闇を統べる者

吉岡我龍

元服 -譲れない想い-

 今回の祝典はルルーも参加するという事でヴァッツとカズキが彼女の護衛にまわる話は聞いていた。
なので先立って自分とショウとイルフォシア、更にウンディーネの4人がハイジヴラムの御する馬車で『ビ=ダータ』に向かっていたのだが。
「祝典か~楽しみなの!」
「・・・・・」
一人馬車の中ではしゃぐウンディーネとは別にイルフォシアは随分静かに窓の外を眺めている。
普段からしっかりとした印象なだけにその気の抜けたような姿は珍しく、ついクレイスも目で追ってしまうが心ここにあらずといった様子でこちらの視線に気づく気配もない。
「クレイス。また何かやらかしたのでは?」
隣に座っていたショウから酷い濡れ衣を着せられて思わず顔をしかめるが乙女心というのは複雑なのだ。
もしかすると無意識のうちに何か彼女を傷つける様な事をしたのかな?と思い返すが今のイルフォシアからは前回のような怒りや嫉妬は感じられない。
「あ、あの。祝典、楽しみですね?」
「・・・・・」
話題を振ってみたが耳に届かなかったようだ。相変わらず空から見える景色を眺めたままぴくりとも動かない。
その後『アデルハイド』で馬車を乗り換える時一瞬周囲を見渡して父を探してみるが姿はなく、彼らはそのまま地上を走り抜けていく。



道中もイルフォシアの声をほとんど聞く事無く三日ほどで『ビ=ダータ』に到着すると何故か出迎えにあの男がいた。
「よぉクレイス!ショウ!久しぶりだな!」
彼は故郷を取り戻した後傀儡の王として『ボラムス』の玉座に座っている。国としての規模はかなり小さいので彼自身もまさかこの祝典に呼ばれるとは思ってもみなかったらしい。
「まさかガゼルが国王なんてね・・・国は大丈夫なの?」
「心配ねぇよ。何せ俺以外が優秀だからな!がっはっは。」
笑いごとではないと思うのだが自分で傀儡の王だと名乗るくらいだ。迷惑はかけずに楽しく暮らしているのだろう。
「めちゃくちゃ人相が悪いの。こんなおっちゃんが王で大丈夫なの?」
腰巻をつけたウンディーネが後ろからひょっこりと顔を覗かせて歯に衣着せぬ物言いを披露すると流石のガゼルも唖然としていた。
しかしその隣ではショウが声を上げて笑っているので怒るに怒れず苦笑いで済ましている。
「おお!可愛らしいお嬢様っすね!自分シーヴァルって言います!よかったら今夜ご飯とかどうっすか?!」
そこに明るい茶色の髪をした青年が随分軽い口調と態度でずんずんとやってきたと思えばウンディーネに声を掛けてきた。
今までになかった経験にイルフォシアを除く3人が引いていると、
「うぉいっシーヴァル!こいつらは俺の友人だ!もうちょっと配下らしくしろ!」
「・・ああ!そういえばカ・・・フェイカー様の部隊にいらっしゃいましたね。いつの間にガゼルとお知り合いに?」
「おお!ショウ君じゃないっすか!お久しぶりっす!」
ガゼルが友人という言葉を使ったのには異論を申し立てたかったがずかずかと現れた青年に圧されて言いそびれる。しかも彼はショウと面識があるらしい。
再会の挨拶が終わると改めてシーヴァルという青年が元気よく自己紹介をしてくれたのでこちらもそれぞれが名乗る。
「ぼ、僕はクレイスっていいます。よ、よろしくお願いします。」
するとこちらを凝視するような形で彼の動きが止まり、
「クレイスっていうと・・・やっぱ少年っすよね?実は綺麗なお姉さんが姉弟にいたりしないっすか?」
「シーヴァル。こいつはこう見えて『アデルハイド』の王子だぞ?あんまし無礼を働くと俺でも庇いきれないかもなぁ?」
「ひぇっ?!し、失礼しましたっ!じゃあ自分警護に戻るんで!!」
調子に乗り過ぎた青年は慌てて表情を引き締めるとそそくさと逃げていく。
「シーヴァル様ってあんな御方でしたか?」
「まぁ色々あるんだよ。ウンディーネだっけ?あいつ悪い奴じゃないからな?」
その様子を皆で見送った後ショウが不思議そうにガゼルに尋ねるとガゼルは庇うようにウンディーネへ弁明をしていた。



ガゼルとシーヴァルが騒がしくしていた横で一人寂しい表情を浮かべていたイルフォシア。常に彼女の事を気にかけていたクレイスがそれに気が付かない訳もなく、
「イ、イルフォシア様。大丈夫ですか?」
何が大丈夫なのかは自分でもわからない。ただこういった国が絡む行事で彼女がこんな状態だというのは明らかにおかしい。
ウンディーネの憎まれ口にも反応はしないしクレイスにも思い当たる節はない。とばれば後は体調が心配になってくる。もしかしてどこか調子が悪いのに無理をしているのではないだろうか?と。
「・・・はい。何も問題ありません。」
言葉に力はあるものの元気がなさすぎて全く信用出来ない。そのままハイジヴラムと部屋に通される後ろ姿を見届けた後彼は祝典前日まで悶々とした日々を過ごすのだった。





 時はあっという間に過ぎて年末。午前中にはヴァッツ達の乗せた馬車も到着していよいよ祝典が近くなってきたと肌で感じ始めた頃。
「クレイス。少し話がある。」
スラヴォフィルに呼ばれて彼の部屋に通されたクレイス。『トリスト』の国王を持て成すだけあって非常に豪奢な造りと開放感のある部屋だ。
促されるまま椅子に腰かけて2人がまるで家族のような距離で向かい合うと彼は静かに口を開いた。

「明日でお前も13歳。元服を迎えると共に王位継承権も与えられる。」

聞き慣れない言葉にクレイスは思わず息を飲む。自分が王子なのだと改めて教えられたことで背筋がピンと伸びる錯覚すら覚えたが彼の話はここからだった。
「そこでじゃ。お前の希望を聞いておこうと思ってな。このまま『トリスト』で修行を続けるか、それとも『アデルハイド』に帰るか。どちらが良い?」
「あ・・・」
言われて再認識する。そうだ。『トリスト』はあくまで彼の国、ヴァッツ達の国であり自分は『アデルハイド』の人間なのだ。
あまりにも自然に生活し、そして毎日が充実していたのですっかり忘れていた。

元は自身の不甲斐無さを鍛え直す為にこの『トリスト』で兵卒から修行を始めたのだ。
自分で言うのも何だが当時とは比べ物にならないほど強くはなったし今のクレイスなら『アデルハイド』の人間もある程度は認めてくれるんじゃないかという期待はある。
ただこの国でも大切なものが沢山出来た。縁が切れる訳ではないがそれでも寂しさが心に染み入ってきた。

どれくらい熟考したのか。スラヴォフィルも黙ってクレイスの答えを待ち続けてくれる。

「すみませんスラヴォフィル様。考えが纏まらないので少し猶予を頂いてもよろしいですか?」
「うむ。焦る必要はない。ゆっくり考えてくるが良い。」
だがこの場でそれを示す事が出来なかったクレイスは深く頭を下げて謝ると初めて会った時のように優しく答えてくれるスラヴォフィル。
退室してからも頭の中は悩みの種がぐるぐると渦を巻いて彼の思考をかき乱していた。『アデルハイド』に戻るという選択をすればヴァッツや友人達と離れる事になる。何度考えてもそれは寂しい。
しかし『トリスト』に残るという選択は父や祖国の配下達と更に疎遠になる。いい加減今までやってこなかった王子の責務を果たさねばという気持ちとで揺れ動く。

ならばどちらとも取ればいいのか?
今のクレイスには魔術で空を自在に飛べる術がある。更に二国の距離はそれほど離れていない。許可さえ貰えれば自身の都合でいくらでも行き来出来るだろう。
そう考えても心は落ち着かない。彼の深層心理で引っかかっている部分が自分を納得させるに至らないのだ。

スラヴォフィルが前日にこの話をしてきたのはクレイスが深く悩む事がわかっていたからだろうし、精神的な成長を促す為にこの時を選んだとも受け取れる。
元服を迎えれば自身の言動に多大な責任が生まれるのだから。
その日は前夜祭的な意味と立食の練習も兼ねた晩餐が開かれたのでヴァッツやカズキらと一緒に参加するクレイス。
相変わらず決断出来ないままだったがふと寂しそうにしていたイルフォシアの姿が目に留まると彼は引き寄せられるように近づいていた。
「イルフォシア様。こちらのお料理、美味しいですね。」
「・・・クレイス様。ええ。とても美味しいですね。」
白々しい会話が盛り上がる事もなく2人で食事を進めていただけで時間は過ぎてゆく。
「それではイルフォシア様。おやすみなさい。」
「・・・はい。おやすみなさい。クレイス様。」
あっという間に晩餐の幕が閉じ、お互いが発した言葉は少なかったが彼女は最後の挨拶を交わした時に一瞬だけ寂しそうに微笑んでくれる。


十分に理解していた。自分はイルフォシアと離れたくないのだ。


彼女の傍を離れることを考えただけで寂しくて辛くて仕方が無い。いくら会いに行ける距離であったとしてもだ。


ヴァッツ達と離れるのとは訳が違う。これが友愛と恋愛の大きな差なのだろう。
ただクレイスは『アデルハイド』の王子であり国を背負う責任がある。明日にはそれが明確に課せられてしまう。
少年は大人との境目で最後の我侭に揺れている。初恋の少女と離れたくないが父と祖国もこれ以上失望させたくないという想いに。
部屋に戻って床に着くも頭の中はその事だけを考え続けているといつの間にか朝日が窓から差し込んでくる。

一睡も出来ず、答えも出せないまま13歳の新年を迎えた王子は少し据わった目つきで体を起こすと黙って用意された朝食をとり始めた。





 午前中に行われた元服の儀式は滞りなく行われた。
お披露目という側面もあり、少年4人はそれぞれの抱負などを述べる間も与えられるがクレイスは挨拶するのみで終えていた。
寝ていないからか壇上から見える来賓の顔を見ても緊張する事は無く、むしろいつの間にか風格を漂わせているヴァッツにのみ心の中で感嘆する。
元々その強さは知っていたがそこに大将軍然とした立ち居振る舞いが備わって非常に見栄えもよくなっていた。と同時に自分の知る将軍と姿が重なった。
「・・・クンシェオルト様・・・」
背格好なども全く違うはずなのに何故か彼の姿が脳裏に蘇る。
非常に愚直で裏表がなく、『ユリアン』を寄せ付けない強さを持った前4将筆頭。生きてこの場にいればヴァッツの今の姿を見て涙を流して喜んでいたに違いない。
そのつぶやきが誰の耳に入る事もなく祝典が幕を閉じると今度はがらりと雰囲気を変えて祝宴が開催された。
ここで他国の重臣達が交流して様々な思惑が渦巻いていくのだが誰よりも囲まれていたのがリリーだったのには少し驚いた。次いでヴァッツといった感じだ。
今回の主役は少年4人なのでもう少し彼らに注目が行ってもいいはずだがここは各国の狙いが顕著に出る為口出しするようなものでもない。

何よりクレイスは誰かと親睦を深めるなどという考えは無く、自然とイルフォシアの姿を探すとその大人しい雰囲気を乱す事無く静かに近づいていって傍に立っていた。



「大変お久しぶりです。イルフォシア様。」



そんなクレイスの心遣いなどを微塵も汲み取る事無く『ネ=ウィン』の皇子が彼女にずかずかと近づいてきて静かに頭を下げる。
ナルサスという男が他人の気持ちを慮ることが苦手なのは何度か会って知っていた。だが今日は祝宴の場だ。どちらかといえば王女であるイルフォシアが察して明るく演じるべきなのかもしれない。
「・・・これはナルサス様。ごきげんよう。」
薄く微笑みながら挨拶を交わすものの彼女は彼に興味を示すことは無く、食事にも手をつけずに黙ってその場に佇んでいた。
しかしナルサスもすぐ傍にいるクレイスなど見えていない様子で話をし始める。いくらか当たり障りの無い会話に祝いの言葉を短く述べた後、

「貴女も10歳になられた。今年は正式に契りを結びたく近いうちにご挨拶に伺いますので。」

彼が自然と近づいてきてイルフォシアの左手を取りそこに口を付けようとした。
非常に皇子らしく洗礼された流れるような動きだったがそれを目の当たりにしたクレイスはこの瞬間にやっと答えを導き出す。



しゅぃぃぃ・・・・・ん・・・・・



『ネ=ウィン』は今回皇子を始め、4将全員と姉王女までもがこの席に参列していた。更にイルフォシアに注目していた他国の重臣達までもが唖然として3人を見て固まっていた。
クレイスのすぐ傍で起きようとしていたナルサスの蛮行は彼女の拒絶よりも早く彼の心身すべてが反応した結果。

「・・・何の真似だ?」

「イルフォシア様が嫌がっている。その手を離してもらおうか?」

国を襲われた時、父が行方不明になった時とは比べ物にならないほどの憤怒が生まれて初めてクレイスの心を染めるとザラールに口止めされていた水の魔術が発動し、
それが長剣の形となってナルサスの顔とイルフォシアの手の甲の間に割り込む形で突きつけられていた。





 ここは祝宴の場だ。当然武器の持ち込みは厳禁であり全員が丸腰だった。
なのにいきなり魔術を使って水の剣を作り出すとあろうことかそれを戦闘国家の皇子に突きつけたのだ。4将はもちろん護衛の『トリスト』兵達ですらあまりの出来事に体が動かない様子だ。
一瞬でその会場にいる全員の視線を受けることになったが今のクレイスに後悔など微塵もない。ただ1つ、この男にイルフォシアを盗られる、いや、触られるのさえ赦し難いという感情のみで動いていたのだから。
「クレイスっ!剣を退けっ!!」
スラヴォフィルが非常に力の篭った声でこちらに命ずるもそれに従う事は彼の心が許さない。
更にザラールも視界に入る位置からきつく睨みつけてきているようだがクレイスの目には憎き皇子しか入っていない。そしてナルサスもこちらを強く睨みつけて動かない。
こう着状態が続く中、現4将筆頭のバルバロッサが何やら魔術を展開しそうになるとナルサスが静かにイルフォシアの手を離して立ち上がる。
「クレイス、だったか?何度か見た時は赤子以下の存在だと思っていたが、私に剣を向けた意味はわかっているのだろうな?」
「・・・・・」
初めてナルサスがこちらを意識して話しかけてきた時、クレイスは怒りの為に言葉を返せなかった。
返答の代わりに水の剣で叩っ斬ってやろうという考えしか頭になかったのが正確なところだが自由が戻ったイルフォシアがいつの間にかクレイスの懐に収まる形で体を寄せてきていたので一気に思考が蘇る。
それを見たナルサスは2人に蔑むような目線を送った後4将達の下へと静かに歩いていったので肝を冷やしながら水の剣を消滅させると、
「クレイス様。こちらに。」
息を吹き返したかのように普段のイルフォシアが微笑んでくると腰に手を当てられたまま会場の外に連れ出されていった。



「全く・・・なんてことをしてくれたんじゃ!」
今まで彼の怒声を受けた事がなかったので流石に堪えた。しかしスラヴォフィルの怒りは当然だ。何せ祝宴の主催である『ビ=ダータ』と『トリスト』、そして来賓の面々に大きく泥を塗ったのだから。
この後の収拾を間違えれば相当な数の国が敵に回ってしまうだろう。冷静さと共に激しい申し訳なさで一杯になるがそれでも後悔はなかったのだから不思議だ。
「お父さん!もういいじゃないですか!クレイス様は私を護って下さったのですよ?!それとも私があの皇子に何をされてもよかったと仰るのですか?!」
その要因の1つがイルフォシアにあった。彼女が先程から全力で自分を擁護してくれている。それだけでも全てを賭けて阻んだ甲斐があると心は満たされていくのだ。
「う、うーむ・・・・・し、しかしじゃなぁ・・・・・」
「イルフォシア様、貴女の感情はともかく相手はあの『ネ=ウィン』の皇子です。国家の軋轢を考えると多少の我慢はしていただかないと。」
「あれの相手は多少の限度を超えていますから無理です。不可能です。」
本調子に戻った彼女はザラールの諫言もきっぱりと否定する。ただ彼女がどれだけクレイスを庇ってくれてもその行為自体が許されることは無い。
と、そこに、

ばたん!

扉が大きく開かれて懐かしい父の姿が飛び込んでくると一瞬お互いの表情は驚愕のままで固まった。それからキシリングが涙を浮かべながら笑顔になると早足で近づいてきてクレイスを抱きしめる。

「・・・強くなったな・・・」
何よりも先に自身の成長を認める発言をしてくれた事がこの上なく嬉しかった。久しぶりの再会に水を差す者はおらず暫く静かで温かい空間が流れ続ける。


「今回の責任はしっかりと取る必要がある。わかるな?」


その静寂を破り『トリスト』の国王であるスラヴォフィルが責務を果たすべく声を上げると誰よりも先に反論してくれたのがはやりイルフォシアだった。
「お父さん。内容次第では私にも考えがあります。そこの所をよく考慮なさってから次の発言をお願いしますね?」
元気を取り戻しすぎたのか脅迫にも思える発言で父に冷たくも鋭い視線を送っている為、傍から見ていたクレイスが冷や冷やしてしまう。
その闘気にも近い怒気にザラールやキシリングさえ押し黙ったまま親子の様子を見守っている。
「・・・・・クレイス。お前を国外追放とし、王位継承権も剥奪する。これは最終決定じゃ。」

「お父さんっ!!!」「スラヴォフィルっ!!!」

この裁量が重いのは2人の反応からすぐに理解するも、彼の中では命を奪われなかっただけでも有難かったのでそれほどの衝撃はなかった。
ただイルフォシアと離れるのだけが唯一の心残りだ。せめてあの皇子以外と幸せな人生を歩んでほしい・・・などと既に先の事を考えていたのだが。
「キシリング!お前はワシより国王経験が長いじゃろ?!難癖付ける前に代替案を出してみぃ?!」
「この馬鹿っ!!国王である前に私は父だぞ!!更に息子に甘いんだ!!そんな私が我が子に罰を与える訳がないだろう?!」
「こんの馬鹿親っ!!親馬鹿めがっ!!」
まるで子供の喧嘩みたいな言い合いが始まったので残された3人がそれぞれ違う表情で呆れかえっている。
やがて収まりが付かないと判断したイルフォシアがクレイスの手を引きながら早足で部屋を出て行こうとしたので慌てた2人が声を掛けてくるも、

「お話が纏まったらまた呼んでください。」

非常に分かりやすい作り笑いを向けた後は振り返る事なくクレイスを連れ去る様に部屋を後にした。





 手をつないだまま2人がたどり着いたのは中庭だった。衛兵の姿と行き来する召使いがいるものの今は祝宴にほとんどの人員が割かれている。
年始めという事で外は寒かったがお互い違う意味で興奮していた為それの影響はあまり感じなかった。
観賞用に設置された長椅子もあったが2人は座ろうとせず、そのまま中庭周りをゆっくり歩く。そして、
「クレイス様。ナルサスの口づけを止めて頂いて本当に有難うございます。もしあれが手に触れてたらあの場で私が縊り殺していました。」
いきなり物騒な事を満面の笑みで告げてきたので内心驚くもやはりそれくらいは嫌がっていたのかと安堵する。
感謝された事も素直に嬉しいがあれは個人的な感情からやってしまった事だ。元服初日からやらかしてしまった事件に関してはしっかりと責任を取らねばと覚悟を決めるクレイス。

(国外追放と王位継承権剥奪か・・・)

恐らく父がいくらゴネてもこれは覆らないはずだ。王位に関しては未だに自覚が薄かった為ぴんと来ていないが国外追放というのはどういったものなのだろうと考え始める。
するとイルフォシアに握られたままの手にぎゅっと力が入って歩みを止めるとこちらを覗きこんできた。
その美しさに最後まで慣れる事はなく、顔を真っ赤にしていたが今のクレイスに猶予はないはずだ。ここは多少恥ずかしくてもしっかりとその目に焼き付けておこうと見つめ返す。
「安心なさって下さい。今日のご恩は必ずお返しますから。」
知らず知らずのうちに不安が顔に表れていたのか、彼女が言い聞かせるように優しく微笑んだ。
思わず顔を隠したくなるが未だに握られた手がそれを阻む。柔らかくも暖かい小さな手。思えばこれほど長い間彼女の肌に触れるのは初めてかもしれない。
(ずっとこの時間が続けばいいのに・・・)

彼女と離れたくないが故に起こしてしまった事件。それによって二度と会えなくなるかもしれない立場に立たされている。

そうなる前にここで自分の気持ちを全て伝えてしまおうかと何度も口を開こうとするが、もう1人の自分がそれを拒む。
イルフォシアが嫌がっていたというのは口実であり結局の所クレイスの我儘が発端であり全てだった。各国の来賓達がいる前で凶行を犯したのは自分なのだ。
そんな自分が想いを告げてもイルフォシアにとってはいい迷惑でしかない。
本当ならしっかりとした身分と力をつけてから、『アデルハイド』の王子として胸を張れるようになってからと心に決めていたのにその道も閉ざされた。

「・・・イルフォシア様。本当に今までありがとうございました。」

最後に色々と尽くしてくれた彼女へそれだけを伝えるとクレイスは優しく握っていたその手を放して自室へと帰っていった。














話は遡って後1か月ほどで年が明けるという時、イルフォシアは『トリスト』の議会に参加していた。
中にはネイヴンやザラール、スラヴォフィルに各省の責任者といった何時もの面々だったが今回はそこにショウの顔も並んでいる。
「では今回の議題は元服を迎える4人についてじゃ。」
父が議題を挙げた事でまずはザラールから発言を始めた。
「現在私の補佐として働いてもらっているショウの能力は既に知れ渡っているとは思う。私は彼を正式に宰相として取り上げたい。」
彼が今まで人を褒めたのはアルヴィーヌだけだ。それを知っている為この言動には皆が目を丸くして驚いていたがスラヴォフィルは事前に聞いていたらしくじっと周囲を伺っている。
「となるとザラール様の位はどのように?」
自身の立場を危惧したのか。防衛省の人間が手を挙げながら疑問を呈するとここで父が動いた。
「宰相の位を分ける。右宰相にザラール、左宰相にショウじゃ。」
なるほど。上下関係はそのままにしっかりとした権限を与える事で国としてより広く厚い政治体制にしようという狙いらしい。

これが他国なら水面下で利権や金銭のやり取りが当たり前のように行われていただろうがここは『孤高』2人が絶対的な権力を握る国だ。
『リングストン』などとは比べ物にならない程の集権国家な為、そして誰もが私欲ではなく自国と世界の為を思って務めている為新参者で若輩者のショウがいきなり大出世を上げる事に反対などしない。
実力があるのなら国の為に使ってもらおう。それが総意なのだ。

「過大評価していただいている所申し訳ありません。私は『トリスト』というよりヴァッツの為に働いています。皆様とは若干意識の方向が違うのですが構いませんか?」

だがこれにショウ自身が待ったをかける。元々彼が『シャリーゼ』女王の懐刀でありその極端な愛国心も皆が認識していた。
その固い忠誠を誓った相手が今はスラヴォフィルの孫であるヴァッツに代わっているという。彼も『トリスト』の大将軍なので特に問題はなさそうだがショウ自身は国に対してそれほどの忠誠心が無いと遠まわしに言っているのだ。
「構わん。今はヴァッツの為に出来る事をしてやってくれ。」
その答えをスラヴォフィル自らが述べた事で他の面々が口を挟む余地も無く、年始からの目覚しい活躍を期待されるショウもそれ以上発言する事無かったのでこの話は終わる。

次にカズキ。彼は現在部隊を率いる者として試行錯誤をしているらしい。
『剣鬼』の孫として大いに期待されている彼も『トリスト』の為にこのまま軍部の一員として働いてもらおうという事で話がつく。
そもそも『トリスト』の存在を知られている者を簡単に手放す訳にはいかないし、彼はスラヴォフィルに個人的な恩義もある。今更武者修行の旅に出るとは言わないだろう。

「次にクレイスじゃが。あやつに関しては国に戻そうと考えている。」

父がそう発言した事に一人だけ大きく驚いていたイルフォシア。忘れていた訳ではないのだが彼は『アデルハイド』の王子だ。
軟弱な体に戦える力をつけるという名目でわざわざ兵卒から修行を始めていたクレイス。いつの間にかオスローをねじ伏せるまでに成長を遂げていたのだ。
ならば彼も故郷の為に国務への参加を望むに違いないというのがスラヴォフィルやザラールの見解だった。
「見違えるほど成長した息子を見ればキシリングもさぞ喜ぶじゃろうて。」
そしてこの一言が更にイルフォシアの心に一陣の風を巻き起こす。
考えてみれば彼は偽装亡命の日からずっと父の顔を見ていないのだから、お互いが再会を心待ちにしているのは容易に想像出来る。
わかってはいる。彼にも国と家族があるのだ。父とも会いたいだろうしこれから国王に向けて更なる精進も必要だろう。
しかしずっと彼の戦いと成長を見届けてきたイルフォシアにはにわかに信じられなかった。年が明ければあの少年が自分の前からいなくなるという事実を。


最初は少女らしい容姿だと感心していたが中身は立派な男子だった。自分の前では妙にぎこちない言動が多かったが箱入り息子だった彼はアルヴィーヌのように人見知りが激しいのだろう。
戦う術を持たず、それでも王族としての自覚がほんの少しずつ芽生え始めるとカズキに弟子入りをしたりもした。その関係は今でも続いている。
妙に頑固な部分もあり自分の納得いくまで何かをやり遂げようとする力、それがユリアンに体を乗っ取られたビャクトルを倒す原動力にもなった。
思い返せば思い返すほど深く納得する。クレイスは十分にその資質を磨いて大きく育っていたのだ。


今の彼を繋ぎとめる者はおらずその必要もなかった。彼は『アデルハイド』で国王になる使命があるのだから。


議会という名の定例報告が終わって皆が会議室を後にする中、イルフォシアは巨大な喪失感が生まれた事に激しく戸惑っていた。





 年が明ければ国に帰るというのにクレイスは何も心残りがない様子でイルフォシアのご機嫌を伺おうとしてくる。
彼にとって『トリスト』での出来事というのはその程度のものだったらしい。こちらは妙に沈んでしまっているのに何だか不公平だなと感じはするもののそれを咎めるつもりはない。
むしろ今は彼を笑顔で送り出せるように自分の中で整理が必要なのだとずっと押し黙って考え込む毎日だ。

(彼を一人にしても大丈夫かしら?師弟関係であるカズキ様くらいは一緒に『アデルハイド』へ・・・)

それは父が反対するだろう。何せ議会でカズキを残すといった旨を伝えていたのだから。
となればショウはヴァッツか。いやいや、この2人も明確な役職が与えられている。今更他国へ赴くように説得するのは難しい。


・・・そもそもこれはイルフォシアが頭を悩ませる事なのだろうか?


最初は危なっかしくて見ていられなかった為についつい世話を焼く感覚で彼の傍についていたが今のクレイスはそれなりに強くなっている。
父も『アデルハイド』への帰還を口にしていたのは十分力をつけたと判断したからだ。そこに必要以上に首を突っ込むのは流石にお節介がすぎる。
皆が納得しているのならイルフォシアも同じように納得すればいいだけの話だ。悩む要素がどこにあるというのか。

(・・・いいえ。力をつけたといえど彼は危なっかしい面が多々ある。だからこんなにも気になって仕方が無いのよ。)

直近の記憶だと土の化け物と化していたガハバとの戦い。
クレイスは必死で彼の体を削り取ろうとしていたが力不足は否めなかった。なのに無理矢理接近しては細い長剣をがむしゃらに振り回していた姿は記憶に新しい。
思えば彼のそんな姿ばかり見てきた気がする。そうだ。だから不安に感じてしまい、クレイスが1人『アデルハイド』に帰る事を悩むのだ。

『トリスト』との関係が浅く頼りになる人物がいればいいのに・・・と考えているとどうしてもウンディーネに行き当たってしまう。
彼女は魔族な上にサーマの中に取り入っていたという異質な存在だ。一応ショウやその中にいるというイフリータとの親交があるらしいがヴァッツを忌み嫌っていたりもする。
ただガハバとの戦いを見ていてもその強さは本物だった。クレイスと何やら魔術干渉があったらしく彼の使う術がウンディーネに似ているのもそういう所からきているらしい。
となれば相性も悪くないはずだ。彼女に頼んでみようかと何度も思い立ったのだが。

ぎゅっ

それを考えると無意識に握り拳を作っていたイルフォシア。個人的に鈍感鈍感と言われ続けて彼女に対する印象はよろしくない。
しかしクレイスの将来を考えると私的な感情は抑えて話し合いをするべきなのだろう。なのにどうしても行動に移せない。鈍感の裏側にいる自分がそれを止めてしまうのだ。
結局何も出来ないまま年が明けると元服の儀式が始まり、次いで祝宴が催された。
皆が各々楽しんでいるというのに気分が全く晴れないイルフォシアはふと隣にいたクレイスの様子を伺ってみると何やら思いつめた表情をしている。

(・・・あら?元服が終わってから何かあったのかしら?そういえば昨日の晩餐でも少し様子がおかしかったような?)

自分の悩みで一杯だったイルフォシアがやっと彼への違和感に気が付いた時、現在この世で一番会いたくない青年が目の前に現れると何やら不穏な会話をし始めていた。
それを適当に聞き流していると皇子は満足したのか最後に少しだけ距離を詰めてきて彼女の左手を救い上げるように優しく握るとそこに口をつけようとしてきたではないか。
一瞬で怒りが頂点に達してそのまま全力の拳を放とうと考えた刹那。



しゅぃぃぃ・・・・・ん・・・・・



隣にいたクレイスがそれよりも早く魔術を展開すると長剣の形をした水の魔術を彼の眼前に滑り込ませていた。

「・・・何の真似だ?」

「イルフォシア様が嫌がっている。その手を離してもらおうか?」

彼女の気持ちを汲み取って誰よりも早く対応してくれたクレイス。彼は自分が思っていた以上に成長を遂げていたらしい。
人によっては凶行や蛮行と言われる類ではあるものの確かにイルフォシアの危機はこの瞬間に救われたのだ。

今までずっと鈍感の影に潜んでいた心が芽を出すと彼女は何としてもクレイスを庇わねばと命をも賭ける覚悟をするのだった。





 会場に残るのは不味かったのでまずは彼を外に連れ出して、それから父に呼び出しを食らう。ここまでは想定通りだ。
だがクレイスへの処分が想像を遥かに超えて重いものだったのには驚いた。いや、普段の冷静なイルフォシアなら理解の範疇だったはずだ。
国と国の衝突を避ける為に穏便な行動を心掛けるのは国政を担う者として当然なのだ。なのに今日はそれを全ての観念から大きく怠っていた。
彼にしてもそうだ。今日から元服、大人と同じ扱いだと公言する儀式を終えてからの凶行は他国の面々に多大な感情を抱かせたことだろう。これではお互い叱られても仕方がないし叱られる程度で済めば安いものだ。


それでもあの場でクレイスが毅然と立ち向かってくれた事が嬉しかった。


理性よりも先に感情を優先させるのは女王としての資質が問われるのかもしれないが、イルフォシアは今までの悩みが全て吹き飛ぶほどに嬉しかったのだ。
途中からキシリングが入室してきて再会を喜んだのも束の間、彼らがクレイスの処分について喧々囂々と喚き散らし始めた時、イルフォシアは彼の手を引いて静かに部屋を後にした。



会場に戻るわけにも行かず適当に歩いていると中庭に辿り着いた2人。
冬と呼ばれるこの季節は肌寒く、地方によっては雪が積もったりもする。しかしイルフォシアの心には温かい炎が宿っており、握っていた手から感じる体温が更にその火を激しく燃え盛らせていた。
ああは言ったものの父もクレイスをかなり気に入っている。まさか本当に国外追放や王位継承権を剥奪するような真似はしないだろう。
落ち込んでいた彼の心配を取り除こうと明るく励ましてはみるものの表情が晴れる事はなく、

「・・・イルフォシア様。本当に今までありがとうございました。」

何故か最後にそんな事を口走ったクレイスは握っていた手を離すと自室へ帰っていってしまう。
色々な受け取り方の出来る文章だがすっかり気をよくしていたイルフォシアは真っ直ぐに気持ちの篭ったお礼をされたのだと受け止めて笑顔でその後姿を見届けていた。







祝典では大小数え切れぬ程の出来事が勃発していたので事後処理はとても大変だったらしい。
しかしイルフォシアにとって有象無象はどうでもよく、クレイスの処分に変更がなかった事が一番の問題だと憤っていた。
「お父さん。私言いましたよね?内容次第では私にも考えがあると。」
「イル、無茶を言うな。これでも目一杯便宜を図った結果なんじゃぞ?」
本来なら首を差し出すか身柄を『ネ=ウィン』に渡すかしないと収まらない所だったという。
それをこちら側だけの処分で手打ちに出来たのはひとえに『トリスト』が尽力したからに他ならない。

だが王位継承権はともかく国外追放というのは『トリスト』をはじめ『アデルハイド』『ビ=ダータ』『ボラムス』という息のかかった国全てへの入国を禁止するという大変重いものだ。

となればあの陰湿な皇子が黙っているわけが無いのも目に見えている。クレイスは強大な後ろ盾と身分を失って荒野に放り出されるのだ。間違いなくそれを刈り取ろうとするだろう。
「せめて彼が安全に生きてゆける場所を提供するわけにはいかないのですか?」
「それでは国外追放の意味がないじゃろう。今回だけはワシらが出来る事など何も無い。」
ここまでは納得のいくやりとりだった。決定事項にゴネてみても覆るはずもなく、彼女は自身の行動を移す為の最終確認をしていただけなのだがスラヴォフィルがその意図を汲み取る事は出来なかった。
本人の強い希望もあって年が明けてから3日目には簡単な荷物を纏めて出て行く準備をしていたクレイス。
何故そんなに急ぐのかは検討がつかなかったが彼はヴァッツやカズキ、ショウといった面々に別れを告げると最後はキシリングと硬い握手を交わして『アデルハイド』を後にした。



これからクレイスは人生で最も過酷な時代へと入るだろう。誰もがそう予感していた。
多少の路銀と馬を一頭与えられていた彼が目的もなく、ただ『アデルハイド』と『ネ=ウィン』から遠ざかる為に西へ向かっていた頃。

すとんっ!

彼の背後に突然小さな体が落ちてきた。何事かと振り向いてきた時の表情はイルフォシアにとって一生の笑い種だ。
「さぁ行きましょう。私、一度西の大陸をゆっくり見て回ってみたいんですけどクレイス様、いかがですか?」
「え?!ええ?!あ、あの、何故イルフォシア様がここに?!」
「だって私も王女を辞めてきたんですもの。クレイス様お一人でどこかに行かれるのは嫌なんです。」

ずっと悩んでいた答えがそれだった。

はっきりとした理由はわからないがクレイスが傍にいてくれないと嫌なのだ。その答えこそが悩んでいた自分の心を開放する鍵だった。
「あ、あの!流石にそれは不味いです!スラヴォフィル様もお困りになられますし!!今すぐか、帰って下さい!!」
しかし彼は顔を真っ赤にしながら酷い事を言ってくる。こちらの気持ちなど微塵もわかってくれていないらしい。
「嫌です。私は絶対クレイス様のお傍を離れません。迷惑ですか?」
少し困り顔でそう返すと彼は何も言えなくなる。何だかんだ言いながらクレイスも無意識のうちに自分を必要としてくれている。これは思い違いではないはずだ。
(もしかするとご自身でわかっていないのかな?本当に鈍感なのって実はクレイス様じゃ?)
喜びながらも驚きつつ、そして少しの怒りを含んだ表情は見ていて飽きない。結局何かあれば飛んで戻れるという事を理由に彼らの2人旅が始まるのだった。

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