闇を統べる者

吉岡我龍

元服 -友として-

 元服の儀式が行われる。そんな話が入ってきた後、スラヴォフィルとザラールからの要望で左宰相の地位を約束されたショウ。
今まで大それた位に興味がなかったので特に反対する事も無くその話を受けていたのだが。

「そうなんですよね。私はこれ以上大切なものを失いたくないからヴァッツの傍にいると決めたのです。愛国心とは別の動機でどこまでお役に立てるか・・・」
仕事の合間を縫って本人の部屋へと遊びに来ていたショウが敏腕執事の淹れたお茶を楽しみながら愚痴を零す。
隣には彼を苦手と言っているウンディーネも美味しそうにお茶菓子をぽりぽりと食べながら満面の笑みを浮かべていた。
「うーん?そうなの?オレ難しい事はよくわかんないけどショウが近くにいてくれるならそれだけでいいよ?」
相談相手の大将軍は相変わらず小首を傾げてきょとんとしていたが心なしか妙な風格を見せるようになった。
これはハルカがキシリングに相談されたという事でまずは立ち居振る舞いから、と実践しはじめた事が影響しているらしい。
「私もイルの仕事を少しでも楽にしてくれるのなら嬉しい。」
その隣にはすっかり定着して居座るアルヴィーヌがこれまたお菓子をぽりぽりと食べながらこちらに話しかけてきた。
正直王族の仕事は誰かが代わって出来るものではないので期待されても困るのだがそこは説明する必要も無いだろう。
「尽力しますよ。ところで『東の大森林』のほうはいかがでしたか?」
彼らには『アデルハイド』と『東の大森林』に出来た開墾地を結ぶ街道と蛮族達が暮らせる場所を整地する為に派遣されていたのが1月ほど前までの話だ。
「貴方に言われた通り地面を均して過剰すぎるほどの木を引っこ抜かせてから帰って来たわよ。一応大将軍に雑用を任せすぎない為って言い訳もしてきたわ。」
従者の割りに随分堂々とくつろいでいたハルカが概要の全てを語ってくれる。つまり今頃彼らは部族間の争いなどをする暇もなく家屋の建築に勤しんでいるという事だ。

これはカズキから相談を受けた時から考えていた。

蛮族というのはそれぞれが独立した国家なのだ。例え似たような環境に身を置いていたとしても彼らの価値観は著しく異なる。
そして今回起きたガハバの騒動と平定問題。これらを解決すべくまずは障害を取り除き、そして平定には彼らが争う暇を与えないように工夫を凝らす。
その為に労働という形で意思の統一を図ってみたのだ。更に『トリスト』には恐るべき人物がいるというのも喧伝出来た。その下に従属を誓ったのだから少しの間は大きな騒動など起きないはずだ。
しかしここまではあくまで小手先の政策に過ぎない。この後しっかりとした長の下で文化と意思の統一を目指さねばならないだろう。

「バラビアはどうですか?しっかりと族長の責務を果たしていますか?」
「問題ありません。しがらみから開放されて伸び伸びと指揮を執っています。」
第一位という従者らしく、ヴァッツの後ろで直立したままの時雨が答えてくれたことでショウも深く頷いた。
彼女は短い期間だったが『トリスト』の文化や道徳観をしっかりとその身で感じていたはずだ。ならばこのまま彼女を部族統合時の長としてもいいのかもしれない。
「でもこっちに戻りたそうだったよ。ヴァッツの傍にいたいって。」
元々バラビアがヴァッツの従者として近づいてきたのは彼との間に子を授かりたいからだった。
こればかりは様々な人物と思惑が錯綜するのが目に見えているのでショウといえど二つ返事で後押しするわけにはいかない。
ただし、その提案自体には前向きだった。強い親から強い子が生まれるのは歴史を振り返ってみても一目瞭然で、かなりの武力を誇るバラビアを母体としてヴァッツの子が生まれれば強靭な子が誕生するはずだ。
「それは彼女の働き次第でしょうね。一応後で書簡もお送りしておきましょうか。」
来年には男子4人が揃って13歳を迎える。身分を考えるとヴァッツやクレイスは婚約、もしくは許婚をあてがわれても良い年齢だ。
その競争相手として名を連ねたければ現在の職務を死ぬ気でこなすようにと発破をかけておけばバラビアもより一層成果をあげてくれるだろう。
あとは個人的な目標としてどう立ち回っていくかだが。

「祝典、楽しみですね。」
今のショウは偽りのない本心を口に出してみると周囲から意外だと言わんばかりの視線が向けられた。
「ショウって静かな雰囲気を好みそうなのに意外なの。」
ウンディーネが不思議そうに感想を述べると周囲の少女達は皆激しく頷いている。ただ彼女達の想像とと自分の思惑とは大きくかけ離れているが故だろう。
「騒がしいのも嫌いではないですよ。それに私が楽しみにしているのは各国からの来賓達です。」
式典や晴れやかな祝宴は二の次だ。来年左宰相としての地位が転がり込んでくる為、ショウは人脈を手に入れる事を目標に定めていたのだ。
これは『シャリーゼ』時代には成し得なかった仕事だ。あの時はアン女王が全てを掌握していたので彼は側近と軽めの補佐だけに留まっていた。
制限はあるがそれでも来年からは国同士の付き合いも学んでいかねばならない。その第一歩として祝典へ強い意欲を示しているのだ。

「私はあんまりごちゃごちゃしたのは嫌いなんだけどな。親しい人間だけでお祝い出来ればよかったのに。」
今回は『緑紅』のルルーも参列する為にヴァッツとアルヴィーヌが護衛につく話となっている。確かに彼女の希望通り身内だけの祝宴なら変な気を使う必要もなかったはずだ。
しかし彼女も第一王女、いくら妹が有能とはいえもう少し国政に参加すべきだろう。でないと何か想定外の出来事が起きた場合に『トリスト』自体が困る事になる。
「まぁ今回の式典は国が大いに絡んでるから仕方ないわよ。」
だが今の今まで全てをイルフォシアに任せていた風潮がアルヴィーヌに強く進言する事を避けていた。
年明けと共に『トリスト』の象徴が1つ失われる事になるとわかっていれば皆がもう少し意識を強く向けていたかもしれないが、

「よくわかんないけどお祝い、皆で楽しめたらいいね!」

ヴァッツがにこにこの笑顔でそう発言した事でこの話は終わりを告げた。





 議会に参加して以降イルフォシアの様子が明らかにおかしくなってはいたがショウにそれをどうにかする術は無く。
「クレイス。また何かやらかしたのでは?」
前回彼が会得していた魔術を内緒にしていた為ひどく機嫌を損ねた第二王女。今回も何かしら関係していると踏んでの発言だったがクレイスに思い当たる節はないらしい。

年末近くに『ビ=ダータ』入りするとショウは早速会場や城内を見て回っていた。『シャリーゼ』にいた頃は他国との干渉はほぼ有り得なかったのでそれだけでも胸が躍る。
後は祝典へ向けて多少の段取りだけ確認すると参列名簿を確認しながら熟考し出した。ウンディーネが用意してくれたお茶を飲み干す頃には全ての人物と国籍を記憶し、今年最後の晩餐を友人達で堪能しようと食堂へ出向いた所。
「おいクレイス。何沈んでるんだ?」
立食しながら少年達4人が揃うとカズキが尋ねる。確かに朝方会った時とは打って変わって雰囲気が暗い。というか何かを悩んでいるのか。
明日は年が開け、更に全員が13歳という節目を迎える。その前日にこの少年はまた何かやらかしたのだろうか?
元々無力であり王族の自覚が乏しいクレイスはその力量をはるかに上回る厄介事を引き寄せてしまう事が多々ある。現在は多少力をつけたものの恐らく自身の力だけではどうにもならない事なのかと推測するも、
「う、うん。ちょっと考え事をね。」
「考え事ですか?私達で何か助力出来るなら仰って下さいね。」
イフリータの力を失い少し穏やかな性格になったという自覚はあったものの、クレイスを認め始めてからの自身の言動は随分優しくなったなぁと感心する。その証拠にカズキがびっくりした表情を向けてきた。
「そうだよ!オレで良ければ何でもやるからね?」
「2人ともありがとう。でもこれは僕自身の問題だから僕が決断しなきゃ駄目なんだ。」
こちらに感謝を述べつつ強い決意の眼差しを浮かべたクレイスを見てこの少年も強くなったんだなと軽い感動を覚える。
今なら『アデルハイド』に戻っても十分王族の責務を全う出来るはずだ。父王はさぞ喜ばれるだろう。

いつの間にか親交を深め合い、気が付けば揃って元服を迎える事が出来た4人は12歳最後の夜を笑いながら過ごすと翌朝、各々が礼服に身を包み祝典に臨んだ。



この時にはわからなかったが目の下の大きな隈はその悩みに比例するものだったのだろう。
念の為クレイスが相談しに来た時は最優先で話を聞く事を頭において早速開かれた祝宴の場でショウはまずガビアムの下に向かう。
彼の噂と『リングストン』を出し抜いて国を興した手腕は聞き及んでいる。詳しい人物像は追々調べるとして今は祝典への感謝と挨拶に留めるつもりだった。
「おお!ショウ君!!いや、ショウ様と言ったほうがいいのかな?左宰相として辣腕を期待されているからね。」
だが軽い接触だけで済まそうと思っていたのに彼のほうが随分熱心に話を展開してくる。この後まだまだ挨拶を交わしたい人物が多々いたので彼は少し離れた場所にいたウンディーネに小さく手招きして呼び寄せると、
「こちらはウンディーネ。私の片腕とも呼べる存在です。」
足元を隠して人間にしか見えない少女を紹介すると2人が想像以上に喜んで挨拶を交わしたのでショウはこの場をこっそりと離れる。
どうやらガビアムはショウとの強い繋がりを欲しているらしい。だが彼は友好国の王だ。それは後で何とでもなるだろう。

次に向かうべき相手は決まっていた。しかしその相手が意外な人物と談笑していたので仕方なくそちらも相手をする覚悟を決めると、
「お久しぶりですクスィーヴ様、ウォランサ様。」
「おお!ショウ君!今年から宰相だって?凄いじゃないか。」
「お久しぶりです。ショウ様も随分変わられたようで。以前より見違えるほど優しく、頼もしくなられましたね。」
今回スラヴォフィルの計らいで西の大陸からも2人の王を招待したのだ。彼らの国には旅の途中で立ち寄り、様々な経験と思い出を与えてもらえた。
その時の感謝とこれからの交流に向けてしっかりと親睦を深めておく必要があるとショウは判断していたのだが。
「おうショウ!聞いてやってくれよ。あの後ジェリアはそのままクスィーヴの嫁になったんだとよ!」
「そうなんだよ!しかもすぐ第一児が生まれたんだよ!手が早いにも程があると思わないかい?!」
クスィーヴは領主であった自分に謙る事のなかったガゼルを甚く気に入っていたので自然と顔見知りが集まってこの3人が世間話に花を咲かせていたらしい。
「それはおめでとうございます。早速我が国からお祝いをお送りしましょう。」
新年早々目出度い報せに手に入れたての権限で約束するショウ。未だに『トリスト』を我が国と呼ぶ部分には違和感を覚えるがじきに慣れるだろう。
「しかしウォランサ様。王たるもの子を誰よりも求めるのは別段可笑しな事ではありませんし早いのも良い事です。」
「いや、私が言いたいのはあの後あの夜に体を重ねたから早いって言ってるんだよ!」
「ふむ。しかし貴方が預けてもいいと仰っていたのでその言葉に甘えただけです。ジェリアは非常に魅力的な女性でしたから。」
「だから王妃になった時にはもうお腹が少し目立ってたらしいぜ。いやぁ俺もただただ目出度くて嬉しいんだがウォランサが手順に五月蝿くてな。」
3人の会話を聞いて想像とは違った掛け合いに驚くもショウは2人の王に対しての印象を深く刻む。
どちらかといえば飄々としているウォランサの方がそういった方面では大らかだと感じていたが考えれば彼は王族の出自。情操教育はクスィーヴよりしっかりと受けているようだ。
対してクスィーヴはなし崩し的に王の座へ上げられた。そこから自棄になったのか箍が外れたのか、ジェリアを求めてあの夜行為に及んだらしいが他国との絆を生むという意味ではそれも正解だとショウは分析する。
後は子供の名前と最近の情勢だけを軽くやり取りすると彼は次の人物へと挨拶しに足を運んでいた。




この時だった。悩みからか、クレイスが凶行に出たのは。




見れば彼が魔術で作り出した水の長剣らしきものをナルサスに突きつけている。凡そ今までのクレイスからは考えられない程暴力的な行動だったが傍にいるイルフォシアを見て何となく察した。

彼はそれほどまでに彼女を愛しているのだろうと。

その姿が『シャリーゼ』時代の自分と重なったショウは今後クレイスの身に降りかかるであろう七難八苦を対処する為、益々気合を入れ直すと『リングストン』『ジグラド』『ハル』『モクトウ』といった各国の面々にクレイスの謝罪と挨拶回りを進めていくのだった。





 祝宴の最中だがその場を抜け出してザラールから暫定的なクレイスの処分を聞くとショウは再び会場に戻ってより親密になる為の会話を推し進める。
といってもこちらから出せる物は多くない。そもそも『トリスト』という国だけでは生産能力が低く、抜きん出て自慢出来るのが軍事力しかないのだ。だが今回はその軍事力こそが最も重要だとショウは悟る。
「我が国は大将軍ヴァッツによって磐石の護りを得ています。更に王女姉妹も魔術武術共に優れており他に比肩する国はありません。」
現在『ネ=ウィン』の侵攻を恐れている諸国は貢納品を納めることで偽りの平和を手にしている。
そして今日公になった『トリスト』との対立。もちろん各国が二国の名と交戦記録を手にはしていただろうが皆が真偽を判断しかねていたはずだ。それくらい『トリスト』という国は他国からして謎が多い。
(まぁ天空に国土と城がある、なんて普通思いませんからね。)
最も知れ渡っているであろう『ビ=ダータ』防衛戦時にヴァッツが持ち上げた大地。それによって出来上がった切り立つ崖がこの祝宴の会場から見えるのは偶然だろうか?
来賓達も各々が半信半疑といった様子でショウの話を聞いてはいたがそこは問題ではない。先にこちらの手の内をしっかりと伝えておくという事実が大切なのだ。
後から起きるであろう戦いと今日の話を各国で照らし合わせてもらい、そこから『トリスト』という国の信用と脅威を知ってもらえればよい。


だが裏で起きていたリリー強姦未遂の事件がその目論見とは別の方向に進んでいく事になる。


浅深はあれど来賓全てに挨拶を交わしたショウは祝宴の幕が閉じる前に呼び出された。
部屋に入るとそこには縄で括られた白髪の老人と『リングストン』のネヴラディンにスラヴォフィルが向き合って座っている。
「我が国の大将軍にあるまじき行為、本当にすまなかった。」
そして大王と呼ばれる男が言い訳らしいものをする事無く深々と頭を下げていた。いきなりの事で何が何だかわからなかったがスラヴォフィルの横に座って説明を受けると全てを理解する。
今後二度と『緑紅』の兄妹に干渉しないという約束さえ取り交わせば問題はなさそうだが独裁国家の頂点が真っ直ぐな人物である訳もなく、
「ラカンには必ず重い懲罰を科すと約束しよう。だがそうなると大将軍という絶対的な権力の椅子が空位になる。そこで我が国の軍部が安定するまで『トリスト』から人材を貸してはもらえんだろうか?さすればラカンの進退も確認してもらえて一石二鳥だ。」
都合の良すぎる提案に声を出して笑いそうになったが隣に座るスラヴォフィルからは怒りの気配を感じたので思わず背筋が凍るショウ。
ネヴラディンが何故そんなに謝罪そっちのけの堂々とした厚かましい申し出をしてくるのか。答えを察していたショウは怒れる『羅刹』に伺いを立てつつも自身の推測と照らし合わせてみる。
「そちらの軍部事情は私達には関係ありません。どうぞ勝手になさってください。」
「ふむ。そうか・・・ならばそうさせてもらおう。ところで今日の祝宴で起きた凶行についてだが、クレイスだったか?あやつは我が国の重臣達がいる前で剣を抜いた。これは決して許されざる行為だ。よって今ここで身柄を渡すように命じる。要求ではないぞ?」
やはりそうなるだろうな、とショウは隣に座っていたスラヴォフィルに軽く頷いた。
今回クレイスが起こした事件は国家間として考えるととんでもなく大きな問題だ。今後もこの手の脅しとして他国からも様々な要求を迫られるだろう。
彼は心の中ではほくそ笑んでいるのだ。本心ではクレイスなどどうでもよく、それを使って『トリスト』から人材を引き抜こうという魂胆が見え見えなのだがこちらとしてもクレイスを何としても守らねばならない。

「クレイスは『トリスト』にとっても『アデルハイド』にとっても大事な存在だ。貴様などに渡せはせん。」

だがここでスラヴォフィルが内包していた怒りをそのまま言葉に変えてしまったのでショウは大いに驚き焦る。しかし彼はヴァッツの祖父でありアルヴィーヌの父なのだ。
どう考えても腹芸などが得意な一族ではない。だからこそこの場に自分が呼ばれたのだろう。
「わかりました。こちらから全てを見届ける事の出来る人物をお送りしましょう。」
スラヴォフィルの素直過ぎる切り返しにネヴラディンからも挑発に近い怒りがにじみ出てきたので割って入る形で手短に答えたショウ。これは判断という域をとっくに超えた決定事項だ。
ここで彼の要求を飲まなければ『リングストン』ではないにしてもクレイスをどこか他国に引き渡さねばならない状況に陥ってしまう。
隣に座る『羅刹』は怒りを鎮めるのが精一杯といった様子だった為、ここは手に入れた権限を全て使って更に話を展開していく。
「ところでネヴラディン様、そちらはどのような人物でもよろしいのでしょうか?」
「ほう?」
すると憤怒から好機の眼光に切り替わった。こうなると全てがネヴラディンの想定通りに運んでいるのかもしれないが背に腹は代えられない。
「私としては是非同じ格の人物に見届けてもらいたいのだが。」
「きさっ・・!!」
声を荒げようとする国王を制しながらショウは最後の駆け引きに持ち込む。
「わかりました。ただし本人が望まない場合は他の人物をこちらから選ばせて頂きます。よろしいですね?」
「そういう事なら仕方あるまい。ただ・・・彼が来てくれるのならクレイスとやらの件、『リングストン』は不問に処そうじゃないか。もちろん我が国の息が掛かっている者達も文句は言うまい。」

つまりはそういう事なのだ。

口頭でのやり取りだが確かに約束を交わした事で先程起こった祝宴での凶行、これに対して『リングストン』及びその周辺国からは不問にするという言質を取った。
大元の『ネ=ウィン』を抑え付ける為にはまだまだ根回しが必要だが少なくともこの大国が罪に問わないと宣言してくれるだけで風向きは大いに変わるだろう。
ただ勝ち誇った笑みを浮かべるネヴラディンを見るに耐えかねたスラヴォフィルは黙って席を立つと部屋を後にする。
残されたショウは『シャリーゼ』時代に培ってきた作り笑顔で大王と縄から解放されたラカンを見送ると早速書面の手続きを指示してからハルカに詳しい事情を聴き始めるのだった。





 肝心の『ネ=ウィン』に関してはザラールが対応していたのだが、こちらは何故か話が縺れる事なく纏まった。
といってもクレイスの王位継承権剥奪と国外追放を取り消すまでには至らず、この2つが落としどころといった状況らしい。
だが本人は至って冷静で命があるだけ有難いといったような発言もしていた。彼がそう思ってくれるのならこちらとしても大いに助かる。
「ザラール様。クレイスの件については私に一任していただいてもよろしいですね?」
「よかろう。ただし私には包み隠さず全てを報告するのが条件だ。」
上官も二つ返事で快諾してくれたのでまずは彼が凶刃にかからないように他国への干渉から開始する。『リングストン』は罪に問わないと宣言しているので部外者がクレイスに関わる事に意味はないはずだ。
問題があるとすれば・・・
(やはり『ネ=ウィン』か・・・)
ナルサスという人物を深くは知らない為判断は難しいのだがそれでも公衆の面前であれだけの恥をかいてお咎めなしというのは有り得ない。
恐らく身柄の引き渡しや首の献上といった最上級の要求が難しかったのであちら側が譲歩して話をつけたというのが正しいだろう。
そして国を持たなくなったクレイスに刺客を送る。他国も干渉はしないだろうがそれを止める理由もないので彼は一生命の危険に脅かされる事になるはずだ。
しかしショウには秘策があった。それがガゼル周りの王達だ。
彼らの国は西の大陸で『ネ=ウィン』や『リングストン』の勢力とは一線を画している。クレイスやショウとも面識があり最近だとカズキとヴァッツが『フォンディーナ』の防衛戦に参加したのが記憶に新しい。
つまり海を超えてどちらかの国に入ってしまえば強力な追手に脅かされる事はかなり低くなるだろうと読んだのだ。

今回こそ偽装ではなく本物の亡命だ。

ただ護衛は目立たないように最低限しか付けられないので身の安全が確保されるまでは本人に頑張ってもらうしかない。
(・・・今のクレイスなら大丈夫でしょう。)
根拠はない。しかし彼も旅の途中からクレイスの成長を目の当たりにしてきた人間の1人だ。今ではウンディーネ直伝らしき魔術も身につけている。
ならばそこに無駄な心配をする必要はないだろう。


ショウがやるべき事はむしろその後についてだ。


年明けと共に元服を迎え、年始から左宰相としてその権力を余すことなく使う赤毛の少年は彼の親友であるヴァッツを悲しませない為にも、
そして自分が認めた未来の国王の為にもショウは静かに根回しを続けるのである。














自分のいない間にクレイスがオスローとの立ち合いで勝利を収めたというのは人伝てで聞いていた。
そんな彼の様子がおかしかったのには気づいていたがまさかナルサスに剣を向けるとは。
ルルーの護衛に回りつつも怒気を無遠慮に放つ弟子を遠巻きで眺めながらにやりと口元を歪めていたカズキ。
皇子のすぐ後ろには4将も控えており下手をすると大事になりかねない。いや、既に大事にはなっているのか。
自分は護衛が最優先の為動くかどうかの判断が難しかったがナルサスが退いた事でこの場は収まる。しかしこれが原因で『トリスト』は相当大変な事態に陥ったらしい。
国務に関して全く無知なカズキがそれを知るのはかなり後の事になるがそれでも年明け2日目にクレイスが国外追放になると報せを受けた時は衝撃が走った。

「てっきり落ち込むかと思ったんだが割とさっぱりした顔をしてるんだな。」

同室だったカズキは旅立つ準備をしている友人に話しかけてみると、
「うん。今回は僕が悪かった。でも後悔はしてないんだ。」
気落ちしている様子もなく、むしろ悩みが全て吹き飛んで爽やかな笑顔さえ見せている。これなら安心だろうと快く見送る用意をしていたのだが、
「ねぇカズキ、1つだけお願いしてもいいかな?」
「うん?何だ?」
「もしまたナルサスがイルフォシア様に手を出そうとした時は・・・その・・・護ってあげてくれないかな?」
今後、自身に降り注ぐ危険などを考えずに第二王女の心配をするクレイス。国外追放になっても尚彼女の事を気に掛けるというのは本気で惚れ込んでいるのだろう。

「俺に任せていいのか?手心一切なしに斬り捨てるぞ?」

そもそも本気でないと祝宴の場であんな行動は起こさないはずだ。カズキもカズキなりに考えて自身の出来る事を口にする。
「そうなったらまた一緒に旅をしようか。」
これには後顧の憂いを断ち切るという意味が含まれていたのだがクレイスは苦笑しながら彼なりの本心を返してくれた。
もちろんナルサスを斬り伏せてしまったら今度こそ国外追放などという甘い処分では済まないだろうし、その時はお尋ね者同士が身を隠して宛てのない旅に出るのも悪くない。
「ま、俺が手を下すのは最終手段だ。ショウやヴァッツも色々動いてるみたいだし、こっちの事は心配するな。」
特別な事をするでもなくその夜はいつもの食堂で食事を摂り、いつも通りに訓練をこなす。

そして彼が旅立つ早朝に『アデルハイド』で各々が別れの挨拶を交わす。
カズキ自身に寂しさや心配は無かったがふと周囲にイルフォシアの姿が無い事だけは気掛かりだった。





 カズキ自身が未だ恋に落ちたことはなく、今回働いたのは野生の勘ともいえるものからだ。
飛空馬車で『トリスト』に戻ると彼はすぐにイルフォシアの部屋に走っていく。祝宴での事件は彼女にも大きく関係していたはずが別れの場に来ていなかった事、これをもっと早く危険だと感じるべきだったのだ。
扉を叩くことをせず蹴破る形で中に入るとそこにはハイジヴラムが片膝をついて息を切らしている。
「カ、カズキ様・・・イ、イルフォシア様が・・・」
御世話役の大男を見下ろす翼の生えた少女はその容姿に見合わぬ長刀を片手に恐ろしい闘気を放っていた。
部屋の中は家具が粉々に破壊され、床や天井にある無数の斬撃や亀裂から激しい戦いの後だというのは容易に想像出来る。なのにこの少女は傷一つ負っておらず息は乱れてもいない。
「イルフォシア。クレイスの下にいくのか?」
「ええ。貴方も止めに来たのでしょう?」
少女が激しい怒りと共に質問をしてくるが正直なところ止めるべきかどうか一瞬悩んだ。このままイルフォシアを行かせてやったほうがクレイスも喜ぶのではないかと。
しかし友は自分に彼女を護ってほしいと告げていた。そして恩師であるスラヴォフィルの娘を行かせたら『トリスト』内で必ず大問題になるのは目に見えている。
「・・・そうだな。俺と勝負をして勝てたら行けばいい。負ければここに残る。っていう条件でどうだ?」
下手な感情や思考は自分らしくないと考えた結果、その判断は己の腕に賭ける事を選ぶカズキ。
「構いませんよ。」
大きく真っ白な翼を目一杯に広げて長刀を構える姿は神々しさと共に威圧感も凄まじい。だがカズキも腰の刀を抜くと静かに構えて対峙する。
彼もガハバを独力で退けるほどには強くなっているので傍から見れば良い勝負をしそうだと思われるのかもしれない。

しかし戦いの中で生きてきた本能と勘は常人のそれを遥かに凌駕する。

恐らく相手は1枚か2枚は上手だろうと読む。ならば胸を借りるつもりで、それでも隙があれば細い勝利への糸口を掴めたらとこの話を吹っ掛けたのだ。
足元に転がっていた壺を蹴り上げようとも考えたがまずはその力量をしっかりと見極めたい。
搦め手などの考えを一切捨てて地を這うように間合いを詰めたカズキは相手に気を配る事なく殺す気で一刀を放った。

ぎゃりりっ!!!

激しい火花と共にイルフォシアもその剣閃を堂々と受け切る。その気になれば軽く身を躱して反撃を放つくらいは出来ただろうにそうしなかったのはカズキの心情を読み取ったからだろう。
小さな体と細い手足からは想像もつかない力強さに驚愕するも表情はそのままに素早く剣と体を退きながら追撃を放つ。
それらを難なく受けきるイルフォシアは時折薙ぎ払いを放ってくるのだがそれらは部屋の大理石をまるで豆腐のようにすぱすぱと斬り刻むのだから潜在能力の違いを痛感する。
恐ろしい程の猛者を相手に当初の目的を忘れつつ心身を熱く滾らせて刀を一心不乱に振り続けるカズキ。
久しぶりに全力で戦える相手と出会えた事に至上の喜びを噛みしめていたのだがイルフォシアは一刻も早くクレイスの後を追いたいのだ。

ばきっんっ!!

戦闘狂の双眸ですら捉える事の出来なかった打ち下ろしは刀を真っ二つに叩き折り、そこで勝負がついたと判断したイルフォシアが静かに下がって間合いを取る。
「では私はこれで。」
「・・・待て。」
完敗したカズキはすっきりした顔で折れた刀を鞘に納めながら飛んでいきそうな第二王女を止めた。彼女からすればまだ何か用なのか?と少し面倒臭そうな表情をこちらに向ける。
「クレイスに伝えてくれ。すまん。約束を果たせなかったってな。」
「??? よくわかりませんがわかりました。」
意味が理解出来ないまま了承だけしたイルフォシアは今度こそ振り向く事無く白い翼をはためかせるとそのまま南の空に飛び去っていった。



その後ハイジヴラムに第二王女を止められなかった事を謝罪しつつこの件を2人でスラヴォフィルに報告する。
だがカズキはこれでよかったのかもしれないと心の中では感じていた。
ショウがクレイスに隠れて護衛をつけるような話もしていたがイルフォシアほど強い人間が傍についていれば何も心配ないだろう。唯一心残りだったのは、

(あんなに強いのならもっと稽古をつけてもらえばよかったな・・・)

カズキが想像していた更に1枚は上手だった。恐らくあの強さはスラヴォフィルを超えているだろうとすら感じる。
13歳になっていきなり強者と戦えた大いなる喜びと友との約束を果たせなかった少しの後悔を胸に、彼はこの国でもっと高みを目指さねばと心に誓うのだった。

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