闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -鬼を継ぐ者-

 『ジグラト』でカーチフがその力を十全に発揮して国土を取り戻した話は耳に届いている。だが現在『剣鬼』一刀斎の葬儀を最優先させたネクトニウスは各国に書状を回していた。
まさか自身の決断により偉大な剣豪を失う事になるとは夢にも思わなかったのだろう。クンシェオルトが亡くなった時と同じように少し項垂れる皇帝を見てそう感じたナルサスは静かに補佐を務めていたのだがここで思わぬ書簡が届く。
「何?一刀斎様のお孫?」
『トリスト』側の国家間ではある程度周知されていたものの他国では明言していなかった為まずはその存在から怪しまれるが既にカズキは王都へと到着しておりビアードとの面会を終わらせたのだという。
「はい。鋭い眼光もそうですが正に鬼のような雰囲気は疑いようがありません。元服の儀で1人だけ出自が不明だった理由にも納得がいきました。あとはその・・・彼が持ってきた書状なのですが。」
聞くところによるとその少年は『トリスト』で隊を率いている長らしい。更に『孤高』の国王スラヴォフィルやレドラなども彼の身元を保証している旨が記されているとのことだ。
だがナルサスを一番驚かせたのが最後の文面だった。
「祖父である一刀斎の喪主を務めるべく参上したとの事であり、無礼を承知で是非『ネ=ウィン』への一時的な『移籍』を求める、とのことです。」
「ほう・・・」
「よかろう。すぐに手筈を整えよ。」
執務室の椅子に座っていたネクトニウスは何かを察したのか即断するとビアードは退室する。ナルサスはその判断に疑問を感じるも今回の父はしっかりと説明を始めてくれた。
「この提案は我が国を大いに立てる意味も含まれている。いくら親族とはいえ亡くなったのは我が地、遺体を預かり周辺国に葬儀の書簡を送ったのも我らだからな。それでもカズキという少年は我が国に籍を移してでも喪主を務めたいのだ。ならばその意を汲もう。」
建前と本音、その両方を気にかけての嘆願なのだろう。わからなくもないが二つ返事で了承するのは甘すぎる気もする。
「でしたらクレイスの身柄引き渡しと我が妃イルフォシア様の婚姻関係を条件に交渉してみては・・・」
「ナルサス。これ以上恥の上塗りをするな。」
なので彼なりに条件を付けるよう進言してみるが恥と言われて思わず激高しそうになった。自分ではそんな風に考えた事もないし現在『トリスト』には様々な貸しがある。こういった場合それを清算すべきではないのか?
だがそこはネクトニウスも最低限の線引きを考慮していたらしい。こちらの不快そうな表情か雰囲気を察して口元に笑みを浮かべながら自身の考えを詳しく教えてくれた。
「『剣鬼』一刀斎様のお孫、カズキといったな。恐らく相当な猛者だろうから決して手放すな。懐柔し『トリスト』の内情を調べ上げ、最終的には先陣に組み込めるように務めるのだ。」
なるほど。今回はその『移籍』を大いに活用するという事か。確かに『剣鬼』の孫ならその強さにも期待できるし『トリスト』の弱体化へも繋がる。
「わかりました。」
久しぶりに父とのやりとりで深く納得したナルサスは軽い笑みを浮かべるとその強さに期待しつつ噂の少年を迎えに行った。







「あんたがビアードか。ヴァッツやアル姫さんがよく話してくれてたんだ。いい人だって褒めちぎってたぜ?」
2人がまるで親戚の叔父みたいな感覚で接していたのは聞いていた。確かに4将の強さは感じるものの素の性格は温厚なのだろう。いきなり現れたカズキにすら随分丁寧に接してくれる。
「う、うむ。しかし君が『剣鬼』様のお孫・・・あまり似てないな。」
今まで祖父と比べられる内容はその強さだけだった。多分今のビアードはその容姿について言及したのだろうがそもそも歳が60以上離れているのだ。類似点を探すほうが難しいかもしれない。
「でも持ってきた書状にも詳しく説明してあっただろ?俺の発言が信用出来なくてもスラヴォフィル様やレドラ様の証言を信じてくれればそれでいいよ。」
出された紅茶を楽しむくらいには心の整理がついている。後はその喪主という立場で何をすればいいのかをしっかりと教えてもらわねばならない。
何せ葬儀は国や宗教によって形式が異なるのだ。自身のいた『モクトウ』では僧侶が鎮魂の経を唱えて荘厳な音楽を流すのだが剣撃士隊の時ですら随分違った形のものだった。
クンシェオルトの葬儀に参加していないカズキにとって『ネ=ウィン』でのものとなると一体何をするのか想像すらつかない。
「大丈夫だ。君の目を見る限り間違いなく一刀斎様の血は感じるよ。」

それから数分後に彼は無事『ネ=ウィン』に迎えられる事が決定した。





 (こいつがナルサスか・・・)
いきなり皇子が会って話をしたいと言い出したらしくビアードを連れた3人は王城内を歩く。
初めて見る形の建物に少し心が躍ったもののクレイスを目の仇にしているナルサスが真横にいるのだ。何やら説明をしてくれてはいるがカズキの意識はその強さを計る事にしか向いていない。
「・・・私の話は退屈かね?」
「・・・・・え?あ、すまん、何か話してたっけ?」
いくらスラヴォフィルの命令とはいえ敵国の人間と認識してしまっているカズキが相手に敬語を使うことは無く、それを後方に控えているビアードがはらはらとした様子で見守っている。
「ふふ。流石一刀斎様のお孫だ。大胆不敵というか不遜というか。君にはあそこを案内するのが一番良いかもしれないな。」
一人で納得したナルサスは軽く笑い声を上げながら王城の敷地を離れると大きな壁に囲まれた場所へと案内してくれる。そこには入らずともわかった。血と汗のにおいから恐らく訓練場で間違いないはずだ。
中はとても広く面積は『トリスト』と比べ物にならないがあちらは天空に居を構えている為制限も多いのだ。こればかりは仕方ないだろう。

「ナルサス様お疲れ様です!あれ?そっちの少年は?」

丁度自分が持つ隊と同じくらいの数だろうか。それの訓練風景を眺めていると半裸で辮髪の青年がこちらに向かって駆け寄りながら挨拶をしてきた。
一目見ただけで相当な強さだとわかる。流石戦闘国家の戦士だなと感心しているとナルサスが機嫌よくそれに答えた。
「こちらは一刀斎様のお孫、カズキだ。今日から我が『ネ=ウィン』の一員として戦う事になった。」
「・・・よろしく。えーっと・・・」
「あ、俺はフランシスカ。よろしくカズキ。」
『ネ=ウィン』の一員という言葉が心に刺さって上手く言葉が出なかったがお互いが初対面だ。気取られる事もないだろうと思って軽い握手で済ませたのだが。

「ナルサス様。このカズキと一つ手合わせしてもいいですか?」

まるで戦闘狂みたいな言動を見せてきたので思わず目を丸くしてしまうが後ろではらはらしているビアードをよそに皇子は快諾する。
ここには祖父の葬儀を執り行うのとスラヴォフィルの命令を完遂する為に来たのだ。確かに相手の強さは気になるものの今は己の欲望を満たしている場合ではない。
「断る。俺はじじぃの葬儀をしにきたんだ。戦う為じゃない。」
もしかして戦いを断ったのって生まれて初めてじゃ?妙な初体験が続き心がふわふわしながらも顔を軽く背けるとフランシスカという青年は少しだけこちらを眺めつつ小さく一言だけ呟いた。
「一刀斎様の遺体を見つけたのは俺だ。詳しい話を聞きたくないか?」

「・・・いいぜ。その代わり死んでも後悔すんなよ?」

おかしい。心の整理は十分ついていたものだと思っていたがわかりやすい挑発に闘志が大きく湧き立ってしまった。
だがやはり自分は『剣鬼』の孫なのだ。祖父を持ち出してきての挑発でなくとも結局はこういう結果になったのかもしれない。
訓練とはいえ2人は刀と槍を構えると間合いを取って向き合い、血気盛んな『ネ=ウィン』兵達は見る見るうちに集まってきて突如現れた新星の強さを見定めようとにらみ付けるように2人の立会いを眺め始めた。





 長柄物というのはその間合いからして剣に勝る。もし刀で立ち向かおうものなら技術にして3倍は必要だというのが定説だ。
直近だとイルフォシアに手も足も出ず完敗した記憶が脳裏を過ぎるがこのフランシスカ相手にそれを払拭してやろうと彼の感情は完全に戦闘方向へと働いていた。

ぴゅっ!!

ところがあまりに速い突きは見た目以上に伸びてきて遠い間合いなのに思わず大きく体を逸らす。こうなるとカズキの劣勢はなかなか返し難い。
一度体勢を逃げに移してしまった上フランシスカの槍は遠慮なく追撃を繰り出してくるからこちらの間合いに持ち込めないのだ。
かわして受け流す事は出来ても反撃の要素が何一つ整っていない。気が付けば防戦一方で周囲の品定めも早々に見切りをつけた者達はその場を去っていく。
だがカズキの心にはやっと火が付き始めたのだ。非常に面白い戦況に遠慮などしていたら勿体無い。幸い相手の攻撃は目で捉えて体も反応出来る速さだ。となれば後は間合いを詰めるきっかけが欲しい・・・

がきっ!!!

不意に懐に忍ばせた小刀を左手で抜くと無遠慮に放たれた突きを下から削りつつ受け流す。ぎゃりぎゃりと音を立てて火花を散らせた瞬間、カズキはフランシスカがほんの少し体勢を崩したのを見逃さない。
小刀から手を離して体を沈めながら地面を蹴りつけて地を這うようにフランシスカの懐に飛び込むカズキ。目の肥えたネ=ウィン兵ですら唸らせる動きに大歓声が湧く中彼の刀はその脚を斬り落とすべく水平に走る。
本気だ。本気の一刀だったがカズキにはわかっていた。フランシスカが槍を引き戻すと同時に垂直に構えて柄の部分でそれを受けるのを。普段は刀で戦っているが彼は一刀斎の孫、武芸百般を叩き込まれている為槍の扱いも動きも熟知しているのだ。

ばきんんっっっ!!!

なので足元に意識を集中させた瞬間今度は左手を地面に叩きつけて思い切り背中を丸めた後両足を真上に放った。曲芸みたいな動きだが槍の防御を貫くにはこれでも足りない。
顎にその蹴りを当てて昏倒か最悪殺してもいいかとさえ思っていたのだがそれも体を反らして凌がれた。ただフランシスカが一瞬見せた表情から焦りは大いに感じる。
その後浮いた体を正面に向け直して素早く懐から棒手裏剣を掴むと順次投げつけた。稽古の域を超えているような気もするが誰も止めないのだから問題ないだろう。
それらを5本飛ばしてフランシスカを防御体勢で抑え続けると着地した瞬間反撃を許すことなく再び刀で斬りかかる。今度はいけるか?いつの間にか心は至福に満ち溢れていたがそれは突如終わりを迎える。

ぎゃりりっ!!

「そこまでだ。流石だなカズキ。」
見ればいつの間に割って入ったのか。2人の攻撃を片方は黒い剣で、もう片方は黒い鞘を使って受けきったナルサスが嬉しそうに答えていた。





 つい熱が入ってしまったが周囲の大歓声からみて『ネ=ウィン』には認めてもらえたらしい。いや、それを喜んでいる場合じゃない。
ナルサスが手にしている黒い剣は間違いなくワーディライが持っていたものと同じだろう。何せ武器から闘気を感じるのだ。凡そ尋常な代物ではない。
(スラヴォフィル様の仰ってたのはこれか・・・!)
いきなり目的が達成出来て嬉しい反面、その力が非常に危険な事も察したカズキは思わず口を噤む。そもそもさっきまで姿形も無かったのだ。一体彼はどこから取り出したのだろう?
「ナルサス様!止めていただきありがとうございます!いや~流石一刀斎様の血は伊達じゃないですね。カズキ、お前俺を殺そうとしてただろ?!」
どうやらフランシスカという青年も自分と同じ、目上の人間には礼を尽くすが同僚や仲間には砕けた言葉使いで接するらしい。
「ああ。だってお前強いんだもん。つい嬉しくってな。」
「おお?!そうかそうか?!お前くらいの強者にそう言われると俺も嬉しいぜ!」
しかも殺気を持って相手をしていたというのにけろりと忘れる所などは正に戦闘国家の代表みたいな人格だ。

「・・・しかし今後は控えてくれ。常に私が仲裁出来るとは限らんからな。お前達は今後『ネ=ウィン』を背負っていく大事な希望。それを忘れないよう。」

うん?こちらに注意はしているもののナルサスは何か別の事を考えているのか。妙な苛立ちを纏っているのは何故だ?
よくわからないがとにかくカズキがこの国で果たすべき目標は2つとも手の内だ。後はそれらを完遂させて『トリスト』に帰る。うむ。計画は完璧だが果たしてこれを遂行出来るだろうか。
直面した難題に頭を抱えつつもその後祖父一刀斎が眠る棺に案内してもらうカズキ。腐敗を防ぐ為に臓物は取り除かれ塩漬けにされていたが、そのお陰か保存状態はすこぶる良い。
首筋に通る真一文字の傷は首を刎ねられたのだろう。あれだけ強かった祖父がそのような一刀を受けるなんて目の前にしても信じがたい。何より『トリスト』で存分涙を流したはずなのにまた自分の目頭が熱くなるのが不思議で仕方なかった。

「・・・ナルサス皇子。頼みがある。」

「何だ?」
「俺達の母国では骨を拾うっていう習慣があるんだ。葬儀が終わったらじじいは燃やしてくれねぇか?ばあちゃんの家に届けてやりたい。」
彼女は娘コフミを失って以来心が壊れてしまっていた。カズキが8歳になる頃には日常生活に支障はないくらい立ち直ってはいたが今度は祖父の死を伝えに帰らねばならないと思うとこちらの心も軋んで根をあげそうだ。
「わかった。その時は是非私も同行しよう。」
『ネ=ウィン』には諜報目的としてやってきた意味もある為出来れば断りたいところだが皇子自らの申し出に思わず言葉が詰まった。同時にハイジヴラムに言われた言葉が蘇る。どうもカズキは自分が思っている以上に性格も考えも甘いらしい。
「・・・あー、えーっと、うん。その気持ちだけ受け取っておくよ。」
いつものようにきっぱりと断れば良いものの、そもそも欺くという行為に慣れていないのもあってかなりふわふわした気持ちで断りを入れると後方ではビアードがまた面白い表情を浮かべていたので思わず顔を背けた。
「そうか。また何か困っている事があれば気軽に言ってくれ。いつでも相談に乗るぞ。」
それが功を奏したのかナルサスはその仕草を照れ隠しのように受け取ったらしく最後までこちらを気にかけてくれる。あまり優しさに慣れていないカズキは今後出来るだけこの男とは距離を取らねばと戒めつつ安置所を後にした。





 いくら腐敗を防ぐ処理を施されていてもそれほど時間に余裕はない。葬儀の流れを聞くにカズキはあくまで喪主として皆にその姿を見せるだけで良いらしい。
後は僧侶が全てを取り仕切ってくれるそうなのでやっと一息ついたのも束の間。立会いがさぞ楽しかったのか用意された部屋には早速フランシスカがやってくる。
「お前の腕前に敬意を表して俺が一刀斎様を見つけたときの話をしてやる。といっても気が付いた時には立会いが終わって一刀斎様が敗れたくらいしか捉えられなかったんだけどな。」
先程のナルサスもそうだったがこちらを一切疑わず打ち解けてくるのは何なんだ?生まれて初めての諜報作業を遂行している彼は不思議で仕方なかったが裏を返せばそれほど上手く溶け込めているとも考えられるのか。
「誰がやったのかは見てないのか?」
それでもこの話には興味しかなかった。お互いが向き合って座るとカズキは体を前のめりに質問を繰り出す。
「・・・恐らく『七神』と呼ばれる奴じゃないかな。黒い外套を着ていたが遠かったのでそれ以上はわからない。」
「・・・『七神』か・・・」
心境は納得と不満が半々といったところだ。何せその中の一人ガハバをカズキは破っている。その後巨大な土くれに変貌を遂げた時にはイルフォシアやウンディーネ、そしてクレイスの助力が必要だったが倒せた事実には違いない。
一筋縄ではいかない『七神』の面々。祖父をやったのが彼らであるのならカズキが今後取る行動など一つしかないはずだが。
「仇は討つんだろ?」
「・・・・・」
強さが全く読めない相手を討つ。果たして自分に可能だろうか。少なくとも殺された時の一刀斎は今のカズキより強かったと断言出来る。
まずは祖父の強さを超える所から始めるとして何年かかるだろう・・・普段は戦いの事だと一切の迷い無く言動を放つが今回ばかりは言葉に詰まってしまった。
ただカズキの事をよく知らないフランシスカは剣を交えて特別な感情が芽生えたからか。
「ちっ。お前は打算なしに行動する奴だと感じたんだけどな。怖気づいたのなら戦士なんてやめちまえ。」
舌打ちと失望を露にした後侮蔑の眼差しまで投げつけるとそのまま部屋を去っていく。確かにその通りだ。打算で仇を討とうなど甘いにも程がある。
だが彼自身ビャクトル戦で生死の境を彷徨い、心には古い傷跡も残っている。『トリスト』で兵卒として修業し、群で動く事を覚えたり隊員を失ったりを経てからは以前のような命を顧みず野生だけで動くカズキでないことは間違いない。

(・・・討てるのか?俺に・・・)

何度か自問自答を繰り返しても今は不可能だという答えと、なら修業すればいけるのか?という疑問を行き来する。気が付けば再び祖父の前に立ち、安らかな表情を眺めつつ答えの出ない憤りを答えをくれない一刀斎に何度も何度も問いかけていた。



『ネ=ウィン』に入った時期が遅かった事もあり葬儀は翌日執り行われた。
促されるまま棺に一番近い席まで案内されるとそこで僧侶達が安らかな眠りをみたいな言葉を唱え始める。初めて聞く内容だがそれよりも昨日の疑問に答えは見出せていない。
こんな状態で式を終えるなど出来るわけがない。一刀斎が旅立つ前に何としてでも明確な、心に刻み胸を張って言い放てる答えを得なければ。悲しむ余地などなく、ただただ故人との別れが近づくにつれ焦りと苦しみで呼吸が乱れる。

(何で・・・何で死んじまったんだよ・・・)

8年間は厳しい指導の下無茶な修業に明け暮れていた。良い思い出などほとんどないはずなのに何故かその自信に満ち溢れた不敵な笑顔が脳裏に浮かぶ。
己の目標だった偉大な『孤高』には生きて自分の成長を見届けて欲しかった。赤子の時に母を亡くしたカズキにとって祖父は父親の代わりでもあったのだから。





 ばたんっ!!!

厳かな雰囲気の中に突如響き渡る消魂しい音に皆がその方向に顔を向ける。カズキだけは深い悲しみと絶望、そして大きな悩みに意識が向かなかったものの尋常ならざる者の乱入に場内は言葉を失っていく。
「カーチフ。葬儀の最中だ。もう少し大人しくしろ。」
皇帝ネクトニウスが不機嫌を隠す事無く叱咤するも男は意に介さず中央の通路をずかずかとこちらに向かって歩いてきた。
彼も『孤高』の『剣豪』としてよく一刀斎と並び称されていたが実際似たような称号からよく言い間違えられてたそうだ。そして2人ともそれをとても嫌っていた。
棺の傍にはカズキや僧侶、皇帝や皇子など国の重臣達も並んでいたにも関わらず礼も取らずにそのまま一刀斎の顔を覗きこんだ。
最初は好敵手が死んだ為に心神喪失というか自暴自棄にでもなっているのか。この場にいる誰もがそう感じたのだが据わった双眸で周囲をじろりと見渡した後彼はとんでもない事を口にする。

「この葬儀、俺が喪主を務めてやる。」

「・・・は?!」
またも皆の代弁をしてくれるネクトニウスが素っ頓狂な声を上げ、いきなり自分の立場を脅かす発言にカズキの思考も一気に蘇った。
「おいおっさん。見てわかんねぇか?今葬儀の最中で喪主は俺なんだ。大人しく端っこにでも参列して・・・」

「こいつは俺の父親だ。だから喪主をしてやる。そもそもお前は誰だ?」

初めて聞く事実に場内がどよめきをあげた。それはそうだろう。その事実を知っているのは最近まではケディと長老、ここ数日でやっとシャルアやサファヴが知ったばかりだ。
だがいきなり現れてこのような発言をするカーチフに誰か疑問を投げかけないのだろうか?カズキは再び皇帝に期待の眼差しを向けてみるも驚きのあまり口が閉じていない。次点でナルサスの様子を探るも彼ですら言葉に詰まっていた。
確かに彼の強さは自身も2年ほど前に体験した。恐ろしく強く、若さがある分祖父以上かもしれないと感じたものだが血が繋がっているのなら合点がいく。

「俺はカズキ=ジークフリード。一刀斎=ジークフリードの娘コフミの子だ。」

だからといって「はいそうですか」と引き下がるつもりはない。カズキはまるでこれから全力で戦うのではないかと言わんばかりの溢れる闘志を発散しながら危ない雰囲気のカーチフに堂々と名乗った。
「あんたカーチフ=アクワイヤだろ?じじいと性が違うし息子がいるなんて話も聞いた事がねぇ。何考えてるのか知ら・・・」
「何も知らずに喚くな糞ガキがっ!!!」
知ってる限りの知識で何とか言い負かそうと続けた瞬間カーチフが激高して怒鳴る。以前のひょうひょうとした中年と同一人物とは考えられない豹変っぷりに思わず気圧されるもこればかりは譲れないのだ。
目の前の男は正気ではないらしい。ではどうする?どうすれば話を聞き入って貰える?首筋に冷たい汗を一滴流した後カズキは安らかな祖父の顔を一瞥すると不思議な事に心が落ち着いていくではないか。

「・・・俺が赤子の時かあちゃんが斬られてからずっと。じじいとはずっと一緒に暮らしてきたんだ。頼む。俺に最後までやらせてくれ。」

本当に実父なら取り乱すのは当然だろう。更に故人を送る大役を孫に奪われた気持ちにも理解は示そう。
それでも覚悟を決めると声を落とし、気迫を前面に押し出しつつ懇願しながら深く頭を下げたカズキ。そのせいで確認出来なかったがこの時カーチフの表情から険が取れて非常に驚いていたという。
「・・・ずっと一緒に暮らしてきただと?この放浪根無し草がか?俺の母親の下には1回しか帰ってきていないこいつがか?」
何故そんな話をしてきたのかはわからないがここは真剣に答えるだけだ。ゆっくりと面を上げて亡き祖父との思い出を浮かべた表情は優しく晴れやかだ。

「・・・あんたとじじいの事情はよくわからないけど俺は武者修業の旅に出る8歳まで、ずっと一緒に暮らしてたんだ。頼む。どうか・・・」

「・・・・・8歳まで・・・8年も・・・・・」
今度は相手の表情が見える。とても呆けているようだが今のやり取りにそれほど深い意味があったのだろうか?
「・・・喪主はお前がやれ。」
それでもよくわからないまま譲ってくれた事により葬儀は再び再開されたが、カーチフは項垂れたまま会場を後にすると再び棺の前に現れる事はなかった。





 あの後彼の家族に聞いた話だとカーチフは本当に一刀斎の息子らしい。ということはカズキの叔父にあたるのか。
「じゃああんたは私の従弟になるのか。ふーん・・・」
シャルアという少女がこちらをまじまじと見つめてくるのでカズキも負けじと見つめ返す。
父親の意向から戦いには一切関わらず生きてきたそうだが眼力や雰囲気が既に強者のものを纏っている。これが血かと感心していると。
「何か怖いほどお祖父ちゃんの面影があるわね。私もよく知らないけど家族が出来たら大事にしてあげなよ?」
ビアードとは真逆の発言を受けて大いに驚くカズキ。ただ似ていると言われて悪い気はしない。
それよりも時々挟まれる一刀斎への誹謗中傷にも似た物言いが引っかかって仕方なかったのだが悪気はなさそうなので流しておこう。
「しかし一刀斎様は本当に残念だった。俺達を逃がす為に命を張って護ってくれたのだから・・・」
ヴァッツと旅をしている時に出会った青年は何故か従姉と結婚していた。そもそも『リングストン』の人間だったこの男と何がきっかけでこうなったのだろう?
「・・・・・」
そして彼の妻ケディは今にも死にそうな顔色と表情で俯いたまま一言も喋らない。娘と婿は時折声をかけて励ますのだがその原因が夫なのだから無理もない。



カーチフが『ジグラト』から戻ってきた理由に家族の安否を確かめるというものがあった。というよりこちらが主で一刀斎の死は『ネ=ウィン』に入ってから知ったらしい。
葬儀が終わってから家族との対面を切望していた4人は皇帝や皇子、4将の面々に見守られながら遂にそれが叶うこととなったのだが。

「・・・ネクトニウス様、私の家族は何処に?」

この発言にはその場にいたカズキもぽかんと口を開けてしまう。皇帝は玉座に座っておりその下に控えていた皇子が3人を連れてカーチフの前まで歩いてきているのにだ。
「何を言っている?目の前におるではないか?」
誰の目からみてもそうだった。現に妻のケディは涙をためて抱きつきたいのを必死で堪えている様子だし娘と婿も満面の笑みを父に向けていた。
「目の前?これが私の家族だと仰るのですか?」
なのにカーチフだけが妙な事を口走っているのだ。その表情はまるで汚らわしい何かを見ているかの双方の感情が真逆の対面に思わず周囲もざわつく。
「お、お父さん?何言ってるの?私よ?シャルアよ?別人にでも見えてるの?」
娘が困惑しながら妻の代わりにその胸へ飛び込もうとしたのを達人の体捌きで避けたカーチフは3人を他所にずんずんと皇帝の前に歩いていくと再び信じられないような発言を放った。

「こんな偽者で俺の心を縛ろうというのか?妻は?娘はどこに隠した?」

明らかにおかしい。もしかして毒か何かにやられているのだろうか?彼ほどの猛者なら視力を失っていても気取られずに動く事など造作でもないだろうし。
しかし耳は聞こえている。つまり彼女らの肉声も届いているはずなのに認識出来ていないのか?一体何が起こっているのだろう。
「カーチフ。一体どうしたというのだ?父が亡くなったからか?それとも未だ喪主の座を引きずっているのか?」
「・・・まぁいい。どうせ『リングストン』の兵士達に殺されたという話は聞かされていたからな。淡い期待だった。」
ネクトニウスも訳が判らないといった様子でその原因をいくつか上げてみるも彼がそれらに反応する事はなく、意味のわからない返しで話題を切り上げると最後に耳を疑うような発言を残して彼は『ネ=ウィン』を後にした。

「ネクトニウス様、私は今日を以って『ネ=ウィン』『ジグラト』を捨てて本当の『孤高』へと進みます。全ての『リングストン』人を根絶やしにする為に。」





 カーチフが修羅の道を進もうとしている。ただ理由はともかく『リングストン』に攻め入る行動自体は悪くない。
問題があるとすればまず『ジグラト』を叩くべきなのだが何故かその話をすると激高してしまう為説得が難しい。
皇帝と皇子はとにかく体を労えとその日は部屋を用意し、その後ビアードと頼まれて仕方なくカズキが遠回しに理由を探るも何故か家族は殺されたものだと思い込んでいるようだ。
「何で目の前にいる私がわからないの?」
暴れる恐れもある為ついてくるなといったのに従姉のシャルアも同席して目の前で色々な仕草を取ってみても全く見えていないかのように振舞うカーチフ。
その間もカズキは真剣に彼の視線、行動、言葉から気配まで全てを読み続けるが原因はわからない。がこうなった理由くらいは察しが付く。
「お前達の村は『ジグラト』の衛兵が矛を構えて囲んでたんだろ?って事は家族を人質に取られてたのは間違いない。後はその間に何をされたかだな。」
「何を?というのは?」
「うん。俺も『七神』の1人と戦ったんだけどそいつはその辺の兵士を思い通りに操ってこちらにぶつけてきた。更にそいつら1人1人が対峙する相手と同じ力量まで強くなってたから相当手こずったんだ。」
「な、何と・・・そのような術が・・・」
自分で言ってても胆が冷える。あの時こちらも軍で戦っていたからよかったものの単騎状態で囲まれでもしたら命はなかったかもしれない。ビアードもこちらの話す内容に危機感を覚えて言葉を失うがカズキが言いたかったのは次だ。
「あいつらは変な力を持っている。可能性があるとすればそこだろうな。」
人質となっていたのは家族の方ではなくカーチフの方だったのかもしれない。今の状況から判断するとそうとしか考えられない。
「で?どうするの?どうすれば父さんは元に戻るの?」
シャルアは切羽詰まった様子で迫るように尋ねてくるもそれがわかれば苦労はしない。近い顔と射貫くような眼力を遮るべく手で無理矢理押し返してから腕を組むカズキ。
治すといった意味ではすぐにルルーの顔が思い浮かぶも怪我をしている訳ではないのだ。となればヴァッツか『闇を統べる者』に頼れば何とかなりそうな気もする。

「・・・こういうのは術者を叩っ斬れば大抵片が付く。ビアード、『ネ=ウィン』の精鋭を連れて一気に『ジグラト』王城を制圧するってのはどうだ?」

しかし諜報活動としての命も受けている以上気軽に『トリスト』の人間を口に出すのは良くない。それくらいはわかっていたので今出来る事を提案してみるとビアードも顎に手を当てて検討している。
「ふむ。悪くない策だが1つ問題がある。もしその術者が相当な腕利きなら首を獲る前にこちらの兵士達がカーチフ様と同じ状態にされるだろう。となれば無駄に戦力だけが奪われかねない。せめてもう少し術の正体、もしかすると薬の類かもしれん。そういった根幹部分の情報がほしいな。」
彼の指摘に深く頷いたカズキは己の浅慮を補う意見に感動した。確かに術とは限らないのだ。となればここは・・・
「・・・み、密偵を送る・・・とか?」
自身が今まさにそれをやっている最中なので口に出すと本音がその声色に現れてしまった。いくら祖父の葬儀とスラヴォフィルの命令とはいえこれはあまりにも自分に向いていない。
今後はきちんと断らねばと焦りを隠しつつ提案を重ねてみると今度はビアードも深く頷いてくれた。これで上手くまとまったと静かに安堵のため息をついたのも束の間。

「わかったわ。じゃあ私が乗り込んで調べてくる!」

黙って話を聞いていたシャルアが元気よく名乗りを上げたので今度ばかりはカズキもビアードと同じくらい動揺した。
「い、いけません!もし貴女の身に何か起これば今度こそ本当にカーチフ様を止められなくなります!!」
今でも止まってはいないのだがまぁ物は言いようだろう。だがこれにはカズキも同意だ。ここで従姉を送り出す訳にはいかない。
「そうだぞ。戦いを知らないお前が亭主や母親を置いて死地に飛び込むなんて無茶すぎる。そもそも新婚なんだろ?危ない事には首を突っ込まず旦那とゆっくりしてろよ。」

「・・・あなた達こそわかってない!父さんが目の前にいるのに私達の事を見てくれないんだよ?!こんな状態が続くのは嫌だよ!!」

叫んだ後、少しの怒りが見て取れる表情と真剣な双眸には薄い涙を溜めて目の前に座るカーチフを睨みつけるが彼は一切反応しない。これにはビアードが思わず俯いてしまったがカズキにとっては彼女も親族だ。その事実を知った以上引き下がるつもりは微塵もない。
「それじゃ俺が行ってくるよ。お前を危険な目に合わせると後で俺が叔父にしこまた叱られかねないからな。」
「っ?!じゃ、じゃあ私も手伝う!何をすればいい?!」
こちらの叔父という言葉を使った斬り返しにビアードも喜色を浮かべて同意するもシャルアはじっとしていられないらしくまだ食い下がろうとする。
気持ちはわかる、と言いたいところだが自分には両親がいない。けどもし両親がそのような目に合わされたらじっとはしていられないだろう。
そう考えるとこれ以上彼女の気持ちを抑え込むのは気が引ける。何かないか・・・彼女の身を危険から遠ざける何か・・・

すると腰に佩いていた一刀斎の形見、『御子神虎徹』の柄が一瞬鈍く輝いた気がした。

これは皇帝らに頼んで引き継いだ祖父の刀なのだが晩年彼は身長が相当縮んでいた為その刃渡りは短い物へと打ち直されていた。なので今は脇差代わりとしてカズキの腰に納まっている。
「・・・それじゃ1つ頼もうか。」
その言葉にシャルアは喜ぶがビアードは冷や汗を流す。恐らく大丈夫だろう。この案なら丸く収まるはずだ。
「じじいの、一刀斎の骨を俺のばあちゃん家に届けてくれねぇか?ついでに様子もみてきてやってほしい。」
「・・・・・」
先程までは前のめり気味だった従姉は冷静さを取り戻しつつ返事に困っている。カズキの祖母は言わばカーチフの父を奪った存在だ。決して良い印象は持っていないだろう。
「俺の家族なんだ。頼む。」
それでもカズキは頭を下げて押し通そうとする。本当なら自分の足で届けたいがこれを優先させるとシャルアが本当に乗り込みかねない。

「・・・その代わり絶対父さんを元に戻してね?!あと私の事はシャルア姉さんって呼ぶこと!6歳も年上なのよ?」

「シャルア・・・姉さん・・・う、うん。わかった。」
親兄弟のいないカズキにとって初めて使う言葉に思わず声が裏返るも、それでこの件が収まるならと覚悟を決めて口にしてみたが思いの外恥ずかしくて最後の言葉はか細く途切れるようだった。

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