闇を統べる者

吉岡我龍

旅は道連れ -渇望-

 イルフォシアは自分でもわからない理由で怒り続けていた。
クレイスへの怒りが想像を超える勢いであふれ出していたのには自身でも驚いたが堰を切った以上これが止まる事はなく、ただただ納得のいかなかった出来事を羅列して彼を困らせていく。
感情を爆発させながらもうっすらと気づいていた。これは我侭にすぎないのだと。
それでも彼は黙ってこちらの言い分を聞き続けてくれる。バルバロッサとの戦いで出来た怪我の手当てをしなければならないはずなのに。
溜まりに溜まった鬱憤を全て吐き出した後、本当なら色々と反論していいはずなのにクレイスは静かにこちらの両腕を優しく、そして力強く掴むと、

「イルフォシア様。僕には命を捧げてもよいと考える程大切に想う方が確かにいます。ただそれを今ここでお教えする事は出来ません。」

・・・・・あれ?どこからそんな話になったんだっけ?
感情のまま口を動かしていたイルフォシアはその言葉を聞くとあれだけ熱くなっていた頭の中が一瞬で氷漬けになったかの感覚に囚われ、入れ替わるように今度は胸が一気に熱を帯びて体全体が火照ってくる。
「・・・ほ、ほ、ほう?で、で、ではいつそれを、お、教えていただけますか?」
いや、それを聞いてどうするの私?!いやいや、そもそも何でこんな話になってるの?!
思えば自分の周りでそんな類の話題は時雨がヴァッツ様に淡い恋心を抱いているのでは?といった程度のものしかなかった。
それも直接彼女から聞いたわけではなく、ハルカと姉が少しだけ話題に出したのを小耳に挟んだ程度でイルフォシアがそこに入っていた訳でもなく、彼女自らがそういった話に触れたことはこれまでの人生で一度もない。
自身の口とは思えないほど言葉を噛み、声が裏返っているのにクレイスは気にも留めず優しくこちらを見つめながら先程の問いに答えてくれる。

「この旅が終わる時、それをお伝えしましょう。」

いやもう本当に何なの?!なんで今教えてくれないの?!クレイスは確かにルサナを特別視しているはずなのにあの態度はそういったものと違うの?!
思考と心が完全に暴走していたイルフォシアはそれ以上言葉のやり取りが出来る状態ではなくなったため、頬を紅く染めていたのにも気が付かずにクレイスがバルバロッサから受けた傷の手当てを黙って再開し始めた。







その夜、寝具に横たわりながら彼女は初めてクレイスの姿を見た時から今までを思い返す。
あれは父の命を受けて『ジョーロン』に向かう途中だった。彼の国で不穏な空気が流れているという言い回しに疑問は感じたものの父が真剣な表情でそういう命令を出すときはほぼ当たっているのだ。
自分達姉妹と違い、ただの人間なのに特別な異能の力を持っているのだろう。何となく察してはいたがスラヴォフィルが力の正体を教える素振りを見せなかったので黙って従っていたイルフォシア。
その途中、地上で随分と派手に戦っていたのが目に留まって翼を止めるとそこには瀕死の少年2人と見るからに怪しい青年が相対していた。これがクレイスを見た最初だった。
何故彼らが国王と対峙していたのかは知らなかったが父に少女みたいな見た目をした少年や獣のような少年、そして赤毛の少年達は何としても護れと言われていたのを思い出す。
改めて見れば片方の少年が虫の息、もう片方はまるで少女と見紛う容姿と見た目通りの力無い攻撃を振るっていたので半ば呆れかえる。
恐らく彼らが父の言っていた少年達でこのまま放っておけば殺されるのは間違いないはずだ。そしてその時が迫った瞬間、クレイスから感じた決死の覚悟に自分の体は考えるよりも先に行動していた。

ざんっっっっ!!!ざんっっっっっ!!!

イルフォシアからすれば大した事の無い相手は突然上空から放たれた長刀の二撃に対応出来るはずもなく一瞬で両腕を失う。
そこにクレイスが命を懸けた一撃が叩き込まれれば流石に絶命は免れまい。思えばあの時、あの無謀な戦いが印象深く残っていたから今でもクレイスの行動が危なっかしく見えて仕方が無いのだ。
元々箱入り王子だったらしく、非常に人見知りらしい彼はいつも言葉を噛みながら会話をしていた。
最近になってやっと少しまともに話し合えるようになったものの、今でも緊張している時は言葉に詰まるのですぐにわかる。

「・・・弱いのに強がっちゃって・・・」

放っておけばすぐに無茶をする彼をいつの間にか目で追い、時には応援したり直接助けたりもしてきたのは単純に出来の悪い弟のように感じていたからだ。
逆にヴァッツは初見から雰囲気があった。威風堂々としていて、それでいて優しくて明るく、家族構成から甥という事らしいがイルフォシアは心の中で兄のように慕っていたのだ。

今でもイルフォシアの中で2人の印象はさほど変わってはいない。だが今日のクレイスは妙に男らしさを感じた。

これは元服の儀で彼の心も成長を遂げたという事だろうか?ただその後の祝宴で大問題を起こしたのだ。大きく成長していたのならそちらでの騒動も我慢すべきだったのではと感じるも、あれがなければイルフォシアが大問題の発端を作り出していただろう。
「・・・命を捧げてもよい、か。クレイス様は全然変わっておられないわね。」
現在の彼にはそれほど慕う異性がいるらしい。だがそれを考えると自身の体が熱くなり胸が締め付けられそうになるのですぐに頭から切り離す。
「そういう事を軽々しく口にするから心配の種が尽きないのです!」
寝具を頭から被ってまるで言い聞かせるように断言するとイルフォシアはもやもやとした思考にひっぱられながら浅い眠りにつくのだった。





 翌朝やや寝不足のまま起床するとすでにクレイスが朝食の準備を終えてイルフォシアを待っていた。
彼の表情が何故かとてもすっきりとしているように見えたので理不尽さを感じながらもそれを口に出す事なく2人で食事を始める。
「あ・・・美味しい。」
いつもと違って香りと味にほんのりとした甘さを感じる紅茶を飲んでほぅっと落ち着くとつい心の声が漏れてしまう。
「良い蜂蜜を頂いていたので。気に入っていただけてよかったです。」
クレイスが優しく微笑みかけてくるも、ぷいっと視線を反らすイルフォシア。だが彼が食事を始めた時に右手を動かしにくそうにしていたのが目に入ると一瞬で我に返る。
そういえば昨日バルバロッサとの戦いで右手も負傷していた。なのに愚痴一つ零す事なく普段以上に美味しい食事を用意してくれていたのだ。
昨夜から自分でもよくわからない感情の浮き沈みに戸惑いながら静かに席を立ったイルフォシアは黙って彼の隣に座りなおすと匙と器を取り上げてそれを掬い直した。
「クレイス様、あーん。」
自身の記憶では確か幼少期にこうやってお世話されていたはずだ。今の彼は胸にも痛々しい傷を負っている。
いつもクレイスが率先して食事の用意をしてくれてはいたがそれを当たり前だと感じた事は一度も無い。いつか恩を返さねばと思っていたがその機会が降って湧いてきたのだ。ここはしっかりと介助すべきだろう。
ただ彼は顔を真っ赤にして固まってしまっている。確かに元服を迎えた少年にするような行為ではないのかもしれないが満足に右手が動かせないのだ。文句は後で聞くとして今は素直に口を開けて欲しい。
「ほらほら。早く食べないと見回りにいけませんよ?」
そこでクレイスの使命感を利用するかの発言で急かしてみた。すると若干落ち着きを取り戻したのか、目を瞑って静かに口を開いたのですかさず匙を運ぶイルフォシア。
内心大きな子供だなぁと可笑しく思いつつもここで笑い出してしまうと彼の自尊心を傷つけてしまうのは目に見えている。
素直に食事を続けるクレイスにいずれ授かる自身の子にもこうやってお世話をする日が来るのだろうかと思いを馳せつつ、いつもよりも時間をかけた朝食を済ませると彼はイルフォシアを残して逃げるように家を出て行った。



何故『トリスト』がセイラム教を国教として選んだのか詳しいところはわからないが、それでも一通りの教えを学んでいたイルフォシアはウラーヘヴの手伝いを十全にこなせていた。
そもそも彼女の本務はそれではない。祈りを捧げに来る村人達を持て成すのと同時に周囲での小さな異変から悩みまでを聞きだす事こそが最重要任務なのだ。

そんなある日、息子に熱があるという親子が現れたのでウラーヘヴに言われて小さな戸棚を開けたイルフォシアは妙な短剣を目にしてしまう。鞘や柄から銀で出来ており恐らく儀式で使うものだとはわかるのだが問題は鍔の中央にはめ込まれている赤く大きすぎる石だ。
「ああ、それですそれです。」
神父が何故かそれを持ってきて欲しいというので不思議に思いつつも言われたまま彼に手渡すと、すぽん!と軽妙な音と共にそれを抜くウラーヘヴ。
柄の先には刃らしきものが何もなくて本日二度目の驚愕を表情に出すと、神父はイルフォシアに軽く笑いながら答えてくれる。
「これは儀式用ですからね。ここには大事な物を仕舞いこんでいるんですよ。」
柄を机の上に置いてから鞘を傾けると中から小さな丸薬がころころと出てくる。
「朝と寝る前に一粒ずつ飲んで2日は何もしないで横になっておくこと。もし3日目になっても治らないのならまた来て下さい。」
ウラーヘヴがそれらを4つほどつまんで小さな布に包むと親子に手渡しながら指を立ててわかりやすく親子に説明する。宗教に携わる人物が医術に頼るのは世界的に見ても珍しく、イルフォシアも短剣の仕組みからずっと驚きっぱなしだったがここは商業大国だ。
下手に信仰心を利用するよりしっかりと実のある薬で結果を残した方が利益的な観点からも上策だと判断しているのだろう。

親子が帰った後イルフォシアはその目立つ短剣型の小物入れを受け取るとまじまじと眺める。
「ウラーヘヴ様。この短剣・・・いえ、小物入れはどこで手に入れられたのですか?」
「どこでしょうね?物心付いた時から我が家にありましたからね。」
彼女の質問にさらりと答えてくれるがイルフォシアも自分と庶民の価値観のずれが怖くてそれ以上話題に上げるのは躊躇った。
ただどうしても埋め込まれている赤く大きすぎる石には違和感と胸騒ぎを覚えて仕方が無いのだ。これほど大きな石、いや宝石の類は相当な価値があるだろう。
村人達は信仰心の厚い人間達ばかりで今の所盗まれるような心配はないのかもしれないが神父とはいえ一庶民がこれを所有しているというのは・・・。
「この短剣・・・いえ、小物入れはあまり人に見せないほうがいいかもしれません。」
「・・・ああ。そういうご心配でしたか。いや、本当に大した物ではありませんよ。今までも何度も儀式で披露してきましたからね。」
ウラーヘヴはイルフォシアの気遣いを軽い笑い声で返しているものの、物陰からこっそりと顔を覗かせていたルサナは誰にも聞こえない声でぽそりと何かを呟くと2人に気づかれる事なく自室へと戻っていった。





 サヴィロイの村で滞在を始めてから1ヶ月近くが経ったある日、またもあの男が姿を現したので今度こそさっさと追い返すた為にイルフォシアが出張る。
「バルバロッサ様、いい加減になさらないと問答無用で斬り捨てますよ?」
「・・・貴方の刃でこの命が終わるのならそれも悪くないですな。」
この男、見た目通りの暗く陰湿な性格らしい。皮肉とも取れる反論に片方の柳眉をぴくりと釣り上げるとまたもクレイスが喜び勇んで姿を現す。
「クレイス様の出番はありませんよ?早く村人達の傍に戻ってあげて下さいね?」
闘気を十分に感じる事から厳しく注意した事などすっかり忘れているのだと判断したイルフォシアはつかつかと彼の前に歩いて行って今度こそ戦いを回避するよう厳しい口調で諫める。
「イ、イルフォシア様・・・いえ、僕はまだ戦えます。そしてバルバロッサ様と戦いたいのです。」

駄目だ。

当初と比べて確かに逞しく成長しているものの頑固な部分は一切変わっていない。
昔誰かが男というのはいつまでたっても子供なのだと言っていたような気がするが、それはこういう意味なのだろう。
こうなれば手段を選んでいられない。イルフォシアは蔑むような表情と視線を向けつつ大きなため息までついてみせる。あえて失望する様を見せつける事でこちらを幻滅させたと受け取って貰えれば改心してくれるかもしれないと強硬手段に出たのだが。
「すみません!今日はなるべく怪我を抑えられるように頑張りますので!」
クレイスが渾身の演技を見ることなくこちらに深々と頭を下げてきたのでイルフォシアの方が逆にたじろいでしまう。
「・・・ほう?この私相手に強く出たな?手加減してもらえるなどと思うなよ?」
彼の言葉が気に入らなかったバルバロッサも目に見えて怒気を放ち始めたので今度は本当のため息をつくと渋々譲歩案を口にする。
「わかりましたわかりました。では私が止めに入ったら即終了です。いいですね?」
かすり傷1つで無理矢理終わらせようと心に決めたイルフォシアは前回と同じように2人から離れていく。
しかしバルバロッサも結構な年齢のはずだが、こんな少年の言葉に反応する所をみると本当に男というのはいつまでたっても子供らしい。
(・・・そういえばお父さんも時々子供みたいな駄々をこねてたわ。)
何とも言い難い感情に疲れたイルフォシアはクレイスが無茶をしないように願いつつ立ち合いの合図をすると、

(・・・あら?)

彼は以前と違って盾も剣も使わずに水球を4つ程展開しただけでどっしりと待ち構えている。
魔術の知識に乏しい彼女はせめて盾くらい展開してほしいと口に出しそうになったがバルバロッサが20あまりの火球を一気に展開、射出までした事によって今までと違う戦端が開かれた。
お互いの距離は中距離ともいうべきか。近接武器では決して届かない間合いから放たれた魔術をクレイスは水球で落としつつ自身も飛空の術式で素早く身を翻している。
十分に間合いがある為可能になった芸当だろう。そのまま少し高く飛んだクレイスは角度をつけて水球を次々に展開していくがそれらは中空で止まったままだ。
更に流れるように相手の側面へと移動しながら次々に水球を増やしていくのでバルバロッサも何かを察したのかその場から離れつつクレイスに追撃の火球を飛ばす。
(バルバロッサの魔術・・・面白い軌道をしていますね。)
前回も間合いを詰めようとしていたクレイスの側面や背面に打ち込んでいたが、これは彼の火球が鋭い弧を描きながら飛んでいるからだ。
通常の戦いでも軌道が読みにくい攻撃というのは対処し辛い為、魔術でこの戦術を組み込まれれば相当厄介だろう。
彼の動きを封じる意味も含めて放った火球が次々とその体に接近しつつあったが、

ぼぼっぼぼぼぼぼっ!!

更に上空へと飛んで行くクレイスは同時に水球を展開しながらそれらを丁寧に相殺していく。地上と違い上下の概念がある為に出来る動きを見てイルフォシアも感心していると彼の行動はそれだけではなかった。
先程待機させていた横一列に並べられている水球、それらを順に矢のような鋭い形へと変化させながら次々とバルバロッサ目掛けて撃ち放ったのだ。
クレイスへの火球よりも先に防衛への対処を迫られたバルバロッサは同じく上空へと駆け上がりながら火球でそれらを打ち落とそうとするも、矢のような水の魔術は相殺される事なく火球を貫通して彼の体を貫こうと襲っていくではないか。
驚いたイルフォシアは自身の立場も忘れて見入っていたが当事者からすれば厄介極まりない。ただそれらは直進しか出来ないようなので空を飛べる者からすれば躱すのにそれほど苦労はしないらしい。
中空に停滞させていた水球を同じ拍子で矢へと変化させながらバルバロッサに飛ばす、と同時にクレイスは彼の真横に位置を取りながらこちらも水の矢を次々と展開して撃ち放っていく。
予想をはるかに超える多方面からの魔術に4将筆頭も険しい表情を浮かべながら身を翻そうとするも十字に近い形の攻撃を凌ぎ続ける事は難しい。

びしゃっ!!

だが彼には虎の子とも言える閃光の魔術がある。魔術の供給源を断つために、攻めと守りを両立出来る方法を選択したバルバロッサはそれを素早く打ち込む事で無力化を狙った一撃を放ったのだ。
この魔術にクレイスは何度もしてやられている。水の盾であれば多少は凌げるはずだが今の彼はそれを展開しておらず、瞬く間に雷光が彼を貫こうと空を切って襲い掛かっていく。

ぴきぃぃ・・・・んん・・・ん・・・ずんっ!!

そこで彼が選んだ方法が水の槍だった。形は違えど似たような鋭い先端を持つ魔術同士、これで相殺を狙ったらしいが衝突した瞬間にそれは一瞬で砕け散り、またも彼の体に深く突き刺さった事でイルフォシアは我を忘れて2人の間に割って入っていくのだった。





 他国のセイラム教圏内だったので十分注意していたのについ翼を顕現してしまった事で村人達から様々な感情の視線を向けられるが仕方がない。
クレイスがいっつもいっつも自分の目の前で怪我を負ってしまうのがいけないのだ。彼の右肩に突き刺さった閃光はすでに消え去ってはいたものの傷は深いらしく顔色が真っ青になっている。
「・・・翼があると本当に神のようですな。我が皇子が貴女を強く求められる理由も頷けます。」
かなりの魔術戦だったにも関わらず無傷で勝利を収めたバルバロッサがこちらに賛辞を送ってくるがそんな聞き慣れた定型句に心が動く程イルフォシアは甘くない。
「今回も貴方の勝利です。ではさようなら。もう二度と姿を現さないでくださいね?」
「・・・それは約束しかねます。では失礼。」
相変わらず感情の読みにくい男は深く頭を下げるとまたも南方に向かって姿を消す。いちいち母国まで帰っているのだろうか?いや、そんな事より・・・

「クレイス様、いい加減相手との力量差を認めて下さい。このままでは取り返しのつかない大怪我をしてしまいますよ?」

落ち込んでいるのか痛みを耐えているのか、無言で青ざめた顔色のクレイスはこちらに顔を向けると力無く微笑みかけてくる。
その表情は今までも何度か見た。自身の体は限界に近いはずなのに心は衰えておらず、むしろ次も挑戦してやるとか考えているのだろう。
一先ず翼を引っ込めてから自分達の家に戻るも流石に目撃者が増えすぎている。村人達が押しかけて来る中、その騒ぎを収める為に村長が神父のみを連れて2人の下を訪れてきた。

「イルフォシア様、貴方様は一体何者なのでしょう?村人達だけでなくここにいるウラーヘヴもその神々しいお姿を拝見して感極まっております。」
「もし神の御使いとあらば今までの非礼を詫びると同時に盛大な御もてなしをさせて頂かなければなりません!」
自分ではあまり覚えていないのだが『トリスト』でも初めて翼を顕現させた時、国内が大騒ぎして大変だったという。
今でこそ自分達姉妹が『天族』らしいという事はわかっているがそれを説明すると『トリスト』や自身の身分についても話さねばならなくなるかもしれない。
どう誤魔化そうか悩んでいるとクレイスがこちらを黙って見つめてくるので心臓が一瞬だけ激しく脈打つ。何だろう?何か良い案でもあるのだろうか?特に妙案が思い浮かばないイルフォシアはその眼差しに頷いてみると彼らの問いについてクレイスが答え始める。

「イルフォシア様の翼は空を素早く、力強く飛ぶ為の魔術であってセイラム教は関係ありません。」

え?!そういう話にするんだ?!一瞬表情に出しそうになるが何とか堪えつつ彼の話にあわせる様に黙って頷く。
確かに空を素早く、力強く飛ぶ為に翼を顕現するという意味合いは正しく、全くの嘘ではない分幾らか気持ちも楽になる。そして魔術に関して知識がない村長や神父がそれらを追求するのは不可能だろう。

「村の人々を混乱させては申し訳が無いと今まで黙っておりました。誠に申し訳ございません。」

自身も魔術に関しては素人同然に近いがここで狼狽する訳にはいかず、覚悟を決めて頭を下げると2人もある程度は納得したようだ。
「そ、そうでしたか。いや、確かにあの神々しさは勘違いされても致し方ありませんな・・・」
「私の翼に関しては出来る範囲ならお答え致します。しかし今日はクレイス様の手当てがまだ残っておりますので、お引取りいただけますか?」
これ以上話を続けるとぼろを出しかねない。そう判断したイルフォシアは彼を言い訳に2人を帰そうとしたのだがウラーヘヴが最後に1つだけと質問をしてきた。
「今日クレイス様を襲ってきた人物は2週間ほど前にもこの村に来ていましたね?彼は一体何者なのですか?」
「・・・あのお方は『ネ=ウィン』の4将筆頭バルバロッサ様です。訳あって僕は現在命を狙われています。」
元々イルフォシアとクレイスは旅の途中でこの村に立ち寄った。
その理由を何1つ説明していなかった為、戦闘国家とそこを代表する将軍の名を出した事で神父は顔を真っ青にしていたが村長は何かを感じたらしく神妙な面持ちを残して彼らの家を去っていく。

やっと2人きりになると彼女は念の為周囲を警戒した後、薬草を用意し始める。
「私の翼が魔術ですか・・・上手く誤魔化せていましたか?」
負傷は一箇所だけだったとはいえバルバロッサの魔術は威力が高い。右肩に見慣れた裂傷が浮かび上がっていたので優しくそれを塗りこみ始めると彼は少しくすぐったそうだ。
「はい。これでイルフォシア様が質問攻めされる事もないでしょう。」
家出中とはいえ『トリスト』に不利益な言動をするわけにはいかない。あそこには家族や友人がいるのだから。
手当てが済んだ後クレイスは頭を下げて礼を言ってくると当然のように晩御飯の支度を始めるので今日はその手伝いをとイルフォシアも炊事場に立つ。
彼の右手の甲と胸元の傷は未だ完治していないのに「料理が好きだから」という理由からいつも美味しいご飯と作ってくれるのだ。

「・・・ねぇクレイス様、その、私に料理を教えていただけませんか?」

いくら鈍感だと言われても自身の料理が不評なのは薄々気が付いていた。それでもクレイスが彼女の作った物に文句をつけた事はないのだが多分我慢しているのだろうなとも。
不意の頼み事に彼も驚いていたがすぐに優しく微笑むと2人はいつもより沢山の時間をかけて美味しい料理を作り上げていくのだった。





 翌日、イルフォシアはいつも通り神父の家に出向くと珍しい人物がやってきた。といっても昨日も会った男だ。
「イルフォシア様。少しご相談があります。」
村長のサジュウが随分畏まっていたのでとにかく話を聞いてみる。ウラーヘヴもその様子が気になったのか同席を許されたので3人が向かい合って座ると、

「昨日お聞きした『ネ=ウィン』のバルバロッサ様、彼の力をお借りする事は出来ないでしょうか?」

それを聞いて激高しそうになったイルフォシアは太腿の上においていた両手で自らの脚を思いっきりつねった。
告げてはいないがクレイスは『アデルハイド』の王族であり現在『ネ=ウィン』からその身を狙われている。
なのに本国からの救援が来ないからと旅の途中だった2人に頼んできたのは彼らでありクレイスもそれを快く引き受けていた。
諸事情を知らない村の人間からすれば同盟国である『ネ=ウィン』の力を借りる事ができればと考えるのも理解は出来るが・・・。

「理由は申し上げられませんがあのお方と私達は現在敵対しております。もし彼に助力を頼むと仰るのなら私達はここから立ち去らせていただきます。」

あまりにも身勝手過ぎる提案に何とか怒りを抑えつつも自分達の立場と今後について説明すると村長は少し考えてから大きく頷いた。
「わかりました。事情はお聞きしませんがもしバルバロッサ様から良いお返事を戴けたならその時にまた話し合いましょう。」
だがこれが普通なのだ。いくら国に属しているとはいえ集落の人間はまず自身の身の回りの事を何よりも優先に考える。
確かに犯人がわからないまま1ヶ月ほど過ぎてはいたがその間犠牲者も出していない。そんな2人への敬意が感じない言動に反論したい気持ちで一杯になっていると。

がちゃり

村長と入れ替わるように現れたクレイスが見回りを終えてこの場に現れた事で自体は急展開を迎える。

「も、もう駄目か・・・・・」

随分大人しかった神父が突然声を震えさせながら意味不明な事を口走りだすとふらふらの足取りで戸棚に向かってあの日見た儀式用の短剣を取り出した。
イルフォシアを含めて3人は何が起こっているのかさっぱりわからなかったがウラーヘヴがそれを抜くときらりと光る刀身が見えたのでクレイスが慌てて村長の前に立つ。
だが彼女は疑問に感じて少し行動が遅れていた。確かあれの中には丸薬が入っており鍔の中央にある赤い宝石以外は特に注意すべき点のない儀式用の短剣を模した小物入れだったはずなのだ。
なのに今目の前には銀色の尖端が見える。明らかに殺傷能力がある代物だ。
「血、だ。お前達の・・・血を、よこせぇっ!」
妙に虚ろな表情と力の無い声量で欲望をか細く叫ぶ神父はこちらを襲おうと短剣を振り回してくる。身近な人物が犯人だという話は物語だとよくあるが、まさか彼が・・・?

村長の護衛はクレイスに任せるとイルフォシアはその素人同然の動きで向かってくるウラーヘヴの手首を素早く掴むと捻りと勢いをつけて一瞬で机の上に叩き付けた。

真っ二つに割れる机の音は周囲に響き渡り、息を詰まらせた神父は動きを止める。すかさずその右手から銀の短剣を取り上げるイルフォシアに村長と集まってきた村人達は信じられないといった様子で彼を睨み付けている。
こうして彼女の怒りも有耶無耶になったまま犯人が捕まり、恐怖から開放された村人達はその夜大いに喜び祝宴を開いた。



「バルバロッサ様のお名前を出してから様子が変わりましたからね。私達より彼を恐れて正体を現したのでしょう。」
日も暮れて宴が大いに盛り上がる中、村長と一緒に説明するもクレイスだけは納得がいかない様子に2人して顔を見合わせる。
ウラーヘヴも4将筆頭が本気で村の殺人鬼を探そうと行動を起こせばすぐにばれると思ったのだろう。その前に少しでも自身の快楽を満たす為にあの場所で凶行に及んだのだという結論に一体何が不満なのか。
(・・・あ!そうか!バルバロッサ様に鞍替えされる話が宙ぶらりんのままでした!!)
イルフォシアも別件を思い出して怒りが再燃しそうになるがもう済んだ事だし水に流そうと自分に言い聞かせる。自身が冷静に説明を続ければクレイスもいずれ納得してくれるはずだ。

この時彼が気にしていたのはもっと別の事だったのだがイルフォシアもまた私的な理由からこの村を早く離れたかった。
お互いの思いを知る由もなくこの村最後の夜を過ごすと翌朝2人は港街シアヌークに向かう為に静かに村を後にした。





 凶行に及ぼうとしたウラーヘヴの姿は2人だけでなく村長や集まり始めた他の村人達の目にもしっかりと映っていた。
捕えられた後は言い訳らしい言い訳をする事もなく何重にも縄で縛られて簡易的な牢に繋がれたのも見届けている。
既に村の脅威は去っていたので後は本国からその犯人を連行しに来るのを待つだけなのだがそもそも村内で起きていた事件を『シャリーゼ』は把握しているのだろうか?
「やっと出立出来てよかったですね。今のうちに『ネ=ウィン』の追っ手から逃げ切りましょう。」
しかし旅の再開と事件が無事に解決出来た喜びをわざと前面に押し出すように振る舞うイルフォシアは今後のサヴィロイの村について考える事を放棄していた。
彼女も自分の心に嘘をついていたので、だからこそ余計にあの村の事を考えたくない、考えてほしくないという素直な気持ちがそういう形での表れていたのだがクレイスは未だ納得のいっていないらしく時折一人で考え込んでいた。



恐らく残されたルサナについて想いを馳せているのだろう。



ウラーヘヴの話では自分と同い年だという。人見知りな彼女が父の凶行によって完全に身寄りの無い人間へと堕ちてしまったのだ。今後相当な苦労を強いられる事は想像に難くない。
あの時クレイスはルサナに特別な感情を抱いてはいないと言い訳していたが今の彼を見るにそれはその場凌ぎの詭弁だったとイルフォシは見ていた。
(殺人鬼の娘に好意を寄せてしまうなんて・・・いいえ、そもそもクレイス様は王子。まずはご自身の身分と責任を見直されるべきだわ。)
生まれて間もない感情に翻弄されていた彼女もそうだと信じて疑わず、今まで意識した事もない身分の差までも持ち出してきて自分に言い聞かせている。
ただそれをクレイス本人に説得しようとすると何故か体が拒絶するのだ。後ろめたさで満たされた心のせいか妙に呼吸は浅くなり、言葉を発しようとしても声が出なくて寒くも無いのに唇が震えだす。
物心ついた頃から大人達に囲まれて育ってきた彼女がまさか出来の悪い弟のような存在相手に緊張しているというのだろうか?

お互いがよそよそしい態度のまま3日ほど北上を続けると遂に第一の目的地であったシアヌークが視界に広がってくる。

「あ!見えてきました!」

今までの暗い雰囲気を払拭したくて思わず声を上げるイルフォシア。ここでやっとクレイスも久しぶりに笑顔で応えてくれたので嬉しさのあまり馬上ではしゃぎ倒してしまう。
出来ればこの街を散策してみたいが追っ手の件も含めて彼を出来るだけ早くこの地から遠ざけたい。
宿よりも先に港に向かった2人はそのまま西へ渡る船を捜そうとすると、

「・・・おや?クレイスはともかくまさかイルフォシア様もあの村を見捨てられたのですか?」

何故かバルバロッサとこの地で再会してしまった事に激しい拒絶の表情を浮かべてしまう。だが彼の言葉を聞き流していたイルフォシアと違いクレイスはそれに食いついた。
「あの村を見捨てる??どういう意味ですか??」
「・・・お前は殺人鬼を捕える為に滞在していたのだろう?そしてそれを捕まえる事が出来なかった。なので今あの村では毎日のように人が死んでいるぞ。」
「「えっ?!?!」」
思わず同時に声を上げる2人。バルバロッサは村で起きていた事件も、そして今起こっている惨状も知っているような話しぶりだ。
(まさかクレイス様が考え込まれていたのも・・・?)
何かしら腑に落ちない部分があったのか?しかし目の前で襲ってきた神父以外に犯人なんているのだろうか?
いや、もしかしてバルバロッサの言葉に偽りがあるかもしれない。そもそも彼はクレイスの身柄を狙う『ネ=ウィン』からの刺客なのだ。
肝心の殺人鬼以上にルサナを意識してしまっていたイルフォシアが盲目となった心の眼をゆっくりと開けはじめようとした時。

「イルフォシア様!僕が見てきますのでここでお待ち下さい!!」

クレイスはそんな敵方の言動を一切疑う素振りを見せずにそう言い残すと飛空の術式で来た道を戻っていった。





 「バルバロッサ様。サヴィロイの村で起きていた事件、どうして知っておられたのですか?」
久しぶりに思考が正常に戻りつつあったイルフォシアは彼を追いかける前にまずバルバロッサの言動について真偽を確かめ始めた。
「・・・『シャリーゼ』から聞いていたのです。あの村には悪魔が取り憑いていると。」

何でも4ヶ月ほど前にあの村から村人が惨殺されているとの報告があったらしい。それに対処すべく衛兵を送ったのだがその全てが消息を絶つのだという。

彼の説明と村長が話してくれた内容は合致する。そして屈強な『ネ=ウィン』兵が消されていた事実を知ると村を襲っていた脅威が想像以上のものなのではと初めて危機感を持ち始めるイルフォシア。
「・・・衛兵の犠牲が100を超えた頃、対処不可能と結論付けると『シャリーゼ』『ネ=ウィン』は一時的に彼の地を切り離す判断を下しました。なので見捨てられていた村なのです。」
「・・・・・」
バルバロッサという男が静かに語り終えるとイルフォシアは頭の中を整理し始めた。今更かもしれないが目を背けていた疑問も含めて彼に問いかけ始める。
「貴方は何故そんな村に足を運んで来たのですか?いくらクレイス様が目的とはいえご自身の危険は感じられなかったのでしょうか?」
「・・・残念ですが私には何も感じられなかった。それに村人の犠牲がいくらか出ているという話も聞いてはいましたが貴女達が滞在している間に怪しい動きは起きなかったようですし。」
話しぶりからすると嘘ではないようだ。そして村に来る時はいつも彼一人しか姿を現していなかったが今はその背後に配下らしい魔術師が何人も控えている。
恐らく普段から彼らを使って遠くから村を監視していたのだろう。
「今サヴィロイの村で起きている惨劇・・・というのは本当ですか?」
「・・・はい。我が手の者が遠方からですが確認しております。もしかするともう生き残りはいないかもしれません。」
(そこまでの惨状に?!)
想像を遥かに超える答えに叫びそうになったが口に手を添える事で何とか王女らしい態度でその場を凌ぐ。
だが自分ものんびりしていられないという結論は導き出された。クレイス1人で行かせるには危険すぎると。

「バルバロッサ様。私も村に戻りますのでこの旅の道具と馬を預かっておいていただけますか?」

相手の返事はどうでもよかった。今はただこの男をシアヌークに繋ぎとめておく方が建策だと考えて雑用を押し付けてみたのだ。
短く言い終えるとイルフォシアは周囲の目も気にせず真っ白な翼を顕現させながら地響きが起こる程力強く大地を蹴って体を上空に浮かせると急いで南へ向かうのだった。







クレイスという少年はすぐに無茶をする。もう嫌というほど見てきたし理解もしている。
だからといってそれを快く受け入れている筈も無く、むしろそれをさせない為に自分が傍に付いておこうと思っていたのに。

(たとえ村の状態が凄惨であったとしても・・・無茶はしないで!)

目立つ行動を控えるのと荷物の関係から2人は陸路を使って港街シアヌークに向かった訳だが空を飛べば数時間で行き来できる距離だ。
いくらイルフォシアが彼より速く飛べるとはいえバルバロッサと話をしていた分の遅れが取り戻せるかと言われると・・・
やがて件の村が見えてくると黒く細い煙がいくつか立ち上っている。急いでその村の上に滞空して周囲を見下ろすが至る所に村人が倒れていてその全てが干乾びており目立った血痕は見当たらない。

・・・そうだ。犠牲者達は皆血を失っていたではないか。

重要な手がかりを失念していたイルフォシアは必死でクレイスの姿を探し回り、その名を叫ぶ。
すると神父の家付近に2人の動く人影を見つけたのでまたも思考を置き去りにした彼女は長刀を片手に少年を護ろうと急いで降り立つのだった。





 「ルサナ!無事だったんだね?!」
「ク、クレイス様、こ、来ないで・・・」
怯える少女はその両手で鞘に納まった儀式用の短剣もどきを握り締めている。
元々ルサナへの印象が宜しくなかったイルフォシアはその光景から即断するとクレイスの体を護れるように彼の真ん前に降り立つと長刀を向けて闘気を解き放つ。
「・・・やはり貴方が犯人でしたか。」
とは言ったもののこの時点では確証が何も無かった。憤る感情と彼を護る為だけに怒り任せで問い質すような発言になってしまったのだが。

「・・・逃げて・・・お、お願い・・・」

か細く告げてくる声色から本当に彼女が殺人鬼なのかもしれないという疑いを初めて持つイルフォシア。
現状だと彼女が人を襲ったという確証は無い。確かめるには目撃者から話を聞かねばならないが先程村を見下ろした感じだと生存者の存在は絶望的かもしれない。

・・・何故ルサナだけは無傷でクレイスの前に立っていたのだ?

イルフォシアは2人の周りに生き残った村人や人影がいないのを確認してから地上に降り立った。村の状況も上空からしっかりと把握していた。
もしかすると家屋の中に生き残りがいるのかもしれないがそれらは殺人鬼を恐れて隠れるという選択を選んだはずだ。未だ騒動の真っ最中に、干乾びた死体がそこかしこに転がる中に堂々と姿を現す事など有り得ない。
ほんの少しの違和感からイルフォシアのルサナを疑う心が止まらなくなっていく。だがここで私情を挟んでは駄目だ。
彼女の持つ凶器らしい短剣は納めたままだし自分よりも背丈が低く、強さを感じない少女が働き盛りの男達を殺せるのだろうか?そもそもあれには刃がついていなかったし干乾びるまで血を抜くなんて芸当をどうやって?
ルサナにクレイスを取られたと思い込んで思考を放棄していたイルフォシアの脳内が一気に開けると数々の疑問と後悔が重なっていく。

(こんな結果になるのならもっと彼女について調べておくべきだった・・・)

もしかするとクレイスは既に彼女の術中に嵌っていたりするのだろうか?だから妙に肩入れしていたのかもしれない。恋に落ちた心はまたも負の感情に染まっていく。

「ルサナはウラーヘヴ様より背も低く力も弱いのです。そして最初の犠牲者達は皆首筋と胸に刺し傷がありました。現在生き残っているという理由だけでこれらの証拠に目を瞑るのはやめて下さい!」

そこにこんな言葉を浴びせてくるのだからもはや憎しみが沸き起こりそうだ。一体自分は何のために貴方の傍にいるのだと思っているのだろう?
いつもなら心の中で叫ぶに止めるイルフォシアだったが今の彼女にそんな余裕は一切なく、目の前にいる容疑者に堂々と背を向けてクレイスと真正面から向き合う事を選ぶと遂に正体を現した凶刃が2人に襲い掛かってきた。
「クレイス様!!貴方こそ目を背けすぎでしょうっ?!」
禍々しい気配を放つ赤い刃を最初に目撃したのはクレイスだった。彼は慌てて水の盾を展開しながら感情を爆発させているイルフォシアの体に腕を回す。

さくっ・・・・・

彼が頼りとしている魔術はそれを一切防ぐ気配がなく、2人で身をかわそうとしたから手傷は彼女の二の腕を掠る程度で済んだのだが。

(・・・・・えっ?)

1寸にも満たない掠り傷を負ったイルフォシアは何が起こったかもわからず一瞬で意識を失うとそのままクレイスの腕の中で浅い眠りに落ちていた。

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