闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -孤高の人生-

 一刀斎は『ネ=ウィン』に戻るべく木々の間を縫うように走っていた。『リングストン』もナルサスの一刀でまた数千の兵を失っている。
総大将イジンブラなら下手に追うよりまずは自陣の立て直しを図るはずだ。そのような推測を立てつつ周囲への警戒は最低限に抑えながら先程の黒い剣やマーレッグについて考え込んでいた一刀斎。
(あの剣を手にしたナルサスに手傷を負わされ逃亡したと考えると強さが逆転していたのか・・・)
それにしても潔すぎる。剣を交えてわかったがあの男は相当な戦闘狂だ。まだ余力を残していたはずなのに退却を選んだのは何か理由があるのだろうか?
サファヴ達が3日かけて歩いた勾配のある林を僅か半日足らずで駆け抜けると平原へたどり着いた。正面には小さく『ネ=ウィン』の建物が見え始めており多少の人だかりは村からの避難民だろうか。
この後カーチフの妻やその孫娘にもう一度顔を合わせるかどうか。彼の思考は次に移っていたのだが突如背後から声を掛けられた事で再度戦地へと引き戻される。

「『剣鬼』一刀斎。再び手合わせ願いたいのだが構わないか?」

微塵の気配も感じさせない強者は自身の手当てを済ませており落ち着いた口調でこちらに尋ねてくる。なるほど、ナルサスと同時に相手をするのが難しかった為各個撃破へ切り替えたらしい。
そうなると今度はこちらが逃亡せねばなるまい。力量差はわかっており目的も達成した。もはや無理に立ち会う必要はないのだ。普段なら。

奴はカーチフの家族を探していた。ここで一刀斎が以前と同じ行動をとれば平原の奥にいる彼らは攫うか殺されるかしかないだろう。

「まさか娘の仇討ちから声を掛けて貰えるとは願ったり叶ったりじゃ。しかし1つだけ条件がある。」
「何だ?」
「もし万が一、お前がわしに勝てたとしてもカーチフの家族には手を出すな。といっても無力なわしの娘を手にかけたお主じゃ。言って聞くとも思えんが。」
「構わん。今日だけは見逃そう。」
つまり明日以降はまた狙いに来るという事か。何とも癖のある返答だがここは話を合わせておこう。浅く頷くと一刀斎は向き合って刀を水平に抜く。
マーレッグは背後に林を背負っており不測の事態があればすぐに身を隠せる地の利を得ている。なので一刀斎は相手が準備を済ませる前に自身も自然と林近くに移動する。
「しかし手傷を追って逃げ帰ったと思ったが何故またわしの前に現れた?一対一なら斬り伏せられるとでも思っとるのか?」
そこから少し声を張り上げて会話を続ける。これには遠く離れた『ネ=ウィン』の衛兵達に少しでも気取らせる意味がある。早く村人達を王都へ送れという願いを込めて。
しかし相対する男は思いもよらない言葉をかけてきて一刀斎の誇りと怒りに火を灯した。

「いいや。お前はもう強者ではないからな。邪魔にならない様さっさと始末しておこうと思っただけだ。」

『孤高』とよばれる『剣鬼』へ失礼極まる発言に流石の一刀斎も一瞬で頭に血が上った。といっても確かに相手の方が上手だ。
怒らせて心身の乱れを誘っているのだろうか?自身も過去に何度か使ってきた手であり場合によってはとても有効な手段だが次の言葉でそうではないと教えられる。

「思い出したよ。あの時若い夫婦を斬り伏せたのはお前の本気を見たかったからだ。しかしお前は怒り狂う事無く逃げ出し、無駄に年老いた。
既に各地でお前以上の強者共が蜂起してその武名を轟かせつつある。なのでこれは私からの引導だな。感謝してくれ。」

一刀斎も各地を渡り歩く根無し草だ。彼の言っている意味に理解を示しつつもはっきりと弱くなったと言われた事が思った以上に心を締め付けた。
ただし最後の一言だけは看過できない。
「引導とは大きく出たな若造?よかろう、貴様はこの場で跡形もなく斬り刻んでやる。」
天人族であるマーレッグのほうが数十倍長生きしているのだが見た感じはカーチフの歳と変わらないのだ。怒気と闘気を一気に放って有無も言わさず間合いを詰める一刀斎。
相手も刀を抜いてはいたものの未だ脱力状態で闘志が追い付いていない。仕掛けるなら今だ。

がきんっ!!ががっ!!

数度の剣閃が弧を描いて走り無数の火花が散ると広い平原にその消魂しい音が鳴り響く。やっと『ネ=ウィン』の人間達もそれに気づき始めたが今はそれどころではない。
マーレッグからすれば先程負った手傷では動きに大きな支障はなく、それを加味したとしても二人の間にはまだ相当な実力差があるらしい。
幾度となく放つ剣閃は全て受け流され、相手はまたも攻撃に転じてこない所を見ると手玉に取られているのか。
(このわしが・・・何というザマじゃ!)
カズキが目標にしていた偉大な祖父がこの体たらくでは示しがつかない。一刀斎は四肢の関節がねじ切れんばかりに動き、敵の体に何としても絶命の一刀を放たんと命を削り続けるが。


ざしゅっ!


激しすぎる動きを逆に利用された見事な斬り返しの刀は彼の左肩からへその近くまで深く走った後、マーレッグは素早く下がって再び刀を構え直していた。





 『ジグラト』の王城にいたカーチフにやっと命令が下る。それは自身の村を救って来いというものだった。
正直どのような情勢になろうとも命令を聞くつもりはなく、家族の訃報が耳に届いた瞬間王妃ごと城と国を斬り捨てて帰るくらいしか考えていなかったのだがこれも何かの罠だろうか?
謁見の間に呼ばれたカーチフはブリーラ=バンメアとその隣に立つダクリバンに訝し気な表情を向けながらも跪いてその命を受けるが悩んでいても仕方がない。
「敵は『リングストン』です。彼らはロークスを始め我が国土の北から東を侵略しています。これら全てを取り戻し、更にそのまま北へ攻め上るのです。」
ロークスにはあのナジュナメジナがいる。彼が命を落とすような事はないだろうがまさか抵抗もなく落とされたのだろうか?
彼の国はとにかく物量が多い為、例え自国の領内であっても戦い方を間違えばこちらが干上がりかねない。突然言い渡された無理難題に頭を捻っていたが考えてみれば無理に『ジグラト』の言いなりになる事もないのだ。
『ネ=ウィン』と敵対するのは少し思うところもあるが家族さえ無事ならそれでいい。ならばまずは言われた通り村に帰って『リングストン』との接触を試みよう。

「先に伝えておこう。お前の家族は全員殺された。『リングストン』の兵士達にな。」

虚言だろう。そうに違いない。だが不意に放たれた言葉に耳を疑ったカーチフは思わず面を上げてダクリバンを睨みつけた。
すると彼の眼が一瞬光ったのですぐに顔を背ける。奴の力は操心術とか自分で言っていたのだ。ヴァッツが危惧したのもあの会場で見ている。
なので出来る限りダクリバンとは目を合わせないようにしていたのだが大丈夫だろうか?再び頭を垂れ心を落ち着かせて自問自答するも特に変わった様子もなく、体が勝手に動くようなこともない。
「貴方には精鋭を3000程を率いて貰います。期待していますよ?」
訳が分からないまま任を授かったカーチフはその真意に気が付く事なく玉座の間を後にすると家族の待つ村へと逸る心を抑えながら急いで向かった。



精鋭というだけあって率いる兵士は皆屈強だった。が、そんな人材がこの国にいたか?という疑問も残ったままだ。
何せほぼ歩兵なのに馬で三日の距離を二日で走破したのだ。当然皆が鎧や食料を抱えて移動している。この事実だけでも練兵された『ネ=ウィン』の兵卒に引けを取らない。
やがて懐かしい村外れが目に入るといよいよ戦う事よりも家族への再会で心が晴れ上がって来るカーチフ。まずは先触れとして自らが赴き話し合いから始めてみようと今後の展開を組み立てていく。
村から上る無数の煙が気になるものの家屋が燃やされている気配はなく、遠方に見えた大軍にこちらから遠慮なく近づいた後部隊に待機命令を出すとカーチフは単騎でゆっくりと接近していった。

「お前達は『リングストン』軍だよな?俺はカーチフ=アクワイヤだ。大将に話があるんだが誰か繋いでくれないか?」

英雄の名を聞いて兵士達が一斉にざわついたがすぐに奥へと通してくれる。短期間で『ジグラト』の北から東を制圧して回り相当な疲労があると踏んでいたが素早い対応から見るに雑兵の集まりではないらしい。
中央に張られた陣幕に入ると中には総大将らしき人物と将軍達がこちらに強い視線を向けてくる。値踏みというより本人かどうかを見極めようとしてるらしいが彼も身を潜めて既に8年だ。
鎧も兵卒の物しか身に着けておらず髪も髭も不精のままでは以前の素顔をしっかりと覚えていない限りまず判断出来ないだろう。しかし総大将を務める人物は短く溜め息をついた後右手を差し伸べてきたので感心しながらも2人は握手を交わす。
「やれやれ。この地に来てから貴殿のような人物は3人目だ。どういったご用件か知りませんが侵攻してくる軍に単騎で乗り込んでくるのは日和見主義の国民性を差し引いても少し無謀すぎませんか?」
ということは彼らは既に自分と同じような人物の対応を2度も行っていたのか。そう考えると兵士達の手慣れた対応にも納得がいく。
「いやすまんな。ところでこの村の住人はどうなっている?彼らの安否を尋ねに来たんだが。」
雰囲気から察するに無駄な殺生は行っていないはずだ。といっても自身の家族に被害が及んでいればこちらのとる行動は1つのみになる。

「それがですね。我々が辿り着いた時には既にもぬけの殻でして、更にこの村に到着して以降おかしな争いに巻き込まれて今は休息を取っていたところです。」

{この村の住人は全て皆殺しにしました。現在表ではその死体を焼いている為沢山の煙が立ち上っています。}

「・・・・・は?」
温和に始まったはずの会話に突如信じられない内容が入ってきて思わず素っ頓狂な声をあげるカーチフ。彼らもこちらの様子が気になったのか再び口を開いて現状を説明してくれた。
「まずは『剣鬼』一刀斎様と『七神』の1人、そして『ネ=ウィン』のナルサス皇子が剣を交えて戦う所から始まり、我々の部隊はたった2人の剣で大損害を被りました。よくわからないまま3人が退却したので狐につままれたような心境ですよ。カーチフ様は何かご存知ありませんか?」

{『剣鬼』一刀斎がまず村の住人を全て皆殺しせよと仰ったのです。我々も侵略が目的の為なので彼の存在は非常に助かりました。}

明らかに喋っている言葉と口の動きがずれている。
なのにカーチフの耳には最悪の事態しか聞こえてこないのだ。そして最も憎むべき相手の名前が出てくると疑う事を忘れて心を殺気で塗りつぶしていく。
気が付けば将軍達の表情には楽しそうな下卑た笑みが浮かんでいるように見えたのは何故だろうか。いや、この際それはどうでもいい。
未だ何かをこちらに伝えてくる将軍を尻目にカーチフは軽く首を倒してこきりと音を立てた後。

ずしゃっ!!!!!

抜刀からの横薙ぎで全員の首と周囲の兵士達、そして陣幕まで綺麗に切断してから口を開く。

「わかった。貴様ら全員皆殺しだ。」





 ナルサスは突如自分の手元に現れた黒い剣を認めてはいなかった。むしろ余計に警戒心を強め、王城に帰るとすぐにまた姉のいる後宮へと向かう。
「姉上!あの男はまだおりますか?!」
再び戻るのを見越していたのかナレットが先程と変わらぬ様子でお茶を楽しむ中、召使いと共にあのいけ好かない男が散乱した後片付けをしていた。
「あら?貴方も片付けの手伝いを?中々殊勝な心がけですわ。」
「そうではありません!おい、この黒い剣は突き返したはずだぞ?!何故私の手元に現れたのだ?!」
強さは申し分ない。だがそれ以上に不気味すぎる。これはナルサス自身が一度見限ったのも大きな理由だろう。既にあの時の羨望はなく今では手放したくて仕方が無いのだ。
「ああ。それは主を自ら選びます故、ナルサス様は大層気に入られたのでしょう。」
そういう事を聞きたいのではない。この剣はいらない、放棄したいと言っているのだ。その方法を問い詰めると青年からは考えられない答えが返ってくる。

「さて?私も詳しい事情を知りませんので、いらないと思われるのでしたら炉で溶かすなり叩き割るなりされてみては?」

この男、本当に人を舐め腐ってるな。またも激高から長剣を抜きそうになるが今度はナレットが強く睨みを利かせてきたので気持ちを抑えこんだ。
「貴様が持ってきたのだろう?!今一度しっかりと突き返す故これを持ってさっさと消えろ!!」
言い放ったナルサスは先程と同じように黒い剣を机の上に置くと振り向く事無く部屋を後にする。
その後すぐに皇帝から呼び出されて一刀斎が水面下で動いていた理由を告げられると同時に懲罰としてしばらく自粛するように命じられた。







距離こそ離れてはいるものの『孤高』と呼ばれる人物がそれ以上を相手に戦っているのだ。既に何人かの衛兵がこちらに気が付いているようだがまずは村人の速やかな避難を優先してほしいと願い続ける。
「・・・・・ぐくっ・・・・・」
肺を大きく裂いた刀傷は一刀斎の運動機能を大きく低下させており体内に酸素を送り込めない状態はまるで溺れていくかの感覚だ。
マーレッグもこちらが十分に戦えなくなっている事を重々承知しながら尚止めを刺しにこないのはより注意深い立ち回りを心掛けているからだろう。
強さは『孤高』を超え、更にその心得に油断がないとなれば弱者が隙を突くのも一苦労だ。真正面からぶつかっても勝てないとなるとここは・・・

ざっ・・・

一刀斎はあえて片膝を付き刀を握る手から力を抜く。まだ若輩者だった頃に何度か使った手段だが果たしてこの化け物に通用するか。
目に見えて弱っていく様を見せつけるも実際彼の体力はどんどんと失われている。十分な呼吸を得られず顔色は紫から白へと変化し、今はただ心の中に残った闘志に賭けるのみだ。
「見事な擬態だ『剣鬼』。並の人物なら騙されて斬り込むだろう。」
なのに相手は瞬時に見抜いてさらりと褒め称えてくれるのだから堪ったものではない。見え見えの罠に誰が足を突っ込もうというのか。

「だからこそ今からお前の首を討つ。見事斬り返してみせよ。」

先程ナルサスに負わされた傷など微塵も気にせずこちらの首を狙って刀を放つと予告してみせるマーレッグに心身が沸き立つ。
今までの人生で血のつながりを蔑ろにして、犠牲にして、己の鍛錬、研鑽に全てをつぎ込んできた一刀斎の全身全霊を引き出すには十分な挑発だ。
「・・・よかろう・・・!」
もはや言葉を放つ余力はなかった。一言だけ辛うじて受けて立つ意思を示すとその厚みのある刀からは信じられない程繊細な、糸よりも細く薄く、そして疾風を思わせる一閃が過ぎ去った時。

心臓の動脈から押し上げられる血圧によって首は静かに転がり落ちると同時に体も力なく地面へ倒れ込む。首の切れ口からは瓶を零したかのように血だまりが出来ていくのを離れた場所で見守るマーレッグはしばしその光景を寂しそうな眼で見つめていた。





 カーチフは父と一度しか対面した事がない。それも多感な年頃の時分だ。

女手一つで育てられ、父の代わりに長老が生活費を含めて様々な面倒を見てくれていた。ただ生まれてから14歳になるまで父の名すら知らなかったので話こそ時折聞いてはいたもののその存在すら疑問を感じていたくらいだ。
(もしかしてブキャナートが父親じゃないのか?訳あって名乗れないとか、もしくは彼の親族が俺の父親とか・・・)
いつしかカーチフは心の平穏を保つ意味も含めてそう考えるようになっていた。そんなある日、いきなり現れたのが一刀斎だった。

最初はよくわからなかったが長老に彼こそが本当の父親だと言われた時今までぼやけて聞かされていた部分と目の前にいる男の像が一致する。
と、同時に気が付けば剣を抜いて襲い掛かっていた。



「貴方の父親はとっても強くてね?でもあの人怖がりだからまだ自分の強さに自信が持てないんだって。」



母の言葉が脳裏に蘇りつつも14歳とは思えぬほどの突きを放つと『剣鬼』は驚愕の表情を浮かべてそれを躱す。
殺す気だった。カーチフは生まれて初めて心の中に憎悪を芽生えさせるとその意思に従って剣を振るう。



「あの人の故郷は遠い東の国なの。だからこの辺りでは見ない弧を描いた剣で戦うそうなのよ。私も直接彼が戦っているのを見た事はないんだけどね?」



笑顔でいつ帰るかわからぬ父の話をしていた。それをずっと聞かされ続けていたカーチフは母に対する憐憫といった感情も持ち合わせていたがそれだけでこれほどの憎悪は生まれない。
14歳だ。赤子は少年期を超え、そして今では青年に向かって心身ともに成長し続けている。
そんな息子を今の今まで放りっぱなしだったこの男が父親面して自分の目の前に現れた事が何よりも許せなかった。
やがて一刀斎は一切の反撃をする事もなくカーチフの前から逃げていったのだがこの時、彼は強さについて考えるようになった。
もし今度目の前に現れたら一撃で葬れるほどの強さが欲しい。と、同時に僅かだがこうも願う。

もし俺が舌を巻く程の強さを手に入れたら、一刀斎も認めてくれるんじゃないだろうか?そうすれば修業を終えて帰って来るかもしれない。

何せ息子が父を超えるのだ。未だ自分がそういう立場になってはいないが普通に考えると我が子の成長を喜ばない親はいないだろう。

ほんの僅かな彼の夢。家族で過ごす時間を得られたら母もきっと喜ぶに違いない。だが以降カーチフが『ネ=ウィン』の4将筆頭になっても彼が目の前に現れる事は無く、気が付けば月日は30年も経っていた。







カーチフの村では残っていた3万弱の『リングストン』軍が彼1人の手によって血祭りにあげられていた。
王妃が用意した3000の兵士はその鬼神の如き強さと暴虐さにただただ怯えて眺めるしかなく、気が付けば辺りには人だった者の部位やら肉片が血溜まりと共に散らばっている。
手にした長剣は普通の兵卒が手にしているものと変わらないのに彼の振るう剣はその間合いがずば抜けて広くなるのだ。
後列にいた兵士達もまさか自分の所にその斬撃が届くとは夢にも思っていない。自分が死んだ事を白昼夢として片づけている可能性すらある。
まさに彼の力量がなせる業だがそれでも体力には限界がある。全てを斬り伏せて部隊の下へ帰って来た時は表情は暗く肩で息をしており誰もが彼の負傷を心配したが。
「大丈夫だ。それよりこいつらを処理しなきゃな。1人は早馬で本国へ要請してこい。残りはこのまま北上して敵を蹴散らす。」
膝から上に返り血がないのもカーチフの腕前がよく見て取れる。達人や強者と呼ばれる人物は決して己の体を汚さない。常に万全の体勢で戦えるように立ち回る事を心掛けているのだ。
「しかし流石に疲れたな。一泊だけしていくか。」
彼は肩を回しながら部隊を引き連れて誰もいない我が家の周辺で野営の準備を命ずる。
それを確認してから中に入り、誰かが食事をしたような跡を見ると机ごと思い切り蹴飛ばした。この家には妻も含めて3人がいたはずだ。

つまり家族を連れだした後に誰かが、土足で、我が家の中に侵入して好き勝手をしたに他ならない。

不意を突いたとはいえ3万弱を1人で斬り伏せたなど史記に残るであろう戦いを終えた後にも関わらず怒りで体が震えてくる。
「この家は・・・俺と家族のもんだ。誰にも踏み入らせねぇ・・・」
誰に言うでもなく怨嗟の篭った声を漏らすと彼は酒を取り出す。
襲われていたはずなのに全く荒らされた形跡のない室内に一切の疑問を持つ事もなく静かに椅子へと腰掛けると亡き3人を弔うべく涙を流しながら杯を掲げていた。





 サファヴも、そしてシャルアも気が付いていたらしい。平原と林の境目で何か戦いが起こっていたのを。
しかし自分達は庇護を求めてここにやってきた農民であり部外者だ。『ネ=ウィン』国内のいざこざに首を突っ込むなど有り得ないし衛兵たちもこちらを速やかに王都へ送ろうと手際よく案内してくれるのを中断する訳にもいかない。
なのでただ見守る、いや、盗み見るような感じでそちらの様子を伺っていたのだが突然突風が巻き起こった。肌が放りついたのは恐らく血の匂いを運んできたからだろう。
村人達はもちろん、戦いに精通している衛兵たちも足を止めてそちらに顔を向けると、
「ついてこい!」
先程のフランシスカという若者が供回りを3人ほど引き連れて馬に乗ると急いで現場へ駆けていった。気にはなったが今はネクトニウスと一刀斎の意志を優先すべきだ。
やがて聴取を終えたサファヴの家族も王都へ向かう馬車に乗るよう促された時、駆け寄って来たフランシスカがこちらの腕を掴んでそれを止めてくる。
「待て!お前達に確認したい事がある。悪いけどちょっとこっちに来てくれ。」
ただの農民に一体何の用があるというのか。しかしこの部隊を率いている彼の頼みを断れるはずもなく、3人は今一度別の陣幕に通されると中には布をかけられた遺体らしきものが安置されていた。
その時点でサファヴだけは察しがつく。恐らく誰かの遺体であり首は落とされている。だから本来あるべきはずの丸みのある盛り上がりが見当たらないのだ。
それを抜いても死者の背丈はかなり低いまでは読めるがその先はというと・・・・・

「悪いな。この遺体を見てほしいんだ。俺も1回しかお会いした事がなくて本人かどうか判断しかねている。」

どうやら先程の騒動で誰かが亡くなったらしい。いや、あの方向にいて同じくらいの背丈でといえば1人しか思い浮かばない。だが彼は『孤高』の1人でありカーチフの実父だ。
まさか首を刎ねられて亡くなるなどという事は・・・・・
半信半疑のままシャルアにケディには見せないようにと伝えてから自分がゆっくりと布をめくって検分し始める。西側諸国では使われていない足袋と呼ばれる具足に衣装も特殊でこれと同じものは過去に数えるくらいしか見た覚えがない。
左の肩から腹部にかけて大きな斬撃が残っておりこれが致命傷となったのだろう。体の血はほとんど失われているのか高齢な皮膚はより皺が目立つ。
更にフランシスカが持ってきた首桶。その中を覗くと半目の表情を浮かべた一刀斎がいた。

言葉を交わした時間はごく僅かではあった。非常に不器用でまさに『孤高』とは彼の為の言葉だとさえ思える。

些細な行き違いから大きな年月と憎悪が生まれたものの、これから自分が間に入って家族として仲直りをしてもらえたら・・・そう思っていたのにこれか・・・。

(俺は一体・・・どれだけ大切な人間を失い続けるんだ・・・)
気が付けば爪が食い込むほど拳を強く握って体を震えさせていた。それを真顔で覗き込んでいるフランシスカもこちらが自発的に声を出すのを黙って待っていてくれる。

「・・・これは間違いなく『剣鬼』一刀斎様です。」

彼が断言した事によりケディのか細い鳴き声が静かに流れてくるとサファヴは無意識のうちに振り返って嫁と義母を優しく抱きしめていた。





 それからもカーチフの殺戮が止む事はなかった。各地で占有作業に取り掛かっていたリングストン兵を悉く斬り捨てるもそれは決して『ジグラト』の為ではない。
感情の整理がついていない。体を動かしていないとどうにかなりそうだ。しかしそれを王妃の息が掛かっている兵士達の前で口にする訳にもいかずただ怒りと悲しみを紛らわせる為だけに凶刃を振るう。
(あいつも・・・サファヴもエリーシアを亡くした時はこんな気持ちだったんだろうな・・・)
実際には家族全員が『ネ=ウィン』への避難を終えていたのだがあの時、イジンブラと対面した時に聞こえた声がカーチフの心を崩壊させた。



『七神』の1人、ダクリバンの持つ操心術はガハバやユリアンのような人の自由を奪う術ではない。その心を操るのだ。



どちらの術も一長一短だが彼の術はかかった本人が自覚しにくい。何せ普段の言動に制限はないし術者の思惑時にしかそれは発動しないからだ。
カーチフが家族を人質に取られて満足に動けなかったのは王城にいる誰もが知っていたし、それを利用すれば後は憎悪のままに働いてくれるのも容易に想像出来る。
結果として残す奪還地はロークスのみといった状況だがこの地は『ジグラト』の玄関とも呼べる都市であり曲者のナジュナメジナもいる。
聞いた話では犠牲を一切出す事無く無条件降伏で事なきを得たらしい。平時のカーチフならそれに習って最小限の犠牲で制圧を目指すだろうが今はただ暴れたい。1人でも多くの敵兵を静めて家族へ捧げたい。

決して剣のみで生きてきた訳ではないが、それでも戦場に身を置いてきた彼が出来る事などそれくらいしか思い浮かばないのだ。



明日にはロークス入り出来る距離まで移動を終えたカーチフの部隊はひりついた空気の中宿営の準備に取り掛かっている。
相当な疲労を感じつつも頭と心では家族の事ばかりを考えていた彼はふと昔の出来事を思い返す。あれは自分が14歳になった時のことだ。
突然現れた背丈の低い中年が自分の父だと言って来た。最初は何の冗談だろうと小首を傾げたが『孤高』の血だろうか。すぐに胸がざわついたのを覚えている。

恐らく本当に父なのだろう。その強さを認めつつも同時に己の、母の傍にいてくれなかったのかという怒りが噴出した。

「今更姿を現して父親面か?ふざけるのも大概にしろっ!!」
せめて年齢が二桁にいく前なら、もう少し自我が育つ前なら違う感情が芽生えたかもしれない。しかし当時は母子を放りっ放しだった彼の言動に腹が立って抑え切れなかったのだ。
手加減を知らないカーチフが本気で長剣を振るも一刀斎は全て紙一重でかわし、受け流した事で少しだけ尊敬と驚愕を感じたものの煮え立つ憎悪を沈めるには足りない。
やがて父が一気に間合いを離すと背を向けて逃げ出したところで唖然となり、やっと少しだけ落ち着きを取り戻したのも束の間。
あれがあったからこそ、母がこの村で父を再び待つと断言したからこそカーチフはそれを護る為に『ジグラト』の防衛力である『ネ=ウィン』へと渡ったのだ。

もし、万が一あの男が再び帰って来たのなら、今度は母の顔を立てて話を聞くくらいはしてやろうと。

ほんの僅かな理性と希望を信じての行動だった。この決断が結果として『ジグラト』『ネ=ウィン』双方から喜ばれはしたがあくまで副産物に過ぎない。
任務がてら『剣鬼』の話を集めてはいたものの彼が再び姿を現す事は無く、明らかに避けているとわかるといよいよその憎しみが深く心に根付いていった。
やがて村で評判だった3歳年下の美人と結婚し、子が生まれると少しずつ己の心にも変化が訪れる。

我が娘には何不自由なく生活させてやりたい。

父となったカーチフは家族愛がみるみる育まれ、今までは遠慮していた4将筆頭としての報酬を満額受け取っては家へと送り届ける。
立場が立場なだけにあまり娘の傍にはいれなかったがそれでも実父とは比べ物にならないほど父親の責務を果たしている。そう自負していた。
だがシャルアが11歳になった頃、『ネ=ウィン』の王城に常駐していたカーチフへの不満が爆発して大いに喚き始めたのだ。
幼少期とは比べ物にならないほど立派に成長し、家事周りを十分こなせるまで育った娘が一体何故?その理由がわからなかった為に急いで娘の待つ村へ帰ると妻も交えて3人で話をする。



「お父さんもお母さんも仕事ばっかりで全然家にいないじゃない!私・・・もっと2人には傍にいてほしいのに!!」



その言葉を聞いて激しく後悔した。恥じた。勘違いしていた。
何を勝手に娘が立派に成長したと思い込んでいたのだ。仕事にかまけて家族と向き合う事をせず何が父親の責務か!これではあの男と変わらないではないか!!
子というのは親の背中をみて育つ。自分の場合は母しかいなかった。だがシャルアはどうだ?両親共々忙しい身分を持っていた為家では彼女1人の時間がほとんどだ。

(・・・いや。これではあの男より酷いな・・・俺は何を見てきたんだ。)

両親が傍にいない事への寂しさ。これはいくつになっても子なら抱く感情だ。それを十分知っていたはずなのに何故忘れていたのか。
カーチフは翌日直ぐに4将筆頭の座を降りる旨を伝えると兵卒として、更に村の兵士達と自警団じみた部隊を結成して『ネ=ウィン』の端役として仕える道を選んだのだ。
少しでも娘との時間を、家族との時間を取り戻す為に。



気が付けば空は明るくなっており目の前の焚き火は消えかかっている。
随分と昔の回想に耽っていたなと感じつつも心の寂しさが癒される事は無く、カーチフは部隊を起こすと最終目的地へ歩を進めた。





 『リングストン』が侵攻していた版図をカーチフ1人で奪い返していた話は瞬く間に広がった。その勢力がロークス手前まで来ているというのだから街の中もあらゆる感情が入り乱れて浮き足立つ。
しかし彼が相手をするのは兵士のみだ。既に流入してきたリングストン民は『ジグラト』の裁量に委ねているらしくそこには一切言及していない。
とても彼らしい行動だがそもそも何故いきなり剣を振るい出したのだろう?王妃ブリーラ=バンメアが家族を人質に取っている話は耳にしていたがそれではカーチフという手駒は動かないはずだ。
「・・・マーレッグ、何か知っているかい?」
『七神』の中で最も強いらしい男が手傷を追ってナジュナメジナの館へとやってきたのが1週間ほど前だった。彼は天人族だそうだが人を操るといった能力は持ち合わせておらず代わりに完全な戦闘特化能力を身につけているらしい。
「奴の家族は既にこの国から逃亡している。王妃の意向に従う理由はないはずだが。」
ナジュナメジナと話す時とは違いア=レイも彼の前では『七神』とよばれる組織の人間らしい顔を出す。お互いが人間ではない存在の為それらがぴりぴりとした空気を漂わせると直接肌で感じ取れなくとも胆は冷えるのだ。
「ふむ・・・彼は私の大切な友人だ。人を殺すなとは言わないが己の命は大切にしてもらわねばな。マーレッグよ、行って説得してきてはくれないか?」
「冗談じゃない。私が行けば大いに挑発しどちらかが死ぬまで斬りあうぞ?それよりも顔馴染みのお前が行って家族の無事を伝えてやった方が良い。原因があるとすればそこだろう。」
ア=レイも特に反応しないのでナジュナメジナも2人の話に聞き入っていたがカーチフという男、見ていた限りでは頭もそれなりに切れるはずだ。
世界に武名を轟かせるだけでなく礼儀や仁義も弁えており、だからこそ『ジグラト』国内でも人気が高かった。そもそも一度は前線を退いて名を変えている。そこには何かしらの理由があったはずなのに今回の反抗戦で全て水泡に帰すだろう。となれば一体どのような条件で動いているのか。

《・・・カーチフという男も誰かに踊らされているのだろうな。》

《ほう?その方法は?》
心の中で呟くとア=レイが食いついてくる。あくまでその可能性が高いというだけであって確証はないのだがその目立ちすぎる行動には何か感じるところがあるらしい。
《わからん。あの男も金で靡く様な性格とも思えないし、家族が亡命に成功しているのなら人質を利用されているとも考え辛い。他に何か弱味を握られているとすればどの類か・・・愛人とかか?》
気になった内容を全て羅列してみてもしっくりこない。思えばナジュナメジナ自身彼との交友関係は無きに等しい為そこまで真剣に考える必要も無いのだ。
《私もマーレッグ氏の意見には賛成だ。奴が気になるのならお前自らが出向いて話を聞いてやればいい。もしかすると何か面白い話が聞けるかもしれんぞ?》
なのでいつもからかわれる立場だった鬱憤を晴らすべく、今回彼は『七神』の人間を利用してア=レイにそう返して様子を伺うことにした。







確かに直接会って確かめろとは言った。だが今のカーチフは鬼神の如く人を殺戮して回っている。
そんな危険な男に何故ア=レイは単身で乗り込もうとするのか。マーレッグとの会話を聞いていても彼自身は『七神』の中で最も戦う力が弱いとも言っていた。
いくら空を自由に飛べるとはいえ無謀であり無茶である。ナジュナメジナは何度も考え直すように諫言したが我侭を通す彼にそれが届くはずもない。

「やぁやぁ。随分派手に暴れているようですね?」

先日の『リングストン』10万の軍勢に比べたら規模は相当小さいものの、彼が率いる兵士達は皆殺気立っており中央に立つカーチフは自身の記憶とはかけ離れた表情を浮かべている。
まずい。完全に正気を失っている。相変わらず心の中であたふたするしかないナジュナメジナだったが。
「おう。お前も見事な舌先外交で犠牲を出さなかったそうじゃないか。流石大実業家様だな。」
見た目ほど酷くない、少しだけ凄みは感じたものの口調は以前の彼だ。ア=レイの挨拶に軽く答える様子から話は通じるようだ。
「いえいえ。私は私の大切なものを護りたい一心で動いたまでです。ところでカーチフ様、貴方は何故『ジグラト』の為に剣を振るっているのですか?」
だがア=レイが尋ねた瞬間雰囲気が一気に変貌する。その様はまるで冬眠明けの熊か餓えた狼のようだ。これは死んだな。ナジュナメジナは心の中でそう呟くが会話はまだ継続されるらしい。

「・・・俺の家族が『リングストン』に殺された。だから仇を討って回っているだけだ。この国のリングストン人を絶滅させたら今度は北上して本国まで攻め入る。」

・・・・・むむ?マーレッグの話では既に『ネ=ウィン』で保護されているはずだがどうなっているのだろう?
真偽の程は不明だがとにかくカーチフが怒り狂って剣を振るっている理由はわかった。後はア=レイがこれをどう説得するかにかかっている。
「なるほど。しかし私の聞いた所だと貴方の家族は無事『ネ=ウィン』に逃亡出来たと伺っております。このまま戦い続けてはいずれ貴方が倒れかねません。ご確認の為に一度彼の国へ向かわれてみては?」

{なるほど。しかし私の聞いた所だと貴方の家族は無事『ネ=ウィン』に逃亡出来たと伺っております。このまま戦い続けてはいずれ貴方が倒れかねません。ご確認の為に一度彼の国へ向かわれてみては?}

「な、何だと?!ほ、本当か?!」
ア=レイの説明に驚くほど素直に食い付いたカーチフ。それと同時にナジュナメジナの体から発せられた声に妙な違和感を覚えたが2人は気にする様子もなく話を続ける。
「はい。ですので今日は剣を納めてお体をお安め下さい。」
そう締めるとカーチフを含めた部隊からは弛緩した雰囲気と安堵の溜め息が漏れる。
ただこの日はよく使う大衆食堂で大はしゃぎしてしまい結局ア=レイ以外の人間は激しい二日酔いに襲われて地獄のような休息を迎えることになった。





 『剣鬼』一刀斎の訃報は瞬く間に世界へと発信された。その大きな理由は『ネ=ウィン』が彼の遺体を回収した事とそれを丁重に葬る事で存在感を主張する為だ。
ただし『トリスト』にいる孫だけはその事実を認めようとせず、いや、出来ずに1人だけ虚報だと聞き流し続けていた。
唯一の親族であり剣の師でもあった偉大な祖父。思い返せば厳しい修業の毎日だったが感情を失った祖母を交えて静かな食事をした場面も鮮明に覚えている。
何でも自身の母、一刀斎と祖母の娘コフミが辻斬りにあった事で彼女は悲しみのあまりほとんど喋らなくなったという。
祖父もそれを前に逃げる事しか出来なかったとしか教えてくれないので幼かったカズキには特に思うところはなかった。

だが突然転機は訪れる。3歳から山中に放り出されていた修業がひと段落して自我が芽生え始めた頃、近くの村で同い年ほどの少年少女達の集団と接する機会があった。

彼らも家業をやっと手伝えるかどうかの年頃だったが腰に刀を佩く事はなく、手にはあまり見たことのない道具を握りしめて随分楽しそうな声をあげていた。
一刀斎が鍛冶屋に寄っているほんの数分、カズキが気になって声を掛けてみると。
「これは竹とんぼって言うんだぜ?」
「こっちはお手玉っていうの!」
子供特有の自己顕示欲が前面に押し出された嬌声と共に初めて見る道具を紹介してくれる。しかしカズキにはそれでどうやって獣や人を殺すのか皆目見当がつかない。
各々がそれの使い方を実践してくれるも空を飛んだり眼前で輪を作って回す等理解に苦しむ行動ばかりだ。
「それって投げつけたりしないのか?」
「投げつける?!なんで?!」
「いや、そうしないと兎も狩れないだろ?」
触った感じだと多少の重さはあるものの全力で当てた所で毛皮を持つ獣には傷一つ与えられないかもしれない。となれば鳥を狙うのか?あれらの頭に当てれば何とか捕まえられるか?
「・・・お前変わってるなぁ。腰の竹光は恰好良いけど・・・」
「一応真剣だぞ?まぁじいちゃんのに比べたら短いし軽いけど。」
恐らくそういった意味での発言ではなかったのだろうがお互いが5歳前後の子供だ。そもそも玩具というものをよく知らなかった為少し貸して欲しいと言ってカズキが竹とんぼを飛ばしてみるととんでもない勢いで上空へと消えていく。
あっけにとられた子供たちだが持ち主の少年がそれを拾わなければと慌てて走り出すと初めて心が躍ったカズキも地を這うように走って落ちてくる竹とんぼを飛んでつかみ取った。
「これ面白いな!俺にくれよ?」
「やだよ!折角水汲みの仕事をしたご褒美に買ってもらったんだ!」
初めて聞く文章の内容に小首を傾げるが少女の1人が駆け寄ってきて少年の身の上を含めた話を教えてくれる。
「それはキッペエが初めて買ってもらった玩具だからあげられないの。あなたもお家のお手伝いをしてればきっと何かご褒美貰えるよ!」
家の手伝い・・・思い返せばそんな事をしたことがない。過去の記憶を掘り下げても最近まで常に木刀を片手に野山で食べ物を捕まえようとしていたし水など沢で飲み放題なのに汲んでどうするというのか?
「どうしても買ってもらえない時は作ってもらうとかさ。お父さんかお母さんに言えばいいんだよ。」
後ろにいた少年からも助言をされるが家屋での生活を最近始めたばかりのカズキには皆目見当がつかない。

「俺、かあちゃんもとうちゃんもいないんだけどどうしよう?」

それは今でも忘れない。自分では当たり前だと思っていて発言したのだがその瞬間少年少女達はとても憐憫を込めた眼差しで見つめてくる。どうしてそんな目で見られたのだろう。
「コウ!そろそろご飯の準備するから帰っておいで!」
理解が追い付かないまま若い女性がお手玉を持った少女に声を掛けてきた。するとコウは満面の笑みを浮かべた後少し残念そうな表情に切り替わる。
「それじゃ私は帰るね!」
「もうそんな時間か~。んじゃ俺らも帰ろうぜ!」
この日も今日と同じく春の訪れが少しずつ薫り始めた2月の終わり頃だった。まだまだ日は早く落ちる為子供達は親が待つ家へと帰っていく。
この時先程の答えが幼いカズキにもぼんやりとわかった。彼らには子供として当然の権利、親に甘えるというものが存在するのだ。
まだまだ親の庇護がないと生きていけない彼らは感謝と同時に大いに甘え、時に厳しさを教えられて育つ。当時の彼がそこまで深く考える事はなかったがそれでも自分が本来持っているべき存在がないのだと気が付いた。

「待たせたのぅ。」

村の子供達と接していたのを陰から見守っていた一刀斎が声を掛けるも初めて他人と比べた事で妙な喪失感を抱いたカズキは元気なさそうに俯いたまま首を縦に振る。
残念ながら彼の祖父は剣術一筋で生きてきた為我が子とのふれあいすら初心者なのだ。ましてや孫が甘えたり家事を手伝うなどという発想を持っているなど考えたこともない。
それでも見せたことのない表情からカズキが何かしら感じ取り考えているのだとは理解すると家に帰ってから一刀斎なりにそれを引き出すべく悪戦苦闘した。

もし彼の奮闘が実を結んでいればカズキの心は満たされていたかもしれない。

最終判断として何よりも孫の腕前を上げる事に重きを置いた生活は段々とカズキの心をいびつな形で成長を遂げ、いつからか彼は顔も愛情すらも覚えていない両親の仇を取る事を深く深く刻み込んでいた。





 今は剣撃士隊の底上げ真っ只中でとても重要な期間だ。
カズキは頭の中ではそう切り替えながらも気が付けば手持ちの竹で小さな竹とんぼを作り上げていた。当時欲しくて仕方なかったが甘えるという手段を知らなくて言い出せなかった。
結局武者修業に出てから自分で作った方が早いと気が付くも手に入れてからそうではないと悟る。これは誰かに貰いたかったのだと。

「・・・何やってるんだ俺。」

この日『東の大森林』から急遽呼び戻された理由は祖父一刀斎の死についてだろう。その為にわざわざスラヴォフィルが面会してくれるというのだから感謝しかないが特に思うところもない。
死ぬはずがないのだ。あのじじぃは。家族を顧みず生涯最前線で戦ってきたあの男を一体だれが殺せるというのか。
そう強く願っていたカズキは扉が叩かれて中に入って来る国王に起立してから深く跪く。隊長になって個室を与えられたとはいえ決して広く綺麗な部屋だとは言い難い。
そんな場所にわざわざ足を運んでくれたのだからここはしっかりと礼を尽くすべきだろう。しかしスラヴォフィルはすぐに立つように声を掛けてきた。
普段と明らかに雰囲気が違う。何だろう?祖父以外の事での呼び出しだったか?思い当たる節もなかったのでともかく静かに体を起こすと彼は大きな体で優しくカズキを抱きしめてきた。



「一刀斎が死んだ。」



知っている。もう何度も耳にした。うんざりしていたのだ。死ぬわけがないだろうと何度も反論した。
それなのに彼の声で直接届けられると体が、舌が、口が固まっていう事を聞いてくれなくなる。戦闘狂の記憶だとまるで『闇を統べる者』に体の自由を奪われた時のようだと錯覚する。
少しして何の反応も示さないカズキを不思議に思ったのか体を放してやっと顔を覗いてくれるスラヴォフィル。
「お前は強・・・そうか。そうだよな。」
体の自由が効かなかった為、彼がこちらの何処を見て何に納得したのかわからなかったが再び抱きしめてくれるとか細く自分の声が漏れ出す。
あまり流したことのない大粒の涙は際限なく溢れ出て来ても今は何も考えられない。何も動かない。全ては自分の感情から体にそうさせているのだ。
気が付けば覚えていないはずの両親が心の中で蘇り重なる。生まれて初めて親の温かみに包まれたカズキはどれだけの涙を流し続けたのだろう。



やがてこちらを座らせてくれたスラヴォフィルはとても慈愛に満ちた表情で見守ってくれる。これが親というものなのか。
今まで欲しても欲しても決して手に入らなかった存在の大きさに羨ましさと新たな尊敬が入り混じる中、彼はこちらの肩を優しくさすりながらいよいよ本題を教えてくれた。
「カズキよ。今は泣け。そしてそれが終われば祖父の葬儀に出ろ。」
葬儀という言葉と無縁だった為はじめはきょとんとしてしまったが親族が亡くなったのだ。彼の提案も当然だろう。
「そして命令がある。お前は葬儀の喪主を務める為に『ネ=ウィン』へ入れ。そしてそのまま彼の国を調べてくるのだ。」
未だ感情が波打つ状態なのにいきなり深い話になったので思わず驚きからしゃっくりが出る。確かに祖父の遺体は『ネ=ウィン』にあるだろうしあの国が盛大な葬儀を執り行うという話も聞いてはいた。
しかしそこにカズキが割り込んでもいいのだろうか?
「良いに決まっておるじゃろう。お前にはそれだけのつながりがある。心配するな、皇帝ネクトニウスもお前を戦力として組み込めるのだから断りはすまい。」
「え、えっと・・・しかしそうなると俺は・・・その・・・」
今まで祖父に倣って根無し草で生きてきたカズキは思わず口を挟む。そうだ。彼に愛国心など存在しなかったはずだ。
なのにこの『トリスト』では仲間や友人、そして敬意を抱く国王からは一部隊をも任され街の人間とも交流が出来てしまっている。既に十分すぎる愛国心が芽生え、大きく育っていたカズキにとって今更他国へ仕えるなど考えられなくなっていた。
「わかっておる。お前もクレイスと同じじゃ。必ずまたここに帰ってこれる。ワシが約束しよう。じゃが『ネ=ウィン』の国内に新たな火種が生まれたようでな。」
「あ、新たな火種ですか?」
鼻をくずらせながらも普段のスラヴォフィルに戻ったのを感じたカズキは前のめりで耳を傾ける。
「うむ。何者かが強大な力を呼び込んだらしい。ワーディライの持っておった黒い大槌を覚えておるか?あれに似た何かじゃ。」
「っ?!」
あの時はヴァッツが有無も言わさず破壊と創造をしたお蔭で彼も正気を取り戻した。黒い武器が振るわれている姿を見た事はないもののあれ自身に妙な力が備わっているのは当時のやり取りからしても察しはつく。
「無理はせんでいい。ただそれを誰が持っているのか突き止めてくれ。」
これはカズキの身を案じての発言だ。決して他意はなかったのだろうが元々負けん気の強い彼はお前の力量では対処出来ないと言われたように受け取る。
「・・・わかりました。全てを完遂してみせます。」
悲しみに溢れる心の隙間に悔しさをねじ込んだカズキは静かに答えると『ネ=ウィン』へ旅立つ前日まで厳しい修業に励み続けた。





 ダクリバンは『ジグラト』の王城で各地の報告を耳にするとにんまりと笑う。
『七神』の長こそ討たれたがその遺志はきちんと執行されている。カーチフの心は乱れ、侵略してきた『リングストン』軍10万のほとんどを斬り伏せたそうだ。
本当に人間か?と疑いたくなるような活躍だがこれで1000年に一度の脅威もその規模は縮小されるだろう。あとは弱体化した英雄とも称される人間の頂点を仕留めれば世界は安寧を取り戻す。
過去三千年はその方法で事なきを得ていたのだが今回だけは大きな疑問を抱えていた。

それがヴァッツだ。

千年周期で現れる突出した力を持つ人間の頂点。それらは個の強さもさることながら溢れ出る欲望が凄まじかった。その結果が異種間での交配による天人、魔人族誕生だ。しかし対面したあの少年からそのような気配は全く感じ取れない。
むしろ相手の力を奪えるなどという馬鹿げた能力に驚愕した。あの力だけで今後ヴァッツと敵対出する存在は軒並み退場を迫られるだろう。
(わしに先見の能力がなければ今頃は・・・)
ダクリバンの持つ能力の1つに時雨と酷似した先を見通す力がある。それがあったから自身の力を失う予知を感じて一目散に逃げだしたのだ。
思い返すだけでも身の毛がよだつが同時に激しい恐怖にも駆られる。
今までの英雄達はあくまで武の力に突出していた。他に多少の異能を備えていたとしても取るに足らないものばかりだったのだ。
それを知っているからこそヴァッツの持つ比類無き異能の数々に怯えずにはいられない。あれで腕力も桁外れだというのだからまともにやり合って勝てるはずがない。

そんな化け物を相手に人間の数を減らした所でどれくらいの弱体が見込めるのだろうか?

憂慮の全てはそこに尽きる。
『七神』の目的はあくまで自分達のような半端な種族を生み出さない為に人間社会の抑制を掲げているがその志の幅には大きなずれがある。
ア=レイやマーレッグなどは己の欲望をより優先して動き、そのついでで参加している。逆にフェレーヴァやアジューズなどは使命を最優先に行動を起こす。
ダクリバンもそこに口を突っ込むつもりは全く無く、むしろ自分こそ『七神』の中で最も欲望を最優先させている自覚がある。公にすると仲間同士で衝突が生まれるのでひた隠しにしてはいるが。
(やはりフェレーヴァの意見を推すべきだったか。)
桝と呼ばれる四角い木の杯に自国の酒を並々と注ぎながら少しの後悔を体内へと飲み干しながら今後の動きを描いていく。だが長が殺された以上今更他の『七神』を説得するのは難しい。

こうなってくると自国『モクトウ』を最東に興国して本当によかったと心から安堵する。彼の欲望を形にした国はそれ自体が大きな玩具なのだ。
敢えて西側諸国と大きく離れているのも多国間での戦争に巻き込まれないように考えたからであり未だに東西を結ぶ街道を整備させていないのも全てが彼の思惑が絡んでいる。
ただヴァッツの強さを考えると西側及び西の大陸で相当な数の死者を築かねば成果は上げられないだろう。それでも構わない。自身の領土と国民さえ健在なら彼は満足なのだから。

既にカーチフには家族に関する情報は全てこちらの都合が良いように書き換えて届くよう疑心の術をかけてある。

後はこの駒を使って出来る限り周囲の国々を荒らし回らせて被害を甚大なものへと増やしていくだけだ。
そしてブリーラ=バンメア。これも操ってしまおうかと術を試みたが驚いた事に彼女は心と呼べる物を持ち合わせていなかった。結果口先三寸で利を説いて今に至るわけだが世の中には様々な人種がいるものだとダクリバンも数百年ぶりに感心した。
「これもまた事なかれ主義と呼ばれる環境が生み出したのだろうか。」
思えば周辺国はしっかりと上が律して国を統治していたのに対し『ジグラト』だけは何一つ形が成立していなかった。『モクトウ』もダクリバンの独裁国家だがそれでも家臣達には正邪交々覇気がある。
この抜け殻のような国では人も外見のみの成長しか叶わないという事だろう。その存在価値といえば誰かに体よく利用されるだけか?

「・・・そういえば馬鹿王子が器量の良い女を集めていたな。」

だがこんな最底辺と比べて自己優越に浸るほどダクリバンは堕ちていない。酒がきれると頭から難しい問題を切り離し、ゆっくり立ち上がると己の欲望を見たすべく執務室を後にした。

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