闇を統べる者

吉岡我龍

元服 -緑紅の姉妹-

 一ヶ月後には少年4人の祝典が催されるという事で彼女達にも参列命令が出ていた。
国王命令なので断る理由はないのだが出来ればもう少し自分に合った任務がほしいなぁと内心思っていたリリー。
城内にある衣装部屋に入るとそこには王女姉妹や時雨にハルカと華やかな少女達が薄着になって採寸を測っていた。その中で最初に衣装を着せられたのが第一王女であるアルヴィーヌ。
彼女達は天族であり力を解放する際背中の翼が具現化する為どうしても開けた衣装になるのだが今回は祝典用ということで露出は少し控えた分より細部にこだわりがあるものが用意された。

「うわぁ・・・アルちゃんお姫様みたい!!」

一緒についてきたルーは目を輝かせて感動していたが彼女はアルヴィーヌが正真正銘の姫だという事実を完全に忘れているらしい。
(まぁ普段が普段だからなぁ・・・)
口には出さないもののリリーもアルヴィーヌが王女だとはあまり感じていないのでその見違えた姿に軽く感動はするがやはり未覚醒時の姿だと野暮ったい感じが拭えない。
「アルって普段もイルみたいに銀の髪には出来ないの?」
誰もが思っていた事を素直に口に出すハルカ。
そうなのだ。アルヴィーヌは元々人見知り癖があり好き嫌いもはっきりしている性格の為普段は容姿を誤魔化しているらしいのだ。
「私は目立ちたくないの。そういうのはイルとリリーに任せてるから。」
「そうなの?勿体無いなぁ。」
何となくわかってはいたがやはりアルヴィーヌの認識はそういう事らしい。確かに自分は多少人より目立つ容姿なのは理解している。
だがそんな隠れ蓑みたいな扱いを受けていたのを直接本人の口から聞いてリリーは少しだけ傷ついてた。
「いいんですよ。姉さんは今のままでも可愛いですから!」
そしてイルフォシアは姉に甘い。激甘だ。いや、思えば父であるスラヴォフィルも超甘い。そういった環境がアルヴィーヌという自由奔放を超える娘を誕生させてしまったのだろう。
「いいなぁ・・・私も着てみたいな。」
皆が楽しそうに煌びやかな衣装に袖を通しているのを見て隣にいたルーが寂しそうに呟いたので、
「お前も着ればいいさ!」
超絶甘いリリーがすぐに頼んで妹の分の衣装もお願いする。これでは人の事をとやかく言えないが3年間離れ離れで過酷な人生を送ってきたのだ。
ならば今までの分を取り戻す為に甘やかしてもいいじゃないか!と毎回心の中で言い訳をしては誰よりも妹を優先にしてきた。
少女達がそれぞれ仕立て屋と相談しながら自分に合った衣装を決めていく中、ルルーも喜んでその輪に入っていく。
いいじゃないか。とてもいいじゃないか。ただでさえ可愛らしい妹の笑顔がとろけ落ちていく。

「リリー。貴女も早く準備したらどうです?」

いきなり時雨に声を掛けられた事で現実に引き戻されたリリー。気が付けば口元は緩みきっていて涎らしきものが垂れ落ちそうになっていた。
慌てて腕でぬぐうと友人は呆れた表情を浮かべて白い目でこちらを見つめている。
彼女とは『トリスト』で出会い、初めて心を許せる仲にはなっていたが未だにお互いが深い所を打ち明けられるほどにはなっていない。これは2人の心の傷が躊躇させてしまっているのだろう。
それがわかっているからこそ適度な距離を保ちつつそれを理解しあえている。そんな時雨にリリーはいつも心から感謝していた。
「わ、わかってるよ。」
取り繕うのもほどほどに街娘の格好だったリリーが全てを脱ぎ捨てると仕立て屋達がこぞって集まってくる。
「わぁ!リリー様また一段とお綺麗に・・・」
「見て見て!お肌もぷるんぷるんよ?!」
「・・・お胸のほうがまた大きく・・・すみません。今13歳ですよね?」
それぞれが欲望の赴くままに声を出すので恥ずかしくて仕方がない。更に胸に関しては自分が最も気にしているところなので触れて欲しくはないのだが。
「今いくつくらいなのですか?」
「えっとですね・・・3尺4寸弱・・・」
「お姉さま・・・」
時雨が余計な事を質問したせいでハルカやイルは頬を赤らめて絶句しているしルーが何故か自慢げだしで本当に今すぐ帰りたくなる。
胸が大きいのは決して悪い事ではないらしいのだが自分で剣を振るう身としては最近邪魔で仕方がないのだ。
なのでしょっちゅう城下の武具屋に言っては調整をお願いする始末。そして残念な事にまだまだ成長期らしく半年ほど前に測った時より2寸増えている。
ただ、これは親譲りというか体質の類なのだろうと半ば諦めていた。何故なら・・・
「まぁ?!ルルー様も・・・え?!今9歳ですよね?!」
妹の採寸をした仕立て屋が驚いてる。そうなのだ。妹も体が出来上がってきたのか既にその胸は相当な大きさとなっていた。
「いくつですか?」
また時雨が余計な質問をしたので皆がその答えに耳を傾けている。
「ぇぇぇ・・・2尺6寸ほどもあります・・・私より大きいんですけど・・・」
身長こそハルカや王女姉妹よりやや高いくらいだが胸の成長は姉妹揃って群を抜いているらしい。ただルーは非常に前向きな女の子だ。
「わぁ!もっと大きくなったらおねえちゃんみたいになれるかな?!」
素直に自身の成長を喜ぶと同時に姉を目指している風な発言は気まずかったリリーの心を一気に癒してくれる。
わかっている。自分の妹は可愛いのだ。そして愛嬌もある。将来は間違いなく自分を軽く越える美少女になるだろう。
「もちろんよ!!ルーならお姉さまに並ぶほどの美人さんになれるわ!!」
何故かハルカが感極まって抱きついていたが彼女も今では妹同然だ。そんな平和で幸せそうな光景を微笑みながら眺めていると。

「あのぉ・・・リリー様に合う衣装がなくて・・・少しお時間を戴いてもよろしいでしょうか?」

(成長は喜ばしいけど・・・・・あたしのように融通の利かなくなる体にはなってほしくないな。)
仕立て屋が申し訳なさそうに謝ってくるのを苦笑しながら了承するリリー。そして待ち時間の間にはそれぞれが仕上がった衣装をお披露目しながら楽しく過ごしていた。





 結局妹に甘すぎた自分の責任だった。
「私もこれ着て一緒にお祝いに出たい。駄目?」
非常に可愛らしい衣装を身に纏ったルーから上目使いでお願いされると心の葛藤で『緑紅』の力が暴発しそうになる。
基本的にルーは『リングストン』にその力が知られてしまっている為『トリスト』から外へ出るのを固く禁止されていた。
姉としてはこの可愛い少女の頼みを是非聞き届けてあげたいが同時に危険を考えるとやはり首を縦に振るわけにはいかず、
「・・・ごめんな。流石にそれだけは・・・」
このやりとりは時々あるのだ。妹もまだ9歳。我侭だって言いたくなるときはある。他の事なら何でも聞いてきたがこれだけはどうにもならないのだ。
そしてその時リリーの表情は本当に辛く悲しいものとなっているらしい。ルーもそれを見るとすぐに諦めが付くのかそれ以上は言わなくなるのだが今回は回りに大勢の人間がいた。
「いいじゃない。だったらヴァッツにお願いして一緒に行きましょうよ?」
下の妹が自身の主をいとも簡単に利用するような発言をした事でリリーが目を白黒させていると、
「いいね。私もルーと一緒にいきたい。大丈夫、私も守ってあげるから。」
自由すぎる第一王女も息巻いて賛同してきた。いや、待って欲しい。これには私達姉妹と国王様との約束があるので彼女達がどうこう出来る問題ではないのだ。
「あの、流石にそれは・・・リリーも困っていますよ?」
ここで常識人その1のイルフォシアがこちらの空気を呼んで場を仕切りなおしてくれる。さすが頼りになる第二王女だ。
「ですね。その・・・リリー達に事情があるのは知ってはいます。これを私達の判断でどうこうしようというのは非常に難しいかと。」
常識人その2の時雨も察してくれたのか2人に待ったをかける。これで何とか場が収まるだろうとリリーは安堵したのだが、
「えー。じゃあ私もいかない。」
「「「・・・・・」」」
彼女なりにルーを気遣っての発言だと信じたい。そんなアルヴィーヌがへそを曲げるような発言をしたことで場が一気に凍りついた。
「ね、姉さん。今回はヴァッツ様の元服をお祝いする大事な祝典です。流石にそれは・・・」
「だったら尚更。ルーも大切な友達だもん。一緒に参加出来なきゃ嫌。」
イルフォシアが甥の名を出して説得してみてもアルヴィーヌの意思は思っていた以上に堅いらしい。
「ねぇお姉さま。心配なのはわかるけど今回は私も命に代えて護り通すと約束するわ。だから、ね?一度だけ国王様にお話を伺うくらいはやってみてもいいでしょ?」
ハルカも懇願するような顔で頼み込んでくる。それ以上に発言内容が物騒すぎて怖い。彼女は『暗闇夜天』の頭領なのだ。恐らく本当に命懸けでやってくれるのだろうがそれはもうこりごりだ。
みんなの視線がリリーに集まる中、彼女は静かに溜め息を漏らすと、

「わかった。一度だけ国王様に頼んでみよう。でも一度だけだからな?!」

そういうしかなかった。それを聞いて皆が喜んでいたが内心リリーも少し嬉しく感じる。久しぶりにルーを連れて新しい経験が、思い出が作れるかもしれないのだ。
所在が極秘であり天空に浮かぶこの国に来賓を持て成して晩餐会を開くことなどそうそう無く、この先彼女達が一斉に揃って煌びやかな衣装に包まれながら楽しめる場面など二度と来ないかもしれないのだ。

「そうと決まれば早速行こう。」
こういう時だけは妙にやる気を起こすアルヴィーヌがすくっと立ち上がると皆を引き連れて城内を歩き出す。
それぞれが祝典用の衣装を身に着けたままだったので目に留まった人間全員が足を止めてまでこちらを凝視してくるがそれも今は関係ない。

こんこんこんばたん!

父の許可も待たずに扉を叩いてからすぐに開けるアルヴィーヌはある意味とても頼もしい。
丁度何かの打ち合わせをしていたのか中には椅子に腰掛けていたザラールとネイヴンがこちらをみてびっくりしている。
「お父さん。私はルーと一緒に祝典に行きたいの。」
有無も言わさず自分の要求を伝えると父王もめをぱちくりとさせながら絶句していた。その気持ちは痛いほどわかるが今日はリリーもアルヴィーヌ側だ。
「お願いします国王様。私も命を懸けて責務を果たしますので。」
ハルカは跪いて深く頭を下げだしたので皆も慌ててそれに倣う。
「あの・・・姉さんがこうなってしまって本当に・・・お願いします。」
イルフォシアも諦めたのか静々と深く頭を下げていたので場違い的になってしまったザラールとネイヴンはますます肩身が狭い様子だ。

「・・・リリーよ。お前はどうしたいんじゃ?」

すると主はこちらに話を振ってきた。その真意は痛いほど分かる。彼は妹を危険に晒すつもりなのかと言っているのだろう。
心ではルーと一緒に参列したいと願ってはいるものの、いざ命の恩人を目の前にするとそれが言葉となって表れない。

怖い。またあの時のように妹が攫われたりしないのだろうか?そう考えるととてつもなく怖くなるのだ。

「・・・ぁ・・・」
小さく声らしきものがやっと出てきたと思ったが言葉にはなっていない。恐怖と後悔が頭をよぎる。自分はまだこんなにもあの時の事を引きずっているのかと再認識させられる。

すっ・・・

隣にいた時雨が頭を下げながらも自分の手を握ってきてくれた。かなり震えていたので彼女も驚いていただろう。
だがその手のぬくもりがリリーの凍えて縮んだ心を少しだけ溶かしてくれる。
「あ、あたしは・・・ルーと・・・一緒に・・・」
「国王様!私はおねえちゃんと一緒にお祝いに参加したいです!!」
そこから先は妹がはきはきと答えたことで一気に場の空気が軽くなっていった。

「よかろう!!楽しんでくるがよい!!」

そうだ。スラヴォフィルという人物はそういう人なのだ。誰よりも他人を慈しむ心を持ち、そして時にはその幸せを後押ししてくれる。
今回も絶対に危険が潜んでいるのにも関わらずリリー姉妹の希望を快く了承してくれたのだ。
まずはそこに深い感謝を示す為により深く頭を下げるが妹を含めて回りは大喜びで飛び跳ねている。隣にいた時雨も背中に手をやって立ち上がるのを手伝ってくれた。
ただ何よりも驚いたのは・・・・・
「念の為じゃ。ルーはなるべくヴァッツの近くにおれ。まぁハルカやワシの娘も傍にはおるから大丈夫じゃろうが。」
「はい!!」
今まで必死で護ってきた妹がまさかこんなにしっかりと自分の意見を言う娘だったとは知らなかった。
いや、今まではリリーが矢面に立って何でもこなしてきただけでそれを見る機会がなかっただけかもしれない。
ルーも囚われていた3年間は決して忘れてはいないはずだ。自分の身に危険があるとわかっているはずなのに・・・・・
「ルーは強くなりましたね。」
「・・・ああ。こりゃあたしもうかうかしてられないな。」
リリーが思っている以上にその恐怖を克服しているのか、他に理由があるのか。この日少女達は皆で参列出来る事を大いに喜び、王女の部屋では小さな祝宴が設けられた。





 念の為という事でルーの出立は祝宴ぎりぎりまで延ばされる事になった。と同時に、
「よろしく!!リリーが一緒なんて久しぶりだね!ルルーとどこかに行くのは初めてだっけ?」
「うん!よろしくねヴァッツ君!」
この世で一番安全な場所、大将軍ヴァッツの隣はルーの定位置ということで話はついた。
「いよいよか。何があるんだろう?」
その逆隣にはアルヴィーヌが座って足をぷらぷらとさせている。これ以上ないくらいの過剰戦力だがこれも国王様自らの計らいだ。後でまた感謝を伝えに行かねばとリリーは心に刻む。
「まぁ何があっても俺が護ってやる。」
更にもう1人。今回はカズキも傍についてくれていたのだが彼の場合、余計な火種を撒かないかが少し心配だ。
『剣撃士隊』の長として抜擢されたり『七神』の1人を屠ったりとその活躍は目覚ましいがリリーの記憶は偽装逃亡時の狂犬みたいな所で止まっている。
「お前はその・・・あまり派手に動かないでくれよ?」
彼は先日『トリスト』の城下を一緒にうろついた事に甚く感動を覚えたらしい。その恩義を返したいといった趣旨もあるのだとか。
(普通に買い物して飯をご馳走しただけなんだけどな。むしろ荷物を沢山持ってもらって有難かったくらいだし。)

様々な気持ちを胸に一行を乗せた飛空馬車はいつも通り『アデルハイド』に到着すると地上用の馬車に乗り換えて『ビ=ダータ』へ向かう。

リリーも『東の大森林』に駆り出されて以来地上に降りるのは久しぶりだった。ただ前後には荷を積んだ馬車が走っており更に彼らも護衛として機能する。
非常に重厚な護りの中特別待遇で三日ほどかけて『ビ=ダータ』に入るとそこには既にクレイスやショウといった少年達が皆を待っていた。
「へぇ。これが元『リングストン』の城か。」
カズキは興味深そうに見上げていたがリリーからすればやや見飽きた印象だ。
ただルーも人質時代は自由を奪われていた為城などの外見をよく見た事はなかったらしい。ヴァッツとアルヴィーヌに挟まれながら3人が仲良く見学している。
やがてリリー達が泊まる部屋に案内されるとそこはかなりの大部屋だった。寝具も6つ用意されていた事からここにもスラヴォフィルの手配が行き届いているのをしっかりと感じる。
「リリーとルルー、ヴァッツ様とアルヴィーヌ様、それからカズキとハルカもここにという事です。」
「あれ?お前は一緒じゃないのか?」
説明してくれた時雨に問いかけると彼女は少し残念そうな顔で、
「私は護衛として力不足です。貴女も含めて5人いれば何があっても問題はないでしょうし私も隣の部屋にはいますので。」
「そうか。まぁそのなんだ・・・寂しかったら無理矢理こっちに来てもいいからな?」
どちらかというとそれはリリーの方だったのかもしれない。ついそんな言葉を口走ると時雨に笑顔は戻ったのだが少し気恥ずかしい。
「安全の為滞在期間はそれほどありません。元服の儀が済めば祝宴があって翌日には帰国といった流れです。短い時間ですが2人ともいっぱい羽を伸ばして楽しんで下さい。」
時雨がそういって部屋を去ると早速ルーが城の中を散歩したいと言い出したのでこの日は6人が城内をくまなく探索して一日が終わっていった。



翌朝朝食を済ませるとそれぞれが用意されていた正装に着替える。この時ばかりは少し手薄になったが幕を隔てた向こうにはヴァッツとカズキがしっかりと待機してくれていたので心強かった。
「お姉さま・・・とってもお綺麗です!」
あれから胸の部分を大幅に調整してもらって何とか体に納まった衣装は控え目ながらも体の線がしっかりと強調されている女性らしいものだ。
翡翠色の髪も束ねてうなじが見えるように整えられると印象がまたがらりと変わる。だがそれも本人にはよくわかっていない。
「お前も可愛いじゃないか。」
ハルカも彼女の故郷にある和服という形の正装に身を包んでいた。こちらも髪を束ねて簪と呼ばれる髪飾りを指している。まるでお人形のようだ。
そしてルーも姉に似た感じの衣装だが彼女だけは髪には手を加えていない。これは長さが短い為そのままの方がよいと判断されたのだろう。
こうして3人が着替え終わるとヴァッツやカズキも素早く着替えて全員が準備を終える。そこから案内役剣護衛として時雨が会場へ先導する流れだ。
「予定としては儀式自体は短めで、宴の方が本流といった感じです。」
「そうなのか?」
「そうなるでしょ?ヴァッツ達を本当にお祝いしに来る人間なんて極々僅かだもの。」
カズキの疑問にハルカが当然だといった風に答えていたのを聞いてリリーも心の中でそうなんだ、と感心していた。

厳重な警戒網が敷かれる中を歩き進めると大きな会場への扉をくぐる。
「わぁ・・・広い!大きい!!」
ルーが感極まって思わず大声を上げていたが周囲はさほど気にする様子は無かった。玉座とその周辺には4人が座る少年達の椅子も用意されており、ここでヴァッツとカズキだけは一瞬だが距離が離れてしまう。
念の為にその近くで参列出来る手筈は整っているのだが儀式の場に武器の持ち込みは厳禁だ。もし何か起こった場合自分やハルカがその身を挺してでもルーを護り通さねばならないだろう。
自分達の参列位置は他より少し高くなっている為会場に集まった王族貴族たちの顔がよく見えた。移動しながらもそれを眺めていると、
(・・・あれが・・・恐らくネヴラディンか?)
『リングストン』で暗殺部隊として扱き使われていた時に似たような衣装は何度も見た。衣装の上下がなく一枚の衣類で体を包み込むような特殊な仕様はこの国独特のものだ。
髪は動物のように勢いよく伸び放っておりその眼光には力強さと冷酷さ、そして強い支配欲も溢れ出ている。
更に周囲を見て見ると何やら白髪の男も参列していた。近い場所にいることから彼も『リングストン』の関係者なのだろう。
だが彼からは力らしい物は何も感じ取れない。老けて見えるので正確な歳はわからないが恐らく文官的な人物か?それよりも・・・

「流石お姉さま。ヴァッツよりも注目されてるわ!」

ルーを挟んだ逆隣でハルカが興奮気味に囁いていた。そうなのだ。自分の容姿は何故か本当に目立つらしい。よくこれで暗殺者をやっていたものだと我ながら関心するが、あの時は修道服に身を包んでいた為顔も半分隠れていた。
すぐ隣にはアルヴィーヌとイルフォシアもやってきた事でいよいよ準備は整っていく。
最後にクレイスとショウ、それからウンディーネも腰巻で足元を誤魔化しながら現れたのは少し意外だったが彼女も一応は『トリスト』民扱い。何かあれば対応してくれるのだろう。

やがて重厚な演奏が流れ出すとまずはガビアムが登壇し、簡単な祝辞から始まると次にスラヴォフィルとザラールが揃って姿を現す。
そして4人も席を立って彼の前に横並びになると国王自らが小さな勲章らしい物をそれぞれの胸につけていく。
粛々と恙なく儀式は進んでいき、最後は万雷の拍手が会場を包み込むと堅苦しい元服の儀は幕を閉じた。





 それから全員が一度退場すると今度は宴の準備が行われる。その間に参加者達もまた宴用の衣装へと着替えるのだ。
「お姉さま・・・本当に・・・素敵すぎます・・・」
リリーが控え目だが鎖骨や肩の露出した衣装に着替え終わった姿を見てハルカは涙をためていた。そこまで感動されると本当に意味が分からないので出来れば控えて欲しいのだが。
「おねえちゃん。わるいおとこに引っかからないでね?」
一番の護衛対象であるルーも先程とは違う反応でこちらを心配してくれた。確かに儀式とは打って変わって綺麗を全面に押し出した衣装だがそこまで言われると場違いかな?と不安になる。
元々リリーには着飾る習慣はなかったので全て仕立て屋に任せた結果が今の姿な為余計に自己評価が出来ないのだ。
少女達が着替え終わると今度はヴァッツとカズキもまた着替えを済ませる。彼らもまた丁寧な仕立ての衣装になり、特にカズキがそういった格好をするのは初めてらしい。
「お~。何というか良いとこの坊ちゃん感が凄いな。」
「馬子にも衣裳という奴ですね。」
時雨と一緒にからかってみたらやや拗ねていた。こいつこんな顔もするんだなと心の底から楽しみが膨らんで来た頃。
召使いが呼びに来た事でついに本命である祝宴が始まろうとしていた。



煌びやかな衣装を纏った来賓客達が食事と会話と音楽に酒と様々な楽しみ方をしている。
実際の所絵本に出てくるような楽しいだけの場ではないのだが、それでも少年少女は夢の中の世界に足を踏み入れたのだと大喜びだ。
「ルー!絶対ヴァッツ様とアルから離れるんじゃないぞ?!」
いきなり散り散りになりそうだったのを見かねてリリーは再度注意を促す。と同時に自身もルーから離れないようにとその後をついて歩いた。
『ビ=ダータ』という国は何でも『シャリーゼ』の財源を支えていた実業家とやらを抱え込んだらしくその保有資金は相当なものらしい。
なので並ぶ料理はもちろん、使われている小卓や絨毯なども上物を揃えているのはリリーの目から見てもわかる。
大将軍と第一王女に挟まれて色んな場所を歩き回る3人にハルカも交えているのでよほどの事がない限りは大丈夫だろうが、それでもリリーや時雨はすぐに駆け付けられる距離を保ち続けていた。

「美しい姫君よ。私は『ジグラト』王国のハミエル=ジ=グラドと申します。失礼ですがお名前を聞かせていただけませんでしょうか?」
その不意を突くかのように突然彼女の前に現れた優男が恭しく自己紹介をしてきた。いきなりの出来事にきょとんとしていると、
「こほん。私は『ダブラム』からやってきました・・・」
「俺は『ハル』という小国だが豊かで・・・」
「失礼。我は『モクトウ』の・・・」
堰を切ったかのように他の男達もリリーに群がってくるではないか。一気に男達の壁が出来上がったせいでルー達を見失ったリリー。
どいつもこいつも名乗りを上げているがそれを覚える気が全くない彼女は紅い目を光らせるとそれらを瞬時に迂回して妹達の姿を探し出す。
(全く何なんだ?!お偉方ってのはお偉方との繋がりを強めるもんだろ?!)
自身は一介の側近に過ぎず彼らと交流する利点は何もないはずだ。事前に教えられていた情報と随分乖離していたので焦りはしたが幸いルーは元気に食事と雰囲気を楽しんでいる。
(よかった・・・)
と思ったのも束の間。老いも若いも関係なく男達はリリーの姿をみるとすぐにやってきて自己紹介とこちらの名前を聞こうとしてくるのだ。
(な、な、なんて面倒臭いんだ!!)
また『緑紅』の力で躱そうとも考えたがここで使いすぎると緊急時に何も対応出来なくなる。かといって自身でそれらをどうにかする手段が思い浮かばない。
みるみるうちに妹の姿が消えそうになるのでもういっその事殴り倒してやろうかと眼光を鋭く光らせた時、
「失礼。この御方ははリリー様と申されまして、大将軍ヴァッツ様の許嫁で在らせられます。」
どこから現れたのか時雨がさらりととんでもない事を口にして周囲を黙らせる。

・・・・・

「・・・おい。」
「黙ってて下さい。こう言っておけば彼らも諦めるでしょう。」
小声でやり取りしてから見ると確かに彼らの顔からは欲望が消え去っていく。これはヴァッツの威光か彼らにもある程度の道徳心があるお陰なのか。
それでもしつこい連中が少なからずいたので最後には、
「ヴァッツ様はあたしをとても大事にしてくれている。もしお前ごときが手を出そうものなら死より恐ろしい目にあうぞ?」
つい調子にのって時雨と同じような感覚で大将軍の名を持ち出してしまう。だがこれには本心も含まれていた。決して自惚れではなくヴァッツはリリーもある程度大切に思ってくれているはずだと。
目を紅く光らせて口調も荒々しかったのも効果てきめんだったのか今度こそ本当に人がいなくなった。
やっと自由に行動できるようになったリリーは時雨に軽くお礼を言うと今度はもう少し近づいておこうと足を急ぐ。
よく考えれば無理に離れて見守る必要はない。何なら一緒に楽しめばいいのだ。そう思えば心の中にも踏ん切りがついた。
硝子で出来た杯の葡萄水を軽く飲み干すと急ぎ足で彼らと合流し、そこから一緒に食事やら会話やら雰囲気やらを十分に堪能する。

くらっ・・・

しかし突然めまいに襲われると立っているのすら辛くなってきた。
(あれ?お、おかしいな・・・疲れているわけでもないのに・・・)
その異変にルーがいち早く気が付くと、
「おねえちゃん大丈夫?」
「あ、ああ・・・ちょっと人の多さにに当てられたようだ。少し休んでくるよ。すみませんがヴァッツ様、ルーの事、お願いします。」
言葉を話すのすら辛くなってきたリリーは倒れる訳にもいかず時雨が手を差し伸べてくれるのも断って自室へと帰っていく。
(何が悪かったんだ・・・食事に問題はなさそうだったし、時雨の言ったヴァッツ様の許嫁という嘘が原因だろうか?)
いくら群がる男を追い払う為とはいえ自身の主を使った嘘をつくなんて時雨も大胆な事をするなぁ・・・と重い足取りで自室に戻る。


異変の正体がわかったのはそれからすぐだった。





 6人が寝泊まり出来る大部屋には誰もいないはずだった。だが中に入るとそこにはぼやけた印象の老人が明かりもつけないで椅子に腰かけている。
どこかの来賓が部屋を間違えたのか。室内には召使いもいなかったのでそれを咎める者もいなかったのだろう。
「あの、ここは『トリスト』の人間が使用させていただいてます。どなたか存じ上げませんが部屋を間違われていますよ?」
言ってからもしかすると誰かの知人だったかと考え直して再度話しかけようとした時。

「『緑紅』のリリー。しばらく見ないうちに随分と美しく成長したではないか。」

その声を聞いてやっと正体が分かった。と同時に全身から激しい汗と震えが走り出す。呼吸は浅くなり先程感じためまいが更に強くなってきて立っているのすら辛い。
間違いない。その容姿は以前と全くの別物だがその男は間違いなく自分と妹の自由を奪い続けていた男だ。
「てめぇ・・・ラカンか!!何でこんな・・・」
こんな所にいる理由を問いただそうと思ったがそんなものは1つしかない。
「再びお前達の力を借りようと思ってな。」
短く答えた初老の男は不敵に笑う。だが奴はヴァッツの手によって『緑緋』の力は全て失っていたはずだ。
それは一目でわかる。翡翠と緋色は見当たらず白髪と黒い瞳は何の力も持たない普通の老人にしか見えない。隆起していた筋肉もしぼみ初対面の人間なら間違いなく文官と見紛うだろう。
それでも自信満々でリリーの前に姿を現したのには理由があった。

8歳から11歳までの過去3年間。
妹を人質に取られていたリリーが暗殺者として素直に従う訳もなく、ぎりぎりの反抗心を見せていた彼女に使われていた異能の変則的な使い方。
『リングストン』が非人道的な実験を繰り返してきた事によって開発した人間を支配させる為の力がリリーの体内にも埋め込まれていたのだ。
ただこれは僅かに体調への影響を来たす程度でしかない。それは禍々しい赤紫の小さな宝石が輝く指輪から発せられているのだがこの時のリリーはまだその仕組みを知らなかった。
それでも何度か受けてきた束縛の術は脳裏に刻まれている。体にこの異変を感じた場合は必ず自身の望まない出来事が起こるのだと。

「・・・まさか、またルーに・・・」

姉をとても慕っている妹がリリーのようになりたいといつも言っているのに髪の毛を伸ばさない理由もここにあった。
最初の頃何かしらの反抗的な態度を見せる度にラカンは見せしめとしてルルーの大事な髪を斬っては投げつけてきたのだ。
以降姉に心配をかけたくない妹は出来る範囲で自分の感情を押し殺しながら生きるようになっていた。それは開放された今でも続いているのだ。
「それが嫌なら黙って私についてこい。」
今回は妹の髪を用意する事は出来なかったらしい。それもそのはず、今のルルーは非常に手の届きにくい天空城に住んでいて現在はヴァッツとアルヴィーヌが護衛についている。
あの2人が傍にいる以上妹に危害が及ぶことはないだろうと少しだけ安心するとリリーは武器代わりに近くの椅子に手を伸ばす。
人質という足枷もなく、部屋には2人しかいない。更に相手は力を失った老人だ。ここで『緑紅』の力を全開放すればこの憎き男を屠る事など容易いだろう。
多少のめまいやら体調不良には目を瞑り、闘志を放ち始めたリリーがゆっくりと近づこうとした時。

「ほう?歯向かうのか?妹がどうなってもいいのか?」

ラカンがまるでルルーを人質に取ったかのような発言をしてきた。そんな訳がない。あのヴァッツが傍にいるのだ。妹に危害を加えるなど絶対に不可能はなずだ。
それでも彼女の体が止まってしまったのはやはり過去の凄惨な経験が心に大きな楔となって残っているからだろう。
「ル、ルーはとても強い御方に、護られている・・・てめぇごときが、絶対に手を出せる訳が・・・」
自分の言葉で自分を鼓舞するリリー。そうだ。ヴァッツは誰よりも頼りになる存在だ。あのクンシェオルトさえ命を賭けて従う道を選ぶ程の少年なのだ。
だが・・・・・


「これを見てもまだ強気でいられるか?」


老人は懐から輝く翡翠の髪を取り出して見せつけてくる。


・・・・・
一気に呼吸が苦しくなり視界が歪んでいく。あれ程注意されていたのにまた同じ過ちを犯してしまった自分が憎くて仕方がなくなる。
気が付けば武器にしようとしていた椅子から手を放して膝から崩れ落ちる。何とか両手を支えに倒れてしまいそうな体を無理矢理起こしてはいたがもはや戦うどころではない。
当然これらは全てラカンの策だった。そもそも祝宴の会場から少女とはいえ人を攫うなどはほぼ不可能だ。
それでもリリーだけは手に入れようと画策した結果がこれであり、今の所ラカンの思惑通り事が運んでいた。

「理解したな?そんなところに座っていないでこっちへ来い。」

ヴァッツが護っているのだ。攫われるはずがないのだ。それでもリリーが彼を信じられなかったのには過酷な過去の記憶が今も心の奥底に残るせいだった。
異能の力による微弱な体調不良はあくまで呼び水に過ぎない。
彼女には3年もの間徹底的に刷り込まれた恐怖が根付いている。それが目を覚ました以上もはや信じられるものは支配者であり洗脳者であるラカンの言葉だけだ。
ゆっくりと立ち上がったリリーは言われるがままに歩いて近づくと手首を引っ張られて彼の膝に顔をうずめるように倒れ込む。
薄暗い部屋だがお互いを認識するには十分な距離だ。ラカンは彼女の腰に両手を回して起こし直すとそのまま自身の両膝に座らせてからその美しすぎる体を余すことなくまさぐり出す。


今まで純潔だけは護ってきたがもはやそれもどうでもいい。


再び妹が攫われたと信じて疑わないリリーは静かに涙を溜めながらラカンのされるがままになっていた。





 いつの間にか衣装を脱がされて半裸のようになっていた少女は寝具に押し倒される。
自暴自棄や自我を失うと言った言葉では表せない状態のリリー。整った顔立ちから無表情のままでいると人形のようだ。

「さて。時間もあまりない事だし手早く済ませよう。まずは・・・いつも通り血から戴いてみるか・・・」

美しすぎる少女を手籠めに出来る高揚感からか先程までとは違い威厳らしいものはなりを潜めてラカンが欲望の赴くままの言動をし始める。
そういった場面ではあまり聞き慣れない言葉を発していたのだがリリーにとっては些細な問題に過ぎずそれに疑問を表す事もなかった。
ただ何故か全てを諦めていたはずなのに涙は零れ落ちるのだ。後悔からか。恐怖からか。これの意味は一体何なのだろう?


しかしラカンの言動全てが偽りなのだ。そして今の彼女には心強い友人達が存在する。これらの要因が辛い過去に束縛し続けられるリリーを放っておくはずもなく。


ばんっ!!

大きな破裂音と共に両開きの扉が開いたかと思ったら上に覆い被さっていた老人が妙な異音を放ちながら部屋の奥へと吹っ飛んでいった。
『暗闇夜天』のハルカが有無も言わさず中に飛び込んで来たと同時に放った蹴りはその一撃だけで相手を昏倒させる。
「リリー!!大丈夫ですかっ?!」
その後からすぐにこちらへと駆けつけてくれた時雨。2人はリリーが気になったのでルルーの護衛を3人に任せてこちらへと足を運んできたのだ。
薄手の毛布を慌ててかけた後優しく抱きしめてた友人はそのまま頭を撫でてくれる。
「時雨。ちょっとお姉さまと外に出ててもらえる?私はこいつと話があるから。」
「だ、駄目だ・・・ハルカ。ラカンに逆らっては、いけない・・・」
それでもリリーの行動は恐怖に支配されたままだ。自分でも何が何だか分からないがそうするべきだという強迫観念だけで動く。
糸の切れた人形のようにぎこちない動きと虚ろな目で訴えていたリリーを時雨とハルカは驚きと怒りを隠そうともせずにそれを強く表情に出している。
「早く。お姉さまのルーの所へ。」
鋭い声で再度ハルカがそう言うと時雨も無理矢理リリーを立たせて部屋から連れ出そうとする。
「駄目だハルカ・・・彼を殺せばルーも・・・駄目なんだ・・・」
今のリリーには何が現実で何が過去なのかわからない。ただラカンに握られていた妹の命。その記憶だけが彼女の全てだった。
もう二度と辛く悲しい思いをさせたくない。その為なら自分はいくらでも耐えるから。どうかルーだけは無事でいてほしいと切実に願う。
その気持ちを察したのか、ハルカがラカンから離れてこちらに歩いて来た。
これでルーが助かる・・・と思った瞬間、

ずむっ!!

鳩尾から突き上げるような拳がリリーの体にめり込むとそのまま彼女は意識を失っていった。







・・・気が付けばどこか見知らぬ部屋の寝具に横たえられている。
「おねえちゃん!!」
顔の近くには愛する妹が泣きながらこちらに声を掛けた後がむしゃらに抱き着いてきた。記憶が混濁していて何一つ理解出来ていなかったがこの温もりは間違いなくルーのものだ。
「よかったー!!もう大丈夫かな?」
リリーもその小さな体に腕を回してお互いが固く抱擁を交わしていると、主の孫であるヴァッツも2人の元気そうな姿を見て安堵していた。
「良くない。全然良くないよ?これだから出来の悪い甥っ子は駄目。」
ところがその隣に座っていたアルヴィーヌは全否定している。未だに何がどうなっているのかさっぱりわからないがリリーにとって妹が傍にいるだけで最良なのだ。否定要素は何処なのかと考え出すと、
「アルに同意ね。お姉さまは私達が思っている以上に深い傷を負っているの。だからこれからはそれをゆっくり治していってもらわないと!」
ルーの傍にいたハルカは腕を組んで渋い顔をこちらに向けながら語気を強くしていた。深い傷と言われて一瞬体をまさぐるが特にそんなものはないし、何かあればそれこそルーが放ってはおかないはずだ。
「ですね。私も貴女の過去を少し軽く見過ぎていました。国王様もまずは療養に専念するようにと命じられていますのでゆっくりなさってください。」
時雨までおかしな事を言い始める。揃いも揃って皆何を言っているのだ?
「おいお前ら。本人が全く理解出来てない顔してるぞ。誰か順を追って説明してやれよ。」
最後に呆れ顔なカズキがやっとリリーの気持ちを代弁してくれた事でつい先程起こった悪夢のような出来事についてハルカが語り出した。

だが、

「も、もういい・・・やめてくれ。」

ラカンの名前を何度か聞いたところで気分が悪くなる。体が小刻みに震えて顔色は真っ白になり大量の発汗と浅い呼吸で意識を失いそうだ。
隣にいたルーが心配そうに手を握ってくれるがそれが治まるまでかなりの時間を要す中。
「つまりリリーは心の傷が全く治っていない。」
「な、なるほど!」
アルヴィーヌがヴァッツに結論を述べると彼も感心しながら頷いている。自分としてもまさかここまで引きずっているとは思いもしなかった。
心配そうな表情を向けてくるルーに寂しそうな笑顔を向けるもそれで妹の気持ちが晴れる訳もなく再び彼女がリリーに抱き着いて来る。

確かに今回の祝典についてもリリーはスラヴォフィルに自分の意見を述べる事すら憚れるほど動揺していた。

彼に助けられてからもう2年だ。
すっかり平和に慣れてきて毎日が充実した日々を送っていたリリーは妹と共に昔の傷を癒し終えていたとばかり思っていた。
だが今回それが思い違いであるとはっきり証明されてしまって胸が締め付けられそうになる。
「ルー・・・ご、ごめんな。みっともない所を見せちゃって・・・」
妹を人質として扱われて、そんな彼女を護る為に必死で人を殺した3年間。その過酷な経験と恐怖が今回、破格の強さに護られていたという現実をも塗りつぶしていたのだ。
洗脳ともよべる心の支配を再び利用されればいざという時リリーはまた抗う術を失ってしまうだろう。
今後ルーに関して自分は姉らしい事が出来ないのかもしれないと思うと情けなくて悲しくて言葉も出てこない。
俯いて小さくなるリリー。

「ううん!!おねえちゃんはずっと私を護ってくれていた!!お兄ちゃんも!!だから私は大丈夫。これからはおねえちゃんがもっと自分の為に幸せになって?」
だが自分とは違い、兄であるロランにもしっかりと感謝の気持ちを持っているルルーは力強く励ましてくれた。


彼も暗殺組織の幹部として潜入しリリーには過酷な任務を下ろしてはいたものの、それは全てルーを護る為であった事は十分理解していた。
最終的にはスラヴォフィルと共謀して内部からその一部隊を壊滅、『緑紅』の3兄妹を助け出して今があるのだ。
ただそれを知ったのが『トリスト』に来た後だからか、彼女自身ロランの前では素直になれていなかった。

「ルー・・・強くなったんだな。」

乱暴な言動は過去3年間過酷な暗殺者時代に染め上げられたものだ。自分としては当たり前のように振舞っているがこれ自体が負の遺産だとも考えられる。
もっとハルカの言うように御淑やかさを意識して、ルーのように助けてもらった兄に感謝していこう。
過去の柵に囚われていては折角手に入れた自由が無駄になる。これからの為にやれることをやっていこう。そう新たに決意したリリーだったが。


【ならばヴァッツに任せるが良い。】


不意に地の底から聞こえてきそうな重く低い声が大将軍の名を出した事で彼らは目を点にする。
この日、『緑紅』姉妹の祝宴参加は一先ず幕を下ろした。





 『トリスト』に戻ったリリーは祝典時の6人に時雨を加えてスラヴォフィルの執務室に呼び出されていた。
皆の気遣いからあの後のラカンや『リングストン』にどういった対応を取られたのか何も知らされていないが妹は十分宴を楽しめたようだ。それだけでも参列した甲斐はあっただろう。

「ふむ。リリーの話はワシも気がかりじゃった。こやつは普段粗野な部分が目立つが誰よりもか弱く優しい心を持っておるからな。」

開口一番、主がそんな事を言い出したので顔を真っ赤にして黙り込む。自分を褒める言葉にしてはあまりにも聞き慣れておらず自己分析でも考えた事がない内容だ。
「それで何か『ヤミヲ』がヴァッツに任せろって言ってたんだけどお父さん意味わかる?」
「うん?ヴァッツに?」
アルヴィーヌが尋ねてもスラヴォフィルにすらわからなかったようで小首を傾げている。
あの時確かにそう言い残したのだがそれ以来『ヤミヲ』がその説明等をする事は無かった。
皆の共通認識から考えるにルーの護衛みたいな形を彼に頼むという事なのだろうか?とぼんやり考えていたのだが。


【ヴァッツには人の心を癒す力があるのだ。】


大将軍の右目から黒い靄が現れたと同時に地の底から響いてきそうな低く暗い声があの発言の理由を静かに教えてくれる。
皆ある程度慣れていたので驚きはしたもののそれ以上の反応は見せなかったが1人だけ非常に険しい表情をしていたのをこの時リリーは見落としていた。
「そうなの?オレ聞いた事ないんだけど??」
それよりも指名された本人が疑問を投げかけていた事の方が驚きだった。そもそも心を癒すと言われても一体何をすればいいのだろう?ルーのように異能の力を用いれば可能なのか?
周囲も黙ってヴァッツ達を見守っていると更に『ヤミヲ』は説明を続ける。


【ふむ。ではハルカに聞いてみるが良い。お前はクンシェオルトやメイが死んだ時、自暴自棄になってクレイスを襲ったな?】


彼があまり触れられたくないであろう過去を持ち出してきた。ハルカは名前を呼ばれて顔を引きつらせていたが素直に頷いて肯定する。


【その時、ヴァッツに抱擁されたのも覚えているだろう?】


言われて皆もそれぞれが思い出しながら反応を示す。当の本人は顔を真っ赤にして反論したいのか手をわたわたと動かしていたが言葉にはならなかったようだ。


【あの時、お前の悲しみが随分軽減されたはずだ。思い出してみるがいい。】


「・・・えっ?!で、でもあれってただ優しく抱きしめられたからそれが嬉しくって・・・って何言わせるの?!」
思い出して自分から告白したにも関わらず誰にでもなく突っ込みを入れるハルカ。
「ええー?それってただ単にハルカがヴァッツの事を好きになっただけじゃ・・・いたいいたい。」
アルヴィーヌが思った事をそのまま口に出すと理不尽な暴力に襲われていた。彼女の頬っぺたは柔らかいのでよく伸びている。
「物は試しじゃ。ヴァッツ、ちょっとリリーを抱きしめてやるがよい。」
しかしこれを一番真に受けたのが自身の主だった。公衆の面前で孫にそれをやれというのだからこの時ばかりは彼の正気を疑ったがヴァッツは何の疑いも持たずにこちらに近づいてくるとぎゅっと腕を回してくる。
更に今の自分は任務で登城していたのでいつもの桃色の鎧を身に纏っていた。彼からすれば非常にごつごつとしただろうし直接肌が触れたのは頬同士くらいだ。

なのに何故か胸の奥から温かさを感じる。これは一体・・・・・?

色気のない表現をするならまるでいい湯加減の湯船に浸かっているような感覚だろうか?とにかく心身が癒されていくのは錯覚ではないはずだ。
「どう?何か変わった?」
耳元で彼の声が届くと顔を真っ赤にして包み隠さず動揺の意志を周囲に示す。
「あ、あ、あの・・・とても、優しい感じ、がします。」
何とか感想を述べたいが良い言葉が見つからずに困る中、辛うじてそれだけを伝えるリリー。
「癒されてる?」
するとアルヴィーヌが興味深そうにこちらを覗き見てきた。両隣にはハルカとルーも同じような視線を送ってくるので気恥ずかしさから何も考えられなくなる。
「ど、どうだろう?それより・・・その、恥ずかしくて・・・」
一瞬だけかと思っていたのにヴァッツがその手を放す気配が無い為頭の中がどんどんとのぼせてくる。
ただ胸の中に包み込まれるような温かさは確かに感じた。しかしこれなら湯船に浸かるだけでもいいんじゃ?と何とも味気ない代替案を口に出そうとした時。

「ふむ。効果はあるようじゃな。良い機会じゃ。リリー、お前はしばらくヴァッツの従者として付き従え。更に毎日必ずその癒しを受ける事。これは命令じゃ。」

『緑紅』兄妹の恩人が命令を下した事によりその提案を上げる機会は永遠に失われ、ハルカと時雨からは妙な視線が突きつけられるのだった。














全員が退室する前にヴァッツだけが祖父に呼び止められると2人は椅子に座って向かい合う。

「『闇を統べる者』よ。お前なのか?お前が『来るべき災難』なのか?」

飾る言葉などいらない。天界の王セイラムによって与えられた千里眼と天族の双子姉妹、そして天空城を持つスラヴォフィルは最大の目的であるかもしれない人物に問いただしていた。
彼こそヴァッツの一番傍で成長を見届けていたにも関わらず『闇を統べる者』の存在を知ったのはごく最近だった。
そして彼にまつわる話はどれも人智を超えるものばかり。相手の異能を見通す双眸も『闇を統べる者』が顕現した時には視界が暗黒に染まりその規模が読めない程だ。

元々『孤高』と呼ばれて生きてきた彼は国や世界情勢などどうでもよかった。

自分の手の届く範囲の人間さえ幸せならそれでよかったのだ。その気持ちはヴァッツを拾った時が一番強かった。
しかしそれから3年後に現れたセイラム。彼によって与えられた奇跡の数々、そして護るべき孫の存在が彼の気持ちを大転換させた。

折角授かった孫が幸せに暮らせる世界を作ろうと。

そんな世界を崩壊させる危機が迫っているのならこの命に代えても排除しようと。

戦闘の要として預かった王女姉妹にも戦う事より1人の人間としての幸せを掴んでほしい。これらが安心して暮らせる世界を彼は作っていかねばならぬのだ。


【災難か。私は誰かに危害を加えるつもりはないのだが。】


「とぼけるな。お前なら可能なのではないか?世界にあらゆる災いをまき散らす事が。」
聞く者によっては縮みあがってしまいそうな声の主に毅然とした態度で問い詰めるスラヴォフィル。ヴァッツは2人の難しい会話を理解しているのか大人しく座ったままだ。


【如何にも人間らしい考え方だな。だが気持ちはわからなくもないぞ。】


そう言い残して右目の黒い靄と消え去ると以降スラヴォフィルの言葉に『闇を統べる者』が反応する事は無かった。

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