闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -歪と歪み-

 様々な思惑が渦巻く中、最後に『ジグラト』入りした『リングストン』は会談の前に少し休ませて欲しいと随分余裕を持った対応を迫った。
特に急ぐ理由もなかった王妃ブリーラ=バンメアはこれを了承、怒りを内包していた連中は明日以降の会談へ向けてより強力な憎悪へと変貌させつつその日を待つ。

道中いくらかの野営があったもののヴァッツという大将軍の許嫁は扱いも破格であり下手をすれば自分の家よりも良い環境で夜を過ごせていたリリー。
初めて足を踏み入れた『ジグラト』の王都は想像以上に大きく煌びやかで日が暮れる前に到着したせいもあってか夕日が見事な街並みを紅色へと染め上げていた。
ただその家屋の建ち方は乱雑で大きさの差も目立つ。これは『リングストン』と比べての話なので本来はこういう街並みが一般的なのかもしれない。
やがて馬車が大きな迎賓館の前で止まるとネヴラディンにゆっくり休むように命じられ、そこからは『ジグラト』の召使いが2人を部屋へと案内してくれる。
途中廊下で行き交う人々の食い入るような視線が気にはなったものの、旅路で何度も抱きしめられた事に比べれば大した事ではない。
夫婦として扱われているのか、当然のように相部屋へと通された後リリーは召使いに頼んでもう少し体に優しい衣装へと着替えを手伝ってもらう。
今まで袖を通していた衣装も旅で使用出来る動きやすく仕立てられたものらしいが本人からすれば胸のあたりが固くて仕方がなかったのだ。
全てを脱ぎ捨てた後召使いたちが濡れた手ぬぐいで旅の埃を優しく拭ってくれると自身が寝間着として使っている衣服に身を包んでほっと一息つく。

「お待たせいたしました。」

ほっこりした表情を浮かべつつ隣室にいたヴァッツにそう告げながら扉に手をかけて中に入ると、
「リリィィィ!会いたかったよぉ!!」
聞きたくもない声が耳に届いてきたのですかさず臨戦態勢を取った。この声は自分が暗殺者時代に散々無理難題を押し付けてきた者の声だ。
「何でてめぇがいるんだぁっ?!」
「うわ。リリー全然変わってない。」
「こ、怖いのっ?!折角の容姿が台無しなの!!」
つい昔の癖が出ると後方に待機していた召使いも含め全員が目を真ん丸にしてこちらを見つめてくる。
「あ、あれ?アルとウンディーネまで?何でここに?」
「我々も国の代表として入国しているのです。リリーもすこぶる元気そうで。」
意外過ぎる人物達も同席している事で冷静さを取り戻したリリーは不思議そうに尋ねると、ヴァッツと向かい合って座っていたショウが微笑みながら説明してくれた。

それから6人が椅子に座ると左宰相が『ジグラト』に遠慮する事無く経緯を説明し始める。
「私は『トリスト』の代表として、ロラン様は今回『ビ=ダータ』の代表としてこちらに赴く事になったのです。ウンディーネは私の付き添いでアルヴィーヌ様は小旅行といった所です。」
「はぁ・・・アルは相変わらず自由だなぁ。」
「違う!私は魔の手から逃げてきたお姫様なの!あのまま『トリスト』にいたら私は大変な事になっていた!」
呆れ気味にそう呟くとアルヴィーヌは珍しく熱の篭った反論を繰り出す。ただその意味は全く理解出来なかったので困惑した表情を浮かべていると、
「カズキがアルヴィーヌ様に立ち合いをしつこくせがむので避難の意味も含めてお連れしました。」
「あー、そういうことか。」
リリー自身もアルヴィーヌの強さは魔術関連しか知らなかったがあの戦闘狂に目をつけられたのだけは十分伝わった。
というか『トリスト』に入ってから随分大人しくなったので彼も成長したものだとばかり思っていたが結局は三つ子の魂百までという事らしい。

「そ、それよりリリー!その、殿方を前に少し衣服が過激すぎないかっ?!」
突然ロランが細い目をかっと見開けて妙な事を口走ったので周囲もこちらに視線を向けてきた。今袖を通しているのは『リングストン』でも使用していた寝間着だ。
『トリスト』や『リングストン』が色々と用意してくれた衣装はどれも体の形をよく見せる為に固い革を要所要所に使っているものばかりで動きにくいわ痛いわで散々な目にあってきた。
毎晩床を一緒にするヴァッツに見られた所で気恥ずかしさなどとうに失っている為特に何かを感じる事はない。なので既に日が落ちていた今の時間だと彼女は一番楽な衣服に着替えてのんびりと過ごすのが習慣となっていたのだ。
「そう?いつもリリーは寝るときこの服だよね?」
ヴァッツを挟んで逆隣に座っていたアルヴィーヌが不思議そうに顔を覗かせたがそもそも過激と言われてもよくわからない。
「うん。国が用意してくれる服はどれも堅苦しくて夕方以降はこれに着替えてたんだけど寝間着って過激なのか?」
リリーが正面に座る3人に尋ねてみるも焦りを見せていたのは兄だけだ。彼は妹2人を暗殺組織から護ろうと必死に立ち回っていた為、今はその反動からか必要以上に過保護な部分がある。
「床に就くという面からゆとりのある衣服は非常に適していますし特に問題はないかと。」
「うんうん。柔らかそうな素材だし着心地良さそうなの。ショウ、今度私にも用意してほしいの?」
3人の発言からやはり兄の杞憂だったかと確信したリリーはほんの少しだけ勝ち誇ったような表情を向けると兄はいまいち納得がいかないのか渋い顔をしている。

「・・・まぁ、一緒に床に入ったり密着さえしなければ問題ない、か?・・・いや、やっぱり体の線が浮きすぎている気も・・・」

ぶつぶつと独り言を言い出した中に思わず心臓が止まりそうな内容が含まれていたがヴァッツは普段通りきょとんとしていたのでリリーもそれを真似るようにすっとぼけた様子を見せる事にした。





 一か月ぶりの再会は思いの外嬉しかったらしい。いつもより夜更かしをしてしまったリリーは彼らが自室に戻った後あっという間に寝入ってしまい、もう何度目かわからない2人の朝を迎える。
(・・・体の線とか言われても・・・)
横になったままぼんやりと映るヴァッツの顔を見て兄の発言を思い出す。密着に関しては自身の癖から発生するものであり一緒に床に入るのも間接的な国王命令に従っているまでだ。
(・・・そんなに過激な事はやっていない・・・はず・・・なんだけど・・・)
ただ彼女も男女の知識には乏しく、これはハルカやルーの方が詳しいくらいだ。今度帰ったらそれとなく聞き出してみようと自身の胸にあった柔らかく小さな体をぎゅっと抱きしめるリリー。
一か月ぶりの懐かしい抱き心地に思わず笑みがこぼれるも少しずつ頭が冴えてくるとその違和感に気づき始める。

現在ヴァッツがこちらに顔を向けて寝ているのだ。

ということは彼と体が接する事はない。なのにリリーは何かを抱きしめている。訳が分からないまま自身の胸元を覗き込んでみるとそこには妹達と同じくらいの少女がすっぽりと埋まっていた。

「・・・アル。自由奔放なのはいいけど他の所ではするなよ?特に異性の寝具には絶対潜り込んじゃ駄目だ。スラヴォフィル様が嘆き悲しまれるからな。」
未だ気持ちよく眠っているヴァッツに気を配りながら静かに体を起こした2人は小さな声で会話を始める。
まずは妹達と同い年の第一王女がいつの間にか2人の寝具に潜り込んでいたらしい点について年上の女性として厳しめに注意した。
「だって私も一緒に寝たかったし。ていうかリリーっていつもヴァッツと一緒に寝てるの?」
(・・・あれ?)
ところが自分の発言とはもれなく自身へと返って来る。言ってから気が付いた。いくら国王命令とはいえ自分が異性であるヴァッツと毎晩同衾しているのに他人へ注意するなど許されるのだろうか?
その滑稽さを客観視してから思わず赤面するもアルヴィーヌは答えが欲しいのかこちらをずっと見つめてくる。
「・・・えーっと。これは国王様からのご提案なんだ。あたしが恐怖で泣き叫ばないように・・・って。」
「へー、そうなんだ。」
納得してくれたのかこくこくと頷くアルヴィーヌ。だが言った本人は全く落ち着かない。色々と思考を整理してからじゃないとこの問題は解決出来なさそうだ。
「と、とにかくヴァッツ様が起きたら朝食にしよう。今日は大きな会談が行われる。しっかりと栄養をつけておかないと。」
「オレなら起きてるよー!」
その声に振り向くといつの間にか横になりながら頬杖をついていたヴァッツが笑顔で答えていた。

朝になったら部屋に1人増えていた。なのに召使いは少し驚きはしたものの3人分の食事を用意してくれるだけでなくアルヴィーヌの部屋から着替えまで持ってきてくれる。
これは彼女の機転が利くというよりは『ジグラト』特有の事なかれ主義が末端にまでしっかりと受け継がれている為だろう。
朝食を終えた後2人のうら若き少女がその美しさを際立てる衣装に身を包むと召使い達も思わずほぅっと溜息を漏らす。相変わらず自己評価の低いリリーは未だに自身の外見をよく理解していなかったが。
「リリーはまた綺麗になった。羨ましい・・・」
着飾ったり美しさなどに全く興味がない少女だと思っていたアルヴィーヌからそんな事を言われたので目を丸くして固まる。
「ア、アルも綺麗だぞ?」
思いがけない反応にどう答えればいいのかわからなかった為短い言葉で済ませてしまうリリー。世話役の召使い達も笑顔でそれに同意してくれるが本人はやや不貞腐れている様子だ。
(まさかあのアルがそんな事を気にするなんてなぁ・・・)
何かしら言葉をかけたいが自身がずぼらなせいもあって頭の中は真っ白だ。これも成長の証か。もしかすると妹やハルカなどの影響なのかもしれない。

「まだー??」

そこに救世主ヴァッツがひょっこりと顔を覗かせた事で居た堪れなかった空気は吹き飛ばされる。
着替えの最中に異性が姿を現すという点については厳しく叱られるべき案件だが今は例外だ。思っていた以上に気まずい空気のまま時間が流れていたようで待ちくたびれた彼が声をかけてきたのだろう。
「も、もう終わっています!さぁ、行きましょう!」
「ヴァッツも思わない?リリーって凄く綺麗だよね?私もこんな風になれるかな?」
話を中断して会議場へ向かおうと思ったのにアルヴィーヌの我侭が大きな壁となって立ちはだかる。
(この場合どういった答えが正解なんだ?誰か教えてくれ?!)
心で思い切り叫んだところで誰も答えてはくれない。いや、こういった時にこそ神と呼ばれる存在が手を差し伸べてくれるのではないだろうか。それが敬虔な信者であればの話だが。

「え?アルヴィーヌもいつも綺麗だと思うよ?」





 (・・・ぉぉぉおおおおおおっ!!流石ヴァッツ様っ!!!)
背後に控えていた召使い達から感じる嬉々の気配も錯覚ではないはずだ。無垢な少年だと思い込んでいたヴァッツの自然な切り替えしにリリーは目を輝かせて畏敬の念を込める。
彼は甥という立場ではあるものの立派な異性。そんな彼からの発言に無知なリリーですら少しときめいてしまったくらいだ。
「ええええ?どこが?」
しかし我侭王女は全く納得していない。むしろ頬を膨らませながらずんずんとヴァッツに詰め寄って行く。10年間甘やかされて育った筋金入りは伊達ではない。
(ど、どうする?!どうすればいいんだっ?!)

「うん?例えばこの長い銀の髪とか?」

彼の顎にアルヴィーヌの額がくっつきそうなほど近かった為、ヴァッツはそのまま彼女の後頭部に右手を伸ばしてさらりとその髪に触れる。

するとどうだろう。黒くぼさぼさな髪のアルヴィーヌが一瞬で覚醒時の美しい銀色の髪へと変貌したではないか。
背後に控えていた召使い達から感じる驚愕の気配に乗っかって自分も口を開けたまま驚くリリー。どういう事だ?まさかヴァッツが無理矢理彼女を覚醒させたのか?

「あとはその目も綺麗だよ。リリーやショウと違って甘い香りのする赤い目。雰囲気は違うけどやっぱりイルフォシアに似てるのは双子なんだね~。」

今度は両手で頬を撫でながら顔を近づけて覗き込むヴァッツ。するといつもは前髪で隠れていたくすみのある目が彼の言う赤い色を放ちつつ本当の姿を現した。
滅多に見たことのない本当の姿を前にリリーの心は召使いと一体になっている。非常に可愛くも美しい。そうだ、彼女はイルフォシアの双子の姉なのだ。可愛くない訳がないのだ。
「・・・ヴァッツ。貴方何をしたの?」
だが本人は至って冷静、を通り越して警戒している風に見える。先ほどまでと違い声質も固く至近距離からヴァッツを睨みつけているらしい。
「え?何って?」
「私は上手く調整出来ないから力を使う時にしかこの姿になれないの。なのに何で?」
美しい銀の髪を軽くなびかせながら尋ねるアルヴィーヌ。まさかの理由に驚いてしまい彼女の問いかける意味がよくわからなかったリリーは呆然と2人のやり取りを見守る。

「ん?んんん?そうなの?っていうか、うん???」

しかしその意味はヴァッツにもわかっていないらしい。先程までてきぱきとアルヴィーヌの魅力について語っていたのが嘘のように困った表情を浮かべて小首をかしげている。

「・・・私は普通にしてると黒いぼさぼさの髪で、でも目立つのは嫌だからそれでいいんだけど、でも・・・」
「黒いぼさぼさ?アルヴィーヌっていつも綺麗な銀の髪だよね?黒になったりするの?」

傍から聞いていても何の事だかさっぱりわからなかったが最後のやり取りで当事者のアルヴィーヌも驚愕する側へとその立場を移していた。





 あれから事態を収拾するのに相当な時間が掛かってしまった為、ネヴラディンや他国の高官が待つ会議場には一番最後に登場した3人。
だがそのうち2人が言葉を失う程の美しさを放っていたので誰もが目を見開いてその姿を脳裏に焼き付けようと必死になっている。







「つまりヴァッツ様がアルの髪や顔に触れれば本来の姿を取り戻す・・・取り戻す?元通りになる?どう捉えればいいんだ?」

会場入りする十数分前、大喜びしたアルヴィーヌが早速髪を整えてもらおうと召使い達にお願いしてしばらくは楽しい時間が続いたのだが途中からその髪がまた認識出来なくなったのだ。
なのできっかけを作ったヴァッツにもう一度触れてもらうとまた皆が銀の髪を認識出来るようになった。

「うーーーん。よくわかんないなぁ。そもそもアルヴィーヌってずっと銀の長い髪だよ?」

ただ本人には彼女の真の姿しか見えていなかったらしく、むしろこちらの訴える黒いぼさぼさ髪のアルヴィーヌというのが全く想像出来ないらしい。
「何でもいい。これでおめかしが出来る・・・ふふふ。皆と髪で遊べる。」
アルヴィーヌからすれば理由などどうでもよく綺麗を意識したのは友人達とおめかしをした時、元服の儀で行われた祝宴が原因のようだ。皆が美麗で豪奢な衣装に身を包むまではよかったが如何せん髪形だけはどうしようもなかった。
確かにルルーやイルフォシアは言わずもがなハルカも手入れの行き届いた長い髪を、時雨などは更に長く漆黒の美しい髪を持っている。頷きながらも納得していたリリーだが翡翠の美しく長い髪を持つ自分自身が一番その劣等感を掻き立てていた事には気が付かない。
「あっ・・・あの、ヴァッツ様。」
「あ、うん!はい!」
難点として挙げられるのはどうも効果には時間制限があるらしい。つまり召使いが髪を整えようとする場合近くにヴァッツがいて且つ数分おきに髪を触ってもらわないといけないのだ。
「・・・10分くらいかな?」
それを傍で計っていたリリーが答えるとアルヴィーヌは赤い瞳をきらりと輝かせてヴァッツに命令を下す。
「よし。ヴァッツ、今からいつも私の傍にいて髪と頬を撫でる事!これは叔母からの厳命。」
「えええええ?!嫌だよ面倒臭い!!」
「がーーーん!!」
流石に気前の良いヴァッツでもその内容には苦言を呈した。あまりにも即答だった為我侭王女は信じられないといった様子を見せ、リリーは腹を抱えて笑い転げる。
笑いすぎてむせ返る中、またもアルヴィーヌが落ち込みそうだったので仕方なく助け舟を出す事を決意するも彼の面倒臭いと言う発言は看過できない。なので彼女なりに妥協案を提示してみた。
「ではどうでしょう?今回行われる会談中だけヴァッツ様が隣についてその姿を維持する、という事で。」
「えーーー??」
「うーーーん・・・まぁ今回だけなら。っていうか何で皆には見えないんだろうね?」
その疑問への明確な回答はある。ヴァッツだからだ。ヴァッツは様々な力を擁しており、それら全てが想像を絶する。
アルヴィーヌの本当の姿を見抜いていたのも何かしら関係はあるはずだがそれを詳しく説明しろと言われても難しいのが現状だ。
「まぁ良いではありませんか。アル、今回だけだからな?」
「えーーー??いつもこの姿・・・じゃなくてもいいけど遊んだりする時はこっちの姿がいい。」
国務など一切考えずに遊びの場を優先するのはいかにもアルヴィーヌらしいが毎回彼女が遊ぶ度に国の大将軍を同行させる姿を想像すると頭が痛くなる。
「・・・まぁそこは自分で説得するんだな。しかしヴァッツ様も拒否されたりするんですね。私はそれに一番驚きました。」
「ええええ?!オレだって面倒なのは嫌だよ?!」
「面倒・・・しょんぼり。」
考えてみれば『ボラムス』の国境線を築き上げたり『ビ=ダータ』への侵攻を退けたりともっと面倒な出来事をこなして来たようにも思えるがそこは個人の価値観に差があるのだろう。
落ち込むというよりはがっかり気味なアルヴィーヌを見て安心したリリーは約束の時間をかなり遅れていた事に気が付くと慌てて2人の手を取り急いで会議場へと走ったのだった。





 「お待たせして申し訳ありません。」
静かに頭を下げるリリーの見目麗しい姿と鈴のような声に周囲の怒りなどは吹き飛んでいく。これでやっと件の会談が始まるのだとむしろ皆が気を引き締めなおす中。
「古来より女性の準備というのは時間がかかるものです。それよりヴァッツ様のお隣にいらっしゃるお方は?」
ネヴラディンが代表して尋ねると周囲も固唾を呑んで聞き耳を立てていた。まだ幼さが残るものの非常に目鼻立ちは整っており輝く銀の髪と熟れた果実のような赤い目は人々の心を大いに惑わせる。

「私は『トリスト』の第一王女アルヴィーヌ=リシーア=ヴラウセッツァーと申します。」

するとアルヴィーヌは静かに立ち上がって軽く頭を下げてから可愛らしい声で名乗りを上げたのだ。これには周囲と全く違う度肝の抜かれ方をしたリリーも口を開けたまま呆然とする。
(・・・このお姿をスラヴォフィル様にお見せしたかった・・・!!)
誰かに教わったのだろうか?今までの彼女と違って非常に王女然とした立ち居振る舞いは見る者全てを魅了している。
感極まって涙が溢れてきたので思わず目頭を指で押さえるリリー。凛々しさと美しさ、そして確たる気品を感じるアルヴィーヌの姿は紛れもなく一国の王女そのものだ。

「その第一王女様が何故『リングストン』の席についておられる?」

それに茶々を入れる男の第一声が一瞬でリリーの怒りに火をつけた。きっと睨みつけた先にはあのいけ好かない『ネ=ウィン』の皇子がいる。
姿こそ今年の元服の儀で初めて見たものの彼の悪評は周囲、主にイルフォシアからよくよく聞かされていた為印象は最悪だ。
(あんのくそ皇子、アルがどこに座ろうと勝手だろうが!)
「アルヴィーヌ様はヴァッツ様と仲がよろしいのです。それに『トリスト』からは左宰相の私が参加しております。どこに座られても問題はありませんよ?」
赤毛を軽くなびかせていち早くショウが弁明をした事でナルサスも仏頂面のまま何も言い返せなくなるとリリーの心は少しだけ気が晴れる。

「まぁまぁいいじゃないか。それより会談か?始めてくれ。」

以前はフェイカーと名乗っていた男が仲裁に入った事で2人も口を噤むとリリーの隣に座っていたネヴラディンが静かに薄笑いを浮かべていた。
道中から気になっていたが彼からは相当な余裕を感じる。というのもヴァッツを何かしらで利用する考えがあるからなのだろう。
ただその内容まではわからない。昨夜は懐かしさと嬉しさで楽しい会話ばかりしていたがショウに意見を聞いておくべきだったのかもしれない。
(・・・変な事だけは起きないでくれよ・・・)

「やっと揃いましたか。では始めましょう。」

心の中で祈りを捧げる中、遂に発起人であろう人物が静かに姿を現す。
齢は50を過ぎたところか。煌びやかだが重厚な印象のある青い衣装に身を包んだ王妃なる女性が上座に腰掛けると遂にきな臭い会談が幕を開いた。

「貴女が王妃ブリーラか?まずはこのふざけた書状に対しての弁明をしてもらおう。」

先程の怒りも相まってか、早速『ネ=ウィン』の皇子ナルサスが眉を吊り上げながら王妃を睨み付ける。ただこの書状は非常識且つ失礼極まりない物だというのは『リングストン』でも散々聞いていた。
「私どもと致しましては内容の撤回のみで結構ですぞ。亡き王女様も無益な争いは好まれませんからな。」
そこに乗っかるような形で短い髭の中年が静かに口を開いた。恐らく彼は『シャリーゼ』王国の新王モレストだろう。
未だ復興の最中であり、だからこそ国王自ら出向いて国交の正常化を計りにやってきたといったところか。
他にも周辺国の代表達が次々と不満を口にする。というか聞いた話では『ジグラト』が一方的に貢物を要求しているだけなのだ。こうなるのもわかりきっていたはずだ。

「うふふふ・・・おほほほほほ。」

突然喧騒を打ち破る王妃の大笑いが木霊する。その怪鳥のような声と全く笑っていない眼に周囲が声を失うと場内は一瞬で静まり返った。





 「まず『ネ=ウィン』という粗野で野蛮な集団に対して。ご安心なさい。今まではただ欲望のままに暴の力を振るっていたようですが今後は私がしっかりと導いて差し上げましょう。」

第一声がこれだった。
書状の内容から非難轟々なのに言うに事欠いて更なる侮辱を重ねていくのだからこの場にいる全員が王妃への認識を改める。
(な、なんだこの人・・・頭おかしいんじゃないのか?)
国王の不貞行為が関係しているかなど一部の人間にしかわからない事情はあるにせよリリーはそのような風に思う。恐らく周囲も似たような感想を持ったに違いない。
あの陰湿で強気なナルサスが一瞬ぽかんとする程の衝撃を受けたのだけはその様子を見ても十分に分かったが彼女の狂言はここで終わらない。

「私腹を肥やす事しか出来ない『シャリーゼ』の愚民達も私がしっかりと管理して差し上げます。貴方達は今後全ての資産を我が『ジグラト』へ納めなさい。有意義に活用して見せましょう。」

この発言には無関係のリリーですら肝を冷やした。静かにその原因に目を送るとやはり赤い髪を揺らめかせた少年が王妃に鋭い眼光を向けている。今でこそヴァッツの傍へという希望から『トリスト』へ仕えてはいるが彼は母国と前女王を貶される事を非常に嫌う。
しかしそんな元側近の反応とは対称に当事者のモレスト達はというとナルサス同様ぽかんと口を開けたままだ。
そもそもこの『ジグラト』という国の為政者達こそが私腹を肥やす為だけの存在なのだ。他国に言及する前に自分の足元を見ろというのが周囲の偽りない本心に違いない。
あまりにも無礼な、その常識を大きく逸脱した言動に各国も感情に整理が追い付かず皆が目を丸くする中、彼女の発言は続いていく。

「数多の民を劣悪な環境で飼い慣らし、それらを使って国土と己の支配力のみを追求してきた暴虐は私が断罪しましょう。ネヴラディン、貴方の命は今日ここで断ち切らせてもらいます。
そして『リングストン』という国は『ジグラト』として新しく生まれ変わるのです。」

(・・・い、いやいやいやいや?!)
駄目だ。この王妃は本当にどうかしている。今までの発言を含め事実関係はともかく凡そ国を代表する人物達を前に許される言動は1つもない。
更にネヴラディン相手には何の権限があってか勝手に極刑を言い渡すという蛮行。もしこの場に彼の腹心が控えていれば間違いなく血の雨が降っていただろう。
そんな当人はどう受け取ったのか?そーっと隣にいるネヴラディンの様子を伺うも彼だけは他と違って腕を組み目を閉じたまま静かに座っている。
(・・・凄いな。やはりこの男、器だけは相当なもんだ。)
苦々しい記憶しかない『リングストン』を支配する独裁者だが今回はその姿勢に思わず感服するリリー。

「よって、この乱れた世を直すべく私達『ジグラト』が覇を唱えましょう。我が国が全ての迷える国々を救う。さすれば天下に平穏が訪れます。」

・・・・・
その感服は締めくくられた王妃の言葉で全て吹っ飛んだ。いや、吹っ飛んでいるのは彼女の思考か。
事なかれ主義で周囲の大国に阿り続けていた蝙蝠国家が一体どうすればこんな論調に至ったのだろう。情勢に詳しくないリリーですら頭が痛くなってきた。
件の王妃はと言えばその血走った双眸で満足そうに周囲を見渡している。眉間の青筋やら無駄に塗りたくった化粧が更に異様さを強調してはいたものの彼女のおかしさはその内面だと全員が嫌というほど分からされた。

参加していた人物達の予想を大きく裏切った会談に誰も口を開く事なく暫しの時が流れた後、遂に冷酷な刃がその光を放つ。

「・・・フェイカー。この女は危険だ。今すぐ縊り殺せ。」





 ナルサスの命令に驚いていたのは命じられた本人だけだった。それもそのはず、これまでの発言から王妃側につく国はどこにも無い。むしろ彼以外の人間がナルサスの言を支持するだろう。
ただフェイカーは『ジグラト』出身であり現在も籍はこの国だという。いくら王妃が狂乱しているとしても自国の王族を手にかけるというのは躊躇するものらしい。
「皇子!俺に命じてくれたら今すぐ真っ二つにし引き裂いてやるぜ?!」
そこに筋肉軍人のフランドルが鼻息を荒くしながらナルサスにせがむ。彼はカズキから知性を奪ったような存在だとハルカが言っていたがまさにそんな感じだ。
どっちにしてもこのままでは誰かが王妃を手にかけるだろう。でないと書状が生み出した憤怒は消えないのだから。

「やれやれ。これだから猿にも劣る蛮族は困るのです。まだこの世に争いを産み落とそうというのですか?」

(いや!それをやっているのはあんたの発言だよ?!)
心の声がいつ漏れてもおかしくないリリーは両手で口を押さえて必至で堪えつつブリーラ=バンメアという女性を睨みつけた。そして何となく理解する。この女は間違いなく乱世を引き起こそうとしているのだと。
でなければわざわざ影響のある国家の人物を集めた場で挑発行為を繰り返すはずがない。と同時に我慢の限界を超えたフランドルが皇子の命令を待たずに襲い掛かった。
彼はハイジヴラム程の巨大な体躯をしておりその鍛え抜かれた体だけで王妃を十分絶命に追い込めるだろう。

そしてこの場にいる誰もがそれを望んでいた。

がしっ!!

「ぶわっはっは!なるほど、お前が4将のフランドルか。中々の膂力だが・・・」
突如間に割って入って来た巨体が笑いながらもそのフランドルを軽く投げ飛ばす。その体躯は彼と変わらぬ程大きなもので今までどこにその身を隠していたのか。
それが合図となったらしい。今度は王妃が背にする壁の裏から一斉に弩を携えた衛兵が姿を見せるとこちらに向けてきた事で場内に僅かな混乱と小さな悲鳴が響き渡る。
「ほう?道理で我ら『ネ=ウィン』を前に狂言を並べる訳だ。それが貴様の用意した切り札か?」
ナルサスは突如現れた大男と王妃に鋭い眼光を放つ。
大男は黒く真っ直ぐな髭を四方八方に伸ばしており強靭な肉体は衣類の上からでも主張している。明らかに只者ではないがそのような特徴を持つ戦士など聞いたことがない。

「いかにも!わしが『モクトウ』の王ダクリバンだ。『ジグラト』の崇高なる目的の為同盟を結び、更にお前らを粛清しに参上したって訳よ。」

(『モクトウ』の王?!)
国名を聞いてリリーはすぐに時雨やハルカ、カズキの姿を思い出した。カーラル大陸の最東部にあると言われている国家だが余りにも遠い異国である為未だまともな往来は難しいという。
そんな国の王自らがこの地に現れた事で会場は今日一番のざわめきを生み出したが。
「大きく出たな。フェイカー、今度は言われるまでもなくしっかり働いてくれるのだろうな?」
先程の命令は自国の王妃を殺せと言った無茶な要求だったが今回は違う。その祖国を唆したであろう敵国の王をこの場で葬れと言っているのだ。

「・・・やれやれ。こんな国でも俺の生国だ。ダクリバンとか言ったな?悪いが遺言を聞いてやる余裕はないぜ?」

今度はしっかりと周囲にすら伝わってくる怒気と闘気、そして明確な殺気が放たれると無手のフェイカーが勢いよく間合いを詰めていった。
武器の持ち込みが禁止されたこの会場内で唯一『ジグラト』側の人間だけがそれを携帯していたものの、彼にひるむ様子はなくまるでカズキのような動きで大男に襲い掛かる。
「ぶわっはっは!わしは優しいからな、逆にお前の遺言とやらを聞いてやるぞ?」
しかし世界で最も強いと言われている男の強襲に余裕をもって返したダクリバンは腰の刀を捉えられぬ速さで抜き終えるとそれを一閃する。

ばぐぅんっ・・・!!

だが光を放った刀がフェイカーの体を斬り裂く事は無く、逆に彼の拳がダクリバンの左頬に深くめり込んでいた。





 「な、何だお前は?」
全く痛みを感じていないのか。拳がめり込んだままふと誰に言うでもなく問いかけている。皆はてっきりフェイカーの事だと思っていたがよく見ると彼の刀を摘まんで止めている青い髪の少年の存在に気が付き始めた。
「おっちゃんこそ何なの?こんなに人が大勢いるところでそんなの振り回したら危ないでしょ?」
「助かったぜヴァッツ。しかしこいつ硬いなぁ・・・」
拳を退いて手をぷらぷらとさせ始めたフェイカーといきなり最前線に立っていたヴァッツに周囲が注目する中、何か驚愕の表情を浮かべていたダクリバンが摘ままれていた刀を引き抜いた後3歩下がる。
「そうか。お前がヴァッツか。」
どうやら彼の名は『モクトウ』にも知れ渡っているようだ。一部の人間が未だ腰を下ろしたまま傍観を続けていると最初に叩きつけられたフランドルが粉々になった大机の上からめきめきと音を立てて立ち上がる。
「ちぃっ。最近いいとこねぇな。おいダクリバン!もう一度勝負だ!!」
こちらもほぼ無傷なのだろう。首に手を押し付けてこきりと骨を鳴らした後一方的に吹っ飛ばされた事への不満を叫ぶといよいよ戦禍が広がっていくかに思われたが。

「『七神』の1人ダクリバン。まさか貴方が『モクトウ』の王だったとは。いよいよ天人、魔人が国の中枢に干渉してきたという訳ですか。」

と、そこに水を差した赤毛の少年に視線が集まった。ネヴラディンやアルヴィーヌ同様、落ち着いて座っていたショウがそう告げた事で周囲も相手が只者ではないと即座に理解する。
「おお?その赤毛、お前はフェレーヴァとアジューズのお気に入りじゃないか。こりゃいい土産が出来たな、ぶわっはっは!」
(『七神』・・・そうか、ショウは奴らに囚われていたから顔と名前は一致するのか。)
リリーもその異様な姿を目に焼き付けつつ、ショウの発言した天人、魔人についても考える。確か天族や魔族と人間が交わったことで産み落とされた種族だと記憶している。
それらは人と違って悠久とも呼べる寿命とずば抜けた異能の力を保有しているらしい。ならばダクリバンという男も見た目通りの年齢ではないのだろう。
「という事はこの男が黒い外套の・・・」
「はい。大層な志を掲げていますが結局のところ人類の敵ですね。」
モレストの言葉に補足を入れて周囲にも警戒を呼び掛けるショウ。だが本人はそんな事よりも目の前に現れたヴァッツを窺ったまま動かない。

「ヴァッツか・・・ふむ。お前のせいでフェレーヴァだけでなく長までもが神経を尖らせている。いいだろう。」

何かを決心したのか気合を入れ直したダクリバンは眼光を鋭く光らせてヴァッツの眉間を射抜く。周囲にも確かに見えた。一瞬だがその双眸から眩い光が放たれたのを。
「あ・・・あぁ・・・」
力ない声と同時にヴァッツの目から光が失われ虚ろな表情へと変化した。それが何を意味するのかは誰にも分からなかったが仕掛けた大男のほうが口元をにやりと歪ませている。
「ヴァッツ様っ?!」
リリーは思わず大声を上げて近づこうとするもアルヴィーヌが腕を掴んでそれを阻止してきた。
代わりにといっては何だが両隣にいたフェイカーやフランドルがその様子を心配して声を掛けたり肩をゆすったりするも全く反応がない。

「・・・わかったっ!!おっちゃんは天・・・族・・・じゃない、天人族だ!!!これってそういう力なんだね?!」

ところがいきなり双眸に光が戻ったと思えば勢いよく顔を上げてダクリバンに笑顔を向けたヴァッツ。彼を心配していた面も驚きつつ安堵の表情を浮かべる。
「むぅっ?!わしの操心術が通じんだと?!」
先程まで随分余裕を見せていたダクリバンが今度は大層驚いた表情で声を上げるとヴァッツは何度か頷いて答え始めた。
「うんうん。何か体がいう事を聞かなくなったんだよね。これってあれでしょ?ガハバだっけ?あいつと同じやり方でしょ?でもそっかー。こうやって人を動けなくするんだ。面白いけど悪用しちゃ駄目だよね?」
一人だけで納得したヴァッツは静かに右手をかざしてその手の平を彼の方へと向ける。その瞬間。

ばきゃんっ!!!!!

ダクリバンは勢いよく後ろに飛ぶと配下であるはずの衛兵を吹き飛ばしながら後方の壁を突き破り、そのまま城外へと飛んでいく。
「ありゃ?逃げちゃった・・・」
ヴァッツがぼんやりと呟きフェイカーとフランドルが慌てて後を追おうとする中、普段とは様子の違った第一王女が一瞬で覚醒すると白い翼を大きく広げて場内に突風を巻き起こした。
「逃がしちゃ駄目でしょ。」
彼が開けた穴を更に暴風で散らかしてアルヴィーヌが外へ飛び出す。この場では彼女かウンディーネしか空を飛べない為奴を捕まえるには2人の力が不可欠だ。
それでもあの我侭でずぼらな第一王女が率先して動いた事に驚くリリー。同時に彼女が本気を出せばどんな敵ですら打ち倒せるはずだと信じて疑わない。

1つの書状から始まった『ジグラト』の野心とその計画。

恐らくその肝であるダクリバンが逃走した事によりこの会談は幕を閉じたと言ってもいいだろう。未だ弩を構えた衛兵達が構えを崩さないままだったのは気になるところだが。
「放ちなさい。」
と、リリーの心配は次の瞬間に形となって現れた。自身の置かれた立場など微塵も考えていない王妃は突如国の代表者達へそれを放つ命令を下したのだ。
衛兵達も躊躇することなくそれを撃ち込んだ為またも会場内に悲鳴が響き渡るが、ここにいるのはフェイカーとフランドル、そしてヴァッツにウンディーネ、リリーを含めると猛者以上の存在が5人もいる。
当然その5人全員が各国の重臣達を護ろうと動くもそれはあの時見せたヴァッツの動きによって全ての矢が回収された後、それを放つ弩すらも全員の手元から奪い取っていたのだから恐ろしい。
「ねぇネヴラディン。これ全部取り上げてきたんだけどまだ何かしたほうがいいかな?」
早業というよりは瞬間移動といっても過言ではない。
両手一杯に弩と放たれた矢を握り締めてリリーとネヴラディンの前にある大机の上にそれらをどしゃりと置きながら尋ねる大将軍を相変わらず座ったままのネヴラディンは満面の笑みで頷きながら答えた。

「いえいえ。ヴァッツ様は私が思っていた以上の働きを見せて下さいました。招かれざる客も尻尾を巻いて逃げたようですし最後くらいは私が動きましょう。」

ブリーラ=バンメアが用意した全ての切り札を排除出来たと判断したのだろう。何を言われても何が起きても腕を組んだまま座ったままの男は遂に席を立つと静かに王妃の前へと歩いていった。





 『リングストン』の王が威圧感を隠す事無く近づいてきたにも関わらず王妃の方も怯む事無く相対する。
彼女の後ろに控えていた衛兵が剣を抜いて襲いかかろうとするが今度こそフェイカーやフランドルの手によってあっけなく制圧されるといよいよ打つ手はなくなったらしい。

「王妃ブリーラ=バンメアだったか?此度は非常に趣向の凝った宴への招待、誠に感謝する。思った以上に楽しめたぞ?」

ネヴラディンが不気味な笑みと共に軽く頭を下げてそう言い放ったのはこの場で誰よりも余裕を持っており、そして誰よりも大器なのだと誇示したいが為か?
「ほほほほほ。独裁者とは斯くも愚かで不遜。そして可哀想な存在ですね。しかしご安心なさい。貴方の悪政と悪名は私が必ず解放して差し上げます。」
それに答える王妃はこの状況下でもまだ減らず口を叩きつつ、ネヴラディンに憐憫の眼差しを向けているのだから大したものだ。
「それには及ばん。私は自分の中で雪ぐようなものを持ち合わせておらんのでな。」
挑発ともとれる彼女の言など彼の心には全く響かなかったらしい。相変わらず口元を歪めつつネヴラディンは堂々と話を続けていく。

「さて、今回貴様が起こした一連の騒動だが、我が『リングストン』はこれを正式に宣戦布告と受け取った。以上だ。」

激しく双眸を光らせて殺気とともにそう言い放つと軽く笑った後、彼は無防備に背中を向けたままこちらへと戻ってきた。
「さぁ我らも帰りますか。おっと、その前に折角ショウ様がおられるのだ。一度『七神』というものについて詳しくお話をお聞きしたいですな。」
突然名指しされたショウもにっこりと笑みを返すと早速2人は退場していく。その後をウンディーネが続き、リリーもヴァッツと共について行きたかったのだが。

「・・・アルヴィーヌ、遅いね?」

ブリーラ=バンメアとネヴラディンの会話など全く気にしていない様子のヴァッツが壁に開いた大穴を見つめながら静かに呟く。
「・・・確かに少し遅い、ですね。ウンディーネを使って見に行かせましょうか?」
戦いの様子からダクリバンが手を抜いていたようにも見えなかったしアルヴィーヌの魔術の腕は知っている。何も心配していなかったリリーは深く考えずに提案したのだが。

「今『ヤミヲ』はクレイスのところにいるんだよねぇ。でもまぁ走ればいいか。うん、ちょっとオレが見てくるよ。」

意外な発言が続いて理解が追いつく前にそう言い終えるとフェイカーやフランドルに挨拶を交わした後、ヴァッツは大穴から勢い良く飛び出して彼らが向かったであろう林の中を駆け抜けて行った。

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