らは吊り下げられている餌の脚を大きく開くようにがっしりと押さえ込む。

ずむっ!!!

「っぁっ?!」
あれほど五月蝿かった謝意の言葉が一瞬で途切れた。やっと静かになったのは彼女が持つ螺旋状の小剣が餌の陰部に深く刺さっていたからだろう。
そうだ。ここには夫の精液がたっぷりと注ぎ込まれているのだ。これを放置すれば自身を脅かす生物が産まれかねない。
未だ状況が出来ていないのか小さな呻き声を発する餌と化したがそれはそれで面白くない。夫も不貞行為で十分楽しんでいるのだ。ならばこちらも同じくらい楽しもう。

ぎゅりりぎゅぎゅっ!!!

右手に握った螺旋状の小剣をその形通りに捻って奥へと差し込んでいくと五月蝿かった謝意の言葉は消えて野性味のある悲鳴へと変わる。
これだ。これが耳に心地よい。更に手元は血液と愛液に小便、そして夫の精子がほんのりと香る。よかった。これで国が傾くようなことはなくなったのだ。
昔から虫やら動物を殺してはいたもののそこに意味などなかった。しかし今は違う。自身こそ正妻であり唯一の王妃。それ以外から生まれてくる生命を排除出来る喜びというのはこの上なく幸せを感じるものだ。
「いい音色・・・もっとよ。もっと聞かせなさい。そして私を満足させるの。それくらいしか価値が無いでしょう?」
口からは泡や涎が、目や鼻からは涙らしきものが流れてくるのも彼女をより興奮させる。それもそのはず。今彼女の脳内では己が、己こそが救国の英雄だと感じているのだから。





 カーチフという『剣豪』が『リングストン』を退けてから1週間後には各国が情勢を判断するとその版図を切り取るべく行軍を開始していた。
「彼の国は軟弱者の集まりよ!!!あの口先だけの王妃共々全てを蹴散らせぇっ!!!」
小さな隣国『ヒ』が国中からかき集めた一万の軍勢は皆が士気も十分に行軍している。というのも元々国家間の仲がよろしくなかった。国王も『ネ=ウィン』が後ろ盾にいた為今までは辛酸を飲んでいたがこれを王妃自らが放棄するような行動をとってくれたのだ。
こうなると上辺だけの付き合いだった国々は我こそはと軍を送り込んでいく。豊かな資源に事なかれ主義で染まり切った従順で無抵抗な国民と欲しい物が山ほどある。

調べによると多大な被害を被った『リングストン』はその刃を一旦退き、『剣豪』を囲い込んだ『ネ=ウィン』は何故か攻める気配すら見せていないという。
更にダクリバンという新たな後ろ盾も夜襲にあってからは姿が見えないそうだ。この好機を逃しては国王の資質が問われるだろう。

恐らくほとんど血を流す事無く侵攻は終わる。女子供を得る為に多少の犠牲は出るだろうが戦う術と心得を知らない『ジグラト』国民に何か出来るとも思えない。
そんな油断からか、周辺国が思っていた以上の激しい反抗戦が各地で起こっていたのだから皆が冷や汗を流して驚いた。

理由はただ1つ。ブリーラ=バンメアだ。

彼女は各地の権力者から家族を人質に出すよう命じ、従わなければ親族諸共全てを処断して回った。
結果己の愛する家族の為に各々が村人たちに激しい檄を飛ばす。文字通りの死に物狂いで相手を屠る事だけを考えた戦いを繰り広げていたのだ。
命を顧みず剣を振り回す者は強い。何せ兵士達の想像する枠を超えて攻撃を繰り出すのだから。
「ぐあっ!!!」
腹部を刺し、腕を切断した者達からまさかの反撃が来て『ヒ』の軍団は逆に士気が削られていく。ブリーラ=バンメアの取ったありきたりな蛮行にこれほどの影響があるとはこの時誰も想像していなかった。



「おいおい。こいつらちっとは骨があるじゃねーか。男は全部殺せ!」
この混乱に乗じたトロクと山賊団は手近な村を襲っていたがここでもやはり抵抗は激しかった。それでも彼は黒い剣を持っている。
自身の周囲に風のような剣閃を流すと鍬や鋤といった武器で戦っていた者達が体をばらばらにしながら地面へと散っていく。
「囲え囲えー!!!全てを奪い取るんだ!!見逃すなんて勿体ねぇ真似すんなよー?!」
黒い剣を手にして以降、満足にその力を振るったのが憎きガゼルの前でだけだった。しかもあの時は年端もいかぬ少女に完敗している。
やっとその力を十全に振るえた満足感と己の強さを誇示出来た優越感、そして肉片に囲まれていく高揚感は彼の脳内をどんどんと痺れさせていく。
そこに民家からの気配を感じると非常に若い女が怯えた様子で包丁を片手にこちらを睨みつけてきた。

もしこれが普通の兵士なら何か別の感情が頭をよぎったのかもしれないが今のトロクは己の欲望を更に満たす為の閃きに思わず喉を鳴らす。

「ひゃっはっはっはっはっはっはっは!!!来いよぉ!!!ほら来いぃぃ!!!」

黒い剣を後方に投げ捨てると両腕を開いて女に大きな隙を作って見せる山賊の頭領。何も知らなければ気でも狂ったかと思われかねないがそうではない。
「兄さんの・・・兄さんの仇だぁぁ!!」
兄が殺されたのであれば冷静になれという方が難しいだろう。彼女は他の女と違い勇猛な性格だった為、このような行動に出たのだがそもそもトロクは山賊を束ねる男であり地力もそれなりにある。
単純すぎる包丁の刺突攻撃を難なく躱しながらその腹部に彼女の顔くらいある拳をめり込ませると相手は一瞬で動かなくなった。
「ひゃは!ひゃはははは!!!!いいぞいいぞー!!この宴は最高だ!!!」
地面に落ちた包丁を蹴って遠くにやったトロクはその女をそのままうつ伏せに叩きつけた後衣服を一破りして自身のいきり立った下腹部を刺し返す。
気を失ってなかった女は短い悲鳴と共に心の折れた声で泣きじゃくるも彼がそれを止める事はなく、数多の屍に囲まれながら犯すというこの上ない快感を手にしたトロクはそれを止めようと襲い掛かって来る村人をいつの間にか戻って来た黒い剣で更になぎ倒す。
「こ、この感覚、堪んねーぜ?!病みつきになりそうだーっ!!!」

それから2時間後に村の制圧は完了したものの、やっと己の力を発揮出来たトロクは既に反応しなくなった女に向かっていつまでも腰を振り続けるのだった。

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