闇を統べる者

吉岡我龍

動乱は醜悪ゆえに -一鬼-

 イルフォシアを止められなかったカズキはあれ以降ハイジヴラムと親交を深めていた。
というのも彼も元は一軍を率いていた名のある将軍だ。もしかすると自分に有益な情報や経験を持っているかもしれない。そう考えて様々な話を聞こうと今日もこうして会いに来たのだが。

ばきんっ!!

「ぐうっ!!み、見事ですな!!」
彼も久しく実践から離れている為カズキに稽古をつけて貰いたいと言い出したのだ。元『リングストン』の将軍であり膂力も体躯も桁違いな彼からの提案、断る理由を探すほうが難しい。
こちらとしても小難しい事を考えるよりこうして立ち会っていた方が性には合うので2人の親交というのは稽古が7割以上、言葉を交わすのは合間に挟む休憩の時間だけだった。
「あんたも流石だよ。大柄な体を考慮してわざと少し小ぶりな長剣に盾を使うことで小回りを重視している。そうだろ?」
それでも狼のようなカズキの動きに彼は追いつけない。低重心から一気に間合いを詰められると満足に反撃出来ないまま手甲を叩かれて立会いは幕を閉じるのだ。
たまに条件をつけてハイジヴラムからの攻撃から開始したり盾で一時的に防げたりしても掴み、突きに絞めまで使いこなすカズキの変幻自在に対応するのは中々難しい。
「はい。自分は指揮を執る為と相手を威圧する意味でもこの装備を身に着けていたのですが、もし戦場でカズキ様と対峙していたら我が軍は一瞬で瓦解していたかもしれませんな。」
ハイジヴラムの重厚な鎧にはそういう意味も込められていたのかと感心しつつ、彼の話を聞いていると軍を率いるというのは本当に大変なんだなと痛感する。
そして2人の猛者が時折立ち会い稽古をするという話は狭い城内ですぐに噂となって広まり、彼らの強さを一目確かめようと城の内外問わず大勢の観客が集まるようになっていた。
カズキも立ち合いに支障をきたすようなことは無かったので特に問題にはしていなかったのだがそれでも1つだけ気になる所はあった。

ぱちぱちぱち

最前席で観戦していた少女が4人、その中の1人は決着がつくと座ったまま拍手を送ってきてくれる。
「またお前か・・・」
最初こそ周囲が咎める事をしていたものの、当人がそういった口の利き方を許した為カズキは遠慮なくいつも通りの口調で王女にうんざりした気持ちをぶつけていた。
「だって2人の立ち合いは面白い。出来れば毎日やってほしい。」
ヴァッツがこの国の大将軍に就いた時あたりからだろうか。人見知りで滅多に姿を現さなかったアルヴィーヌが今では友人と共に様々な人間と交流を持つようになった。
未だ国務をこなすような事はなかったもののスラヴォフィルは大きな一歩だと甚く感動を覚え、これを機に彼女の希望をなるべく聞き入れるように命令を周囲に出す始末だ。
「でも本当カズキは強くなったわね。今なら私もかなり苦戦しそう。」
暗闇夜天族の元頭領も感心していたがその内容が気に入らないカズキは軽く聞き流す。実際出会った頃はやや届かない相手だと感じていたものの今なら互角くらいに仕上がっている。自分の見立てではそう考えていた為だ。

「俺としてはハルカよりアル姫さんの力が気になるんだけどな。ぶっちゃけイル姫さんとどっちが強いんだ?」

自分なりに隊長としての覚悟を模索しながら行き詰まった時はハイジヴラムを相手に汗と悩みを流すのが日課になっていたカズキ。手ぬぐいで汗を拭きつつ彼女らの隣に腰掛けると前から気になっていた事を軽く尋ねてみる。すると野次馬達を含めて全員が空気を凍らせた。
(あれ?何か俺不味い事言ったか?)
ただ両隣に座っていたハルカやルルー、それにハイジヴラム辺りはその原因がわからなかったらしくカズキと同じような心境で周囲を見渡していた。
「私の強さ、知りたい?」
「あ?ああ。つか何だ?周りが妙な雰囲気になってるんだけど俺悪い事聞いちまったか?」
「それに関しては私からご説明致しましょう。」
唯一立ったまま傍に控えていた時雨がアルヴィーヌと目配せをする。王女の方も自らの口から話そうとしていた為頷いて許可すると長年御世話役として働いていた少女が昔話を始めた。





 勿体ぶって始まった話は過去に誰かから聞いたことのある内容だった。
昔王女姉妹が些細な事で姉妹喧嘩を始めてしまい、幼いながらもその力は凄まじく周囲は止めるのに随分苦労したという話だ。
「あの時お2人は4歳になられたばかりでした。私はもちろんスラヴォフィル様も大怪我を負われてしまい、以降アルヴィーヌ様は人との関わりを恐れるようになったのです。」
最後の一言が何故人見知りと言われていたかの理由に繋がった。
だが知りたい内容と少しずれていた為思わず口を挟もうとするもそれを察したアルヴィーヌがこちらを制してきたので彼は仕方なく腕を組んで話の続きを聞き続けることにした。
「その喧嘩でイルフォシア様も大怪我を負われ、以降アルヴィーヌ様は自身の力を封印すべく戦う事を放棄されたのです。
しかしずっとふさぎ込まれて落ち込み続けるアルヴィーヌ様を見かねた周囲は何とか元気づけようと色々と彼女の興味を引きそうな物を紹介し始めます。」
「その中に魔術があった。これなら大した威力がないしそんなに人を傷つける事はない。何より面白かった。」
最後に王女自身でその経緯を説明し終わると立ち上がってお尻をぱんぱんと両手で払う。だがこの話はあくまでアルヴィーヌが魔術を得るきっかけの話であり彼女の強さについては何も語られていない。
「・・・つまりイルフォシアのように近接武器を持たせれば相当強いっていう事なのか?」

「そういうこと。折角だし見せてあげようか?」

王女がいたずらっぽい表情でそう答えると今まで黙って聞き耳を立てていた周囲が大いにざわめきか細い悲鳴まで聞こえてきた。
「ちょ?!アルヴィーヌ様?!」
「いいじゃない。カズキには面白い見世物でいつも楽しませてもらってるし、私も少しはお返ししないと。」
「アルちゃん!戦いは遊びじゃないっていつも言ってるでしょ?!」
ルルーが姉のような口調で叱りつけるも王女は両手で耳を塞いでいる。それ以上にカズキの闘争本能が大火となって体中を滾らせているのだ。この機会を逃すわけにはいかないと。
「アルッ!!またイルの時みたいな事になりますよ?!」
普段と違い時雨も敬称なしで強く止めに入るが本人はそちらに向かって軽く舌を出す始末。何がそこまで彼女を戦いに駆り立てたのかはわからないがこれ以上説得を続けられて中止になるのは嫌だ。
「んじゃ早速やろうぜ!ほらほらっ!」
カズキは慌てて訓練場の中央に走っていった。その後ろからアルヴィーヌもととと~といつものような軽い足取りでついてくると無手のままで向かい合う。現御世話役のハイジヴラムも止めるべきかどうか手をわきわきと動かしながら悩んでいる様子だ。
邪魔が入る前に始めようと木刀を構えた瞬間自身の視界にスラヴォフィルが飛び込んできた事で全身が固まる。と同時に時雨とハルカも中に割って入って来た。
折角王女から切り出してくれた美味しい提案だが恩人である彼の前で我儘は押し通せない。構えを解いて諦めたのを確認した2人の少女はほっとした表情を浮かべていたのだが。

「構わん。やってみるがよい。」

その恩人から許可が下りた事でまたも周囲にはざわめきが走っていた。普段従順な時雨が彼に強い視線を送っている事からアルヴィーヌの強さと危うさが読み取れる。
(・・・こりゃ死ぬ気で戦わなきゃならんな。)
稽古用の木刀がみしりと音を立てる程強く握りしめて再度構え直したカズキの闘志は相手を叩き殺さんと溢れ出る。

「・・・なんか嫌な予感がするし早く終わらせるね。」

普段が我儘すぎる為国王からよく叱られているアルヴィーヌは一切のお咎めなしで立ち合い稽古の許可が下りた事に大きな不安を覚えたらしい。
一言だけこちらにそう告げた後いつもの長い銀髪に姿を変え、真っ白な翼が顕現すると。

ぶふぉふぉふふぉっ!!!!

自身の体が浮き上がってしまいそうな暴風が巻き起こったと思ったら手にしていた木刀が根元からへし折られていた。





 一切の動きが確認出来なかった。気が付けばアルヴィーヌの右手には折れた木刀が握られている。
これも叩き割ったとかではなく花を摘み取るが如く馬鹿げた握力で摘まみ取ったらしい。その証拠としてこちらの握る木刀の付け根が細い形でねじ切られている。
「うーん。やっぱり私と戦うには無理があるか・・・」
出てきた感想に言い返したいが言葉にならない。今までとんでもない力量差を感じたのはヴァッツだけだ。彼と戦う姿も描けなかったがこの第一王女も滅茶苦茶な強さを持っているらしい。
「・・・だな。あんたの相手はヴァッツが丁度いいんじゃないか?」
「そうだね。今度帰ってきたら頼んでみよう。」
あれ程滾っていた闘志は見る影もなく消沈してしまいカズキは自身の弱さを深く反省するしかなかった。
そしてこの立ち合い稽古がこのまま終わりを迎える訳もなく当事者2人はもちろん止めようとしていた時雨、ハルカ、ルルーにあわあわとしていたハイジヴラムが直ちに国王の執務室に来るよう命じられた。

いつもと違いアルヴィーヌも長椅子に腰掛ける事が許されず全員が直立不動で並ばされる。
「まずカズキよ。済まなかったな。アルヴィーヌは加減を知らぬ故相当危険な目にあわせてしまった。」
普段なら彼からそのような言葉を頂いた時恐縮してその心遣いに深く感謝するのだが今は王女と比べられて相当弱いと断言された気分だ。
悔しさと情けなさに軽く返事をして頭を下げるのが精いっぱいだったカズキは瞳を覆う涙を悟られないように静かに瞬きを繰り返してから姿勢を戻す。

「ではアル。何故だ?何故いきなり戦う気になった?お前はイルに酷い怪我を負わせて以来自身の体で戦う事を避けていたじゃろう?」

気落ちしているのがわかっているのだろう。すぐにカズキから目を背けたスラヴォフィルは娘の前に移動して静かに問い始める。
雰囲気から察するにイルフォシアが受けた怪我というのは自分が想像しているものより相当重傷だったらしい。
それを知っている時雨も悲しそうな表情で彼女を見つめているし、当時の状況を知らない4人も不思議そうにアルヴィーヌを眺めていた。

「・・・ハルカ、貴女はこの前ラカンと戦って酷い傷を負ったでしょ?」

「へ?!あ、うん。まぁあの時はね・・・」
まさか自分の名が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。ハルカは驚いて言葉を濁すがアルヴィーヌは次にルルーへ顔を向けるとまた口を開き始める。
「誰も傷つかなければルーが力を使う事もない。そうでしょ?」
「え?まぁそうだね・・・」
緑紅の少女も訳が分からないまま頷くと最後に父王に真っ直ぐ向き合ったアルヴィーヌは静かに自身の考えを述べる。

「だったら私は戦う。これ以上友達が傷ついたり危険な目に合うのを見ていられないから。」

過去に妹を傷つけてしまい自身の力と他人へ接する事への恐怖で心を閉ざしていた彼女は、いつの間にか出来た沢山の友人達の為にもう一度その力と向き合う事を選んだのだ。
これには国王と時雨が思わず涙ぐんで感動している。更にルルーとハイジヴラムまでもらい泣きを始めたのだからハルカとカズキだけは少し浮いた存在になってしまった。
「ア、アル・・・お前は本当に成長したんだな・・・」
父が娘をぎゅっと抱きしめた後、立ち合いの件は一切不問となり彼らは笑顔で執務室から見送られていた。





 王女姉妹の件は周囲の反応も考えてこれ以上触れないでおこう。そう決めたカズキは気分転換も兼ねて城下へと繰り出す。
何せイルフォシアに負けただけでなくその姉にも完敗したのだ。この決断は彼女達の為というより自尊心を護る意味合いの方が大きいかもしれない。
カズキの朝は早く日課の早朝訓練と朝食を終えた頃にやっと日が昇ってくるといった具合だ。着慣れた兵卒着に愛用している短い外套を羽織って早速朝市を見て回っていると子供の姿がちらほらと見える。
幼子はともかく6歳ほどになれば家業の手伝いは十分に可能だ。これには家族を支えるという教育的な意味も含まれているとショウが教えてくれたが自分の過去を振り返ると丁度山での訓練を終え、立ち会い稽古を本格的に始めた頃だと思い返す。
両親は赤子の時に殺され、祖父が剣の鬼であった事もあり家族というものに何の思い入れもないカズキこそこの教育が必要なのかもしれない。
(家族か・・・うーん・・・)
しかしその身近にいて当然の存在がいないまま育った彼にとっては誠に理解し難い。家族であっても国であってもだ。誰か意中の相手でもいればまた違うのかもしれないが今の所そんな異性は現れていない。
「カズキ様ー!」
ぼーっとそんな事を考えていると後ろから大柄のハイジヴラムがどすどすと足音を立てて走って来る。
今日は目立たないように市を回ろうと思っていたがこれで計画は破綻した。しかし非常に愛想が良い彼をカズキも嫌いではなかった為、足を止めて彼と合流した後また歩き出す。
最近名を馳せているカズキに『リングストン』から拾われた巨漢の元将軍。それらが並んで歩くと人々は視線を向けずにはいられない。
「おはようございます!」
「カズキ様、最近よくお顔を出されますね。」
妙な部分で真面目なカズキは次々に交わされる挨拶全てに応えるといった部分からも国民の人気は高かったのだが本人は全く気付いておらず、ハイジヴラムの方は威圧感を抑える様子を見せながら軽く手を返す程度でほとんど声を上げる事はなかった。

「あ、あの!カズキ様とハイジヴラムですよねっ?!僕立ち合い稽古3回見ましたっ!!」

そこに突然現れた丸坊主の少年が満面の笑みで前に立つと指を3本立てながら嬉しそうに話しかけてくる。
この国の訓練場は城外からも出入り出来るように半分が城下へと繋がっている。恐らくそれを利用して観戦したのだろう。
出店から両親が謝りながら戻ってくるよう促していたが目を輝かせた少年にその言葉は聞こえていないらしい。一瞬ハイジヴラムと顔を見合わせたカズキは中腰になってそのじょりじょりとした手触りの頭をごしごしと撫でくりまわした。
「ぼ、僕も将来強くなって『トリスト』に仕えたいです!!で、弟子にしてください!!」
頭をぐりんぐりんと回されながらも中々逞しい発言をする少年に驚きつつ、カズキはその手を止めてから静かに語り出した。
「お前には家族がいるだろ?国も大事だがまずは両親をしっかり守ってやるんだぞ。俺にはそれがいないからな。」
つい自分の家族を口に出してしまい手を当てるも丸坊主の少年はぽかんとした表情を浮かべたままよくわからないといった様子で固まっていた。



少し開けた広場に来ると2人は長椅子に腰掛ける。終始無言だったハイジヴラムも周りに人がいなくなるとようやくその重い口を開き始めた。
「カズキ様のご両親についてお聞きしても?」
彼はその大きく厳つい見た目と相反して非常に気を配る人物だ。なのでそんな質問をされるとは思いもよらなかったカズキは驚きよりも強い違和感に襲われる。
「・・・俺が赤子の時に誰かに斬り伏せられたってだけさ。」
それでも隠すつもりもなかったのでさらりと自身の家族について手短に答えた。するとハイジヴラムは静かに兜を脱いで空を仰いだ。
直接親交を深め始めたのは1か月ほど前からだが2人ともこの国に来て1年以上経つ。なのに誰も見た事がないと噂されていた素顔を突然晒したのには何か理由があるのか?
座高の差からその全てを確認は出来ないが思っていた以上に優しそうな顔をしている。短く金に近い茶髪は朝日で輝き、細い目はリリー姉妹のロランに近い。だが彼よりも笑顔が似合いそうな中年男性といった感じだ。

「私とファイケルヴィは孤児でしてね。2人とも両親の記憶はほとんど無いままに育てられてきました。」

つまりは同じような境遇だと言いたいのか。ただカズキは同情などされたくないし両親との思い出など何もないのだ。
出来ればこの話題は終わりにして城に戻りたかったがそこからハイジヴラムは自身の生い立ちを少しずつ語り始めた。





 『リングストン』は独裁国家でもあり物量国家でもある。戦が起こる度に大量の徴兵が行われ、一定数の犠牲と引き換えに勝利と広大な土地、そして名誉を手にしてきた。
そんな国で生まれたハイジヴラムの実家はワイルデル領の東端にあったらしい。結果蛮族に襲われて両親を失い、国が経営する孤児院へと引き取られる事となった。
「なんだお前?弱そうだなぁ・・・」
ファイケルヴィとの出会いは最悪だったそうだ。何せ当時は6歳と4歳。この年代で2歳の差は大きく、小さかったハイジヴラムはよく馬鹿にされたらしい。

「しかしあれはファイケルヴィの励ましだったのです。両親を失い悲しみに暮れる気持ちは彼を憎む気持ちへと塗り替えられていきました。お蔭で気落ちする事はなかったのです。」
「いや・・・うん。まぁそのファイケルヴィって奴が本当にそう思ってたのかは疑問だけどな・・・あんたがそう受け取ったのならそれでいいか。」

6歳の少年がそこまで考えていたとは思えないがとにかくハイジヴラムの話は続く。その孤児院は老齢な男が一人で運営しており孤児達は彼を先生と呼び慕っていたそうだ。
飢える事もなく最低限の学術を身に着ける機会さえ与えてもらえた彼らはすくすくと成長して行き、10歳でファイケルヴィの背丈を超えた頃にはハイジヴラムを馬鹿にする事はなくなり気が付けば兄弟のような存在へと変わっていたらしい。
その後も彼の成長は止まる事無く伸びて増えてを繰り返し、結果18歳になった頃ほぼ今の体格が完成したという。
あまりにも立派な体躯から先生が是非軍人へと本国に推薦状を送った事でハイジヴラムの道は開かれたのだが弟のように可愛がっていたファイケルヴィも離れたくない一心から自分も軍人になれないかと先生に相談したのだ。
ところが彼は決して恵まれた体格ではなくどちらかといえば線の細い男だった。なのでその気持ちを汲んだ先生は文官への道を勧めた事で彼の人生も軌道に乗ったのだという。

「私はそれほど強い訳でもなく出世欲もありませんでした。しかしお恥ずかしい事に『リングストン』内では私以上の体躯と強さを持つ者がそれほど多くなく、意図せず位だけはどんどんと上がっていきました。」

恵まれた体躯は望んで手に入れられるものではない。持てる者らしい悩みに思わず唸るカズキだが彼は寂しそうな微笑みを向けた後更に話を続ける。
「しかし妬みを買い続けた結果、私は軍人として優しすぎる性格とこの顔を理由に昇格はおろか肩身さえ段々と狭くなっていきました。元々それ程執着もなかった為潮時が来たら身を引いてもいいかもしれない。そう考えていた時に立ち上がってくれたのがファイケルヴィでした。」
弟のように可愛がっていたハイジヴラムが不当な扱いを受け始めた事を耳にして酷く激高したらしい。そしてまずは見た目を改善する為に溜め込んでいた資金を使って厳つい鎧を作って貰ったという。
「元々金銭の報酬が極端に少ない『リングストン』で彼は全財産を使ってこれを仕上げてくれました。この鎧一式はファイケルヴィの期待と周囲への反抗心が込められた大切な物なのです。
兜を厳つくしたも彼曰く『優しい顔を見せるから甘く見られるのだ。ならば真逆の見た目に仕上げて威圧感を作り出すべきだ。』という理由で押し切られてこの形になりました。」
「なるほど。」
これには武に生きるカズキも感動を覚え、同時に何度も修繕されたであろう細かな傷の跡にも納得がいく。更にファイケルヴィという男、最初こそ印象は悪ガキでしかなかったがこの頃にはしっかりと策略を立て、弟のように可愛がっていたハイジヴラムに尽くせる男へと成長していたらしい。
「あと口をなるべく開くなと教えられたのもこの時です。どうも私はその言葉遣いや内容でも甘さが出ると。なので『リングストン』時代には妙な噂をよく流されてました。ははは。」
懐かしい思い出話と今もその鎧兜に身を包んでいる理由はわかったものの何故そんな話を始めたのかはわからない。
(・・・同じ孤児だからか?でも俺にはじじいがいたからな・・・)
そう。カズキには戦闘狂の祖父がいた。幼少の頃より山に捨てられたとほぼ同義の修行をこなし、成長して文明圏での生活が許されたと思ったらここでも厳しい修行漬けだった。
思い返せば武者修行の旅が一番気を緩めていた時期かもしれない。今は今で周囲に化け物じみた強さの人間がいる為少しでもそこに近づこうとまた修行に明け暮れている。
蛙の子は蛙。子は親の鏡という。カズキの両親は早くに亡くなっている為育ての親は祖父になるがやはり彼の血が色濃く出ているのは間違いなさそうだ。

「今カズキ様は兵を率いる事に躊躇されているとお聞きしています。」

やっと本題に入ったらしいハイジヴラムが切り出すとカズキも居住まいを正してその言葉に耳を傾けた。





 何か教えてもらえるのだろうか。いや、そもそもこの話を聞きたくて元将軍の彼に近づいたのだ。立ち会い稽古に没頭しすぎて忘れかけていたのを思い出したカズキは真剣な面持ちで彼の横顔を見つめる。
あまりにも鋭い視線だった為彼はこちらに顔を向けると一瞬ぎょっとした表情を浮かべるも、それから笑顔を浮かべて口を開いた。
「兵士には兵士の、将軍には将軍の、各々が戦う理由というものを持っておりそれらは必ずしも同様ではありません。カズキ様はカズキ様の戦う理由を見つけられてはいかがでしょうか?」
その言葉を聞くとすぐにショウから言われた事が脳裏に蘇った。
戦う理由。彼からは愛国心を提示された。それを見定める為に街へ出ろとも。なのでこうやって機を見ては城下へと繰り出すようにはしていたのだ。
それが答えなのだろうと信じて疑わないカズキはショウの名も出してハイジヴラムにそのやり取りを説明する。すると優しい彼はより柔らかい笑顔を浮かべて笑い出した。
「はっはっは。もちろんそれもあるでしょう。ただそれはあくまで皆が共有している最低限の意識であり大いに個人差があります。現に『トリスト』で1年以上戦士として活躍されてきたカズキ様が今更疑問を持っておられる。違いますか?」
「う、うん・・・疑問っていうか・・・俺みたいに戦う事しか考えていない人間が家族や国の為という大志を持つ人間を率いていいのかなって・・・俺には何もないから。」
残された遺族達の悲痛な叫びを聞いたから委縮している、という本心を口に出すことは出来なかったがハイジヴラムにはカズキが心を軋ませている現状をしっかりと受け取ったらしい。

「カズキ様。戦場に立つ以上自身の命は自身で護るものでございます。例え上官から無理難題を押し付けられたとしても己の命は己の責任で全うするべきなのです。」

優しい男から非常に厳しい現実、いや、これは彼自身の経験談だろうか。その言葉には確かな重みを感じるとカズキは力なく俯いてしまう。
「というのが軍紀というものでございます。これは恐らくどの国でも共通でしょう。」
その様子を見守りつつハイジヴラムが付け加える事で多少心が軽くなるものの、つまりどの国においても兵士の扱いは変わらないらしい。
カズキの理想は自軍から犠牲を出さずに最大の功績をあげる・・・・・・・・・・

・・・・・

「ち、違うんだハイジヴラム。お、俺は怖いんだ。自分の兵士が、仲間が死んでいくのが。怖くて堪らないんだ。」

ずっと一人で己の腕のみを磨き上げ続けていた少年が初めて任された部隊と仲間達。彼がそれを失ったと痛感したのは残された親兄弟や恋人達の泣き崩れる姿を目の当たりにした時だ。
祖父という存在がいたもののここまでの人生をほぼ一人で歩き続けていた彼にとって、例え部下といえど深く関わりを持った兵士達を失うという生まれて初めての経験に心が、頭が受け入れてくれなかった。
自分自身にすら言い訳をし続けていたカズキは遂に本音を吐露して顔を歪める。膝の上で組んだ両手には脂汗が浮かび震えが止まらない。



そんな少年を元将軍はどんな気持ちで見守っていたのか。しばらくは街の喧騒と鳥の声が2人の空間を静かに満たしていたが。

「カズキ様はお優しいですな。」
意外な言葉に思わず顔を向けるとハイジヴラムは慈悲深い表情でこちらを見つめていた。
「お、俺が優しい?」
「はい。クレイス様を弟子にしたという話を聞いた時から疑問に感じてはいたのですが貴方様は自分で思っている以上に優しいのです。」
・・・・・
さっきまでの話が何故こうなったのかはこの際おいておこう。だが思い返しても自分の優しい部分など見つからない。一体何を指して優しいと言ってくれているのだろうか。
「クレイス様を旅の途中で弟子にされ、西の大陸でビャクトル王と決死の戦いに挑まれた時も自身の方が酷い傷を負っていた話はお聞きしています。
普通なら自分可愛さに弟子であるクレイス様を盾に逃げても良い場面だったはずです。」
「そ、そんな真似出来るかっ!!」
「世の大半はそんな真似をする人間ばかりですよ。だから貴方は優しいのです。」
優しいと思っていた大男がとんでもない事を口にしたので思わず立ち上がり強い口調で反論するカズキにハイジヴラムは静かに答える。同時に何やら顎に手を当てて悩みだした。何だ?

「優しいという言葉に抵抗があるのなら面倒見が良い、と言い直しましょうか。」

・・・多少自分の中で整理できる言葉ではあるがそれでも腑には落ちない。むしろカズキの中では別の言葉と結びついて思わず激高する。
「・・・おい、それって俺が甘いって事じゃないのかっ?!」
「おお。自身の言葉で自身を見つけられたのでしたらその方が良いかもしれませんな。」

だんっ!!!

あまりにも明るく返されたので怒りから子供みたいな地団駄を踏んで周囲の注目を浴びてしまった。戦士として甘さというのは致命的だ。
いつだ?いつの間にそんなものが自分の中に生まれてしまったのだ?これは早急に捨て去らねばならないと深く心に刻み込むカズキをよそにハイジヴラムは話を続ける。
「良いではありませんか。かく言う私もその甘さが戦う理由なのですから。」
「・・・・・どういう事だ?」
未だ怒り心頭ではあるが座り直したカズキはハイジヴラムを睨みつける。感情の乱高下が激しすぎて自分でもよくわかっていないが話は聞きたいと願っているらしい。

「私が『リングストン』で指揮を執っていた時。その理由の大半はファイケルヴィの為であり、母国の為だと思っていたのは残りの二割くらいですよ。」

さらりととんでもない事を言い放ったハイジヴラムにカズキの感情はついていけなくなると表情を呆けさせたまましばらく口がきけなくなっていた。





 歴戦の猛将は経験も知識もカズキの及ぶところではないらしい。一度席を立ったハイジヴラムが出店で熱い紅茶を買ってきてカズキに渡すと座り直して再び話始めた。
「最初に申し上げた通り兵士や将軍、兵士同士ですらそれぞれに戦う理由は異なります。故にその中にある国の為という理由の割合もまた大きく異なってくるのです。」
舌が火傷しそうな飲み物を思いっきり喉に流し込んで無理矢理感情を均したカズキはその言葉を頭に詰め込んで再度思考を働かせてみる。
戦う理由。各々の相違。その割合。
「・・・ふむ。」
それらを結び付ければカズキの恐怖心を払拭出来るのだろうか?いまいち理解が追い付かず、喉に焼けるような熱だけが感覚として残っている。
「それともう1つ。戦う理由が1つである必要はありません。3つでも4つでも、貴方が好きなだけ見つければ良いでしょう。」
数という要素も追加されいよいよ頭がこんがらがってきたカズキは二口目で熱い紅茶を飲み干すと頭をがしがしと掻きむしる。
しかし彼の助言は非常に厚みのあるものばかりだ。実践してきた者の言葉だから当然といえば当然なのだろうが。

「・・・なぁハイジヴラム。あんたは何で『トリスト』に降ったんだ?」

だからこそカズキは問い返してみた。それらを心の内に秘めて戦ってきた者の答えが知りたくて。

「最初は討ち死にする予定だったのですが『孤高』の気まぐれに生かされた事と、後はファイケルヴィの存命でしょうな。」

やはり彼の中では兄のように慕う元副王の存在が大きいらしい。屈託のない笑顔でそう答えられると小さな事で悩み怖気づいている自分が馬鹿らしくなってしまう。
「カズキ様はお優しく面倒見がよい。この2つだけで既に兵を率いるには十分な資質を兼ね備えていると私は思いますよ。あとはご自身の恐怖心ですが、これは私などではなく率いる兵士達に告げてみてはいかがでしょう?」
随分と話し込んだ為いつの間にか朝市は幕を閉じ、周囲の人間達も散り散りになっていく。ハイジヴラムが最後にそう告げると彼は静かに頭を下げてから1人で城へと戻っていった。



気が付けばその長椅子に座りっぱなしで日が真上に来ている。

ずっと頭の中で反芻し続けていたハイジヴラムの言葉。それを自分がどう受け止めるか決めかねていたのだが。
「あれ?!カズキ様!!」
朝市で出会った丸坊主の少年がこちらの姿を見つけると嬉しそうに走って来た。本当にカズキの事を慕っているらしい。
「あ、ああ。お前か。」
「カズキ様はここで何してるんですか?!」
「・・・何してるんだろうな?」
お互いの感情が全く合致しておらずそのやりとりはまさに暖簾に腕押しといったところか。しかし少年はカズキに並々ならぬ熱意を向けてくる。
「あ、あの!!僕を弟子にして下さいっ!!」
「・・・弟子か。弟子って面倒臭いんだよなぁ。中々成長しないしすぐ怪我するし、挙句未熟なくせに女に現を抜かしやがる。ったくあいつは本当に・・・」
ついクレイスの事を思い出して愚痴ってしまったが同時に少しだけ元気が出てきた。目の前にいた少年は不思議そうにこちらを見つめていたがふとカズキの体に稲妻が駆け抜ける。

「・・・弟子・・・弟子か。おい丸坊主。お前名前はなんていうんだ?」

「ぼ、僕はドラーヘムって言います!」
「よし、じゃあドラーヘム。1つだけ約束しろ。絶対に死ぬな。それを守れるのなら弟子にしてやる。」
「は、はいっ!!」
8歳の少年は突然の弟子入りに意味も分からず元気な返事をしていたが彼は後に『トリスト』でカズキの再来と揶揄されるほどの猛者となる。
「いい返事だ。あ、あと両親に心配をかけるな。しっかり家業をこなせ。その合間になら教えてやるから時間が出来たら城に来い。」
気が付けば約束事はどんどんと増えていったがそれでもドラーヘムはうれしいのか笑顔を絶やすことは無く、カズキは彼と別れた後急いで城に戻り隊員を招集し始めた。





 『剣撃士隊』を作る時スラヴォフィルからはあらゆる許可を貰っている。なので今回も強権を使い生き残った79名を訓練場に集めると早速己の心境を言葉に表し始めた。
「みんな聞いてくれ。前回の『東の大森林』平定、あれは俺の力不足から21名もの隊員を死なせてしまった。本当に済まなかった。」
カズキが隊員たちの死で悩んでいたのは城内の誰もが知っていた為、その話題が持ち上がった事でやっと払拭出来たのだろうと胸をなでおろす。
しかしその後の言葉を聞いて周囲はカズキという人物像を様々な意味で見直すこととなる。
「だがその原因を俺なりに考えた結果、お前らが弱すぎるという結論にたどり着いた。ったくだらしねぇぞ?」
「「「・・・・・ぇぇぇ?!」」」
あまりの暴論に数人が思わず声を漏らすがカズキ節は終わらない。
「なのでお前らを鍛え直す事にした。『トリスト』で最精鋭を目指すんだ。まずは俺が納得いくところまで強くなる事。無理だった場合は除隊させるからな。」
隊員たちはまだ若く有望なカズキを少なからず心配していたのに元気を取り戻したと思えば想像を絶する横暴っぷりの披露に感情がついていかない。
むしろ落ち込んでいる時や落ち込む前の彼に戻ってくれないかなと内心願う者もいたほどだ。
「それと一番大事な事を伝えておく。俺が鍛え上げる以上死ぬことは絶対に許さない。戦場に限らずあらゆる現場に立ってもこれだけは忘れるな。」
「な、なぁカズキ。いくら何でも急すぎやしないか?」
副隊長を任されていたバルナクィヴが落ち着かせようと口を挟むがそもそもカズキは非常に落ち着いていた。
これまでの彼はスラヴォフィルへの恩と軍隊という枷により自分を見失っていたといった方が正しいかもしれない。本来のカズキは傍若無人の権化であり戦闘狂の孫なのだから。

「いいや、むしろ遅すぎた。待たせてすまなかったな。早速今から修行に向かおう。」

そういって国王の名を使い急遽用意させた馬車に全員を乗せると『剣撃士隊』は『東の大森林』へと降りていった。



「よし!それじゃ今日から山籠もりだ!お前ら、武器は持って行ってもいいが食料はおいていけ。全て自給自足で生き抜くんだ。」
これは自身が3歳の頃に行っていた修行の1つだ。あの時は少刀を与えられていたので彼らにもそれらを持ち込む事だけは許可する。
「な、なぁカズキ、本当に今からやるのか?」
季節は2月に入ったばかりで寒さは相当なものである。なのに彼らは満足に準備を整える事なく連れて来られた為このまま山に入ってしまえば死んでしまうかもしれない。
副隊長が再度確認を取って来るが誰かに言われた程度で止まるようなカズキではない。
「やりたくない奴は帰れ。代わりに兵士も辞めるんだな。そんな軟弱者が『トリスト』の兵士を名乗る事は俺が許さねぇ。」
むしろ更なる厳しい条件を付けてきた事で隊員達は顔色を変えて困惑し始めた。

「いいか!今から各々が真っ直ぐ山を突き進め!三日だ!三日の距離を進んだ場所で生き抜く事!協力は許さん!もし獲物がかち合った場合のみ隊員同士の接触を許す!ただしなれ合うんじゃない!立ち会って獲物を奪い合え!!期間は俺が命じるまで!!以上だ!!」

・・・・・
「返事はどうした?!」
「「「は、はいっ!!!」」」
「わかったのならほら走れ!!!行けーっ!!!」
優しいと言われて癪に障ったのもあったがこれくらいの檄を飛ばさないと彼らも本気だと受け取ってくれないだろう。
「・・・喉が痛いな。」
皆が森の中へ走って飛び込んだのを見届けた後自身の喉下を手で撫でるといつの間にか立派な喉仏が形を現していた。



自分は一度関わった人間達に自分が思っている以上の情を寄せてしまうらしい。ならば本気で彼らの面倒を見よう。そう考えた結果戦力を鍛え直すという選択をする。さすれば隊員が死ぬ確率も相当減るはずだ。
これも裏を返せばカズキの優しさから来ているのだが認めたくなかった為鬼のような方法になった。しかし元々自分はこんな感じだったのだ。ならば今更誰も文句は言うまい。

国を愛する気持ちが芽生えないのなら彼らを愛そう。祖国を護ろうと勇敢に戦う彼らをカズキが護るのだ。

そして友であり一番弟子でもあるクレイスとイルフォシアが戻るまで『トリスト』と『アデルハイド』を護り続ける。

全ては人を基準に導き出した結論だがカズキが最も恐れを感じたのが人を失うという事だ。ならば当然人を失わない方法に行きつくのが摂理というものだろう。

(結局愛国心っていうのはよくわからなかったがこれでだいぶ俺らしさが戻って来たんだ。後は鍛えるだけ鍛えて絶対に死なない最精鋭部隊を作り上げてやる。)

この日戦闘狂の歪んだ優しさと野望は一気に開花し、今後カズキは城内で最も恐れられる人物へと成長していくがそもそも彼の名前は『一鬼』であり祖父が『剣鬼』なのだ。彼が鬼と化すのは生まれもった宿命だったのかもしれない。

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