闇を統べる者

吉岡我龍

元服 -交差する思惑の中で-

 お飾りの儀式が終わり、祝宴が始まると各国が一斉に動き出した。
やはり一番目を引いていた翡翠色の髪を持つ少女、そして知る人ぞ知る大将軍ヴァッツ辺りに群がる人間が多かったがそんな中、『リングストン』のネヴラディンは側近を連れてその様子を伺っていた。
2年ほど前までラカンの暗殺部隊が『緑紅』の少女を囲っていた話は聞いていたが詳しくは知らなかった為彼女がそれだとは気が付かなかったのだが、
(あれも『トリスト』とやらの人間か・・・後で接してみるか。)
美術品収集というものは権力者の戯れと象徴であり、美しい女もまたそれに当てはまる。だがこれは決して自己欲求の為だけではない。
武力や金銭以外に自身の力を誇示する為、時にこれらを使って交渉などを行う為の第三的な手段でもあるのだ。

だが第一の目標はあくまでヴァッツだ。

遠巻きに彼の様子を観察していると傍には『ビ=ダータ』王ガビアムがまるで自国の将軍かのように紹介して回っている。
更に彼に付いているのは『トリスト』の第一王女ともう一人は・・・
(まだ幼いが同じような翡翠の髪に目元も似ているな・・・姉妹か何かかだろうか?)
この場にいるという事はその関係者である可能性が高い。ならばヴァッツと接するだけで他2人とも関係を築く事が出来るはずだ。
やがて人が少なくなり始めた時に側近を率いて近づこうとした時、不意にラカンの姿が消えた。
恐らく何かを仕掛けようと動いたのだろう。だが今回彼の行動全てに目を瞑ると伝えてある。何処に騒ぎを持ち掛けてもそれを利用して戦に持ち込めればこちらとしても万々歳だ。

「失礼。『トリスト』の大将軍ヴァッツ様ですかな?」

「うん?そうだけどおっちゃん誰?」
話には聞いていたが非常に幼さの残る話し方をしてきた。ただその立ち姿に妙な威圧感だけはしっかりと纏っている。
恐らくこれが地面を隆起させる力の正体なのだろう。隣にいる少女2人はともかくガビアムは薄笑いを浮かべていたが奴は後回しだ。
「私は『リングストン』の王ネヴラディンと申します。此度の元服、誠におめでとうございます。」
自己紹介と同時に祝意を述べて静かに頭を下げる。側近達がやや驚いた様子でそれに続くがこの少年には大王自らが頭を下げるだけの価値があるはずだ。
「ありがとう!!『リングストン』っていったら一度『ビ=ダータ』に来た国だよね?それとラカンのいる・・・あ。ごめんね。ラカンが俺の友達を傷つけてたから力を取っぱらっちゃった。」
いくら問い詰めても答えなかったラカンの『緑緋』消失についてさらりと答えるヴァッツ。
見た目からして国内の誰もがわかってはいたのだがその経緯がやっとはっきりした事でネヴラディンは更なる畏怖と興味を駆り立てられた。
「いえいえ。あれは間違いなくラカンが悪い。ただ、『ビ=ダータ』に関しては元々我が国土なのでいずれは返還していただきますぞ。」
そう言いながら大いに笑うネヴラディン。これはどちらも本心な為演じる事無く笑えた事が少年にも好印象を与えたらしい。
「うん?そうなの?じゃあガビアムも返した方がいいんじゃない?」

「そうですね。そうしたいのは山々なのですが実はこの地は元々私の祖父が治める国だったのです。それを取り返したというのが実情でしてね。」

すっとぼけて答えるガビアムも少年の心を上手く誘導する。確かに100年近く前は彼の血筋も国を治めていたがそれはかなりの小国だったはずだ。
ただその事実に違いはなく、版図の大小には追及させないように都合の良い部分だけを主張するのだから抜け目がない。
「へー。色々ややこしいんだねぇ・・・」
「ね。これだから国の仕事ってめんどくさいから嫌い。」
そこに『トリスト』の第一王女も入って来る。彼女についても噂話しか耳に届いておらず相当な魔術を使えるものの国務を完全に放棄するわ人前には姿を現さないわと散々な言われようだった。
そんな人物が目の前にいるのならば是非この好機を掴んでおくべきだろう。
「はっはっは。でしたら我が国に来られますかな?息子の妃になっていただければ一生遊んで暮らしていただけますぞ?」
「おおおお!!いいね!!あとでお父さんに相談してみる!!」
「ぇぇぇぇ・・・アルちゃん。そんな理由で旦那さんを選んだらスラヴォフィル様泣いちゃうよ?」
あだ名らしい呼び方をしている事からこの翡翠色の髪をした少女は王女と近しい間柄のようだ。どんどんと芋づる式に話が膨らむもの都合が良い。良すぎて笑い転げたい程だ。
「こういっては親の贔屓目と言われるかもしれませんが息子は器量、実力ともに中々の素養を持っています。決して後悔はさせませんぞ。ところでお嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「あ、失礼しました。私はルルーって言います!」
幼いながらも衣装を摘まんでしっかりと頭を下げてくる様はとても愛くるしくも気品を感じる。名前からすると高位な身分ではなさそうだが、
「ルルー様ですか。もしかして離れた所からこちらを伺っておられる女性の御親族ですかな?」
「はい!あちらはお姉ちゃんのリリーと申します!」
非常に元気よく答えてくれるルルー。彼女はこの3人の中だと社交性も礼儀も申し分ない。現在の容姿から見れば有象無象がリリーに群がるのも無理はないが将来を考えるとこちらの妹としっかり交流を深めておく方が強大な利に繋がりそうだ。
「ふむ。お2人共々これからよろしくお願いしますぞ。」
他国の王自らが静かに頭を下げた事が意外だったのか少女は興奮気味に頭を下げ返している。側近達も何故このような者に?といった雰囲気を纏っていたがちらりと睨みを利かせるだけでそれは霧消した。
(お前達はただ黙って私に従っておけ愚か者共。)
後で何かしらの折檻が必要だなと心に留めながらネヴラディンは3人との会話を十分に堪能していると途中でルルーの姉がこちらにやってきたかと思えば妹に心配されながら退場していく。
それからすぐに今回最大の事件が勃発するのだった。





 しゅぃぃぃ・・・・・ん・・・・・


リリーの顔色からして何か盛られた様子だったが今は離れた場所からの異音が気になった。聞いた事の無い音に振り向いてみると『ネ=ウィン』のナルサスに向かって元服した少年の1人が水の魔術らしきものを向けているではないか。
取るに足らない存在の為詳しくは調べていなかったがあの少年は確か『アデルハイド』の王子だった記憶はある。
それが祝宴の場であのような蛮行に出るとは。下手をすると国が傾きかけない状況だ。ただ、ネヴラディンはそんな事より王子が展開している魔術に注目する。

そもそも魔術の基本が火球というのが一般認識でそれ以外というのは相当高位な魔術師にしか扱えないはずだ。

なのに今クレイス王子は水で魔術を展開し、更にその形は間違いなく長剣のように見える。
(あのような術を使いこなすとは・・・あれは一体何者だ?)
俄然興味の湧いてきたネヴラディンはヴァッツ達もそちらに気を取られているのに便乗して瞬き一つせずに成り行きを見守る。

しかし彼が期待していた戦いが起きることは無く、ナルサスが退くとクレイスも魔術を収束させてそのまま会場から姿を消した。
途中『トリスト』の王であり『孤高』の1人である『羅刹』が怒声を上げていたのでこの後処分を言い渡されるのだろう。
(・・・クレイスか。あれを手に入れても良いのかもしれん。)
現在『リングストン』は版図を削り取られ、最大の強みであった数の有利が失われつつあった。
その代替策として少しでも魔術の発展させようと多少の危険を冒してセンフィスという人物を迎え入れ、黒い剣とやらの研究をという意見に判子を捺したのだ。
「クレイス。中々面白い魔術を使うね。」
「ええ?!あれってナルサスが危なかったんじゃないの?オレあんまり面白くないんだけど?!」
そういえば第一王女も魔術に精通しているのだった。全てを見届けた後さらりと感想を述べるが大将軍の方はかなりの嫌悪感を示している。
計り知れない強さを持っているはずなのに何故か争いを避けようとする話も聞いてはいたが、
「ヴァッツ様。人には必ず戦わねばならぬ時というのがあるのです。詳しい事情はわかりませんが恐らく今のクレイス様もそうだったのでしょう。」
「・・・・・うん。そうだね・・・そうなのかもしれないね。」
彼を自国に招き入れた後にはしっかりとその力を奮ってもらわねばならない。
戦いに対する忌諱感を少しでも抑えられるかとそれっぽく諭してみると思いのほか真剣に受け取ってくれたようだ。

接触に成功しある程度の交流を深めたネヴラディンは3人に別れを告げると目的の1つであった男に改めて声を掛けなおす。

「さて。久しぶりだなガビアム。随分と調子に乗っているようだがその泥舟はそろそろ沈むんじゃないか?」
「ご心配には及びません。我が『ビ=ダータ』には最上の盟友『トリスト』と実業家達が揃っております。今年中には更なる躍進を遂げる事でしょう。」
ヴァッツ達がいた時とは打って変わってお互いがどす黒い思考と悪意を撒き散らしながら牽制しあう。
『リングストン』の領土を2つも盗られているのだ。クレイスのようにこの場で相手を屠れる手段を突きつけてやりたいがそれをすればヴァッツに申し訳が立たなくなる。
今日はあくまで穏便に、且つ自分らしいやり方でこの男にほんの少しだけ痛みを与えるに留める。

「随分頼もしい話じゃないか。そうだ、今日は建国祝いも持ってきたんだ。是非受け取ってくれたまえ。」

そういって軽く右手を上げると側近の更に後ろから木箱を抱えた召使いが現れる。これは事前に話を通しておいた『ビ=ダータ』側の人間だ。
ただし中身は直前に入れ替えてある。
彼女が恭しく跪き2人の間に箱を差し出すような姿勢で止まるとネヴラディンはその蓋を開けて中身を披露する。

「ほう・・・これはこれは・・・」

そこには人質として王都に繋がれていたガビアムの姉が首の状態となって納まっていた。
言葉を失った彼を見て心底楽しくなってくるとネヴラディンは手を入れて水分が抜けた瞼に指を突っ込んで皺だらけの眼球を取り出すとそれを口の中に放り込んで租借する。
くっちゃくっちゃとかみ締めながら手にした杯の酒を飲み干した後、眼底から伸びていた視神経を舌の上で披露しながらにやりと口元を歪ませる。

「1年近く塩漬けにしてたんだ。味はこの通り、私が保証するよ。君も是非味わってくれたまえ。」

小刻みに震えているガビアムの様子は非常に面白い。小心者が大王に盾突いた結果がこれなのだ。自業自得だと更に嘲笑いたいがここでもまた弁えるネヴラディン。
あくまで第一の目的はヴァッツだ。彼の機嫌を損ねる事はよろしくない。
十分に小者の反応を楽しんだので彼はそのまま立ち去ろうとすると、何を思ったのかその小心者が木箱に手を突っ込んでもう片方の眼球を取り出して口に放り込んだではないか。

「ネヴラディン様、これは少し味付けが濃すぎますな。こんなものを食べていたら体に毒ですぞ。」

先程まで真っ青だった顔色が今度は真っ赤になってこちらに怒気を放ちながら睨みつけてくる。
自身が予想していたよりやや上の人物だったと心の中で修正を入れながらもネヴラディンはより顔を歪ませて気味の悪い笑みを返すとそのまま無言で立ち去った。





 ナルサスの目的が『トリスト』の第二王女だというのはわかっていた。なので自分を含む4将はそれの邪魔をしないようにする話も事前に行っていた。
今回招かれた場所は『ビ=ダータ』という『リングストン』領内だが衛兵は全て『トリスト』兵だ。何かあればこれらが対処に動くのだから下手な行動は取れないだろう。
祝宴の会場に入る際も念入りな身体検査をされて誰もが武器を不所持だった中、それらを素通り出来る手段が魔術だ。

ナルサスがイルフォシアに話を進めた後別れの挨拶をしようという時。

いきなり存在感のなかった人物が皆の前でそれを披露した。
2年前の夜襲時から随分時が経っていて利用価値が下がった今では誰も彼の存在など誰もが忘れていた。そんな彼がこの元服の祝宴で突然牙を剥いたのだ。
バルバロッサはもちろん弟子のノーヴァラットでさえ使ったことの無い水の魔術。それを剣のように具現化しているのだからナルサスの安否よりも先にそちらに興味が向く2人。
途中『羅刹』のスラヴォフィルが止めに入ったもののクレイス王子がそれを下ろす事は無く、最終的にはこちら側が退き下がった事でその場は収まったのだが。

「あの青二才。いつの間にあんな術を。」

イルフォシアとクレイスが会場から姿を消した後にはナルサスが杯の酒を一気に飲み干してから愚痴を零す。
「ビアード。お前は『トリスト』の人間を歓待していたな。何も知らなかったのか?」
すぐに酔いが回った訳ではないだろうが不満の矛先が最側近でもある口ひげの同僚に向けられた。だがこれは仕方が無い。フランドルやノーヴァラットも似たような考えなのか彼に視線を向けて答えを待っている。
「い、いえ。特には。最近だとクレイス王子が兵卒として修行を積んでいるくらいにしか聞いていなかったので。」
クンシェオルトとはまた別の意味で不器用な男だ。そんな彼がそう言うのだからクレイス王子の魔術に関しては我々と同じくこの場で初めて認識したのだろう。
だが例えそれが事実だったとしてもナルサスの機嫌が直るわけではない。非常に不機嫌な表情のまま杯の酒を更に飲み干して叩きつけるように小卓に戻す。

「おや?随分荒れているじゃないか。」

そこにまた彼の機嫌を損ねそうな男が現れたので4将達は殺気立つ。『ネ=ウィン』の敵対勢力である『リングストン』の王ネヴラディンだ。
「これは大王。『ビ=ダータ』とかいう国未満の野盗集団に領土を盗られたにも関わらずこの場に参上されるとは。流石、器が違いますな。」
皮肉を込めた八つ当たりを披露するナルサスに今度は皆で動揺しあう。相手から挑発されるのも癪だがかといっていきなり喧嘩を吹っかけるような発言も控えてもらいたい。
曲がりなりにもここは祝宴の場だから。
「盗られた訳じゃない。少しの間貸し与えているだけだ。年内には返してもらうよ。」
しかしナルサスの嫌味など全く意に介さず余裕すら感じる声色で優しく答えている。どす黒い笑みを浮かべている事から何か策があるのかもしれない。
今の皇子にはその余裕がよほど気に入らなかったのか、それ以上の会話を拒絶すると会場の外へ歩いて行くので4将達も慌てて後を追う。

「おのれ、どうしてくれようか・・・」

ナルサスは宴などそっちのけでこの後行われるであろう交渉内容を考え出していた。宴席での刃傷沙汰はまず極刑だ。しかしそれでは彼の気持ちは治まらないだろう。
更に相手は『アデルハイド』の王子、これを殺せと言われて向こうが首を縦に振るとも思えない。
元々敵対している勢力というのも質が悪かった。こちらの要求を全て突っぱねて二国が更なる険悪な関係になろうともそれほど不利益が生じないからだ。
何とかしてこちらの思い通りに事を運ばねばならない。4将達もいつ尋ねられても大丈夫なように各々がその献策を考え出していると、
「おほほほほ。面白い余興だったわよ。ナルサス。」
一緒に参列していたナレット皇女が心底愉快そうな笑い声を上げながらこちらに近づいてくる。
他人だったらそれこそナルサスがその手で殺しにかかっていたかもしれないが彼は姉に弱いらしく、その声をきいて少し冷静さを取り戻した。
「笑い事ではありませんよ。姉上、あのクレイスという小僧を何としてでも葬らねば・・・」
「それは私が許しません。」
だがナルサスが今後の対応について相談しようとしたところにナレットは静かに否定してきた。
これは皇族として一時の憤怒に流されて対極を見誤るなという彼女からのお叱りか何かだと勘違いしていたバルバロッサ。

「クレイス様、私はとても気に入りました。あのお方を我が夫として迎え入れます。」

二言目には弟と同じような思考と発言をしていた事に自身を含めナルサスでさえ滅多に見せない唖然とした表情を浮かべて言葉を失っていた。



結果『ネ=ウィン』は『トリスト』の提案してきた国外追放、王位継承権剥奪を渋々受けるといった姿勢を見せつけた事で彼の国達への恩義を生み出し、更に皇女の思惑通りに事が進む事になる。





 ナレット皇女はクレイスを手に入れたい。その為の国外追放だ。問題は誰がクレイスを迎えに行くかだが。
「いくら姉上のご要望とはいえこのままあいつを国に招くのは反対です。」
『ネ=ウィン』に戻る道中でナルサスが何度もナレットに説く。これに関しては4将全員も同意していた。あの少年は公衆の面前で『ネ=ウィン』という国に泥を塗ったのだ。
それをお咎めなしで皇族に迎え入れるとなれば周囲の態度が少なからず変化を見せるのは言うまでもない。まずは明確に罰する必要がある。
「貴方が動くと私が楽しめなくなるでしょう?それに王位継承権を失った男の子1人に皇族が躍起になるのもどうかと思うわよ?」
正論を突き返されて言葉を失うナルサス。同乗していたバルバロッサとビアードも何かしら援護を送りたいが皇族姉弟の会話に入るのも憚られる為視線を送り合う程度しか出来ていない。
だが彼には1つ願望があった。これを何とか通す為にずっと2人のやり取りを眺めていたのだが沈黙が一定時間続いた今だと確信して遂に口を開く。

「・・・では迎える者として私が名乗りを上げてもよろしいでしょうか?」

ややナレット寄りの提案にナルサスが驚いていたが皇女の方は4将筆頭の言に喜びを見せるどころか警戒感を表す。
「貴方が?何故?」
「・・・私は国内で最高峰の魔術師です。私の飛行の術式ならばより早く彼をナレット様の下へお届け出来るでしょう。」
淡々と建前を並べてみるとよりナレットの表情が曇って来た。彼女との交流は日も浅いが何となくその性格は理解していたつもりだ。
「国内最高武力を誇る貴方を使いに出すなんて父上に叱られますわ。でも、貴方の本音次第では許可してあげてもよくってよ?」
ナレットという皇女、彼女は非常に心を深く鋭く読み解いてくる。一体どこからそのような術を得たのかはわからないが話を振られた以上ここで隠し通すつもりもなかった。
「・・・はい。私もクレイスの魔術にはとても感心があります。そこで一度彼と戦う許可を頂ければと。」
この発言を聞いて驚いていたナルサスがやっと落ち着いて納得した表情に戻った。
『ネ=ウィン』は戦闘国家だ。その国民達の心の中には多かれ少なかれ闘志を保有している。4将筆頭なら猶更だ。
バルバロッサはあの見た事もない水の魔術に大きく心を揺さぶられ、弟子であり恋仲でもあるノーヴァラットよりも彼の事をずっと考え続けていたのだ。
まずは戦いたい。そして語り合うもよし、反抗的なら実験材料にするもよし。これはナレットが許さないかもしれない。
しかし皇女がクレイスの何処を気に入ったのかはわからないが生きてさえいれば婿には出来るだろう。

限界ぎりぎりまで彼の魔術について暴きたい。触れてみたい。

それが現4将筆頭バルバロッサの嘘偽りない本心だった。
「ならばバルバロッサ、お前が迎えに行きクレイスの力量を試してくるがよい。私もお前が認める程の少年なら考えを改めよう。」
そんな彼の闘志だけはしっかりと受け取ったのか、少し陰のある笑みを浮かべながらナルサスがこちらの提案を後押ししてきてくれる。
恐らく彼の狙いは事故死だとすぐに読めたがこの場で確認する必要はない。自分も手加減などするつもりはないしナルサスの許可も頂けるのなら万々歳だ。
後はナレットさえ納得してくれれば・・・
「わかりました。そういう事なら認めましょう。」
少しは熟考するのかと思っていたらその場で即答してきた。即断即決の目立つ彼女だがこの返答は彼を手に入れる事を諦めたのかと疑わざるを得ない。
「ただし殺してはいけませんよ?殺してしまった場合は私が貴方を刻み殺します。」
ナレットもそこは察しているらしく念を押してくるがナルサスの表情は明るかった。














各国の代表を集めた祝宴は大盛況だった。ガビアムは早速ヴァッツとその一行を連れて会場内を練り歩く。
現在『ビ=ダータ』は『トリスト』と同盟関係を結んでいる。条件としてこちらからは貢納品を、むこうからは兵力を貸し与えられていた。
「こちらがあの崖を一瞬で作り出した稀代の大将軍ヴァッツ様です。」
『リングストン』の大将軍ラカンが攻めてきた時に出来た崖をわざわざ見える位置に会場を改築したのは全てこの為だ。といってもこの会場のどれくらいがヴァッツの力を信じるだろうか。
(今は笑って聞いているがいいさ。)
ガビアムも信じてもらおうと思って話をしている訳ではなく、あくまで彼の力を記憶の片隅にでも留めて貰えればという狙いと、そんな大将軍の力を『ビ=ダータ』はいつでも借り受ける事が出来るという事実。この2つを諸国らに伝えたいのだ。
それにいつまでも他国の戦力に頼るつもりはなく、その為に『シャリーゼ』の危険分子を抱え込んだ。野心の塊である実業家達3人だがその財力は今回の会場改築にも大いに役立った。
これからは彼らを使って『トリスト』や他国へ干渉し、軍事力を財力でねじ伏せていくのがガビアムの思い描く地図なのだ。

そんな祝宴の最中にクレイス王子が大問題を起こした。

この時は『ビ=ダータ』に直接関係はないと思っていたが彼への処罰を軽減する為に『リングストン』が干渉した事を後から聞いて怒りが込み上げる。
姉を殺し、あろうことかその首を塩漬けにして差し出してきたネヴラディン。あいつの国にヴァッツが派遣されるかもしれないというのだから焦りに妬みも交じり合う。
(・・・ヴァッツ様は必ず我が国が迎え入れる・・・邪魔はさせんぞ。)
条件として『リングストン』の大将軍ラカンの処分を見届けるまでという事らしいが逆に言えばその処分がずっと留保し続けられれば彼を『リングストン』に繋ぎとめる事が可能ということだ。
ならばその問題の大将軍をさっさと始末させればよい。
祝宴では全く気が付かなかったが今のラカンは翡翠色の髪も緋色の瞳も失っており異能の力が完全に消滅した初老の人物と成り下がっていたらしい。

一刻も早く彼の地から未来の大将軍を取り戻す為にガビアムは早速実業家達を集めて『リングストン』内部へ干渉出来る方法を模索していくのだった。





 祝宴の場に参上出来なかった3人の実業家達がガビアムの命令を受けた後、いよいよ裏から国を牛耳る為に行動を開始していた。
来賓の面々には書状を送り祝典の前後日にそれぞれが懐に入り込もうと個々に会談する場を設ける。当然彼らも実業家の唸るような保有資産は耳にしているので繋がりを持てればと喜んでその話に乗ってくれるのだ。
まだ根回しの前段階だが今まで『シャリーゼ』という檻に閉じ込められていた猛獣がやっと得物を吟味し終わった後、そのすり合わせも兼ねて会食を開いた時。

「やぁやぁ皆の衆、久しぶりだね。」

ナジュナメジナに扮するア=レイはその場に姿を現した。顔見知りではあったが彼だけ別の方向から己の私腹を肥やそうと周囲を陥れていた経緯があるので3人の印象は最悪だ。
なのにわざわざ姿を見せた理由は1つしかない。
《お、おい!!こいつらとは縁を切ったんだ!!今すぐ立ち去れ!!でないと殺されるぞ!!》
自身の中に意識を閉じ込められていたナジュナメジナが慌ててア=レイに警告するも彼は何よりも自身の興味を最優先する。正に馬の耳に念仏状態だ。
「ナジュナメジナ。呼んでもいないのに我らの前に姿を現すとは。何だ?詫びでも入れに来たのか?」
「となれば相当な謝罪が必要だぞ?お前がため込んでいる資産で半分・・・いや、四分の三ほど積んでもらえれば考えてやらんでもない。」
「それを我らが三等分すれば万事解決ですね。」
3人が感情を露わにしながら勝手に話を進めるがア=レイにとってはどうでもいい事だ。
「私の事などどうでもよい。それより3人で何か面白い事をやろうとしているのだろう?是非その話を聞かせてくれよ。」
彼らを『ジグラト』から遠ざけた張本人が軽く話の輪に入ってこようとするので実業家達もこちらの態度に目を白黒させると一瞬で自慢の衛兵を呼んでこちらに槍の穂先を向けてきた。
しかしそれをやったのはナジュナメジナであって自身ではないのだが説明するつもりもないし言って理解出来る人間は中々いないだろう。
《ほ、ほらみろ!!早く帰るんだ!!》
《やれやれ。お前はこいつらに何をしたんだ。》
脳内に怯える声で喚きたてるナジュナメジナにうんざりしながらも仕方がないのでア=レイは穏便に済ませる選択を選ぶ。
「わかったわかった。私の資産を渡せばいいんだな?四分の三でも三分の四でもいいから持っていくが良い。それより話をしようじゃないか。」
呆れながら軽く条件を飲む事を約束するとまた脳内では別の悲鳴が鳴り響いて来た。うるさいので存在を消してもいいのだがそれだと彼から知識を得られなくなる。
どんな暗愚であろうともア=レイにとって話相手というのは貴重な存在なのだ。これを一時の感情で失うのはあまりにも勿体ない。
そんな彼の心情など知る由もない3人はあまりにも素直に条件を飲んで来たナジュナメジナにより疑惑の目を向ける。

「ロークスの暴動以降人が変わったとの噂は聞いていたが・・・金の亡者だった貴様が一体どうした?」

《おいナジュナメジナ。泣いてないでこの3人の紹介をしてくれ。》
彼らは皆50代で年が近く、同じような心の歪みを顔に出しているのでア=レイからすれば見分けがつきにくい。
《・・・・・今話しかけてきているのがハイディン。昔から整った顔に紳士然とした振る舞いから女の自慢ばかりしてくる男だ。》
と言われてもよくわからない。女はこういった男に惹かれるのか、程度で見ると確かに長身で髭も綺麗に整えられている。多少白髪が目立つもののこちらも丁寧に整えられていて額がよく見える。
「金は大事だし欲しいさ。だがそれも必要なだけあればいい。そう気が付いただけだ。」
未だに金の価値や使い方についてはよくわかっていないのだがこう言っておくと割と周りの覚えは良くなる。ナジュナメジナの体を乗っ取り彼になり切って生活し始めてから1年弱。
ア=レイもナジュナメジナとの会話や世間の知識を得て自分なりの処世術を身につけていた。

「何とも胡散臭い・・・お前は死んでもあの世で阿漕な商売をする輩だ。何だ?今まで持っていなかった人望でも欲しくなったのか?」

《こいつは誰だ?》
《・・・そいつはブラシャル。木工業の全てを牛耳っている男だ。粗野で下品。私より金にうるさい男だ。》
《ふむ。お前に粗野で下品と言われるとは・・・相当だな。》
ア=レイからすれば労働者を奴隷以下に扱って来たナジュナメジナがどの口で言っているのだろうとおかしくなった。
容姿は中肉中背といった所だが何よりもこの3人、ナジュナメジナを入れて考えても一番ぶさいくだ。こう覚えておこう。
「人望は欲して手に入るものではないな。私はただ楽しく暮らそうと思っただけだよ。」

「・・・実は影武者とかですか?いや・・・ナジュナメジナの姿はしていますがどうも笑顔を振りまきすぎて・・・」

おどおどとした小柄な長髪の男が中々に鋭い指摘をしてくる。
《そいつはファム、ハイディンとは従弟だ。我らの中では一番年上なのだが一番腰が低く、そして一番勘が鋭い。》
《なるほど。面白そうな男だな。》
《だ、だったらあいつに乗り移れ!もう私はいいだろう?!》
《はっはっは。乗り移ってしまったら客観的に見て楽しめなくなるだろう?》
脳内でまた激しく落ち込んでいったナジュナメジナをよそに、ファムという男にだけは少し視線を止めてじっくりと観察した後、
「影武者ならもう少し器量の良い者を選ぶさ。はっはっは。」
自虐を込めて笑い飛ばすと3人は少しだけ溜飲を下げたようだ。ア=レイにとってこんなやり取りはどうでもよく、これから始まるであろう戦について話を聞きたかった。
急かすつもりはないのだがお預けを食らった犬よりも我慢が出来ない男はついにこちらから話を振る。

「で、『リングストン』と『ビ=ダータ』の戦いはどうなるんだ?お前達はどう動こうとしているんだ?」

《この馬鹿っ!!》
その瞬間3人からは猜疑の視線が一斉に向けられ、頭の中でもナジュナメジナが落胆と怒りを込めて怒鳴りつけてきた。





 ア=レイは何が不味かったのかさっぱりわからない。ただナジュナメジナの手駒から実業家達が戦を使って儲けようとしている情報だけは掴んでいた。
《おや?何か不味かったかね?》
《ああ不味いな!色々と配慮を欠く言動だ!!今すぐここから立ち去るんだ!!》
と言われてもよくわからない。ア=レイとしては知的好奇心から人の命を使ってどんな形で金を得ようとしているのかを知りたかっただけなのだがそんなにいけない事だったのか?
いや、人の命を利用すると言うだけで人道には外れるのだろう。それがわかっているから言葉に表す事を憚られたといった感じだろうか?
「搦め手を好んで来たお前の口からそんな言葉が飛び出してくるとは。これはファムの影武者論が現実味を帯びてきたな。」
「だな。人が変わったという噂も納得できる。本人じゃないのならこの場で始末してしまおう。」
「ちょっと。屋敷を汚らわしい血で汚さないで下さい。おい、奴を地下に連れて行け。」
こうなると話し合いどころではない。ア=レイの力を以ってすれば雑兵を蹴散らす事など容易いが目的が達成できなくなってしまう。
《そもそも何が悪かったんだ?具体的に教えてくれないか?》
《まず戦が関わる事業は言葉を変えて暗喩で話し合うんだ!そして奴らは3人でそれを完結しようとしている!つまり私達には取り付く島もなく、参加しようものなら排除されるだけなのだよ!》
《おお。なるほど。しかし・・・》
「待ってくれ。私は別に儲け話に乗ろうとかそういうのじゃないんだ。ただ君達がどのように立ち回るのかを知りたくてね。」
「最後の言い訳がそれか。影武者にしては随分質が低いな。」
完全に聞く耳を無くしたハイディンがもはや一瞥をくれる事もなく吐き捨てる。
《まさかそんな慎重に事を進める話だったとは。ナジュナメジナ、後でその話詳しく聞かせてくれよ。》
《後でって・・・この状況、お前はどうしてくれるんだ?!もはや我らの命は風前の灯火なんだぞ?!》
《別にどうもしないさ。とにかく一度帰るか。》
両脇を衛兵に羽交い絞めされながら無抵抗で部屋を後にしたア=レイは心底がっかりしながらナジュナメジナに言いつけ終わると、不意に拘束を解かれる。

「そうだな。君にしよう。」

そして6人いた衛兵の1人の肩を叩くと今度は彼が羽交い絞めされる形で連行されていくではないか。
「あ。身内同士で拘束するとちょっと見た目がおかしいかな。いいよ。そのまま地下に行ってくれ。」
ア=レイが手を顎に当てながらそう指示すると彼らは一声も上げる事なくその指示に従う。一体何が起こっているのか1年近いナジュナメジナにすらわからない。
だがア=レイも特に説明するつもりはなかった。それから彼が拘束されたり疑われる事すらなくファムの屋敷を後にするとそのまま悠々と馬車に乗って帰宅の路につく。



しばらくした後、ナジュナメジナの影武者が死んだという話がロークス内を少しだけ賑わしたのだった。







祝宴に参加していたのは『ジグラト』の王子ハミエルだ。彼は王族として生まれ、何の疑問も無く自由と権力を手にしていた。
多少の武術に多少の学術を納め、それでも王族という絶大な肩書きは彼を実力以上の人物像へと押し上げていく。
今回『トリスト』という国の少年達が元服を迎えるという事でその祝典に参列したのも父からの命令だった。
未だ大国が国家として認めていない『ビ=ダータ』という集団が主催をしているというのだから最初は反対していたのだが。

「今はまだ国として認められていないだけだ。この先滅ぶにしても正式な国家と認められるにしても周辺国が参列を表明している。我々も顔を出しておいて損はないだろう。」
現国王は国を豊かにするとか版図を広げるといった明確な野望は持ち合わせていない。今回も有力者達と相談した結果なし崩し的に参列が決まったのだ。
ハミエルも決定事項に強く反対する程自分の思考に拘るつもりはなく、顔見知りと宴を楽しんでくるか、と楽観視していたのだがいざ会場に入ると言葉で言い表せぬ程の美少女を目の当たりにしてしまう。

最初はよく出来た人形か何かだと錯覚したくらいだ。造形からして人間が自然とこのような造りになるとは到底思えなかった。

整いすぎている顔立ちもさることながら体も豊満であり男なら彼女を見て欲情しないはずがない。

ただ周囲を見て見ても自分と同じような感情を抱いていたらしい。来賓達は夢か現かといった表情でその美しい少女を目で追い言葉を失っているようだった。
誰一人近づけなかったのはその美しさだけでなく、どこの誰かというのがわからないというのも大きかったのだろう。俗に言う恐れ多いという奴だ。
そんな中ハミエルが一番に近づき声を掛けることが出来たのはひとえに持ち上げられすぎて勘違いした自意識過剰な身分からだ。
『ジグラト』の王族といえば国内だとちやほやされる存在ではあったがそれは周囲の強権者達の思うように動いてくれるという意味からだった。
ゆえに国外からの評価は彼の国の王族というのは見るに耐えない程の事なかれ主義で傀儡と呼ぶにも頼りないといった印象なのだ。

そんな世間との大きな齟齬に気が付く事無く、声を掛けに行けない面々を見下しながら自信満々に近づいていくハミエル。
これほどの美少女に近づけるのは『ネ=ウィン』を飼いならすほどの強国『ジグラド』の王子くらいしかいないだろうというのが彼の偽りない本心だ。

「美しい姫君よ。私は『ジグラト』王国のハミエル=ジ=グラドと申します。失礼ですがお名前を聞かせていただけませんでしょうか?」

自分の容姿は国内でも相当な噂をされるほどだ。そして王族と言う身分とそれに見合った素養を備えている。そんな自分に声を掛けられたのなら彼女も喜んで答えてくれるだろうと。
だが名も知らぬ美少女が名乗りをあげる前に周囲で指をくわえて眺めていた来賓達がこぞって集まってくるではないか。
それらが次々に囲いだして自己紹介を始めたのでいよいよ収拾がつかなくなってきた。あまりの無作法ぶりにハミエルが一喝しようとした時。

「失礼。この御方ははリリー様と申されまして、大将軍ヴァッツ様の許嫁で在らせられます。」

翡翠色の髪を持つ美少女の脇から漆黒の黒髪を携えた従者らしき少女が代わりに名乗りを上げる、と同時にその身分まで明かされた。
ヴァッツというのは確か今回元服した少年の名だ。正直『ジグラト』として付き合う利点を見出せなかったので辛うじて名前だけを覚えていた状態だったのだが所詮は貴族止まりの少年だろう。
そんな身分の人間にこんな美しい少女は釣り合いが取れない。自分の方が相応しいはずだと滑稽な自信を胸にハミエルが会話を推し進めようとすると、

「ヴァッツ様はあたしをとても大事にしてくれている。もしお前ごときが手を出そうものなら死より恐ろしい目にあうぞ?」

今まで感じた事のない怒気を受けて心身が縮こまる。その言葉使いからも彼女自身がそれほど高貴な家の出ではないとも悟ると真っ青な顔色に強がりな表情を浮かべて立ち去っていった。





 「と、そんな事があったんだよ。」
ハミエルは今まで受けた事のない屈辱を今やロークスの代名詞とも言える実業家ナジュナメジナに愚痴っていた。
他の国では『アデルハイド』の王子が『ネ=ウィン』の皇子に剣を向けた話で持ち切りだったが『ジグラト』ではこちらのほうが深刻な事件だったらしい。
「そうですか。そのようなことが。」
「うん。いくら相手が平民の出といっても『ジグラト』の王子自らが声を掛けてきた事をもっと光栄に思ってくれないとね。容姿は申し分ないのに勿体無い。」
相変わらず自国と自分の実力を勘違いしているなぁと内心苦笑しながらも真剣な表情で向き合うア=レイ。
ただ今日だけはナジュナメジナが大声で笑っている。体の自由が利かないだけで感覚を全て共有している為ア=レイのやり取りは全て彼にも伝わっているのだ。
《この国は本当に馬鹿ばっかりだな!ああ、私の思い通りに事業が展開出来れば巨万の富が得られるのに・・・》
《それを実行して失敗したのはお前だろう。他人を貶すより己を見つめ直せ。》
自身の愚かさに気が付いていない体の持ち主を諫めた後、
「なぁナジュナメジナ、お前の力であのリリーという少女を私の妻に出来ないだろうか?」
ア=レイはハミエルを慰めていたが、彼の要件は愚痴ではなくこちらが本題だったようだ。
「お前程の実業家なら伝手や金で何とでもなるだろう?もちろん私も出来る限り協力する。折角見つけた美少女だ。あんな田舎臭い少年に盗られるのは我慢ならない。」
話ぶりから既に自分の物のように熱く語っている。国内で相当持てはやされて来た反動が表れる形になっていたがそれでもア=レイは表情を崩すことなく真剣に悩む素振りを見せていた。
《こ、こいつ・・・どこまで自信家なんだ・・・しかしリリーか。私も一度見て見たくなったな。それほどの器量なら愛人にしてもいい・・・》
《さっきも言っただろう?お前はまず鏡に発言することを覚えるんだな。》

ナジュナメジナは今年51歳。武術を嗜んだ経験もなくただ欲望のままに生きてきたその体は醜く、顔も決して女受けするものではない。
もちろん彼の中では唸るほどある資産を使ってという意味だろうが体の所有権を奪ってからナジュナメジナに入る金は以前の十分の一にまで減っている。
それでも売り上げは伸びているのだから大したものだと周囲は褒め称えるが素人のア=レイが何か特別な事を実行している訳ではない。
ほんの少し労働者の数を増やし、ほんの少し賃金を増やし、手持ちの資産内で事業を少しずつ拡大したくらいだ。それだけで彼らは喜び勇んで仕事に励んでくれるのだ。

素人でもわかる。短期で事業を拡大した後に劣悪な環境の中で労働者を働かせれば主に入る収益も一気に跳ね上がるだろう。だがそれは同時に多くの反感を買い、労働の意欲を削いでいくのだ。

「・・・わかりました。どこまでお力添え出来るかわかりかねますがこのナジュナメジナ。ハミエル様と『ジグラト』の為にひと肌脱ぎましょう。」
「おお!!流石5大財閥人の1人だ!よろしく頼むぞ!!」
ハミエルは大喜びでこちらの両手を取ってぶんぶんと縦に振ってくるが脳内の本人は少し不安そうだった。
《大丈夫なのか?金についても詳しくないお前が他人の色恋をどうこう出来るとは思えないんだが・・・》
《何を言う。だからこそ引き受けたのだ。非常に面白そうじゃないか。》
確かにナジュナメジナの言う通り色恋沙汰などこれまで一度も経験がなかった。
ただア=レイは己の本心にただ忠実に生きている。だからこそ余計な問題にすぐ首を突っ込みたがるのだ。
「では早速『アデルハイド』に出向いてみましょう。まずは情報を集めてきますので王子はこの地でごゆるりとお待ち下さい。」
話によると『トリスト』という国の関係者に用事がある場合は全て『アデルハイド』を通すとの事らしい。

翌朝早速馬車を北に走らせるア=レイ。そのまま大街道に出て東に向かうのかと思えば彼は馬車を北上させ続ける。
《おい。まさかまたあの傀儡王に会いに行くのか?》
《うむ。まぁ彼にも会うがシーヴァルが気になってな。あの青年も元気にやっていると良いんだが。》
『ジグラト』の宝、カーチフに頼まれて面倒を見た青年。彼もまた色恋沙汰の犠牲となって随分心を病んでいた。
もしかすると今回のハミエル王子の件で何か役に立つ情報を得られるかもしれない。そんな期待も胸に彼らは『ボラムス』へ向かっていった。





 天界とは人間世界の遥か上空に存在し、どれだけ高く飛んでも地上の生物はその世界に足を踏み入れる事は出来ない。
だがその近くであまりにも強すぎる力が衝突し合った衝撃は天界中の噂となっていた。本来なら脆弱な生物の事など微塵も興味がない彼らだが今回地上でその原因だった人物が何やら儀式を行うという。
「・・・仕方あるまい。少し見てくるか。ウォンス、ウェトル、行くぞ。」
どの程度の者か確認しておく必要があると判断した天界の王セイラムは最側近の2人を呼ぶと天界一大きな湖に飛び込んでいく。
このまま噂が先行してしまうと好奇心から天族が下界に降りかねない。事実そういった事は時折起こるのだ。そして無駄な火種を地上に残していずれは消えていく。
天族の王としてこれ以上無責任な行動を見過ごす事は出来ず、10年ほど前に災いの予兆を感じたからこそ地上でも強く頼れる人物を見繕ってその対策をするように厳命したのだ。
その時には自身の血族である双子の娘も預けてある。あれらが成長すれば人間ごときが敵うはずはないと思ってはいても今回このような事件が起きてしまう。

ただ災いしては少し規模が小さく、そして早すぎるとも感じていた。

恐らく自身が感じた危機ではないはずだ。なので余計に気になっていたセイラムは箝口令と下界へ降りた場合の厳罰をしっかりと命じたのだ。
セイラムを含め最側近の2人も彼に劣らず強大な力を保有している。そんな3人が光のような速度で湖の底を突き抜けると一気に地上が見えてきた。
全てを天界から見下ろしていたセイラムはそのまま『ビ=ダータ』の王城まで一気に降りてくると静かに足を地面につける。
「久しぶりの地上だな。」
「お?何だい大将、思いに耽ってるのかい?」
お調子者のウォンスがにまにまとした表情でこちらをからかってくる。彼は天族としては珍しく黒髪の短髪という容姿だがその言動も王の側近としては不相応なものだ。
ただ自身の弟とは違いウォンスのそれに嫌なものは感じない。これはそうなるように願って生み出したからだろう。
「ウォンス。もう少し弁えるのだ。」
逆にウェトルは非常にかたっ苦しい性格をしている。これも珍しく黒髪の天族だが彼は常に目を閉じていて本気で戦う時以外にそれを開ける事はない。
今回争いに来たわけではないのでその目が開く事もないだろうし背中の翼を顕現させる事もないだろう。なので3人が3人とも背中が閉じた布の多い正装に身を包んでいる。

わずかに懸念すべき点は彼らが招かれざる客だという事だ。

天族なので色々手段はあるが今回は王自らが力を解放しながら正門を堂々と入って行く。衛兵はもちろん召使い達も誰一人彼らを認知する事はない。
そのまま祝宴の会場に向かう3人。ウォンスは興味深そうに建物内をきょろきょろとしていたがそれを咎める者はいるわけもなく誰一人身動きどころか呼吸すらしていない世界を3人は歩いて行く。
やがて目的の人物を発見すると。

「あ。これやったのあんた達?」

世界の時が止まっていたにも関わらず蒼い髪の少年は一人何事も無いようにこちらに振り向いて尋ねてきた。





 天族の王セイラムの保有する力の1つ、世界の時を止める力はほぼ万能だ。自分の意志でその中を自由に動ける人物を選ぶ事も出来るし今回もこの蒼髪の少年だけ術を解いて4人で相対するつもりだった。
しかし相手にその必要はないらしく、まるで普段通りに動いていたので内心驚いたセイラム。ただ最側近の2人はその事実に気が付けていないようだ。
「ああ。私が時を止めている。自己紹介させてもらおう。私は天界の王セイラム。こっちがウォンスでこちらがウェトルだ。」
「そうなの?よろしくね!オレヴァッツ!!」
少年はとても愛想よく握手を求めてきたので2人は流されるように、そしてお調子者は喜んでその手を固く掴んでいた。
「ヴァッツよ。2月ほど前か、我が天界の近くで誰かと戦っていたな。その時のお前の力が気になって会いに来たのだ。」
「2か月前っていったらセンフィスと戦ってたね。彼、何かにとりつかれちゃってて・・・」
底抜けに明るそうだった少年がその話をし出すと目に見えて落ち込んでいく。見た目通り感受性豊かな成長期の少年といった感じか。
今回はその正体について知ろうと降りてきたのだがまさか時を止める術に介入してくるとは思わなかった。セイラムはそんな彼に当初以上の興味を持ってしまうと、
「君は中々に強い人間らしいな。どうだろう?一度天界に来てみないか?」
「えっ?!大将そんな話をしに来たのか?!」
身内から激しく驚かれるがそれも当然だろう。決断したのはたった今なのだから。
正直セイラムから見てヴァッツという少年は普通の人間にしか見えないし特別な力も感じない。なのに自身の術にかかることはなかった。
その秘密に迫りたい。強さを求める天族の血がその結果天界に招き入れるような発言を許してしまったのだ。
「え?いいけど・・・その前に皆を元に戻してくれる?」
いとも簡単に了承するヴァッツ。そんな事よりも周囲の時間が止まってしまっている事の方が気になっているらしい。
「では早速行こうか。君が来てくれるのなら時間も戻そう。」

「騙されるなヴァッツ。」

天族の王を止められる者などいない。なのにいきなり彼の背後から聞き覚えのある声がこちらに非難を浴びせてきた。
それは最側近の2人も知っている人物だったので一気に場の空気が緊張感のあるものに変わり出す。
見れば少年の足元から魔界の王がゆっくりと姿を現したではないか。ただその登場には様々な疑問が浮かんでくる。
まず人間界は今セイラムの術によって時を止めている。つまり彼の許しが無い限り動く事は出来ないはずなのだ。
そしてその男が姿を現した方法。以前からよく知る人物だがそんな術を見た事はなかった。

「バーンか。相変わらず横槍を入れるのが得意だな。」

元は同族であった彼は魔術を身につけてからみるみる容姿を変え、今では頭部から角を生やしてしまっている。
非常に醜い姿を前に思わず顔を歪めてしまうセイラムだがバーンはお構いなしにヴァッツの両肩に手を乗せると自分の下に引き寄せる。
「あれ?バーンだ。ひっさしぶり~!!」
「いや、まぁ久しぶりなんだけど・・・随分明るく育ったね?」
(奴と知り合いだという事は魔族の血をひいているのか?)
だとすれば過剰すぎる力を持っている事には納得がいく。だが魔族の力ならセイラムにも識別出来るし天界付近での衝突は明らかに暴力によるものだった。
「ここは一戦交えるかい?!」
「王の命なら私も従いますぞ。」
「あちゃ~これだから天族は・・・折角闇を統べる者に呼んでもらえたから喜んで来たのに貧乏くじも良い所だよ!」
未だ謎が頭の中に残っていたセイラムを置いて3人が臨戦態勢に入り出したので彼はすぐに2人を止める。
「良い。今日は祝いの場らしいからな。ヴァッツよ。また今度迎えに来るよ。」
それだけ伝えると彼は最側近の2人を従えて窓から空高くへと飛び去った。


彼らの速度で飛べば天界に戻る時間など一瞬に等しい。だからだろうか。セイラムは今日起きた不可解な出来事の答えを出せずにいた。

まず時を止めていたのにヴァッツは何事も無く動いていた。
そしてどういった訳かバーンにもその術が効いていなかったのだ。あいつの事は良く知っている。魔術という力とも呼べない小賢しい技に没頭していった天族の恥さらしだ。
彼らが天界と魔界を作ってから10万年は経っている。その間に何度か拳を交えたが奴が時を止める術に対抗出来た事はなかった。
(まさか魔術とやらで私の術を打ち破ったというのか?)
仮定してみたもののセイラム自身が魔術というものをほとんど知らなかった為その真偽は定かではない。ただこの時初めて魔術に対して少し知識を集めてみようと決意したのは間違いない。

あとは地面から浮き上がって来た術だ。あれも今回初めて目の当たりにした。恐らく天界から直接地上にやってきたのだろうが、あの術を自由に使えれば移動という概念がなくなるだろう。
(・・・魔術に対して少し侮り過ぎていたのかもしれないな。)

バーンの姿が現れた事によってセイラムの思考は偏った方向へと流れてしまうがこれは仕方のない事だ。
時が来ればヴァッツの力も明かされる。その時まで彼はヴァッツが魔族の関係者だと信じて疑わないのだから。





 「何だったんだろ?」
ヴァッツがきょとんとしていると周囲の時間が流れ出し、一人浮いた格好をしていたバーンが慌て出す。
「おおっと?!ヴァッツ!!闇を統べる者!!僕は隠れるね!!あとでゆっくり話そう!!」
争いを嫌う彼は小さないざこざさえも嫌がるのだ。なるべく周囲の来賓達のように落ち着き払った足取りで素早く会場を後にするも角が生えた彼の姿は奇異の視線を浴びまくりだ。



【いきなり呼びつけたのは流石に悪かったか?】



闇を統べる者がヴァッツにだけ聞こえるように尋ねてみても彼自身が何故バーンを呼んだのかがわからないので答えようがなかった。
と、今度は会場の誰からも気づかれる事無く黒い外套を纏った小柄な人物が中空に浮いたままふわふわとヴァッツの傍に近づいてくる。

「お主がヴァッツか。なるほど・・・・・一体何者じゃ?」

まだ幼さの残る少女の声が尋ねて来てもヴァッツにその真意が伝わるはずもなく、
「オレ?オレは今『トリスト』の大将軍をやってるよ?」

「・・・わらわが聞きたいのはそうではなくてじゃな・・・わかったぞ。強大な力を得た代償として知恵を失ったのじゃな?」

彼に近しい者が聞けば激しい反論と怒気が返ってきそうだが傍にいるアルヴィーヌやルルー、カズキにハルカらが反応する事は無かった。まるでこの黒い外套の少女を誰も認識できていないかもようだ。



【礼を弁えるが良い天魔の女。ヴァッツが求める答えを返せないのはお前の尋ね方にも問題があると知れ。】



地の底から聞こえてきそうな低く、それでいて力のある声が彼女を叱りつけるような感情を乗せて会場内に響くと今度は周囲が一斉に反応し始めた。
「何々?『ヤミヲ』どうしたの?」
「天魔の女?何だ?敵か?」
「ルー!ヴァッツにしがみ付いて!敵は私達が駆除するから!」
同時に傍で全くの無反応だった面々も我を取り戻したかのように動き出す。だが相変わらずヴァッツの目の前にいる少女には誰も反応を示さない。

「・・・わらわは七神の主ティナマという。覚えておいてくれ。また会おうヴァッツ。」

天族と魔族から生まれた少女は彼にしか聞こえない声で名乗りを上げると誰に認識される事も無くそのまま来た道を去っていった。
「何か今日は知らない人がいっぱい来るね?」
「それが祝典だからね。ヴァッツも元服おめでとうね。」
終始いつもと変わらなかったヴァッツは感心したように呟くと隣にいたアルヴィーヌが少しげんなりしながらも笑顔で答えてくれた。

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